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岡村淳のオフレコ日記
     孤高の作家・松井太郎の世界  (最終更新日 : 2024/06/25)
【新作アップ】『木芋庵詩集』より [画像を表示]

【新作アップ】『木芋庵詩集』より (2024/06/25) 西暦2009年5月付で後記に「興にのって書きちらしたものが、二十篇ほどになったので、一応纏めて一冊にした。」とある松井太郎さんの自家製本『木芋庵詩集』収録の詩を掲載順に紹介します。

1.曳馬川の堤で

曳馬川の堤で


風さむき 曳馬のかわべ
たが駒を ひきし名ごりぞ
縁なき 南よりきし
旅人は ひとりたたずむ

いますぎて ふたたびあわぬ
青きみず 流れてはさる
立冬の 日もちかくして
すすきの穂 みだれてはとぶ

やがてくる 白きものまう
この岸べ 川なみもあれ
ドングリの 裸木のえだ
灰色の 空にふるえん

かりそめに 足とめし地
定めなき 寝なしの草か
人はさり 世はうつるとも
とわなれや 曳馬の岸べ

「曳馬川の堤で」解題挑戦:
「曳馬川」は「ひくまがわ」と読む。
この川名を検索するが、Wikipedia等のヒットもない。
静岡県浜松市を流れる二級河川の馬込川の支流だが、名所旧跡にもあたらず、著名な文学作品に取りあげられた形跡もない。
特に静岡とのゆかりもなかった松井さんがなぜこの川を取り上げたのか、実際にここを訪ねたのか等は今となってはナゾである。
想像を巡らせると…、
静岡浜松といえば出稼ぎのブラジル人の集中地として知られている。
松井さんのお子さんたちが日本に出稼ぎにいっていたとはうかがっていない。
だが松井さんが訪日した際に、誰かブラジルの知己を訪ねて浜松を訪問したのではないか。
そのあわいに見たこの小河川のたたずまいとその名前が、松井さんの詩ごころをそそったのではなかろうか。
こころみに「曳馬川」と「ブラジル」で検索してみると曳馬駅最寄りの「シュハスカリア(ブラジル風焼肉店) ショウパーナ」がヒットした。
ショウパーナ:choupana とは質素な家屋の意で、いかにも松井さん好みの店名であるのも奇遇だ。
(西暦2024年1月11日・記)



2.三つ葉賛歌

三つ葉賛歌


贈られたのはみつば草
ほっそり長い軸のさき
よりそっている三姉妹
ふかいみどりのおそろいで

独りわびしい木芋庵
卒寿の翁手づくりの
ととのえたのは朝の膳
水田米に名代味噌

みつばをちぎり椀にいれ
すする佳汁の匂いたち
知る人ぞしるこの味覚
舌ごくらくとはこのことか
     原注・木芋庵とは作者の雅号

「三つ葉賛歌」解題挑戦:
三つ葉とはまた翁はしぶいものに目を向けたものである。
ブラジルでの「三つ葉」相をまず概説しよう。
ミツバは数少ない日本原産の野菜である。
日本人移民がかなり初期から持ち込んだものとみるが、大量消費をするものではないためだろう、日本食材店でも売られているのを見かけた記憶がない。
いっぽうわがブラジルの妻の実家でも庭に植えて太巻き寿司の具のひとつとされ、拙作『ブラジルの土に生きて』の主人公・石井敏子さんもミナスジェライス州の農場のラン小屋のなかに植えていた。
松井さんはどなたか日本人か日系人の知人にいただいたのだろう。
ミツバをみつめて「よりそっている三姉妹」と表現するとは、さすが詩人だ。
松井さんに好きな小説家を訪ねた時、筆頭にチェホフをあげられたのに驚いたことがある。
ブラジル在住の人とチェホフについて語るのはこれが最初で、そのあともない。
しかも相手は第二次大戦前に移住した農業移民だ。
翁は「三人姉妹」としたいところだったかもしれないが、それでは語呂がよろしくない。
「舌ごくらく」の語を検索してみたが、意外とヒットが見当たらない。
小泉武夫氏の『味覚極楽舌ったけ』という書名がずらりと並ぶばかりだ。
ちなみに「独りわびしい木芋庵」としているが、この執筆期の松井さんは息子夫婦と暮らし、身の回りのお世話をするブラジル人の女性もいた。
このあたりに翁の創作が混じり込む。
(西暦2024年2月5日・記)



3.砂とり舟

砂とり舟


みながみちかい
チエテ川
山すそけずり
谷をうめ
古いゆききを
つなぐ道
ながれにかかる
木橋あり
すめば都か
橋のした
主のおやじ
ペードロなる
たつきは砂とり
かわぐらし
流れに舟を
うかべては
下りの舟で
砂さらい
ふな足おもい
上がり舟
ひとふねあげては
キューとやる
砂とり舟の
ゆきかえり
連れもなければ
子もなし
至福のいたり
ひと壺の酒
松井砂とり舟絵.jpg

「砂とり舟」解題挑戦
松井翁の金字塔『うつろ舟』を彷彿させる世界だ。
チエテ川は南米大陸でアマゾン川に次ぐ大河パラナ川の支流だが、支流だけで1100キロという長さを誇る。
その源流は大サンパウロ圏の近郊であり、大西洋まで22キロという大西洋海岸山脈に発している。
松井さんはサンパウロ州奥地で農場を経営していたが病を患い、大サンパウロ圏のモジ・ダス・クルーゼス市近郊に移転する。
ずばりチエテ川の源流地域であり、この詩で描かれるようなシーンを日常的に目にしていたのだろう。
そして橋の下住まい、連れ合いも子もない境地の分身、酒好きのペードロ親父が日本語で創作された。
詩集に配されたイラストの写真を転載する。
(西暦2024年6月25日・記)




 


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