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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2007年の日記  (最終更新日 : 2008/01/02)
11月の日記・総集編 24年目のなめくじ

11月の日記・総集編 24年目のなめくじ (2007/12/03) 11/1(木)記 きょうの邦字紙から

ブラジルにて
本日付のニッケイ新聞に、こんな記事が。
http://www.nikkeyshimbun.com.br/071101-73colonia.html
関係者に謹呈するため、近くの新聞スタンドにあるだけ買い占める。
といっても、計4部。

さっそく記事中にあるアモレイラに郵送しようと思い立つ。
郵便局は満員御礼状態。
新聞一部、送るのに1時間かかる。
きょうの1時間は痛し。


11/2(金)記 24年目のなめくじ

→アメリカ合衆国→
「じゃ、なめくじ。」
薬師丸ひろ子の口から出ると、ナメクジよりなめくじな感じ。
根岸吉太郎監督「探偵物語」。

30時間近い機中の楽しみは、映画。
けっこう日本で劇場公開中の映画や先行上映の作品もあり。
今回は、プログラムをざっと見てもあまり食指の動くものがない。

2本目にはさっそくこんな旧作に挑んだ。
映画の時代は、僕の学生のころの風俗の延長っぽい。
まだケータイどころか、テレホンカードも出回っていなかったころ。
製作年は、1983年とある。
僕が大学を出て映像記録に入社した翌年。
!!!
ズバリ愚生が「ナメクジの空中サーカス 廃屋に潜む大群」を取材、「すばらしい世界旅行」で放送した年である。

その年の角川映画だ。
映画では、このなめくじが思わぬカギとなっている。
当時はもはや映画どこじゃなかったし、誰も教えてくれなかった…


11/3(土)記 祖国のこころ

→日本
半年ぶりに祖国に到着。

祖国でまず最初に接するのは実家の家族、そしてコンビニやネットカフェなどの店員さん。
マニュアルどおりとはいえ、けっこう礼はしっかりしており、なかなかの気配りも見受けられる。
街なかで唯我独尊にキレているのも散見するが、概してこの国の人たちのフィードバック能力、希望があると思う。


11/4(日)記 嗚呼末法

日本にて
今日は日本の実家の法事。
都内にある菩提寺に。
坊さんは現代語の法話等を一切せず。
意味不明の読経をシンミョーそうに聞いていることにどんな意味があるのか。
あまり過激な突っ込みをすると実家の家族に心配をかける。
お茶の席で、婉曲に坊主に聞いてみる。
法話をしても、皆さん、次のことに気を取られていてろくに聞いていないのでしない、とのこと。
せっかくの機会に、敵前逃亡だ。

納得のいく宗教を求めたい。


11/5(月)記 みちのくin

日本にて
格安バスにて北上。
秋の祖国を車窓から浴びる心地よさ。
芭蕉でも文庫本で持ってくればよかった。

東京に次ぐホームグラウンドになった仙台へ。
佐藤仁一さんのビデオ工房でお世話になる。

打ち合わせと素材チェック。
明日は福島まで南下してナレーション録り。

工房の近くに開店した回転寿司屋へ。
「ハンバーグ」「すき焼き」なんてネタも。
後者は、軍艦巻きにすき焼き風味の牛肉と半熟卵を載せたもの。
悪くなし。
祖国の寿司も相当、特殊進化しとるぞ。

旧移民にお伝えしたいような、控えたいような。

さあ東北決戦だ。


11/6(火)記 福島収録

日本にて
宮城から、峠を越えて福島へ。
先回、仙台でナレーション収録をお願いしたスタジオのオペレーターさんが緊急入院された。
ビデオ工房の佐藤さんと相談、福島・心滋館劇場主の和田さんが親しくされている制作会社のスタジオでお願いすることになる。
福島県保原町。
住所に字のつく場所でナレーション録りできるなんて、素敵そのもの。

社長さんの好意が身にしみる。
オペレーターさんはブラジルに縁のある人という奇縁。

こうした方々のお心を寄せていただいて、作品ができていく。
感謝。


11/7(水)記 豆煮る監督

日本にて
映像記録時代の大先輩にして上司だった杉山ディレクターは、現場で料理に凝る人だった。
「お前たちの健康を考えてやってやってるんだぞ」。
激辛チキンカレーを得意とされていた。
あまりの辛さにぶったまげる現地人を見てうれしそうにしていたこと。

今日は作品の音声の微調整などを佐藤さんに終日、いじっていただく。
その間、愚生はブラジルを代表する料理・フェイジョアーダを制作。
諸材料はブラジルから持参。

一時、どうなることかと思ったが、煮込んでいるうちにどんどんそれらしくなってきた。
佐藤さんから最大限の賛辞をいただく。

そして今日も徹夜。

ダイレクトメールやミクシイでお祝いメールを頂戴する。
誕生日は徹夜作業中に始まり、徹夜作業中に去っていった。
返礼が遅れてごめんなさい。


11/8(木)記 粘菌乃湯

日本にて
作品完成作業は続く。
午後、数時間のコンピューターの作業待ちとなった。

工房主の佐藤さんが、日帰り温泉に行こうとおっしゃってくれる。
作並温泉。
山々の紅葉のグラデーションに息を呑む。

知人に勧められたという宿。
崖を臨む露天風呂が白眉。

牛丼チェーン店のナミばかり食べていたのに、急に高級料亭のすき焼きをいただいたような気分。

女湯との境に、薪を塀状に積んである。
程よく腐食が進み、粘菌発生の条件を満たしている感じ。
キノコ類がいくつか発生している。

露天風呂に浸かりながら粘菌探しができるとは。
その先は、女湯。
いかにも怪しいので、ホドホドで断念。


11/9(金)記 事前試写

日本にて
「あもーる あもれいら」第1部。
明日の完成記念上映会をプロデュースしてくれている「くりくり」さん、岡村をミクシイに導いてくれた「姉御」さんらにお見せするため、姉御邸にて試写会。
特に事故もなく、まずは安心。
明日の上映を主催してくれるくりくりさんの及第点をいただいたようで、さらに深く安心。
心地よい疲労が堰を切り、帰りにPCチェックで立ち寄った漫画喫茶でうたた寝。


11/10(土)記 ヨコハマ・はじまり

日本にて
いやはやアモレイラの保育園の初日ぶりの大変さで。
横浜にて「あもーる あもれいら」第1部の完成記念上映会。
不手際のほど、皆さんの寛容さに包んでもらう。
もひとつ間違ったら致命的なことになるところだった。
今後は気をつけます。

おかげさまで、いい講をさせていただきました。

反省会場から走って横浜駅へ。
夜行列車でまずは名古屋を目指す。
上映会のアンケートを読ませていただく。
感激至極。
興奮して眠れない。

いただいたコメントからいくつかを、ご許可を確認のうえ、少しずつアップさせていただくつもりです。


11/11(日)記 24時間3本勝負

日本にて
前夜に横浜で上映、夜行列車で名古屋に移動。
午前中に名古屋、午後から四日市で上映会。
24時間で3ヶ所というのは初めてかな?

名古屋は定員20名のこじんまりした会場だったが、実におしゃれな場所。
スクリーンの大きさ、映像と音響の鮮明さは自作にうっとりとするほど。

四日市はブラジル人居住地区。
「共生」が生易しいことではないことを垣間見る。
そのなかで、こうした集いを自発的に楽しくやろうという人、それに集う人が希望だと思う。
いいグループの立ち上げに関わらせてもらった。

再びその日の夜行で…


11/12(月)記 早稲田の杜で死者が呼ぶ

日本にて
未明に夜行列車でまずは横浜まで戻る。

午後から早稲田にて、いくつか用足し。
奇妙なことが二つ重なると、意味を考えてしまう。
いろいろな意味で僕に近しい、早稲田出身の二人の故人が予期せぬ形で浮かび上がってきた。
微力ながら、生者である僕にできることはさせていただく。

それにしても、なんなんだ…?…


11/13(火)記 渋谷の旧人

日本にて
渋谷は、物心ついてから最初の繁華街。
なんたって東横ボーイ。
午後、かつて同じ屋根の下でドツカレていた同僚と10年ぶりぐらいに渋谷で会う。

その前に、金券屋で映画の特別鑑賞券を購入。
週末からの台湾遠征・上映に備えてちょっと無理をしても観ておきたい映画。
元同僚と尽きぬ話もそこそこにユーロスペースに向かう。
たどり着いた場所はイメージフォーラムだった。
いやはや、勘違い。

映画の方は最終回に観ることにして、まことにタバコ臭いネットカフェで時間調整。
さてとユーロスペースに向かう。
おっと、別の名前になっているではないか。
聞くと、ユーロスペースは徒歩15分ぐらいの場所に移転したという。
アウト…

じたばたせずに実家に戻る。
大事な仕事をひとつ、そのままにしていたのに気づく。
これ幸い、明日朝までにやっちゃおう。


11/14(水)記 埼玉のいろ

日本にて
今日の一番の遠出は、埼玉。
地下鉄から東武伊勢崎線に抜ける。
車窓から望む工事現場の掘削した土砂の色に目を見張る。
濃い灰色。
このあたりは、関東ローム層ではないと見た。
低湿地の広がり。
かつてこの一帯の縄文の低湿地遺跡の発掘に参加したことなど思い出す。

今日は「アマゾンの読経」の件で。


11/15(木)記 茨城のにおい

日本にて
実家にて送りもののパッキング、添え状書き。
昼は銀座で会食。
バタバタと常磐線で、土浦の先まで。
駅に降りると、ブラジル奥地っぽい臭いが。
堆肥か、畜舎か。
おそらく多くの現代日本人にとっては不快な臭いだと思うが。

友人の営む、南米系の子供たちの学童保育へ。
「あもーる あもれいら」を見せて、反応を見る。

小学生男子の、的を得たストレートなコメント。
女子たちは、食い入るように見つめている。
友人の小2になるお嬢さんは、笑えるところでは笑い、心の痛む場面は辛そうに見入っていた。
小2の少女が94分のドキュメンタリーを全身で受け止めてくれたことを感ず。
ありがたし。


11/16(金)記 神奈川のうみとやま

日本にて
オーバーワークと睡眠不足で、朝起きてもヘロヘロ。
明日の台湾行きを前に、今日の3件をこなせるか・・・
まずは海を臨む町に移住した友を訪ねる。

町のシチュエーションは絶妙。
眼の覚める会話の連続。
フィーシャーマンヴィレッジの海岸に触れ、修験の山に登る。
さすがは彼の選んだ場所、あっぱれ。
すっかり元気がよみがえってしまった。


11/17(土)記 花蓮癒し系

日本→台湾
朝イチのリムジンで成田へ。
空港のヤフーカフェで急ぎのメールをいくつか。
台湾島到着。
空路、花蓮へ。

台湾の仲間たちは、僕の疲れを心配してくれていた。
夕食は先住民が採集した野草を中心としたナベ。
場所は絶妙によろしい。
その後、足裏マッサージに行こうと言う。
なんか、やばそー…
ところが、これがまたよろしかった。
永遠に揉まれていたくなる。

台湾、快調なスタート!


11/18(日)記 花蓮的再生

台湾にて
いよいよ「ブラジルの土に生きて」中国語字幕バージョンの上映。
会場は、市内の文化施設。
もとは日本統治時代の酒造工場。
長らく廃棄空間とされていたのが、市民のカルチャーセンターとしてよみがえった。
なんともいとおしい場所。

上映後、最初の挨拶から。
「今日の上映に立ち合わせていただき、二つのことに深く心を打たれました。
ひとつはこの日本統治時代に由来する廃棄空間だった場所が、映像作品をきっかけにまさしく老若男女が各所から集い、出会いの時空としてよみがえったこと。
そして私の記録した、すでにこの世にいない人たちの日常がこの場で再生され、これまで縁もゆかりもなかった方々と、静かで、やさしく、深い感動を共有できたこと…」

すばらしい上映会だった。
途方もない話を実現してくれた仲間たちに、ただ感謝。


11/19(月)記 台中的笑々

台湾にて
なつかしの台中・東海大學のキャンパスに再び。
ちょうど中間試験中で、月曜の夕方。
主催側も人の入りを心配していた。
ところがどっこい。
先回に勝るとも劣らぬ大入りとなった。

前回は短編中心だったが、なんと5本立て。
「フマニタス」への女子学生たちの反応がとてもよかった。
それなら「フマニタス」を予告編とする「あもーる あもれいら」ならきっと、という読みがあった。

実にいい反応があった。
暖かい笑いの連続。

作品解説を読んでいただくと深刻な話が多い。
そのなかに笑いがあるのが岡村作品らしいところ。

その笑いの可能性、救いについて上映後にお話しする。


11/20(火)記 サティ的台湾

台湾→日本
空港行きバスの出発まで朋友に見送ってもらう。
亜熱帯の緑が心に沁みる。

桃園空港ビルの売店をのぞく。
ひと目で心引かれたCDのジャケット。
台湾人女性フルート奏者のものらしい。

台湾の映画サントラのようだ。
サティのジムノペティを編曲したもの。
今後、この曲を聴く度に、台湾の朋友たちの厚情を思い起こして胸を熱くし続けることだろう。


11/21(水)記 日本でさっそく

日本にて
夜までいくつか都内で打ち合わせ。
ちょっと面白いことをお伝え、実現できるように仕込みであります。

さあ、明日から列島大移動だ。


11/22(木)記 山形・雪の降る街を

日本にて
朝イチのバスで目黒駅へ。
つばさに無事、乗れるとウトウト。
目覚めると、白銀の世界。
福島から先は、雪。

山形駅は、じゃかじゃか雪が降っている。
荷物を抱えて先回、使ったネットカフェを目指す。
むむ、つぶれている!!
日本ではケータイ断食をしているので、移動中の頼みの綱はネットカフェでのPCチェック。

駅に戻ってインフォメーションセンターへ。
もう1件あるとのことで、ホッ。

フリードリンクには2種のインスタント味噌汁の他、お吸い物やスープ類も。
味噌汁用のトッピングが3種類も置かれている。
岩のりもトッピングに。
ネットカフェやコンビニなどのローカル色が面白くて。

さあ、降雪により、今日の行程が変わってきたぞ。
目指すは、札幌。


11/23(金)記 SAPPORO16時間

日本にて
青森からの夜行急行で午前6時過ぎに札幌駅着。
出発は夜10時発の夜行。

上映会は初めてという20代の有志二人が主催の上映会。
二人の緊張をほぐすことに専念。
チラシ配りなどで奔走してくれていた。
集客を心配し続ける二人。

ふたを開けてみると、いい感じの人の入り。
予期せぬ思わぬ出会いも。
上映後の二人の表情は実によかった。

受付を手伝ってくれた女性の有志二人にも感謝。
軍艦巻き型のカンパ箱は白眉。
上映作品には、軍艦型のテーブルマウンテンが。


11/24(土)記 福島雪中上映

日本にて
夜行列車を乗り継ぎ、福島駅に到着。
一昨日は大雪だったというが、今日は快晴。
何とか上映会はできそうだ。

上映会場の心滋館は山中、築百年という養蚕農家を改造した建物。
普通のタイヤでのアクセスは不可能とのこと。

それでも交通整理が大変なほどの車と人が集まった。
実弟が最近、ブラジルで殺された。
母はペルーで生まれた。
母のオジが初期のブラジル移民。
総勢数十人の観客のなかから、そんな声が。
尋常ではない。

なにせ寒かった。
次回は雪とは無縁の季節に行ないましょうね。


11/25(日)記 そして、神戸。

日本にて
ついに神戸旧移民収容所での「郷愁は夢のなかで」上映。
神戸映画資料館という映画のエキスパートがこの作品をチョイスしてくれたことが、とてもうれしい。

共催者、質問者、それぞれ思惑があったようで、作品そのものの話には至らず。
自分のなかで主人公と対話。
ここは、彼が過ごした場所なのだ。

大学時代に消息を絶ち、行方不明になっていた友が来場、カミングアウトしてきたのには、たまげた。
上映会には、行方不明者誘致の効果もあるぞ。


11/26(月)記 関西大学三田分校の関係者の皆さんへ。

日本にて
先回の訪日で親しくなった先生の招きで。
三宮から特急バスで1時間あまり。

あたりは、まだ剥がされた大地の傷が癒えていない。
大地の痛み、呻きが充満している。

仮にもミッションスクールらしいから「フマニタス」でも、と考えていた。
ズバリ環境問題のものを、とのご希望で、あれを。

大教室いっぱいの学生たちの反響は、なかなかのものが。
アンケートの記入も多様で面白かった。

さて。
アンケートに僕に読める文字でメールアドレスを書いてくれれば、原則として返事を出すし、質問にも答えるとお話しした。
ところが…
名前はあるが、メルアドなしで質問を書いてある学生が何人か。
返答ご希望の人は、メルアドを伝えてくださいね。

授業でこのサイトのことも触れたけど、そういう人たちはおそらくここまで来ないだろうねえ。
ちゃんと作品を見て、こっちの話を聞いてれば、出てこないだろう質問が多いし。


11/27(火)記 ディープ関西入門

日本にて
朝から、日付が変わっても、どっぷり関西。なかなか妙なる場所、ものに出会える。
関西の奥深さを垣間見させていただく。
このご縁を大切にしたい。

おかげさまで尼崎緊急上映も盛況。
よろしい寄り合いとなりました。


11/28(水)記 アマイモの街で。

日本にて
今日は朝イチで尼崎を発って、奈良山中に向かう予定だった。
先方のトラブルにより、中止。
ゆっくりホテルで朝食をいただく。
昨晩の上映会の主催者にご挨拶にうかがう。
昨日が初対面、まだ話らしい話もできていなかった。

これがディープに盛り上がり、まさしく共時性を感ず。
夕方から東京で友人の企画した催しに誘われていたが、せっかくながら失礼させていただこう。


11/29(木)記 大任終了。

日本にて
東京にて、今日は午後イチにテレビ収録。
日本映像記録センター時代の大先輩の傑作に、岡村ごときが解説を加えるという恐れ多い作業。
アマゾンの未接触部族との初接触作戦というゾクゾクくる話。
今度、日本に到着してから決まったことで、向こうから資料を持ってきていない。
昨晩、今朝とネットカフェでお勉強。
ブラジルインディオ局のサイトなどにアクセス。

自分の作品よりずっと緊張した。
あとは担当ディレクターの編集にゆだねるが、そこそこ話せたと思う。

BS朝日の「牛山純一 20世紀の映像遺産」にて、放送日が決まったら改めてご案内しましょう。


11/30(金)記 撮影開始

日本にて
朝、目覚めてもかなり相当フラフラ。
オーバーワークの賜物。

今日はといえば。
明日、華燭の儀を執り行う若い友人の愛の巣を訪ねて打ち合わせと、撮影を開始する約束をしている。
へろへろと、機材チェックと準備。

新婦と初顔合わせ、ざざっと打ち合わせ。
式を撮んなくてもいいぐらいのシーンは撮っておく。

帰りに離日に備えた買い物も開始。
ビデオカメラ機材と買い物で、重き荷を担いて実家に戻る。
明日の撮影終了が待ち遠しいが、まだ遠い…


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岡村淳 :  
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