移民百年祭 Site map 移民史 翻訳
岡村淳のオフレコ日記
     西暦2012年の日記  (最終更新日 : 2013/01/07)
4月の日記 総集編 開封

4月の日記 総集編 開封 (2012/05/01) 4月1日(日)の記 スピリットをよむ

ブラジルにて
「ローリング・サンダー」(平河出版社)を読了。
北米先住民の偉大なメディスンマンの記録。
先月、鎌倉で上映会をしていただいた際、共催していただいた先住民のクラフトショップMiddlesさんで買ったもの。
南米の先住民系との相違などを考える。

昨日は、ドクター・フリッツに関する2冊の日本語本を読み終えたところ。
これは西荻窪のブラジリアンスポットAparecidaのWillieさんが手配してくれた。
第一次大戦で死んだドイツの軍医ドクター・フリッツの霊がブラジル人に乗り移り、心霊手術を行なうというもの。
ドクター・フリッツは3000以上のスピリットの代表、とされるが、そのメッセージはローリング・サンダーとも重なるところがあり、興味深い。

夜、ふとテレビをつけてみる。
めったに見ることもないブラジルの日曜夜の人気情報番組Fantasticoにチャンネルを合わせると、今も現役の心霊手術師ジョアンの特集が。

僕自身は、ブラジル移住後のドキュメンタリー第1作として「すばらしい世界旅行」でブラジルの心霊画家、ルイス・ガスパレットさんの取材をさせていただいた。
心霊たちによる奇跡は「愛と平和」をこの世の人たちに伝えるためだという。

いま、その意味をかみしめてみる。
おまえ(わたくし)はそれをアートで伝えろ、というメッセージか。


4月2日(月)の記 サルヴァドールの水彩画

ブラジルにて
さあ今日から「サルヴァドールの水彩画」のつなぎ始め。
アリモノの画の数カットから、想定していたアヴァンをつないでみる。
まあ、悪くなさそう。

タイトルは不朽の名曲「ブラジルの水彩画」にちなんだ。
映像を見直してみると、まさしくこのタイトルのためにあるような感じに、ちょっと慄然。

「下手に描きたい」の森一浩画伯と、ブラジルの古都サルヴァドールを回った時の映像記録。
前作は最初に数枚の字幕を入れたのみで、ナレーションなし。
小説家の星野智幸さんから「密室ドキュメンタリー」と称していただいた。
最近、その密室の洞窟性を考えるようになった。
絵画・映像芸術の初源は、洞窟にあり。
ヘルツオークの3D作品がなかなか観れないのが、口惜しいところ。

して「サルヴァドールの水彩画」は、密室と対極をなすロードドキュメンタリー。
かっぱらい・強盗・麻薬依存者等々の難をかわしながらの撮影であったな。


4月3日(火)の記 章分けで

ブラジルにて
なぜか、未明に覚醒。
PCを立ち上げる気には、なれない。

頭脳を勝手にしておくと、昨日から編集を始めた「サルヴァドールの水彩画」のことに思考とイメージがかたよっていく。
そうだ、この作品、章分けにしてみっか。
これは、まだ自分ではやったことがない。

タランチーノの映画みたいな感じで。
先週まで見まくったドキュメンタリー映画のなかでも、章分けしてあるのがいくつかあったような。

すぐに思い出すのが、ポルトガルのドキュメンタリー。
ポルトガル語表記にすると、かなりの方々に文字化けで変換されるだろうから、英題でいくと、
「It's The Earth Not The Moon」。
堂々186分の長尺だ。
大西洋に浮かぶポルトガル領のアソレス諸島にあるコルボ島の日常の記録。
若いスタッフはエスノロジーフィルムを狙って上陸するが、見事にその手の土俗がない移民の島だった。

「すばらしい世界旅行」7本分以上の長さだ。
しかし牛山プロデューサーだったら、1本の番組化も許さずに、取材ディレクターは極刑にされただろう。
あまりの長尺と、上映会場が夜間の治安のよろしくないせいもあってか、上映中に次々と退席していく人が。
僕には、作品のテンポに乗ると、決して退屈ではなかった。
帰路が、心配だったけど。
映像はやたらに美しく、いまどき日本でもてはやされているような国産ドキュメンタリーとは大違い。
基本が違う。

この作品は、ただチャプター付けがしてあるだけだったが、こっちはそれぞれ副題を付けてみるか。


4月4日(水)の記 内省するブラジル音楽

ブラジルにて
3月30日付で書いた「Devolva-me」について、AparecidaのWillieさんから付録のたくさんついたメールでご教示をいただいた。
僕がAdriana Calcanhottoのオリジナルだと思っていたこの歌は、1960年代のLeno e Lilianというデュエットの曲とのこと。
YouTubeも貼り付けてくれたので聞いてみる。
なんだか時代が漂ってくる、不思議な感覚。

念のため、Adrianaについて検索してみる。
彼女のオフィシャルサイトやポルトガル語版ウィキペディアをみてみるが、「Devolva-me」がこのふたりのリカバー曲だという記述は見当たらない。
英語版のウィキでようやく確認。
いずれにしても、たいへんな分野だ。
さらに後追いしたくなってくるが、本業がちと追い込みになってきたため、この辺にしておこう。

Willieさん入魂の著「リアル・ブラジル音楽」(ヤマハミュージックメディア)で、アドリアーナ・カルカニョットについての記載をみてみる。
「内省的な歌詞と作品毎の知的なコンセプトで、都市部の高学歴者や中上流層を中心に人気を獲得」とある。
なるほど。


4月5日(木)の記 リカちゃんと原発

ブラジルにて
ブラジルをしばらく留守にしているうちに、特に読みかけの本の束が移動してしまう。
見当たらなくなるのもあれば、久しぶりに再会できるものも。

まことに分厚い文庫、都築響一さんの「珍日本紀行」(『東日本編』『西日本編』いずれも』ちくま文庫)が思わぬところで見つかり、何年ぶりかで再読。
注目は、福島。
東宝特撮映画の父・円谷英二の出身が福島県須賀川市で、地元に「ゴジラの卵」なる巨大なモニュメントがあるというのは記憶していた。
放射能怪獣・ゴジラ。

驚いたのは、福島に「リカちゃんキャッスル」というのがあり、リカちゃんのふるさととされていることだ。
リカちゃんのプロフィールはいくつかあるようだが、よく知られているのはフランス系のハーフであり、日本で外交官の道を歩んだこと。

もしやと思って調べてみて、なんとビンゴだった。
タカラが着せ替え人形市場に参入しようと計画したのが1966年。
この年に福島第一原発1号機の計画が発表された。
リカちゃん初代の誕生は1967年。
この年、フクイチ1号機建設予定地の海抜10メートルの造成が完了、さらに2号機の計画が進められて、2号機の原子炉は1967年型と称されるようになる。

そしてリカちゃんも原発も、限りなく増殖を繰り返していった。
リカちゃんが原発のコンパニオンにならなかったのは幸い。
福島を担った外交官としての活躍を期待したい。


4月6日(金)の記 嗚呼珍日本

ブラジルにて
新たに読み返した「珍日本紀行」(都築響一著・ちくま文庫)が実に面白い。
日本各地にある、秘宝館のような、通常のガイドブックには掲載されず、ちょっと入りにくいような珍スポットを網羅している。
その圧倒的な、多様性。

不肖岡村、ブラジルの多様性に魅せられて移住したなどとうそぶいてきた。
ブラジルで、ナミの移民よりは旅をしてきたつもりがあるが、この水準の「ビザールな」スポットにはさほどお目にかかれていない。
祖国日本の方が、多様かも。
都築さんの絶妙な形容と用語使いによる寸評が、またすばらしい。
90年代の取材による記載が中心だが、それぞれのその後、その他の珍スポットも知りたくなる。

さらに発展していった「珍世界紀行・ヨーロッパ編」のこんな記載が、いたく身にしみる。

結局、人に理解されるということと、我が道を行くということは、永久に重なることはないだろう。


4月7日(土)の記 聖週間の組み合わせ

ブラジルにて
聖週間である。
イエスが処刑され、洞窟に葬られている。

家族はこちらの習慣で、食を控えめにするという。
アリモノの回転を図る。
月日の経ったこちら産のもち米、冷凍庫の鶏肉、日本から担いできたヒジキ等で五目御飯。
酢じめにした肉厚のイワシ。
大根皮のキンピラといったところで。

こっちの晩酌は・・・
ゲバラ系の本を読んだイメージからか、数日前に買ったラムぐらいしかない。
合わせて、ミントの鉢植えも買った。
モヒート系ということで。

見事に、晩餐にはマッチせず。
料理酒の方がよかったかも。


4月8日(日)の記 皐月訪畿

ブラジルにて
今度の4-5月の訪日中のライブ上映確定は、とりあえず東京都内のみだった。
して、ここにきて関西からの依頼あり。
この珠玉の「あもれいら」③のポスター( http://tsunamoto.exblog.jp/17403105/ )を描きおろしてくれた人からだけに、万難を排して臨まないと。

4月30日、月曜午後からで、ということに。
経費削減のため、夜行バスを使うか。
連休時期なだけに、空席や如何。

せっかくなので、関西でちょっくらアート散策でもしたいところ。
ざっとネットで調べると、熊谷守一展が伊丹であり。
そういえば先回、山形の天童で見逃していたな。

ま、あんまし欲張らないでいこうか。


4月9日(月)の記 忘れられた天井の夢

ブラジルにて
今日も断食をしておく。
訪日が来週に迫り、残務雑務は溜まり、増える一方。
「サルヴァドールの水彩画」の編集をメインに。

アパートの洗面所の天井部分のリフォームを、というリクエストが出ていた。
天井部分の作業など挑んだこともないが、数日はかかるだろう。

次回に回そうと思っていたが、脚立を持ち出して、ちょっと試してみる。
まずは汚れ部分の剥(は)がしである。

気分はミケランジェロかと、事前に想定していた。
どうやら、旧石器時代の洞窟壁画の方が近そうだ。

ああヘルツオークの「忘れられた洞窟の夢」、早くどこかで観たい。
日本ではスケジュールが合わず、ブラジルでは公開の予定は今のところ、ないようで。


4月10日(火)の記 サルヴァドールの救済

ブラジルにて
最新作「サルヴァドールの水彩画」を来伯(「伯」はブラジルのこと)中の森画伯にご覧いただくために、とにかくいったん繋ぎあげる。
言い訳はあるのだが、録画素材になかなか厳しい問題があった。
それをなんとかするために、自分なりに開発した裏ワザの限りを尽くす。

で、けっこうなんとかなった感じかも。

おそらく自分以外にはどうでもいいこととの闘いは続く。

作品そのものは、なかなかユニーク。
どのようにご覧いただけるか。


4月11日(水)の記 イエスを継ぐもの

ブラジルにて
この日曜に復活したことになっているイエスの生業は、石工だったという。
左官も兼ねたことだろう。

洗面所の天井のリフォームを行ないながら、そんなことを考える。
イエスは、父ヨセフから仕事を学んだとか。
こちらは特に師もないだけに。

先日のリオデジャネイロの複数のビルの倒壊事故。
原因は、ビル内部の過度のリフォームによるものとの報道。
シロートがひとりで、たよわに天井をいじるぐらいじゃ、まさかビルは倒壊しないだろうな。


4月12日(木)の記 こなくてもエレキテル

ブラジルにて
昼から来伯中の森一浩画伯を訪ねる。
いったんつなぎ上げた「サルヴァドールの水彩画」をお見せするため。
森さんに僕がわかっていなかったことをいろいろ教えていただく。
これが、実に面白い。
二人とも興が乗っているところ、県人会館を訪ねた老日系紳士につかまる。
無風力発電装置と言えるようなものを自分が発明した、とポルトガル語で説明が始まる。
時局柄、興味もわく。
すると先方はますます熱が入り、これとはまるで別の輝かしい経歴の披露が続く。
肝心の装置の方も、発電量はナノのレベルだそうで、そもそも写真と話だけでは理解ができない。
ブラジルの権力が自分の発明普及を妨害している、とバックグラウンドは大きいのだが。

かなりの時間を経た。
森さんも僕も敬老精神というより、気が弱いのか、あまりムゲにもできない。
おじさんは自分の発明を森さんにはアートで、僕にはドキュメンタリーで人類に広めよ、と力説。
話は止まらず、こっちの目先の用件もまだまだ時間がかかる。
あまり相槌にも力が入らなくなって、さらにしばらく経過。
自分は他にも用がある、そっちにも時間を取らせたね、とようやく解放していただく。

今度は、豪雨。
外に干してあった森さんの作品の屋内移動。
さて、とふたたび映像を見ていただき始めると、停電。
昨日も雨で停電となり、夜遅くまで復帰しなかったとのこと。

先ほどの老紳士はこの会館の敷地内にさまざまな試作オブジェを設置したそうで、その残骸があちこちにある。
しかし、停電の時にひかりをともしてくれるようなレベルとはほど遠いものだった由。

けっきょく、ずっと停電。
まだ拙作の3分の1ぐらいしかご覧いただいていなかった。
こっちの訪日前の予定を仕切りなおして、明日もまた森さんにお願いしないと。
電気があれば。


4月13日(金)の記 「戦争と平和」

ブラジルにて
今日は朝イチで森一浩さんがアトリエとして使用する県人会館へ。
おう、エレ来てる(註:ブラジルコロニア語で「彼が来ている」の意だが、ここでは電気が来ているにかけている)。
昨日に引き続き、二人で盛り上がりながら「サルヴァドールの水彩画」の映像をチェック。
すごいボリュームのやりとりで、うれしい悲鳴。

昼過ぎにひと通り終了。
森さんをお連れしたかった、メモリアル・ダ・アメリカ・ラチーナでの「戦争と平和」をご一緒することにする。
「戦争と平和」はブラジルを代表する画家ポルチナッリが1957年にニューヨークの国連本部ビルに納品した一対の巨大壁画。
ひとつが14×10メートルという、まさしく大作だ。
ブラジルでの修復作業のために里帰りして、祖国での一般公開となった。

森さんも僕も、言葉を失う。
たいへんな作品だ。
すぐにはついていけない。
「『サルヴァドールの水彩画』どこじゃないな」と森画伯。
御意。

4月21日までの展示。
休日はすごい列だという。
月曜は休館。
ブラジル出家の日に、もう一度、拝みに行くか。
せめてそれぐらいしないと、ブラジルもアートも、戦争と平和も語れない。


4月14日(土)の記 電動鑢

ブラジルにて
昨日、マットグロッソの溝部さんにようやく電話が通じる。
土木・左官系で尋ねるなら、この人。
修復に挑んだ洗面所の天井、かなり天然の洞窟風味になってしまった。
試行錯誤を繰り返したが、段取り・道具の使用の誤まりを教えてもらう。
ハンディなグラインダーを使うのはどうかと聞いてみると、そりゃあいい、とのこと。

今日はまずは近くの大きな、いわばホームセンターに買出しに。
電動のヤスリはあるかと聞いてみる。
鍵のかかったガラスケース越しに、箱に入った2種について説明を受けるが、今ひとつわからない。
実物を見せてもらう。
てっきりディスク状のヤスリを使用するのかと思っていた。
ところが紙ヤスリを使うというではないか。

いずれにしても、使ってみる。
白粉にまみれながら、ようやく洞窟にトワイライトが見えてきた感じ。
こんなの、拷問道具に使われるとまずいぞ。


4月15日(日)の記 ブラジル養生

ブラジルにて
養生に、こんな意味があるのはごく最近、知った。
土木建築や、塗装で。
塗装のマスキングが、養生か。
おっと、深追いしている余裕はない。

日本で買ってきた養生テープをぐるりと張りめぐらす。
洗面所の天井のペインティング。
相手にとって、不足はない。
木枠の部分と石膏の部分では別のペンキを使う。

ペンキにまみれながら、家族の食事も作る。
泣いても笑っても、あと二日のブラジル。
石工・塗装作業の出来具合はパーフェクトからは遠いが、時間軸の締め切りというものがある。
この辺で、妥協すっか。


4月16日(月)の記 空飛ぶペインター

ブラジルにて
昨日のペンキ塗りの仕上げとして、朝の光で見て天井の塗りムラが気になるところに筆を加える。
いくつかのスーパーや量販店等々をまわって、日本への土産類の購入。
なかなかバカにならない金額。

時折り、腕や掌、指、爪のペンキの汚れが目につく。
シンナー系の液体で汚れを落とすと、指紋も損なう恐れがある。
明日、ブラジルを発ってアメリカ経由で日本に向かう。
アメリカではトランジット客も入国審査が義務付けられている。
その際、手の十指の指紋をチェックされる。
在ブラジルの日本人の友人が、なぜかこれで問題が生じて、乗継便を逃してしまったことがある。

それにしても、ブラジルから日本に向かう直前までペンキ塗り作業をしている人もあまりいないかもしれない。


4月17日(火)の記 ポルチナーリに完敗

ブラジル→
午前4時起きでPC系作業、山をなす机上の整地等々。
ブラジル出家当日となったが、さる金曜日にみたポルチナーリ「戦争と平和」展に再び巡礼に行くことに。

まずは習作展の方で、あらたな感動。
大壁画に再会。
やはり、ひとりで向き合っておくべきだった。
生涯また実物を見る機会はないかもしれないが、これで、とりあえず気が済んだ。
会場は三つの建物に分かれている。
グッズ系の売られている図書館を再訪。
ここにはポルチナーリ作品のイメージを展示しているとあるが、てっきり紙資料かと思っていた。
入り口右手にブースがあり、そのなかで彼の作品の静止映像を上手から下手に延々と流しているではないか。

箱型の椅子に座って鑑賞。
習作展会場では10分未満の関連ドキュメンタリーを3本、上映していた。
これもせいぜい数10分だろう、きちんと一巡、見ておこうと…
1時間。
まだまだ新たな映像が。
見応えたっぷり。
1時間半。
いくらなんでも、もうそろそろ…
だんだん時間が気になってくる。
まだ買い物、残務がある。
2時間。
もはや時間的限界。

スタッフを捕まえて、映像の全時間を聞いてみる。
9時間!
朝9時の開場から午後6時の閉場までぶっ通しでようやく一巡という。
「また別の日に、別の時間に来たら?」とスタッフ。
4月21日までである。
9分の2だけでも、たいへんなボリュームだった。
全映像数は、5000以上とのこと。

14メートル×10メートルの大壁画一対といい、9時間の映像といい…
とんでもないスケールの画家に拮抗する、とんでもない映像プロジェクトだ。
完敗。

もし数日前に知っていたら、家のリフォームほったらかして9時間制覇に挑んだだろう。
ポルチナーリ本人も国連本部に設置された自分の作品を見る機会がなかったという。
9時間の全映像を凝視した人は、人類のなかで何人ぐらいいるだろうか?


4月18日(水)の記 ダラスにアルマジき

→アメリカ合衆国→
今回の訪日は、ダラス経由。
ダラスのスーダラ節、というのが浮かぶ。
あまりにくだらないが、
♪わかっちゃいるけど やめられない

ニューヨークほどガチャガチャかりかりしていないのが、よろしい。
空港の土産物店を冷かして、ビックリ。
アルマジロのグッズが多数あるではないか。

アルマジロの生息地は、南アメリカ大陸のみと思っていた。
中米ぐらいまでなら、まだ納得するのだが。
これは調べてみないと。


4月19日(木)の記 ROBO-G

→日本
アメリカン航空のエンターテインメントサービス。
日本語でのプログラム選択ができるのはいいのだが。
たとえばニューリリース欄の映画の最初にある「ヒューゴ」、日本語の解説はあるがアクセスしてみると日本語吹き替えではない英語版で、日本語字幕もないではないか。
これがサービスかしら。

「インターナショナル」というページを開いてみると、アルファベット表記の「ROBO-G」というのがある。
小さい字の日本語解説を見ると、どうも日本映画らしい。
どうやら、唯一の日本映画。
なんの期待もなく、見てみる。

これが面白かった!
ワンマン社長の経営する家電メーカーの窓際3人組が、社長から二足歩行のロボットの開発を命ぜられる。
試作ロボットに失敗した3人は、当座のごまかしで着ぐるみのロボットを発表するが…
こんなストーリーで引き込まれ、感動を呼ぶのは脚本と演出の腕だろう。
ゴジラからウルトラマン一家、ミカドロイドあたりまでに至る日本の着ぐるみ文化に機上で想いをはす。
意外とこのこころの初源は縄文ぐらいまでのぼっちゃうかも?
ちなみに、原題は「ロボジー」。

縄文の土面や木・土製の顔のパーツ。
土偶そのものにも仮面装着や着ぐるみっぽいのがある。
仮面の全身表現が、着ぐるみだ。

そうこう妄想しているうちに、成田。
この時期の日本のみどりって、こんなにくすんでいたっけ?


4月20日(金)の記 前夜祭に突入

日本にて
12時間最高値の時差ボケ、蓄積した疲労。
ひたすら横たわっていたいが、そうもいかず。

まずは実家の家族の件で昨夜に続いて祖国の街に出る。
この街と人々の表情から、人類史上ワーストレベルの原発事故による放射能汚染が進行中とは看取しにくい。
電車の吊り広告にも原発、放射能の文字が見当たらない。
人の噂も75日、放射能汚染の可視は75箇月から、といったところか。

僕がツイッター等でブラジルでも親しんでいる原発再稼働を強行しようとしている政府と電力会社らを告発して戦っている人たちの、気配もうかがえない。
そうした人たちは、デモ活動に参加しているか、家に引きこもってパソコンと向き合っているのだろうか?

夜、いよいよ下高井戸シネマのドキュメンタリー映画祭の前夜祭開幕。
これに合わせて、昨日の訪日とした。
例によって補助席も満杯、床に座る人たちも。
伊勢真一監督作品「傍」、さすがは。


4月21日(土)の記 B級の迷宮

日本にて
体調は、ますます不調。
できればひたすら安静にしていたい。
しかし、想定している予定ががちゃがちゃになってしまう。
そんななか、飛び入り・まさしく想定外の予定まで入れる。

へろへろと起動。
下高井戸シネマ、横浜ジャック&ベティとなじみの映画館をハシゴ。

一昨日の日本到着から、何食かひとり外食をした。
豚キャベツ丼、野菜麻婆、味噌レタスチャーハン。
いずれもB級大衆料理だ。
これらが食べたかった、というより、ブラジルでの献立の参考になりそうだから。
どれも不採用だな。

ドキュメンタリーと、料理には厳しい。
なんちゃって。
B級ドキュメンタリーか。


4月22日(日)の記 たてよおかむら

日本にて
東北への旅に出る前に送っておく必要のあるもののパッキング、添え状書き。
シモタカのモーニングショーを見てから、家族の件で横浜へ。
深夜のバスと旅に備えて、いったん祐天寺の実家に戻る。

珍しく頭痛も続き、横になる。
長時間の飛行機の椅子のせいか、さっそく映画館の椅子にうずくまり続けているせいか。
はたまた、脳なんとかの予兆か?

頭は回らないが、睡眠がとれない。
ようやくうとうとできると、電話に叩き起こされる。
起き上がるのがつらい。
新宿からの夜バスを逃したら、たいへん。

ひゃあ、外は雨。
とにかく時間内に発車予定場所までたどり着けた。


4月23日(月)の記 3Dイビキ

日本にて
新宿発の山形行き夜行バス。
強烈なイビキの人がいる。
しかも一人ではない。

ジェット機ではそもそも飛行中の騒音が激しいので、そう乗客のイビキは気にならない。
しかし今度のバスの、この人たちのは天災クラスの迫力。

眠れたものじゃないレベルの他人のイビキというのも、久しぶり。
先方のイビキのテンポにうまく合わせて寝入ろうとトライする。
しかし時折、激しくテンポが乱れてこちらもびっくり覚醒。

世の中が進んでも、乗るべき夜行バスに激度のイビキかきがいるかどうかをチェックするのは難しいだろうな。

第二次大戦時、住民も巻き込んだ沖縄戦。
避難した洞窟で泣き叫ぶ乳児を日本軍兵士が死に至らしめるというシーンは、ドラマ等で何度か見た覚えがある。
ああした状況で、イビキかきはどうだったろうか。

そうか、耳栓という手があったか。
先方の鼻と口を濡れぞうきんで塞ぐより、穏便かもしれない。
いつだったか飛行機でもらって、飛行機では使いたくなるケースもなかったが。

体調不調に寝不足を新たにトッピング。

なれどおかげさまで、山形でのプライベートミッションは、想定以上にうまくいった感じ。


4月24日(火)の記 ソバヤソバヤソバヤ

日本にて
今回、寒河江駅前にとってもらった宿は大変よろしい。
ビジネスホテル料金で、旧館の源泉100パーセントかけ流し露天風呂付きに入浴可。
朝食はJALの成田国際線ラウンジよりすごい。
つきたての餅が納豆餅、ずんだ餅、あんころ餅の三種。
米沢牛たっぷりのお雑煮。
通常の和食洋食もあり。

ネットの作業がだいぶたまっていた。
この宿はきちっとつながり、早い。
ひと風呂浴びながら構想を練る。
部屋に戻って叩き込む。
してまた風呂という、至福。

桜の時期限定という、寒ざらしそばを食べたかった。
昼に寒河江市内でご案内いただいた蕎麦屋さんは、大将がご自分で器も焼かれる。
洒落ていて、美味しかったが、寒ざらしそばは、なし。

親戚をおいとまして、ひとり山形市内へ。
夜バスの時間まで、アートと蕎麦散策。
「寒そばの食べられる店」ガイドを頼りに美術館の近くの蕎麦屋に入る。
連隊前の蕎麦屋、とは水戸にのまえと同じなのに惹かれる。
が、すでに今日の分の寒ざらしそばは、おしまいだという。
霞城セットをいただくが、残念。

また桜の時期に山形に来れるかどうか。
わかりにくい地図をもとに市内をさまよう。
山形の夜は早いぞ。

どっぷり夜になってからようやくたどり着いたお店、入店時の客は僕だけ。
寒ざらしそば、あるという!

寒ざらしそばは、秋に収穫したそばの実を、厳寒の清水に浸す。
さらに冬の風に晒すという、たいへんな手間のかかる逸品だ。

明るい茶褐色の麺。
味は、ほのかな甘味あり。
かかった手間ひまが、味から伝わってくる。
これで後悔はない。

一日に蕎麦屋を3軒ハシゴすることは、おそらく生涯もうないだろう。


4月25日(水)の記 公開前夜

日本にて
山形からの帰りの夜行バス。
今回は、許容値を超えるイビキをかく人はゼロ。
ものたりないぐらい。

いったん目黒の実家に戻って、荷物装備の仕切り直し。
まずはふたたび下高井戸シネマのモーニングの部、他人様の作品を見ておく。
ついでプライベートで隣県へ。
ふたたび上京、渋谷で明日のためのポスターの手配。
A1サイズは料金もさることながら、3時間所要とのこと。

西荻窪APARECIDAで公開前夜記念上映とトーク。
すでに明日のトークの構想を練り始めていたが、いったん中止。
アモレイラと同じブラジル・パラナ州に取材した拙作2本を披露。
「クリチバ」の環境学園の女性校長が、堂園シスターにつながっていくのを発見。
Willieさんご夫妻、そして来店の皆さんのご好意とエールに慰められる。

帰路、渋谷で大判ポスターをピックアップ、すでに日付は変わった。
祐天寺まで三駅、歩く。


4月26日(木)の記 開封

日本にて
未明に朝ぶろにつかりながら、世田谷-遺跡発掘-映画という三題話を枕にしてみようかと思う。
さっそくネットで資料調べ。
新たに今日のトークネタを整理。
うーん、上述のネタ、けっこうおもしろいが、15分のトークでは収まりきれない。
カット。
これだけトーク内容を事前に何度も推敲するのは、昨今ではこの2月の「テレビに挑戦した男 牛山純一」上映の際のゲストトークと今回ぐらいかも。

下高井戸シネマで「あもーるあもれいら」『サマークリスマスのかげで』公開。
平日の午前中にもかかわらず、予想以上の数の人が集まってくれた。
場内の空気がじわじわとゆるみ、なごやんでいくのが、快感。

初めての人、大歓迎の駅前のお寿司屋さんでの懇親会もよろしかった。

いろいろな人々のご厚意のおかげ。
ただ、感謝。


4月27日(金)の記 環境画との出会い

日本にて
まだまだいろいろある。
が、メインイベントを超えて、だいぶ肩の荷が下りた。
こころがアートを欲してくる。

開催期間・時間・場所を考慮して―
神田の木ノ葉画廊「科学とアートの出会い-植物画から環境画へ」 http://www.konoha-g.jp/cl01/reslut.php?word=ZB  をチョイスしてみる。
これが、ビンゴ!
高森登志夫さん、オーストラリアのF.ニクリンスキーさんなど、すばらしい。
オーナーがいらして、オーストラリアのサバンナ地帯の植生の魅力などをうかがう。
ブラジルのセラード地帯がオーバーラップ。

さらに下高井戸シネマのナイトショーに向かう。
身心へろへろ気味で、残念ながら作品に入り込めず。


4月28日(土)の記 武蔵野課外授業

日本にて
今日は、ボサノバ歌手わだなおみさんの主宰してくれる上映会。
わださんのお住まいの練馬のマンションの集会室が、会場。
もともと、わださんがご自分の二人のお子さんに拙作をぜひ見せたい、とオンライン上で表明してくれたことがきっかけ。

それなりの今日のトーク内容を準備していた。
が、東横線に乗って間もなく、そのお子さん二人に授業のように語りかける形式を思いつく。
中3のお嬢さんと、小5の息子さんと聞いている。
二人の理解できるレベルで、しかもカッタルくならない話を。
頭のなかで、練りましょう、練馬っていうぐらいで。

現場は、吉祥寺駅から歩くと40分はかかるという。
自動車で迎えに来てくれるというのを固辞、歩く。


ちょうど今日の「授業」で語ろうと思っていた縄文にふさわしい鎮守の森が目に入る。
わくわくと歩いていると、巨大なめくじグッズが!
山形の書店で手に取った「昆虫食入門」の著者のアトリエショップではないか!
今日は締まっているが、これはI shall returnを決め込む。
他にも道中、発見が続く。

会場のメンバーは、まさしく奇跡の一期一会。
恥ずかしながら、わださんの歌をまだ聞いたことがない。
相当なシャーマンに違いない。

お子さん二人、お連れ合いともいたく盛り上がる。
授業形式は、僕自身の新たなジャンルを開いた感じ。

おかげで、スランプから這い上がれたかも。


4月29日(日)の記 横浜発

日本にて
実家でパソコン作業など。
疲労具合等々を考慮して、プライベートの用事をひとつキャンセル。

午後、直接、横浜シネマ・ジャック&ベティに向かう。
京急黄金町駅は、新たに映画館側に出口ができている。
この出口の向かいにネカフェがあることも知る。

ジャック&ベティはいまや僕の映画への窓となった。
先回うかがった時に「不惑のアダージョ」という劇映画のチラシが目についた。
不惑の年を迎える日本人シスターの話。
これは見てみたい。
今日は監督の井上都紀さんの舞台挨拶もあるというから、おトク。
一つ一つのカットの積み重ねが美しい。

訪日後、けっこうドキュメンタリー映画を見たが、映画的美を感じたのは伊勢真一さんの「傍」ぐらい。

こんな映画、知ってた?と声をかけておいたキリスト業界ジャーナリストが劇場にカップルで来ていた。
この映画の、キリスト教会の設定に疑問を感じたが、さすがは彼も同様の思いだったらしく、さっそく質問をしていた。
監督の関心はキリスト者や信仰ではなく、更年期を迎える女性であると知る。
そのあたりは「あもれいら」シリーズと大きく異なる。

終映後、この夫妻と近くのタイ料理屋で盛り上がる。
今日の深夜のバスで関西に向かう予定。

それまで気になる日帰り温泉を制覇して時間調整をするつもりだったが、キャンセル。
行きに見かけたネカフェ経由で、横浜シティバスターミナルへ。


4月30日(月)の記 上方の充足

日本にて
早朝の近鉄奈良駅前で夜行バスを下車。
東大寺まで、歩く。
朝早くの観光地は、実に爽快。

中学の修学旅行以来の、盧舎那仏との再会。
意外と小さい感じ。
リオのキリスト像には圧倒的にかなわない。
大魔神よりは大きいかも。
大仏前の一対の花瓶に止まるチョウのオブジェに注目。
8本足だぞ。
モスラ対大仏。
あとで諸々、調べてみよう。

奈良訪問の理由は、これ。
東大寺戒壇院裏の「工場跡」というカフェとアートのスペース。
http://kojoato.main.jp/wp/
ここで、「あもれいら」第三部のポスターイラストを描きおろしてくれた綱本武雄さんの原画展開催中。
絶妙の時空で、エンドレスに浸っていたい感じ。

そうも言ってられず、昼からの上映会場の兵庫尼崎へ。
機材トラブルにうろたえるが、克服できた。
新たな出会いのネットワークを大事にしたいもの。

尼崎恒例の打ち上げ会場・庄本商店がまたよろしい。
ガラナもインカコーラもあるぞ。


前のページへ / 上へ / 次のページへ

岡村淳 :  
E-mail: Click here
© Copyright 2017 岡村淳. All rights reserved.