7月の日記・総集編 アマゾンの七夕 (2008/08/01)
7/1(火)記 25年目のアマゾン
ブラジルにて 初めてブラジルに、そしてアマゾンに来たのがちょうど25年前のこの時期。 しかも同じマナウスだ。 当時は「すばらしい世界旅行」のぺーぺーディレクター。 今回は・・・
「すばらしい世界旅行」の時は親子ほど年の違うカメラマンと僕、そしてブラジル日系人の若い通訳兼助手の計3人。 今回はもっと少人数。
しかしなんだか、スゲーことをしている感じ。 ご報告できる時を楽しみにしています。
7/2(水)記 鏡の森の画家
ブラジルにて 昨日はカメラ、そして対象とのチューニングが今ひとつだった。 今日は、全開。 ゴッホを映像のなかに閉じ込めた大・黒澤の「夢」を想う。
7/3(木)記 水アマゾン・陸アマゾン
ブラジルにて 水アマゾンから、陸アマゾンへ。 おっと、その間、空アマゾンもあった。 まったく、行ってみなけりゃわからない。 フィールドワークの原則。 現場ならではの、ひらめきも。
7/4(金)記 狂気準備集合罪
ブラジルにて 僕の大きなテーマは、日本人が新熱帯区(ブラジル、アマゾンなど)で抱いた夢、理想、もっというと狂気の共有と記録だ。 今日はアマゾンで大変な狂気の瞬間に立ち会って、記録してしまった。
「アマゾンの読経」は撮影を決意した時、主人公はすでにアマゾンで失踪していた。 今回は、狂気準備集合罪に問われるほど、ナマで関わってしまった。 人事を尽くして、天命を待つ。
7/5(土)記 アマゾンオフライン
ブラジルにて 昨日、急きょ予定変更、今日から再びアマゾンのオフライン地帯へ。 PCがつながらず、テレビもないとかえってホッとする。 ネット断食にちょうどよし。 もっと貪欲に散策してアマゾンを手探りしたいが、本業に支障をきたさないよう体力温存も図らねば。
夜、あらたに「地獄の黙示録」の1シーンをほうふつさせる事態が。 アマゾンのオープンスペースにスクリーンを掲げての上映会も面白いかもね。 ついでに蛾の観察もできるかも。
7/6(日)記 日曜営業
ブラジルにて 「リスザル君たちは、もう学校に行ったのかな?」 「今日は日曜ですから、教会に行ったんでしょう」 まったく日本人二人はよく働く。 地元の若者たちの水浴の歓声がアマゾンの浸水林に響く。
7/7(月)記 アマゾンの七夕
ブラジルにて 今日が七夕だったとは! 生涯で最も強烈な七夕となってしまった。 ここまで森羅万象に好カードを続けて送ってもらうと…
慎重に、同じボルテージで行こう。
「今ぞ知る アマゾン河の御流れ 水の下にも都ありとは」 アマゾンの、龍宮。
7/8(火)記 座椅子持参で
ブラジルにて サンパウロ-マナウスの往復。 行きはGOL、帰りはTAMを使った。 このTAMがナカナカの曲者であった。 行きは取られなかったエクセスを10キロ分、しっかり取られる。 これがまたゲートを出て混乱したカウンターに出向いて、とややこしい。 女性職員は邦貨にして50円近いお釣りをよこさず、平然。
機内もいろいろとあったが、参ったのは座席の背もたれが壊れていること。 垂直位置でフィックスできないのだ。 客室乗務員に背もたれを元に戻せ、と言われるが、戻らないのだ。 後ろの乗客の手前、両手を後ろに回して背もたれを無理に垂直に戻して支えていなければならない。 マナウス-サンパウロの4時間、こんな調子。 次回は携帯座椅子でも持参するか。 飛行中、扉や窓ガラスが外れないだけでも、ありがたいと思わにゃ。
そもそもこの便、ベネズエラ・カラカスからの便で、国際線の客も乗っている。 それでいてサンパウロ国際空港到着後、仕分けがされずに国内線の客も入国カウンター、税関を通過させられるという混沌ぶり。
ま、無事で何より。
7/9(水)記 休日縦断
ブラジルにて 今日のサンパウロは、祝日。 客人をどうもてなすか。 希望されていた美術館は、電話してみるとオープンしているという。 ざざっと見て、かなり離れた別の文化センターにも行ってみようということに。 市内の交通量はクリスマス、元旦なみで気持ち悪いぐらいスムース。 そのあと、リベルダージへ。 平日だったら、移動だけで大変なことになっていただろう。
7/10(木)記 客人ヲ送ル
ブラジルにて 今夜、出国する客人の所望の品々の手配で市内を回る。 夜は空港へ。 出国ゲートまで見送る。
別れた後、自然と映画「探偵物語」の音楽が浮かんでくる。 映画の筋を振り返るとリアリティの乏しさに気づくが、空港でエモーショナルになると、この曲が。 成田空港のエンディングシーンの故だろう。
階下の到着口まで降りて、余韻と共にカフェジーニョをひとりすする。
7/11(金)記 冬の移民床屋
ブラジルにて 午前、移民床屋の大塚さんのところへ。 昨日、いったん出先から家に戻った時に電話をいただいた。 そろそろ火急速やかに散髪を、と願っていたところだった。
予約をしていてもバスが遅れた、銀行の列で、等々で大将が遅れることしばしば。 それより恐ろしいのはダブルブッキング。 なにせ大将ひとりの散髪、もし「うっかり」で先客がいると1時間近くは待機しなければならない。
今日は杞憂に終わる。 それどころか、散髪前に大将に隣の日系バールで緑茶をおごってもらう。 ティーバックの緑茶を電子レンジでチンチンにあっためさせて、バックを茶さじで押さえていただく。 ブラジル風日本文化。
他の客が来るまで、2時間たっぷり手塩にかけてもらった。 これまで聞いたことのないリベルダージ秘史もうかがう。
7/12(土)記 OZの地政学
ブラジルにて 未明から仕事のことで気になっていた作品のDVDを観ようと起き上がる。 これが、見付からない。 さあ、どうしよう。
苦し紛れに小津の「お茶漬けの味」のDVDを観る。 なんといっても秀逸は笠知衆のパチンコ屋のオヤジ。 班長さんと語る大東亜戦の思い出がすごい。 もう戦争はこりごり、と語る班長。 ヤシの並木や南十字星を懐かしがるオヤジ。
戦地は、ずばりシンガポール。 小津が軍部報道映画班で派遣されたのが、シンガポールだった。 シンガポールで接収したアメリカ映画を見まくっていたのは、有名なエピソード。
主人公の商社マン「どんかんさん」が社用で出張するのが、ウルグアイ。 今どき、日本でウルグアイが話題に上ることはめったにないだろう。 これは1952年作品。 第2次大戦時、中立国ウルグアイに入港して、のちに自爆を遂げたナチスドイツの軍艦シュペー号に対するオマージュか。
7/13(日)記 船戸中毒
ブラジルにて 昨日から、日本で買ってきた船戸与一さんの「金門島流離譚」(新潮文庫)に読み耽る。 昨年来、1年間に3回訪問した台湾が舞台、しかもヤラセ番組で業界から干された日本のテレビ屋が登場、とあってはもう他人事ではない。 日本人の大学生が主人公で、同じく台湾を舞台とした併録の「瑞芳霧雨情話」も強烈である。
台湾の若い友人たちは、読んでいるのだろうか。 オカムラ作品なぞはホドホドに、船戸ワールドを読み解いてちょうだい。
7/14(月)記 サンパウロ富士山サミット
ブラジルにて サンパウロで会食を実現。 日本から来た山梨出身の人と、在ブラジル50年の静岡出身の人。 ずばり富士山で隣り合わせ。 おふたりとも本業の方の声量は大変なものだが、会話のボリュームは低い。 座敷を用意してもらったものの、周囲の騒音はなかなか。 音環境が厳しい。 ビデオで記録しましょうか、なんて提案をしなくてよかった。
7/15(火)記 UNIとの遭遇
ブラジルにて アマゾンに行くだいぶ前に、冷凍庫に眠っていたウニを発見した。 ブラジルの海岸部に住む日本人の知人が送ってくれたもの。 冷蔵庫の方に移転しながら、うっかりそのままにしていた。 さあ、まだ大丈夫か。 ニオイは、軽い異臭。 おそまきながら、塩と酒をまぶして塩辛にする。 つまんでみるが、腐敗感はない。
昼食にいただくが、腹痛にも下痢にも見舞われず。 腐ったウニの中毒なんて、やばそうだが、どうやらオッケー。
7/16(水)記 アットがあっと
ブラジルにて 今さらかよ、と叱られそうだが。 先回の訪日の上映会で、アンケートのコピーをいただいたもの(アンケートを実施しながらカントクに見せても教えてもくださらないところもある)で、メルアドのある方に挨拶メールを送る作業の終盤戦。 アマゾン遠征等で、作業を中止していた。
達筆、ユニークな筆跡の方も少なくなく、メルアドの解読が一苦労。 アルファベットかアラビア数字か、アンダーラインか中棒かドットか等々、なかなかやっかい。 エラーで戻ってくるものも少なくなく、こっちの入力ミスだったり。
メルアド記入欄に始めから@を印字してあると、ない場合よりもより楷書で記入してもらえる傾向を感じる。
それぞれの上映会の傾向も再びうかがえて面白い。 主催者の傾向か、土地柄の傾向か。 そのままにしておくのはもったいない文・表現も少なくないので、今後ともいろいろな形でご紹介することを試みたい。
7/17(木)記 暗号解読班
ブラジルにて ここいらで一気に前回訪日上映アンケートの御礼メールにカタをつけようと… なかなか判読困難なメルアドが少なくない。 同じ文字が(ひょっとすると2文字?)「h」にも「r」にも「n」にも「m」にも「l」にも、はたまた数字の「1」にも「4」にも「7」にも見える。 それらしい文字を選択して送信して、エラー通知が来ると、別の文字にして送信、またエラー… なかなか進まんぞ。
これはそれ以外に読みようのないというアドレスでも、エラー通知が。 そういう人に限って、この人には特にぜひ返信したい、というようなアンケートの内容だったりする。 サーバーの都合もあるかと思って、時間差をおいて再送信。 お名前をググって、なにか別の送信可能な方法を探したり。
こんな調子だから、なかなかはかどらず。 スローメールだ。
7/18(金)記 この街を歩く
ブラジルにて 車のメンテや子供の付き添いで、街を少し歩く。 日中ならそう危なくないし、徒歩の速度でこの町を吟味すると、なかなか面白い。 踏査してみたい小径を発見。 東洋人街の魔窟も楽しい。
家事やら、急ぎめの仕事やらで散歩のための散歩をする心の余裕をなくしちゃって。 近場のスケジュールのことで、なんとも落ち着かない。
7/19(土)記 お祭り気分
ブラジルにて 今年で11回目になるというブラジル日本都道府県人会連合会主催の、日本祭り。 義理もあって、顔を出す。
会うべき人の他、思わぬ人たちとの出会いが楽しい。 見たくもない、グロテスクなシーンもいくつか。 これも、祭りっすね。 日常には持ち込みたくもない…
7/20(日)記 移民のツマ
ブラジルにて 昼は、妻の実家で手巻き寿司。 不肖の娘婿がサシミのカットをおおせつかってしまう。 義母が千切り大根、庭の青シソやパセリなどのツマをそろえてくれる。
夜は我が家でカツオのタタキを予定していた。 冬のサンパウロ、なんたって油の乗ったシマガツオがうまい。 これからこっちにいらっしゃるアナタ、ぜひお試しを。
さて、またツマが大根千切りでは芸がない。 ふつうのキャベツと、紫キャベツのミックス・ヅマとするか。
そもそもブラジルも内陸に行くと、サシミのツマはキャベツ千切りが圧倒的に多くなってくる。 大根がないわけではないのに。 ポルケ(なぜ)? これには、素朴な疑問を持っていた。
ググッてみると、サシミのツマの定番はまずは大根が圧倒的、だいぶ遅れてオニオンスライス、海草、シソ、パセリといったところ。 キャベツは…おっと、どうやらハワイでもキャベツを使うらしい。 亜熱帯に渡った移民ならではの知恵なのか。 あるいは移民の出身地の文化なのか。
移民の話も、こんな切り口で行ったら、少なくとも僕はもう少しは面白がれる気がする。
7/21(月)記 百年納豆
ブラジルにて 土曜日、日本祭りにて。 さる県人会のブースで「日本の納豆菌使用」という納豆を売っていた。 2個購入。
今晩、トライしてみる。 パックを開けてみると、カビっぽくてイケそう。 撹拌してみると… たいして糸を引かない。 けっきょく、ゆでた大豆がちょっと粘った程度。 ブラジル産の納豆とドッコイドッコイだ。
納豆菌は稲藁に付着しているというから、陸稲を栽培するブラジルにも存在していることだろう。 しかし、ブラジル産の商業ベースの納豆の納豆菌も、日本からのものではなかろうか。 日本で菌類に詳しい人に聞いたところ、菌が新しい環境に適応するまで100年ぐらいかかるんじゃあ、ということだった。 日本の納豆菌は亜熱帯の新熱帯区ではまだまだ本領が発揮できていないということか。 ましてや新参の納豆菌など…
奇しくも、第1回移民船笠戸丸来航から百年。 笠戸丸移民の子孫の台所の菌を探せ!
醤油や味噌に事欠いた時代に、納豆は持参していないだろうなあ。
7/22(火)記 ミナスの色
ブラジルにて 久しぶりに、フェルナン・ジアス街道を北上。 ミナス・ジェライス州南部へ。 アラウカリア(ナンヨウスギ)が散見。 この、空と大地の色。 あの「ブラジルの土に生きて」の色だ。 サンパウロ州とは違う。 もちろん、アマゾニアとも。 どう表現したら、いいのだろう。 ミナス色とみなす。 家族旅行の始まり。
7/23(水)記 緑の波
ブラジルにて 近年の家族旅行でのオヤジの楽しみ。 ツノゼミ探し、粘菌探し。 今回から、もう一つが加わった。 地元のラジオ局探し。
昨年、日本から来た人が手回し充電式のラジオをお土産にくれた。 懐中電灯などもついていて、旅には重宝だ。 旅先で、FMをチューニングする。 2000メートル近いこんな複雑な山間部でも、数局はキャッチする。 ひたすらムジカ・セルタネージャをかけまくる局とか。 一番近くの山村にあるラジオはコミュニティ・ラジオというウリ。 局名は「緑の波」。 CMを聞いているだけで面白い。
日中、車で村の「繁華街」あたりをまわっていて、この局を発見。 こんなところで、できちゃうんだ。 拙作「あもれいら」のシスターたちが地元で番組を担当していたFM局も、田舎町の金物屋かなにかの階上で、あんちゃんが一人で切り回していた。 そそる仕事。
7/24(木)記 □□□□…
ブラジルにて 日本の今日中に、緊急かつ大切な用件のメールが入る見込み。 ことによっては、すぐに航空券の手配などをしなければならない。
今回の宿は、バンガローからもネット接続できるという触込み。 一昨日・昨日はネット断食を決行、持参したノートPCにも触れなかった。 今日は必要悪ということで、接続ケーブルを借りてみるが。 オンラインにならない。 宿のマニュアルどおりに設定をいじってもNG。
近くの村にランハウスがあるのを昨日、確認していたので行ってみる。 文房具屋が、建設途中の2階に何台かPCを置いてある作り。 キーボードを水平に固定できないあたりが、いかにも。 さてWindowsXPなのだが、ホットメール、Gメールとも日本字はすべて□□□に文字化けしている。 エンコードで日本語に設定してもポルトガル語でサービスパックをインスツールせよ、といった表記が現われ、OKにしても起動しない。
さてどうするか。 宿に戻って、本部の建物のラインにつないでみる。 おっと、すんなりつながった。 気になる連絡の件、火急速やかに動く必要のないことがわかる。 ヤレヤレ。
ブラジル奥地を始め、まず日本語がインスツールされているはずのないところのランハウスでこっちの日本語メールを読み取り、ローマ字で返信をくれる人がいる。 どんな手品を使っているのだろう? ネット達人になると、□□□を見ていても、本来の日本字を読み取れるとか?
7/25(金)記 山のパスタ
ブラジルにて 濁都・サンパウロに向かう。 帰りのルートは後半、トイレ休憩等のできる場所が難しい。 早めに、小ぎれいなところに寄る。 帰路はせいぜい軽食のつもりだった。 ガルソン(ボーイ)に熱心に勧められ、昼食をとることに。
バイキングシステムの方は、サンパウロの安い店の3倍ぐらいの値段。 むむむ。 それより少しは安いパスタを発注。 店の厨房はガラス張りになっている。 見やると、おっちゃんがパスタ打ちをしている。 うどんやソバを打つのは、祖国で見た覚えが。 いまやリベルダージで手打ち中華麺の実演の店もある。 して、パスタ打ちを見たこと、あったっけ?
しばらく観察。 比較の対象がないのだが、感動的な職人芸とまでは… なんとかいうパスタを、ボロネーザ(ミートソース)でいただく。 むむ、これなら自分で作った方が… 給食ミートソースが懐かしい。
7/26(土)記 火傷の功名
ブラジルにて 手に火傷をして、1週間以上になる。 治癒経過はボチボチといったところ。 まだ、水仕事は厳しい。
今日の子供たちのリクエストは、すき焼き。 野菜洗いが厳しい。 妻子に担当してもらう。 味付け、鍋奉行のみの役となり、これはラクだ。
7/27(日)記 聖市MIYAZAWAライブにて
ブラジルにて 夜、宮沢和史さん率いるバンドGANGA ZUMBAのサンパウロ第2回公演に。 宮沢さんのソロとはまた違った趣がある。
曲を聴いていて、思い当たることが。 宮沢さんの詩で描かれるのは新曲「足跡のない道」の冒頭「君とふたりで歩く」のように、おそらく男女の間の相聞とみられる世界が少なくないようだ。 「沖縄に降る雪」ではずばり宮沢さんがそれを語っている。 「島唄」についても、そう宮沢さんがライブで語るのを聞いた覚えがある。
さて、岡村ドキュメンタリーでは恋愛を描いたことがあったろうか? 「ブラジルの土に生きて」では老夫妻の間の愛をフォローしているといえるかもしれない。 その他になると… 「移住四十一年目のビデオレター・グアタパラ編」はどうか。 主人公夫妻のなれそめのスチール構成のシーン、これあたりはそんな感じ。 これは写真がよかったし、畏友・青木香奈さんの名曲のおかげによるところが多い。 次回の橋本梧郎作品では夫婦の「あや」も盛り込むつもりだが、あまり艶っぽいとは言えない。
どうやらこっちは艶っぽいのとは縁がなさそうだ。
7/28(月)記 ショートカット
ブラジルにて さあ、休暇シーズンも終わる。 今日から、上の子の学校再開。 早めに車で出る。 時間が早いのと、まだ休みの学校も多いせいか、道はとってもスムーズ。
いつもとコースが違ってくるため、帰路は思い切って初めてのショートカットに挑戦。 これが想像以上に簡単にいき、記録的な早さで帰宅。 さよなら、ロングヘアー。
7/29(火)記 龍の顎
ブラジルにて 主人公の背中の火傷が思わぬ意味を持っていた、というのが「八つ墓村」。 こっちの手の火傷も、いくらか形になってきた。 当初は南北アメリカ大陸をほうふつさせた。 特にブラジルの部分の傷が深く、グアラニー帯水層に思いを馳せていた。 その後、傷が広がり、台湾島の形態に。 ここのところ、再び南北アメリカに落ち着いた感じ。
長いお付き合いになりそうだ。
7/30(木)記 便利屋ブラジルを行く
ブラジルにて 家族旅行に出る前、知人から老師の伝言をいただいていた。 さて、今度はなんだろう。 友人の写真家を連れてきて、写真を撮ってもらいたいとのこと。 その友人は訪日中だった。 ブラジルに戻り、本日午後、連行することに。 友人は気合いが入り、たいへんな機材の量。
こっちもその「メイキング」をいちおう、撮影。 アメリカデイゴが満開。
7/31(木)記 宮本翁をみる
ブラジルにて 日本で購入する書籍のほかに、知人・友人にいただく書籍の量がばかにならない。 諸々の雑事と怠惰のゆえに、読書ははかどらないが。 自分では見出さなかった好著に出会うよろこびは、格別。
「別冊太陽・宮本常一」はよろしかった。 近年、注目されるようになった宮本の写真を好条件で見ることができる。 その理想を貫くものは、「私は見た」「私は聞いた」という動かしようのない事実から導かれる強い姿勢である。 (同著『日本を想う旅-宮本常一の軌跡』より)
深夜、興奮で覚醒してしまい、永らく閉じていた「上野英信集」をひらく。 言葉も出ない。
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