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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2011年の日記  (最終更新日 : 2012/01/01)
9月の日記・総集編 あもれいらをあむ

9月の日記・総集編 あもれいらをあむ (2011/10/01) 9/1(木)記 のらず

ブラジルにて
永遠に8月のままかと思っていたら、ブラジルも9月になってしまった。

昨晩、音声をチェックした「あもれいら」の映像があまりに重い。
子供たちを覆うよこしまな闇の深さを思い知らされる。
さすがに公開はできないだろう。

それが尾を引いて、今日は編集を続ける意欲が出ない。

書きものの方は、これまたよこしまな内容。
順繰りに書いていくと、これを避けて通れない。

ブルーライトヨコシマ。


9/2(金)記「Pu-239」

ブラジルにて
昨夕は都合により、ショッピングモールのシネコンへ。
ブラジルらしいトラブルに遭う。
帰路、道順にあったCD/DVD屋をのぞく。

ずばり「Pu-239」というのがあるではないか。
キノコの傘をちょん切った型の煙を吐く原子力発電所の前を歩く親子3人の写真がカバー。
日本の映画館の一般通常料金より少し安い。
買うしかないか。

HBOフィルムスの作品で監督はScott Burns、主演はPaddy Considine、2006年のトロント映画祭選出とある。
検索しても日本語の情報はないに等しい。

見るしかない。
冬の曇天のなか、アサイチで鑑賞。

ロシアの原発労働者が事故に巻き込まれて被曝、余命わずかと悟るが、原発側は彼を切り捨てるだけだ。
残す妻子のことを憂えた彼は、原発からプルトニウムを持ち出して、モスクワのブラックマーケットでの販売を図る…

重い。
世界の原子力ムラが、労働者と住民個々人のの生きる尊厳など考慮しない状況で、いつどこで起きてもおかしくない話だ。
祖国の皆さんと共有したい映画。

わがラテンアメリカがエピロードで関わるのも、泣かせる。


9/3(土)記 よみがえるVHS

ブラジルにて
ものを整理していて、さて、となるのがVHSのテープ群。
ブラジルの古書店でも、タダでも引き取らなくなった由。
でいて、店では売っているのだが。

捨てちゃえば早いのだろうが、それがなかなか。

日本のテレビ番組で、日本海側だったか、VHSのテープを「ほぐして」、たしかドジョウの養殖に使うというのが紹介されて、感心。
日本はドジョウ内閣だそうだが、今も残るVHSよりはるかに短命な感じ。

これはJALの機内誌の記事だったが、アメリカ・ロサンジェルスに世界最大級のVHS専門レンタルショップがあり、ここはいまだにマニアらに愛されて快調とのこと。
超レアもののコレクションがすごく、プロの映画関係者が遠方からまとめてレンタルしに来るとか。

ちょっと気になるテレビ番組を録画したテープが目につく。
むむむ。
映画館のスクリーンでの鑑賞とは異なり、テレビモニターでの映像視聴時間は視神経的に限界があるように思える。
あまり酷使すると、眼や頭の痛みに始まり、やがて機能が停止してしまうような。

現在、自作の編集中であり、他のものはあまり見ることができない。
昨日の「Pu-239」などは、サバイバルのための例外。

老後の楽しみに、などとしても、老後まで視力が持つかどうか。
さすがにVHS、これ以上、増えることはないだろうけど。


9/4(日)記 カンブリア紀のおわりに

ブラジルにて
当地の暦は、いまだ冬。
今の時期のブリは寒ブリと称していいのだろうか。

先週に続いて、すすめられて2キロほどのを購入。
脂が乗り、コリコリ感がよろしかった。

今日は妻の実家に持参するため。
刺身と、ブリ大根。
日本語文化圏から遠い姪、甥たちも喜んで食べていた。

日本食大新興都市のサンパウロでも、ブラジル人相手にはチリサーモン、マグロの赤身、ややもすると養殖ティラピア程度である。

思い起こせば先回の訪日でも、寿司はチェーン店のテイクアウト、しかも夜間の残りのディスカウントぐらいだったなあ。
嗚呼、寿司と温泉。


9/5(月)記 乞食道輸出

ブラジルにて
子供と繁華街を歩いていて。
胸をはだけて歩道の半分ぐらいを占拠して横たわる乞食の男がいる。
「おい、ジャパ公、コインをよこせよ」。
これは物乞いというより、恐喝に近い。
ジャパ公よばわりされて、慈悲心から財布を開くほど、こちとらの人間性は高くない。

7月に横浜で見たおじさんを思い出す。
酷暑のなか、歩道の端で紺の長袖長ズボンの作業をまとい、正座をして頭を垂れて、乞食をされていた。

避難所で罵声を受けてしぶしぶ土下座をした東京電力のうそつき社長とのコントラスト。

横浜のおじさんにはごくろうさま、と声をかけて端銭を提供したくなったが、10円ぐらいでは失礼な気がして、かといって100円となると持ち出し上映におもむく身として僭越に思える。
「ビッグイシュー」あたりでも売っていていただければありがたかった。

日本国民の血税を使って、しかるべきギャランティーをいただきながら、専門家、ボランティアとしてブラジルなどに派遣される人がいる。
せっかくの制度ながら、さすが日本のお役所仕事でなかにはトンデモ系が混入する。
最近も具体的なヒンシュク例が当地の邦字紙で報道された。
横浜のおじさんのような「乞食道」と呼びたいほどの技(わざ)こそ当国の乞食の啓発と質的向上のために導入できないものか。

世界中からヒンシュクますます購入中のゲンパツの輸出などはまっぴらだけど。


9/6(火)記 黄昏を過ぎて

ブラジルにて
ブラジルのポルトガル語の日刊紙は未明には配達されている。
現在、二紙発行されている日本語新聞は、両方とも朝のうちに届くのはむずかしく、せいぜい午前中となる。
新聞スタンドには日本語新聞も早朝から売っているのだが。

さて、日本語紙一紙をまず開くと、普天間さんという女性の死亡告知がある。
下のお名前も、僕の知人と同じなのでちょっと驚くが、歳が合わず、別人のようだ。
もう一紙を開くと、天間さんという女性の死亡告知があり、下のお名前も別紙の普天間さんと同じ。
ミサの場所も時間も同じなので、同一人物なのだろう。
まことに「ふぬけ」の事態。

一紙の方のサービスのようだが、日本語の、主に日系社会関連の電話帳が届いている。
こういうものが発売されたとの記事は見ていた。
報道関係のページを開いてみる。
「オサンパウロ新聞」というのがある。
パウロというおっさんの新聞か、あるいはパウロという助産夫の新聞か。
「オ」はポルトガル語の男性名詞の冠詞として付けられたのか。
この新聞のポルトガル語名称には「O」がないのだが。

日本以外でもっとも日本語が使われているといわれたブラジルだが、こんな現状である。
いっそのこと、こちらの日本文化を逸脱した日本食のような日本語の出現を期待してみるか。


9/7(水)記 もと化石少年の猛省

ブラジルにて
今日のブラジルは独立記念日で、祝日。

家族がDVDとテレビにかぶりつき。
こちらは終日、本を読んでしまう。
今どきの日本の新書は、テーマは重くてもあっさりと読み終わってしまうのが増えた。

本日の特筆は森山大道さんの「昼の学校 夜の学校+」、平凡社ライブラリー。
7月に大阪で森山さんの写真展を見た際、図録を買おうとしたが旅先での荷物と価格をかんがみて、ミュージアムショップにあったこれを購入。
この展示で森山さんの「写真は光と時間の化石である」という言葉を知り、自分のドキュメンタリーはどうかと考えていた。

化石といえば日本で昨今、巷間に上がるのは旧鳩山内閣が受賞した「化石賞」的な文脈ではなかろうか。
「化石賞」をググると「不名誉」「後ろ向き」といった形容が付いている。

しかしこの本で森山さんが語られているのは、
「そこから見えてくるものは、じつはものすごく生々しい時の記憶です。」
「そこに刻みこまれている情報は、過去のことばかりではなく、現在について、さらに未来についてじつに多くのことを教えてくれるんです。」


という壮大なものだった。

僕は小学生時代、化石少年だった。
亡父に何度となく、長瀞に連れて行ってもらい、路上で化石を売るおじさんに出会った。
小学生相手にザラ紙に化石の生物の学名をラテン語でさらさらと書き、悠久の地質史を語るおじさん。
僕の博物学との出会いの原点だ。
実際に秩父の路上で見つけた化石らしきものは、貝殻があまりにフレッシュだった。

化石を知らずして、化石をあなどるなかれ。
貴重な化石体験をいただきながら、化石をネガティヴにとらえがちになっていた自分を猛省。


9/8(木)記 編集の合い間に

ブラジルにて
他人がどんなドキュメンタリー映像を作ろうと、知ったことではない。
しかし自分が巻き込まれるとなると、沈黙しているわけにはいかない。
人の善意、好意をもてあそんでだまし討ちを与える、ととられてもしかたがない行為は控えていただきたいもの。
それに値するような製作の大義名分があるならお聞きしたい。
表現者・責任者の署名制を唱え続けた僕の師匠の牛山純一の名において、ごまかしを許さないこと、関与をお断りすることをオンライン上で明言しておく。
そもそも作品の題名も、誰が責任者なのかも知らされないままだが。

さあ自分の仕事に戻ろう。


9/9(金)記 「永遠の絆」

ブラジルにて
一昨日から昨日まで、編集作業と家事以外の時間は読みふけってしまった。
ジビア・ガスパレットさんの「手による」書、「永遠の絆」(ソフトバンク クリエイティブ)。
ジビアさんは僕がディレクターを担当した「すばらしい世界旅行」『ピカソが絵を描く!ブラジルの心霊画家』(1988年)の主人公、ルイス・ガスパレットさんのご母堂で、拙作にも登場される。
自動書記で知られ、現役のブラジル人では最も出版部数の多い人かもしれない。
その代表作が、日本語で読めるとは。
ストーリーにぐいぐい引き込まれていき、心霊主義の教義にわかりやすく接することができる。

家族とは、魂が寄り添って互いを補いあい、それぞれが負った務めを果たしながら、幸せへの道を模索する神聖な集まりなのだ

ジビアさんの本が日本語で出版されているとは、つゆしらなかった。
教えてくれて、プレゼントしてくれたのは西荻窪のブラジリアンAPARECIDAのWillie店主。
アクシデントとハプニングが重なり、この本と出合うことに。

作品の主人公が至る地に、たまげた。
霊妙なるかな。


9/10(土)記 シャバットいこう

ブラジルにて
拙ウエブ日記の毎日の見出しや、ひとつひとつのメールの件名、けっこう「けんめい」に考えている。
ことのはの表現者として当然の修行。

昨金曜日。
「あもれいら」の重い部分の編集。
こちらのあり方を問われている。
サバサバとはつなげない。
夜にお会いした人が、意外な酒豪。
ピンガをボトルで頼めばよかった。

して本日土曜日。
無気力状態。
明日は早朝から運転業務があるし。
思い切って断食してしまう。

経済方面から日本のコンビニマンガまでめくってみるが、特筆するものはなし。

思えば、土曜はユダヤ教の安息日。
ポルトガル語で土曜日をサバドというが、ヘブライ語の安息日:シャバットに由来している。
週に一日は自分の所属する社会から自分を切り離して、社会に無批判に同化・洗脳されるのを防ぐという意味合いという。
これは大切だぞ。

そこまで考えず、ついついネットをいじっちゃったけど。
肝臓がさぞ喜んだかな。


9/11(日)記 原稿不一致

ブラジルにて
今日は書きものを進めることをメインにする。
おそらく蛇足の部分に、読み返すことに加筆修正してしまう。

祖国で続く地震、原発被害、アメリカの911テロなど気になることが多く、ついついオンラインのニュースをのぞいてしまう。

ツイッターでのアホな返しも、こちらの日本語PC環境が滑らかとはいかないので、手間取ったり。
いやなメールは、日を置かずにすぐ処理して身ぎれいにさせていただく。

原稿、今日はこの辺にしておこうか。


9/12(月)記 冷却化へ前進

ブラジルにて
ツイッターで一句こぼしたが、本業の編集は、まさしくヤマ場。

こういう時に、また大変なことが重なる。
当事者以外には訳がわからないだろうが、先週、糾弾しておいた件。
先方の責任者らしい人と、当事者とのメールが飛び交った。
どうやらこちらにも誤解があったようだ。
諸問題のうち、「ズボラ」「ナメ」は残るが「ダマシ」はなかったようだ。
前二者は程度の差はあれ、こちらもこれまでのあゆみでそしりを免れないこともあるだろう。

ということで、冷却化に踏み出すことに。
シンパの皆さん、「また」ご心配をおかけしました。

さあ、自分の仕事と旅。


9/13(火)記 これが「あもれいら」か

ブラジルにて
いやはや、ドキュメンタリーというのは、つないでみないとわからない。
「あもーるあもれいら」第三部のアラヘン(粗編集)を、とりあえず終了。

エンディングのカットをつないで見て、「KOJO ある考古学者の死と生」がまざまざと浮かび上がってきてしまい、驚く。
な、なんなんだ?

なにせ家事の合い間のひとり仕事。
まだ道のりは長いが、まさしく峠から先の展望が見えてきた思い。

第三部、なかなかかも。

そういえば、今日、思いついてインサートしてみたカットも、これがまた…


9/14(水)記 深夜の子供たち

ブラジルにて
「あもーるあもれいら」第三部をまとめてきて浮かび上がってきたのが、女の性(さが)。
第一部公開の時に、大人の男の不在を指摘していただいたが、それがクライマックスに達する。
どこまで盛り込んでいいのか、シスターたちと相談しないと。

「あもれいら」三部あわせるとおそらく6時間弱。
拙作「アマゾンの読経」全三部と同じ位の尺になりそう。

「アマゾンの読経」は横浜のGAUSHOさんやジャック&ベティなどでオールナイト上映をしていただいた。
アマゾンで入水自殺したとされる日本人のナゾを探る記録を深夜に見るというのは、なかなかのホラーだった。

ブラジル奥地のお子ちゃまどもの記録を、被曝国で夜中に凝視し続けるというのも、けっこうヤバいかも。

All work and no play makes Jack a dull boy.
気分は、シャイニング。


9/15(木)記 陳腐観

ブラジルにて
今晩のパラナ行きバスチケットの購入など、いくつか外回りの用事。
なにかアート展が見たい思いしきり。
頭のなかは「あもれいら」のまとめで容量がほぼいっぱいなので、深追いはしない程度、エキストラの交通費が発生しないようなところ。

バスターミナルと同じ駅にあるメモリアル・アメリカ・ラチーナにするか。
デジタルアート展というのをやっているようだ。
こういう機会でもないと、行きそうなのじゃないもののところが気に入った。
先回訪問時同様、ガラガラ。
暇をもてあましてお互いのおしゃべりぐらいしかすることのないモニターのねーちゃんが寄ってくる。
「ご説明しましょうか?」と言ってくれるが、一瞥して長居にはおよばないとみていたので、遠慮する。

最初だけあれっと思うようなものもあるが、それ以上でも以下でもない。
アートをデジタル表現すること自体が、すでに陳腐に思えてきた。
かつてのインベーダーゲームをほうふつさせるものがあり、なつかしくて少し眺める。
30数年前には、だいぶ100円玉を投入したものだ。
「三丁目の夕日」的なノスタルジーを感じたのだが、それだけ。

福島第一原子力発電所の、建屋の外壁に描かれていた絵を思い出す。
水色の地に、白で海鳥のようなものが描かれていたかと。
誰の作品だろう?
あの作品は、あの事故によって、はじめてアートの構成要素になりえたかも。
大臣だったら辞職モノのたとえかな。
こっちは安酒のお大尽飲みぐらいが、関の山。


9/16(金)記 ゴローさんの大地

ブラジルにて
旅の興奮と緊張のせいか、夜バスでは浅い眠り。
今回の前の長距離バスは…
日本か。

日本の格安夜行バスは、窓のカーテンを開けるのが御法度。
満席寿司詰めに、さらに閉塞感が高まり、思い出してもげんなり。

そこいくとブラジルは贅沢。
空が白み始める。
ああ、北パラナの大地。

小麦色の広がりは、まさしくコムギが収穫された跡か。
なだらかな地形とあいまして、美しい。

そう、ゴローさんの世界。
橋本梧郎ではなくて。
黒板五郎、「北の国から」。

この大地と人にいくつもの縁をいただき、ただ感謝。

シスターたちが優先して協力してくれたおかげで、作業がスムースかつ早く進む。

そして、新たにかなりキョーレツなことが写っていることを知る。
「あもーるあもれいら」第三部完結編、ますますすごいことになってきた。


9/17(土)記 アモーラアモレイラ

ブラジルにて
サンパウロに到着。
連日の夜行バスは、さすがに疲れる。
しかし、心地よい疲労。

アモレイラのスーパーで小粒ながら面白い買い物をした。
アモレイラの名の由来でもあるクワの実を売っていた。

クワはサンパウロの街路樹にもあり、フルーツはかなりの人気。
しかしサンパウロで実を売っているのを見たことがない。

クワの実はポルトガル語でamora。
学名はクワ属がMorus。
ケルト語のmor:黒からきているらしい。

あのアモレイラから、ケルトまでいっちゃうとは。

クワの実のプチプチ感がよろしい。
これでカイピリーニャ、作ってみよう。


9/18(日)記 降臨の主日

ブラジルにて
「あもれいら」のことは寝かしながら、物語をどう展開するか、もろもろ思いをめぐらす。
昨日の午後から「降臨の群れ」(上・下)船戸与一著(集英社文庫)を引っ張り出して読み耽る。
文庫版の発行は2007年。
数年前に日本で買って、こっちで読み始めたのだが、なぜか乗れなくてストップしていた。

読み返してみると、ほかの船戸ワールド同様、圧倒的に面白い。
インドネシア西部のアンボン島が舞台。
プロテスタントとイスラーム教徒の殺戮合戦。
そこに、日本のJICAのプロジェクトの日本人が。
さらにアル・カイーダのメンバーが…

上下巻の大作で、買い物や炊事もあって今日中は読みきれず。

それにしても文庫版のカバー写真、カンボジアのタ・プルーム寺院をほうふつさせるが、インドネシアにもこんなのがあるのだろうか?


9/19(月)記 たけくらべ

ブラジルにて
「あもーるあもれいら」第三部完結編の本編集に入るにあたって。
ふたたび第一部・第二部を通しで見直しておく。
新たにとんでもないことが写っているのがわかっちゃったりして。
今度、シスターに確認してみよう。

巨匠のマスターピースと拙作を比べてみるのは面白い。
三部作の作品となって、まず挙げるとすればコッポラの「ゴッドファーザー」。
これは順に1972年、1974年、1990年の製作。
「あもれいら」は2007年、2008年、そして2011年完成を目指す。

黒澤作品でもコッポラ作品でも、いやさオカムラ作品でも映像作品を観る人の時間の刹那の重さは、同じ。
心して、おつとめいたします。


9/20(火)記 やまいのいん

ブラジルにて
「死の町」には特に抵抗がないが、「病院」という言葉はどうもいけすかない。
明治初期ぐらいの造語なのだろうが、もう少しなんとかならなかったのか。
「療院」とか。
「てん(どんな字だっけ)狂院」という言葉は、さすがにもう小説ぐらいでしかお目にかからないが、それでも精神病院か(最近の日本はどうだろう?)。

病という言葉に、こっちが偏見があるせいだろうか。
死の場合、かなり絶対的な基準がありそうだが、病はけっこう微妙かも。
やまずにやまいか、やんでやまいか。
その絶対的な死すら変換する粘菌が面白い。

とか言っているうちに、ホスピタルで検査。


9/21(水)記 経世済民

ブラジルにて
日本経済新聞の記者さんから連絡をいただく。
9月20日付朝刊文化欄に掲載。
「明治の『神童書家』発掘 
 5歳で天皇の御前で書いた伊藤明瑞
 自前で美術館
 竹林史博」


新聞社に問い合わせの電話が続いているという。
記事には拙作「明瑞発掘」制作時には知らなかった事象も盛り込まれていて、竹林師のその後の調査のほどがうかがえる。
わがことのように、というか、これはわがことの一部かも。
善意の連携プレーですばらしい記事が世に出て、まことにうれしい限り。

文化は日本経済新聞にあり。


9/22(木)記 いい日春立ち

ブラジルにて
車でよく通る道の黄イペーが日毎に開花の数を増やしている。
灰色のビルと日替わりの空をバックに、けなげ。
今日は買い物の帰りに、街路樹のジャカランダが紫に染まっているのを見る。
明日は、立春。

次回は11月中旬-12月上旬の訪日を予定している。
今回はさらなる離れ業の訪日ルートを考えたのだが、ひとつ返信待ちの件があり、いまだフライトが組めていない。
しかれども日本で会場のフィックスの都合もあり、ライブ上映の予定を固め始めることにする。

なかなか楽しみなイベントが実現しそう。
首都圏じゃないけど。


9/23(金)記 漏電街

ブラジルにて
今日あたり、思い切って気がかりのギャラリー展示や映画館をのぞいてみようと思っていたが…
拙宅アパートの水まわり・電気まわりでトラブル発生。
主夫業の方を優先。

必要なものの買出しに行こうかと思った矢先。
パソコンまわりで、電気製品の焼ける臭いがする。
あわてて電源を落とす。
鼻をきかせるが、臭源不明。
ビデオ編集機まわりでもなさそうだし、窓からでもなさそう。

アパートを階段で降りて、階下からだと知る。
さる住まいの冷蔵庫が漏電、ボヤを出していた。

盗電・感電についてのナレーション原稿を書いたばかり。
今どきの日本では想定しにくい事態を、簡潔に表現するのがむずかしいことがよくわかった。

エレキの若大将、エレキングか。
「エレキ」よりかえって「電気」という言葉の方がモダンな感じ。
電気という語感に、空気のように抵抗を感じなくなっていたが。
祖国では悪霊がとりついてしまっていた。


9/24(土)記 リングのリンク

ブラジルにて
丑三つ時に覚醒。
土曜だし、久しぶりにDVDでも。
ロンドンの空港で買った6枚組の大作、3枚目を観る。
もう一本、いくか。
日本で買ってきたドリームワーカーズ版の「ザ・リング」を観るか。
原作・日本版はなんたってあの伊豆大島が舞台のホラー。

編集中の「あもーるあもれいら」完結編とリンクするところがいくつもあるのに戦慄。
特異な子供。
子供の絵。
感電。

2002年の作品だが、9年前にはVHSビデオテープというのが、まだ当たり前だったのが感無量。
やっぱしこのホラー感はDVDコンパクトディスクじゃ、ちょっと…
VHSテープならではのリニア感、アナログ感、メビウス感がよろしい。
牧場主のところにあった重層なビデオデッキがレトロ。
それにしても、設定がアメリカに変わっても、宗教者がまるで出てこなかったな。

「ザ・リング」が「呪い」につきるなら、「あもーるあもれいら」は「祈り」。


9/25(日)記 あっさりと呼ばないで

ブラジルにて
中隅哲朗さんはよくもネット時代以前にあれだけ調べ上げたものだ。
どうやらAnomalocardia brasilianaで決まり。
和名があるのはファミリーどまり、マルスダレガイ科。

ブラジル、サンパウロではmariscoないしvongoleとして売られ、ジャポネースはアサリと称している。
日本のアサリとは殻の形、厚さ等かなり異なる。
殻の柄のヴァリエーションは日本のアサリよりかなり「あっさり」している。
ポルトガル語の通称名で調べても、レシピばかりが上位に並んだ。
してブラジリアーナちゃんは西インド諸島からウルグアイまで分布するらしい。
ブラジル北東部ではchumbinho:鉛粒などとも呼ばれているらしく、お気軽に「ブラジルでは…」などと敷衍して知ったかぶりはできなそう。

今日の路上市で半キロ約80円で購入。
店によってかなり口を開いたのが混じっていたりで、要注意。
今日のは、ケースに残っていた最後。

我が家で塩出しの準備をすると、貝殻片および生きた巻貝の稚貝らしきものがけっこう混入している。
ペットボトル片、ガラス片でなくて何より。

よし、ブラジルアサリと命名する。
ブラジルアサリの塩出しは、見ていて飽きない。
そもそもブラジルの大西洋岸の中南部にはサンバキーと呼ばれる巨大貝塚が点在する。
そのあたりに想いを馳せても十分楽しい。

ブラジルアサリは、ふつうに煮てしまうと、えぐみ・にがみが出る。
グルメ系の人からこれを避けるためには沸騰する前に火を止めるといったコツをうかがったことがあるが、つい沸騰させてしまう。

酒蒸しにさせていただく。
巻貝の稚貝を取り除いたつもりだが、ひとつのこっていたようだ。
カタツムリが入っていた!と家人からクレーム。

彼我の博物学的理解度の落差に眩暈。


9/26(月)記 ひっそりと、でもさかん

ブラジルにて
仮にも主夫業と称する以上、いろいろなチャレンジあり。
アパートの破損部の修復の真似事。
日本語でもなんと呼ぶのかきちんとわからないものを、こっちで買い求める。
壁修復用のパテないしペーストといったところか。

いわば左官仕事か。
前から気にはなっていたが、左官という言葉の語源は今ひとつはっきりしないらしい。
左官系のサイトを見ると、日本の左官の起源は縄文時代から、となかなかの風呂敷である。
石器のなかには、左官用コテもあったかも。

イエス・キリストの父の仕事の石工も類似業種かも。
イエスも父の仕事を手伝ったとされる。
フマニタスの佐々木治夫神父は、イエスは「人生大学」で学んだと語っていた。
石工業からも学ぶことが多かったろう。
イエスはたとえを多く語っているが、石工・左官ならではのたとえはあったっけ?


9/27(火)記 あもれいらをあむ

ブラジルにて
茨城の土浦の近くに阿見という地名がある。
在ブラジル人の日本人の友人の出身で、この地名を知った。
実写映画版「もやしもん」は茨城大学農学部阿見キャンパスでロケされたとか。
数日前の日本のネット版ニュースで、放射線値の高いところのひとつとして挙げられていた。

ビデオ編集:編むことに想いをめぐらし、「網:あみ」は「編み」からきているのだろうなとそっちに想いがまわる。

「あもれいら」第三部、まだ先は長いが、ナレーション原稿の入力と字幕テロップ入れに着手してみた。
ノンリニア編集だと、まだ全体の長さや構成をいじる段階で、これが同時にスムースに進められる。

ナレーションや字幕は無し、という方法もある。
しかしナレーションや字幕を編みこむことで、装飾効果を超えて素材そのものが全体にわたって補強され、輝き始めるのを体感。

あむってすごい。
ヒトがあむことを「あみだした」のは人類史上の画期だったかも。


9/28(水)記 作家たらんと

ブラジルにて
タランチーノたらんと、なんちゃって。

午前中編集。
昼からいくつか所用で街に出る。

思い切って、ギャラリーにひとつチャレンジすることに。
行ったことのない場所。
在ブラジルの面識もある日本人画家の個展。

FUKUSHIMAと題した連作がある。
HIROSHIMAと題したのもある。
アートがコミュニケーションであるとすれば、こちらの問題か、あまりよくコミュニケートできなかった。

311後、ブラジルに戻ってから。
画家の森一浩さんに聞いていた日系アーチストの個展が、やはりサンパウロで開かれた。
それは強烈だった。
もちろん311以前に制作されたものだが、FUKUSHIMAの幻視・預言をみる思いがした。
タルコフスキーのように。

拙作「下手に描きたい 画家森一浩ブラジルの挑戦」の森さんのすごさは、FUKUSHIMA以前にFUKUSHIMAを見透かして苦闘していた観があることだ。

夜、昨年、日本で買って少しだけ読みかけていた魯山人が目につく。
きんきんに染みる。

 それにしても作家たらんと志すものは、まず美的教養を高くし、美を鑑賞することに達人たらねばなりません。
(「魯山人陶説」北大路魯山人著・中公文庫)



9/29(木)記 インド風

ブラジルにて
ルーを使わず、水を加えず、ジャガイモも使わない。
日本の信用金庫に置いてある月刊の小冊子にあった「鶏肉のインド風カレー」のレシピに挑む。
著者のご母堂が50年ほど前にインド大使館の人から伝授されたという。

なかなかよろしいではないか。
ジャガイモの皮をむく手間がなく、何時間も煮込まなくていい。
そもそもブラジル産のカレー粉のみで、日本産を使わなかったのだが。

ポルトガル語の「カレー」は男性名詞だと娘に指摘される。
「彼」から来ているのか、と死のオヤジギャルじゃなかったギャグで返しておく。


9/30(金)記 ロケット競争

ブラジルにて
アブラナ科キバナスズシロ属。
日本でルッコラと呼ばれることが多い。
わがブラジルでも、ほぼ同じ音で呼ばれる。
英語だとロケットだって。

最初に食したのは、ブラジルに来てからかと。
慣れない苦味が後頭部に響いた。
地中海な、アラブなテイスト。

有機農場産のルッコラが大量に届いている。
数週間も置いておくと、ドロドロになってしまう。
青菜のドロドロは、なかなかつらいものがある。

しかしルッコラもそう多量に食べられるものではない。
定番はベーコンのオリーブオイル炒めがけ。
日本語のレシピを調べても、これのヴァリエーションみたいのばかり。
まだ在日日本人も、この野菜の扱いをこなしきれていないとみた。

タイ製インスタントラーメンに煮込んでみたり。
ベーコン、ニンニクと軽く炒めてみると、かなり量は消費できるぞ。

ちなみにルッコラの花言葉は、競走。
強壮じゃないのか。


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