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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2012年の日記  (最終更新日 : 2013/01/07)
9月の日記 総集編 千代もと祈る人の子の旅

9月の日記 総集編 千代もと祈る人の子の旅 (2012/09/05) 9月1日(土)の記 用心棒は頭を掻く

ブラジルにて

原稿も、一段落。
昨夕、リベルダージに出た際、途中から読み込みエラーとなるDVDの不良品を持参した。
この店は領収証をよこさないので心配もしたが、すぐに交換に応じた。
同じブラジル映画のDVDがないため、差額を出して黒澤の「用心棒」を購入した。

さあ見るぞ。
おお、音声を日本語オリジナルに設定しても、タイトルは英語だぞ。
しかも冒頭に英語字幕で時代背景の解説が入る。
オリジナルにこんなの、あっただろうか?
いずれにせよ英語字幕だと、なんだか物足りないぞ。

冒頭間もなく、主人公が頭をぽりぽり掻くではないか!
「リオ フクシマ」のスピーチシーンで、発言内容は使えるが、発言者じゃないおばさんが画面に大きく入って頭をぽりぽり掻く場面があった。
おばさんの頭掻きに目が行ってしまう。
そのため、通常の僕ならカットしちゃいたいところ。

でもこの黒澤を見てしまったら、さあどうするか。
改めて、まことに面白い映画だった!


9月2日(日)の記 駄文書き

ブラジルにて

日本の編集者が送ってくれた本文最後の稿に、一気に目を通して朱を入れる。
勢い余って、「あとがき」的なものを書き進める。
よくあるプライベートを含めての謝辞だらけなのは、柄じゃない感じ。

それにしても、最後によこしまなものが入ってしまった。
すると、まるっきり駄文な印象。
これなら、ない方がいいかも。

とりあえず寝かせば、毒素も反転するかも?


9月3日(月)の記 千代もと祈る人の子の旅

ブラジル→

急きょ、訪日することに。
まずはフライトが取れるか。
やきもき。

何とか今晩、発てることに。
押っ取り刀。

早めに出家。
馴染みのタクシードライバーが、南部地区でのファヴェーラ(スラム)大火災で交通事情がひどいという。
ラジオのニュースだと、消防車30台以上出動、異常乾燥と強風で燃えまくり、付近の交通は遮断とのこと。
一地区の交通の乱れは、大サンパウロ圏におよんでいく。
タクシーとシャトルバス乗継の予定をタクシーでグアルーリョス空港まで向かうことに。

いやはや危ないところだった。


9月4日(火)の記 君はヤノマモを虐殺できるか

→アメリカ合衆国→

今回は、まるで機内映画を見る気になれない。
ダラスでトランジット。
ネットをつなぐと、日本の知人がヤノマモ虐殺の日本語報道のリンクを送ってくれている。
その前に日本のかつての同僚も連絡をくれている。
僕が最初に知ったのは、ブラジルのエコロジー団体のツイッターだったか。

ベネズエラ領のブラジル国境に近い密林地帯で先住民ヤノマモ族が80人近く、金採掘人たちに虐殺されたとの報。
生存者の証言をもとに環境団体が告発した。
ベネズエラ当局は現地を訪ねたが、虐殺の証拠が見当たらないとしている。

僕が以前、報告したことの延長ともいえる事件だ。 http://archive.mag2.com/0000116642/20101101120000000.html
ダラスからの機中で、僕の考えをまとめておく。

最初の報に接した時、ブラジル人のガリンペイロ(鉱物採掘人)たちを疑ったが、ビンゴだったようだ。
国際的な金の価格の高騰により、下火だったアマゾンのゴールドラッシュの再燃が始まった。
しかしヘリコプターでやってきたというガリンペイロたちに、ヤノマモのテリトリーで80人も虐殺が可能だろうか?
現場は、ヘリでなければアクセスできない熱帯林の山岳地帯とみられる。
ヤノマモたちにとってはホームグラウンドで、知悉した生活と「殺し」の場だ。
ヤノマモの男たちは日常的に弓矢で野生動物を仕留めて食っているハンティングのエキスパートであり、部族間での「戦争」は人類学でも知られている。
かたやガリンペイロたちは、ジャングルの特殊部隊ではない。
ブラジルの北東部あたりで食い詰めた貧困層出身者が多く、あくまでも砂金採掘が本職だ。
所持する火器は、武装警察と戦うリオのスラムの犯罪グループあたりからすれば、かなり劣ることだろう。
ガリンペイロたちがヤノマモを一気に80人も殺害できるとは考えにくく、虐殺ないし、戦闘があった場合、ガリンペイロ側の死傷者もばかにならないだろう。

国際経済の動きが、南米の緑の闇の奥に、いとも簡単にイリュージョンを乱反射させてしまう。


9月5日(水)の記 ここは退去地区内か?

→日本

ああ、日本に着いちゃった。
渋谷行きのシャトルバスが先にある。
早い方がいい。
車窓に目をやる。

路肩・法面の植物の繁茂がすごい。
植林地には竹、照葉樹、蔓草類がはびこっている。
人が手入れを放棄した植生。
福島第一原子力発電所事故の、強制退去地区内のいまの植生もかくや。

日本の玄関口の成田空港から首都に向かう道中がこれである。
外から来た識者は、この国の荒廃をすぐに見て取れることだろう。


9月6日(木)の記 目黒が目に染みる

日本にて

品川区側から目黒区へ歩いて入る。
久しぶりに目黒不動のお参りをする。
目黒不動の滝は、独鈷の滝というのか。
滝とはいうが、パイプからダイレクトで流れるシャワー程度な感じ。
小学生ぐらいの頃は、これに打たれる行者を見てすごいもんだと思ったもんだが。
この崖線の上、本堂に向かって右手で発見された縄文遺跡の発掘調査に学生時代、参加した。
縄文時代中期、およそ4500年前の竪穴住居址。
入り口の部分に埋甕があったと記憶する。
死産児や生後間もなく死んだ嬰児の骸を入れたものとみられている。

4500年前に、赤ちゃんをなくした目黒のかあさんの気持ちはいかばかりか。
その土器も、自分の作品だろうか。

発掘にあたった学生時代は、そこまで考えなかったろう。
目黒が目に染みる。


9月7日(金)の記 旗を探す

日本にて

ワールドカップの時に買ったように思う。
ブラジル国旗のバンダナとスカーフがあった。
日本に持ってきて、何度か上映会等、ノリで身にまとった覚えがある。
さあて見つかるかどうか。

あれもこれも並行して片づけてというか、かえって散らかしてというか。
おう、分散してそれぞれ発見、快挙!

、と以上を四日遅れで何を書こうかと思いあぐねて気が付いた。
この日はブラジル独立記念日じゃないか!
あなかしこ、こっちも独立を志さないと。

人生は、宇宙はメッセージに満ち溢れている。
それの受信には、多少は努力しないと、か。


9月8日(土)の記 岡村私家版

日本にて

目黒大鳥神社の秋祭り。
わが母校・油面小学校あたりも、わっしょい。
今年は祐天寺の盆踊りも見れたな。

ホームビデオならぬホームエジットに没入。
手書き原稿をいったん書き上げたが、新事実がわかり、やり直し。
手のひらが修正液でまっ白になっていて、あきれる。

コンビニによって、コピーの画質の差が大きいことも知る。


9月9日(日)の記 家族ライブ

日本にて

今回のプライベート訪日の、メインイベント。
遺されたメッセージを懸命に読み取って挑む。
いろんな上映で、場数は踏んできたし。
頼りになるスタッフの心地よいサポートがありがたい。

ブラジルでの手作り結婚式での、微笑ましい失敗を思い出す。

究極気味の状況で、笑いを取る。


9月10日(月)の記 深夜にアンコールを想う

日本にて

さすがに昨日は疲れ切るが、日付が変わる前ぐらいから覚醒。
さっそくするべきことを、手掛ける。

日中の残暑猛暑は厳しい。
これぐらいの時間の冷気が心地よい。

アンコール遺跡の取材で現地に滞在した時のことを、想い出す。
日中の酷暑と夜間の冷気。
どんな時間にあの建造物を作ったのか。
古城泰さんの追悼でありながら、牛山純一プロデューサーの追悼でもあった。
冷気は霊気に通ず。
故人と共に深夜作業。


9月11日(火)の記 9・11の和解

日本にて

先日、身内にコピーしてお配りしたもののなかに「老年の一つの高級な仕事は、人々との和解である」とある。

まだこっちは老年のつもりはない。
老いて逝った肉親のおかげで、大きな和解のきっかけをいただいたと実感。
南無阿弥ノッサセニョーラ。


9月12日(火)の記 リオ フクシマ トーキョー

日本にて

実家の方の取り込みは続く。
が、できれば当初の計画通り「リオ フクシマ」パート1は年内に完成させたい。
東京の実家でほんの少しでも作業を進める体制を組んでみる。
それにしても、なかなかの残暑ざんしょ。


9月13日(木)の記 秋のそなえ

日本にて

未明にブラジルへ国際電話。
次回訪日便の手配。
もう、来月の話。
なんとかなりそう。

今日もプライベートは、えらく充実。
「リオ フクシマ」の作業は、進まない。
いやはや。


9月14日(金)の記 晩夏に叫ぶ

日本にて

今回の訪日後、はじめて電車-地下鉄に乗る。
霞ヶ関駅から歩いて、抗議グループに加わる。
相変わらず全体の人出は把握しにくい。
7月よりも、緩くなっているだろう。
それにしても、この酷暑のなかをよくぞ続けてくれた。

こちらの疲労のせいだろうが、2時間以上、同じ場所で立ち尽くしているのがつらい。
かつてリバイバルロードショー公開の「風と共に去りぬ」を見に行って、ずっと立ち尽くめだったことなど思い出す。
スピーチも今一つマンネリ感がある。
しかもスピーカーがしょっちゅう断線するため、聞こえにくい。
可能かどうか、チベット寺院の巡礼のようにあるコースをぐるぐる回るとか、スピーチに趣向を凝らすなどの演出が必要かも。

大地震は今にも原発の直下で起こり得る。
次の原発事故で失われる時間を思えば、週に一度の夜2時間のサクリファイスはお安いものだと思う。

リオで出会った仲間に会えた。


9月15日(金)の記 晩夏を聴く

日本にて

昼過ぎ、目黒祐天寺を出家。
まずは吉祥寺。
「音楽で結ぶ中央線ブラジル化計画 VAMOSブラジる!?」というのに。
わだなおみさんのライブを聴くのが目的。
わださんには、西荻窪APARECIDAで出会った。
ご家族ぐるみで親しくさせていただくようになった。
ようやくライブを聴かせていただくチャンス到来。
ギターの木村純さんとのデュオ。
木村さんが音楽をカテゴライズしてしまうことのつまらなさを語る。
同感。

ブラジルのMPBを中心に、日本語、英語の曲も。
ユーミンの「晩夏」。
これが今の僕には、いたくきいた。

終了後、直ちに埼玉へ。
して新宿まで戻り、夜行バスで山形に向かう。


9月16日(日)の記 神々の躍動

日本にて

未明の山形駅着。
左沢線の始発を待つ。
血族訪問。

寒河江神輿祭りというのが今日、メインを迎えると聞く。
今晩の夜バスまで時間があるので、話のタネに行ってみることとする。

これは面白かった。
今年で30周年、地元のを始め、様々な神輿が繰り出す。
ペットボトルづくり神輿、企業神輿などという変わり種も。
東電なら、原子炉神輿か。
たっぷり水をかけて冷却しないと。

やっぱりトラディショナルな神輿がいい。
まだ全国区の有名祭りにはなっていないようで、その分、緩くてよろしかった。
入湯料200円の市民温泉で汗を流し、ふたたび山形駅から夜行バス。

メモ:先回、スピリチュアル系の友人からもらった本が実家にあったのに気付いた。軽めで、内容もけっこうさらりと読めそうなので、宿題図書の「箸休め」として旅に持参した。
書き抜いておきたい言葉を発見。
「プルトニウム239は毒性が強く半減期が約二万四〇〇〇年、テクネチウムは二一万年、ネプツニウム237は二三四万年などで何百万年もの間、後世の人々や生物達に迷惑をかけることになります。これからは放射性廃棄物の処分、処理は人類の責任であり、後世に存在しておられる生物に対する最小限の償いであります。」
「日本新生」樋口雄三著 伝者アマノコトネ ナチュラルスピリット発行



9月17日(月)の記 出ニッポンを前に

日本にて

今日も盛りだくさん。
夜行バスで未明の新宿に到着。
土曜からオフラインが続いたので、目黒のネカフェに寄って急ぎのメールに対処。
午後から、まずは渋谷。
上野英信がらみのことで取材を受ける。
僕は大・上野と面識はないので、おそれ多いがご指名とのことで。
こっちもそうとう地味で不器用な作業をしているつもりだが、このようなことに取り組む、こっちに勝るとも劣らぬ人がいるのがうれしい。
その足で、自分の方の打ち合わせに。


9月18日(火)の記 海月を見ていた午後

日本にて

クラゲ。
漢字変換すると、「水母」のほかに「海月」もあった。
水の母。
海の月。

今日の日中は、横浜方面に挨拶回り。
大岡川でエイが見られることがあるとは「まったり屋」さんのツイートで知っていた。
この透明度でエイが看取されるのか、と川面を見やる。
ありゃ、プラスチックごみかよ。
と、よく見るとどうやらクラゲ。

大飯原発再稼働問題とは別に、クラゲの生き方を見てみたいと思っていた。
山形の日本海側の水族館までは、さすがにそう気軽には行けない。
ここなら、ジャック&ベティで映画を見る行き返りに見ることができる。
上からの監察に限られるが、水の母、海の月ぶりに触れるにはちょうどいい。
入場料も取られないし。

しかも下手な映画よりはるかに面白く、意外性に富んでいるかと。


9月19日(水)の記 地図から消えた日本人移住地

日本にて

ブラジルのわが家でも日本の実家でも、座右の書・近くにないと落ち着かない本は地図帳だ。
日本遠征から戻ると、地図帳が行方不明になっていてもだえ苦しんだことがしばしば。

日本で地図帳といえば、帝国書院と二宮書店のようだ。
二宮書店は、東京のわが家から最寄りの駅に行くより近くにある。
先回の訪日の際、地図帳の買出しにと事前に電話を入れてみると、お盆休みに入っていてアウトだった。
新たな出ニッポンを前に、ふたたびトライ。

いくつか見せてもらう。
「一般図」「主題図」という地図帳業界用語があるのを知る。
大判のが標準版と同じ値段。
こちらの老眼化を考慮して、大判を買う。

福島第一原発など、無意識のうちに気になるところを見ていく。
南アメリカの主題図が圧倒的に少なくなった。
かつてはブラジルの日本人移住地が記載された主題図もあったのだが。
移住地名の記載に明らかな間違いがあり、二宮書店にメールを送ったこともあった。
その修正を確かめる機会もなく、地理教育のベースである地図帳から、移住地の記載が消えてしまった。


9月20日(木)の記 九月二十日の航跡

日本→アメリカ合衆国→

さる土曜日、埼玉でアマゾン帰り伊豆大島在住の佐々木美智子さんと再会した。
埼玉県立近代美術館でこの日、初日を迎えた「日本の70年代」展で、佐々木さん撮影の写真が多数、展示されている。
http://momas.jp/
佐々木さんから、思わぬものをちょうだいした。
北海道新聞の岩本茂之記者が編んだ佐々木美智子さんの聞き書き「新宿、わたしの解放区」(寿郎社)。
ぱらぱらとめくってみたが、つくりがすばらしい。

その翌朝、夜行バスで山形駅に到着、駅前のベンチで左沢線の始発を待機している時に、この本を取り出してみた。
奥付けを眺めていて、たまげる。
9月20日初版発行とあるではないか。
拙作「アマゾンの読経」の主人公・藤川真弘師がアマゾンで入寂したその日である。
さっそく佐々木さんに電話をしてみるが、ご存じなかった。

僕が11年をかけて5時間16分のこの作品をしたためたのは、アマゾン以来の佐々木さんとのお付き合いがきっかけだ。
しかも作品中に佐々木さんの処女作「新宿発アマゾン行き」(文藝春秋社)の出版記念パーティの映像も納められている。

長年、ひとり伊豆大島の富士見観音堂の堂守をひとり続けてきてくれた佐々木さんへの、藤川師からのメッセージか。

9月20日。
僕も旅立つ。
新たなる、バルド。


9月21日(金)の記 JALの悪妻

→ブラジル

マイレージへのこだわりで、JALとアメリカン航空の組み合わせ、ニューヨーク10時間待ちでサンパウロへ。
JALのパートナー、アメリカン航空の客室乗務員のひどさは特筆に価する。
ちょうど道中、オンラインで見た嫌いな航空会社ランキングで、アメリカ系ではトップだったと記憶する。

サンパウロ到着間際の朝の軽食。
使用後のトレイを取りに来ないのだ。
コールボタンを押しても、無視される。
飛行機は着陸態勢に入り、トレイがずり落ちてくる。
やむなく足元の床に置く。

着陸数分前、激しく揺れるなかをひとりの女乗務員が来て、足元にカバンを置いている僕より年上ぐらいの男性乗客に、どこか頭上の空いているスペースを探して、「自分で」収納しろと告げる。
機内はすでに立っていられる状態ではなく、そもそも近くの棚はすべて満杯。
男客が、今さらなんだ、とジェスチャーで応えるが、収容所の女看取気取りの乗務員が、自分で立ち上がってやれ、と「命じる」。
ひでえもんだ。

サンパウロは曇天、春。
黄イペーの花が鮮やかで、まぶしい。


9月22日(土)の記 改造社から

ブラジルにて

今日一日は、疲弊した身心を時差ぼけのまま、放置させていただく。

成田空港での楽しみの一つは、出国審査後のゲートにある改造社書店をのぞくこと。
そこそこ充実しているし、すでに日本国を出ているので5パーセントの消費税を徴収されないですむ。

プチ大人買いをするが、今回はそのなかにマンガを2冊。
「ばらかもん」1と「天地明察」一。

今日はそのあたりもたしなむ。
いずれも続きが読みたくなる当たりだった。
それにしても日本のマンガ文化は、すげえもんだ。


9月23日(日)の記 サンパウロウオーカー

ブラジルにて

昼から、日本から来た客人のナヴィゲートをすることにする。
ストーカーじゃなくて、ウオーカー。
時差ボケ解消にちょうどいいかも。

先方の宿に向かう途中、80年代の「すばらしい世界旅行」ヤノマモ取材の時にアシスタントをしてもらった日系の彼氏にばったり。
すでに族長の迫力と髪型。

歩いていると、色々と面白いことがある感じ。


9月24日(月)の記 徹夜読み「新宿、わたしの解放区」

ブラジルにて

ブラジルに戻って三日目、まだ時差ぼけは抜けない。
日曜は夜早く、夕食の支度を終えると耐え切れずに眠る。
深夜、日付の変わる頃にに覚醒。

イントロぐらい目を通しておこうと、おミッちゃんこと佐々木美智子さんの聞き書き本を開く。
「新宿、わたしの解放区」(寿郎社)、北海道新聞の岩本茂之記者の著。
まずは、佐々木さんが愛する肉親をいかに国家とその走狗に、いとも簡単に殺されてしまったかが語られる。
眠気はすっ飛ぶ。
佐々木さんのダイナミックな歩みは、これまで本人の断片的な話や「新宿発 アマゾン行き」(文言春秋社)で接していた。
しかし佐々木さん本人の口や筆によると、良くも悪しくもダイナミック、大味になる。
ディテールが味わいかねていたことを再確認でいた。
岩本さんの訳注も随所に入り、わかりやすくて面白い。
学生運動、日本映画界、ブラジル移住と、大きな柱とヤマ場もたっぷり。

佐々木さんとそのバックグラウンドのすごさが、よくわかる。
よくぞ佐々木さんがお元気なうちにこれだけの本を出してくれた。
多くの友と共有したい本。


9月25日(火)の記 どうせ腐らせるなら

ブラジルにて

昨日、決行しようと思っていた断食は来客のアテンドのため中止。
火曜に、しよう。

今回の訪日で立ち寄った大きな本屋さんで、こんなのを買った。
「なぜ『粗食』が体にいいのか」帯津良一・幕内秀夫著/知的生きかた文庫(三笠書房)。
さっと目を通して、ブラジルのお土産にしようという魂胆。

これがなかなか面白く、気付くことが少なくなかった。
「もともと味噌、漬物、納豆などが中心の日本の食事というのは、最初から腐っているようなものばかり」「日本は湿度の高い国だから、どうせ腐るならその前に上手に腐らせてしまえという発想から発酵食品が多くなった」
なるほど。

さまざまな民間食療法にも触れられている。
厳しい食療法がお互いつじつまが合わないことをあげて、「厳しい」ことこそ本質と指摘。
「食事療法というよりも修行」であり、「厳しさにこそ意味がある」。
なるほど。

断食もささやかな意志の修行でもある。
加えて体の反応で、わたくしにはいいことをまさしく体感している。
ちょっぴり厳しいけどね。


9月26日(水)の記 春の冷気を浴びて

ブラジルにて

今日はぐっと冷え込むと聞いていた。
室内では、さほど感じなかったが・・・

買い物で外出して、まさに凍える思い。
体感温度で10度ぐらいは下がったのではないか。

冷気を浴びながら、当面の予定を考える。
「リオ フクシマ」の仕上げ工程。
半月以上のブランクが生じている。
無理に、その前に自分の立てたスケジュールプランに合わせる必要もあるまい。

いくらか楽になった。

それにしても、リオで拾った人びとの言葉がすばらしい。
久々に、ブラジルの人たちの魅力を痛感。
日本に、きちんと伝えないと。


9月27日(木)の記 ブラジル番茶

ブラジルにて

近所の日本食材店にて。
お茶売り場を見る。
日本からいただいた緑茶は、わが家にかなりストックがある。
しかし緑茶ばかりでは飽きもするので、なにか変化が欲しい。

ブラジル製の日本茶、ずばり番茶と書かれているのがある。
以前から売られているブラジルの「山本山」の番茶というのがあるが、これはほうじ茶である。
今度、見つけたのは、焙じていない緑茶だ。
買ってみよう。

そもそも、番茶とは何か。
帰って調べてみる。
煎茶のような若葉ではなく、成長した茶葉を用いたものが番茶ということのようだ。
煎茶に比べてタンニンが多く、カフェインは少なめとのこと。
ちなみに北海道、東北では、ほうじ茶を番茶というとある。
ブラジルの「山本山」はそっちがルーツとみた。

今日、購入したのはブラジル最南部リオグランデドスル州産。
いただいていみる。
うん、わるくない。
かつて学生時代、山口の山村でいただいた自家製のお茶のおいしさに似ている。
あのお茶は、番茶だったのだな。
飲み続けていると、マテ茶の焙じていない、いわゆるシマロン茶の味わいもあることに気づく。
タンニンの故だろうか。

番茶は、上級茶に比べて、うまみ成分のアミノ酸は数分の一とのこと。
しかし日本茶のなかには、味の素をぶち込んだシロモノもある。
グロテスクなアミノ酸追加茶より、ブラジル産番茶ははるかにおいしいぞ。


9月28日(金)の記 一心腐卵

ブラジルにて

オムレツやら、ニラ玉やらを作ろうと思う。
ブラジル・サンパウロのありがたい点は、有精卵が無精卵の一倍半ぐらいの値段で気の効いたスーパーあたりで手に入ること。
こちらでは ovo caipira、いなかタマゴと呼ばれる。

ちょっと歩くスーパーで、いなかタマゴの特売があったので、買出しに。

日本では記憶にないが、こちらでは50個に1個ぐらいの卵が腐っている。
冷蔵庫に長く置いておき過ぎて、というようなケースもある。
オムレツづくりとなり、まずは冷蔵庫にあった、いつ買ったとも知れないタマゴを腐っていた場合を考慮して一個ずつ小さな容器に割っていく。
意外にも、どれもだいじょうぶだった。

さあてと、買ってきたばかりのいなかタマゴ、さすがに殻まで厚く硬いなと勢いよく割って、だいじょうぶだった古いタマゴ群を入れたボールへ、
思わず太い叫び声をあげてしまう。
ニューフェースのいなかタマゴの中身はどす黒く腐っていた。
高レベルの悪臭が広がる!

けっきょく7個割ってみて、3個は腐っていた。
紙の帯には9月23日産とあるが、とても信用できない。
悪臭漂う割れた卵を持ってクレームにいく気にもなれない。
あのスーパー、このメーカーの卵は決して買わないこと。

腐卵臭という言葉がある。
硫黄系のにおいの代名詞ぐらいに思っていた。
ドブ色に腐った生卵の臭さは、悪臭ランクのなかでもかなりの上位にランクしたい。

いろいろタマゴについても知りたくなってきた。


9月29日(土)の記 流石は伯剌西爾

ブラジルにて


日本での話。
民宿に連泊して、朝食に嫌いな生卵が出たという。
いつも残しても、同じように同じような卵が出る。
もしや同じ卵かと思って、印をつけておいたところ・・・
腐卵臭の発生しそうなお話である。

昨夕、町に出たついでにDVD屋で一枚、買った。
数ヶ月前の話だが、買ったものの40分前でフリーズしてしまう不良品だった。
「AJURICABA」というアマゾンのインディオの戦士の劇映画。
その時は不良品を持参しても同じものがなかったので、差額を出してクロサワを買った。
新たに「アジュリカバ」が出ていたので買ったのだが・・・

同じところでフリーズ。
製造過程でひと通り同じ問題が生じたのか・・・
店が返却されたものを新たにラッピングしてまた売りに出したか。
なんだか、後者な感じ。

卵と違って、腐らないだろうけど、ニオうぞ。


9月30日(日)の記 「ヤノマモ」取材者から「ヤノマミ」への素朴かつ基本的な疑問

ブラジルにて

今日も日本の大手新聞社のウエブサイトで、NHKの「ヤノマミ」に言及されているのを見る。

繰り返しになるが、僕の古巣の日本映像記録センターでは、NHKが取材をする数10年前からベネズエラ側とブラジル側の「ヤノマモ」を取材して、「ヤノマモ」と呼んできた。
僕自身、ブラジル側の取材を担当して、彼ら自身が「ヤノマモ」と自称しているのを聞いているので、「ヤノマモ」と表記することにする。
本稿で「ヤノマミ」と表記するのはNHKのテレビ番組とそれをもとにした映画、DVD、およびNHKの担当ディレクターの本のことである。

僕が見たのはDVDバージョンである。
ファーストシーンから、熱帯林のなかのアリの群れが映し出されて、今度はそれが熱帯性シロアリの映像に切り替わるのに驚いた。
それでいて、ナレーションはシロアリの映像部分でもアリについて語っているのだ。

シロアリとアリが生物学的にまるで異なった存在であることは、虫好きの小学生なら知っている子が多いと思う。
シロアリは植物食であり、セルロースを食べている。
冒頭からアリとシロアリを混同しなから作品を大胆にも展開するとは、製作者の恥ずかしい無知か、アリの映像が足りなかったのか、あるいは特別な意図があるのか。

この作品の「売り」の見せ所は、「ヤノマミ」の若い女性が間引きをした新生児を、木の幹に築かれたシロアリの巣を砕いて葬るシーンだ。
ナレーションでは新生児をシロアリに食べさせる、と解説する。
「ヤノマミ」がそう解釈している、というのなら話はわかる。
しかしあくまでも製作者の解説として語られているのだ。

ネットで調べてみても、肉食のシロアリというのは考えられない。
作品では教えを垂れるように彼らの生態観、宇宙観が語られるのだが、基本的な生物学・生態学の知識と観察を欠いて、あるいは欠かせて展開されるそれらは、僕には空虚にしか思えない。

それにしても、こんな素朴かつ基本的な誤謬をNHK内部、いやさ日本の視聴者には指摘できる人がいなかったのだろうか?

その他の問題については別項で書いているので、省略させていただく。
自分の仕事だけに専心していたいが、「ヤノマモ」には義があるので彼らの名誉のためにも書いておく。


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