12月の日記 総集編 円空流をめぐるデジとアナ (2013/12/06)
12月1日(日)の記 この期にブラジリアン 日本にて
ああ、ブラジルの夜行バスの解放感が恋しい。 午前6時すぎ、新宿駅に到着。 祐天寺の実家に戻り、洗濯やら上映素材の仕切り直しやら。
有料の特急などは使わず、格安の乗継ぎで群馬大泉のブラジリアンプラザを目指す。 渋谷・新宿・赤羽・久喜・館林乗換えで、東武線西小泉駅へ。 関東平野は広い。
最後に訪問してから、どれぐらいになるか。 なんだかゴーストタウンになってしまったような。 先回、訪ねたところと同じとは思えない感じ。
主催してくれたのは、大学の映画サークルで一緒だったという若い二人。 よくぞ、このアウエーの地で実施したものだ。 こじんまりといく。 プラザでは、ペルー系の人たちが昼間なのに「平和の夕べ」というイベント、フォルクローレダンスを披露中。 観客は、お身内の人たちぐらいとみた。
遅い昼食をこのプラザのレブロン食堂で、懇親会は少し歩いたパウロ食堂へ。 いずれも仮にもブラジリアンレストランだが、ご飯は電気釜で炊いた日本米なのが泣かせる。
上映には多文化共生の大泉を大学の卒論のテーマに選んだという女子大生が二人来てくれた。 そのひとりから大泉には中島飛行機と旧大日本帝国の軍用飛行場があり、敗戦後は米軍が進駐してきたことを教えてもらう。 米軍の基地で使われていた日本人が、やがてブラジル人を使うことになったという歩み。 わが亡父は群馬で大日本帝国陸軍の呑龍という爆撃機の整備をしていた。 龍を呑む、か。
12月2日(月)の記 愛機の遺影 日本にて
出ニッポン前日。 数々の手紙書きとパッキング、そして買い物ブギ。 祐天寺、中目黒、渋谷。 小さな失敗続出。
学芸大学駅近く、わが実家からでは学芸大学駅より近く、鷹番の湯の道をそのまま東横線の高架に向かったところにあるSUNNY BOY BOOKSさんへ。 http://www.sunnyboybooks.com/ 今回の僕の訪日中に開催された中澤季絵さんの「それぞれの道具」展。 修理のためにブラジルから持参して、メーカーのSONYにすでに対応不能と戻された愛機のビデオカメラVX-2000を描いてもらうようお願いしてあった。 音声のチェックができなくなり、時折り外部マイクの接続不良を起こすので、今後の使用はむずかしいかもしれない。
仕上がりは、絵ハガキ大の、意外な構図だった。 わが愛機の遺影。 はからずも日本に向かうエティハド航空機で、エジプト映画から道具についての不思議な啓示をいただいて。
日本のラジオで「ガラケー」と呼ばれるガラパゴス化した旧式の携帯電話の人気を伝えていた。 そもそも個人使用の動画撮影画面の縦横比率が16:9でみなさん、不都合を感じないのだろうか? 台湾の上映で色調が極端に異常でも、誰も異議を唱えなかったのも驚いたけど。 映像の大衆化、俗物化のなかで、おおもとの狂いを感ず。 わたくし自身が、ガラパゴスか。
手紙類を描く作業は果てしなく、出国荷物の梱包、使用空間のお掃除は日本出発当日に持ち越し。
12月3日(火)の記 NEW DIMENSIONを手に 日本→
SUNNY BOY BOOKSさんは手のひらぐらいの小さなお店なのだが、こちらの急所を突いてくる本ばかりが並んでいる。 日本ではどんどん本を処分すべき分際でありながら、ついつい何冊も買ってしまう。 日本文学系を一冊買って、北海道産の『アフンパルル通信』があるな、と見上げた手前に『NEW DIMENSION』があるではないか。 石川直樹さんが世界各地の岩絵遺跡を訪ねた写真集。 何年か前、たしか日本の新聞だったと思うが、写真入りの紹介記事に接して以来、気になっていた。 昨晩、カートに入れる。
手紙の続き、銀行に追加の買い物で外回り。 整理と掃除の時間が厳しく、予約してあったリムジンバスの時間を1時間遅らす。
恵比寿ウエスティンからは品川近辺のホテルを回っていくだけで1時間はかかる。 軽く仮眠を取った後で、機内持ち込み用バッグに入れた『NEW DIMENSION』を開く。 おう、北海道のフゴッペ洞窟から始まるときたか。 自分が旅をしているような写真の配列。 今日でも、岩絵空間の近くにはこんなに野生動物がいるとは。 真の闇に描かれた洞窟壁画を除いても、岩絵遺跡はこれほど豊かである。 まさしくグローバル。
冬の闇に包まれた成田空港が近い。 相変わらず、手前でパスポートのチェックが行なわれる。
12月4日(水)の記 機上世界見聞 →アラブ首長国連邦→ブラジル
エティハド航空機はヨーロッパに向かうらしい日本の団体ツアー客をたくさん載せている。 それでいて相変わらず機内映画に日本映画はゼロ、日本語吹き替え版も極めて乏しいというのが、グローバルからみた日本のステータスを教えてくれてよろしい。
英語のオリジナルにポルトガル語字幕版で劇場で観た『パシフィック・リム』、日本語版でディテールを知りたいところだったが日本語は、なし。 ポルトガル語音声、中国語字幕版で見る。 中国語タイトルは『環太平洋』、わかりやすい。 見せ場の部分でウトウトしちゃったけど。
アブダビでのトランジットを挟んで、機内映画三昧。 『AL SHOUG』というエジプト映画、憑依体質の母親が幼い息子を亡くして、カイロで物乞いをするというお話。 フラッシュ効果のように短い英語字幕でディテールがフォローできないが、アラブ映画らしい不思議なムードたっぷり。 『WHITE HOUSE DOWN』、ホワイトハウスでのテロという、見せ場たっぷりのダイナミックなアクション映画。 アメリカのセキュリティ対応のスーツケースを購入してさっそく破壊されただけにアメリカ合衆国を愉快に思っていないが、こういう映画を見ると単純に悪くもないなと思ってしまう。 『SECRETLY GREATLY』、韓国映画、のちに『隠密に 偉大に』という邦題があるのを知る。 北朝鮮で選り抜かれたスパイが、韓国の庶民に混じって生きるという話。 韓国映画の実力を、まざまざとみる感。 『MARIYAAN』、タミール語の映画。 南インドのカトリック文化圏の漁村の鮫捕り漁師が、恋人のためにスーダンに出稼ぎに行き、地元の武装勢力に拉致されてしまう。 これを音楽映画で見せるというのだから、すごい。
いやはや、世界の映画を堪能できる贅沢な空の旅でした。
真夏を迎えたサンパウロの日は長く、うだる熱気に毛穴全開。
12月5日(木) の記 夏の鉄板 ブラジルにて
サンパウロは真夜中も無風で暑い。 いやはやここのところ、ブラジルでも日本でも稼ぎにはならないが仕事ばかりが目まぐるしく続いた。 少しは弛緩させてもらおう。
時差ボケに任せて、ありものをいただく。 さあ夕食。 長ネギと卵が冷蔵庫にたっぷりあり、昼に炊いたご飯があるので電気鉄板でチャーハンとする。 まず卵を、の手順でやってみるが、これだとシャリがカリッといかない感じ。
今日はアパートから一歩も出なんだ。 それにしても、こっちがブラジルに戻っている間に祖国は大変なことになっているではないか。
12月6日(金)の記 システム不能 ブラジルにて
深夜に覚醒してパソコン作業、日中はぐったりという時差ボケ任せ。 ツイッターやフェイスブックで、秘密保護法をめぐる祖国の危機的状況が続々と伝えられてくる。 かつて、軍国化する日本を嫌ってブラジルに移住した先達たちは、ひと通り鬼籍に入ってしまった。 その声を記録させてもらった僕は、なにをすべきか。
銀行での払いものを頼まれる。 ブラジルは銀行によって手順が違うので、ややこしい。 CAIXAという国立銀行。 セキュリティをくぐって店内に入ると、番号順に呼ばれるシステムのようだ。 しかし番号札受取りの機械が見当たらない。 店外で取るようにガードマンに言われる。 外の番号札専用の機会を見つけると、スタッフいわく、銀行のシステムが不能状態になっていて、回復の見通しはなく、どの支店でも同様とのこと。
それを先に伝えないのが、さすがはワールドカップとオリンピックの開催国だ。 どうしようもない。 銀行は16時まで。 ダメモトで眠い身心を奮い立てて再挑戦すると、なにごともなかったかのように銀行は機能していた。
12月7日(土)の記 太陽の肉 ブラジルにて
家族それぞれ節目の時期。 子どもに夕食はなにがいいか、オプションを伝える。 CARNE DO SOL、直訳すると太陽の肉、牛の干し肉がいいという。 これを塩抜きして鉄板で焼く。
先回は塩抜き時間が短く、えらくしょっぱくなってしまった。 午前中に駅前の肉屋で購入。 薄切りにして、さっそく水に漬け、何度か水を代える。
夜時分には、ほどよく塩も抜けた。 タマネギと卵を添える。 干し肉からかなりの水分がにじみ出るが、鉄板だと蒸発も早い。
魚の干物同様、牛肉も干すことで、なんともうまみが増すではないか。 ブラジル製のラムがなくなるぞ。
畏友・淺野卓夫さんの編んだ『「一人」のうらに 尾崎放哉の島へ』西川勝著、サウダージ・ブックス発行を堪能。 豊かで毒味もある読書体験をさせてもらった。
12月8日(日)の記 小豆島の大東亜戦争と山岳縄文 ブラジルにて
路上市に鮮魚の買い出し。 馴染みの2軒、いずれも「岡村付き」だった売り手がいなくなっている。 先方から声をかけてきた別の店で買うことにする。 ヒラメ。 アラももらうよと言っておいたのだが、帰って開けてみると、アラがない。 アラ探し。
昨日、読了した『「一人」のうらに 尾崎放哉の島へ』西川勝著の編者、淺野卓夫さんと濃いメールを交わす。 尾崎放哉は、種田山頭火と並ぶ、放浪の自由律俳人。 どういう違いか、山頭火のようなブレイクはしていないようだ。 故・渥美清さんが尾崎放哉を演じたがっていたとこの本で知る。
鳥取出身、旧東京帝大に学び、エリートサラリーマンのステータスからドロップアウト。 当時、今でいう「福祉の領域」の人が生業としていた「寺男」をしながら各地を放浪、41歳にして小豆島で生涯を閉じる。 ダメなのは自分だけではない、もっとひどい状況を生きた人がいる、自分は一人ではない、孤独ではない。 自分も、まだ生きてていいんだ。 そんな文学体験をさせてもらえた一冊だった。
小豆島といえば、壷井栄とオリーブぐらいしかイメージしていなかった。 その小豆島に八十八か所の札所があり、山岳寺院もあると、この本で知る。 手元の地図帳を見ると、小豆島の星ヶ城山は標高813メートル、淡路島の最高峰諭鶴羽山の603メートルより高い。 瀬戸内の島での最高峰かも。 やたらに縄文に結び付けるのはいかがかと自分でも思うが、縄文の匂いがする。
小豆島と縄文で検索してみて、驚いた。 1943年、小豆島の寒霞渓の洞窟で縄文土器が発見されたとある。 第2次大戦の配色が濃くなる時期に、小豆島の山中の洞窟で縄文土器が発見された。 誰が、なぜ? 縄文時代も、第2次大戦中も。 伝奇物語のひとつも産み出せるかも。
小豆島の岸壁に浮かぶという夏至観音も見てみたい。 詳しくはぜひこの本にあたっていただきたい。 発行はSAUDADE BOOKS、印刷はJapanese Archipelago。
小豆島は、縄文どころか、旧石器文化の匂いがする。
12月9日(月)の記 断食の代償 ブラジルにて
いつまでも呆けてもいられず。 さあ今日は一日断食。
ビデオ編集機を組み立て。 ブラジルに戻って最初に着手するつもりだった友情撮影の式典の編集に取り掛からんとする。 まず、素材を読み込めるだけの容量を空ける必要あり。 その分、既存のデータを整理しなければならない。
その作業を進めつつ、思わぬミスをしていることに気付く。 致命的ではないのだが、厳しいかも。
日本で今回、撮影してきた映像が気になるのだが、しばらくお預け。
12月10日(火) つなぐ よむ ブラジルにて
「つなぐ」「よむ」の間に「料理する」にあたる動詞を入れたい。 意外と大和言葉になっている「料理する」にあたる言葉が思い浮かばない。
未明より素材の取り込み作業を再開、さるこちらの日系団体の式典の、友情撮影の映像の編集を開始。 相手のあることなので、通常の自分の作品とは勝手が違い、かといっていい加減な仕事はできず、けっこう大変。
機械とこっちの身心をおもんぱかり、あまり根を詰めないことにする。
マングローブ蟹のカニ玉、野菜炒めなどを夕食につくる。
夕食後、『瀬戸内海のスケッチ 黒島伝治作品集』を読了。 山本善行さんの選、畏友・浅野卓夫さんのSAUDADE BOOKS発行。
80年以上前に書かれたものを、こんなに早く読み上げるとは思わなかった。 それだけ、読み出すと気にかかる短編集。 黒島伝治はプロレタリア文学者としてとらえられるようだが、そうした枠組みにはまらない文学を感ず。 80有余年前の小豆島の農村、そしてシベリア出兵の際の物語と、いまの僕のギャップ、そして共感。
小津安二郎忌が近いが、「老夫婦」という短編などはずばり「東京物語」の先行作品ではないか。 黒島版東京物語は、はるかに重い。
12月11日(水)の記 リングベアラー ブラジルにて
本稿を書くために調べてみて、「リングベアラー」と呼ぶと知る。 いままでこの役をなんと呼ぶかなどと考えたこともなかった。
今日も未明から式典の映像の編集で、シキテンバットー。 夜の催しがあるので、午後はそこそこの時間までとする。
非日系の知人の結婚式。 これに、これまた知人の日本人の少女が、この役を頼まれた。 結婚式で、新郎新婦に指輪を渡すお役目である。 新婦から細かくうるさく、このためにつくる衣装の注文があり、その出費もばかにならないだろう。
式場は市内のカトリック教会で、ブラジルでは珍しく鮮やかな天井画が頭上一面を覆っている。 少女の父はやむを得ないお仕事で同席できないとのことで、リングベアラーの写真を撮る。 えらく表情がきついが、父親以外に写真を撮られたことがないと聞き、まずは慣れを待つ。
カトリック式の司式もいいが、司祭と新郎新婦および祭壇に上がった仲人連中と撮影業者のために行なわれているような感じ。 一般の来賓には、撮影業者と新郎新婦の遠い後姿ぐらいしか拝めない。
あとで聞くと、肝心の指輪渡しはブラジル人の少年が行なうことになったという。 親のゴリ押しだろうか。 パーティの食事は、クレープの屋台。 長い列に並んで、ようやくこっちの番になると、ブラジル人の大女が最前列に割り込んできて、「あたしの義姉妹があたしの分を取ってこなかったから」とエクスキューズ。 他人のお祝いの席でムカついでもシャレにならない。
平日なれど帰路の運転時にはすでに日付けが変わっている。 サンパウロの夜は、おっかない。 路上では、指輪を渡せなかった日本人少女にはとても見せられない夜の蝶が舞っている。
12月12日(木)の記 されど郵便 ブラジルにて
今週の月曜。 手紙をポストに投函しようと、アヴェニーダを渡る。 と、ポストがないではないか!
そもそも何年か前に、アヴェニーダの我が家側のポストが撤去されてしまった。 郵便局前のポストまで、とぼとぼ歩いていく。
日本の、関西だったと記憶する。 JRの電車のホームにポストがあるではないか。 さすがに淡ツボ代わりに使う奴はあるまい。 こんなポストのある風景がうらやましかった。
さて、昨日したためた郵便を二つ出すため、近くの小さい方の郵便局へ。 年末はけっこう郵便局が混んだものだ。 ところが、番号札もなくスムースに。
今年は年賀状用の記念切手を買うために、中央郵便局まで行こうか、どうしようか。 UNCEFのクリスマスカードのスタンドも見られなくなって久しく、日系の印刷屋さんのカードも昨年からすでに新作が出されていない。 フマニタスの手作りカードも生産が止まってから、だいぶになる。
さあ、どうしよう。
12月13日(金)の記 嗚呼リベルダーデ ブラジルにて
メールの行き違いあり。 今夕、この月曜からまとめている映像をお納めいただけることになった。 急きょ、DVD焼き体制にイン。
東洋人街:リベルダーデ(その時の気分で、リベルダージともするが、今日はデでいく)の沖縄料理屋。 それにしても、このお店の寿司はうまい。
ついで、カラオケスナックに誘われる。 こちらも沖縄出身のご夫妻の経営。 もとは富士山を撮ったとみられる、壁を覆う写真の退色ぶりに今宵も身震い。 さる日系団体の忘年会が繰り広げられている。 パトロンがそちらでも顔役で、そちらに招き入れられるが…
ことのはがつまる。
12月14日(土)の記 分解・還元 ブラジルにて
朝、二日酔い。 今日はでれでれと本でも読ませてもらおう。
『考えるキノコ 摩訶不思議ワールド』LIXIL出版。 「キノコは植物や動物の死骸や排泄物を分解し、土に還す役割を果たしている。生産と消費ばかりを繰り返す人間は、キノコが行う分解・還元という過程に目を向けない。しかしそれこそが生態系のサイクルを支える大切な活動なのである。」
マタンゴを目指すか。
午後から映画を、と考えていたが、やめて諸々と読書。
12月15日(日)の記 東西ならんで ブラジルにて
サンパウロの我が家から、西本願寺は徒歩圏、東本願寺は車で15分圏内にある。 その片方で、昼からブラジルの親戚筋の法事。 家族のことでだいぶ出発が遅れる。 家族を先に降ろして、車を停めるスペースを見つけてから本堂に入ると、すでに導師が御文を詠じる段階。 その後の法話が、ちょっとお粗末。 葬式仏教ブラジル版。
受付で老婦人が売っている「法語カレンダー」というのを購入。 なんと「西本願寺」「東本願寺」が合同で出しているではないか。 ふたつの違いを調べて、分裂は秀吉・家康の時代にさかのぼることを知ったが、どっちがどうだったかは忘れちゃった。 なかを開くと、ブラジルの日系の大手旅行社2社が「西本願寺」「東本願寺」よろしく併記されている。
すでに求心力を失ったブラジル日系の、分派から統合への傾向を垣間見る。
カレンダーにいはく、 「本当の相(すがた)になる これが 仏の教えの目的である」そうな。
12月16日(月)の記 「三人展」をつなぐ ブラジルにて
さあ今日はこの10月に撮影した「三人展」の映像の編集。 ブラジル鹿児島県人会創立100周年記念イベント。 日本からこのためにやってきた森一浩さん、そしてブラジル日系アート界の重鎮の豊田豊さん、若林和男さんの三人のアート展。
この展示のオープニングセレモニーを、森さんへの友情撮影。 当日は、思わぬ機材トラブルとこちらのミスが重なった。
それを悟られないように撮影、編集するのがワザというもの。 政治色たっぷりの本式典よりリラックスしていて、いい感じ。
森さんには僕の最新作『消えた炭鉱離職者を追って・サンパウロ編』のイメージ画を描きおろしてもらっているし。 この画はすばらしいのだが、ファイルが重くていまだアップとお披露目ができていない状態。 ネットで調べてダウンロードした無料のソフトでは、ほとんど軽くならなかった。 それどころか、わけのわからないアプリケーションまでされて、もとに復帰させるまでにだいぶ往生せり。
12月17日(火)の記 房総のチベットと円空 ブラジルにて
「三人展」の映像の編集作業はひと通り終える。 あとは日本に戻った森さんにDVDをお送りして、確認を待つこと。
さあいよいよ先回の訪日で撮影した山川建夫さんとのセッションの編集。 機材のトラブル、こちらのミスが重なり、現場で映像と音声のチェックができていなかった。 むむ、こっちが移動する時に落ち葉を踏む音、そして風音がきつい。
まあ、致命的な問題がなかったことに感謝しないと。 買い物に出ている時か、円空仏を想い出す。
全国行脚を重ね、ズタ袋に鉈を一丁入れて、丸太から立木までに仏を刻み込んだと伝えられている円空。
木の節も枝もあってよし、金箔や漆、彩色不要。 作品性を求めているのではない、祈りの結晶。
12月18日(水)の記 円空の風景 ブラジルにて
ようやく日本から担いできた円空展の目録を発掘。
密教では、仏を念誦・供養する方法や規則を定めたものを儀軌といいます。造仏するためには、その規則にそって制作しなければならないのです。しかし円空さんの仏像のほとんどはその儀軌を無視しているかのようです。ここに円空仏の大きな特徴があると私は考えます。 「祈念(いのり)~木っ端に込めた鎮魂と救済~」大下大圓 『飛騨の円空-千光寺とその周辺の足跡』
我が意を得たり。 しかしネットで円空物についてたどっていくと、なんだかわからなくなってくる。 仏師、彫刻家などの実作家に聞いてみたいものだ。
とりあえず、円空流に編集をすすめていく。
12月19日(木)の記 節目の猛省 ブラジルにて
家族の行事が続くが、今日がメインイベント。 今年の主な公式行事は、これでおしまい。
自分の少年時代を想い、猛省。 小学校時代までさかのぼる。 クラスメートに、母子家庭が少なくなかった。 ブラジルのような未婚の母ではなく、昨今の日本のような離婚家庭でもなかったかと。 父親が病気や事故で亡くなっていたと記憶する。 幼児を置いて逝く若き父の無念、妻と子の苦労はいかばかりだったことか。
こうして実名をさらしていると、大学・高校時代の思わぬクラスメートから便りをいただくことがある。 しかし小中学校時代というのは、見事にない。 実家のある地元でも、遭遇は極めてまれ。 まさか死に絶えたんじゃあ。
日付が変わってから、ぶじ帰宅。 お疲れさまでした。
12月20日(金)の記 円空流をめぐるデジとアナ ブラジルにて
ナタ一本で一気呵成に刻まれたといわれる円空仏。 実際は彫刻刀で仕上げられているという指摘もあり。 このあたりを専門家、実作者にうかがいたいもの。
いわば刃こぼれのあるナタで刻んだような最新作、仮題『山川建夫 房総の追憶』。 刃こぼれのあとをどうごまかすかで、舞台裏でまことに細かい作業を繰り返す。 デジタル編集だからできる、アナログ作業がある。
昨晩の疲れを引きずりながら、朝から晩までみっちり作業してしまう。
12月21日(土)の記 土曜も続くよ ブラジルにて
通常は家族も家にいる土曜はビデオ編集作業はしないことにしてきた。 クリスマス前にかたをつけたいので、今日も朝から昨晩の続き。
まあ、この辺にしておくかというところまでやっておく。 山川建夫さんのお話、そして山川さんが厳選された詩の朗読は何度聞いても面白い。
あ、今日は一歩も外に出なかったな。
12月22日(日)の記 誤訳アート ブラジルにて
今日も『山川建夫 房総の追憶』の作業。 とりあえずのマスター版のチェック。
さて。 身近に、ブラジルで流布する日本のサブカルチャーものの翻訳があまりにひどいので大学で日本語を専攻することにした、という学生がいる。 それを実感。 ここのところ、折に触れて子どもがプレゼントにもらったポルトガル語字幕入り『ウルトラセブン』のDVDを鑑賞している。 クレジット入りの海賊版という、ブラジルらしい堂々たるシロモノ。 ウルトラ熱にかかった向きにはおなじみの「マックス号応答せよ」。 「マックス5」と訳されている。
もはやアートの部類の誤訳は、「ウルトラ警備隊西へ」の前編。 ウルトラ警備隊員が「セールスマン、ジャズメン、観光客…」と語る。 字幕は「スイス人、中国人、カンボジア人」。 音で聞くと、やや似ていなくもないのが泣かせる。 こういう翻訳ができちゃう人というのも、すごい。
それにしても、よく煙草を吸うお話だ。 シリーズ中、白眉のメトロン星人のお話は、ずばり宇宙人が地球の自動販売機の煙草に薬物を仕込み、ウルトラ警備隊員二人もやられてしまうというぐらい。 台詞にも、大人の二人に一人が煙草を吸う、うんぬんとあり。
このエピソードの撮影が福沢康道さんだというのも驚き。 僕が初めて親しくお話しした映画人。 学生時代に世田谷区遺跡調査会で発掘調査に参加していたころ。 福沢さんは時折り、撮影にいらしたのだ。 あの黒澤明の『どですかでん』の撮影を担当された人。
武満徹さんの音楽がすばらしい、と申しあげたところ、「あれの音楽は佐藤勝さんだ」とおっしゃって譲らない。 こちらは「武満徹の映画音楽」というLPレコードのシリーズも買って愛聴していたのだが。 気の弱い僕は実際のスタッフにしつこくただすのも気が引けて、それ以来、福沢さんと深いお話もすることもなくなってしまった。
福沢さんが亡くなられて7年。 黒澤の他に成瀬巳喜男、堀川弘通等の巨匠の撮影をされている。 このウルトラセブン「侵略者を撃て」の監督は実相寺昭雄。 意表を突くアングル、大胆なアップショット。 斬新なカットの連続に目を見張る。 今なら、福沢さんにあの撮影はすばらしいと申し上げられるのだが。
12月23日(月)の記 千葉のナゾとブラジルの郵便事情 ブラジルにて
「千葉」という地名の語源を調べてみる。 どうやら、よくわかっていないということを知る。 クリチバ、チバジなど、ブラジルの先住民系の地名をほうふつさせるけど。
画家の森一浩さん、そして声業・農業の山川建夫さん。 奇しくもとりあえず千葉県に住民票があるだろうお二人の敬愛する先達のそれぞれの御姿をビデオにおさめて、今回ブラジルに戻ってから謹んで編集して焼いたDVDをお送りする。 然るべきサイズの封筒をつくって、手持ちの記念切手類を貼りこんで、あまり恥ずかしくないような添え状のカードをみつくろって。
さっそく次なる友情編集の素材の取込みを開始。 興に乗ってくるが、外回り系の用事を思い切ってすることに。
先日も記したが、ブラジルで市販されているクリスマスカードは、ろくでもないものばかり。 さすがにこんなのをお送りしたら、オカムラもついにヤキが…と思われかねない。 して、これまたつまらない絵葉書も日本円にして一枚100yenぐらいになるではないか。 いま、こうしてダウンタウンで目にするグラフィティでもデジカメで撮って紙焼きにした方がよほど気が利いていると思うが、時すでに遅し。 途方に暮れつつ、サンパウロ中央郵便局へ。
この時期で、閑散とした記念切手売り場。 さて、クサっても切手王国ブラジル。 ドギモまでは抜かれないが、思わず膝を打つ記念切手群。 こっちの守備範囲のマニアックなものも複数あり。
まずは日本に書留便で送った二通に想いを込めて。
12月24日(火)の記 17・5年 ブラジルにて
放射性物質の半減期か。 17・5年。 けっこうそこそこの時間。
在ブラジルの日本人の友人の結婚式を友情撮影した映像。 当時は自宅・自前でビデオの編集ができることなど考えられなかった。 撮影した映像をそっくりVHSにダビングして、何組か謹呈していた。
さて、時代は変わり。 時間と身心の余裕さえできれば、この映像を編集してDVDに焼いて差し上げたいと願っていた。 1年ほど前にトライしようと思ったが、泥沼作業が入ってしまい、断念。
さてクリスマスイブともなると、まずは散らかりっぱなしの身辺を少しは片づけたい。 と、気ばかり焦りつつ。
映像素材の編集機への取り込み作業を終了。 まずはこれだけの時間の経ったminiDVテープの映像に劣化が見られないことに安心。 とりあえずどんな感じか、出だしの部分をつないでみる。 編集と呼べるだけの作業にするためには、カットの選択・順番がちょっとややこしい。
それにしても新郎はういういしく、さっそく写っている複数の人たちはすでに故人となっている。 これだけ時間を経たナマの自分と向き合う機会でもあり。 根を詰めず、ゆっくり行きましょ。
クリスマスは、ブラジルの一年の最大のお祝いごとといえよう。 街は、昼過ぎぐらいだから徐々に静まり返ってくる感じ。 夕方ぐらいから花火の爆音がとどろき始める。
何重にも思わぬサプライズメールが届く。 駄菓子シャンペンではなく、チリの赤ワインを開ける。
12月25日(水)の記 土を見ていた午後 ブラジルにて
年末・クリスマス休暇で100万人単位の人が大サンパウロ圏から去ったはずだ。 その割に、道路はがらんとまではしていない。
午後から、こちらのファミリー系のクリスマス昼食会。 新築の、高級の部類のマンション群にて。 車なので、アルコールは缶ビール一本を早や飲みするにとどめる。
ひと通りいただいて、世間話をして。 女性陣のお話は、際限がない。
敷地内の散策と観察。 人工的な緑に覆われているが、ハリボテのセットのようで、まだ環境になじんでいない感じ。 そもそも、虫っ気がない。
表面で見受けられるのは、殻高5ミリ程度のカタツムリ一種ぐらい。 地面に敷かれた樹皮片をひっくり返すと、アリ、そして1センチ弱の甲虫一種。 搬入された土と植物に伴なってきたような生物相のみ。 菌糸類もほとんど見られないではないか。
ああ、こっちの本来の植生が恋しい。 それにしても亜熱帯の夏至の時期で、蝶の一羽も看取できないガーデンって。
12月26日(木)の記 vs252人 ブラジルにて
残務雑務は、ギアナ高地のテーブルマウンテンのようにうず高くある。 日本への御礼メール系を少々すすめる。
学部は違うが、母校の「映像ジャーナリズム論」のゲスト講師をした時の学生たちにいただいたコメントに再び目を通す。 堂々252人! 質問のある人は、メルアドを書いてくれればいずれお答えすると申し上げた。 メルアドを書かずに質問、というのが少なくないが、これは却下。 こちらが励まされるコメントが多く、ありがたい限り。 なかには、こちらの話をよく聞かずに、作品をまともに見ずに見当違いの攻撃も。 たとえば。 この授業では『ササキ農学校の一日』を上映した。 いわく、サッカーをして疲れたと発言する生徒が写っているのに、サッカーのシーンがないではないか。 サッカーのシーンの時に忘我状態になられたのであろうか? いわく、リポートをする子供が「カンペ」を見ながら発言するのはなんとかならないものか。 カンペという言葉がわからなかったが、カンニングペーパーのことだろう。 日本のいまどきの首相じゃあるまいし、そんなもの、使っておりません。 他人を批判する時は、断定を避けて、謙譲・婉曲などの技法を用いる習慣があると、シューカツに有利かもよ。
この大学の学生のメルアドは、大学名の前に大和言葉の色の名前を置くのだな。 いろいろあって面白い。
12月27日(金)の記 キューブリック萌え ブラジルにて
パウリスタ地区の用事をまとめる。 道中、シケイラ・カンポス公園に立ち寄る。 いやはや、熱帯林には癒されます。 これです。
ハッテン場として知られるところでもある。 とにかく人が多く、あまり不審なことはできない。 わずかに腐葉土の踏みごこちを確かめ、地上の折れ枝類をひっくり返す。 虫好みの木漏れ日の当たる低木の新芽のあたりを観察。 オサムシの類に、ヨコバイ。
身も心も軽く、真夏の炎天をオーディオヴィジュアルミュージアムまで歩く。 さあ、スタンリー・キューブリック展に再挑戦。 いやはや、先日ほどではないが、こんな日にも入場待ちの列が。
血沸き肉躍る。 よくぞよくぞの展示。 それぞれの作品を十二分に汲んだ、あっぱれの空間設定。 そのなかに、『シャイニング』の双子の少女の青いおべべ。 『2001年宇宙の旅』の星坊(スターチャイルド)。 等々、いずれも実物の御開帳。
キューブリックの遺作となった『アイズ・ワイド・シャット』の公開は、1999年。 おそらく来場者の多くはキューブリック作品を1本も見ていないのではなかろうか。 それでも楽しめるだろう、キューブリックテーマパークだ。
翻って、祖国日本の映画人を想う。 小津先生は… まあ、茅ケ崎の「茅ヶ崎館」の応接間の、ミニ展示がある。 黒澤監督は… なんだか佐賀だかで計画があったが、潰れたとか。
オサムシを愛した手塚治虫氏にはけっこうなミュージアムがあるのだが。
12月28日(土)の記 MISSOブラジル ブラジルにて
焼け石に水の残務整理。 パソコン作業に古新聞いじり。
ブラジルの新聞のグルメページに「MISSO」特集あり。 MISOだとミゾとなるので、ナチス親衛隊なみにSSとなる。 ポルトガル語の精読は別の気合いを入れなければならないので、見出し類を見ておくにとどめる。 ブラジルでは日本食に伴なうスープ以外でのミソ使用は、グルメ欄の特集になるほど珍しいのだ。
夕食に、豚肉の味噌漬けも悪くない。 駅前の肉屋へ。 豚のリブ肉、値段は細切れの倍ぐらい。 フンパツ。
拙著に書いた「土地なし農民」の石丸さんのところに、よく味噌をお持ちしたことを思い出す。 小説家の松井太郎さんの『遠い声』では、牛肉の味噌漬けがさりげなく、かついい味を出している。
SHOYUがブラジル、特にサンパウロやパラナ州で市民権を得て久しい。 ブラジル人グルメは、MISSOのとんでもない新解釈をしてくれるかも。
12月29日(日)の記 ひらめきの夕べ ブラジルにて
今年最後の路上市。 マングローブ蟹とアサリのむき身を購入。 タコ焼き用のタコも。 刺身用には、ヒラメを求める。
夕方、車での用足しから戻る。 ヒラメをカルパッチョでいただいてみることにする。
絶妙。 薄口しょうゆでは、塩辛すぎた。 沖縄の微細な塩を使ってみるが、均等なまぶしがむずかしい。 ブラジルの海塩にいきつく。
激務につく日本の刎頸の友からメールあり。 年末には故郷の大分に帰るという。 先回の訪日で知り合った大分出身の人とメールのやりとりをしていたところ。
カルパッチョ用のライムの代わりに、冷蔵庫に残っていた小瓶入りのカボス汁を取り出す。 いよ、これも大分産。
移住先でこれだけおいしいものをいただけて、祖国に刎頚の友がいて、ありがたい限りかも。
12月30日(月)の記 郵便屋さんちょっと ブラジルにて
さあ、年内というプレッシャーを利用して、どこまで何ができるか。 郵便関係を一気に。
それにしても、今年はクリスマスカード・年賀状の到着が減った感じ。 mixiなみに根強く郵便を固持している方々もいらっしゃるし、そもそもこちらもキライじゃない。 お世話になった方で、ネット系とは無縁で住所がわかる方で、思い出せる方にも。 日本とブラジルへの書籍送りも今日中にしちゃおう。
本日したためた分で、10数通。 郵便局は17時まで。 16時半ぐらいには最後の配送が終わってしまうようで、16時過ぎには局に着きたい。 より「緩い」方の局へ。
システムがダウンしてしまい、書留の控えが出せないという。 その間に買い物をすることに。 途中で中断して、閉局間際のオフィスで控えを受け取る。
さて年内にあと、なにをするか。
12月31日(火)の記 南回帰線下の寒ざらしそば ブラジルにて
しょぼしょぼと、残務を手掛けているうちにブラジルも年越しカウントダウンの気配。 花火の音が街に響き始める。
数日前に冷麦をいただく時につくっただし汁が残っている。 日本海産の巨大いりこ、北海道の根昆布とぜいたくな材料でこさえた。 それぞれの賞味期限は、問答無用。 しかし肝心の醤油がブラジル産の使い慣れない銘柄のもの、甘過ぎた。
年越しそばをいただこう。 これも日本から担いできた限定品・「山めん寒ざらしそば」がひと袋あり。 江戸時代のレシピを再現したとされる珍品なり。
秋に収穫したそばを、厳寒の冷たい清流に約二週間、漬けてさらす。 さらに真冬の紫外線の多い寒風にさらして乾燥。 薄い茶色を呈し、お味はほんのりとした甘味。 山形で春の限定期間、一部の蕎麦屋でいただくことができる。
2年前、ちょうどその時期の山形訪問がかない、蕎麦屋を何軒かまわってようやくいただくことができた。 その時に買った乾麺、賞味期限は今年の4月。
むむ。 かび臭いとまではいかないが、味がデリケートなだけ、食材棚の他のいろいろなフレバーを吸収してしまった感じ。 青ネギを多めに入れて、もう太古のレベルの高知産ゆず唐辛子を投入していただく。
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