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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2012年の日記  (最終更新日 : 2013/01/07)
3月の日記 総集編 アマゾンの巨星をしのぶ

3月の日記 総集編 アマゾンの巨星をしのぶ (2012/04/02) 3月1日(木)の記 阿弥陀如来の膝元で

日本にて
午前中は渋谷へ。
木村栄文「絵描きと戦争」を観る。
1日は入場料1000円でラッキー。
映像制作の活きたテキスト、しかも面白い。

鎌倉駅で今晩の鎌倉上映の主催者の方と合流。
会場は由比ヶ浜のオルガニックカフェ「麻心」。
主催者の方と話が弾み、県立近代美術館鎌倉の「藤牧義夫展」は断念。
楽しみだったが「日曜美術館」で取り上げられたので、人でごった返しているだろう。
鎌倉大仏を案内していただく。
何十年ぶりの再会だろう。
大魔神はこれぐらいのサイズか。

夜の上映「ギアナ高地の伝言」、いたく良質の観客に恵まれた。
思わぬ再会、新たな出会い。
鎌倉人のボルテージの高さを知る。


3月2日(金)の記 神父のいたずら

日本にて
昨日が命日だったマルゴット神父は、いたずらが好きとのこと。
アモレイラの保育園の創設者だ。
日本からアモレイラを支援する方のお宅に関係者にお集まりいただき、「あもーるあもれいら」完結編の試写。
尋常ではないことが、いくつか生じる。
女主は、そのいたずらぶり、ないし摂理にいたく打たれている。

生前のマルゴット神父がご自身の歩みと信仰観を問わず語りで僕のビデオカメラに託してくれたのは、15年前。
牛山さんが亡くなり、僕が初めて自主制作を手掛けた年だ。

節目を感ぜざるをえないが、まあ今後も風任せだな。


3月3日(土)の記 ブラジルと縄文

日本にて
間一髪ながら、めちゃめちゃに接続がいい。
南武線の尻手という駅名に感銘を受けながら、ひとり鶴見へ。
以前、上映経験のある会場だが、案内してくれる人がいると、いかに道順を覚えないかがよくわかった。

地元の市民講座の人たちプラス一般参加オープンで、アマゾンと縄文について上映とトーク。
主催者からいただいたお題だが、ブラジルのユーカリ植林問題から、日本の縄文を語るなどという芸当は、あまり他に引き受ける人はないかも。
市民講座の人たちのノリが、えらくよい。

縄文をテーマとする連続講座の1つだったので、とにかく縄文への落とし込みに努めた。
しかし参加者のほとんどは縄文オタクというより、好奇心・向学心ゆたかな多様な人たちだったので、それほど縄文に拘泥する必要はなかったかも。

懇親会を近くのブラジル飯屋で。
主賓自らホスト役・日本ブラジル友好促進役に徹して動き回ったため、アマゾン出身だというママさんから下僕扱いされる。
どうせこちとらアマゾン河原乞食。

一期一会のメンバーながら、それにしてもすごい盛り上がりだったな。


3月4日(日)の記 あもれいらの封印を解く

日本にて
公開よりひと足先に、小説家の星野智幸さんらに「あもーるあもれいら」第三部『サマークリスマスのかげで』を渋谷のカフェを借り切ってご覧いただく。
せっかくなので星野さんのお仲間にもお集まりいただくが、僕の友人知人でもある人たち、そして初対面の人も。
思えば星野さんに初めてお会いしたのは、立教大学ラテンアメリカ研究所ではじめて岡村の連続特集上映を開催してもらった15年前。
牛山さんが亡くなり、岡村が自主制作を開始した年だ。

まことによき上映の集いだった。
皆さんからいろいろな発見・解釈をしていただく。
かなりデリケートな部分のある作品だが、日本でラテンアメリカ系の人たちに寄り添って支援してきた人たちから共鳴してもらい、肩の荷が下りた感じ。
あとはライブ上映を貫くのみ。

五日間連続上映、成功裏に終了。
おかげさまで。


3月5日(月)の記 塩湖に果つ

日本にて
さあ出ニッポンに向けて残務の諸々。
夜、出先の横浜市で大きな本屋に寄る。
以前から気になっていた、美術コーナーの「諏訪敦絵画作品集 どうせなにもみえない」、まだ在庫があった。
思い切って購入。

今回の訪日の最大級の収穫は、たまたま見た「日曜美術館」『記憶に辿りつく絵画~亡き人を描く画家』だ。
日曜の朝、実家でテレビをつけてチャンネルサーフィンをしていると、ボリビアで娘が亡くなった云々のナレーションが耳に入る。
その女性の親御さんの依頼で、諏訪さんが執拗なまでに細部にこだわり、たいへんな労力を払いながらお嬢さんの肖像画を完成させていく。
依頼者と描き手以外には理解不能な細部の追求と創作に、いたく打たれた。
表現は、かくあるべし。

しかしその女性がなぜボリビアに行き、どのように亡くなったかはわからなかった。
JICA関係とか?
その女性、恵里子さんのことがこの本にも書かれていた。
彼女は、ボリビアのウユニ塩原で、交通事故で亡くなったのだ!
この報道は、僕も目にしていた。

ウユニ塩原。
僕は1983年に「すばらしい世界旅行」の取材で訪れている。
寡聞にして、ぼくより先に日本のテレビが取材したのを知らないが、おそらくこれが草分けの部類だろう。
実に不思議な、この世ならぬ観もあるところだった。
この取材についてのエピソードを昨年、自著用に書き下ろしたのだが、陽の目を見るかどうか。

グスタボ磯江展で感銘を受けた写実画だが、諏訪さんのお仕事を知って、より我がドキュメンタリーに引き寄せて考えることができるようになった。
そこに、ミラージュの大塩原ウユニが介在するとは。


3月6日(火)の記 海の高原竜

日本にて
日本で使わせてもらった空間の掃除ほか。
ふたたび横浜市の本屋で、欲しかった岩波科学ライブラリー「ヒドラ」を思い切って購入。
文庫以外、1000円以上の書籍の購入は思い切りが要る。

今回の訪日中、書籍を読み耽ることが、ほとんどなかった。
それと反比例して、自分がバカになっていくのを実感。

書店のカフェでさっそく「ヒドラ」を紐解く。
ヒドラは老体から若体に変化することがあるなど、衝撃の記載が多いが、今ひとつよくわからない。
こちらのバカ化の由縁か、それとも。
福音館の「たくさんのふしぎ」のような写真たっぷり、平易な記述でヒドラりたいもの。


3月7日(水)の記 Cloverfield

日本→イギリス→
未明に祐天寺出家。
五叉路まで荷物を転がして行って、タクシーゲット。
シャトルバスに乗り換え、成田へ。
三月はじめの首都圏の概観は、まだ冬枯れだ。

今回の訪日往復は、ロンドン経由。
往路と月が変わって、機内エンターテインメントサービスの上映作品もある程度、変わっている。
日本映画(ちなみに「サラリーマンNEO」)および日本語吹き替え映画は合わせて5本。

英語版ので何か掘り出し物はないかとプログラム画面を繰って「Cloverfield」というのを見てみる。
これは驚いた。
全編、アマチュアビデオの形をとった怪獣映画ではないか。
しかも舞台はアメリカ版ゴジラが破壊しまくり、その後911の実話も生じたニューヨークだ。
自由の女神の生首が飛んでくるヤツだ。
つまらんツッコミを入れるとすれば、アマチュアビデオの設定にしては、音がよく録れ過ぎているかも。
怪獣の形態は、ある時期から日本のゴジラシリーズでもガメラシリーズでも主流になってしまった甲殻類系。
それにしても、こんな手の怪獣モノもあったか。
けっこうカネ、かかってるぞ。
これは収穫。

<追記>
ブラジルに戻って検索して、「クローバーフィールド/HAKAISHA」のタイトルで2008年に日本でも公開されていることを知る。
むむ、知らなかった。
ブラジル移民100周年の年か。
こっちは別の怪獣から逃げまくっていたな。


3月8日(木)の記 かなしき亜熱帯

→ブラジル
早朝のサンパウロに到着。
空港を出ると、亜熱帯の夏のみどりの勢いがここちよい。

と、すぐにドブ川。
緑地に散乱するゴミ。
ワールドカップとオリンピックより、やることありそう。

なにはともあれ。
税関に引っ掛からず、出稼ぎ帰り狙いの強盗にも狙われず、何よりでした。


3月9日(金)の記 「原発、ほんまかいな?」

日本にて
今日は最低限の外出・用足しだけして、あとは静養させてもらう。
日本から持参したDVD類をいくつか鑑賞。

おつきあいもあるアジア太平洋資料センター(PARC)制作の「原発、ほんまかいな?」。
原発にまつわるたくさんの問題点を、庶民レベルでの疑問に発して専門家・当事者の発言、データ等によって絵解きしていく。
かつて見た90年代のPARCのビデオに比べると、格段にクオリティが上がっている。
副読本の資料集が同封されているのもよろしい。
「知ってるつもり」になりがちな原発の諸問題の整理と再検討のための好映像テキストかと。

この作品のオンライン情報は、以下をどうぞ。
http://www.parc-jp.org/video/sakuhin/genpatsu.html


3月10日(土)の記 THE PACIFIC

ブラジルにて
あの大洋の名が「太平」とは、なんとも皮肉な。
HBO製作のテレビドラマ「THE PACIFIC」のDVDを観終える。
アメリカのテレビシリーズで最大の製作費を投入した由。

昨年のロンドン経由の訪日の際、空港のHMVの売店で奮発して購入。
DVD6枚組のハードケース入り。
3枚目まで見て、長らくポーズがあった。
英語の字幕を出しても、恥ずかしながらきちんと細部までついていけず。

太平洋戦争で日本軍と死闘を繰り広げた米海兵隊員の手記に基づいている。
ガダルカナル、硫黄島、沖縄。
アメリカ、オーストラリアなどでの銃後のドラマも充実。
まさしく民間人も登場する沖縄編は特に圧巻。
日本軍や島民が立てこもった亀甲墓まできちんと再現しているではないか。
沖縄編の映像には、なぜかデジャヴュを覚えてしまう。

全10話からなり、最後の1枚は特典ディスクだとようやく知る。
日本でもWOWWOWで放送されたようだが、さして話題になった気配もないようで、もったいない。

原作のひとつとなった「ペリリュー・沖縄戦記」が講談社学術文庫で出ていたので、買ってある。
ちょうどシオリのあった部分の記載に、日本軍が死んだアメリカ兵の死体をどのように加工したかがあった。
通常の映像化が不可能なレベル。
戦争は、ここまで人間性をおとしめる。
原発事故同様、わが祖国日本が人類史に刻んでしまった壮大な負の遺産から眼をそらすまい。


3月11日(日)の記 311に竹

ブラジルにて
サマータイムの終わったサンパウロは、日本と時差12時間。
日本時間3月11日午後2時46分。
深夜のサンパウロの自宅で「現代農業 特選シリーズ 竹 徹底活用術」の付録DVDを見て過ごした。
横浜の書店で目についてフンパツして買ってしまった。
タケは南米ブラジルが原産という説もあり、日本の友人知人にタケにこだわるムキもいて、何かと気になっていた。
同書の表紙に「荒れた竹林を宝に変える!」とある。
今日では日本の山林の荒廃の象徴の感もある竹林。
ちなみに馴染みの横浜市は、神奈川県の竹林の3割を有し、かつてはタケノコの産地として知られたそうだ。
偶然にも昨日、こっちの知人からいただいたタケノコをヴィナグレットサラダにして、おいしくいただいたところ。
ブラジルでは、先住民系の言葉でタケをタクァラと呼ぶ。
それだけでもそそるものがあるが、まさしく「宝」。


3月12日(月)の記 諸々再開

ブラジルにて
さて。
まずは一日、断食を。
気になっていたビデオ作業に着手。
「きみらのゆめに」の冒頭を変えるため、映像の取り込みと編集。
新たにマザーテープとする素材の確認もあり、けっこうな手間。
ついで昨年、日本で撮ったままだった映像のチェック。
誰ともわからず、執拗に写りこんでいる人はもしや、と思い、日本に問い合わせ。
これはどうやら別人でした。

メトロでリベルダージに出て、用足し。
午後より子供の件で、運転。
ひと月程度のブランクのはずだが、自分がこんなマシーンを動かしているのが信じられない違和感あり。
帰路、雹まじりのスコール。

永らく探しあぐねていた日本語の本が、寝ぐらの眼の前にある。
留守中の模様替えで「出土」したのだろう。
「鳥居龍蔵伝」。
ほくほくとふたたび読み始める。


3月13日(火)の記 堂々完成

ブラジルにて
生きていると、不思議なことがある。
横浜シネマジャック&ベティの副支配人さんが、出張上映で関わった近くのカトリック教会から教会の記念誌をもらった。
彼が律儀にそれに目を通すと、拙作「フマニタス」の佐々木治夫神父の寄稿があったのを僕に教えてくれた。
ブラジルに渡る前の若き佐々木神父は、当時、売春婦やヤクザに囲まれたその教会で奉仕していたのだ!
日本で売春婦やヤクザと、人として関わることを学んだことが、ブラジル奥地でハンセン病患者や土地なし農民と手を取り合うことに発展したのだと僕は思う。

そして、ジャック&ベティの階下にあるアートとくつろぎのスペース・ART LAB OVAを仕切るヅルさんが昨年、このカトリック末吉町教会の聖堂が翌月にも取り壊しになると教えてくれた。
その報を受けて、昨年7月の訪日の際、教会の世話役さんに案内していただいて、取り壊し前の聖堂を訪問して撮影させていただいた。

そのままになっていたのが気にかかり、昨日から思い切って編集してみた。
さすがにフィルモグラフィのなかには入れないが、10分ほどでいい感じに仕上がったかと。
「カトリック末吉町教会旧聖堂訪問記」とした。
相手が聖堂だけに、堂々完成。


3月14日(水)の記 綱本ワールドと!

ブラジルにて
いやはや、なんとも贅沢な。
縁あって「あもれいら」ワールドを見守ってくれていたイラストレーターの綱本武雄さんが「あもーるあもれいら」第三部完結編『サマークリスマスのかげで』のポスター・フライヤを手がけてくれることになった。
綱本さんは絶好調、いくつものいいお仕事を抱えている人だ。
http://tsunamoto.exblog.jp/17310011/
その綱本さんが、仕事をしていただく以外に何の見返りもない岡村作品に、ひと肌ぬいでくださるとは、奇跡の部類だ。
さっそくお送りいただいた作品がすばらしい。
お礼のメールをお送りすると、これは関西あいさつジョークバージョンで、新たに本バージョンをこさえてくれる由。

僕の製作と上映活動は、こうした人たちの善意のネットワークで成り立っている。
世俗的な経済活動、金銭的価値とは無縁な、縄文以来の贈与経済の世界。


3月15日(木)の記 はるかなる華燭の儀

ブラジルにて
これまで友情撮影で、日本とブラジルで何組ぐらい友人知人の結婚式の撮影をしてきたことだろう?
僕にとって撮影という行為そのものがそうだし、ましては神を介しての宗教的儀式である結婚式の撮影を商行為にする気は毛頭ない。
お布施はありがたくちょうだいすることもあるが、なかなか。

今回のブラジル滞在中の課題。
まずは「きみらのゆめに」のイントロの作り直。
ついで「カトリック末吉町教会 旧聖堂訪問記」の編集を終わらせて、一番お見せしたい人に昨日、発送した。
引き続いて日本で5年前、堂々鹿児島ロケを敢行した友人の結婚式のビデオを編集献上するつもりだった。
当時はまだ手もとでDVDを焼く手段がなく、しかも本業がたてこんでいて、撮影素材をそのままVHSにダビングして差し上げたのみになっていたのが気になっていた。
新郎新婦は二児に恵まれ、今も仲むつまじいようで、編集を、と思い立ったのだが・・・
ブラジルで探してみるが、撮影素材が見当たらない。
日本に置いてきたか、あるいは撮影素材も新郎に送ったのか。
新郎にお詫びとともに、確認中。

サンパウロで家捜し中に、12年前にこちらで撮影した結婚式の素材が目についた。
わずかな劣化がうかがえるが、我ながらよく撮っている。
このふたりも、今もつながっているようだ(特にブラジル系は離縁が多くて)。
無駄になっても馬鹿らしいので、旧・新郎にこれを編集しましょうか、と問い合わせメールを送った。
どうやら出張中らしく、二日経つがまだ返しがない。

そんな訳で、もう少し後送りにしたかった次回作「サルヴァドールの水彩画」の撮影素材のチェックを本日、開始。
うー、出だしから厳しいが、どう繕うか。


3月16日(金)の記 ダウンタウン物語

ブラジルにて
日本の知人が、ブラジルでの演劇・ダンス公演にやってきた。
今晩はサンパウロの初日、拝見することにする。

場所が、僕あたりにはちょっと行きにくい所。
近くまで行ったことがあるが、昼なおヤバい空気が漂う。
クラコランディアという、ドラッグの巣窟として盛んに報道された地区の延長にあり。
自家用車やタクシー利用の高等遊民相手のスペースといった感。
公共交通と歩きを原則とすると、決死の覚悟がいる。

Tri-Kと題した、ホモセクシュアルをカミングアウトしている3人の男優の三つ巴の競演。
黒い背広とネクタイでの多様なパフォーマンスが面白く、妙に小津の映画が観たくなった。

このブラジル公演の準備中に、さる日系のコミュニティでの上演はどうだろう、と相談のメールがあった。
かつて、日本の大道系のアーチストの公演のお手伝いを頼まれたことがあった。
サンパウロのブラジル人相手の公演はまずまずだったが、日系移住地での公演では「日本の恥」とまで言われてしまったエピソードを伝えておいた。

音楽以外のブラジルのレアものにも造詣の深い西荻窪APARECIDAのWillieさんから先回、まことにレアなものをいただいた。
「サウダージ」というブラジルを舞台にしたドイツ製作のボーイズラブ系のドラマの日本語字幕版のDVD。
そのなかで、ブラジルでただでさえ黒人系への差別があるのに、黒人系のゲイなど存在も許されない、といった問題提起がなされているのが興味深かった。

思えば日系ブラジル人ゲイとわかる人には、日本でしか会ってお話しした覚えがないな。

帰路、折り畳み傘を握り締めながら、お互い不審者だらけの暗い道を、走る走る地下鉄の駅までたどり着いたときの安堵感!


3月17日(土)の記 読書の秋

ブラジルにて
サンパウロ、朝晩は特に涼しくなってきた。
もうすぐ秋分か。

先日、突然「出土」した「鳥居龍蔵伝」(岩波現代文庫)と、鎌倉の先住民アートショップMiddlesさんで買った「ローリング・サンダー」(平河出版社)を読みふける。
知的興奮。
創作とライブ上映の糧。


3月18日(日)の記 聖市漫遊

ブラジルにて
急きょ、午後より日本からの客人を案内することになった。
彼らの願いは、東洋人街でラーメンを食べること。
明日には日本に帰るというので、まずはホテルに迎えに行ってから翻意をうながすことに。

ホテルの場所は、まさしく中心街。
とりあえず歩きながら、徒歩圏のカルチャースポットを散策するという案が採用される。
期間限定の路上のインスタレーションを冷やかしてから、ブラジル銀行の大インド展を皮切りに、教会類もお参りしながらカイシャ銀行カルチャースペースの複数の展示をハシゴ。
大インド展だけで、これだけ見に日本から来てもいいほどの迫力とボリューム。
しかも、どれもタダである。

すでにうんざり気味でのぞいたカイシャ銀行内の三つ目の展示「SALVAGE」を特筆しよう。
「残り物の洗練」の副題。
トロントで活躍するブラジル南部サンタカタリーナ出身のデザイナー、Baby Steinberg
( http://www.meetmyart.com/index.html )の廃物利用のファッション類。
VHSテープ、使用済みのコーヒーの紙フィルター、壊れた携帯電話のチャージ用コードなどを用いたドレス類。
思わず膝を打ちたくなるアイデアと、出来栄え。

人類史におけるブラジル力とは、こうした無価値、さらに存在を忌み、否定されるべきものの意味と価値をダイナミックに変換することにあり、と再認識。
5月6日までやっているので、訪日前にもう一度、これをメインに見に行こう。
タダだし。
ひるがえって祖国日本の銀行類。
城南信用金庫の脱原発宣言以外に、気のきいたこと、価値あることをやってましたっけ?


3月19日(月)の記 新大陸最古のプロフィール

ブラジルにて
二日酔いである。
ビデオ編集には、着手せず。
そもそも主人公との打ち合わせが先週、できなかったし。

留守中に溜まっていた新聞を少し整理。
おー、二日酔いもすっ飛ばす記事が。
訪日中のネット情報で知ってはいたが、詳細がわからなかった。
ブラジル内陸で、アメリカ大陸最古の岩刻画発見。
2月23日付のフォーリャ紙とエスタード紙に詳報あり。

場所はミナスジェライス州都ベロ・オリゾンテ北方の石灰岩地帯。
人骨狙いの発掘で、最後に岩絵が出ちゃった由。
年代測定では、10500年以上と出た。
岩絵、特に刻画がきちんと年代測定できるケースは珍しい。
C型の顔、3本指、体調に比して巨大なペニス。
なるほど、この手だったか。
いわゆる新モンゴロイド到来以前の人類によって描かれた可能性、大。

さまざまなイメージがわく。


3月20日(火)の記 アマゾンの巨星をしのぶ

ブラジルにて
昨年、亡くなったイギリスのドキュメンタリスト、Adrian Cowellの作品上映と追悼討論会がサンパウロ市内で行なわれるのを知る。
万難を排して駆けつける。
50年以上、アマゾンに関わって記録と告発を世界に発信し続けた人。
僕は映像記録のスタッフ時代に彼の作品に触れて、深く打たれた。
ブラジルに移住したのも、彼の影響が大いにありと改めて認識。

稿を改めて書かせていただかないと。


3月21日(水)の記 退化の改新

ブラジルにて
ECOFALANTE:エコスピーカーと名づけられたサンパウロでの環境問題映画祭のボルテージが、なかなか高い。
昨日のAdrian Cowell回顧・追悼上映と討論もこの一環だった。

昨晩の余熱を引きずりながら、サンパウロ水道公社の冠映画館へ。
「Blood in the Mobile」というデンマーク製作のドキュメンタリーが目当て。
世界の携帯電話市場の3分の1を占めるというNokia。
いっぽうNokiaは携帯電話に用いるレアメタル入手のため、第2次大戦以降の最大の殺戮とされるコンゴの内戦を間接的に支援している、と人権団体に告発されている。
製作スタッフは武装グループの支配するコンゴの非合法鉱山撮影に挑む。

パソコン出しのDVD映像は、1分おきぐらいにフリーズ。
途中から上映やり直しを図るが、字幕が消えたりで、さらに悪化。
もっぱら潜入系の映像で、そもそも画面ががちゃがちゃのせいか、慣れてくると、さほど気にならない。

思えば先週の日系社会の殿堂での上映イベントも、台形補正もされず、途中でフリーズが続いたっけ。

映像の見せ方、見られ方は技術の進化と裏腹に、かえって退化しているのを実感。
サンパウロのブロードバンドで動画を見ようとしても、ぶちぶちだし。

一昨日に書いた、アメリカ大陸最古・1万年前の岩絵もヨーロッパの3-4万年前の岩絵に比べると表現としてはかなり劣るといわざるをえない。
半世紀以上前の黒澤や小津の作品に拮抗しうる作品が、21世紀になってどれだけあるだろうか。

温故知新。


3月22日(木)の記 作家と観客の狭間で

ブラジルにて
2009年に撮影した素材のチェック作業をしている。
当時のチェックでは看取できなかった、厳しい問題があり。
なんとかすることを考えなければならないが、いやはや。

エコファランテ映画祭は今日まで。
23日からの国際ドキュメンタリー映画祭の上映プログラムをオンラインでチェック。
往年よりこじんまりした感じ。
オンラインでのチェックは、しづらい。
ちょっと見の段階では、ぜひこれは、という作品が少なく、かえってほっとする。

エコファランテの方は収穫が多かった。
今日はひとつの会場で、弁当持参で定点鑑賞。
地球と人類に関して、絶望も希望も諸々の作品のなかにあった。

いち観客として映画館に身を沈める喜び。
製作者として上映に立ち会うのとは、まるで違う。
プロスポーツを、観客として見るか、選手として闘うかぐらいの差かな?


3月23日(金)の記 木葡萄の頃

ブラジルにて
カタカナ書きすると、ジャブチカバないしジャボチカバ。
日本語の分類では、フトモモ科ミルキアリア属。
日本移民は木葡萄と呼んできたが、英語名がBrazilian Grape Treeであるのを調べてみて知った。
木の幹にダイレクトに径1・5センチほどのブドウ状の果実がなるのだ。
時期となり、路上で何人もが商っている。
いちばん安いところで購入。

少し落ち込むことが、いくつか重なる。
「無能の人」状態。
小スランプ期か。
作業は止めて、気になっている書を開いたり。

今日からドキュメンタリー映画祭。
まず日本語圏では見られることもないだろう、気がかりな作品をハシゴ。
これらのレビューを、Twitterでつぶやこうかな。
夜はヤバいところが会場だったが、ぶじ帰還。

量り売りで買ったピンガをジャブチカバのカイピリーニャでいただく。
こっち原産の果物でのカイピリーニャは、格別にうまい。


3月24日(土)の記 ヴィラにて

ブラジルにて
あれは、ヴィラ星人でなくて、ビラ星人だったな。

夕食の支度をしてから出家。
アウグスタ街で韓国のドキュメンタリーを見る。
聴覚障害もある盲人の詩人が主人公で、「カタツムリの惑星」といったタイトル。
世界各地の映画祭で上映され、日本のNHKも出資しているのに驚いた。
韓流ドラマ人気にあやかって、ドキュメンタリーにも投資したのだろうか。

近くの無料スペースで持参した本を読んで時間調整。
21時に始まるという、畏友・青木カナさんのライブに備える。
http://www.100nen.com.br/ja/kana/000221/20120319008041.cfm
ヴィラ・マダレーナというオシャレな地区の、ヴィラ劇場というところ。
ここの経営がユニークで、そもそもが公立学校のホール。
そこをアーチストに貸し出して、入場料は「お代は見てのお帰り」制。
そのうちの8割をアーチスト側、2割を学校のPTA会がおさめるというシステム。

会場、そしてカナさんのかもす「ゆるさ」がよろしい。
久しぶりにライブで聴くマスターピース「帰ろうかな」に感極まる。
在外邦人の表現者こそ、より311と福島原発事故が問われるというもの。
カンケーない、というのもありだろうけど。

ちなみに「ヴィラ」は村、ないし小さな町、ぐらいの意味。
この記載にあたって、念のため検索してみるとウルトラセブンの「ビラ星人」の英語表記はALIEN VIRA、ALIEN VILLAなどと混乱していることがわかる。
いずれにしてもBは避けられているようだ。


3月25日(日)の記 うちのゴメス

ブラジルにて
ゴメスと聞いて、何を思い出すかでその人の時代・文化・教養・人格が看取されるかも。
わたくしの場合は、ウルトラシリーズの嚆矢、古代怪獣のゴメスか。

今日はポルトガル料理のバカリャウ・ア・ゴメス・デ・サーに挑戦。
ノルウエー産の干し鱈とジャガイモがベース。
自分で作るのは、初めて。
特にレシピを参照せず、妻のアドバイスをもとに。
ゴメスを倒せ。

塩抜きした干し鱈を煮ると、身がしまるという。
この煮汁で他の材料も煮ると味がしみていい由。

なかなかいいお味の煮汁。
他の材料を煮るだけではもったいないので、スープとしてみた。
一品、エコロジカルかつエコノミックに増えた。

メインの方も、初めてでこのレベルなら、悪くない。

干し鱈料理は、イースターの定番。
イースターとくると、ユーミンが浮かぶのも、わたくしの時代と文化か。


3月26日(月)の記 映画の南都

ブラジルにて
創刊以来、執筆させていただいていたドキュメンタリー映画のメルマガneoneoが衣替えとのこと。
僕のワールドワイドNOW連載は御役御免となった。
年に数度とはいえ、トータルだとけっこうな数を書いたことだろう。
すでに南半球からの日本語でのドキュメンタリー情報の発信者は僕だけだったが、新たな執筆陣に期待したい。

折りしもサンパウロでは、第17回国際ドキュメンタリー映画祭が開催中。
まず日本語圏で見られることがない作品ばかり。
少し無理をしても見ておかないと。
ドキュメンタリーは、まことに世界を知る鏡。

今後は、ツイッターやこの日記で特筆すべき作品を日本語で紹介していきたい。
今日も自分の作業、子どもの送迎、夕食の支度をして2本、見ておく。
イスラエルのGeva夫妻の「Noise(Barulho)」というのがすごかった。

テルアビブ近郊に住む夫は近所の騒音に耐えかね、持ち前の映像機器を駆使して騒音告発に乗り出した。
ドキュメンタリストの日常問題の告発が、ドキュメンタリーという狂気とともにインターナショナルな作品に昇華していくという、すごさ。


3月27日(火)の記 「Tokiori」ほか

ブラジルにて
今日も夕食の支度をして。
日本の屈強なペットボトルにお茶を入れて、手作りサンドイッチも持ってドキュメンタリー映画祭へ。
ブラジルのコンペ作品3本を見るつもり。

2本目に予定していたサッカーチーム・サントス100周年の映画は時間つぶしに見るかぐらいに思っていたが、映画館近辺は立錐の余地もなくなる。
恐るべし。

1本目の「Pararelo 10」、これはよろしかった。
ブラジル領アマゾンの、ペルーに隣接するアクレ州での未接触部族を専門とするインディオ保護官(映像記録用語)の活動に同行。
彼の、息を呑むカミングアウト。
日本のテレビのように、未接触部族が撮れてナンボ、というところから始めてないのがよろしい。
僕自身、「すばらしい世界旅行」時代に、まったく日の目を見なかった未接触部族ものの取材を手がけたことがあるだけに、感無量。
フリーになってから、未接触部族を「食い物」にするサギ話を持ちかけられたこともあったっけ。
相手も、持ちかける人間を間違えた。

夜9時から、もっとも気になっていた「Tokiori」。
これは「時折」のことで、ポルトガル語タイトルはずばり「Dobras do Tempo(時間の折り重ね)」。
非日系ブラジル人の監督とプロデューサーたちが、サンパウロ州奥地の小さな日系植民地を記録したもの。
7本に厳選されたブラジルのコンペ作品なだけに、どれだけ凄いものかと戦々恐々していた。
もう、こっちがまるでかなわない、ドキュメンタリー屋を止めちゃおうと思わせるようなのだったら、今後どうしようかと。

で、安心。
ブラジル日本フランス3カ国共同制作のようで、ブラジルの大手各筋のほかに、日本の文化庁からだけでも1000万円以上の資金の助成を受けている由。
最初の舞台挨拶で前に出てきたスタッフだけで、堂々9人。
リサーチは見事で、フーテージもあっぱれ、映像は美しい。

しかし新撮部分で写っているのは、ポジションを決めてしっかり三脚を構え、マイクを棹で垂らして、非日系・日系入りまじる大所帯のスタッフが控えている前で生じることども。
僕とは素材が同じでも、料理としては、まるで異質。
こっちの、ささやかなニッチェとは、いわば、ねじれの位置関係。

昨年からブラジル日系人ものの気になる作品が何本かあったが、映画的には断然、これが抜群。


3月28日(水)の記 清算のとき

ブラジルにて
先週の火曜から続いているドキュメンタリー映画鑑賞、今日は一日お休み。

家族のことを終えて夕刻、ブラジル滞在中の森一浩画伯を訪ねる。
森画伯の作品の「洞窟性」をご本人に指摘。
日本のこの夏のことなど、打ち合わせ。

ご一緒に、日系画廊のDECOギャラリーを訪問。
今年、満99歳を迎えるトミエ・オータケ画伯の最新作など。
車椅子で来場されていたトミエ先生にご挨拶。
ご本人はお忘れのようだが、10年ほど前にある程度、撮影した素材がこのところ気になっている。

スランプ期にこそ、人生の諸々の清算を心がけないと。
パウリスタ大通りに出て、森画伯とアートを肴に生ビール。


3月29日(木)の記 サルヴァドールの奇跡

ブラジルにて
えらく停滞したが、今日の日中で次作「サルヴァドールの水彩画」の素材チェックを終了。
なんとか自分を乗せて、編集作業に突入しよう。

今日は終わりも近いブラジル国際ドキュメンタリー映画祭で3本、見ることにする。
特に下調べもしないで見る。

1本目、「5 Broken Cameras」に心を揺さぶられる。
制作国はフランスになっているが、パレスチナ市民のアマチュアから始めた映像作家の作品。
自分たちの土地、そして住まいにイスラエルの軍兵が乗り込んできて威嚇、暴力、発砲、拉致、殺戮等々を繰り返していくさまが、まさしく命がけで写し出される。
自分の生き方、そして記録装置としてのカメラの使い方を問い直し、姿勢を正さないと。
「ビルマVJ」以来の衝撃。

3本目の「Cuica de Santo Amaro」はブラジル作品。
バイア州の州都・サルヴァドール!で活躍したコルデル(小冊子)作家として知られるクイッカの足跡・業績をたどる。
舞台挨拶のスタッフから、今日はサルヴァドールの記念日と知らされる!!

偶然、奇遇ぐらいで済ませていいのかしらん。
こうしためぐり合わせに、でれでれとした我が身を押していただいて。
ちなみにサルヴァドールは、本来、救世主の意味。


3月30日(金)の記 Devolva-me

ブラジルにて
AparecidaのWillieさんはじめ、友人知人にブラジル音楽のエキスパートは少なくない。
しかし、わたくし本人はブラジル音楽音痴の部類かと。
知ったかぶりをするだけの知見もない。

この度、お世話になった日本の人に岡村お気に入りのブラジル音楽のCDを謹呈することになった。
迷わず選んだのは、「ブラジル風バッハ組曲」などのVila-Lobos。

今日もドキュメンタリー映画祭の観客となる。
メイン会場のCINESESCで、上映前に同じ女性歌手の曲が流れている。

「Devolva-me」のAdriana Carcanhottoのような、アンニュイな声と例えたらいいのだろうか。
妙に脳裏に残る。
思い切って上映スタッフに歌手名を聞いてみた。
フルネームは思い出せないが、ポルトガル人!のEugeniaというシンガーだっけな、といぅたちょっと頼りない情報。

今朝、そのキーワードで調べてみる。
ビンゴ!
ポルトガル人のEugenia Melo e Castro。
しばしばブラジルを訪れ、こちらの大物ミュージシャンとのセッションも多い。
YouTubeにはサッカーのブラジル‐ポルトガル戦で、彼女がポルトガル国家を歌っている映像もあり。
おお、先週はサンパウロ公演もあったようではないか!
彼女のことは、あんまし日本語の情報にもなってないぞ。
なんだか、得した気分。

ついでにAdriana Carcanhottoのことも調べてみた。
「Devolve-me」はどれぐらい前だろうか、サンパウロの近所の安売りショップで流れていた。
安売り品を物色しながら、メロディと歌声、そして歌詞に心をえぐられる思いがした。
女性が、別れた恋人に、写真をまだ持っているのなら返してちょうだい、と切々と歌う。

日本語訳タイトルは直訳で「私に送り返して」とされているよう。
うーん、もう一ひねり欲しいところ。
この曲のビデオクリップがYouTubeにあり。
最後の映像が、ポラロイド風のおねーちゃんがおっぱい出した写真。
詩も、もののあはれもあったものじゃない。

こんな写真を、CCやBCCのメールで送り返されたら、どうなる?


3月31日(土)の記 ブラジルの中心

ブラジルにて
政治的な所産にすぎない国土の、地理的中心地を求める、というのはクイズねた以上の意味があるのだろうか?
問答無用でそれを求める物語が成立するというのが、国民国家というものかもしれない。

今年のブラジル国際ドキュメンタリー映画祭で、いちばん見たかったこれを最後に見ることに。
「Coracao Do Brasil (Heart Of Brasil)」、ブラジルの国内コンペ作品で、この映画祭がワールドプレミア。
1958年に行なわれたアマゾンのシングー川流域に位置するブラジルの地理学的中心地を求める探検。
その50年後に、当時の探検隊の生存者3人を含むグループが、ふたたび中心地に向かう。

最初の探検は、ブラジルのインディオ保護とシングー国立公園設立のイコンであるVilas-Boas兄弟を筆頭に、のちにシングーの大首長として世界的に知られることになったRaoni、イギリス人でアマゾン最大のドキュメンタリストとされるAdrian Cowellも参加した。
Adrianの作品には、僕も大きな影響を受けている。

RaoniとAdrianの再会シーンは、感無量。
今日の探検隊も、いくつもの先住民の村を通っていく。
撮影はダメ、通行料をよこせという村もあれば、長老がひたすら森と川の変容ぶりを嘆く村もある。

最後に、アマゾンの大支流シングー川の現状が紹介される。
上流からは毒(農薬)が流れ込み、下流は巨大ダムでせき止められようとしている。
大首長ラオニは語る。
「川は、流れているものだ。それをせき止めなどしたら、太陽は荒れ、風は荒れるだろう。そして、あまたの災いがもたらされることになる」。

この作品は、昨年なくなったAdrianに捧げられていた。

偉大なAdrian、そして僕をアマゾン→ブラジルに導いてくれた牛山純一プロデューサー、豊臣靖ディレクターらの故人を心に留めて、自分の製作と新たな旅に戻ろう。


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