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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2014年の日記  (最終更新日 : 2015/01/02)
4月の日記 総集編 英信コネクション

4月の日記 総集編 英信コネクション (2014/04/06) 4月1日(火)の記 月替わりにシリコン
ブラジルにて


ブラジルではいわゆる年度は正月に替わるので、4月になることに日本ほどの節目の意味はない。
エイプリルフールだからどうということも、日本ほどない感じ。

昨日以来の編集作業に没頭で、月替わりの実感も乏しく。

家事の方では水回りの問題があり、漏水防止にチューブ入りのシリコンを購入。
さっそく使ってみる。
かなり酸のニオイが強烈。
胸部や臀部の増量に、こんなのを入れるのか。
シリにコンニャク。

家族のリクエストで、夜は肉じゃがをこさえる。


4月2日(水)の記 からあげデー
ブラジルにて


一昨日、昨日とビデオ編集を詰めたので、今日は少し中だるみ。
家族のリクエストで、鶏のからあげを夕食に。
今回は骨のない胸肉を使い、下味がしみ込むよう何度も手を加えてみた。
うむ、これからはこのセンでいってみよう。

築数10年のわがアパルトメントは換気扇がないので、油ものをするとなかなかニオイが抜けない。

ここのところ、編集と家事の合間は成田の改造社で買ったノンフィクションの文庫を読み耽る。
『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』上下を読了、『東電OL殺人事件』にのめり込む。


4月3日(木)の記 鹿児島の あまやどり
ブラジルにて


現在、編集中の友人の結婚式のビデオのタイトルをいろいろ考えた。
『鹿児島の あまやどり』でいってみようと思う。

思えばブラジルと日本で結婚式の友情撮影を手掛けたのは、10件を下らない。
ドラマチック度では、今回のが群を抜いていそう。

今日の作業で、全体の見通しがついた。
60分のDVD4枚組の大作。
さあ明日からは細かい映像と音声の編集作業に入る。


4月4日(金)の記 預言者たち
ブラジルにて


現在、編集中の結婚式ビデオの新郎について。
在日日本人だが、サンパウロのスラム街でのボランティア活動に来ていた。
その時期に、サンパウロの日系人相手に行なった拙作の上映会に来てくれて知り合った。
遠からぬうちに日本で結婚するとのことで、もし僕の訪日中だったら華燭の儀を撮影するよ、と言っておいた。
翌2007年、彼はホントに挙式を行なうことになった。
5月5日、場所は鹿児島の南洲神社。
折しも訪日ということになり、鹿児島に飛んだ次第。

これまでの結婚式の撮影のなかでは、サンパウロの自称「成功者」の日本人など、思い出したくもない屈辱的なものもある。
鹿児島の彼は、その逆。

さて、披露宴の席で出席者たちからのメッセージを録画した。
「これから、いろいろ厳しいことがあるけど…」
「いろいろ大変なことが…」
この手が、少なくないのだ。

東日本大震災と福島原発事故の4年前。
これだけの事態を、漠然とながら予見されていたのではという気もする。

南洲神社は、天皇を長とする大日本帝国に弓を引いた、西郷隆盛をはじめとする逆賊たちが神としてまつられている。
靖国神社の対極にあるといえるかもしれない。

『鹿児島の あまやどり』は僕の外向けフィルモグラフィにはあげないが、『下手に描きたい 画家森一浩ブラジルの挑戦』とならんで、西郷隆盛の肖像が写りこんでいる作品である。

夕方は、国際ドキュメンタリー映画祭へ。
『祭りの馬』の上映にやってきた松林要樹さんに、日本で渡しそびれていたものを手渡す。
もう一本ハシゴをするが、今度はだいぶうとうとしてしまった。
日中、ずっと張りつめて映像をチェックし続けていただけに、そうは持たない。


4月5日(土)の記 家族で生還
ブラジルにて


『鹿児島の あまやどり』の作業を朝から続行。

今日はブラジル国際ドキュメンタリー映画祭の一環として、今村昌平のドキュメンタリーの上映、そして夕方より今村監督の教え子の松林要樹さんとの討論というイベントがある。

しかし以前からの約束の家族の祝い事があり、参加を断念。

ひと駅先にあるミナス料理屋に行こうということになる。
付近の道路事情がわからず、アルコールも少しは飲みたいので、車は見合わせる。
家族4人で徒歩で向かうことになるが、日も短くなり、ヒヤヒヤである。

国民的カクテル・カイピリーニャでもイッパイいただきたいところだが、20レアイスもするではないか。
邦貨にして約900円、それにサービス料10パーセントが乗せられるから1000円である。
このカクテルのベースとなるピンガの安いのが、3ビンは買えるお値段である。
ビールでガマン。

帰りはタクシーでもフンパツしようかとも考えるが、けっきょく歩いてしまう。
今日は無事で済んだけれども。


4月6日(日)の記 「今村昌平です」
ブラジルにて


「今村昌平です」。
サンパウロの中心街で、今村学校生の松林要樹さんとセルヴェージャ(ビール)を飲み交わしていて、こんな今村監督の声がよみがえってきた。
音声のみ。
松林さんは、覚えがないという。
するとおそらく、僕の日本の学生時代にラジオで流れていた今村映画学校の宣伝なのだろう。

今日も、朝もはよから『鹿児島の あまやどり』マスター素材の確認と修正。
できれば今日のうちに片づけたかったが、またしても素材のドロップアウトを見つけてしまい、オリジナルからやり直し。

急いで日曜の路上市に行って、鮮魚類を買い、家族の昼食の支度、自分も早食い。

昼から、思い切ってブラジル国際ドキュメンタリー映画祭の今村昌平特集上映をブラジル銀行文化センターに見に行くこととする。

昨日、討論を務めた松林さんが今日もいち観客として来ているではないか。
今日はイマヘイさんのドキュメンタリー上映が4セッションあり。
それぞれの合間に松林さんからダイレクトにこぼれ話を聞き、語り合えるという僥倖。

プログラムには『MIKAHEI O OTTE』とある『未帰還兵を追って』2部作。
次いで『無法松 故郷へ帰る』、これは強烈だった。
『ゆきゆきて、神軍』を僕は凌ぐと思う。
これを、テレビで放送したのか。
『ブブアンの海賊』、牛山テレビドキュメンタリーとの相違を諸々考える。

ここでビールを飲んでから、松林さんとお別れ。
いよいよ、『人間蒸発』に挑む。
僕がドキュメンタリー制作業界に入る前、映画青年だった頃に見て、忘れられない数少ないドキュメンタリー映画。
といっても、「おととやさん」「ネズミ」といった断片しか記憶にないのだが。

これも、凄いんだが…
彼我のドキュメンタリーのあり方の距離を考える。
帰宅後、さっそくネットで調べてびっくり。
そもそもわが師牛山純一プロデューサーの産んだ日本テレビの「ノンフィクション劇場」のプロデューサー(牛山さんをチーフに、何人かのプロデューサーがいたのだろう)が今村監督に行方不明者を題材としたドキュメンタリーをやらないかと持ちかけたとあるではないか。
番組は終了してしまい、今村監督は映画としてこの素材に取り組んだ由。

かつて、僕も日本へ出稼ぎに行って行方不明になってしまった人をテーマとしたドキュメンタリーづくりを考えたことがった。
日本でこの方面に詳しい人に、ヤクザ問題が絡んでいるのでやめた方がいいとアドバイスを受けて、方向転換してしまったけど。
いろいろ、思い出すこと、考えることあり。


4月7日(月)の記 日本じゃ見れないドキュメンタリー
ブラジルにて


朝から、友情撮影の結婚式ビデオの編集済み素材をチェック。
一週間以上かかっちゃった。
しばらく、この手から遠ざかりたい。
もうひとつの友情撮影のビデオを、訪日までにまとめ上げないと。

取込み中であるが、あえて見ておきたいドキュメンタリーに足を運ぶ。
ブラジル国際ドキュメンタリー祭の国際短編コンペ部門の作品。
『KIJIMA STORIES』というフランス人が製作したらしい作品。
日本のキジマというヤクザが画家になったという話らしい。

作品で何度も映し出される古い日本の新聞記事らしい映像から察すると、この「木嶋さん」はヤクザからキリスト者になり、絵を描くようになったようだ。
作品に何度も、この人によるらしい作画プロセスが紹介されるが、見事。
このキジマさんに関わる何人かのインタビューが映し出されるが、本人らしい人の肉声はない。
健さんの「網走番外地」の歌声が繰り返し流される。

なんだかよくわからないのだが、帰宅後、調べてみる。
「親分はイエス様」といった本を書いた人がいたかと思うが、その人とは違うようで、キジマさんのことはネットではわからない。
そもそもこの映画について、日本語では情報になっていないようだ。

時折り、日本で公開しないことを条件にされているらしい日本国内で撮影されたドキュメンタリーをこちらで見ることがある。
この作品も、そうなのかもしれない。
そうした作品からこそ、見えてくるものがある。
福島原発事故についても、日本で公開されない作品が増えてきそうだ。

さあようやく先月、沖縄で撮影した友人一家の卒業式記念映像の取込み。
今日も一日断食。


4月8日(火)の記 ジロ物語
ブラジルにて


冷蔵庫のなかに、ジロがある。
もう何週間か前に、有機農園から届いたものだ。
まんまるでライムより一回りほど小さく、ピーマンのような緑色で光沢があり、ナスのようなヘタがある野菜。
えぐみというか苦みがあり、サラダバーにあっても進んではとらない野菜。
料理したこともなし。

折しも我が家に来たバイーア州出身のおばさんに、ジロを料理したことがあるか聞いてみた。
ない、という。
「インターネットで調べてみたら?」と言われてしまう。

日本語で調べると、これといった和名もないではないか。
ジロ茄子、と呼んでいる人もあり。
日本に渡ったブラジル人が彼の地で栽培して、在日日本人の手に渡ったらしい。
ポルトガル語のサイトで調べると、ジロは肝臓や口臭にいいとある。
中年男子への福音かも。

刻んで水に晒し、さらに塩も足して晒してみる。
夜は干し牛肉の鉄板焼きとするが、ジロも焼いてみる。
意外な甘みまで出てきたではないか。
ジロちゃん、けっこう使えるかも。


4月9日(水)の記 サンパウロ、ハシゴするアート
ブラジルにて


来週からの次なる訪日中、日本のさる美術館での僕のアーチストもののドキュメンタリー上映と講演が決まった由。
外回りのついでに、その対策。

この日曜日に松林要樹さんをお連れしたカイシャ文化センターをふたたび訪ねる。
四つの企画展が開かれているが、いずれも4月中に終わるので、これが最後だ。
特筆したいのはジョアン・ミロの展示。
ミロの鉛筆描きのラインに心惹かれる。

ピニェイロスのトミエ・オータケインスチチュートへ。
こちらの複数の企画展が同時開催されているが、今ひとつ僕にはピンとこない。
特筆は、新たにトミエ先生の作品の展示コーナーが築かれたこと。
70年代のリトグラフが展示されている。
昨年のトミエ展の解説を反芻。


4月10日(木)の記 友情編集たけなわ
ブラジルにて


次回訪日まで、カウントダウンとなった。
友情撮影ビデオの編集沖縄編も、たけなわに。
それにしてもこの撮影を手掛けたことの奇遇。
さて、明日までに目鼻を付けて、さっそく鹿児島編からDVD手焼き作業に入らないと。
諸々のお土産も買いにいかないと。
あ、まだまだある、残務と雑務。


4月11日(金)の記 罰金割引
ブラジルにて


用足しで外に出たついでに、ブラジル銀行で罰金を払うことにする。
どれぐらい待たされるかわからないので、読み物も持参。
今年初め、友人をサンパウロ近郊に案内した時のスピード違反。
60キロ制限のところを、77キロで走ったとある。
地方の幹線道路で60キロ制限とは、まさしくネズミ取りの罠である。

支払期限は5月だが、期限までに支払うと20パーセントのディスカウントありとのこと。
ネズミ取りの仕掛けといい、まことにサービスが行き届いている。

ディスカウント料金で、邦貨にして4000円弱。
さる日曜に、ブラジル銀行文化センターで今村昌平のドキュメンタリーを4セッション、タダで見せてもらった。
これを、一回1000円取られたと思うとするか。
日本なら、もっと取られるだろうし。
映画も、罰金も。


4月12日(土)の記 ピンガ応報
ブラジルにて


二日酔い気味。
そうもいっていられない。
DVDの手焼きや、あちこちへのメール送りなど。
買い物もある。
訪日土産の買い出しに行き、ブラジルの大衆酒ピンガ:カシャッサの銘柄ものが目につく。
最近のこちらの新聞でベスト10が紹介されていた。
1位、2位は何100ドルもするシロモノ。
3位はぐっと手頃で邦貨で1000円もしない。
ミナスジェライス産のBOAZINHA。
先週行ったレストランでカイピリーニャ(この大衆酒のカクテル)イッパイ飲む値段より安くボトルが買える。
話のタネに買ってみるか。

さっそく家に帰って、いただいてみる。
うむ。
悪くはない。
だが必ずしも僕好みの味でもない。
他も飲み比べないと…


4月13日(日)の記 秘密の菜園
ブラジルにて


いくつかの事情が出てきて。
主が留守にしている家庭菜園の収穫に行くことになる。

妻は薬草の採集。
真っ赤な小粒のプチトマトが目につく。
少し採集を試みる。
野生のベリー類をほうふつさせる。
熟れ過ぎで地面に落ちたり、皮が避けているものも少なくない。
そもそもトマトの野生種は、こんな感じだったのだろうか。

ライムの実もたわわ気味に成っている。
まだ少し早いのか、かなり硬い。
いささかでもやわらかいのを数個、もぐ。

人と植物の関係。
そして、福島のゾーンを想う。


4月14日(月)の記 二級の脂
ブラジルにて


日本の諸々の人たちへのメール、各種お土産の買い出し、DVDの手焼き。
古新聞の整理。
最後の晩餐は、手こね鉄板ハンバーグとする。

ブラジル・サンパウロの肉屋では、挽き肉は牛のもののみ販売される。
して、一級と二級がある。
通常は一級を買っているのだが、先週、ちょい高級な肉屋に行くとあまりに高く、二級のもので近所の肉屋の一級クラスの値段だったので、二級を買ってみた。
これはお好み焼きやジャージャー麺に使って、その残りを今日、近所の肉屋で買った一級の挽き肉と混ぜて、ハンバーグをこねることとした。
なんとも、脂が両手にねっとり。
石けんをまるで受付けない。
中性洗剤を用いるのもシャクで、茶殻で少しでも脂をぬぐおうと試みる。

一級と二級の違いがよくわかった。
この脂の手でDVD焼きの作業、それに電話のアテンドも。

こうして、ブラジル最後の晩餐。


4月15日(火)の記 カイピ大作戦
ブラジル→


記録的な猛暑の続いたサンパウロだが、すっかり冷え込んできた。
出ブラジル当日を迎える。
身辺整理。
午後、帰宅した子らと一緒にスーツケースの詰め込みにかかると、思った以上にスムース。
今回は日本のさる食堂とコラボでフェイジョアーダをつくることになり、その食材だけでも〇キロあったりするのだが。
日本からの頼まれ米5キロよりは、ずっと担ぎがいがある。
22時台のフライトだが、ラッシュのピークを避けて、17時出家。

今回は3度目のエティハド航空。
カウンターの姉ちゃんは、こっちのステータスではラウンジが使えないと言うが、成田でもアブダビでもOKだったよと告げて確認させる。
すると、VARIG航空を買収したGOL航空のラウンジが使える由。

昨今のラウンジの常で、ゴチャゴチャしているが…
おう、これはなんだ。
「CAIPI ONE」と書かれたプラスチック袋がフローズン状態で置かれている。
なんと、袋入りのカイピリーニャ、ブラジルのナショナルカクテルだった。
パッションフルーツ味、ココナッツミルク味、イチゴ味がある。
使用されているアルコールはカシャッサではなく、ウオッカ。
ちょっとクセのあるカシャッサよりウオッカの方を好む女性、若者は少なくない。
ウオッカベースだと、カイピロスカなどと呼ばれることもあるのだが。

切りにくい袋を開けて、グラスに注ぐ。
シャーベット状のため、解凍を待たねば。
その間、ブラジル国産ワインをいただく。
カイピの方も三味ともたしなみ、ゴキゲンなり。

ワールドカップでブラジルを訪ねる観光客が覚えていくのがこのニューフェース・CAIPI ONEかも。


4月16日(水)の記 アブダビの綱渡り
→アラブ首長国連邦→


なかなか離陸許可がおりないようだ。
サンパウロを予定時間より2時間近く遅れての飛翔。
アブダビでのトランジット時間は、2時間強しかない。
アブダビ一泊かよ。
まあ、じたばたしてもはじまらない。

機内映画でも。
あいかわらずエティハド航空には日本映画がないのだが、今回は『RAN』があった。
これは、あんまし機内でまで見たくない。
まずは日本語字幕のある『ローン・サバイバー』。
アフガニスタン奥地に潜入して、タリバンの幹部の暗殺を謀る米特殊部隊の話。
実話に基づいている、という迫力。
沖縄と米軍のことがオーバーラップ。
そういえば先月、佐喜真美術館から見やった普天間基地は、亜熱帯の自然保護区かと見まがうほど動きがなかった。
ほとんどが、アフガニスタンに遠征してしまっているため、と聞く。
さて、映画から、アフガンの植生と地質はこんなものかと、自然地理のお勉強もさせてもらった気分に。
(のちに調べると、この映画は大半をニューメキシコで撮影した由。)

続いて1993年版の『秘密の花園』。
これは、こういう話だったのか。
小学校時代から、タイトルは気になっていたが読むことはなかった。
なぜだろう。
孤児となった少女の話、というので、忌避してしまっていたのかもしれない。
隠された廃園と子どもの話、というのはいろいろな設定が可能そう。

アブダビには1時間も遅れずに到着。
だが、アメリカでのトランジットだったらアウトだな。
アブダビでは入出国の手続きも荷物のピックアップの必要もない。
荷物のX線検査が長い列となるが、これも米国よりかはずっとスムース。
トイレで顔を洗ったぐらいで、さっそくゲートで成田行きの搭乗待ち。

まにあった。


4月17日(木)の記 カボ川を想って谷戸前川の畔へ
→日本


アブダビからの乗継便は、意外と空席が目立つ。
機内映画の続き。
『エビータ』『もうひとりのシェイクスピア』など日本でも公開されているもののほかに、まるで日本語で紹介されていないとおぼしきロシア映画を発掘。
タイトルは英題だと『THE GEOGRAPHER DRANK HIS GLOBE AWAY』。
この題を活かしたオカムラ訳だと、『酔いどれ地理教師』ぐらいか。

カスピ海に連なるカボというところが舞台。
(のちに調べてヴォルガ川の支流のカボ川、ウラル山脈の西側とわかる)
妻に愛想を尽かされ、アルコールに溺れ気味な中年男が高校の地理教師の職を得る。
女と酒をめぐる日常の末、生徒たちとカボ川を下るラフティングの旅に出る。
グループには、彼に恋心を抱く女子高生もいる。
人跡希な大地での無謀な川下りで、一行は生死をさまよう…

前編と後編で、まるで別作品のようなのが面白い。
ウラル山脈からロシア平原に向かう大地を流れる、蛇行と早瀬の重複する川とその心象が、松井太郎さんの『うつろ舟』の大河とコントラストとして面白い。

機内モニターの地図だと、搭乗機は朝鮮半島を西から東へ横断。
成田への着陸態勢に入るので、機窓を開けるよう指示される。
眼下に峻険な雪山が拡がり、息を呑む。

今ひとつ季節の実感がないまま、日本入国。
渋谷経由で目黒の実家にたどり着く。

下高井戸シネマのドキュメンタリー映画祭モードに切り替える。
道中、抱えてきた『追悼 上野英信』に集中しよう。


4月18日(金)の記 英信コネクション
日本にて


時差ボケで覚醒中。
ブラジルから発注しておいた『朽ちていった命-被曝治療83日間の記録-』(NHK「東海村臨界事故」取材班、新潮文庫)をひも解くと、やめられなくなり、イッキ読み。
「放射線の恐ろしさは、人知の及ぶところではなかった。」
(194ページ)
人智におよばないような輩に政権を、権力を握らせていると、どのようなことになるか。
その後の、人類史上最悪レベルのあの福島の事故にも懲りないとは、次なる事故をこまねくばかりだ。
『とても悲観的な考えなのかも知れませんが、原子力というものに、どうしても拘わらなければならない環境にある以上、また同じような事故は起きるのではないでしょうか。』(東海村臨界事故の犠牲者の未亡人から著者への手紙より、196ページ)

明日の拙作上映に備えて、『追悼 上野英信』(追悼録刊行会編)をあらためて最初から通読している途中だった。
記録文学者の上野英信は学徒動員中に広島で原子爆弾の被害に遭い、原爆症に苦しみ続けた人でもある。

明日の上映後のトークのイメージをつかみ始める。

さあ今晩は下高井戸シネマDOCUMENTARY FILM FESTIVALの前夜祭。
『ある精肉店のはなし』が上映される。
この映画のプロデューサーの本橋成一さんが会場にいらっしゃる。
本橋さんから声をかけていただく。
明日、上映する拙作『消えた炭鉱離職者を追って・サンパウロ編』の主人公の犬養光博牧師と何度も会ったことがあり、ぜひ見たいが明日は都合がつかない由。
こちらも、うっかりしていた!
上野英信は本橋さんの写真集『炭鉱(ヤマ)』に序文を寄せていて、本橋さん自身が『追悼 上野英信』に強烈なカミングアウトの追悼文を載せていらっしゃるのだ。

上野英信のはじめてのブラジル取材行から、ちょうど40年。
あなかしこ。


4月19日(土)の記 転倒の夜明け
日本にて


時差ボケ絶好調。
深夜に覚醒して、眠れなくなるのだ。
今日の下高井戸シネマの上映は、最初にして最大級のヤマ場である。

『消えた炭鉱離職者を追って・サンパウロ編』のために作成してくれた画家の森一浩さんのイメージ画の額縁を用意するのを失念していた。
日本の実家にあるものでの代用を図る。
折りたたみ椅子に乗って、押入れのなかをたぬき掘りしていて、転倒。
手首、スネに傷。
頭なども打つが、軽微で済む。
これは、ひとつ違ったら、相当あぶなかった。

今日来場してくれるという人に頼まれた、ブラジルからの相当量の○○、上映スタッフなどへのお土産など、額縁に入れたミックスメディア作品の他にも荷物たっぷりだが、○○に圧倒されてお土産を忘れてしまう。

人身事故こそなかったものの、いちいち電車の接続が悪い。
開場後に映画館に到着。
半ダースぐらい、おかちゃんの欲しい取込み。
ご来場していただいた方々にろくに挨拶もできずにごめんなさい。
とにかくトークをそこそこキメることに主眼を置く。

なにせ地味で欠点だらけの15年前に撮影してお蔵入りにしていたものだし、他の拙作群に増してサポートグループもない。
ところが場内は補助椅子使用、床への座り見の人も出てくる大入り。
「優れたドキュメンタリー映画を観る会」の飯田光代プロデューサーと映画館の培ってきた信用のおかげ。
トークねたもブラジルから空輸、魚河岸直送、発酵熟成系、純性オヤジギャグに移民ギャグ等々、豊富に用意させていただく。

この映画館は辛口の観客もいて、これまでもあらぬ誹謗にうろたえたことがあり、慎重に構える。
しかし、上映中の空気のよさ、観客の引き込まれ度の高さがひしひしと伝わってくるではないか。

熱い拍手をいただいた後のトークでは、続編を切望される。
こちらの目的は、それにあった。
それにしても意外なまでの好評に、正直めんくらい。

今日は希望者も少ないかと、懇親会の会場は目安を付けておいたが、予約は入れていなかった。
飯田さんが気を効かせてくれたおかげで、助かった。
25名強のスペースを予約してもらったが、あまりに詰めかけ、遠慮してくれたグループがいくつも。
申し訳ありません、ありがとうございました。

存じ上げない方々も多く、自己紹介をお願いすると皆さんよく語ってくださり、一巡するまでに岡村の短編ぐらいの時間所用。

作品同様、至らないことばかりだったが、皆さんに助けていただきました。
あなかしこ、あなかしこ。

自分に望まれていることを、祈りとともに見つめ直します。


4月20日(日)の記 ライブなき日の生き方
日本にて


昨日の上映と懇親会のあと、なおも付き合ってくれる有志らとともに、新宿ゴールデン街に行った。
拙作『アマゾンの読経』で主役をはった伊豆大島の佐々木美智子さんが、あらたに新宿ゴールデン街の「中ちゃん」というお店に土日の午後3時から発つことになったので。
さっそく面白い出会いがいくつか。

その佐々木さんが、今日のNHKの番組に登場するという。
午前8時からの「小さな旅」、副題は「はじまりの路地~東京新宿ゴールデン街~」。
これを見れるようにするために、ちょっと手間暇がかかる。
後半は佐々木さんがまるで主役で、ご同慶の至り。
アマゾンやブラジルには触れていなかったようだけど。
ちなみに、4月26日(土)午前5時15分より再放送あり。

今日の下高井戸シネマでの上映作品は昨年、見ているのでお休みさせてもらう。
ブラジルから担いできた諸々を発送する手配をしなければならない。
夕方まで、それにかかる。
初日に行きそびれた、学芸大学駅周辺挨拶回りに出る。

これらが片付いて、せいせいした。


4月21日(月)の記 世界の窓
日本にて


ブラジルの旅行エージェントのよこしたJRレールパスの交換案内には、渋谷駅では旅行センターで20時まで可能とある。
それを信じて今日の行程を組む。
20時前に旅行センターに行ってみると、旅行センターでは交換できない、インフォメーションセンターで18時30分までと言われる。
また後日、出直さなければならない。
日本を訪ねる外国からの旅行者は、どれだけこういうデタラメさに翻弄されていることだろう。

下高井戸シネマ・ドキュメンタリー映画特集のナイトショーで『異国に生きる』を鑑賞。
背景が深く紹介されているわけではないのだが、ビルマ人の主人公夫妻、そして夫の父の、人としての品格、高貴さに打たれる。
日本人の取材者が主人公のチョウさんに「サクリファイス」という英語で質問していたが、キリスト教の精神がチョウさんの背景にあるのかと思った。
しかしどうやらチョウさんは親譲りの大乗仏教徒のようだ。

チョウさんの経営する高田馬場のビルマ料理店にぜひ行ってみたいものだ。

今さらながら、自分のドキュメンタリーばかりに凝り固まっていたら、おしまいと再認識。


4月22日(火)の記 世田谷をあるく
日本にて


「優れたドキュメンタリー映画を観る会」@下高井戸シネマの上映はモーニングショーとレイトショーなので、両方を見るとなると、その間9時間近くをどう使うか、that is a question.

実家に戻れば昼寝もできるが、交通費がもったいないおじさん。
ネットカフェもこれぐらいの時間になると、経費がばかにならない。

今日は京王線で5駅西の千歳烏山駅へ。
玄米食堂の「らくだ」さんへ。
ここのスタッフに何度か拙作ドキュメンタリーの上映をしてもらっているが、お店の営業時間にうかがえていなかった。
知人は不在だったが、ゆったりとしたスペースでスローフードをいただくことができた。

お店を出て、東へ歩く。
地元で取れた野菜を売っているお店がある。
さすが、世田谷。
お店にあった資料によると、世田谷は東京23区内で練馬に次ぐ農地を誇る。
しかし宅地並みの課税により、平成になってまさしく半減した由。
お任せの青菜セット、ルッコラと水菜の束を購入。

雨もぱらつくが、さらに歩く。
松原病院を見やりつつ、上北沢の賀川豊彦記念松沢資料館へ。
まさしく、空気の違うスポット。
存在自体が貴重である。
学芸員の方に頼んで、賀川豊彦のブラジル訪問についての心当たりの資料を閲覧させてもらう。
思わぬことがわかったが、さらによくわからないことも。

16時30分閉館。
残りの時間は、下高井戸のハンバーガーチェーン。
こういう店の2階なら、長居をしてもあまり睨まれない。

賀川豊彦資料館の、礼拝堂の空気を引きずっている。

「我々は古き時代の文明にもう疲れてしまいました。(中略)
いろんなロケットを作ったり、原子爆弾作ったり、軍艦作ったり、空爆の飛行機を作らないで、もう一遍赤ん坊の時代を作りましょう。」

1958年、賀川70歳の時のメッセージより。



4月23日(水)の記 日本橋をあるく
日本にて


今日のシモタカのドキュメンタリー上映は、朝のも夜のもすでに見ているのでお休み。
午前中は祐天寺駅周りの用事をいくつか。

画家の森一浩さんの個展が今日から始まるので、午後からうかがう。
日本橋三越駅に接続したコレド室町3というビルの4階、ちばぎんひまわりギャラリーにて5月6日まで。
新ぴかのスペースで、ゆったりと鑑賞できる。
作品はダイナミックで、ブラジルや鹿児島で見るのとまた違った味わいがある。
して、それぞれに森さんが付けたポルトガル語のタイトルがすごく大味。
誰もわからないとおっしゃるが、簡単なスペルのまちがい等は直していただく。

京橋のギャラリーもハシゴするつもりで、歩く。
なんと、こっちは水曜定休だった。
うちひしがれて、銀座を歩く。
オバマ大統領の寿司喰い混雑に巻き込まれることもなく。

日比谷線を中目黒でおりて実家に向かっていると、立ち止まっている不審な男に罵声を浴びせられる。
サンパウロのストリート系の人に時どきこの手がいるが。
今の日本の病みと闇をかいまみた思い。


4月24日(木)の記 世田谷をのむ、かう
日本にて


下高井戸シネマのドキュメンタリー映画特集に来られたことのある人は、常連さんの作務衣姿の紳士に見覚えがあるかもしれない。
下北沢の蕎麦処「くりはら」のご主人である。
(お店は下北沢駅西口下車、鎌倉通りを北:笹塚方面に徒歩7分、右側)

今日はシモタカのモーニングショーのあと、この栗原さんと明大前の線路を望む中華料理店で会食。
「くりはら」では蕎麦に長ネギなどの薬味が伴わず、一味唐辛子だけが置いてある。
そもそも蕎麦は夏場の劣化(酸化、腐敗)が激しく、それをごまかすために長ネギやワサビなどのきつい薬味が用いられるようになったという。
何日も風呂に入らないのを香水でごまかすようなものだ。
くりはらさんの石臼ひきたて十割蕎麦は、厳選されて新鮮、蕎麦そのものの香りと味わいを楽しんでいただきたいとのこと。

シモタカ上映がらみで、東北沢に古書瀧堂という新しいお店ができたことを知り、生ビールと紹興酒を制覇してから栗原さんも伴なって行ってみる。
なんとお店の店頭に、栗原さんと僕をつなぐことになった人がモデルとなって登場するというマンガが10巻以上、どんとあるではないか。
オトナ買い。
店内には沖縄がらみの驚くべき本もあり、購入。
店内で若きオーナーご夫妻、栗原さんと盛り上がっていると、土曜にシモタカで拙作を見てくれたという人が声をかけてくれる。

ひとをつなぐ「優れたドキュメンタリー映画を観る会」のドキュメンタリー映画祭!


4月25日(金)の記 41×2
日本にて


二日酔い気味の朝。
シモタカの夜の上映に出るまで、諸々の雑用。
ついつい後回しにしていた手紙書きなどに着手。
先回の訪日中は、なかなかこうした余裕がなかった。
日本の封書の基本料金が82円になったので、かつての41円切手を2種並べて貼ったり。

さあ明日からの旅の準備も抜かりないようにしないと。
ところがそれ以前のことで、ぬかる。
財布に入れていたシモタカの前売り鑑賞券を、実家でレシート類を取り出した際に一緒に置いてきてしまったようだ。
泣く泣く普通料金を支払って観賞。
これから致命傷のないよう、教訓にしよう。


4月26日(土)の記 山形花見上映
日本にて


早朝5時、実家を発つ。
キャリングケースを半時間引きずってJR目黒駅へ。
列島巡礼の始まり。
山形で、桜前線に追いついてしまった。
満開の桜は遠目にも、車窓からでもこっちを放心状態にさせてくれる。

寒河江駅下車、まずは親戚周りのこと。
夕方より隣町の西川町のお蕎麦屋さん、杉之屋さんで『あもーる あもれいら』第一部を上映してもらうことになった。
音の設定の問題発生とのことで、さくらんぼ共生園の木村園長に予定より早く迎えに来てもらう。
お店でセッティング、なんとかなって安心。

店主の大沼さんがいろいろお話ししてくれるが、僕にはなかなか聞き取れない。
何度か聞いているうちに、ご自身が小川紳介監督の「牧野村物語」に出演しているとおっしゃっているとわかってきて、たまげる。

上映開始、集まってくれた人たちの反応が実にいい。
福祉、介護、教育に携わっている人が少なくないせいと見た。

大懇親会。
こちらが動ける環境のため、あちこちに移りながら。
だいぶ般若湯をいただくが、これでも緊張していたようで、あまり酔っていない。
今日も、奇跡がいくつか起こった。


4月27日(日)の記 水戸電撃上映
日本にて


山形寒河江温泉の定宿。
朝食サービスの著しい劣化に驚く。
ブラジルのやる気のない従業員なみ。
日本人そのものの劣化の象徴だろうか。

まことにJRレールパスはありがたい。
寒河江から水戸に行くには、いったん東京に出るのが一番早い。
車中はうつらうつらと、ブラジルから担いできた『天界航路』の読書。

水戸ではまず、お気に入りのミネルヴァさんへ。
これまたお気に入りの星月夜文庫さんの豆本をこれからのお土産用に3種購入。
これは欲しい虫ピンも見つけて購入。

にのまえ上映の常連さんにピックアップしていただいてお店へ。
今日は常に増していい上映だった。

明日は瀬戸内豊島。
後ろ髪をひかれながら水戸駅に送っていただき、いったん帰京。


4月28日(月)の記 てしまのあめ
日本にて


移動開始後に思わぬ失態に気づくが、致命傷にはならず。
品川より朝イチの「ひかり」で、まずは岡山まで。
那覇の古書ウララさんにご手配いただいた『上野英信と沖縄』を車中、読みふける。
先回は宇野港に豊島行きの船乗り場が二つもあるとは露知らず、乗り遅れてしまった。
今回はギリの接続の旅客船に間に合う。

豊島の二つの港のどちらで降りるか、浅野さんに確認していなかった。
電話は通じず、家浦港で降りてみる。
まよってもたのし、豊島路。
今夜の上映会場、「てしまのまど」にたどりつき、番長の安岐理加さんと再会、打ち合わせ。
いろいろあって、あの山川健夫さんがこれから豊島にいらっしゃることになった。
小豆島からやってきた浅野さんと合流、ともに山川さんを迎えに行く。

明日の上映会場の「食堂101号室」で店長の長屋さんと、「おかちゃん島フェイジョアーダ」作成の打ち合わせ。
さあ、あるものでどう迫るか。
長屋さんの持ち出した山菜イタドリも使ってみよう。

「てしまのまど」では番長リクエストの『リオ フクシマ』を上映。
強風と雨、ぐっと冷え込んできて番長が薪ストーブを点火。

わが意を得たりの上映の寄り合いとなる。
終電を気にせず、夜半まで話し合いが続く。
なによりも安岐さんが、言葉にならない感動を覚えてくれたようなのがうれしい。
浅野さんはあのラストの岡村のモノローグの意図をよく読みとってくれたようだ。


4月29日(火)の記 豊島の二毛作
日本にて


午前中は豊島「甲」地区の民宿植松にて、植松さんご夫妻、山川さん浅野さんで談笑。
午後から急きょ「かめだ屋」さんというところで島のご婦人方を主な対象としての上映会。
「アマゾンの動物救出作戦」と「60年目の東京物語」を上映、これがすごいビンゴとなった。
上映中、歌い、泣かれていた女性の胸中を想う。
ジャム2瓶の差し入れをいただき、拙著が3冊も売れた。

さあ食堂101号室でフェイジョアーダの製作。
長屋店長が、いいところまで進めていてくれた。
味の微調整。
ちょいとコンビニで、というわけにいかない環境。
ドリンク用の材料がきびしいのが残念。

先回、下北沢で対談をした臨床哲学者の西川勝さんも来島。
来場が遅れる方々を待つ間、短編小編を流す。
そして本編の『ブラジルの土に生きて』を上映。

今日も夜半まで話は尽きず。
まことに不思議な島だ。


4月30日(水)の記 今日の夢は大阪の夢
日本にて


瀬戸内豊島の朝。
淺野ご夫妻と世間話をしていて、とんでもないリンクが炸裂。
尋常ではない。

ふたたび客船に乗り、本土へ。
電車の接続が1時間以上あるため、お気に入りの「たまの湯」に入湯。
今日の男湯は、棚田の湯。
よきかな、よきかな。
あらためて『上野英信と沖縄』を読み始め、心を揺さぶられる。

大阪到着。
まずは夜の上映会場のアラビクさんへ。
こういうところで上映をやりたかった。
豊島でも活躍したブラジル国旗をお店の入り口にはってもらう。
いったん近くのビジネスホテルに入り、溜まっているオンライン作業の急ぎの部を少したしなむ。

上映のお品書きは『ブラジル最後の勝ち組老人』と『ギアナ高地の伝言』。
鋭いコメントと質疑、ドキュメンタリー屋冥利に尽きる感想もいただく。
打ち上げもまた楽し。

さあ明日は早朝から広島だ。


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