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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2013年の日記  (最終更新日 : 2014/01/02)
11月の日記 総集編 台湾避難行

11月の日記 総集編 台湾避難行 (2013/11/08) 11月1日(金)の記 酒蔵のある街なみ
日本にて


早急に送り出す物どもを、深夜のコンビニまで担いでいって発送。
目黒駅までタクシーを奮発とも考えたが、そもそも未明の中町通りは空車の気配もない。
求道者のやうに、節約して自らに苦行を課す。
重き荷を引きて目黒駅まで半時間ありく。

品川から新幹線を乗り継ぎ、さらに在来線で広島県の西条へ。
山陽本線の車窓から見る祖国日本は、アベノミクスや新東京オリンピックとは無縁にくたびれている感。

明日から福岡なので、広島まで鉄路にて歩を進めて、お世話になっている友のお宅に草鞋を脱ぐことにした。
ようやく懸念だった西条の酒蔵街の試飲をかなえる。
そもそも水がおいしいではないか。
酒と麹だけで、色といい味わいといいロゼ・ワインができてしまうことも驚いた。


11月2日(土)の記 山口・福岡の長い一日
日本にて


西条を暁に発つ。
まずは山口で途中下車。
伊豆大島の富士見観音堂の件。

次いで本来の目的の博多へ。
上映会場のリブラボを探すのに付近をぐるぐる。
ビルの2階であり、まだ看板もないオープンしたばかりのスペースだった。
長崎からの犬養光博牧師ご夫妻、故・上野英信のご子息、上野朱さんらにお集まりいただき『消えた炭鉱離職者を追って・サンパウロ編』の試写。
犬養先生より、この作品に収められた自分に負けんよう頑張る、とおっしゃっていただき、心地よい疲労感。

それに酔う間もなく、16時より今日のメインの『郷愁は夢のなかで』の上映と小説家の小野正嗣さんとの対談。
小野さんとは今日は初対面、かと思いきや、西荻窪APARECIDAでの上映に来てくれて質問もかましてくれたと言うではないか。
いずれにしても、あの著書群の作者というイメージからほど遠い気さくさ。
トークはいくらでもネタが尽きない。

夜は博多のメフィストテレスの世界へ。

11月2日、カトリックの「死者の日」。
移民たちは「お盆」と呼び、ブラジル人たちに交じって墓所で亡き人たちを偲ぶ。


11月3日(日)の記 ある小倉日記伝
日本にて


深夜に血中アルコール度の高い状態でたどり着いたので、まさしく勝手のわからない民家の2階のB&Bで目覚める。
小野正嗣さんと同室。
こちらは時差ボケもあり、覚醒は早い。
トイレのある部屋には客人らしい男性がいらっしゃり、階下への階段があるらしい方向の部屋には、女性客がいると女主人に言われた覚えがある。
とりあえず寝床で息をひそめ続ける。

小野さんの疲労具合がよくわかる。
ようやく起きられてから会話が始まると、お互いもう止まらない。
9時前に女主人に声掛けしていただき、階下の朝食へ。
すでに4人が会食中。
ひとりの女性は、昨夕の上映に来てくれたというではないか。
向いの男性は、テレビディレクターときた。
みなさんブックオカ関係でいらしていたのだ。

そもそも雨。
ひと箱古本市に出店する予定だった西日本新聞社の内門さんより、市が雨天中止のため、美術館でもご案内しましょうかとのメッセージ。
この内門さん、そして明日は再会できそうな静岡の石田さん、まことに相手の痒いところに気の届くナイスパーソン。
ウチオカオノの三悪人で福岡隠し砦に財宝を探す。

夕方からの小倉行きが遅れてしまった。
そもそもネットにきちんとアクセスできていない。
電話で道順を聞くと、タンガ市場?に向かうようにとのこと。
状態の悪い電波でその字を聞いてもらちが明かず。
旦過市場か。

会場はハイセンスな新装まもないマンションの一室。
こちらもイベントが重なるなか、ほどよい人数が集まってくれた。
こっちは昨日も一昨日も見ているが『消えた炭鉱離職者を追って・サンパウロ編』の初公開。
昨日までの感触から「『少年ジャンプ』系しか読まない人には退屈極まりないでしょうが、『岩波新書』を読む習慣のある人にはそこそこ興味を持っていただけると思います」と最初にクギを打ち込んでおく。
この釘、いいツボにあたったよう。

懇親会の無国籍居酒屋が面白く、メンバーもよろしく盛り上がり。
あなかしこ。


11月4日(月)の記 夢の途中・アトサキ7
日本にて


昨晩は無国籍料理居酒屋で盛り上がった後、小倉のメフィストに異空間をご案内いただいて…
ヨンノニのゲストハウスで目覚める。
確かどなたかが徹夜作業をしているため、息をひそめるようにというお達しがスタッフに出ていたかと。

そっと退室して、ロックの問題もあるので外からピンポン。
アテンドしてくれた女性と思わぬ共通ネタで盛り上がる。
さて日本に住民票のない旧世代の在外渡世人の連絡生命線は、インターネット。
近くのモスバーガーの店員に聞くとWi-Fiが使えると言うが、日本の通信会社と契約していないと使えないではないか。

小倉から新幹線乗継ぎで、静岡を目指す。
今日からの上映の主催者・藤本さんの携帯に電話をするが、山陽新幹線はトンネルが多く、ぶちぶちと回線が途絶える。
車内電光掲示板ででも、この先何分間はトンネル、といった情報を流してもらいたいもの。

連休最終日・大道芸大会最終日の静岡。
なかなかとらえどころのない街。
荷物を引きずって、上映会場のアトサキ7へ。

七間町という、かつては映画館が軒を連ねたという一角の空き地に設置されたトレーラーハウスのアート空間。
スタッフがとても感じがよい。
来年はじめにこの敷地に水道局の建物ができるまでの、つかの間の空間、というのが胸キュン。

在鎌倉の藤本ご夫妻が、上映機材からスクリーンまで担いで駿府までやってきてくれた。
在駿のシンパ・石田さんは集客にたいへんな尽力をしてくれた。
サンパウロ新聞浜松支局の山崎さんは、浜松から来てくれた。
なんともぜいたくな橋本梧郎先生生誕100周年記念奉納上映。

心を澄まして、かつての映画館の観客たちの歓声を聴いた。
なんだか『シャイニング』。

興行として始まった映画を、祈りとして始まった洞窟絵画の初源に立ち返らせる試みである。
上映後の静岡オデンが五臓六感に沁み渡る。


11月5日(火)の記 静岡珍道中
日本にて


今回の静岡上映を実現してくれた「鎌倉で映画と共に歩む会」の藤本美津子さんは、かなりユニークな行動をされる。
直情型というか。
立ち読みした雑誌で、静岡で廃校の廃材を使って額縁をつくる人がいるとの記事を読まれた。
折しも岡村製作の橋本梧郎先生シリーズを静岡で上映したいと願っていたが、あてもつてもない。
まずは雑誌にあったわずかな情報から額縁を売っている店を探すべく、静岡市内の廃校利用の文化スペースを訪ねて手がかりの喫茶店の場所を教えてもらい、そこを探しているうちに今回の上映会場となったアトサキ7にぶつかった、という。

けっきょく件の額縁を売っているのは静岡市ではなく、藤枝であるらしいとわかった。
いくつかのキーワードから僕がネット検索して、つきとめる。
今日は休日明けで近隣のミュージアムは壊滅状態。
藤本ご夫妻と藤枝を目指す。

さて、おかげさまで上映の方は今日も昨日とはまた違ったメンバーでしめやかに執り行う。
僕にとっての宗教的な儀式。
映像祭司。
石田さん、今日もありがとう。

額縁と上映機材を抱えた藤本夫妻と、上り最終のひかりで駿府に暇乞い。


11月6日(水)の記 さくらんぼと縄文
日本にて


最終のひかりで品川着、深夜に目黒駅から荷物を引きずって歩いて実家に戻る。
装備を変えて、ネット作業、つかの間横たわって未明に発つ。
また目黒駅まで荷物を引きずる。
始発の山形新幹線に間に合う。
過激なスケジュール、とにかく車中で休む。

山形寒河江で一族の問題にあたる。
いくつかの縁あって、スケジュールの合間にさくらんぼ共生園という施設を訪問した。
ここに入園している人たちのアート作品、とくに陶芸には心底驚いた。
すごい。

10代後半で、縄文土器と縄文土偶の迫力に打たれて以来の衝撃かも。
園長の木村さんは伊豆大島にいらしたということで、共通の知人も出てくる。
大島に7年間勤務して、お連れ合いが大島の人であるという木村園長も、リス村の先の富士見観音堂をご存じなかった。

今晩、東京の知人の講演に参加したかったが、お家の事情がややこしいので寒河江泊とした。
いつもと違う温泉宿にしてみるが、まことにこの温泉は僕の身心に合う。
部屋ではネットが通じず、丑三つ時の冷え込む無人のロビーで溜まり溜まったメール作業を続ける。
合い間に入湯。


11月7日(木)の記 ハッピーバースディはハッピーアイランドで
日本にて


昨日ぐらいから次々と誕生祝いのメッセージが入ってくる。
今年はほとんどがfacebookからだが、いまだに少数ながらmixi党もおられる。

山形寒河江で朝イチで所用を済ませ、左沢線に乗る。
山形新幹線で郡山へ。
接続時間で昼食。
磐越東線で、いわきへ向かう。
里山から奥山へ、ひと気もない。
気分はタルコフスキーの『ストーカー』。
海の気配を感じると、巨大都市いわきが出現。

今晩の上映を主宰してくださる田仲さんが市内を案内してくださる。
まずはブラジルで知り合った、いわき出身の先生のご実家に寄ってご挨拶。
車中、田仲さんと炭鉱の話で盛り上がる。
常磐炭鉱の跡地で、ひとりで手づくり資料館をつくった人がいるという。
すでに暗くなっっているが、ご案内いただく。
みろく沢炭砿資料館。
これはすごい。
突然の訪問にもかかわらず、館主の渡辺さんが案内を快諾してくださった。
ぶしつけながら、オバケ話はあるか聞いてみる。
少し間をおいて、すぐ裏のヤマで生じた100名以上の犠牲者を出した事故と、その後の「しらせ」についてのお話をしてくださる。
涙腺が緩む。
声なき人たちの声を聴く。

田仲さんのご母堂が経営するTNRレジデンスで『リオ フクシマ』上映。
意識の高い方々にお集まりいただき、こちらも学ぶこと多し。
おかげさまで、いい寄り合いができた。


11月8日(金)の記 神立 アンゴラ
日本にて


早朝、いわきを発つ。
聖地水戸で鈍行電車を乗り継いで、茨城県の神立(かんだつ)駅下車。
伊豆大島で被害のあった神達と、語源は同じなのだろう。

僕が櫻田学校と呼ぶ、南米系の児童の学童保育を行なうK&Sの櫻田博校長と再会。
櫻田さんに最新作『ばら ばら の ゆめ』を試写していただくのが目的。
南米系児童の教育に長年かかわってきた櫻田さんならではの興味深いコメントをいただく。
昼食は近くのブラジル系食堂Ponto de Escapeへ。

目黒駅から歩いて帰宅。
誕生祝いのメッセージ群への返しだけでもひと作業。
明日の上映会場へのあいさつ、夜のお誘いなども入るが、キャンせルさせてもらおう。
「旅の重さ」から横になる。


11月9日(土)の記 エロス+蛞蝓
日本にて


伊豆大島の事故の直前に都区内に移っていた佐々木美智子さんをお誘いして、森一浩さんの『あんぐりぃあかちゃん』原画展へ。
地下鉄広尾駅下車、南麻布のギャラリー華。
都心に伊豆大島観音堂クラスのスペースがあることに驚く。
森さんの作品も一段と引き立っている。
11月30日まで。

佐々木さんを学芸大学の2軒の古書店にご案内する。
サンパウロで沢木耕太郎文庫を運営していただけあって、ほんとに本がお好きなもと少女。
学芸大学『平均律』岡村淳お楽しみ上映会第3弾。
『夏草のミッション』『ナメクジの空中サーカス』『ブラジルの心霊画家』という組み合わせとなった。
チベット文化を志向する女性から、なめくじにエロスを感じたというコメントをいただく。
たしかに虚空を舞い降りるなめくじは妖艶である。


11月10日(日)の記 ばら ばら につどうとき
日本にて


今日は最新作『ばら ばら の ゆめ』を主なロケ地である神奈川・厚木のブラジル学校でお披露目試写。
知り合ったばかりの小説家・小野正嗣さんも参加してくれることになった。
主役の木村浩介さんと海老名駅で待ち合わせ。

学校との間に今日の段取りでいくつか誤解があったようだ。
とにかくこれを済まさないと、僕は前にすすめない。
すでにこの学校をやめている主人公の姉妹と両親が来てくれるかどうか。

全員で、友だちらも連れてきてくれた。
緊張の試写。
ブーイングもなく、温かく、熱く見てもらえたようだ。
自分たちの歌のシーンで、一緒に歌う姉妹。

姉妹は僕への御礼としてまた歌を歌ってくれて、ギターを担いできた木村さんが伴奏。
ひたすら落ち込み気味だった木村さんも、蘇生。

『消えた炭鉱離職者を追って・サンパウロ編』と『ばら ばら の ゆめ』の2作の最新作を両方とも鑑賞したのは、この世で僕をのぞいて小野正嗣さんのみ。
あなかしこ。

一家と共に回転ずしへ。
その後、木村さんと二人で杯を交わす。
大成功。
木村さんも僕も、逃げなかった。


11月11日(月)の記 忘れられない野外上映会
日本にて


恥ずかしながら経済的にひっ迫。
そのため今後の製作も訪日も追い込まれているため、日銭を稼がせていただけるのはありがたい。
東京外語大学で2コマ、上映とトーク、質疑応答をさせていただく。
『660年目の東京物語』を上映するつもりだったが、急きょ『京 サンパウロ トミエ・オオタケ八十路の華』に切り替えさせていただく。
トミエ先生が、色名をポルトガル語で言っていることなど、興味深い指摘をいただく。
昼はほかほか日和だったが…

夜の部は日本三大ドヤ街のひとつ・寿町で野外上映会。
これは持ち出し覚悟の活動。
浮気もしないが、上着もないまま…
極寒強風。
お燗したカップ酒のありがたいこと。
この過酷な状況でスクリーン、プロジェクター、スピーカー等を設置した主催の寿オルタナティブ・ネットワークの手腕は見事。

大アマゾンもの3作品を予定していたが、強風でDVDが飛ばされ、一枚紛失。
それでもまた見たい、という皆さんのご要望に応えて東外大で見合わせた『60年目』をオルタナティブ上映。
大アマゾン上映中、突然現れたおじさんに、こんなつまらないものやりやがって、やめろ!インターネットに書くぞ!とどやしつけられる。
ほかにこれだけの人たちが見てくれているのに、やめろとはなによ!?
と応じる。
主催の河本さんにこの人はいつもこうだから、となだめられる。
インターネットに書いてもらいましょか。

この上映を思えば、とりあえずもう怖いものはないかも。


11月12日(火)の記 早稲田再発見
日本にて


SONYより製造停止・部品のストックもなしということで修理不能を言い渡された愛機・VX2000をピックアップに行く。
大量消費・大量廃棄を促進するばかりのあり方にどう拮抗すべきか。

その足で、早稲田へ。
「フリーゾーン2000」時代の仲間で今は早稲田で教鞭をとる高橋恭子さんの授業に招いていただいた。
政治経済学部の「映像ジャーナリズム論」という講義で、500人教室に300人ほどが受講。
日本の原発禍と重なることの多い「アマゾンの水銀汚染」系の拙作を上映しようと考えていた。
感ずることあって『ササキ農学校の一日』の上映に切り替えてみる。
壇上から大教室を見渡すと、例によって前方に人はおらず、眠っている学生、なにか別の作業をしている学生ばかりが目につく。
ところが、意外や意外。
実にシャープな質問があるではないか。
高橋さんは出席カードにそれぞれコメントを書かせたのだが、これには感激。
もはやこれまで、と思っていたわが身を多くの若者たちが励ましてくれた。
ありがとう。
以外だったのは、子豚の去勢シーンがかなりのショックだったらしいこと。
こっちは、虚勢か。


11月13日(水)の記 房総のチベットロケ
日本にて


「フリーゾーン」コネクションが奇しくも続く。
内房線五井駅へ。
山川建夫さんが軽自動車で向かえに来てくれる。
山川さんはかつて「フリーゾーン2000」でナレーションやアンカーを担当してくれた人。

フジテレビのアナウンサーを辞めて、家族を連れて全国を自動車で放浪した山川さんは、26年前に小湊鉄道沿線の「房総のチベット」と呼ばれる地に居を構えた。
見よう見まねで水田耕作を始める。
自他ともに日本でいちばん美味しいコメを生産するようになった。
しかし福島原発事故で、房総の聖地はミニホットスポットに。
山川さんは自ら生産した作物をいただいて、体調を崩してしまった。
意を決して年内にも新たな約束の地を求めて列島を回るという。
そして放浪をしながら自選の詩の朗読をしていきたい、と。

住み慣れた房総の聖地でその詩を読んでみませんか。
それを僕でよろしければ撮影して、編集して謹呈しましょう。
山川さんはぜひに、とおっしゃってくれて、今日の聖地訪問となった。
秋晴れの市原市柿木台。
なにを撮っても画になる地。
山川さんはまず詩の前に自分と今を語りたい、と。
どうぞ、思う存分に。

山川さんのメッセージは、預言者のそれだ。
撮影は超長まわし、一期一会を基本としてみた。
僕自身、撮影に追われてよく咀嚼できていない。
山川さんの手料理をいただきながら、さらに諸々のお話をうかがうが、興味は尽きず、思わぬ意外な共通人物まで浮かび上がってくる。
機材トラブル、僕のまちがいが気にかかる。

「詩篇」はまた来週にでも、ということに。


11月14日(木)の記 ナメクジを肴に
日本にて


さあ今晩から旅と上映がタイトに続く。
残務雑務も滞りがち。

夕方より赤坂でジャーナリストの足立則夫さんと会食。
足立さんは昨年、岩波書店から『ナメクジの言い分』という快著を出された方。
http://www.nikkei.com/news/print-article/?R_FLG=0&bf=0&ng=DGXNASFK1102N_R11C12A2000000&uah=DF040420127058
「ナメコロジー研究会」を創設された足立さんも、30年前に放送された拙作『ナメクジの空中サーカス 廃屋に潜む大群』をご存じなかった。
これまた不思議な縁で足立さんとつながることができて、この9月に拙作を試写いただいた。
今回、またお声をかけていただく。
足立さんご自身の歩み、ご尊父の話など興味が尽きない。

今回、日本に向かう機中で偶然知ったブラジルのナメクジねたの逸品で返礼しないと。
鍛冶橋から夜行バス。
待機中に近くのマクドナルドに入り、なんとハッピーセットでウルトラマンのフィギュアがゲットできるのを知る。
ナメクジは福を招く。


11月15日(金)の記 火焔とそなえ
日本にて


いつになく空席の目立つ夜行バス。
運転手はおそらく中国人、交代乗務員なし。
長岡駅には予定通り午前4時15分着。
駅前をひと通り回ってみるが、チェーンの居酒屋しか開いていない。
JR構内の待合室を狙うが、吹きさらしに背もたれもない腰掛けがいくつか置いてあるだけ。
嗚呼、家を持たないナメクジの悲哀。

午前6時、待望のマクドナルド開店。
ウルトラマンフィギュアも、もうひとつゲットできる。
持参したミニコミなど、久々にこうしたものに目を通す。
馬高縄文館方面行きのバス、そして開館時間を待つ。

氷雨がぱらつく。
あの火焔型土器を一挙に集めた馬高縄文館。
第一印象は、僕には火炎にみえない。
老人の団体がやってきて、スタッフが解説。
それにくっついて、質問もさせてもらう。
火炎と呼ばれていた突起部は、僕には獣に見える。

縄文の火炎から、柏崎原発の呪いの炎・呪炎を照射する話でも夜に、と思っていたが、取りやめ。
いやはや現物を見てみないとわからない。

小千谷から今日の上映に尽力してくれた渡辺満さんがピックアップに来てくれる。
ブラジルの環境局に何年も務めたという異能の人だ。
渡辺さんにはいろいろうかがいたいことがあった。
現在、渡辺さんは地元の小千谷新聞社に勤めている。
午後の勤務の間、僕は道の駅付属の温泉施設で待機させてもらう。
山形寒河江温泉が今回訪日中の最初で最後の温泉と思っていただけに、これはありがたい。
他であまり体験した覚えのないぬめりのある湯。
延々と石段を登っていく露天風呂も一興。
ああリフレッシュ。

上映会場の小千谷市民学習センター「楽習館」の2階には「おぢや震災ミュージアム・そなえ館」がある。
西暦2009年に発生した震度7の直下型地震の顛末を伝えてくれる。
この中越大震災の経験が東日本大震災後の随所に活かされていることを知る。

夜の上映は、すばらしいの一言。
柏崎刈羽原発から22キロ、そして震度7の直下型地震を体験した新潟小千谷。
県内各地、そして県外からも問題意識を共有する人たち、そして南米、ブラジルに縁のある人たちなどが集ってくれた。
あとをひく、一期一会。


11月16日(土)の記 立川に学ぶ
日本にて


昨晩は小千谷のメフィストテレスに連れられ、二次会、三次会、四次会…
最後は水中のようなお店でカラオケを所望されたかと。

そもそも昨晩の夜行バスも今日の早朝バスも満席。
渡辺さんが越後湯沢まで送ってくれる。
道中、話は尽きない。
まだまだ聞きたいことがある。

無宿人にJRレールパス使用時以外の新幹線使用は、分際を超えている。
しかし本日12時には東京立川に出頭せねば。
大宮下車、埼京線武蔵野線中央線と乗り継いでゆく。

立川市民対象の講座で『ブラジルの土に生きて』上映とトーク。
実現のきっかけは、アルゼンチンでの出会い。
市民の他に、オカムラ系の人たちが複数集まってくれた。

こっちも学んだ質問。
かつて自分の小中学校時代、どのクラス・学年にも4-5パーセント以上の米軍関係者を父に持つハーフの子供たちがいた。
その後、彼らは地元からいなくなってしまい、消息を訪ねてもわからない。
アメリカに戻っているのだろうか、どうしているのだろうか?

かつてエリザベス・サンダースホームに入居していたハーフの子供たちがアマゾン・トメアスーの農場に送られたが農場は壊滅して離散、その後をジャーナリストが訪ねても難しいことをまずお話しする。
そして最新作『ばら ばら の ゆめ』のバックグラウンドも。

息もつかせず読んでしまった快著『黒澤明の十字架』の著者・指田文夫さんもいらしてくれた。
拙作の主人公の石井延兼さんの学んだ成城学園に黒澤明の兄も学んでいたこと、当時の成城学園は軍人養成学校の色彩が強かったことなどを教えてくれた。
延兼さんと黒澤が同じ歳だとも。
二人とも大男であったな。

夜の地震は立川のビルの屋上で迎える。


11月17日(日)の記 増上寺増長
日本にて


ガリ版刷りミニコミ『あめつうしん』系の人たちが実施してくれる上映会第三弾。
そうか、前回は311の直後であったな。

今回は、上映前から奇跡的な出会いが炸裂。
不思議としか言いようがない。

メイン作品の『あもーる あもれいら サマークリスマスのかげで』の前に、新潟小千谷でもサワリをお見せした『アマゾン水俣病は今』を上映したのだが…
なんと上映会場至近の芝大門の映像から始まるではないか。

今日は付近を散策する余裕がなかったのが残念。
さあ、いただいた種子の数々をどうはぐくめるか。


11月18日(月)の記 『山川建夫・詩篇 万田野に詠む』
日本にて


今日明日と、二日間の上映の合間のブランク、両日とも地方ロケを入れてしまった。
して今日は山川健夫さんの「房総のチベット」撮影第2弾。
愛機のトラブルに備えてビデオカメラ2機持参。
山川邸の板の間で諸々のチェックとテストをさせてもらう。

今日は山川さん自選の詩を、然るべきところで詠んでもらう予定。
展望のきくという分水嶺に向かうが…
風が強すぎたり、樹木で展望が妨げられたり、日陰だったり。
東京湾からの、風のみちだ。
そもそもこの辺は違法の産業廃棄物廃棄場と化している由。

苦し紛れに彷徨を続け…
不思議なスペースを発見。
ここでやっちゃいますか。

山川さんの選りに選った詩群は、凄すぎる。
そして、この場所は…
拙著『忘れられない日本人移民』のカバーの光景ではないか。

東京に所用のある山川さんと一緒に戻り、実家に戻るとまずは寝込む。


11月19日(火)の記 神立ぬ
日本にて


昨日に続いて、上映のブランクのある日に強行に撮影を入れた。
今日は茨城・神立の畏友、櫻田博さんの南米系児童の学童保育に再びお邪魔させてもらい、一日の諸々を撮影。
以前からここを機が熟したら撮影、と願っていた。

子どもたちと、人との付き合い方を改めて学ぶ。
午後。
ブラジル系の小学校6年生の少年が国語の教科書をひとり音読。
ただならぬ内容。
「ヒロシマのうた」という文章だ。
このシチュエーションに打たれる。

夜、今日はこっちがメフィストに。
櫻田校長と駅前の居酒屋へ。
店の大将と思わぬ話で盛り上がる。


11月20日(水)の記 ばらとシャーガス
日本にて


慢性疲労。
その日暮らしの日々。
その日その日を一生懸命、までいかなくても0.8生懸命ぐらいで。

『リオ フクシマ』のイメージ画を描きおろしてくれた、こうの まきほさんが今日にまにあうよう『ばら ばら の ゆめ』のイメージ画を完成させた。
息を呑むすばらしさ。
僕の希望を、それ以上に応えてくれた。

さあこの作品製作の契機となった西荻窪APARECIDA似て、お店の7周年のお祝いとして、この作品のお披露目上映。
作品の登場人物、岡村のシンパの方々等々、寄り合っての上映。
いい反応をいただいた。
こうのさんが原画を持ってきてくれる。

ブラジルから帰国したばかりの、シャーガス病のスペシャリスト・三浦左千夫先生も来てくれた。
振らせていただくと、日本国内でも感染の危険が浮上してきた南米の風土病シャーガス病についての、わかりやすく恐ろしいレクチャーをしてくれた。

三浦先生とも、奇縁が続く。
フィールド志向で人が大好きな三浦先生は、僕のなかで水俣学の恩師・原田正純先生とオーバーラップする。


11月21日(木)の記 神穴出現
日本にて


今日は早稲田の大学院のゼミに呼んでいただく。
演劇博物館近くの4号館とのこと。
メモをした教室番号を訪ねあてると、鍵がかかっているではないか。
うろたえる。
その建物の事務室を見つけて聞いてみる。
ここは6号館ですよ、と不審そうに言われる。
6号館!
あの古城学兄の城だったところではないか。
呼ばれたな。

顔見知りの大学院生が捜索に出ているのに遭遇。
僕からつながせてもらった山川建夫さんが、うまく授業をつないでいてくれた。
この遅刻がたたってか、先週ほど乗り切れず。

早稲田を去って、久しぶりに穴八幡宮をお参り。
西暦1641年、南側の山裾に「神穴出現」とある。
横穴古墳のこととみられるが、30年以上前の僕の学生時代にはこの神穴が拝めた覚えがある。
改築によって、どうやら消滅したようだ。

夜は横浜本牧ゴールデンカップというお店でトーク。
山手駅から、心細い丘の道を歩く。
帰路、今晩のキーパーソン伊藤修さんからアマゾン絡みの奇譚を関内駅前のルノアールのガラナを飲みながらうかがう。


11月22日(金)の記 焼き串パラダイス
日本にて


学芸大学駅最寄りの輝く古書店「SUNNY BOY BOOKS」さんに、メーカーのSONYが見捨てた愛機VY-2000をお預けする。
わくわく。

横浜黄金町へ。
シネマ・ジャック&ベティの階下の「横浜パラダイス会館」で『アレイダ・ゲバラの伝言』上映。
この映画製作と上映の仕掛け人・焼肉師の伊藤修さんの、横浜黄金町進出を祝してのイベント。
この日のために伊藤さんは、オランダ製の装甲車のような焼肉キットを機動させてきた。
各種燻製肉、そして牛のピカーニャ(ブラジルのシュラスコ肉で最高位の部位とされる)の焼き串を出血サービスしていただく。
天国を営む辛口キュレーターのヅルさん、グリさんもその美味しさにうっとりされている。
食は、人を幸せな気分にさせる。


11月23日(土)の記 鶴見の長い一日から
日本にて


勤労感謝の午前午後ダブルヘッダー上映。
午前の部は「巨大トンボ」と「パタゴニア」。
午後は『きみらのゆめに』と『ばら ばら の ゆめ』。
ある程度、岡村の仕事に関心を持っている人なら、午後の部の作品は「箸休め」のようなものと受け止めていただけるだろう。

事前に紹介されてお話をしていた御仁は、その時のこっちの話をまるで聞き流していたようで、質疑応答の際にまさしく噛みついてきた。

いわく、
・日本で水銀をめぐる国際会議が開催された
・アマゾンでは「ガリンベイロ」(正しくは「ガリンペイロ」)が金採掘に水銀をばら撒いている
・自分は新潟の出身で、新潟でも阿賀野川で犠牲者が出た
・日本でも「水俣のイタイイタイ病」(発言のママ)などが起っている
・そういう深刻な問題にこそ取り組むべきではないのか

こういう攻撃的な質問をされる場合は、せめて少しは相手のプロフィールや発言をふまえていただきたいもの。
先週は、まさしく新潟でこの問題と新潟を結んだ僕の仕事も紹介してきた、と事前に御仁にお話ししてあったのだが。
そもそも場違いな発言を延々とされる方は、そうしたステップを省略されることが常のようだ。
他の方々の今の上映後のご関心とは、だいぶずれているようですし、まだお話をされたいのなら別席でいかがですか、と僕が仕切る。

僕を含めて有志が撤収作業にいそしむなか、御仁はひと言もなくいなくなっていた。
うだつの上がらない岡村の引き立て役として登場してくれたのだろうか?


11月24日(日)の記 水戸開眼
日本にて


けっこう緊張の連日。
昨晩は気心の知れたメンバーで、たがもはずれる。
武蔵小杉で東急東横線に乗り換えるつもりが乗り過ごしてしまい、登戸からの小田急の上りは経堂止まりしかない。
経堂にネットカフェはあったよな。
交番で訪ねる。
場末系の、煙草くさい個室で朝を待つ。

実家に戻って仕切り直し。
水戸でミュージアムのハシゴができるか。
思い切って特急をフンパツ。

最初の埴輪展も面白かった。
外の銀杏がまぶしい。
そこそこ急ぎ見て、水戸芸術館のダレン・アーモンド展へ。
オーディオヴィジュアル系のアート、インスタレーションを面白いと思ったことは、思い当たらない。
今日もまた、と思いきや、これは違った。
なんだか、こっちまで閃いてくる。

水戸の手打ち蕎麦処にのまえさんで18回目の!岡村ライブ上映。
今日の献立3本は眞家マスターの厳選によるもの。
これまたよろしい寄合いであった。

明日は台湾行きのため、日帰る。


11月25日(月)の記 台湾突入
日本→台湾


まさしくその日暮らしの上映活動も終盤のヤマ場に。
いよいよ、久しぶりの台湾だ。
今日になって、ようやく頭のなかを台湾モードに切り替えていく。
3会場で合わせて長編2本、短編3本の上映を予定。
トラブルに備えて素材を2組ずつ用意して、ポータブルDVDデッキも持参することに。

ブラジル往復に比べると荷物は圧倒的に少ないので、成田までは電車乗継ぎの格安路線でいく。
楽に座れるのがありがたく、晩秋の房総の景観が目に沁みる。

キャセイパシフィック航空、機内サービスはけっこうガサツ。
冬の日は短く、Formosa島はすでに夜。
女子学生がふたり、桃園空港に迎えに来てくれる。
ひとりは日本人で、東京の大学での上映に来てくれたことがある。

台北市北東にある淡水のリゾートホテルで淡江大学の先生、学生らとバイキング形式の会食。
なんだかわからない食材が楽しい。
ハンドボールぐらいの大きさの練りワサビの玉にも驚いた。

夜も更けたが、今回の発起人の日本語学科の李先生の研究室へ。
まだ中学生のような学部一年生から、古参の大学院生までの有志が岡村作品中国語字幕版上映プロジェクトに参加してくれている。
それぞれが何の作業をしているのかいないのかも不明だが、よくもこれだけ集まったものだ。
研究室に入りきれない学生たちは、廊下に座り込んでわいのわいのとやっている。
サークル活動のノリかも。

学内にある宿泊所まで送ってもらう。
岡村担当化した日本人の女子学生に学内無線LANの密嗎(パスワード)を教えてもらうが、どうやらまちがって伝えたようだ。
NG、つなげられず。
遅れが目立つネット作業を深夜のうちに少しでも、と考えていたが、いや~んますます滞ってしまった。

当地は冬の冷え込みだというが、消灯すると蚊が耳元に中国語でささやいてくる。
現地時間翌日の午前五時まで点灯、6匹を殺害、うち3匹に吸血されていた。
台湾本島血戦初日の成果ナリ。


11月26日(水)の記 淡水の水彩画
台湾にて


午前中は淡江大学の李先生の運転に日本人女子学生が同行して、淡水市内を案内してくれる。
できれば故宮博物館、という希望もあったが、時間的にあきらめる。
それにしてもこの李さんのチョイスがまことにオカムラの琴線に触れてくる。
まずは日本帝国主義時代の置き土産・阿給(あげ)屋で朝食。
日式B級料理の極みの感動。

坂道にある店の向かいの古い石塀に生える照葉植物。
人造物を植物が覆う光景が、たまらなくない。
ゾクゾクする。
市内を散策して、ゾクゾクしっ放し。
して、海が見える。
そしてオランダをはじめとするヨーロッパ文化の痕跡。
欧米日の探検家・宣教師・博物学者などがここの虜になってしまったのがよくわかる。

ブラジルの古都サルヴァドールを想い出す。
『サルヴァドールの水彩画』をここでお見せしたいもの。
シェル石油の倉庫だった淡水殻牌倉庫という歴史陳列館に案内してもらう。
そうか、シェルはもともと真珠を商っていたのだな。
海側に広がる紅樹林(マングローブ)も飽きない。
して、この陳列館の裏手のカフェがまたお洒落。
星野智幸さんの『俺俺』のカバー画の石井徹也さんの画集があるではないか。
聞くと、経営者のチョイス。
店内展示中の10代半ばという台湾人アーチストの作品もよろしい。
故宮は、いつでも行けるで。

さあ午後から淡江大学で3部にわたる上映。
最初は「ブラジル教育最前線」と僕が名付けている短編3本の上映。
大学内の劇場で、学生のスタッフが密集しているので、任せていた。
昨晩、渡したDVD3枚をひとつのファイルにしてパソコンで上映するという。

開けてびっくり。
色味の赤が、まるで消えたくすんだ緑の色調になっているではないか。
しかも投影サイズは正方形で、特に右側が激しく欠けている。
なによりも音声が出ない。
いやはや、人任せにはできない…
もう音声が出ただけでよしとしてしまうが、当たり前の色味と画面でお見せしたかった。
第2部の上映となる『あもーる あもれいら/サマークリスマスのかげで』では僕の持参したDVDデッキからの出しとしてもらう。
赤の色味、緑のバランスの美しいこと。

夜の第3部は一般にも広くPRした『リオ フクシマ』中国語字幕版の上映。
これは大学側で作ったデータでの上映だが、やはり赤の抜けた、悲しくなる色調。
中国語は漢字なのである程度、意味が掴めるので事前に翻訳のチェックをしたいと申し出ていたのだが、すべてがギリギリで本番上映が僕の初チェックとなった。
固有名詞系を中心にいくつかのまちがいがあり。
トホホなのは、「事故後の福島」というナレーションが「地獄的福島」と訳されていたり。
ナレーション原稿ぐらい、事前に僕が送っておくべきだったと反省。

とはいえ、そもそもこの上映がかなっただけで、大成功。
しかも日本語専攻の学生が主体の、教育活動の一環であるし。
拙作には福島原発事故問題の様々な情報が盛り込まれているので、それを中国語で台湾の皆さんにお伝えできるだけでもかなり貴重だったようだ。

またのチャンスがあれば、観光はキャンセルして翻訳チェックと会場の設定のチェックをさせてもらおう。
学内でアルコール抜きの打ち上げ。
担当女子学生に「今度、パスワードを間違えて伝えたら、首を絞めるからね」と念を押しておいたが、お別れして部屋に戻って入力するとNG…

さあ公約通り、凶行に及ぶべきか。


11月27日(水)の記 台湾避難行
台湾にて


宿舎に戻り、すでに日付は変わっている。
担当女子学生が二日連続で間違った無線LANのパスワードをよこしたのは、高度の嫌がらせだろうか?
台湾から日本に戻る翌日には大阪で上映があり、その足をどうするか、そして上映の段取り、さらに翌日の京都、翌々日の群馬の上映もこれからそれぞれの主催者とメールのやり取りで詰めなければならないことばかり。
日本とブラジルの家族とのホットラインもメール限定の身である。

困った。
彼女のよこした間違えパスワードふたつと、ユーザー名の数字をいろいろと組み合わせてみる。
NGが続くが、中国語のテレビ放送のチャンネルサーフィンをしたり、「残り蚊」と闘ったりしながら、細々と続ける。
2時間余りの作業で、解読!

しかしすでに疲労困憊、緊急メールだけ確認してダウン。
朝、ピックアップに来た李先生から件の女子大生は昨日、誕生日だったと聞き、いやはや恩赦とせざるをえないか。
それにしても、我ながらよくぞ暗号を解読したものだ。
ニイタカヤマノボレ。

過労と寝不足を引きずりながら、台中への移動。
タクシーの運転手が、おそらくこっちに気を利かして日本語の曲を流してくれる。
「少年時代」に「北国の春」をハンドルを握る兄貴と斉唱。
日本でも台湾でも早いけど味気ない新幹線で、台中へ。
こちらでNPOを立ち上げた旧知の古川さんが駅まで迎えに来てくれた。

まずは市内の主婦連にて『リオ フクシマ』を上映。
オフィスの会議室での上映だが、淡江大学の劇場上映がウソのような美しい画面、色彩。
集まった人たちは真摯に鑑賞してくれた。
福島からの避難者という方がふたり、いらした。

のちにひとりの女性からこれまでの歩みをうかがう。
よくぞ、よくぞ。
学童を二人連れて台湾に脱出、日本に残った夫の職場への嫌がらせも続いているという。
在外避難民たちがつながる方法はないものか。

夜は旧知の東海大学で上映。
なつかしい顔、何人か。
古川さんはじめ、参加者から『リオ フクシマ 2』を切望される。
こちらで学ぶ日本人学生に、僕が取材を受ける。

終了後、古川さんのNPOのメンバーたちと、広い居酒屋へ。
昨日の昼以来、台湾式弁当ばかりだった。
痛快なひと時。


11月28日(木)の記 燃える富士
台湾→日本


NPOの日本人スタッフに女性二人が台中のバスターミナルまで送ってくれる。
道順を間違ってしまったらしく、別のターミナルへ。
出発直前だった桃園空港行バスに飛び乗る。

3人掛けのゆったりバス、トイレ付きと思ったらこれはハズレ。
冷気が吹きそそぎ、昨晩の暴飲暴食もたたって、かなりの苦行の罰ゲームとなる。

桃園空港では先住民グッズ店の品々がいい。
CDも含めて数品、購入。

キャセイパシフィック航空の機内食は台湾風飯もある。
しかし市内で食べる弁当より落ちる味と盛り付け。

日の本に陽が落ちる。
機窓から霊峰富士が望めるではないか。
房総半島の緩い大地の向こうの夕陽に浮かぶ富士山。
目の離せない絶景。

山川建夫さんの「房総のチベット」撮影にうかがった際。
山川さんが、淳ちゃんはここの霊に気に入られたようだ、というようなことをおっしゃった。
房総の地霊からの贈り物か。

成田からは私鉄を乗り継ぎ、格安に目黒の実家に向かう。
さあ明日から地方巡礼上映が三日間続く。


11月29日(金)の記 五百住まで
日本にて


五百住。
よすみ、と読む。
大阪府高槻市にある地名。

東京から京都まで、新幹線のぞみ号の指定だと片道13000円強。
これは高い。
できれば、高速バスで行きたい。
しかし来週始めに出ニッポンの身。
出国のためにいろいろやっておくべきことがある。
時間が要る。

学芸大学駅にあるチケット屋に行ってみるが、のぞみの指定席券を自由席料金で買える程度の差。
今日と明日の関西での上映素材にポータブルDVDデッキにノートPC、土産物、着替えなどを担いで昼過ぎ出家。
新幹線車中で、とにかく休む。

京都で乗り換え、高槻駅下車。
降りてから気づくが、上映会場のカフェぽぉさんは、高槻市にあるが、最寄駅は隣の駅だった。
いやはや、諸々の連絡先をメモしていない。
どこかネットカフェでも探すか…

漢数字の妙な地名だったことぐらいを頼りに、隣駅方面に歩いてみる。
すでに日は落ち、暗い。
上映時間に遅れて、大変な迷惑をかけるかも。
それにしても、上方らしいディープな地名が多いこと。

まさしくイチかバチかだったが、よくぞたどり着けた。
主催してくれた古玉さんにご挨拶して、さっそくセッティング。
お店の壁への投影だが、台湾の大学の劇場より桁違いに見やすい。

今日は、というか、今日も実に不思議な出会いが錯綜し合う。
上映の場は、魔法陣かも。


11月30日(土)の記 マチュピチュの湯とレオナール
日本にて


高槻にて。
朝、高槻上映のキーパーソンの水戸さんが「ぽぉ」にいらしてくる。
いろいろと話は尽きない。

今日の午後の、京都での上映打ち合わせまでは、インターネットカフェに行くこと、できれば高槻の日帰り温泉に行ければと思っていた。
それでしたらうちに、と御宅にお招きいただき、玄関先で思わぬ発見が!

高槻駅近くにも温泉:天神の湯があると知る。
1時間程度の滞在で、1000円以上の出費は痛い。
しかし京都上映を前に汗を流してヒゲも剃りたい。
フンパツ。

ところがこの温泉、えらくよろしい。
都市部のビル内温泉では、僕の知る限り最高級。
岩と植物の配置がよろしい。
屋上の露天風呂まで、階段の横にいくつか棚田状の湯もあり、行ったことはないけどマチュピチュ気分。

昨晩、在大阪のシンパの方から京都で開催されているパリのレオナール・フジタ展の招待券をいただいていた。
少し迷うが、湯を早めに切り上げて、早見をしてみることにする。

これは僕には必見だった。
藤田嗣治はなんといっても戦争画、それにブラジルをはじめとする南米での作品が僕には印象が強い。
しかし少年時代から1931年のブラジル行き直前までの作品群、藤田の天才ぶりをまざまざと見せてもらった。
そして意外な発見もいくつかあり。

東山の上映会場へ。
主催者の「さるくびと」さんにいろいろお話をうかがう。
うれしい若い仲間が複数、来てくれて、新しい出会いにも恵まれる。

少し冷や冷やだったが、近くの中華料理屋での懇親会のあと、23時発の夜行バスに余裕で間に合う。
やれやれ。


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