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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2013年の日記  (最終更新日 : 2014/01/02)
7月の日記 総集編 路頭の迷い方

7月の日記 総集編 路頭の迷い方 (2013/07/06) 7月1日(月)の記 効果 福岡
日本にて


早朝、阿蘇の風流(カザル)さんの周辺を散策。
ベランダの椅子に腰かけ、今回の上映を主宰してくれた西岡さんらと、よろず話。

福岡へ北上。
博多でネットにつながるのに一苦労。

教育大駅前駅へ。
本州から友が本業を何とかして駆けつけてくれた。
僕の次回作のための、ごあいさつ。

夜は福岡の有志主催の「リオ フクシマ」ほかの上映会。
満員御礼ありがたし。
次回作の冒頭をまとめてみたものを、スニークプレヴュー。
関係者に好評、まことにうれしい。

午後の件に加えて、大きな肩の荷が下りた。
屋台の飲み会を経て、友と駅前サウナ、屋上の露天に浸かる。


7月2日(火)の記 福岡佐賀長崎
日本にて


博多駅前のカプセル宿のチェックアウトは11時。
ぎりぎりまで入湯とパソコン作業を往復。

まずは佐賀へ。
県立美術館に行ってみる。
博物館とつながっていて、しかも両方とも無料。
博物館の方に展示されている岡田三郎助の絵画がよろしかった。

次いで佐世保へ。
福岡で教えてもらったトンネル横丁へ。
「先の大戦」の防空壕が商店街として使われているというのだ。
これは、すごい。
防空壕の佐世保バーガー屋に入り、昨今の米兵事情などをマスターにうかがう。
面白すぎ。

長崎松浦。
次回作の主人公のお宅に泊めていただく。
話は尽きず・陸行水行マツロ国。


7月3日(水)の記 三軒茶屋までの遥かな鉄路
日本にて


夏は4時台から、あかりてくるのがありがたい。
5時台の松浦鉄道始発で松浦駅を発つ。
荷物が多いので、より無難なルートを選ぶ。
伊万里で乗り換え、有田へ。

有田は、5月に亡くなられたベレンの北島義弘さんの故郷と聞いている。
そこそこの接続時間があるが、7時台でようやく駅の売店が開き始めたところ。
駅前の商店は眠りについている。
有田でJRに乗り換え。
博多、新大阪、品川で乗り換え。
だいぶ疲労がたまっているようで、うつらうつらしながら時折、上野朱さんの「上野英信と筑豊・父を焼く」を開く。
目黒からバス
松浦から目黒の実家まで、鉄路約11時間。

実家で荷物を仕切り直して三軒茶屋の上映へ。
思わぬ人たちがたくさん集まってくれた。
坂田昌子さんとも半年以上を経ての再会となる。


7月4日(木)の記 雲南 仙台
日本にて


昨日、実家に届いていた村田喜代子さんの『雲南の妻』をさっそく読み進める。
まことに面白い。
深夜に帰宅後も、睡眠時間を割いて読み進める。
今日、再会する仙台の友にプレゼントするため。
新幹線車中で、読了。

友とは日帰り温泉でも、と考えていた。
積もる話があるので、まずは全国チェーンではないサテン、ついでランチの梯子。
なんと仙台で、入手したかった雑誌ブルータスの古書店特集をゲット。
流浪堂さん、蟲文庫さんが大きく取り上げられていて、ご同慶の至り。
仙台の「火星の庭」というブックカフェも大きく取り上げられている。
友と一緒に探す。
期待を裏切らないお店。
岡村本こそないが、港の人の本が置いてあるではないか。
尋ねてみると、すでに「火星」も港の人のテリトリーだったと知る。

ふと、港川人に想いを馳せる。


7月5日(金)の記 中央フリーウエイ
日本にて


高幡不動駅からモノレール。
中央大学を目指す。
多摩丘陵の里山の破壊と開発のアンバランスが、ダイナミックに3Dで展開。
リオデジャネイロみたい。

9月にブラジルに遠足に行くゼミでライブ上映。
中央大学出身の有名人を担当教官に聞いてみる。
1テンポあって、高木ブー。
他には?と聞くと、もう1テンポあって、ジャンボ鶴田。
そんなもんですか!?とつい声を荒げる。
もう1テンポ置いて、丹波哲朗。
おう、いいじゃないですか。
ショーン・コネリーとゲイシャ・ガールズともども混浴を果たした大物。
霊界とのかけ橋にも尽力していただいた。
学内に銅像をつくるとか、大学名を霊明大学に変えるとか、霊界研究所を設立するとか、あってもよさそうだ。
ブラジルとの交流より意義深いかも。

終了後、多摩センター駅近くの居酒屋で飲ませてもらう。
まことににぎやか。
魚民さん、時間制限の飲み放題で瓶ビールやピッチャーのカクテルが来ても肝心なコップがなかなか来ないというのは、確信犯?
これからはマイコップ持参とするか。


7月6日(土)の記 横浜 学大
日本にて


横浜ジャック&ベティで8月の上映について打ち合わせ。
ついでに「女生徒一九三六」という劇映画を見る。
女性の生理を描いてほしかった。
ロマンポルノでやってみてもよかったかもしれない。

帰路、学芸大学下車。
拙著を置いてもらっている古書店2軒と喫茶平均律にご挨拶。


7月7日(日)の記 逗子海岸燃ゆ
日本にて


今日は読売新聞に書評掲載。
早朝のコンビニで確認。
作家の角田光代さんによる書評、ありがたい。

逗子駅にて9時待ち合わせ。
311前後のトラウマがよみがえってくる。
あの前後、ここに通った。
さっそくカメラをまわすが、海岸に向かう途中、想像だにしないドラマが。

海岸のブラジリアンハウス、ピリキーニョにてAPARECIDAさん主催のブラジル音楽祭。
木村さん、沢辺さんのギターで、愛川町のブラジル人姉妹が歌う、予定。
我々が一番早かった。

まあ、いろいろあった。
予期せぬほどの潮気がだいぶレンズに粘りついてくれたが、致命的なことはなかったかと。

逗子駅前でのオヤジ3人の反省飲みがよろしかった。
明後日、締めの撮影にまた厚木まで行かないと。


7月8日(月)の記 是政線に乗って
日本にて


渋谷で買い物をしてから、まずはJR武蔵境駅まで。
西武多摩川線、旧称通称是政(これまさ)線に乗り換え。
是政の由来は、付近を開拓した井田是政という武将の名に由来するとのこと。

東外大のポルトガル語・鈴木茂先生の大学院講義枠で『南回帰行/橋本梧郎と水底の滝・第一部』を上映してもらう。
一般にもオープンとしたものの、急な告知でしかも月曜の午後、場所は近世初頭の開拓地とあって期待はしていなかった。
ところが思わぬ濃い方々にご参加いただき、手応えのある質疑応答が続く。

まるでカプセル怪獣のように橋本梧郎を再生して、東外大のキャンパスを暴れ回らせた思い。
よし、8月31日の橋本梧郎先生生誕100周年記念上映会、いけるぞ!


7月9日(火)の記 薄着で厚木
日本にて


仮題『ばら ばら の ゆめ』のファイナル撮影のため、ふたたび海老名駅へ。
なんだか、いい絵がそこそこ撮れてしまった感あり。
ブラジル人少女二人にインタビューを快諾してもらう。
彼女たちのメンタルな成育度にも驚くばかり。
自称「うだつのあがらない」中年男の木村さんとのコントラスト、コンビネーションが絶妙。

思えば今回はブラジル移民の日に、東大駒場でのワーグナーのオペラ講座でカメラをまわし始めた。
そして、神奈川・厚木の小さなブラジル人学校の歌好きの姉妹とブラジル音楽好きのおじさんとの交流へと、漂流。
エミレーツ航空で見た『北のカナリアたち』が効きすぎたかも。
映画のように、殺人事件に発展しないことを望む。

さあ明日も、まるで別件の撮影、のつもり。


7月10日(水)の記 大いなる世田谷
日本にて


学生時代。
特に1、2年の頃は世田谷区遺跡調査会に属して区内各地の遺跡を掘り散らかしている。
そもそも世田谷はわが本籍地の目黒の隣、そこそこ知っているつもりでいた。

世田谷・桜丘にお住まいの画家・富山妙子さんを訪ねる。
ところどころに武蔵野が、潜在植生が、そして耕作地が残存しているではないか。
富山さんとは物理学の縁。
物理学を納めた伊東乾さん、そして水戸喜世子さんとの奇縁により、お招きいただくことになった。

記録作家の上野英信が南米に炭鉱離職者を訪ねたのは、1974年。
富山妙子さんは1961年に南米に炭鉱離職者を求めて行っていたのだ!
そして富山さんが紹介したブラジル日系社会のキーパーソンのところに、上野はサンパウロで寄宿している。
今年中にまとめ上げるつもりの『後・出ニッポン記/サンパウロ編』は、いろいろ考えて『消えた炭鉱離職者を追って・サンパウロ編』と改題するつもり。
信じられないような偶然の重なりが、僕を富山さんにつないでくれた。
ご快諾いただき、お話を録画させていただく。

明日は、こっちが出ニッポン。
帰路、渋谷で買い物、かなりの荷物となる。
西荻窪アパレシーダさんで、ご紹介したこうのまきほさんが展示を新作に変えたとのことで顔を出しに行く。
折しもショーロの練習中で、絵は遠くから拝む。
連日の撮影で疲れ切り、荷物も大変な量なので、アサイ入りグアラナだけいただいて、失礼する。


7月11日(木)の記 避暑を勧めつつ、日本を去る
日本→


日本ではこの猛暑があと、ふた月も続くのか。
その間、アスファルトとコンクリートのなかで電気をじゃんじゃん浪費しながら都市に留まっている必要があるのだろうか。
田舎に行くもよし、外国もよし。
そもそも大都市至上主義が日本列島に原子力発電所を林立させ、あげくのはてに絶対ありえないはずの事故で国土を立ち入り不能なまでに放射能で汚染してしまったではないか。

羽田空港にて11日のスタンプで出国、ドバイ行きのフライトは日付が変わってから。
出国手続きの後、消費税フリーの書籍売り場を探す。
成田に比べると、圧倒的に本の数が少ない。
たとえばマンガ類も何十巻もあるらしいシリーズの中途半端な巻からしか売られていない。
フードコーナーはごった返し、値段は高いがつくりは安っぽい。

しかたなくゲート前の椅子で待機。
フリーのWi-Fiはよくつながる。
ヨーロッパまでサッカー修行に行くらしい中高生の少年たちがどたばたと周囲を取り囲み、あわただしく駆け回るので、こっちのパソコンにぶつかってきそうで落ち着かない。
まことに大衆の国際空港。


7月12日(金)の記 ドバイで綱渡り
→アラブ首長国連邦→ブラジル


帰りのエミレーツ航空機はいずれも9割近い乗客。
ドバイでのサンパウロ行きへの接続は、2時間もない。
アメリカン航空ではこの手の接続で何度もひどい目に遭っている。

サンパウロ到着翌日にパラナ州マリンガでの上映が入っている。
ひとつ間違ったら、アウト。
主催者側から事前に大丈夫ですかと何度も念を押されたが、こちらはこれまでの体験から確率で答えるのみ。

ドバイ着は予定より早く、手荷物チェックのみで入出国の手続きもなく、ひと安心。
とにもかくにもブラジル、サンパウロに無事到着。
道中、本の読める照明のあるところでは富山妙子さん著の『アジアを抱く 画家人生 記憶と夢』(岩波書店)を開く。
僕にとっては必読書だ。


7月13日(土)の記 マリンガへ綱渡り
ブラジルにて


サンパウロでの在外選挙、今日が最終日。
東洋人街にある援護協会で、午前9時30分から。
多少の無理をしてでも、この権利行使せでおくべきかは。

相変わらずスタッフの数は物々しい。
これまでは顔見知りが何人もアルバイトで参加していたが、今年は一人も見舞い。
はて。

さっそくふたたびグアルーリョス空港に向かうが、タクシー乗り場を三つ回っても一台もない。
ようやく流しを捕まえて、シャトルバス乗り場へ。
予定のバスを逃す。
これで交通渋滞があったらアウトだった。

パラナ州マリンガへ飛ぶ。
緑の地表と回廊林の発達に目を見張る。
日系リーダー養成講座での上映と、ポルトガル語でのお話。
おとなしいとの触れ込みだったが、そこそこの質疑応答もあり。
広大な日本公園を案内いただき、面白いエピソードもいろいろうかがう。

さあこの日の夜行バスでふたたびサンパウロへ。
いやはや事故がなくてなにより。


7月14日(日)の記 づけづけと
ブラジルにて


朝7時過ぎ、バハフンダのバスターミナルに到着。
朝のラッシュにあわず、日曜でよかった。

帰宅後、路上市に魚の買い出し。
2キロ弱のカツオを勧められ、購入。
マグロのぶつ切りも買う。

こっちのマグロはちょっと臭みがある感じ。
両方ともヅケにすることに。
カツオはタマネギを合わせ、マグロにはネギを…
あるはずのネギが見つからず、ポロネギにトライ。

日本は鹿児島から担いできた甘口の醤油が絶妙に合う。
米櫃にあるのは長粒種のブラジル産日本米だが、寿司飯にしてヅケ丼をおいしくいただく。


7月15日(月)の記 広島という鏡
ブラジルにて


今日は、ぐてぐてとさせてもらう。
日本以来の疲れと時差が、まだそのまま。

厚木のブラジル人学校の取材の際、近くの街道べりの本屋で中古のDVDを2枚買った。
ひとつは吉田喜重監督の『鏡の女たち』。
故・田中好子さんが、広島で体内被爆したかもしれない記憶喪失の女性を演じている。
広島市がロケに協力して、地元のマスコミにもかなり取り上げられていたようだ。
テレビドキュメンタリーの女性プロデューサーというようなのも登場するが、なんだかそれぞれ、僕にとってはリアリティが乏しい感じ。
西暦2002年の製作で、「現在」の話として語られているが、田中好子さんは1956年の生まれである。
設定の人物より10年あとの生まれであり、しかも特に老け役のメイキャップをしているようにも思えない。
広島で被爆した米兵のエピソードも語られるが、僕がブラジル被爆者平和協会の森田隆さんに聞いたり、ネットで調べたりした実話とは、まるで様相が異なっている。
メイキングの映像で、監督が自分にこの映画を作る権利があるのだろうかといった話をしているが、同じ思いを抱く。

広島の人、被爆者の方々はこの映画をどうご覧になったのだろうか。
ネットで調べてみるが、このあたりはわからない。
それにしても田中好子さん、『黒い雨』といい、広島と被爆がらみの女性を二度も演じることになるとは。

といった調子で、立て続けに日本の原爆がらみの映画をDVDで鑑賞する。


7月16日(火)の記 亜熱帯・冬の読書
ブラジルにて


映像編集作業がたまり、追われている。
が、我が家の諸々のスケジュールを考慮して、格納してあるビデオ編集機を取り出して組み立てるのは、明日にすることに。

富山妙子さんの『アジアを抱く 画家人生 夢の記憶』を深い感銘とともに読了、つづいて読みかけの大江健三郎『ヒロシマ・ノート』を読み進める。
自分が本を出したことと関係しているのかどうか、ここのところ、いい本との出会いが多く、読書が自分の血肉となることを今更ながら感ず。

ネットを切って、本を開こう、と自分に言い聞かす。


7月17日(水)の記 切符を買いに
ブラジルにて


日本からブラジルに来る友人が、ブラジルの長距離バスのチケットをオンラインで買えないで困っている。
こちらから電話での購入にトライ。
しかし乗客の身分証明証の番号が必要で、日本発行のクレジットカードを受け付けないとのこと。
チエテバスターミナルまで繰り出して買ってくる。

さあふたたびビデオ編集機を組み立てる。
『後・出ニッポン記/序章』というタイトルでまとめていたものを『消えた炭鉱離職者を追って・序章』と改題、少し字幕を足したり、いじったり。
さっそく急に割り込んできた最新作『ばら ばら の ゆめ』の素材チェックも開始。
さてさて、どこまでいけるやら。


7月18日(木)の記 空港雑景
ブラジルにて


かつてブラジル暮らしをしていた友人がやってくる。
サンパウロからの入国は初めてとのことで、メールから恐怖感が伝わってくる。

ビデオ編集を中断して、格安バス路線で迎えに行くことに。
自動車では空港帰りにニセ警官グループに襲撃されたキャリアがあるし、最近、また空港着の日本人を追跡する強盗団が出てきたようだし。
長い道中は、読書ができるというもの。

おそらく15年ぶりぐらいの、こちらの日本人の知人に声をかけられる。
若い韓国人の集団が続々と到着。
そうか、来週からのリオでのローマ法王と世界の若者グループの集会に来ているのだな。
他にも英語圏のカトリックのグループなど。

入国審査の列に往生したという友と、ダウンタウンのホテルへ。
近くの飯屋でまずは乾杯。
夜も更けぬ。


7月19日(金)の記 冬の日本祭り
ブラジルにて


午前中に昨夕、ブラジルに到着した友人とリベルダーデ駅で待ち合わせ。
まずはチェンマネ。

今日から開催の第16回日本祭りにお連れすることに。
すでにサンパウロ市の毎年恒例となった巨大イベント。
今日から三日間。
土日の日中は、大混雑で歩くのも容易ではないのが常。

今回はブースの数は例年より多いような気がするが、客足は例年の金曜より少ない感じ。
アマゾンから来た知人と再会、近況を交わす。
先月の大阪の上映会に来てくれた人ともバッタリ。
ブラジル産野沢菜を買おうとして、言葉も交わしたくないような「名士」が至近距離にいるのに気づき、「敬遠」。

昨日と打って変わって、ぐっと冷え込んできたぞ。


7月20日(土)の記 冬の農場ゆ
ブラジルにて


友人をサンパウロ郊外の有機農場に案内。
農場にブラジル南部から研修に来ていた農学士の話が面白い。

ヒトは食べることによって生きながらえている。
なにを食べるか、それはだれがどのように生産しているのか等々、大切にせねば。


7月21日(日)の記 路頭の迷い方
ブラジルにて


ブラジルのマスコミは、明日からのローマ法王の訪問でにぎわう。
こっちは友を連れて、片道約600キロ、アンチバチカンで解放の神学シンパのカトリック司祭を訪ねることに。
車を走らせて1時間余り。
街道の軍事警察の検問に引っかかる。

自動車の最新の証明書がないではないかとのお咎め。
今年の車の諸税を払っている証明書がありますよと提示するが、交通局の証明がなければダメ、車は差押えとのこと。

こっちの交通局は前の車が盗難に遭い、諸手続きを済ませて、トラウマを忘れた頃に、盗難車が起こしたスピード違反の罰金を平気で被害者に送ってきている。
その調子だから最新の証明書もズボラで送ってこないのかと思っていたのだが。

まさしく友とともに路頭に迷う。
都合のついた義弟に車で救出に来てもらう。
いずれにしろ日曜で、今日はどうしようもない。
聖市(サンパウロ市)に引き返す。
打開策をネットで調べるが、らちが明かない。
悶々。


7月22日(月)の記 ブラジルの穽(おとしあな)
ブラジルにて


「おとしあな」という単漢字があるんだね。
朝イチで、家人にも手伝ってもらって軍事警察に拿捕された自家用車の取り戻しにかかる。
午前の部は、ちょうど休暇時期で交通も人出も少なく、思ったよりスムースに。
午後はまず身内から段取りを混乱させられ、気が気ではない。

思えばちょうど3年前、日本からの帰路、ブラジルの外国人登録証を紛失してしまい、なかなか大変であった。
3年に一度くらい、こうした落とし穴にハマるのかも。

午後の部のことはまだあまり再現したくないが、一般ブラジル人たちは交通事情でもっとひどい落とし穴に引っかかっていることを教えてもらう。
これでワールドカップにオリンピックにローマ法王かよ、とブラジル人たちと共に嘆く。


7月23日(火)の記 冬のもてなし
ブラジルにて


朝から、友に家に来ていただく。
事情により、我が家はWi-Fiが使えるようになった。
この友は、これさえ使えれば一日中でもPC作業が苦にならないようだ。
近くでの生鮮品の買い出しや、ミュージアムの特別展に誘ってみても、乗ってこない。
お茶は、日本・中国雲南・ブラジルのものを提供。
外食の時間も惜しいかなとオヤジの手料理で。
昼はヒジキと鶏肉の五目オコワ、カマスの生姜煮、沖縄豆腐のヤッコ、冷蔵庫有り合わせの味噌汁などと漬物数品。
本当においしそうに食べてくれる。
夜こそは外食とも思うが、けっこう冷え込んでいる。
ネギトロ、大根皮のキンピラなど用意して、軽く一杯をすすめてみる。
季節の地の果物・ジャボチカバのカイピリーニャ。
友は絶賛。
これに合うツマミを、とプロヴォローネチーズにオレガノ豆腐。
オレガノ豆腐は僕は嫌いではないが、彼は一つ以上進んでいなかったので、何でもかんでもおいしいという訳ではないのが判明。

せっかくなので近くの地ビール屋で三地方を制覇。
こっちもすっかり出来上がり、寒空のもと深夜、リオへの夜行バスに乗る友をメトロの駅まで送る。


7月24日(水)の記 厳寒のヘサッカ
ブラジルにて


うい~こりゃめちゃくちゃ冷えとるぞ。
二日酔い。
友での家飲みと二人で地ビール3本ぐらいでこんなにきくとは。
昨晩、彼がメトロを乗り過ごしてなければいいが。
と、無事リオ到着のメールあり。

テレビをつけると、近年まれに見る冷え込みの由。
ニュースはまずはローマ法王のブラジル訪問、ついでこの冷え込み。
ブラジル南部各地での降雪、降霜、凍える路上生活者へのインタビューなど。

毛布にくるまりながら『ばら ばら の ゆめ』プレビュー作業。
あんましはかどらず。
けっきょく今日は階下に新聞を取りにいったぐらいで、野外には出ずじまいだったな。


7月25日(木)の記 類と呼ばないで
ブラジルにて


他人を検索サイトぐらいに扱ってくる人がいるから困る。
先方をよく知らないし、知りたくもない。
先方もこちらの基本情報も調べてもいないことは、文面からよくわかる。

先回はいきなり在ブラジルの人の評判を尋ねてきた。
以前、この手のことでハメられて往生した体験あり。
この時は一蹴、もうこれでご縁はないかと常識的に考えていた。

ところが今度はさらにバージョンアップ。
ブラジルでの違法行為を展開するための適当な場所と人の紹介を頼んできた。
僕が作品で紹介している人も巻き込もうとしているので、これは責任上、手を打たざるを得ない。
警戒警報をお伝えしておく。


7月26日(金)の記 旅立ぬ
日本にて


昨夕、リオ滞在中の日本人の友との電話中に停電。
ちょうど携帯ラジオは2台とも電池不足。
外を見やると、信号も停電。
ひたすら回復を待つ。

ローマ法王の訪問に伴なう混乱で、リオの友は予定を変更することに。
さる日曜に軍事警察のお咎めで中止となった旅のリベンジを図ろうということになり、段取りをいそいそと。
今朝にも出発、を明朝に繰り下げ。
さあトラウマ克服なるか。
訪問地の霜害が心配。


7月27日(土)の記 トラウマ超えて、霜焼けの大地へ
ブラジルにて


リオから夜行バスで戻ってきた友とふたたび合流。
早朝6時台にサンパウロから発車。
まずはあの、カステロ・ブランコ街道の軍事警察の検問を超えられるか。
やった、今日はノーチェック!
その後の遅い朝のカフェが美味しい。

牧野、ユーカリ林、トウモロコシ畑…
パラナ州に入り、小さな町でガソリン補給。
ポスト付属の街道の飯屋で昼食に。
安くてうまい。
どれがどうというわけではないが、どれもうまい。

国道を逸れると、畑地には遺伝子組み換えの表示が続く。
沈黙の大地。
休暇中のアモレイラの保育園で、シスターたちにご挨拶。
次いで、パウロ・フレイレ農地解放区に土地なし農民時代からのアミーゴの農地を訪ねる。
霜でコーヒーなどの作物が焼けるというのを、手に取って知る。
彼のところは、致命的ではないと言うが。

夕刻にフマニタス到着。
佐々木神父と乾杯。
秘蔵のカシャッサの封を開けてしまった。


7月28日(日)の記 滝を聴いてた午後
ブラジルにて


午前中はアルコール・薬物厚生施設で佐々木神父がたてるミサに参加させてもらう。
今回の説教もすばらしかった。
まさしく名僧の珠玉の芸。
こういうのに身近に接しているから、僕はプロの宗教者の手抜きの説教・法話には怒りを覚えるのだ。

午後、佐々木神父とシスターたちは近くの町にミサをたてに。
さすがにこれは遠慮させていただき、印鑰さんを連れて守護聖人のお祭りで賑わうという隣町のサポペマへ行ってみる。
土地なし農民や、農学校の取材でさんざん通った道。

教会の扉は閉められ、教会の広場で家畜のセリが行われている。
海賊版DVD・ゲームやアクセサリーの出店が立つ。
運転の身でアルコールを飲むわけにもいかず。

近くの「蘭の滝」に行くことにする。
観光スポットなのだが、閑散。
滝といっても滝の上流部で滝そのものは見えず、岩場で早瀬となった幅数10メートルの川を拝むのみ。
一頭の犬が異常になついてくる。
こっちを自殺願望者と見たのだろうか。


7月29日(月)の記 帰聖そして訃報
ブラジルにて


朝、カフェのあとでフマニタスのプロポリス工房を見学させてもらう。
少し来ない間に、いろいろと変化あり。

さあサンパウロに向かってひたすら走る。
この道を、何回往復したことだろう。

帰宅後、二日半ぶりにネットにつながる。
伊豆大島観音堂お掃除隊のメンバーから、佐藤彰純さんの訃報が届いている。
先回の訪日時、知人からだいぶ回復されたと聞いていたのだが。
親戚がアマゾンにわたり、ご自身も現地を訪問して東京都の移住家族会の会長を長年、務められた人。
若者たちの伊豆大島富士見観音堂の清掃合宿を陰に日向に支え続けてくれた。
実践と行動を伴なう博識の方で、その嫌味のないノーブルな立ち居振る舞いから「殿」と呼ばせていただいていた。

佐藤さん、ありがとうございました。
移民ばかりが供養される存在ではない、移民を送り出した側も供養しましょうと学ぶ。
ついでに、フェイスブックやツイッターであんましこちらにはどうでもいいことを陸続と送信して来られる方が多いと、こういう時に肝心なメッセージを逃してしまうので、恐縮ながら少し整理させていただかないと。


7月30日(火)の記 失われた失われた世界
ブラジルにて


久しぶりの長距離運転の疲れが抜けない。
そうも言っておれず、早朝から子供の件でまた運転。
帰ってくると、ぐったりげんなり。
追い込まれてはいるが、すぐに『ばら ばら』の世界には戻れそうもない。

そうこうしているうちに、ネットに異常をきたす。
午前中いっぱい、プロバイダと電話会社に電話。
それでも無線はNG。

先日、買ってきた英題『THE LOST WORLD/RETURN TO THE LOST WORLD』のDVDを見ることに。
音声は英語とポルトガル語があると表示されているが、ポルトガル語の吹き替えしかない。
さすがブラジル。
作品の出来も、午後や夜中のテレビで流れているレベル。
あのコナン・ドイルの古典の設定をアフリカに変えているだけで、見事に何の意外性もない。

調べてみると、邦題は『ロスト・ワールド2/続・失われた世界』、さすがに日本では劇場公開されず、ソフトだけが出回ったようだ。
ああ、いい怪獣モノが見たいねえ。
ブラジルでも間もなく公開の、なんとかリムはどうだろう?


7月31日(水)の記 ブラジルのドナドナ
ブラジルにて


日本全国で画一的に思えるコンビニの、地方差というのもけっこう面白い。
ブラジルの街道の休息所の売店のグッズというのも、なかなかB級の面白さがある。
もらっても迷惑そうな手工芸品とか。
けっこう、あちこちで目につくのが、エスピリット・サント州製の土鍋。
こうした売店の菓子類はサンパウロのスーパーの倍近い値段だったりするが、この土鍋は申し訳ないほど安い。
これまで僕が炊飯に使っていたものは、家族が割ってしまった。
バス旅の際に担いでくるのは難儀なので、パラナからの帰路に買っておいた。

今晩、新土鍋をデビューさせることに。
最初の使用の際は蓋も含めて油を塗って20分ほど空焚きをして、冷ましてから使うように、とある。
実行。
タコ焼き用のタコの残りと、冷凍庫で発掘したエビでパエリャとする。
ふむ、悪くないぞ。

この土鍋、日本でも自然の放射能値の高さで311以降、何度も取り上げられていたエスピリット・サント州のグアラパリの産なのだが、どれぐらいのラジエーションがあるのだろう?


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