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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2012年の日記  (最終更新日 : 2013/01/07)
10月の日記 総集編 さあ、つなぐか

10月の日記 総集編 さあ、つなぐか (2012/10/03) 10月1日(月)の記 さあ、つなぐか

ブラジルにて

「リオ フクシマ」素材チェック終了。
あと三週間でどこまでできるか。

さあいよいよ編集に入るぞ。
そのために、編集機のデータを整理してスペースを作らなければならない。
旧作データの保存コピーとチェックがちょいとした作業なり。

でれでれせずに、次に進もう。
ブラジルにて
「リオ フクシマ」素材チェック終了。
あと三週間でどこまでできるか。

さあいよいよ編集に入るぞ。
そのために、編集機のデータを整理してスペースを作らなければならない。
旧作データの保存コピーとチェックがちょいとした作業なり。

でれでれせずに、次に進もう。


10月2日(火)の記 珈琲ラム

ブラジルにて

そういえば、アマゾン帰りの佐々木美智子さんがコーヒー酒というのをガラナ酒などと共に作っていたな。
先回、山形駅で夜行バスを待つ間、全国チェーンではなさそうな居酒屋に入った。
そこに珈琲焼酎というのがあった。
戦時中、上流階級の人の間で流行ったという解説付き。
悪くない。

ブラジルで作ってみることにした。
ラムが合いそうだと思う。
日曜に炒りたての油の浮いたコーヒー豆を入手。
さっそくブラジル国産のラムに浮かべて、数時間待ちでいただいた。

ラムの甘みとコーヒーの苦みのコンビネーションが絶妙。

昨晩は外飲み。
今晩、ふたたびいただいてみるが、ラムを足してみたもののちょっと苦味がきつくなった。
当初はコンデンスミルクや生クリームとのコンビネーションを考えていたが、ロックでしばらく楽しめそう。


10月3日(水)の記 精進落としはノルデスチ料理で

ブラジルにて

夜、ひと駅ほど離れた距離にある教会のミサへ。
帰りにどこかで食事をすることになった。
駅前にノルデスチ料理屋があるのを知らなかった。

ブラジル北東部の乾燥地帯、グラウベル・ローシャの映画や「山猫の夏」の世界だ。
夜はアラカルトはなく、バイキング形式のポルキロ:計り売りのみだという。
それでも似たようだけどよくはなんだかわからない料理が数多く並んでいる。
物は試し。
牛の干し肉、豚、鶏、黒豆、カボチャ・・・

ノルデスチ風のアルコールはとあんちゃんに聞く。
樽入りのカシャッサ(ピンガ)をすすめられる。
大人の遺体が屈葬ならゆうに納まる樽からウイスキーならぬカシャッサがコップに注がれる。
タルコフスキー、なんちゃって。

よくわからない肉片の煮込みは、レバーだった。
レバーの味と食感が口に残ってしまうが、あとは面白かった。
場末感が、またよろしい。

「通」の友人が来たら、お連れするか。


10月4日(木)の記 日本軍の原爆実験

ブラジルにて

在ブラジル被爆者平和協会の森田さんのところへ顔を出す。
ご挨拶、そして細かいことだが聞いておきたいことがあった。
聞いてみると、こちらの想像を越える意外なことがまたわかった。
とても作者の想像や創作の混じるノンフィクションなど書けないなと改めて思う。

森田さんの話はどんどん別な路線に特急で走っていく。
そして、まことに意外な新聞のスクラップ記事を持ち出してきた。
1999年8月のサンパウロ新聞の社説記事である。

米軍の機密文書の調査で発掘された、目をみはる話。
第二次大戦終結直前、広島と長崎への原爆投下後に、日本軍が現在の北朝鮮領で原爆実験を行ない、巨大なきのこ雲があがったという。
時事通信の記事をもとにした社説。

ネット検索すると、あった。
http://www.asyura.com/sora/bd19992/msg/984.html
なんと、あのチッソまで絡んでくるではないか。
まさしくヘタな小説よりずっと衝撃的だが、続報に当たるものは見当たらない。

ぼけ、物忘れを嘆く森田さんだが、こういう記事にこだわっているのは、さすが。
なぜか、というのも面白いのだが、とりあえずこの辺で。


10月5日(金)の記 いとしのバイプレイヤーたち

ブラジルにて

日中はひたすら「リオ フクシマ」の編集作業。
一期一会で登場する市井のブラジル人が、けっこうなかなか濃ゆくて面白い。

日本人の方も、僕が主役と想定している二人がいい。

時系列が原則だが、ストーリーの語り口を重視している。
今回は、日記形式のナレーションのつもり。
つなぎと伏線のため、ぜひ加えたいコメントが出てきて、それ用の画を新たに探し、はめ込み、それに伴なうカットの変更。
こういうのにけっこう時間がかかる。

今週中の目標には、何とか達した感じ。
さあいよいよ重いところをつながなくては。


10月6日(土)の記 未明の印象派

ブラジルにて

いやーこれはよろしかった。
午前5時台に印象派のホンモノを堪能。
クセになる喜びだが、またの機会があるかどうか。

いよいよ明日でおしまいのサンパウロ・ブラジル銀行カルチャーセンターでの印象派展。
パリのオルセー美術館から100点近くが来た。

すでに数百万人が鑑賞とか。
入場に何時間待ちという状況で、鑑賞を見合わせていた。
最後のサービスで金曜朝から土曜深夜まで、オールナイトの開館という粋な計らい。

午前5時過ぎ、メトロの開始を待って出家。
未明のセントロの妖しさがいい。
さすがに列はない。
それでいて、通常展ぐらいの人の入り。

まずは印象派の巨匠たちの斬新かつ大胆な構図に息を呑む。
ついで、バルビゾン派の大作に、呆然。
ドービニーの「収穫」が収穫。

かつて心霊画家の取材前にパリでオルセーも行った記憶があるが、恥ずかしながら行ったことぐらいしか覚えていない。

特筆すべきは、これだけの好企画が、入場料タダ。
これこそが、文化国家かと。


10月7日(日)の記 日曜のはたらき

ブラジルにて

今日のブラジルは、市長などの選挙。
恒例の路上市も休み。
冷蔵庫のありもので昼と夜をこさえる。

平日はいまやビデオ編集三昧。
そろそろ締め切りの原稿書きや、写真探し・送付などの作業を行なっておく。

一歩も陋屋を出ずじまいだったな。


10月8日(月)の記 かめのこメトロ

ブラジルにて

夕方、東洋人街で知人と会うことになった。
ちょうどふたつほど用事もあるので、抱き合わせできてよろしい。
少し時間をもてあますぐらい早めに出るが・・・

地下鉄が異常なのろのろ運転。
しかも駅では延々と停車。
夕方時なので車内は人がごった返す。

通常の倍以上はかかる。
リベルダーデ駅到着は6時を過ぎてしまう。
日系の文房具屋・太陽堂はあっさりきっちりとシャッターが下りている。

ブラジル製のA4サイズの原稿用紙を買うのが目的だった。
いずれにせよ、日本よりはけっこう割高、いやさ倍以上かも。
今度は日本で100円均一でしっかり買い込んでおこう。

ナレーション書きは、どうも原稿用紙からはじめないと調子が出ないのだ。
しょうがない、先日見つけた日本の某テレビ局のB4版ナレーション原稿用紙を使うか。
意外ともう日本じゃ、お宝ものかも。


10月9日(火)の記 ヤマ場突入

ブラジルにて

さあ訪日前にもう一回、断食。
ヤマ場ともいえるシーンの編集。
邪気すら感じて身構える。

思ったよりスムースに進んでいる感じ。

大クロサワの言葉を、理想としてあげさせていただくか。
「悪魔のように細心に 天使のように大胆に」。


10月10日(水)の記 メトロの閃き

ブラジルにて

家族の件で外出するまで、ビデオ編集。
午後、メトロに乗っていて、ラストシーンのナレーションについて閃く。

夕食後、大判ナレーション原稿用紙に一気に書き出してみる。
ストップウオッチを持ち出して、ざっとタイミングを計っておく。

あとは明日、つないでみて、画にあうかどうか。

いやはや、われながら…
想像だにしなかった、独自の境地。


10月11日(木)の記 たくあんタルタル

ブラジルにて

たくあんというのは大根を干してから漬けるものをいうようで、厳密にいうと、たくあんではない。
大根漬け。
少なからぬ量を入手。

ネットでレシピを繰っていると、たくあんのタルタルソースというのがあった。
さすがにキモチワルイ。
このレシピ、画像もなく、レビューの書き込みもゼロ。
愉快犯?

どうも気にかかって、「たくあん」「タルタル」で検索をかけると、いくらでもかかるではないか。
たくあんをピクルス感覚で扱えばいいみたい。
ゆで卵を刻んで、みたいなレシピもあるが、そこまではメンドクサい。
マヨネーズのみでカンベンしてもらう。

タマネギのみじん切り、おろしニンニクを合わせる。

いやはやこれが珍味・妙味。
久しぶりに、かなりのカルチャーショック。
家族にもうける。

しかしこの程度だと、肝心な大根漬けがなかなか減らない。
昆虫食同様、主食の域はむずかしいし。


10月12日(金)の記 旗日のはたらき

ブラジルにて

今日はブラジルの守護聖母・アパレシーダの祝日。
追い込まれ中のビデオ編集は中止。
写真の捜索を朝から行なう。

デジカメを使い始めてからのデータの総ざらい。
ついで紙焼き写真のファイル類、さらに「開かず」のスペースにあるポジフィルム類。
まあ、あるものはあったし、ないものはなかった。

ポジを紙焼きしたもので見つからないものがある。
今でもあの写真屋で紙焼き作業、できるかな。
最後に頼んだ時は裏表逆に焼かれてしまったっけ。


10月13日(土)の記 デルスと西さん

ブラジルにて

ブラジル市販バージョンのDVD・黒澤明「デルス・ウザーラ」を未明二日がかりで鑑賞。
音声はオリジナルのロシア語のみとパッケージには書かれている。
しかし再生してみると、英語吹き替え版のみではないか。
そもそも大・黒澤の作品を吹き変えちゃうとは、いい根性だ。

公開以来、オリジナルの音声が深く記憶されているだけに、シラけて一気に見れなかった。
しかし作品そのものの力だろう、ぐいぐい引き込まれていく。

最初に見たのは、1975年の公開時、高校時代。
その後、ブラジル移住直後ぐらいか、ビデオで見た記憶がある。
ようやくエコロジーがうんぬんされるようになった、80年代後半。

今回が、おそらくいちばんこたえた。
すごい作品だ。
後半が、まことに痛い。

作品の余韻と痛みを引きずり続ける。
夕食を準備する頃になって、思い至る。

この痛み、拙作「郷愁は夢のなかで」の主人公の西佐市さんの痛みと、通じるものありや。
誰かと、「デルス・ウザーラ」を語りたい。


10月14日(日)の記 サバとカツオ

ブラジルにて

通常だと家族のいる週末は、ビデオ編集作業はしない。
今回は非常時モードで、昨日も今日も「リオ フクシマ」の編集。

おかげさまで、そこそこすすんだ感じ。
スケジュールにサバを読みつつ、フェイラ(市場)でカツオを買う。


10月15日(月)の記 夜明けの長政

ブラジルにて

昨晩、ラストを読み終える前に寝てしまった。
「王国への道-山田長政-」遠藤周作著、新潮文庫。
早朝、読了。
久ぶりに小説の面白さを堪能。

山田長政とペドロ岐部の掛け合わせというのが圧巻。
実際に二人はアユタヤで重なる時期があるというのもすごい。

ペドロ岐部のことは、古城泰さんの墓参で国東半島を訪ねた時に知った。
ずばり、そこが岐部だった。
ペドロ岐部が列福される数年前のこと。

キリシタン禁教となった日本を脱出、インドから徒歩で!エルサレムへ。
さらにローマに至って、神父となる。
日本のキリシタン激励のために密航を図り、フィリピンのルパング島から日本潜入。
東北は水沢で捕えられる。
江戸で穴釣りの拷問死。
「転び申さず候」の語は、知る人ぞ知る。
まるでスケールの違う日本人が、いた。

古城さんは、ペドロ岐部の何かを継いでいたのかも。
こっちはせめて、語り部ぐらいはつとめないと。


10月16日(火)の記 粛々と

ブラジルにて

「リオ フクシマ」ポストプロ作業のヤマ場。
粛々と、翻訳字幕をあてていく。
まことに、重い。
ブラジルの放射能被曝者の証言。
きちんと、伝えなければ。


10月17日(水)の記 サンパウロで空気を読む

ブラジルにて

今日は本業以外で、盛りだくさん。
アサイチで、サンパウロ市の自動車排ガス規制にわが車がかなうかの検査。
検査に至るまでの段取りもややこしい。
もしもアウトだったら、これまたややこしい。

横並びを見ると、ひととおりこっちより新しく、よさそうな車ばかり。
ドライバーも、中クラスより上な感じ。

市内でしばしば見かける、どう見ても規制すべき車はまるで見当たらないではないか。
検査スタッフも、こっちがブラジルに来たばかりの頃は普通だった、まずは袖の下という感じではない。

こっちの訪日も多く、ブラジルでもほとんど遠出に使っていないクルマだが、おかげさまで今年もパス。
フロントガラスにシールが一枚、増える。


10月18日(木)の記 なんとかここまで。

ブラジルにて

9月の急な訪日もあり、スケジュールがだいぶ揺れた。
おかげさまで、ここまで追い上げる。
朝から終日、ビデオ編集をメインに。

ラストのシーンは、見返す度に目頭が熱くなってしまう。
ロジックがなかなか追いつかない。

さあ訪日まで、あと、なにとなにとなにをしておくんだっけかな。


10月19日(金)の記 映画祭一本勝負

ブラジルにて

いやはや追い込まれている時に、いろいろある。
今日からサンパウロ国際映画祭。
少し無理をしてでも、一本ぐらい見ておきたい。
ボリューム過大なプログラムも買いたいし。

夜の上映の、ブラジル国産ドキュメンタリー一本にかけてみる。
ブラジル内陸部の、1000メートルの谷の底に住み着いた人たちのコミュニティ
を訪ねるというお話に魅かれる。
バイーアのシャパーダ・ジアマンチーナの町についてだった。
岩絵のひとつも、と探検系の作品かと思いきや。
80年代ぐらいから移住したニューエイジ系の人々のインタビューが中心。

初上映ということで、関係者でにぎわう。
現地の人には見せたのか、という当然の質問が。
年末には、むにゃむにゃ、との回答。
観客の5段階評価投票は、3とさせていただく。

それにしても中心人物が逝去したものの、さらにグレードアップ、多くの映画館、テンコモリの特集上映、400本近い上映。
渋谷実特集なんていうのに驚くが、これは昨年の東京フィルメックスの流れとある。
それでもすごい。


10月20日(土)の記 結婚式のナマ

ブラジルにて

夕方から知人のお嬢さんの結婚式。
パウリスタ大通りは土曜の午後でも渋滞でひやひやしたが、開始時間を敵も30分サバを読んでいて、逆転楽勝。
カトリックのチャペルで、ナマの合奏合唱付き。
バロックのナマ、しみる。
仲人・親類の入場はバッハできた。

披露宴で新郎新婦入場後、さっそくゴッドファーザーのテーマ。
その旋律のなか、新郎新婦が舞う。
感涙もの。
イタロ・アメリカ文化はこれだけのものを遺したか。

日本人とその文化は、ブラジルに食い物以外を遺せるか。


10月21日(日)の記 夏いちアート

ブラジルにて

ブラジル出家まで、秒読み段階。
一昨日、チェックしたサンパウロ映画祭と並んでの気がかり。
第30回サンパウロビエンナーレ。

12月初めまでなので、日本からいったん帰ってきてからでも間に合う。
しかし、時を置いて二度は見ておきたい。
日本での土産話にもなりそうだし。
少し無理をしないと。

はからずも今日からサマータイムで、1時間早くなった。
開場は午前9時、早めに行けば混雑も免れるかも。

いや~見といてよかった。
何人もの作家名をメモ。

前回より、僕には数倍よかった。
前回は現代アートに、意外性、驚きは感じても、美は覚えなかった。
今回は感動がある。

前回はスキャンダル性から話題になるものも少なくなかった。
未成年鑑賞制限も多かった。
今回はそれが見当たらない。
時代の差か?
キュレーターの差ではないかな。

複数の友人知人にすすめたくなった。
アートに満腹、ギブアップ気味。


10月22日(月)の記 鏡の国のオカムラ

ブラジル→

私は、鏡。
先週「リオ フクシマ」のまとめをしつつ、その境地に至った。

別の鏡の話題。
一週間前に近くの日系人の写真屋に、スライドの紙焼き作業を依頼。
ここから、ラボに出す。
以前、裏表を逆に焼かれたことがあるので、念のため注意しておいた。
数日、置いてあがってきたものは…
おお、値段もばかにならない。
5枚頼んで、3枚が裏焼き。

やり直しのできるのは月曜午後とのことだった。
サンパウロ出家前に間に合うか?
なんとか間に合い、これをスキャニングして日本に送るのが家での最後の作業となる。
スライドのアラビア数字とアルファベット記号を見れば、表裏は簡単にわかるのにねえ。
画面の日本語、アルファベットが逆になっているのはどうも落ち着かないよね。


10月23日(火)の記 ミッションインポシぶる

ブラジル→アメリカ合衆国→

昨晩、グアルーリョス空港よりアメリカン航空ニューヨーク行きに搭乗。
2時間強の「スパイダーマン」を十分見終える時間があった。
して、故障のためキャンセルとのこと。
23日午前中の便に振替えるとのことで、グアルーリョスの町のホテルにつかのま入ることに。
タクシーもホテルのチェックインも、長蛇のろのろ。

スタッフたちは、あちこち危ないいい加減な仕事ばかり。
落とし穴に地雷だらけ。
旅慣れてなけりゃ、アウトだぜ。
ニューヨークではまさしく罰ゲームの世界。
預けた手荷物を担いで、まさしく走り回った。
息つく間もなく、羽田行きに搭乗。

日本到着翌日に福島を訪ねるのが当初の予定。
グアルーリョスのホテルから先方に、雲行きが怪しい由の電話を入れることはできたのだが。


10月24日(水)の記 サケに呑まれたニューヨーカー

→日本

ニューヨークから羽田まで、ナゾのニューヨーカーが隣席。
言っている英語があまり聞き取れず、落ち込む。

食事のカートに割りばしが乗っかっている。
たまにはエコノミークラスの日本酒でもひっかけるか。
そもそもアメリカン航空にも日本発着便ならサケがあるかなと思って、お姉さまに聞いてみる。
すると手元にはなかったが、月桂冠のワンカップを手配してくれた。
隣の若いニューヨーカーが「それはナイス・アイデアだ!」と便乗。
味の方は…学生時代の発掘現場での一升瓶からのドンブリ酒や、祭りで外部からの一見の訪問者にもふるまわれる冷酒といった…
料理には、使えるかも。
少なくとも、エコノミーの機内食には見事に合わない。

隣のあんちゃん、カンパイをしてしばらくしてから日本語らしい言葉で話しかけてくる。
「サケは、おいしいですね」と言っているようだ。
日本語もとても聞き取りにくくて、なんだか安心。

こちらはそれからうとうとしてしまった。
その間、あんちゃんは何度となく客室乗務員を呼んではサケを所望。
足元はボーリングができるほどの空き瓶。
もうサケはないし、あなたできあがった感じよとアフロアメリカンの女性乗務員に制される。

羽田は何もかもあっという間。
手荷物受取り台でラブコール。
ひとつニューヨークで積み残しとのこと。
それぐらいで済んで、ありがたい。

スーツケースが一つになったので、思い切って品川、さらに思い切って目黒まで電車で実家に向かう。
深夜の山手線、けっこう混んでてこれも軽い罰ゲームぎみ。
若きニューヨーカーをサケに導いてしまった罪状か。


10月25日(木)の記 福島・かつぐ人

日本にて

日本入国後、半日足らずで福島入り。
福島県二本松市。
これをしておかないと「リオ フクシマ」、先に進めない。

折しも先方はコメ全袋の放射性セシウム調査の時。
こちらも米袋の運搬を手伝うことになる。
一袋30キロ。
へろへろ。

言葉も出ない、思考は空白。
大学一年の時、はじめて真夏の遺跡発掘現場に出た日の疲労を思い出す。
うっかり本来の用件を忘れるところだった。


10月26日(金)の記 フクシマ セタガヤ

日本にて

福島の農家に泊めていただいた。
身心は相当、疲れているはずなのだが、眠れない。
夜明けを待って、里山を散策する。

里まで下りると、何軒かのお宅の共同の新聞ポストが立っている。
寄宿先のを持っていこうか。
ここで、石原都知事辞任を知る。

そのまま世田谷に立ち寄ることにした。
ほぼホームグラウンド。
小田急線、世田谷線、東急バスで実家へ。
福島路で目を見張ったセイタカアワダチソウが、世田谷線の線路脇にも。

まずはいきなり、大きなヤマを越した。
さあ、明日のヤマに備える。


10月27日(土)の記 ぼちぼちと

日本にて

多摩地区の霊園へ。
灰色の墓石と、喪服の黒ばかり。

さる日曜にサンパウロビエンナーレで見た写真を想い起こす。
Edi Hiroseという日系らしいペルー人の一連の写真。
場所はペルーの広大な墓地。
砂漠ベースの大地に、鮮やかな色の人の営みの数々。
11月2日の死者の日の、墓参りだろうか。

あまりのコントラスト。
シリーズの名はNueva Esperanza、「新たな希望」。
ハロウインなどに矮小化してはもったいない、死のゆたかな世界。

死よ死者よ色もて鮮やかにあれ。


10月28日(日)の記 タカオザンノボレ

日本にて

今宵、「リオ フクシマ」のキーパーソンふたりに完成前の作品を、岡村のナマ弁士バージョンでご覧いただく。
場所は、高尾。

日中、祐天寺裏の実家で弁士原稿のリライトと読み合わせ、夜に備える。
すでに日本の日は短く、せっかく高尾まで下るのに外は真っ暗、雨が降り出したことだけわかる。

さてさて。
おふたりとも当事者だけに、尋常にはご覧なれないようだ。
かさぶたになっていたことも忘れていた4か月前の傷を引っぺがしちゃったというところか。
経年のみに寄らない、より根本的な癒しのための作業、とか言っちゃって。

どっと疲れが出た感じ。


10月29日(月)の記 重さの旅

日本にて

名作「旅の重さ」、まんまも芸がないので、かえしてみた。
疲れた。
今回の訪日の大課題三つを、すぐに続けざまにこなした。

さっそくやるべき細々としたことが、いくらでもある。
本来なら、一回の外出で連続してこなすべきことどもを、ひとつひとつ。
五月雨式か。
能率・効率をはかる余裕なし。
そうこうしているうちに、先方は本日終了の時間になっていく。

いやはや疲れた。


10月30日(火)の記 究極の読書

日本にて

世田谷で二件、旧交を温める。
世田谷線と東急バスで目黒区に戻り、学芸大学へ。
目指す一軒目は場所を見つけることはできたが、お休みだった。
11月10日にライブ上映を予定している平均律さんへ。
諸々、打ち合わせ。
これまた、奇遇なことが普通に起きる。

絵本作家・鶴田陽子さんの作品をいくつか見せていただく。
鶴田さんの「夜の校長センセイ」はネットで探してブラジルに持ち帰って拝読していた。
まさしく手描き・手塗りの「とうさん」という絵本を見せていただく。
ずばり原本、「源氏物語」のオリジナルを手にする思いやかくや。
まずはトイレで手を洗い、液体をこぼしたりしないよう場所を清める。

すばらしく緊張する読書体験。
そして、いとしい内容。

僕も、複製の表現に常に警戒しないと。
平均律は、出会いに満ちている。


10月31日(水)の記 縄文と韓国

日本にて

11月11日の縄文上映会の予習。
神奈川県立三ッ池公園の踏査と、矢向・縄文温泉の入湯。

いやはや、歩いた。
が、それなりの発見も少なくない。

公園ナビゲーターより「コリア庭園」に向かうようナビをいただく。
縄文遺跡とコリア、か。
このコリア庭園には、ぶったまげた。
入り口にチャンスン、ソッテが屹立。
学生時代、このソッテに魅かれたことがある。

赤鳥居ばかりのブラジルの異形の日本庭園の数々より、ずっと本格的な感じ。
昨日、韓国がらみのナマ奇譚をうかがったばかり。

矢向まで、ふたたび彷徨。
へろへろの足腰を縄文温泉で癒す。


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