7月の日記・総集編 モエダ山脈は見ていた (2007/08/02)
7/1(日)記 毒素再利用
ブラジルにて 病床で悶々としていると。 不埒な輩に非礼千万な目にあわされたことどもなど、思い出す。 いろいろあるもんだ。 枕元に置いた画板の紙が何枚もいっぱいに。 今日的意義もありそうなネタも少なくなし。 書くぞ。
7/2(月)記 グローバル漢方
ブラジルにて 秦の始皇帝もここまでは集めきれまい。 最初はフマニタス産、そしてミナス産のプロポリス。 ついで香港・川貝枇杷膏。 これはこちらではチャイニーズ・シロップとして知る人ぞ知る存在。
現在、服用中のブラジルの製薬会社による2種の薬品の成分を調べてびっくり。 シロップ状の薬はHedera helixという植物の葉が主要成分とある。 これ、ずばり日本でいうアイビー、セイヨウキヅタではないか。 もうひとつの液体エキスはPelargonium sidoidesの根の抽出物とのこと。 これは南アフリカ原産のフクロソウ科の植物で、薬用ゼラニウムの異名もあるようだ。
ま、これらを服用してもイマイチ決め手がなく、抗生物質を服用中。 高熱と抗生物質で、実も心もきれいにして。 とでも思うしかないっすな。
7/3(火)記 あ、冬休み
ブラジルにて カゼ騒動でバタバタしているうちに、子どもたちは冬休みイン。 未明の送りがないだけでも、だいぶラクである。 その分、昼食の支度が。 ひとりなら、残り物の処分で済ますんだが。
さあ、冬休みの課題、やんなきゃ。
7/4(水)記 塩辛似
ブラジルにて だいぶ虫食いの目立つ白菜をはがしていく。 おおっ! どす黒く「の」の字にうずくまるナメクジが数固体。 気孔もあらわに匍匐を始める。 ヨーロッパ系のコウラナメクジとみた。
先日、生まれて初めてイカの塩辛を作ってみた。 当地の魚市場では、数種類のイカがただ「lula」という分類だけで扱われている。 そのなかの1種に、「ハラ」がたっぷり詰まっているのを見つけたため。
いんちきトークで、デビュー作の「ナメクジの空中サーカス 廃屋に潜む大群」の放送後、視聴者から「イカの塩辛を食べている時にナメクジのドアップ映像を放送するとは何事か」とクレームをいただいたエピソードを披露することがある。 確かに、似とる。 今度はナメクジを観察している人に、塩辛のドアップ映像でもお見せいたそうか。
7/5(木)記 虫殺し
ブラジルにて 老師の入院騒動、こっちの熱病。 予定していたミナスへの旅が半月、遅れてしまった。 これ以上、先方に延期の電話もしづらい。
明日夜出るとして、そろそろ長距離バスの切符を買いに行かねば。 いつになく、腰が重い。 高熱と抗生物質で、旅の虫も殺してしまったのだろうか。
7/6(金)記 ウイルスは夜バスに乗って
ブラジルにて 深夜のチエテバスターミナルは、旅人どもでごった返し。 23時55分発のBH行・普通バス。 満席。 後ろのねーちゃんが、のべつ幕なしで咳き込んでいる。 他の乗客が時々、これに唱和。 不肖私も、控えめに何度か咳払い。 この密室で8時間か。 台湾製のひよこちゃんマスクでも買って来ればよかった。
7/7(土)記 モエダ山脈は見ていた
ブラジルにて タイトルは、さる移民本へのオマージュ。
夜行バスと地元のバスを乗り継いで、片道12時間。 現地滞在6時間。 先方は昼食後、長い午睡に入られた。 暇乞いともう少しの話ができずに農場を後にする。 彼女は、96歳。 夕に焼けるモエダ山脈に、全身を打たれる。 地質学的時間と、ヒトの時間。
「時の流れが とても怖い」(荒井由美「朝日の中で微笑んで」)
7/8(日)記 アーカイヴスに
ブラジルにて 淺野卓夫。 知る人は知っているだろうが、この名前を記憶されたい。 ご本人のご快諾をいただき、アーカイヴスに玉稿を転載させていただいた。 http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000051/20070708003518.cfm
たかが岡村作品についてでもこれだけ書ける豊潤な知性と感性。 彼が最近、書かれてごく一部の知人にのみ伝授されている移民モノはすばらしい、のひと言。
ちなみに「アーカイヴス」入りの岡村論だが、最後にあるオカムラの発言は、淺野さん自身のありかたの反映では?と問うてみた。 すると、当時の取材ノートにちゃんと書かれてある、という。 記憶にはないが、よほど口が滑ったのかもしれない。 それでいて宮本常一「土佐源氏」の真偽問題に触れてくる淺野選手の心憎さ。 オカムラが実際に何を考えて何を言ったかもよりも、淺野作品としてアプリーシエイトしていただければ。
7/9(月)記 NY客死
ブラジルにて 石川裕之神父が亡くなられた。 ミナスの旅から帰ると、日本の友人がメールで知らせてくれていた。 ブラジル・アマゾンの任地から日本に一時帰国して、その帰路だという。 フマニタスの佐々木神父に電話をして、詳細をうかがう。 僕と同じ歳だった。 東農大出身というユニークな経歴。 サンパウロで彼を慕っていた後輩を思い出し、電話をしてみると訃報は届いていなかった。
昨年末からメールで少し論争めいたことをして、先方から返事がなくなっていた。 いずれ落とし前を、とは思っていたが、思わぬ結末。
今年は、思わぬ人たちが何人も逝かれる。 …これ以上は、オフレコにしとこ。
7/10(火)記 続・淺野卓夫
ブラジルにて 畏友・淺野卓夫さんが、またかましてくれた。 作家と、評者の、至福のキャッチボール。 今度のは、サウスポーのグローブから全身に響き渡った。
拙日記「7/7(土)記 モエダ山脈は見ていた」への返球。
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彼女は、96歳。 夕に焼けるモエダ山脈に、全身を打たれる。 地質学的時間と、ヒトの時間。
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「地質学的時間と、ヒトの時間」とは! 移民の個人史の記録を基本的な主題としながらも、岡村作品の映像の裏には、皮相な歴史から離脱する「無時間」のような時間がとうとうと流れているとつねづね感じていたのですが、人間の風景をつうじて「遠さ」を見やるこのはるかなるまなざし、これがその秘密だったのですね。 人間愛、どころではない。 人間的な感情を超越したある意味で「残酷」な、人類史的射程をそなえた、透き通ったまなざしです。
7/11(水)記 葉イペーの
ブラジルにて 思い切って、久しぶりに老師を見舞いに。 今日はちょっと冷え込んだため、床についておられた。 そこそこお元気そうで、安心。 お互いの病状の報告など。
庭の紫イペーの木は、ちょいと来ない間に葉イペーになってしまった。
帰路。 休暇シーズンなのに、この渋滞。 げんなり。
7/12(木)記 かみかかる
ブラジルにて ワード叩きの宿題がいくつかある。 ただ入力するだけの作業は、イマイチのらず。 頼まれていた原稿書きをしてみる。 これといった構成も立てずに、指定の字数を気にしながら…
なんだか神がかり的に、とりあえず書き上げてしまった。
淺野アーカイヴスに「神懸かり」発言がある。 撮影現場では、人の神懸かりを撮影することはあった。 撮影する自分が神がかつたような覚えは… ほとんどない。 ということは、少しはあるかな。
7/13(金)記 下品といえば
ブラジルにて 下品といえば、NHK。 今回は、NHKディレクターによる移民資料横流し事件ではなくて、仁義なきドラマのパクリ事件。 ミクシィの「岡村講」に知らない人がこの問題についてのトピックを立ち上げていた。 作品をご覧になっていなければ、こちらの公にしてきた主張や事実関係もよくご存じないらしい。 あらためて、ミクシィの方に問題の所在・経緯をざっと書き込む。 ミクシィの方に下劣なNHK問題について自分から触れるつもりはなかった。 しかし、ふりかかった火の粉は払わねば。 けっこう疲れるけど。 「探検隊長」さんのフォローに感謝。
7/14(土)記 ブラジルの水菜
ブラジルにて タイトル、「ブラジルの水彩画」にも引っ掛けてみたんですが…
義母がこちらで作った水菜をいただく。 そもそもこれまで京都にどっぷりつかったことはない。 そんな僕が水菜を祖国で意識して、時折摂取できるようになったのは、ここ数年のことではないかな。 軽くグーグってみる。 あまり詳細な記述は見当たらないが、原産は京都だというではないか。 これまでいくつかの食材の原産地を調べてきたが、日本が原産のものというのは、極めてまれである。 すると、今でも京都の山野に水菜の原生種が存在する、ということだろうか。 ブラジル日系人としてはポント町で確認したいところ。
日本のしゃれた居酒屋でちょうだいした料理を思い出し、サイト上のレシピをかいま見てアレンジして、水菜とベーコンのパスタをこさえてみる。 いいセン、行く。 またレパートリーが増えた。
7/15(日)記 フェイジョアーダと縄文
ブラジルにて 冷蔵庫の整理の要あり。 コウヴェ(ケール)もだいぶある。 思い切って朝から仕込み、フェイジョアーダを作る。
さあ、ヴィナグレッテと呼ばれるフェイジョアーダ用のソース。 これに水菜を刻んで入れてみた。 いわゆる「吸い口」感があってよろしい。
昨日書いたが、水菜の原産地は、日本の京都とのこと。 するってえと、縄文時代にも自生してたのだろうか。 イノシシのシュラスコの後、水菜で口直しをする縄文生活を幻想。
7/16(月)記 ナメクジの居所
ブラジルにて 昨晩から、久しぶりの雨。 海岸山脈の粘菌が、僕を呼ばう。 老師を訪ねる。 お見舞い、報告、確認等。 老師は深く眠っていらしたので、そのままにしてもらう。 その間、氷雨の庭園を観察。 ナメクジに会いたい。 豊富な植物、腐敗した有機物、コンクリート。 長時間の雨と十分な湿度。 この好環境で、ナメクジ一頭、発見できないとは。 温度が低いのか。
帰りの市内の温度計は、16度。 拙宅の台所に立つと、水菜からもレタスからもナメクジちゃんが登場。 さすが有機農場産。
粘菌にも温度が低いかな。
7/17(火)記 無時間空間
ブラジルにて こういう日に限って、急ぎでやっつけるべきオンライン上の雑務が重なる。 朝、ソコソコ処理。 さあ、家族旅行。 海岸山脈の、未踏査の地を目指して運転。 いわくのある地。 まだ昼食を食べられる時間に、宿に到着。 最初に案内してくれた少年によると、夕食の時間は7時半ごろからとのこと。 昼食後、おばちゃんたちに再確認。 6時ごろから8時ごろまで、という。 どっち? 「ここは、時間がないのよ」 「時計にしばられない生活なの」 そ、それにしても。 ブラジル時間の源は、ここか。 かつて、この大陸の住民は数千年前にしてすでに精巧な暦を読み込んでいたのだが。
7/18(水)記 ネット断食
サンパウロにて 先日、久しく交信の途絶えていた畏友と再びオンラインでつながる。 いわく、しばらくインターネットやPCを絶ち、情報の毒抜きを図っていたとのこと。 今回の宿は、携帯電話の電波が届かない。 部屋に内線電話もない。 リモコンのないテレビは、大手一局の電波のみキャッチする。 そのテレビのニュースによると昨夕、ブラジル航空史上最大の事故が起こったようだ。 我が家の近所の空港での事故。 事故の数時間前に現場付近を通っている。 犠牲者に知人がいないか、気になるところ。 ネット断ちは、初期は不安症状があったものの、なかなか心地よくなってきているのだが。
7/19(木)記 暖炉で
ブラジルにて 今回の宿には、レンガ作りの暖炉がある。 これまでも暖炉のあるバンガローに泊まったことがある。 しかしハンパじゃない薪代を別に取られるので、使ったことはなかった。 今度は初日から点火してくれた。 暖炉いじりは家族それぞれ、堪能。 夜間の火を守るのは小生の役目。 諸々を感じ、思い出し、考える貴重な時。
7/20(金)記 究極のオフライナー
ブラジルにて 深夜から再び、暖炉番。 天候確認、換気等を兼ねて表に出てみる。 天空一面の星の散らばりに息を呑む。 数時間で天の川もすっかり流れの向きを変えていた。
再び暖炉の火を眺めながら。 「郷愁は夢のなかで」の主人公を想う。 マットグロッソの大地。 日のあるうちはひたすら土を耕し、夜は天空に思いを馳せ続けたことだろう。 あの「浦島太郎」を創作しながら。
拙作を見て彼を「究極のホームレス」と称した人がいる。 日本のホームレスに関わってきた人の言。
いま、彼は「究極のオフライナー」であったことに気づいた。 晩年の彼を知る人たちは、彼に親類がいるという祖国日本から手紙が来たのは見たことがない、という。 そんな彼が、ブラジルのテレビニュースで祖国の大事件を知る。 親類を気遣うが、彼の側から祖国につなぐ術を持たなかった。 そして衰弱の一途をたどり、他界。
オフラインを貫き、オフラインであらざるを得なかった状況が、あの「浦島太郎」を生んだ。
7/21(土)記 祭り二題
ブラジルにて ブラジルの在外有権者投票は、今日まで。 在外邦人の一票を獲得するまでの歩みを少しでも知っていれば、とてもおろそかにできない。 今回から保安上の理由とかで、パウリスタ地区の総領事館から東洋人街の文協ビルに会場が移転。 スタッフの多さに仰天。 最終日、土曜の昼前だが投票者はパラパラ、それを領事に始まりかき集めた臨時スタッフたちが取り囲む。 比率でいくと、大日本帝国硫黄島守備隊と米軍ぐらいか。 投票者には、小生と同世代や若そうなのはまるで見当たらず。 駐在系の皆さん、ちゃんと投票してんだか。
昨日からイミグランテス展示場で恒例となった三日間の日本祭り。 意外な出会いが楽しみで、夕方から顔を出す。 案の定、意外な人に会い、サケピリーニャなど交わす。
7/22(日)記 リスト
ブラジルにて 家事、雑事の合間にワード入力作業。 訳あって、テレビディレクター時代の「演出」作品の主要なもののリストつくり。 数年前に一度、これまた訳あって作ったのだが、当時はすぐにフロッピー等にバックアップをしておく知恵がなかった。 当時のPCが故障してしまい、日系と称する修理人に持っていかれたまま、消息を絶たれてしまった。 プリントアウト版をようやく発掘。 先のバージョンはかなりマニアックな制作背景・舞台裏も書き込んでいるため、今回はさらっと行くことにする。 このリストは、オンライン公開はしないつもり。 公開、先にたたず。
7/23(月)記 これがアサノだ
ブラジルにて 多くの方々から反響をちょうだいした彼が、新たにブログを開設した。 http://diary.jp.aol.com/vrgd3x/
彼は、ブラジル移民100年はこのためにあったのでは、と岡村が心打たれた大変な作品をものしている。 現在はお仲間うちの披露にとどめていらっしゃる。 この傑作が、皆さんの目に触れる機会があることを切望している。
7/24(火)記 今後によす
ブラジルにて 乾季の雨続き。 老師のところへ。 道がスキスキだと片道1時間、渋滞に遭うと2時間以上かかってしまう。
帰路、5月23日大通りに入ると、出だしはスムース。 イビラプエラのモニュメントが見え始めるあたりから渋滞。 その先になると、この道への合流点を進入禁止にしているという異常事態。 この大通りはそもそも、市の南部にあるコンゴニヤス空港と市北部を結ぶ計画のもとに築かれたという。 コンゴニヤス空港でのラテンアメリカ航空史上最悪の事故から、1週間。 ドミノ倒しのようにブラジルの各空港ではトラブルが続いている。 いまだに事故現場付近は交通規制がされているのだろうか?
帰宅後、解明。 今度はコンゴニヤス空港の崖面で土砂崩れがあったため、とのこと。 雨続きのせいとも、先週の事故機が排水管を破壊したためとも… しばらく空港には近寄れない。
7/25(水)記 ノベンバー…
ブラジルにて ようやくテレビ屋時代の主要作品リストの入力終了。 冬休みの宿題のひとつ。 次の11月訪日時の上映会等を視野に入れて、リストをリメイクした。 ゲテモノ、アマゾンもの嗜好の強いシンパがいらっしゃるもので。
さあ次の宿題は… 休みが終わっちゃう。
7/26(木)記 盗用人街
ブラジルにて これには、うなった。 「盗用人街」。 畏友・淺野卓夫さんの命名。 この重みの味わえる人は、相当の事情通だ。 「お互い盗用人外でありたいもの」と汀の友に返信。
7/27(金)記 豆腐の角から
ブラジルにて 昨晩は会合があったので、昨夕、数日ぶりに家に帰った娘に手料理を作ることができなかった。 今日の昼、何がいい?といくつかのオプションを提案。 麻婆豆腐がいいと言う。 ふむ。 近所の日本食材店で豆腐を買ってくる。 パックから逆さに取り出すと… 底の角に髪の毛状のものが混じりこんでいる。 調理も架橋に入り、換えにいく手間がメンドクサイ。 妻が、自分が行くと言う。
店のおねーちゃんも気持ち悪がったとのこと。 いくつものメーカーの豆腐があるので、さすがに別のと換えてもらってきた。 毛髪の主は、色・形態から新モンゴロイド系(東洋人)とみた。 DNA分析を待ちたい。
7/28(土)記 仕事師
ブラジルにて 27日付の「みずのわBCC放送」が届いた。 神戸の出版社「みずのわ出版」のMLである。
わがブラジルの移民100周年記念と見事にオーバーラップして、いたく共鳴。 代表の柳原一徳さんからご快諾を賜ったので、以下、転載させていただき、ご紹介しよう。
「宮本常一生誕100年」(8月1日がおたんぜう日)ということで、世間が喧しくなっております(「世間」というほどたいそうなものか、はさておき)。元々イベント、お祭りの類は好きな方なのですが、何ぞ「節目」にかこつけて殊更に大騒ぎするのは、実はあまり好まないのです。一過性のお祭り騒ぎは、結局のところ何ひとつとしてろくなモノを残しません。行政の主導による「震災五年」の節目を以てひととおり幕が引かれてしまった〈阪神・淡路大震災〉も然りです。
何だか、宮本宮本とお題目さえ唱えていれば、どんなスカタンやっとろうが褒められる。「生誕100年」が喧伝されるなかで、そんな風潮が強まっているやうに思えてならないのです。イキナリ自社ものの宣伝で恐縮ですが、「夢・葬送――浪花の唄う巨人・パギやんSong Book」(趙博著/太田順一写真)の「怒」の章トビラに掲載した、「在日」 民族主義者に対するアンチテーゼを紹介します。「民族、民族と、大声で・大文字で宣う輩ほど、民族を知らず、民衆文化を意図的に曲解して、伝統を捏造する」(パギやん)
とはいえ、世間にアピールするうえでは「節目のイベント」も必要とは思います。節度をもったうえで、という前提が不可欠ではありますが……。いずれにせよ、火事場泥棒的なみっともないことをしてはいけない、それに尽きます。打ち上げ花火ではなく蚊取り線香、それを仕事(=事に仕える)と呼ぶのだと、私はそう思います。 (中略)
みずのわ出版 (柳原一德) 神戸市中央区旗塚通3-3-22-403 〒651-0068 Tel/Fax 078-242-1610 E-mail mizunowa@osk2.3web.ne.jp URL http://www.mizunowa.com blogみずのわ編集室 http://d.hatena.ne.jp/mizunowa/
7/29(日)記 焼け氷河に
ブラジルにて 今朝、街に出た家人によると、街の温度計は7度を表示していたとのこと。 屋内でも動いていない時は、毛布が欲しい。 溶解・崩壊の続くパタゴニアの氷河を想う。 ほんの少しは巻き返し効果があるのかな。
そろそろ、パタゴニアがらみの作業を。
7/30(月)記 小鳥のように
ブラジルにて 夕食時、ミナスジェライス州の農場から電話をいただく。 今日午後、石井敏子さんが「小鳥のように」亡くなったという。 享年96。 敏子さんは拙作「ブラジルの土に生きて」の主人公。 ブラジルと日本の関係者にメール連絡。
今月始め、敏子さんのお見舞いに行った時の様子を作家の星野智幸さんに伝えると、敏子さんは冬眠に入られたのでしょうか、と返信をいただいた。 おそらく冬眠だろう。 こういう時の「島民」なんて変換候補が泣かせる。
7/31(火)記 サンパウロ・アンヴィジュアル
ブラジルにて 言葉のわからない異国に来た時の不便さを想像していただきたい。 そのうえ、視覚を伴わなかったら、という条件が加わる。
そんな人たちのお相手をした。 世界視覚障害者スポーツ大会の柔道の日本代表。 そのなかに、子供のころから「すばらしい世界旅行」の大ファンだったという人がいた。 その人が日本からメールをくれたのだ。 僕は、柔道には関心がないどころか、キライなんだけど。
ホテルと試合会場の往復のみ、という彼らは外に連れ出すと大喜び。 道中、そしてシュラスコ焼肉屋でバカ話やブラジル事情を話すが、実に楽しかった。 こちらの出費も馬鹿にならないが、贅沢なボランティアをさせていただいた。
今度の日曜日、彼らのグループ観光に付き合うことになった。 ポル語とサンパウロに少しは通じていてお付き合いしたい人、歓迎です。 岡村にご連絡を。
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