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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2011年の日記  (最終更新日 : 2012/01/01)
1月の日記・総集編 縄文人と日本移民

1月の日記・総集編 縄文人と日本移民 (2011/02/01) 1/1(土)記 ブラ吟

ブラジルにて
サンパウロ市内の妻の実家にて、正月の集い。
昨年から準備されたおせち料理の数々。

となると、やはり日本酒。
日本産の大吟醸と、ブラジル産日本酒の吟醸があった。
僕にはブラジル産の方がうまい。

暮れの集いで同席した日本酒ソムリエによると、日本酒は米や水よりも、杜氏で決まるという。
そもそもこのエコロジー時代に、米を50パーセントまで磨いてしまう酒というものがよくわからないでいる。
世田谷でいただいた、千葉産の玄米酒、まことにおいしかった。

酒の記憶の多くはコップ酒だけど。


1/2(日)記 ママダンゴ

ブラジルにて
南方熊楠の植物不思議体験の件を読み耽る。
と、息子と「マタンゴ」を見ようということになった。
東宝特撮映画DVDコレクション15。
ナゾのキノコ島とキノコ人間のお話。

「アバター」の森にもそこそこキノコが繁茂してたっけ。
さてわれらが「マタンゴ」の島のロケ地は、伊豆大島と八丈島とのこと。
あの富士見観音の伊豆大島!
観音像とキノコ人間がオーバーラップ。
八丈島となると、発光キノコが実在する島である。

正直なところ、世界に誇る東宝特撮チームの造形するキノコの森より、いま手元に見つからないのだが、八戸で買ってきた図録「青森のきのこ」の方がはるかに蠱惑的。


1/3(月)記 モチづまりとカーニバル

ブラジルにて
日本の正月の定番報道のひとつが、モチを詰まらせてお年寄りが何人死んだ、というやつ。
ちょうどリオのカーニバルの時に死亡者何人、というのと同じノリか。
年末にエレベーターで乗り合わせたブラジル人のおばちゃんが「年寄りは短気だから」と言っていたのを思い出す。

大晦日に近くの日本食材店でモチを買った。
こちらで売られているのは丸餅で、東京人の僕にはイマイチ正月感が出ない。
さてこのモチ、昨日から今日の間に一気にカビが生えた。
大別すると、3種か。
カビの部分をこそぎ落として、今日はおろしモチでいただいてみる。
大根おろしが辛すぎて、のた打ち回る。

橋本先生がご存命中は、毎週、頼まれてこのモチを持参したっけ。
先生の朝食用。
短気でもモチを詰まらせないコツを聞いておけばよかった。


1/4(火)記 凧なみに

ブラジルにて
サンパウロに2紙ある日本語新聞、いずれも新年は今日から発刊となる。
遅れながらも珍しく2紙ともその日のうちに届いた。

夕食後のひと時、遅く来た1紙をめくる。
いはく、明日から地下鉄が値上げ、今日中ならプリペイドカードに値上げ前の料金で100レアイスまでチャージできるという。

値上げ後の均一料金は3レアイス、邦貨で150yen。
東京の地下鉄の初乗り料金以上だ。
邦字紙のバックナンバーを見ていて、ある地方の日系団体は日本語教師を優遇しているという文脈でサラリーの金額が書いてあったが、サンパウロの値のはる私立学校の生徒一人の月謝程度である。
格差は広がるばかり。

夜9時過ぎ、最寄りの駅にチャージに出向く。
おお、アナコンダ数頭分の長蛇の列。
して、三つある窓口のひとつしか機能していない。
雑誌でも持って来ればよかった。
待つこと1時間。
カイピリーニャ2杯分ぐらいは稼げたぞ。
横並びの人たちを見ていると、上限の100レアイスを入金しているどころか、かき集めた小額の硬貨をデポジットしていたり。
なかなかフィーラ(列)が進まないわけだ。

ブラジルの庶民暮らしは、そうラクではないぞ。


1/5(水)記 残り物に…

ブラジルにて
新年の挨拶メールやカードに冷夏、涼夏のサンパウロなどとしたためているが、食べ物の足は速い。
「モッタイナイ派」としては、捨てる、食べるの判断が難しい。
家族には新しいものを食べさせても、自分は残り物ということに。

昼のはヤバいかな、と思ったけど身体に変調はなし。
夜のサカナはどうだろう?
サケを抜くつもりだったが、梅酒で毒消しだ。


1/6(木)記 沈黙の大陸

ブラジルにて
未明に覚醒。
電源オフしていなかったパソコンに向かうと…
ツイッターでtomo_nadaさんからのリンクに戦慄、眠気はすっ飛ぶ。

「南米を襲う遺伝子組み換え大豆と枯葉剤」
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201101060905584

遺伝子組み換え大豆栽培が、いかに人々の命を脅かしているかがわかりやすく報告されている。
tomo_nadaさんのフォローによると、この遺伝子組み換え大豆と除草剤はセットになっているとのこと。

これからまとめる「橋本梧郎と水底の滝」も「あもーる あもれいら」第三部もパラナ州、一面の遺伝子組み換え農場地帯が舞台だ。
今後も現地を訪ね続けるだろう。
怖い。

第二次大戦後の日本人ブラジル移住者の農業従事者には、農薬被害によるとみられる少なからぬ不妊・出産異常等の問題が生じている。
ブラジル日系人は皮相的なリップサービスにうぬぼれたり自画自賛を再生産するばかりではなく、自分たちの失敗と負の遺産をこそ、しっかりと見つめて学び、人々に還元していくべきだ。


1/7(金)記 アレイジャジーニョ…

ブラジルにて
失われたアーク(聖櫃)でもありそうな。
サンパウロの聖遺物美術館へ。
16日まで、アレイジャジーニョの特別展開催中。

ブラジル人が日本でいうあだ名を通称とすることは、ワールドカップやオリンピックなどの選手名からもよくわかる。
前大統領のルーラなんていうのも、この口。
チビ、ハゲ、クロ、チビクロなど邦訳するとキョーレツなものが少なくない。

アレイジャジーニョはブラジル史を代表する彫刻家だが、「不具のチビ」といったあだ名である。
ポルトガル移民の父と、黒人奴隷の母のもとに生まれる。
おそらくハンセン病と見られる病に冒されて手足の指を失い、最後には残った2本の指にノミをくくり付けて聖像を刻んだという。

アレイジャジーニョ作といわれる作品を観た後だと、常設の聖像群はまことにかすんで見える。
特に十字架に磔(はりつけ)にされたイエス、木に縛られて全身に矢を浴びた聖セバスチャン像には眼を見張る。
聖セバスチャンに傾倒していたという三島由紀夫に見せたかった。

奴隷の子として生まれ、業病とされる不治の病に身体を冒され、「不具のチビ」と呼ばれ、痛みにあえぎながら、苦しみにのたうつイエスやセバスチャンの身体を刻む。
人類の魂を揺さぶるブラジルのアートがここにある。


1/8(土)記 親思う心にまさる…

ブラジルにて
明日から子供の本命校の受験。
夜はカツ丼をつくる。

自分の大学受験の時の親のことを思う。
一浪を経て志望校に合格した時に喜んでもらえたのは覚えている。
受験の時のことは、見事に覚えていない。
いやはや。


1/9(日)記 ものかきものおもい

ブラジルにて
訳あって、だいぶ昔、といっても縄文期までさかのぼらないが自分史のエポックについてしたためている。
たいへんお世話になった人々に無沙汰してしまっていることを恥じつつ、これから何ができるかな、と思いを走らせる。
それにしても書いて(叩いて)いるうちに思わぬオチがついたり、ひらめいたりすることが少なくないのが不思議。
だらだらと始めて、テキトーにつじつまが合っちゃったりして。


1/10(月)記 イントロ勝負

ブラジルにて
さあ「橋本梧郎と水底の滝」。
まずは使用予定映像のハードディスクへの取り込み。
マテ茶をいただきながら、ふたたび映像をチェック。

イントロ部分をナレーションと共に考えていて、浮かんだアイデアあり。
過去の資料映像を汗だくで家探しするが、なぜか見当たらない…

見当たらない意味を考えるか。


1/11(火)記 マテ葉回廊

マテ葉回廊
今日も午後のドリンクはマテ茶にする、か。

水底の滝の地に、橋本梧郎先生はマテ茶会社の農事試験所長として赴任した。
南米大陸の南、パラナ河流域はマテの分布範囲であり、先住民以来のマテ茶文化圏となった。
まだ解明されていない薬用効果もいろいろあるに違いない。

もっとも薬用植物研究者とされることもある橋本先生が、マテ茶を飲まれるのを見たことがない。
さすが茶どころ駿河の人、茶といえば日本茶だったな。
カフェはけっこう飲まれたが。


1/12(水)記 元縄文屋の弥生

ブラジルにて
我ながら、なかなか見当のつかなかった「橋本梧郎と水底の滝」、じわじわと形をおびてくる。
これはけっこう…

合わせて次回3月訪日日程の目星をつけ始める。

さあ、イントロはだいたいこんな感じかな?
モノクロの画面の底から、おぼろに巨龍が。


1/13(木)記 猫蛙の森

ブラジルにて
午前中は、橋本梧郎の世界。

午後より、家族旅行へ。
サンパウロ郊外の山間部。
緑が濃い。
粘菌のホコリが湿った空気のなかに香る気がする。
日暮れからの、芳醇な音の世界。
ひときわ目立つのは、盛りのついたノラ猫の求愛の叫びか。
宿の人に聞くと、アマガエルの一種という。
これには、たまげる。
夜の大西洋海岸森林に耳を傾け、想いを馳せる。


1/14(金)記 山の豪雨

ブラジルにて
昨日あたりより、日本の方々から豪雨洪水お見舞いメールをいただくようになった。
宿のテレビをつけると、リオ州の死者は500人を越えたとのこと。
サンパウロ市内外でも洪水続出。

現在位置のサンパウロ市郊外の山間地も特に午前中、どしゃ降り。
ナメクジや粘菌も流れるかと思うほどの激しさ。

雨上がりに3度ほど自然林の小径に入る。
これだけお湿りのある自然林で粘菌の1種も見つけなければ大熊楠、そして橋本梧郎先生に申し訳ないというもの。
だいぶ倒木・落ち葉をひっくり返すが、見事な粘菌日照り。
白い微小な土壌性のダニの類の群ればかりが目に付く。
ホントに雨が強すぎるのかも。


1/15(土)記 つぶやき岩の秘密

ブラジルにて
夕方、メガロポリス・サンパウロに戻る。
さっそく山の宿と森とネコガエルの鳴き声がなつかしい。

山の無線ではチェックが不自由だったツイッターのチェックをしてみる。
過去にさかのぼるのが、えらく重く、遅い。
留守中の2日分程度をざっとチェックするのに深夜までかかる。

まさにつぶやき棄(す)て、在日日本人の公共の場でのタンツバ吐きのように、つぶやいた本人もすでに忘れているようなのも少なくない。
貴重な情報をいくつもいただいてきたが、日本の都市部のようなネット環境を前提としての暇つぶし・孤独ごまかしの傾向も多々あり。

ヒトはツイッターのみに生きるにあらず。
自分にあった使用法を断行しないと。


1/16(日)記 粘菌生活者のホコリ

ブラジルにて
午前中、少し編集。
家族の休暇時期、しかも日曜の朝のビデオ編集とは我ながら異例。
今までの橋本梧郎シリーズは、この作品の予告に過ぎなかった、なんちゃって。

午後よりこっちの親戚筋のフェスタ。
子供の誕生会。
中の上クラスのアパートメント群。
時折、庭の部分を散策。

熊楠翁は自宅の庭の柿の木から新種の粘菌を発見。
橋本先生はサンパウロのお宅の風呂場のスノコに粘菌を発見したという。

鉢植えの土を覆う樹皮などをひっくり返してみる。
煙草のフィルター。
そして鮮やかな色のゴム製品。

粘菌の変形体は熊楠翁の頃よりタンツバのタンに例えられるが、ホントのタンの方に遭遇する確立多し。
雨がふたたび降るが、ナメクジ一匹お目にかかれず。
それでもカメムシ、カミキリムシの類には会えた。

ちなみに上記のゴム製品は、ゴム風船でした。
どこかの子供のフェスタの遺物だろう。


1/17(月)記 OS

ブラジルにて
未明より、橋本梧郎の世界をつなぐ。

昨年、JAL機内で見た「プール」(大森美香監督)という映画は味わい深かった。
タイのチェンマイ郊外で日本人女性の経営するペンションのお話。
日本のテレビ的な意味で、見事に何も起こらないのだが、その起こらない感覚、どっぷりとした亜熱帯と日本人の時空がいい。
この監督、テレビドラマの脚本を書いていたと知り、とてもびっくり。

「橋本梧郎と水底の滝」の第一部『南回帰行』、おそらく作品の半ばぐらいの編集にさしかかっている。
これまた今までのところ、見事に何も起こらない。
大・小津の作品も、そうした意味でほとんど何も起こらない。
それでいてすべてのカットが緻密に編み上げられている。

オヅにはおよばないが、オスぐらい目指したい。
すっぱいは成功のもと。


1/18(火)記 粘菌コネクション

ブラジルにて
いよいよ橋本先生と昭和天皇のむすぼれについての証言の部分を編集。
緊張。
戦争を嫌って軍国日本を去った橋本梧郎と、大日本帝国の大元帥・天皇裕仁はブラジルの粘菌を通して結ばれる。
粘菌は孤高かつ稀代の博物学者・南方熊楠と昭和天皇を結び、さらに昭和天皇と橋本梧郎をつないだ。
粘菌は、生と死をつなぎ、ヒトとカミをもつなぐ。


1/19(水)記 生きる希望・死ぬ希望

ブラジルにて
期日指定の用足しのため、街に出る。
作品編集の佳境、テマヒマも交通費ももったいないので、別の用事も抱き合わせる。
おっと今日は水曜、映画館の割引のある日だ。
新聞でチャックすると、イーストウッドの新作がシネコンでかかっているではないか。

イーストウッドに、また泣かされる。
英語の原題は「Hereafter」、ポルトガル語題名を訳すと「いのちのあと」ぐらいか。
イーストウッドが死後の問題に挑んだと聞いており、興味津々だった。
やってくれた。
死後への希望、ビジョンがあってこそ、より懸命かつ真剣に生きられるというもの。

僕自身、「心霊画家」を始め、ブラジルや日本で優れたチャネラーたちとご縁をいただいた身。
表現者として、心したい。

この映画について日本で公開されているのか等、チェックしてみるとまだのようで、とりあえずの邦題は「ヒアアフター」と歯の抜けた、間も抜けた思考停止状態のご様子。
「スリラー映画」という分類にもがっくり。
年間3万人以上の自殺者をほこる日本では、死後の問題はスリラー、ホラー、オカルトでしかないのか。

イギリスのウオーレス、そしてわが南方熊楠などの傑出した博物学者たちが「死後生」に対して造詣が深かったことが知られている。
ずばり粘菌は生命、そして生と死というありかたを問い直す存在だ。
今まとめている「橋本梧郎と水底の滝」の、まさにミナソコに見え隠れするのは「臨死」かもしれない。


1/20(木)記 粘菌農業

ブラジルにて
年金生活者の帰農なら、日本でしばしばある話だろう。
しかしこれには、たまげた。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110120-OYT1T00458.htm
「粘菌が『農業』」。
ナメクジ状の形になって移動、というのがコワク的。
記事そのものがわかりやすい。
そもそも粘菌というものを簡単に説明しにくいのだが。

人類は進化論的な歩みで誕生したのではなく、宇宙人から手を加えたのだ、という考え方がある。
それがアリなら、粘菌の方がずっと地球外生物的かもしれない。
粘菌と、生と死のあり方などを考える。

僕が独学でブラジルで発見した粘菌はいずれも子実体であり、まだ変形体を確認していない。
バイブル・「粘菌~驚くべき生命力の謎~」を引っ張り出して眺める。
ノンリニア編集機は1時間半ばかり、ひとりで作業中。
めったにしないことだが、TVモニターでこっちの地上波放送を映してみる。
すると、まずシロートでは実際に見るべくもない熱帯林の夜のカエルの生態が流れているではないか。
ネコガエルでも登場しないかと思って、受信状態は悪いがそのままにしておいた。
すると、アマゾンという設定で、地上に広がる黄色い粘菌の変形体の様子のコマ落とし映像が!
BBCの作品のポルトガル語版がこちらの地上波の文化専門局で放送されていたのだ。
偶然、こんなものを見たことが生涯にあっただろうか。

映像のなかの橋本先生が、昭和天皇と粘菌とブラジルについて語りながら、まんざらではない顔をしていらっしゃる。
南方熊楠が何度も霊夢の導きで稀有の植物を発見したエピソードを思い出す。

「橋本梧郎と水底の滝」『南回帰行』はこうして変形体になりつつある。


1/21(金)記 夏は来ぬ

ブラジルにて
涼夏というより冷夏のレベルだった年末年始のサンパウロ。
ようやく夏らしい現象が。
まずは台所のアリの群れ。
団地の10階だ。
体長1ミリぐらいの微細な黒アリ。
甘いものでなく、動物性のものに群がる。
テーブルに落ちていたチーズのかけらにたかっていた。

シロアリが寿司桶に穴を開けたり、木のまな板の裏に羽虫がわいたり。
こんな高所の団地の一室にも蚊が訪問したり。
日本製の蚊取り線香を探し出して、日本の夏の香りでケムにまく。
不思議とこの夏は、まだゴキブリを見ない。

今日の午後の豪雨は強烈だった。
窓を閉め切ってブラインドを下ろしても雨が入り込んでくるので、各所に雑巾を置く。
落雷に備えてテレビ系、PC系の電源を落とす。
ちょうど橋本先生のお宅で、落雷に備えて電話線をはずしましょう、などという会話のシーンの映像を編集していたところ。

早朝のいったん冷(さ)めた空気に、はるか日本の小学生時代の夏休みの朝を感ず。


1/22(土)記 夢の対面

ブラジルにて
「南回帰行」、いよいよロードムービーの部分の編集に入っている。
橋本先生と「フマニタス」の佐々木治夫神父の出会いの部分をつなぐ。
ふたりはともに静岡県人で、橋本先生のグアイラ時代に面識があった。

フマニタスでの最初の会話の部分をいったんつないでみるが、思い直して再編集。

ワールドプレミア上映を3月12日、神奈川県葉山で行なう予定。


1/23(日)記 空飛ぶパセリとインディアンのウソ

ブラジルにて
日曜の路上市へ。
メインの目的は魚だが、パセリをきらしているのでパセリも買うことに。

サンパウロ市最大級の路上市だが、青果店の3分の1強は日系人の経営。
かつてよく買っていた日本語の堪能なおばちゃんのところに寄る。
こちらも数ヶ月ブラジルを離れたり、有機農場からの野菜のストックが豊富な時など、市場でしばらく野菜を買わないことがある。
そのせいか?
かつてはアイソの会話もあったおばちゃん、他の客も来たとはいえ、パセリも釣銭も投げてよこした。
客に買ったものや釣銭を投げるというのは、ブラジルでも僕の知り限り、通常ありえない。
日本ではいかがだろう。
こちらもタダでくれと言ったわけでも値切ったわけでもない。
他にいくらでも店はあるから、今後はこのお店は失礼しよう。

ブラジルの日系人は祖国でなくしてしまった美徳を保ってうんぬんといった芸のないリップサービスや自画自賛とは裏腹に、日本でもブラジルの一般レベルでも考えられない非礼、非常識がまかり通るのもブラジル日系社会。

「ジャポネス・ガランチード(日本人は保証つき)」というのもよくブラジル日系人のホメ言葉として用いられる。
ジャポネス・ガランチードと言われるほど日系人はブラジル社会での信用を得て、といった具合に。
しかしこれも古参の移民たちによると、実際はブラジルで物売りなどをした日本人移民が自ら「ジャポネス、ガランチードね!」などと称していたのをブラジル人が揶揄して広まったとのこと。

「インディアン、ウソつかない」というのは西部劇の映画やTVドラマで流布したとされるが、用法としてはインディアンによる一人称の言葉だ。
ジャポネス・ガランチードも日本人による一人称といえるが、インディアンよりだいぶ格が落ちそうだ。


1/24(月)記 「乗っちゃダメ!」

ブラジルにて
ツイッター経由でこんなニュースを知る。
「乗っちゃダメ!世界一危ない航空会社」
http://rocketnews24.com/?p=67332
なんと1位がわがブラジルのTAM航空、そして3位もブラジルのGOL航空!!
世界にあまたある航空会社のなか、金と銅をゲットとはリオオリンピックでも難しい快挙ではないか。
ちなみにTAMはANAがコードシェアを始めた会社で、GOLはVARIGを吸収した会社。

ダメといわれて、国際線では避けるにしても、ブラジル国内線はどうすんべ?
他の国内線会社は、この調査対象にも入ってなさそうなところばっかし。


1/25(火)記 安ワインで

ブラジルにて
日曜に路上市で買ったパイナップルを割ってみる。
もともと豚肉との炒め用に買ったのだが、こう熱いと熟したパインでもかじりたくなった。
固い、ジューシー、フルーティとは、ちと遠い。
ナマの果物を医者に禁じられた橋本先生のドキュメンタリーをまとめているので、それに連座ってとこか。

そうだ、サングリアにするか。
安物のワインがない。
今日はサンパウロ市の誕生日でお休み。
近くで開いているのは高級スーパーのみ。
安くはない安ワインを買う。
たとえサングリアにするとて、甘口のワインは買えなくなってしまった。

我が家で初めて七面鳥をロースト。
新しい一面が開く。

橋本梧郎と水底のターキー。


1/26(水)記 縄文人と日本移民

ブラジルにて
南米などの日本人移民のルーツが縄文人だった!
我ながら新鮮な気づき。
ま、だからどうだというツッコミはご勘弁を。

縄文人が自分の作った土器をミュージアムで見つけてドッキリ、などということはまずありえないだろう。
しかし日本人移民が、自分が日本から持ってきて使っていた鍋釜を博物館で見つけてびっくり、というのは実際にありえた。
ちょうどそのシーンを編集。

「南回帰行」、なんだかすごいことになってきた感じ。


1/27(木)記 卒業

ブラジルにて
子供の卒業式。
マンモス会場で、イベント屋仕切り。
ま、撮影しなくていいから気がラク。

しかしアクセスに気が重い。
日本でいえば武道館みたいなビッグネームのところだが、公共のアシがないのである。
車で行くことになるが、今日は車両の乗り入れ制限の日。
罰金とタクシー代と、どっちがおトクか。

ちなみにサンパウロの国際空港、国内線の空港は共に電車・地下鉄でのアクセス手段がない。
いっぽう空港利用者をターゲットとする犯罪の手口はだいぶ「整って」いて、愚生も命までとられるところだった。
これでワールドカップ、オリンピックの開催国か。

教師陣、生徒たち共に相当の役者と才能がそろっていると見た。
カネ出してイベント屋任せにするのではなく、卒業式も教育の一環として心意気を見せていただきたいもの。

さて、幼稚園から大学まで、日本での我が身の入学式、卒業式を振り返ってみる。
見事なまでに、ほとんど何も覚えていない。

帰還は深夜になるが、まあ無事でよかった。


1/28(金)記 不在証明

ブラジルにて
情報および思想に名札をつけて、それを自分より先に、誰が発見し発表したかを明らかにすることによってはじめて、それらに触発され、またはそれらを駆使して、自分がどれだけ先に進み出ることができたかを示すことができる。他者の知識、思想を援用しながら、その出所典拠を示さないのは、自分の能力の不在証明である。自分の想像力へのなみなみならぬ自身があってこそ、出典の厳密性は、一層に高められる、とわたしは考える。
(「南方熊楠」鶴見和子著、講談社現代文庫より、着色は引用者)

橋本梧郎先生から昭和天皇を経て、南方熊楠にたどり着いた。
70年前に逝った孤高の魂は、いちブラジルのフリーランス移民をも照らしてくれる。


1/29(土)記 いったんつなぎ

ブラジルにて
「南回帰行」、最初の編集をとりあえず終了。
この作業、映像記録では「順つなぎ」と呼んでいたが、その他「順番つなぎ」「荒編(あらへん)」などと業界では呼んでいた。
2時間20分弱。
2時間ちょうどぐらいに収まるかと思っていたが、後半なかなか切れず。
1月中にここまでたどり着いておきたかった。

まだまだ先は長い。

思えば、2時間以上の長編の制作は2006年の「KOJO」以来だ。


1/30(日)記 岬めぐり

ブラジルにて
いやはや、果報は寝て待てというが。
思わぬ果報が実現に向かっている。
http://saudade-books.blogspot.com/2011/01/cinema-amigo.html

3月は三浦半島に通い詰めになりそう。
うれしい悲鳴。
現在、キュレーターと上映プログラムを検討中。
どうしてもこれを、というご希望、今なら間に合うかも。


1/31(月)記 豆腐の過渡

ブラジルにて
サンパウロは熱帯日が続く。
未明の涼風が心地よい。

夕方、近くの日本食品店に豆腐を買いにいく。
サンパウロ市は豆腐事情がよろしい。
大手日系メーカー数社の木綿ごし、絹ごし豆腐のほか、マニファクチャア系の豆腐がいくつか。
マニファクチャア系も沖縄豆腐、中国系豆腐まであるのだ。

かつては我が家の近くで作っているらしい日系のマニファクチャア系をひいきにしていた。
しかし何年か前の夏場、水道水がアオコくさくなった時にこの豆腐もアオコくさくなり、やめてしまった。
サンパウロでは水道水をそのまま料理に使うことはNG。

沖縄豆腐を買ってみると、固めで塩味が効いていてしかも新鮮、そのまま醤油なしでもおいしくいただけるではないか。
家族にも好評で、ここのところは沖縄一筋だった。

ブラジルの地方都市で、日本の研究者が世界一と評したという沖縄豆腐をいただいたことがあるが、僕にはこのサンパウロ産の方がおいしかった。

ところが去年の終わりごろから異変が。
子供も「おいしくない」。
確かに。
日付は特に問題ないし、なぜ?

新たに挑戦するが、時間経過によるとみられる酢っぱみすらある。
日付は昨日になっている。
これまではいつでもその日の日付けで、確認する必要もなかったのだが。
大豆か、水か、作り手の問題か。

さすがに自分で豆腐までは作る気になれない。
また別の豆腐にチャレンジしてみるか。

おっと、奇しくも現在編集中の最新作には、移民のおばちゃんの豆腐つくりの苦労のエピソードが出てくるぞ。


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