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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2015年の日記  (最終更新日 : 2016/01/03)
3月の日記 総集編 ヨコバイの夜

3月の日記 総集編 ヨコバイの夜 (2015/03/02) 3月1日(日)の記 9時のナメクジ
ブラジルにて


今日はDVD焼き作業をまとめて行なう。
昼前に海幸の買い出し。
午後より車で家族の迎え。

夕食が終わって、洗い物も終わった台所の流しにて。
プラスチック製のボールをひっくり返して、ぎょ。

中央に、ナメクジがうずくまっているではないか。
夕食で使用した野菜に付着していたのだろう。

この時のためにスタンバイし続けた接写可能なデジタルカメラを構える。
顕微鏡モードで。
体長が判明するように物差しを添えると、2センチほどの小ナメクジは待ち構えていたように物差しのうえに這い上がった。
さらにナメクジが付着していたとみられる、有機農場から来た水菜を冷蔵庫から取り出す。
ナメクジはわが意を得たとばかりに、いたみかかった水菜に突進。

黒灰色で、以前レタスに付着していたのと同種とみた。
お世話になっている日本のナメコロジー研究会に、ようやくブラジル産ナメクジの写真を送ることがかなう。

在来種ではないだろうこと、生息地から移動しているなどの難点はあるが、これぞグローバルに生きるナメクジの最前線の姿。


3月2日(月)の記 なめくじネット
ブラジルにて


もう3月になった、ということにぎょっとする。
なんと2月の短いこと。
さあ今日も1日断食だ。

日本のナメコロジー研究会の足立代表にサンパウロのわが家で出会ったナメクジの画像をお送りしたところ、さっそく返信をいただいた。
日本の共通の知人に同定を頼む由。

そもそもこちらで同定できないのが申し訳なく、ネットで調べてみる。
ポルトガル語でナメクジについて調べてみると…
ウザい、殺せ!
といったものが多く、日本のヘイト系、ネトウヨ系をほうふつさせる。

類似種の画像に lesma preta:クロナメクジ とある。
その語で検索するとポルトガル本国のサイトばかりがヒットして、足立さんが『ナメクジの言い分』(岩波書店)で「ヨーロピアンブラックナメクジ」と呼んでいる強烈なナメクジの画像が現われるばかり。
わが家に来たアミーゴとは、明らかに別種である。

この欧州黒蛞蝓は北米では確認されているようだが、南米での報告はないようだ。
ブラジルのナメクジ相の情報がこれほど少ないとは。
リオのチャイニーズレストランのチェーンのサラダからナメクジが現われたとか、ブラジリアのサンドイッチのレタスからナメクジが見つかり、慰謝料1500レアイスせしめたとかいうネタはけっこうあり。

足立則夫さんが著書のなかで、ナメクジシンパの人の共通点をあげている。
①好奇心が旺盛である。
②生き物に対するまなざしがやさしい。

日本にもブラジルにも、ヒトに奉仕するのが生きもの、という価値観のヒトばかりで、いやはや。
サンドイッチで1500レアイス:邦貨にして6万円強をせしめた人は、ナメクジにかなりの奉仕をしてもらったかも。


3月3日(火)の記 ムーサたちのサンパウロ
ブラジルにて


おもてなし業、再開。
東洋人街のホテルに入った日本からの知人らと合流。
一緒に地下鉄の切符を買って、サンパウロ近代美術館にご案内。
新たに始まった蔵出し展が見ごたえあり。
さすがは南半球で最大・最良級の美術館といわれるだけのことはある。

やや時間が余ったので、近くのダビンチの発明展にもお連れする。
なにせタダ。
これも好きなムキには、こたえられないだろう。
小学校時代だったか、ダビンチに凝ったことを思い出す。

客人らの銀行引出しに付き合って、お別れ。
近くで用足しをしてから、Itau culturalをハシゴ。
お目当ての展示は終わってしまったようだが、新たに始まったブラジルの女性文人展、そして「想い出のアート」というブラジルの写真展が、すごい。
言葉が追いつかない、いい感じ。
後者の目録のつくりには、おったまげ。

いい展示に出会った満足感に包まれて帰宅、映像編集作業のつづきに突入。


3月4日(水)の記 サンパウロの水担ぎ
ブラジルにて


サンパウロ市内の断水事情についてはたびたび記してきたが、ささやかな水道水の質の劣化も甚だしい。
浄水器を通しても飲めたものではないほど劣化してから、ますますひどくなる一方。
お茶やコーヒーをいれる水はミネラルウオーターを用いることになる。

1.5リットルのボトルではすぐになくなってしまうため、5リットル入りを買って担いでいたが、1.5リットル入りに換算すると値段が変わらなかったりする。
ちょっと歩いたところのスーパーマーケットがより安いことがわかり、今日は1.5リットルのボトルを3本ほど買って担いでくる。

わが家に出入りするブラジル人女性は内陸部の出身だが、少女時代は20リットル入りの缶を水場で満たして頭上運搬して持ち帰る家事を担当していたという。

水道水がそのまま飲めるという祖国の奇跡。
かたや地下水を、海水を放射性物質で途方もなく汚染し続ける日本。

牛山さんの『水と風』を見直してみたいものだ。


3月5日(木)の記 ブラジル現役かち組としての私
ブラジルにて


日本語の基礎知識。
かち:徒歩、歩行のこと。

日本からリサーチに来た人が、ぜひ会いたいという。
その人の滞在する高級ホテルのあたりは、サンパウロの一般庶民が公共交通でいくのは、かなりややこしい。
自動車は道順、渋滞、駐車場確保、無体な罰金、強盗のリスクを考慮するとおいそれと動かせない。
先方はこちらの都合のいいところまで出向くというが、ブラジルが初めての人にそうはいかないというもの。

ネットで検索すると、渋滞を考慮せずに地下鉄とバスの乗り継ぎで1時間10分程度所用。
徒歩だと1時間半ぐらいと算出。

思い切って歩く。
朝のラッシュの幹線道路では、数十分にわたって申し訳ないほど、徒歩の方が早い。
それにしても歩いてみてわかること、多し。
幹線道路同士の交差地点では、そのまま幹線道路を徒歩で直進したい人のことはまるで考慮されていないのだ。
今のサンパウロ市長は自転車優先で人気取りを狙っているようだが、歩行者を無視して浅ましいというもの。
あえて横断を試みると、車のリスクの他にこうした死角地点はストリート居住者の砦になっていて、別のリスクも。

いやはや、それでも歩いた。
帰路は道中にあたる、別の日本からの訪問者の慰問も果たす。
夜になって、へろへろの期間。

それにしてもサンパウロの町は歩きにくい。
段差、穴、危険物、うんち、物乞い、売娼、エトセトラ。
この大地に最初に至った祖先とつながっているためにも、あるき続けたいのだが。


3月6日(金)の記 写真展ふたたび
ブラジルにて


今日も日本からの訪問者おふたりのご案内。
サンパウロ州立移民資料館に連れて行ってもらいたいとのご要望。
昨年、リニューアルされていて、リニューアル後の訪問は僕も初めて。

今様かつブラジル的なダイナミックな展示となっている。
外国人の訪問者より、学校の団体が優先されている観のつくり。
近くで、割り勘の昼食。

出たついで、交通費の節約、もう一度は見たかったイタウ銀行カルチャーセンターの写真展へ。
A ARTE DA LEMBRAN?A、記憶のアート展。

アート系の展示の解説文は日本語で読んでも難解な感じ。
が、今日はキーワードをつかめたかな。
写真が喚起する、すでに失われた、あるいはすっかり変容してしまった場所、もの、人を追憶する感情。
これから写真をいじるうえでの大きなヒントになりそう。

さらに新たにオープンしたこのセンターの常設展、お気に入りに登録。
サンパウロで自慢できる場所。
日本の銀行って、文化面でいったい何をしているんだろう?


3月7日(土)の記 アートとフェイジョアーダ
ブラジルにて


今日も日本からの客人のご案内。
ダウンタウンで本日から開催のアート展がいくつかあるので、それらをハシゴするコースを提唱、これでいくことになる。

昼食のリクエストは、土曜でもあり、フェイジョアーダを希望の由。
こじゃれたレストランに入って見ることにする。
大衆系の2倍以上の金額。
たしかに、こじゃれてはいるが、ドリンク代、チャージなどの額も強烈。

僕のカードで支払うことにするが、こっちが多めの割り勘となる。
こちらのホームグラウンドだし、こっちのおごり、ぐらいに気張りたいところ。
が、ご案内のための地下鉄代も心配な懐具合で、情けなや。
カードの請求が怖い。


3月8日(日)の記 べちゃ飯の理由
ブラジルにて


昼はこちらの実家にファミリーが集い、わが子らがタコ焼きを作成。
わが家族もお腹いっぱいになる。

が、午前中に路上市でタイ枚はたいて買った鯛がある。
まずはカルパッチョで。
友人がポルトガルから担いできてくれた、とっておきの塩を使う。
うむ、カルパッチョはヒラメよりタイの方がうまいかも。

残りを、みりんのいらない鹿児島産の甘い醤油でヅケにする。
ご飯を少し炊いて、日本から担いでき「五目ちらしの素」を使ってみる。
米の水の量はやや少なめにして、土鍋で炊くが…

ありゃ、ご飯がべちょべちょ。
致命的ではないが、原因を考える。
ネットで調べると、コメの乾燥が十分でない場合があるとのこと。
新たに買ったブラジル産の「日本米」なので、この公算が高そう。

タイ米でなくて、ブラジル産の日本米だが、金額は通常のブラジル米の倍以上で、支払ったのは大枚、とまぎらわしい。


3月9日(月)の記 聖市大文化縦断
ブラジルにて


早朝6時台の地下鉄で市の中心街へ。
サン・ベント修道院の朝7時のミサ。
グレゴリオ聖歌隊の生コーラス込み。
一度は早起きして預かってみたかった。
近郊の街に赴任した友人の邦人夫妻と待ち合わせ。
「主の祈り」をグレゴリオ聖歌調に皆で唱えるというのも一興。

夫妻と中心街散策、雨模様のルース公園で菌類の観察、野良猫との交歓。
昼食はコリアン料理でいく。
サービスで小鉢類がいくつも出てくるばかりでなく、お代わりも無料でオッケー。
これこそ料理のおもてなしだな。
コリアン街を散策。
行き交うコリアンの人たちは、なんだかブラジルのわれらが同胞たちよりノーブルな感じ。

コリアン街は、元はユダヤ人街。
先回ものぞいたシナゴーグ付属書店へ。
気になっていた Zamir Cohen の THE COMING REVOLUTION-SCIENCE DISCOVERS THE TRUTHS OF THE BIBLE のポルトガル語版を購入。
Zamir Cohen はイスラエル人のラビで、テレビプロデューサーでもあるようだ。
この本も出だしを読み始めたところだが、グラフィックで歯切れがいい。
最新の科学が解明しつつある宇宙、生命、死生の最前線の問題が、トーラ―:モーセ五書に、そしてユダヤの古代の賢者によってすでに説かれている、というもの。

ググってみるが、この本も、Zamir師のこともまるで日本語にはなっていないようだ。
いやはや、知らないことばかり。


3月10日(火)の記 ニセ札発覚
ブラジルにて


スーパー系をハシゴして買い物。
ミネラルウオーター、牛乳など、少しでも安いところで。

最後の肉屋のレジで。
財布から取り出した50レアイス札が、ニセ札ですよと売り子のお姉さんに言われる。
ニセ札!
どこが?と聞いてみる。

まずは銀色のホログラム印刷の部分。
ホンモノは角度によって「50」と「REAIS」の文字が浮かび上がるが、ニセモノは「50」のみ。
裏面の色味が、ニセは赤黒くくすんでいる。
さらに紙質も指摘されるが、これは僕にはよくわからず。

50レアイス札はブラジルでは100レアイス札に次ぐ高額紙幣。
金欠のおかげで、どこでつかんだかは、間もなく思い出せた。
昨日の昼食時、僕がカードで払うことにして、割り勘分として友人夫妻にいただいたものだ。
思えば数年前、ニセ札の見分け方を伝えるポスターを銀行などで見かけたものだ。
今でもレジでこちらの出した札を売り子がこすったりかざしたりしてチェックすることはしばしばだが、自分が「ババ」をひいたと気づかされるのは初めて。

いい話のタネだ。


3月11日(木)の記 ヨコバイの夜
ブラジルにて


夕食は、ブラジル産もち米で鶏肉・ヒジキのオコワをメインとする。
水菜を洗っていて、黒灰色の小片が流しに落ちる。
あ、ナメクジ。
やはり過日のナメクジも水菜に付着してコチア市の有機農園から搬入されたもの、とみてよさそうだ。

居間の照明に、小さな虫が集まっている。
体長2ミリほどで黄緑色、日本語の分類だとヨコバイになろうか。
ヨコバイ科の学名は Cicadellidae、小さなセミの意。
大半のブラジル人は知らないが、ツノゼミのポルトガル語名は「小さなセミ」。

照明のカバーを取り外した際に、これらの遺骸が数多く見られることはしばしば。
が、大量発生の現場に居合わせたのは初めてかも。
この日、3月11日に大量発生されると、祖国の四年前の大惨事と関連付けたくなってしまう。
猛暑はどうやら終わりを告げ、降雨は続いているが、スコール型ではなくなった。

顕微鏡モード付きのデジカメでパソコンの液晶画面にとまるヨコバイの接写を試みるが、フォーカスがイマイチ。


3月12日(木)の記 ヨコバイとアミキリ
ブラジルにて


今日もサンパウロのわが家で、松井太郎さんのインタビュー映像を粛々と編集。
全体の長さは54分ぐらいか。

昨晩、大量発生したヨコバイが消えてしまった。
が、パソコンのキーボードはじめ、近視眼で見てみるといくつもの遺骸が散乱している。
白紙のうえにもいくつか見つかり、これはわかりやすい。
ヨコバイ類は透明な翅を体に対して斜め方向に伸ばしきって死んでいる。
思えば、照明カバーに散乱するのもこの状態だった。

カーニヴァル時期にこちらに来た元バックパッカーが安宿での虫刺されに苦しんでいたが、まさか彼の贈りものか、僕も手足がかゆくなり、虫刺され状のピンク色の発疹が。
わが家の古畳を疑うが、他の家族は特に問題ないようだ。

夜は冷凍してあった海魚アンショーヴァを解凍、鉄板で焼く。
この魚の正式な和名が覚えきれない。
アミキリか。


3月13日(金)の記 イミテの夕べ
ブラジルにて


松井太郎さんのインタビュー映像を、はじめから見直す作業に入る。
作業開始から2週間、字幕の割付け、ニュアンスの相違を調整。

驚き。
ひたすら松井さんのお話を全身全霊で訊き続けただけに、先月の作業開始時には聞き取れとずに意味不明だった部分が、改めて聞いてみると、けっこう聞き取れるではないか。
もはや松井番の境地である。
改めて、この作業の意義に感じ入る。

ブラジル、サンパウロ市内は現政権弾劾と、擁護のグループのデモが入り乱れるようだ。
今日は夕方より家族で邦題『イミテーション・ゲーム』を鑑賞することになっている。
映画館はまさしくデモ隊の通路で、デモ隊通行時には映画館はシャッターを下ろしてしまった。
このグループは小規模、平和的で打ちこわしなどの問題もなく。

さて第2次大戦中の英国の暗号解読作戦について、コンピューターの祖形について、ぐらいの予備知識で見たこの映画。
ポルトガル語の字幕にきちんとついていけないのが残念。

まさしく銃後の闘いが描かれるわけだが、Uボートやタイガー戦車もしっかり出てきて、かつてのタミヤ模型オタクも楽しめる。
ロンドン大空襲の描写もすごい。

思えば、広島長崎の原爆ものの映画は枚挙にいとまはないが、東京大空襲はどれだけ描かれたことがあっただろうか。
映画として僕のこころに刻まれたのは、ソクーロフの『太陽』ぐらいか。

先日、日本アカデミー賞を総なめしたと報道された『永遠のゼロ』とも比較をせざるを得ない。
残念ながら祖国の作品は、たとえてみれば身内でダジャレを言い合ったり、ヨイショをしあったりのレベル。
通時性も国際性も見受けられなかった。

在日日本人が自画自賛を続ければ、外部からは反比例して、ばかにされ、相手にされなくなる。


3月14日(土)の記 マツイミテーション・ゲーム
ブラジルにて


耳と頭の解析回路が松井太郎さんの言葉に慣れているうちに、さらに映像の再チェックを行なう。
昨日の映画さながら、暗号解読・エニグマの謎に挑戦、かなり新たに解けたぞ。
これは、もはや余人の追随を許さない境地。

ご高齢であり、時には早口で時には奥から絞り出すように話されるので、会話の常でもあり、勘違いやつじつまの合わないところもあるが、それもリアリティというものだろう。

昼は春雨メインで、夜はお好み焼きでいってみる。
冷凍庫にあったブラジル産レンコンを解凍してお好み焼きに。
まだまだレンコン、なくならないけど。


3月15日(日)の記 「鳥」を見た
ブラジルにて


丑三つ時に覚醒。
DVDで映画を見ることに。
うーむ、見たかったキューブリックがないではないか…
心ない人に無断で持ち出されたのだろうか。

ヒッチコックの『鳥』を見ることに。
恥ずかしながら、未見だった。
ほう、トリのホラーを抜きにしても、描かれている人間ドラマだけでぐいぐい引っ張っていくではないか。
日本の多くの怪獣映画の「とってつけた」以前のお粗末な人間ドラマが呪わしいほど。
トリの狂乱につてのレストランでの喧々諤々のシーンあたりもいい。

けっきょく、トリたちのご乱行の理由は、ヒントすら示されていない感じ。
もし僕の作品でこれをやったら、「一部」の観客からブーイング、クレームを浴びせられるだろうな。
これが映画表現なんですよ、お客さん。

家族を迎えに、新興の高層アパートへ。
まさしく、とってつけたような緑、僕のお好みの生物にまみえるのはむずかしいと思っていた。
が、帰路、エントランス部のまだ丈の低い庭木でenchenopa属とみられるツノゼミを発見!
在来種を植えれば、やってきてくれる…
さっそく携帯デジカメの顕微鏡モードで撮影に挑む。
うーん、フォーカスがしっくりこない。
このカメラのマニュアルがそもそも見つからなくて困っている。

町内でサッカーのブラジル代表のユニフォームを着て群れる人、窓にブラジル国旗を掲げる人をいくつか見かけたので、サッカーの親善試合でもあるのかと思っていた。
あ、これが今日、計画されていたジウマ大統領弾劾のマニフェストの一環だったのか。
テレビをつけると大手2局ではサッカー生中継。
ニュース専門チャンネルによると、パウリスタ地区に集まった民衆は100万人!

祖国日本が戦乱と「核」乱で滅ぶ前に、ブラジル人の爪の垢をお送りしたい。


3月16日(月)の記 カラシナとアシヒダ
ブラジルにて


さて、今日もとりあえず一日断食。
4月からの予定の写真展に備える作業イン。

最近のデジカメのデータを、ノートパソコン並びにDVDに取込む作業に挑戦。
日本で買った外付けDVDボックスを使ってみる。
まずは千数百枚の写真を取り込んでみる。

DVDへの取込み、成功したかに見えたが…
後半、ところどころデータが飛んでいるではないか。
なぜに?

別の方法を考えねば。
データの取込み、やり直し…

断食なれども家族の食事作り。
もう傷んじゃってるから、捨てちゃえば、といわれたカラシナ。
使える部分だけでも塩漬けにしてみよう。
洗ってみると、黒褐色の塊が落ちる。
これは!!
アシヒダナメクジではないか!

1984年にシンガポールで初対面、のちに西表島で出会った熱帯系のナメクジである。
しかし、動きがない。
ひょっとして、ヒルの類か?

「ふつう」のナメクジより、かなり遅い再起動。
やった。
これらがブラジルにも生息することはわかっていた。
いったん、海岸山脈で出会って撮影した写真はデータが見当たらないまま。
まさかわが家の台所でお目にかかれるとは。
しかもカラシナを食していたとなると。
僕のナメクジ観を改めねば。

何葉かさっそく撮影、日本ナメコロジー研究会の足立さんに電送。
興奮冷めやらず。


3月17日(火)の記 蛞蝓訃報
ブラジルにて


今日も写真の作業を中心にする。
日本食材店、肉屋、スーパーで買い物。

日本ナメコロジー研究会の足立さんより返信をいただく。
昨日お送りした写真のナメクジ、アシヒダナメクジより、日本のヤマナメクジに似ているとのこと。

パソコン検索で両者を見比べるが、確かに。
そもそも僕がアシヒダナメクジに接していたのは1980年代前半のことで、僕自身のアシヒダのイメージがだいぶ歪んでしまっていたようだ。
しかしブラジルの海岸山脈や民家で見かけたのは、アシヒダっぽかったような…
さらに新たな課題をカタツムリのように背負う。

足立則夫さんの『ナメクジの言い分』(岩波書店)は好著なのだが、南伸坊さんのナメクジのイラストはあっても、写真画像は「マダラコウラナメクジ」の一点のみ。
岩波には、ナメクジの画像は忌避されたのだろうか。
種類の豊富な生物を語るには、やはり画像が欲しい。

夜、カラシナとともにケースに移しておいた、アシヒダと間違えたナメクジの様子がおかしい。
そもそも出会った時も起動が遅かったが…
心肺停止の様子。

分類の参考に、なきがらを撮影。
一対の黒い大触覚を露出したまま、口とみられる部分が黒い一文字で、パンダかウルトラ怪獣のエレキングの形相。


3月18日(水)の記 酸味麻婆豆腐
ブラジルにて


末期の東宝怪獣映画なみである。
夕食は、冷蔵庫の残り物を総ざらいして、鉄板ミックス焼きにしようかと。

覚えのないタッパーがある。
梅酒に付けた梅の残りをもらってきたものかな。
えっ!!
麻婆豆腐の残りではないか。
もうだいぶ前に家人が食べたものと思っていた。
もうだいぶ前に…

かなりの日数が経っているが、カビは見受けられず、強い腐敗臭も感じない。
…もったいない。
オレが食べる分には…

水を足して熱して、ブラジル製のカレー粉を投入。
うわ、豆腐がかなり酸っぱい。
醤油、ポロねぎ、さらにカレー粉…

特に吐き気も来ない。
死ぬこともなさそうか。
豆腐を細かく砕いて、ちびちびいいただいて、片づける…

ネットで調べてみる。
「酸っぱくなった豆腐」は海外の邦人、特にオーストラリアの人の書き込みが目立つ。
諸説あるが、乳酸菌のはたらきのようだ。
それにしても冷蔵庫内でいったん凍っていたとしたら豆腐に「す」が入っていそうだが、それもなかった。
中華料理では、豆腐を酸っぱくさせてからいただくのもあるとか。

あまり繰り返していただきたくはないな。
死因は豆腐の角に頭をぶつけて、というのはよく聞くが。
過度に酸化した豆腐で食中毒、というのは免れたようだ。


3月19日(木)の記 エコファランテ
ブラジルにて


松井太郎さんのインタビュー映像、三巡目のチェック。
今になって解釈できたところが出てきたり、先回の解釈が気に入らなくて元に戻したり。
そうこうしているうちに映像と字幕のコンマ何秒ぐらいのズレが出てきて、600枚以上の字幕と格闘。

さあ今日から第4回エコファランテ:サンパウロ環境映画祭が始まり。
日本では存在すらもわからない、世界中の貴重なエコロジーがらみの映画が上映される。
しかも、基本的にタダ!
いち観客として、楽しませてもらおう。

家族の夕食の準備をして、ブラジル産紅茶を冷やしたのをミニ水筒に入れて、いざ。
サンベント駅の外は豪雨のさなか。
屈強な靴を履いてきてよかった。

短編込み、計3プログラムを鑑賞。
以下、作品名はポ語タイトルを僕が訳したもの。

『ヤクの油の灯明』
仏中合作の短編。
チベットの地方の移動写真撮影のお話。
短編、同一アングルのフレームで、すごいことが表現されている。

『しあわせ』
フランス・フィンランド合作、ブータンの寒村で、寺に出される少年が主人公。
テレビというものの恐怖を、これほどまでに味わった作品は他に思い出せない。
はからずも、「テレビに挑戦した男」:師匠の牛山純一のアイロニーをみる。
牛山はテレビを男子一生の仕事として、日本のお茶の間に『すばらしい世界旅行』シリーズで世界の秘境と民族を提供してきたが、その「すばらしい世界」がテレビにより、過激に浸食されていく…

『私の名は塩』
スイスとインドの合作。
インドの季節移動の塩田づくりの一家の作業と日常を淡々と描く。
この、淡々がすごい。
僕の知る『すばらしい世界旅行』が削ぎ落としていた、まさしく淡々のなかに強烈なドラマがある。

もう一本のブラジル映画は、記載パス。
いやはやサンパウロにいながらにして、アジアの片隅のいたくグローバルな物語をいくつも共有してしまった。


3月20日(金)の記 E-Waste
ブラジルにて


松井太郎さんの映像チェック、3巡目を終える。
もう一回、しよう。
家族の夕食に、キーマカレーを作ってみる。
挽き肉の在庫がそこそこたまったため。

今日はわが家により近いセントロ・クルトゥラル・サンパウロでエコファランテの上映を二組見る。

まずは英題『Abobe All Erse』。
カナダからアメリカを貫いて施設されようとしている石油パイプラインの建築反対運動の記録。
本来の植生の保たれた自分の土地のなかを、オバマ政権は有無を言わさない強権で、施設を強行し続ける。
アクティビストたちは樹上に籠城して抵抗を続けるが…
日本の沖縄で行なわれていることがオーバーラップ。
こうした記録が存在すること、ブラジルで観れることがまたすごい。

ついで英題『The E-Waste Tragedy』。
フランス・スペイン・イギリス合作。
E-Wasteはゴミとされる電子製品のこと。
これはまさしくホラーだ。
発端のシーンはアフリカはガーナのゴミ捨て場。
イギリスの然るべき組織のプレートのついたコンピューター類がいくつも廃棄されている。
その組織に問い合わせると、慈善団体に寄付したといい、すでにそれらの慈善団体は存在しない…
リサイクルマフィアという恐ろしい存在が浮かび上がってくる。
電子ゴミはアフリカや中国の弱者の健康と遺伝子を脅かすばかりではなく、「まだ使えるのに捨てた側」の我々をも脅かしていることを訴える。
秀逸なリサーチドキュメンタリーである。

パソコンや携帯電話を使用する人は、必見。


3月21日(土)の記 土曜三昧
ブラジルにて


今日は隣州からやってくる人と昼食をすることになった。
彼とは日本で出会い、その後、研究者としてブラジルにやってきた。
たまたま僕がメールにエコファランテ:環境映画祭のことを書き添えると、どうしても見たいのがある、とサンパウロに来ることになった次第。

リベルダージ駅で待ち合わせ、お連れも含めて中華料理。
ついでセントロで彼らの興味を引きそうな展示を二つほど案内。

その後の映画も一緒に鑑賞。
まずはブラジルのドキュメンタリー『O Veneno Est? na Mesa 2』。
訳すと、「農薬(毒物)は食卓にあり 2」。
ブラジルを襲う農薬災害と、オルタネイティヴの取組みの数々を紹介。
特に印象的なのは、タバコ栽培が大量の農薬を使用しているということ。
タバコは、農薬の大量使用により、生産地の人々の健康を脅かし、農薬は自殺率も上昇させている。

ガウショこと横浜の伊藤修さんが拙作『あもれいら』の世界を熱帯林の植物の多様性と競合でたとえたことを思い出した。
ブラジルには目を覆う悲惨な問題が諸々あるが、いっぽう希望のある取り組みもさまざまに行なわれている。
キーワードは、アグロエコロジー。

引き続きチリのドキュメンタリー、ポ語タイトル『Os Castores』を見る。
castoresという単語がわからなかったのだが、なんとビーバーのことだった。
20世紀初めに毛皮業者によってカナダから南米最南端のフエゴ島にもたらされたビーバーが繁殖して、生態系を脅かしていた。
そのビーバーの生態を探る年若いカップルの生物学者のフィールドワークを紹介する。

パタゴニアのフエゴ島は橋本梧郎先生と踏査して記録に収めているが、恥ずかしながらこんな大問題を知らなかった。
あの南極ブナが優勢のフエゴ島で、ビーバーが次々とダムをつくっているのだ。

ここでお二人とお別れ。
僕はそのまま『鉄の夢』という韓国のドキュメンタリーを観る。
韓国にクジラ、および捕鯨を描いたとみられる岩絵があることを知る。
そしてこの作品で紹介される仏僧たちの儀式の演奏と声明は、音を聞くだけだとまるでチベット仏教と区別がつかない。

いやはや今日もいろいろなことを教えられてしまった。


3月22日(日)の記 蛞蝓と僧院
ブラジルにて


小雨長雨タイプとなり、雨の降り方もだいぶ変わった。
いずれにしろ、そろそろサンパウロの雨季もあけてしまうだろう。
粘菌・ナメクジ探索者としては家に閉じこもっているバヤイではない。


路上市の行き帰り、いまだ湿っている街路樹の樹皮等を観察。
南方熊楠の記載に粘菌を「痰のよう」というのがあったと記憶する。
サンパウロの街なかでこれをやっていると、すわ粘菌かと思いきや、どうやらホントの痰だったり、噛んだ後のガムだったり。
街路樹の周りにはイヌやヒトのウンチ、黒魔術のあとなどもあり、げんなりすることしばしば。

帰路、一面をコケに覆われた街路樹の樹皮を観察。
傘の直系2ミリぐらいの微細なキノコが子実体を開いている。
映像で見知る、ヨーロッパの断崖に築かれた修道院を想い出す。

ミクロの視点で、コケの森を俯瞰。
ああ!ナメクジだ!
有機農園からわが家を訪れたコウラナメクジに形態も大きさも近い。
キノコを採餌するかと思いきや、樹皮の隙間から隙間への移動だった。
現場写真を、何枚か。

通常のサンパウロの街なかではかなり奇異で危険も伴なう。
ちょうど路上市の時間でそこそこの人通りもあり、撮影決行。
興奮冷めやらず。

車で家族の迎え、帰ってから今日もエコ映画祭観賞。


3月23日(月)の記 ラテン水事情
ブラジルにて


さて、サンパウロの月曜恒例になってしまった一日断食に入る。
パソコン作業あれこれ。
ミネラルウオーターや牛乳などの買い出し。

家族の夕食を準備して、夕方の部からのエコロジー映画祭へ。
17時半ぐらいなら、「のぼり」のメトロはまださほど混まないのだな。

まずは邦訳すると『「悲しき熱帯」の意図』といったところだろうか、1990年にブラジルでテレビ放送されたもの。
レヴィ=ストロースが1985年にマットグロッソのロンドノポリスでインタビューに応じているシーンが感無量。
その数年後から、僕はロンドノポリスに何度となく通っているのだ。

その次のセッションの『H2Omx』というメキシコのドキュメンタリー映画は、身につまされた。
メキシコシティの水事情がテーマ。
標高2000メートルを超えて、人口2200万人を数えるメキシコシティ。
加えて、もともと湖だったところに建設されたことなど、上下水道事情には厳しい問題をたくさん抱えている。
そもそも水道の恩恵に属さず、毎日の水汲みが大仕事な人たちが少なくない。
さらに下水に含まれる重金属は、野菜とともにふたたび市民に「還元」される…
数少ない希望は、貧困層への雨水の利用の普及。

現在、サンパウロ市で生じている深刻な水問題の近未来を見るようだ。
これは見ていてよかった。
もっと共有したい映画だ。


3月24日(火)の記 東洋人街からツバルまで
ブラジルにて


昼から外回りだ。
次回訪日時の展示・写真まわりの作業を手掛け、家族の夕食を準備しておく。
まずは東洋人街。
そうそう、日本からの頼まれものを買っておかないと。

地下鉄四駅分ほど、ショートカットで歩く。
いやはや、歩きで得られる情報量の多いこと。
ヒトの歩みを考えれば、当然だな。

まずはエコファランテ:サンパウロ環境映画祭のフランス映画、『炭鉱夫の日』(ポ語タイトルから訳)を鑑賞。
ウクライナの炭鉱の日常を記録。
まさしく地の底で、現地語のわからないフランス人クルーをネタに、ウクライナ人の炭鉱夫たちの笑い話が続く。
上野英信の『地の底の笑い話』を思い出し、くらくら。

セントロ・クルトゥラルまで歩く。
これまたフランス製作、英題『Once Upon a Forest』をまずは鑑賞。
熱帯林の仕組みを描くとのことで、万難を排して見たかった。
これまた、すごいつくりだ。
熱帯林の樹冠でスケッチを続ける老植物画家。
マニュアルの極とCGのコラボ。
樹齢700年の巨木の倒壊シーンは圧巻。
橋本梧郎先生を想わざるを得ない。

ついで、スイス映画『Thule Tuvalu』。
スイス人らしいMathias Von Gunten監督が来場、力こぶを入れて英語でトーク。
グリーンランドの少数民族と、ツバルの島の暮らしをずばり「地球温暖化」の恐怖という視点から描く。
最後のスタッフクレジットになると映写が中止されて、また監督の笑いを許さない話が始まる。
この作品のバックグラウンドがわからない。
見せなくてもいいようなスタッフクレジットというのは、なんなのだろうか。
監督によると、バヌアツを襲った台風により、取材したツバルの島も壊滅的な被害を受けたという。

日本で出会った、ツバル通の人の話と違う感じ。
ちょっと調べてみよう。


3月25日(木)の記 ソチ 金門
ブラジルにて


今日は家庭の予定が変わっていることを朝、知る。
こちらの家内作業も変わってくる。

午後から今日もエコ映画祭へ。
まずはセントロで英題『Putin's Games』というドキュメンタリー。
人類史上、最も高くついたという2014年のソチ冬季オリンピックの裏面。
政治屋と利権屋、土建屋がどれほどのプレイを見せてくれたか。
ソチというのは、ロシアで唯一の亜熱帯に属するリゾート地と知る。

河岸をセントロクルトゥラルに変える。
台湾の英題『The Lost Sea』というドキュメンタリー。
大陸と眼と鼻の先にある台湾領の金門島。
船戸与一さんの小説の舞台にもなったところ。
この島の干潟はカブトガニの産地で、カブトガニ漁を営む漁師もいる。
対大陸の軍事要所として2億年の歴史を持つカブトガニの生息地も守られてきた。
しかし中台の接近により島に港湾がつくられることになり、干潟は窒息させられていく。

カブトガニの血液がヒトの体内の毒素の鑑定に用いられているというナレーションがあり、帰ってから調べてみる。
なんとHIVウイルスの繁殖を抑える働きもあるとのこと。

まことに、いろいろと教えられる映画が多い。
そもそもYouTube等、パソコンで動画は極力、見ていないのでこうして劇場に足を運んでいるのだが。
中高生の頃はテレビで映画を見るのを拒んで映画少年となったのだが、いまどきの時流への適応拒否はどうなることだろう。
動画屋は、動画屋なりに動画を見る流儀があっても悪くないかもしれない、と居直ろう。


3月26日(木)の記 種と人
ブラジルにて


週末の行事に備えて、車を洗いに出す。
夕方より環境映像祭、ふたプログラムを鑑賞。

カナダのドキュメンタリー映画、英題『The Sower』。
ケベックの谷で栽培植物の種の保存と育成を行なうPatrice Fortierさんの活動に寄り添う。
彼が自分の活動にアーチストであることが必要であるとしていること、そして遊び心を大切にしていることがよくうかがえる。

わが橋本梧郎先生に、想いを馳せざるを得ない。
橋本先生には、見事にそのあたりが欠けていた…


3月27日(金)の記 カキピリーニャ…
ブラジルにて


松井太郎さんのインタビュー映像に、思いついた1カットを入れ込むことにした。
改めて通しでチェックをして、字幕の割付けのバランスなどを調整。
気に入らなくなって、最初からやり直し…

夕方より2番組、環境映画祭で見る。
まずはバンクーバーのチャイナタウンを描いたドキュメンタリー。
ついで中国語題『南水北?』というフランス製作のドキュメンタリー。
中国で国策としてすすめられる、黄河の水を北部の乾燥地帯に送るという大プロジェクトの周辺を描く。
チベット人居住区で漢人たちが目的を告げずに、穴を掘りはじめた。
金を探しているのかと思ったら、自分たちの水源をもっていこうとしていた…
中国でこんなメガプロジェクトが進行中とは知らなかった。

帰り、駅前の果物の屋台をのぞく。
ブラジル原産のジャボチカバという果物が狙いだが、今日はなかった。
ウレウレのカキを買ってみる。

ブラジルではカキをCAQUIと表記するが、日本移民が持ち込んだもののほかに、ポルトガルからも持ち込まれたようだ。
今日、買ったRAMAという種類は、とろとろのめちゃあま。
これを地酒のカシャッサとカクテルにしてみる。

うーん、わるくはないが…
カキの甘み、とろみが勝ちすぎている感じ。
カッキ的とは、いかなかった。


3月28日(土)の記 迷街道ふたたび
ブラジルにて


サンパウロ近郊のスザノという町に車で行くのは、なかなかややこしい。
似たようなロータリーがいくつもあって、道路標識は存在しないか、あってもとても気まぐれ。
付近にランドマークになるものもなく、実に判りにくい。
わが車にはGPSなどはないし。

事前にグーグルマップで調べると、表示する道と僕の知る実際の道路が整合せず、ますます混乱。
昨晩からグーグルマップを精査してそれぞれのロータリーまでの距離、出口を書き出す。
表示では同じ道が途中で名前が変わったりして、いやはや。

今日はこちらの身内の法要・納骨。
お寺さんの送迎は例によって愚生が担当。
サンパウロ市内から、片道100キロほど。
これまでの道順と違うが、周到な予習のおかげでようやくスムースにたどり着けた。

日系とはいえブラジルモードで、すべての時間が押してくる。
いきなり告げられた故人の分骨のサポートなど、一同が引きながらも遠目で見物する作業は、先ほどまで運転手だった愚生がやらざるをえず。
僧侶と未亡人はお浄めの儀式を受けるが、僕は対象外。
ブラジルで火葬をすると、日本のようなお骨ではなく、完全な灰となることを目の当たりにする。

墓地の作業員たちを延々と待たせて、遅れ遅れの納骨。
夕暮れのなかをふたたび運転手となる。
墓地のある地区は、悪意さえうかがえるほど道路標識が不備。
GPSで儲けてる企業の策略か。

スザノに向かう街道は街灯なしの暗闇、目を刺す対向車のライト、無灯火の車、さらにその影からこっちの車線に入ってくる単車など、恐怖の報酬。
阿闍梨は道中の無事を祈願してくれたが、助手席で他の追随を許さない宗教談義を続けられ、不案内の夜道をいく運転手の苦悩や道順からは解脱されている。
不器用な僕は、むずかしい運転とむずかしいお話のお相手を両方こなすのはむずかしいことを悟る境地に達す。
暗闇のなか、頭がこんがらがって道順の計算に集中できず、案の定、道に迷う。

今晩はお世話になっている人のお祝いの会があり、法事があるので2時間遅れぐらいで顔を出すと申し上げておいた。
阿闍梨をお寺、そしてご自宅にお連れした段階で、すでに限界気味。
お茶のお呼ばれを受けて、いっぷくさせていただく。
法事の坊主の送迎でこっちが事故死でまた葬儀では、シャレにもならない。
サンパウロに生還したのは23時、遺憾ながら会合をまさしく失礼してしまった。
運転疲れでへろへろな手でお詫びのメールを送る。


3月29日(日)の記 ブラジルから見た福島事故後の日本
ブラジルにて

昨日の疲労が抜けず、午前中はでれでれ。
路上市の買い物、家族の迎え。

今日でサンパウロ環境映画祭も終了。
夕方より最後に一本、ブラジルの作品を見納めに行く。
今年は相当数を見ることができた。
それにしても、世界各地のいろいろな深刻な問題を知ることになった。
どうやら、人類はもう危ない、きわめて厳しい段階と状態に入っているのではないかという思いがしばしば。
救いは…たとえば、これらの映画がつくられていること、こうした映画祭がサンパウロで実施されて、しかもタダで見ることができて、日本人の僕もアクセスできるということか。

本来はディベートに参加しないともらえない映画祭のプログラムが、今日は最終日ということもあってか、それとなく置かれているのをスタッフにことわってゲットする。
そもそもこのエコファランテのバックグラウンドがわからなかった。
これまで、祖国で日本の電力会社の社員が大動員されたという「事故もあったけどやっぱり原子力」もののドキュメンタリー映画も選出されている。
環境をうたい、今年は64本の作品が上映されながら、日本製作のものは皆無、原子力問題の作品も見当たらない。
プログラムによると、NGO、教育関係者、メディア関係者、映像関係者が立ち上げたとのこと。

お、ウエブサイトでは見当たらなかった解説もある。
Oswaldo Luconというサンパウロ州環境局の技官でサンパウロ大学の研究者の「エネルギーとアクティヴィズム」というリポートがある。
「日本」の語が目につく。
「日本はツナミに襲われて福島で重大な原発事故を巻き起こしてしまい、それに見合うオルタネイテイヴを深刻に模索している。」とある。
世界の識者は、おそらくこのように考えていることだろう。
実際の日本は、使用済み核燃料の処置は別問題扱いにして考慮せず、40年が限界の原発の使用を60年に延ばし、さらに新規原発の建設を図って、そのうえ海外に原発の売り込みを図っている。しかも原発セールスの首相に立つ首相は、日本国内の原発へのテロを誘致するような言動を世界の火薬地帯で繰り広げている。
福島原発のメルトダウンした核燃料への対処はお手上げ状態、いっぽう次の地震・噴火などの天災は確実に近づいている。

いまの日本国は人類と生物、地球に対する原発テロ国家といえるのではないだろうか。


3月30日(月)の記 原稿不一致
ブラジルにて

さあて今日も一日断食。
今月中がメドの原稿書きに着手。

お題は、トミエ・オオタケ先生について。
好きなように、とのことで。

手抜きの原稿なら、いくらでも書ける。
そこら中に流布していたり、ちょいと調べればわかることをわざわざ書くのは、無能をひけらかすようなもの。
「反骨の軟体」らしくいくか。

1月の東京の上映会での主催者へのクレーム問題を書くかどうか、だいぶ迷った。
僕はあの問題に、ブラジルで超ビッグなトミエ先生の人と作品がなぜ祖国日本で受け入れられなかったを考察するヒントがあると思えてならない。

うーん、この字数では納まりが悪い。
のたうちまわり、カット短縮。
ちなみに、原稿料なしの執筆依頼。
かといって名前を出す以上、自分なりの納得のいかないことはできない。

出るのはため息ばかりなり。


3月31日(火)の記 弥生のうちに
ブラジルにて

改めて『松井太郎さんと語る』をチェック。
大量の字幕のなかにいまだに見逃しのミスがあったり、発言が新たに別の言葉に聞こえて修正したり。
僕以外にはどうでもいい問題だろうが、最後の字幕に「編集 西暦2015年3月」と入れたので、まだ伸びるようならこれも修正しないと。

この期に及んでチェックを繰り返し、初版はここまでとするかという思いに。
松井さんのお宅に電話がつながらず、これも気がかり。


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