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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2015年の日記  (最終更新日 : 2016/01/03)
5月の日記 総集編 『五月の狂詩曲』

5月の日記 総集編 『五月の狂詩曲』 (2015/05/04) 5月1日(金)の記 錦鯉の郷ふたたび
日本にて


新潟のホテルのチェックアウト、11時というのがうれしい。
静養しながら溜まっているネット作業を手掛ける。
外は日差しが強い。
おそらく東大で帽子をなくしてしまい、新潟市内を散策しながら格安店で新規購入。

小千谷駅へ。
今晩の上映の仕掛け人、渡辺さんと再会、ふたたび市内を案内していただく。
先回は見学かなわなかった「錦鯉の郷」。
ニシキゴイのことなど、人生で今までろくに考えたこともなかった。
基本的な分類と流れがわかってくると、それなりに面白い。
ドイツ人が特に好み、映画にもなったとか。

『あもーるあもれいら・勝つ子 負ける子』を上映。
小千谷および新潟の方は、面白いぐらいに観察できるリアクションがおとなしい。

懇親会のあと、座の長老が「もう一軒!」と令達。
カラオケだった。
ええい、ユーミンを歌いまくる。


5月2日(土)の記 能見台のがじゅまる
日本にて


小千谷の宿にて。
早朝よりノートパソコンに向かう。
東京の知人が僕からの写真送りを待機している。
宿の部屋は有線ケーブルなのだが、写真添付のメールが送れない。

朝のバスで東京へ。
陽光を浴びながらまどろむ。

途中学芸大学下車、流浪堂さんに出頭。
留守中の写真展の状況をうかがい、大きい方の手荷物を置かせてもらう。

横浜から京急。
学生時代、遺跡の発掘で通った記憶がよみがえる。
能見台下車、腹ごしらえでも。

「がじゅまるの木」という喫茶店のランチとする。
店の名の由来を聞くと、マスターが徳之島の出身とのこと。
テーブルにガジュマルの小さな鉢植えあり。

ダブルワイズ湯本さん主催『あもれいら』完結編上映会。
懇親会は田舎の家の座敷のような面白いところ。
参加者にディープな話を聞かせてもらう。


5月3日(日)の記 メイシネマ祭はじまる
日本にて


さあ、いよいよ。
今年のメイシネマ祭は25周年。
主催の藤崎和喜さんから撮影を仰せつかってしまった。
「スナップ程度で」とおっしゃるのだが。
今回、訪日後に入手したVX2100を初使用してみることに。

JR平井駅を降りると、交番の日の丸が目を射る。
会場の準備風景を一刻も早くフォローしたいが、どうしよう。
おまわりさんに「ブラジルから来ているので」と言って撮影させてもらう。

さて、会場。
なにを、どう撮っていこうか…
スタッフは大半が顔見知りなので、気は楽。

上映ゲストのトークはひと通り撮るつもりだった。
ところが初回、まだ数時間使用可能と表示されていたバッテリーがいきなりアウトに。
充電器を持参したのが不幸中の幸い。

ホール外のコンセントを見つけて、まずは充電。
異常な表示が最初、現われるがバッテリーそのものの欠陥ではなかったようだ。
いやはやいやはや。

4本終映後、藤崎さんより気を使って食事に誘っていただくが、明日明後日もあり、なにより手を加えなければならない流浪堂さんの展示があるので、辞退させてもらう。

ドナ二見より、岡村さん、疲れ切ってる!と見抜かれる。


5月4日(月)の記 鳥の道に迷って
日本にて


メイシネマ祭二日目。
昨晩、実家に戻ってから、明日のわが作品上映のための書下ろし資料作りにかかる。
朝イチで、平井のダイソーの5円コピーで大量複写。

さあ今日も撮影だ。
未見作品は鑑賞させてもらいながら。
今井友樹監督『鳥の道を超えて』はよろしかった。
観る者のエトノスを喚起する稀有な作品。

岐阜で生まれ育った今井監督は、祖父からかつて空を埋め尽くすほどの渡り鳥が飛来していたこと、そしてそれを山の彼方で捕獲していたことを聞かされる。
いったいそれはどういうことなのかを掘り下げていく推理フィールドワーク。
僕の想いは縄文へ。

なんだかいい感じで撮影もはかどる。
映像資料を超えて、それなりの作品になりうるかも。

今晩も藤崎代表のお声掛けを辞退。
学大に向かう前に、平井の商店街で気になっていた大衆中華料理屋に入ってみる。
500円台の夜定食があるのが決め手。
庶民のささやかな充実を覚えつつ、店を出てから店名を確認する。
なんと「ゴロチャン」。
橋本梧郎先生の愛称である。

さあアルコールも二日、断ったぞ。


5月5日(火)の記 『五月の狂詩曲』
日本にて


さてさて今日も朝から撮影、そしてメイシネマ祭最終日初回の上映が、わが『旅の途中』。
撮影と上映というのは、けっこうなかなか。
森田恵子さんが僕のトークの撮影を快く引き受けてくださる。

上映中の観客のリアクションのよさは、この作品上映史上、最良。
25年を迎えるこの映画祭が、よき観客を育ててきてくれたおかげ。

この三日間、いくつか絶妙なショットが撮れた手応え。
このショット、このシーンをお披露目したいから作品を作った、というのがいくつかあるが、今回のメイシネマ祭撮影もそんな感じ。

さっそくタイトルを考え続けた。
『五月の狂詩曲』で決まりな感じ。

藤崎代表とご家族、応援スタッフたちもすばらしいが、参加監督のトークが今年は特に秀逸。
トリの代島治彦さんのメッセージには、カメラを回しつつも姿勢を正した。

今年もありがとう、メイシネマ祭。


5月6日(水)の記 南仏からアマゾンへ
日本にて


懸念だった三日間の撮影を終えて、へろへろなれど壮快。

今日は、今回の流浪堂さんとの企画のフライヤデザインを担当してくれた永井可那子さんらと昼食。
流浪堂隣りの南仏料理「オリヴィエ」をフンパツ。

なんと、店内はセミづくし。
セミの料理ではなく、装飾品。
緯度の高いフランスでは、セミは生命力の象徴とか。
トンボ系にはこれまで注意していたが、ヨーロッパのセミアートとは意外。

選りすぐった食材に手間ひまをかけ、アートとして仕上げる。
おフレンチ料理の値段がそこそこ高いのがわかる。

夜は横浜パラダイス会館、伊藤修さんのブラジル料理と岡村ライブ上映の夕べ。
上映メニューは「アマゾンをさすらう」「ブラジルの心霊画家」。
定員10名のところ、15名も。
蔭山キュレーターがなんとかしてくれた。

参加者たちのノリがうれしい。
しめは、アブラカダブラ。


5月7日(木)の記 学大・秋田
日本にて


詳細が不明だった秋田ミッション、ばたばたと決まる。
急きょ前後の足、宿などの手配に入る。

午後からの学大上映の準備もあり、小パニック。
流浪堂の二見さんから「おちついて」とのかたじけないメール。

学大ライブ上映講座最終回は『リオ フクシマ』。
平日の午後ながら、おったまげるほど作品とリンクする方々が来場してくれた。
ゴイアニア、水野龍、グラウベル・ローシャ…
尋常ではない。

懇親会の「平均律」で秋田行きの話を切り出すと、『天界航路』の尾塩尚さんが驚くべきことどもを教えてくれた。
秋田は、日本の敗戦宣言後に米軍の空襲を受けていた。
懇親会のメンバーをSUNNY BOY BOOKSさんに案内、一同狂喜。

僕の方は東北ミッションの準備がまるでできていないので、中座。
実家で準備、今日の上映でいただいたアンケートをコンビニでコピー、流浪堂さんに届けてから、新宿の夜行バス乗り場へ。


5月8日(金)の記 青森大縄文
日本にて


秋田駅到着。
駅前をまわってみる。
見事に人がいない。

待ち合わせは8時にスターバックスの前だが、縄文の聖地まで来てスタバでは罰が当たる。
近くのナガハマコーヒーでモーニングサービスをいただく。
入り口にボテロの絵があるなど、センスがよろしい。
お店のあるビルのトイレは、全和式というのがさすがは東北。

秋田国際教養大学の根岸洋さんにお出迎えいただく。
初対面。
今日も大学で学生相手に上映、というのが当初の予定だった。
せっかくだから青森で発掘中の縄文の大遺跡にお連れしたいとのこと。
願ったりかなったり。

思っていた以上に共通の話題が多く、車中の話は尽きない。
津軽ダム建設に伴って発見された川原平(かわらたい)遺跡。
縄文時代晩期の大遺跡だ。
多面人面土器など、縄文時代のトンデモ遺物が多数、発見されている。

これまでの出土品を整理中の青森県埋文センターにもご案内いただく。
かつて東京で『KOJO』の上映を開催してくれた永瀬史人さんと再会。

夜は青森の海の幸をいただきながら、つきない縄文談義。
酒もツマミもうまい。
日本の考古学から去って30有余年の僕が、最前線の気鋭の縄文研究者と、縄文の本場で親しく語り合えるとは。
故・古城泰学兄のたまもの。


5月9日(土)の記 古城再生
日本にて


亡き両親の夢を見る。
昨日の縄文遺跡の刺激のようだ。

青森から秋田へ。
大学に行く前に、秋田県立博物館に立ち寄る。
「石斧のある世界」展。
これには括目。
秋田から、日本最大の石斧が出土している。
長さ60センチ、重さ4・5キロ。
しかも4本まとめて出土という羽振りのよさだ。

今回、石斧群を眺めていて、その美しさに目を見張った。
もともとの石が美しいのだ。
縄文人は、美しいと感じた石を丹念に加工していったのだろう。
ヒトの美意識は、この数万年、そう変わっていないと改めて実感。
道具を超えた、芸術品としての石器。

秋田交際教養大学で『KOJO ある考古学者の死と生』を奉納上映。
英語で授業を行なう大学で、日本語を介さない学生も参加したことから、僕もエーゴで自己紹介と作品解説を行なうことに。
先輩、研究室を英語で何というか根岸さんに事前に聞いておいたが、両方とも使わなかった。

古城さんを知る考古学関係者が参加してくれて、思わぬ証言をしてくれた。
そして古城さんをめぐって、若手の間で面白い動きが芽生えそうだ。
あなかしこ、あなかしこ。


5月10日(日)の記 寒河江温泉
日本にて


山形での待ち合わせの時間に合わせると、秋田を出る時間が中途半端。
藤田嗣治の作品群を目前にして、再見かなわず。

JRで鶴岡へ。
車で迎えに来た人のインタビューを受けながら、寒河江へ。
途中、鴨鍋定食。
寒河江の定宿のサンチェリー、チェックインを早めてくれる。
お気に入りの露天風呂にまずは入湯。

3回目を迎える至福の会主催の西川町・杉之屋さんでのライブ上映会。
今回はさる映画祭の関係者が参加とのことで、その方の希望に合わせて作品をチョイスした。
結局その人はいらっしゃらなかった。

思わぬ再会、不思議な出会いがいろいろある。
夜も入湯できる時間の帰宿。


5月11日(月)の記 血族の記憶
日本にて


山形寒河江の目覚め。
今日はわが血族の最長老を訪ねる。
関係者との打ち合わせ。

何度となく繰り返される話。
すでに故人となった我が両親、そしてこの世で会うことのなかった祖父、叔父。

見知らぬ、身近な死者どもを心に留めて、奥の細道から江戸への夜行バスを待つ。


5月12日(火)の記 嵐のなかの上映
日本にて


山形発の夜行バスを、上野で下車。
日比谷線の始発到着を待つ。

目黒の実家で仕切り直し。
まずは洗濯。
台風接近により、夕方には東京も雨嵐というが。

数日間、留守にした流浪堂のトーチカに参戦。
この週末、いろいろな人が訪ねてくれたようだ。
おもてなしできずに、ごめんなさい。

世田谷経堂の故・古城泰さんの実家を訪ねて、秋田の上映の成果をご報告。
感無量。
千歳烏山に行く前に、知人の教えてくれた、隣駅の仙川の猿田彦というカフェをさがす。

千歳烏山の玄米食堂「楽多(らくだ)」1回スペースでの『消えた炭鉱離職者を追って サンパウロ編』上映。
この作品を昨年、下高井戸シネマで見てくれた人が、ぜひ仲間に見せたい、とこの上映会を開いてくれた。
ありがたい。
「オカムラ系」の人も集まってくれて、美酒珍酒とともに懇親会は盛り上がる。
外は、なかなかの雨。


5月13日(水)の記 大田温泉郷ゆ
日本にて


せっかくの写真展開催中で皆さんにご訪問いただきながら、地方巡礼が続いて会場でご挨拶もできず、申し訳ない限り。
今日は学芸大学で二組とアポ。

と、流浪堂に思わぬ方がいらしてくれて、驚きと感激。
待たせてしまった友人とランチ、ついで乳児連れで来てくれた友人とカフェとスイート。

大田区蓮沼駅近くのアートスペースで明日まで開催中の柴田大輔さんのコロンビアの少数民族を撮った写真展にうかがう。
池上線の客層がなんとも面白い。

プロのこだわりの写真は、僕の時差ぼけ写真とは違い、身が引き締まる。
会場で柴田さんに丁寧に説明していただく。
会場のオーナーといたく盛り上がってしまった。

せっかくの大田温泉銭湯郷。
事前に目をつけていた銭湯は、会場に居合わせた地元通の人に却下される。
黒湯銭湯をすすめられて、探し当てると今日は休湯。
いやはや。
地図掲示板を見ると蓮沼湯というのもあるようだ。
これにするか。

黒湯ではないが、薄い深緑色を帯びた温泉で、悪くない。
脱力感ある滝の壁画も面白い。
地元のラーメン屋に入ってみるが、うわ、タバコの煙。
せっかく入湯したのに。


5月14日(木)の記 東京ミューゼ行
日本にて


今日は気になっていた東京のミュージアム展示、そして買い物を一気に手がけん…
が、なかなか身心が追いつかず、3館ハシゴ計画を2館に変更。

まずは吉祥寺。
先日、東大博物館のチラシで知った。
吉祥寺美術館「小林路子の菌類画」展。
これはよろしかった。
活きのいいキノコ類の精密画を、アートとして楽しめる。
カードは使えないが、グッズ類、文献類をだいぶ買い込んでしまう。

次いで東京駅前のKITTEへ。
日本郵便だからKITTEだというのには、あとから気づいた。
こんな施設ができたことは知らなんだ。
お目当ては、館内のミュージアム施設「インターメディアテク」。
ここで「アンデス考古学の半世紀」展を開催中で、『天界航路』の尾塩尚さんが関わっていると知り、寄ってみた次第。

ここの展示には、ぶったまげた。
先日、上映会を開いてもらった本郷の東大博物館の収蔵古物を、まさしくアートとして展示していて、しかも無料。
センスと戦略は抜群、少しは祖国もブラジルに近づけていた。

渋谷に出て、ややこしい頼まれものの買い物ブギ。
目黒の実家に戻って、今晩からの旅の荷造り。
荷物を引きずりながら、流浪堂経由で東京駅より夜バス。

今回のバスは無料Wi-Fiがあり、各席にテレビモニターも付いている。
『CUT』という興味をそそる映画を見始めるが、疲労の蓄積と明日早朝からの行程に備え、頭の方だけでやめておく。


5月15日(金)の記 大阪ミューゼ行
日本にて


夜バスで、大阪難波着。
大阪はこれまでせいぜい一泊程度の滞在で、面として把握できていない。
なんばになにわ橋など、まことにまぎらわしい。
今日の夜に備えて粘菌本を読み、粘菌の動きと鉄道ネットワークの相似が述べられている。
しかし大阪圏ではJRと各私鉄、地下鉄がそれぞれどうリンクしているのか、案内図を見てもわかりづらい。
粘菌にきちんと学んでもらいたいもの。

手ごろなモーニングサービスの店を探す。
「なかおか珈琲」というお店が「紙ブログ」なども置かれていて、なかなかよろしい。
ここの、淡路島のタマネギをたっぷり使ったというカレーも気になるが、まさしくタバコを吸いに来ている客が少なくなく、残念至極の煙たさ。
紙ブログにコーヒーの薬用効果が書かれていても、伏流煙の弊害の方が桁違いに深刻かと。

関西の知人が手配してくれた宿に荷物を置き、フロントでWi-Fiにつないで作業。
さて、関西大学博物館を目指す。
大阪で目利きの知人に教えていただいた。
これは、たいへんな収穫。

現在、特別展示中の菅楯彦の大正年間の婦人の労働姿を描いた絵巻だけでも、十分な見ごたえ。
東大系の展示・記載から削ぎ落とされている日本人によるアンデス考古学の草分け、さらに縄文土器の茶器転用品など、これはすごい鉱脈である。
知人がつないでくれたナイスな学芸員の方の丁寧かつ面白い説明をいただき、理解が深まることしきり。

少し無理をして、午後はずっと気になっていた大阪人権博物館まで足を延ばす。
スマホ等のない身にはアクセスが至ってわかりにくく、ガソリンスタンド等で聞いてもわからず…
想像以上の広さ、わが恩師・原田正純先生のコーナーもあり、感無量。

難波まで歩くが、夏の気配。
宿に戻ってチェックイン、旅の汗を流して今宵の上映会場へ。
いつの間にか腕時計の針が止まっていて、危ないところ。
今年2度目のなにわ橋ビーワン。
粘菌コネクションで『南回帰行 橋本梧郎と水底の滝』上映。
先回の倍近い人の入り。

懇親会では粘菌ブリーダーの女性にお話を伺い、興味は尽きず。


5月16日(土)の記 京都雪辱ライブ
日本にて


京都でもミュージアム詣で、は控えることにする。
だいぶネットでの作業も疲れもたまっているので、チェックアウトの10時のギリまで宿で。
大阪の街は「大阪都」の是非を問う選挙騒動のまっただなか。
オレンジ色のシャツを着た徒党が我が物顔であちこちで群がり、大荷物を引きずるか弱い旅人は移動するのもたいへん。

さて、京都。
地下鉄、阪急電車、地下鉄を乗り継いで鞍馬口駅へ。
京都の街は、ディテールがいちいち趣深い。
ふと、那覇の街を想い出す。

難なく、駅から徒歩15分とあった今日の上映会場の古本屋さんカライモブックスにたどり着けた。
さっそくプロジェクターやスピーカーの設置にかかる。
僕の訪れを待っていたような本が随所にあり、うれしい悲鳴。

京都ではここのところ、上映がらみで二度と御免なことが続いていた。
おかげさまで今日の上映で、その雪辱を十二分に晴らさせていただく。
来場者のボルテージの高さには驚くばかりで、希少な気づきの機会をいただいた。


5月17日(日)の記 なごやか名古屋
日本にて


京都の街なかで朝を迎える。
付近をちょろっと歩くだけでも、いちいち面白い。
小さな銭湯を発見、次回はぜひ。

京都駅から米原、大垣とJR鈍行を乗り継いで名古屋、千種駅へ。
小腹がすいたが、上映時間も迫っている。
そのままカポエイラ道場ヴァジアソンへ。

今回は、愛知県内の各大学でポルトガル語を教える主催者の久保原さんと瀧藤さんが学生にも声をかけたという。
これまでの2回とは空気が違う。

『ササキ農学校の一日』と『赤い大地の仲間たち』を上映。
上映中、さっそくアンケート用紙に顔を向けて書き込む学生さんがいるが、その間に移り変わる映像があり、字幕がある。
けっこう熱い質疑応答。

次いで近くの洋風居酒屋。
ブラジル系のメンバーが残ってくれて、ポルトガル語でばか話。

朝からネットにつないでおらず、今日の夜行バスは待ち合わせ場所と時間しかメモしていなかった。
大阪のサンクスでの支払伝票には、支払金額ぐらいしか見当たらない。
名古屋駅太閤口にはいろいろな会社の同じ時間の東京行きがいくつもあり、往生する。

なんとか横浜途中下車便を見つけて、いやはやセーフ。


5月18日(月)の記 東京ファイナルライブ
日本にて


午前5時前の横浜に到着。
神奈川新聞と崎陽軒のシウマイでも買おうかと思っていたが、売店類は固くシャッターを閉ざしていた。
東横線祐天寺下車、実家へ。
下高井戸シネマでの『ジプシー・フラメンコ』再上映モーニングショーにうかがうつもりだったが、だいぶ疲れがたまってしまった。
明日にさせてもらうか、明日は明日で離日前日で残務山積み。

学芸大学流浪堂経由で、夕方より東京外国語大学で上映。
履歴書に顔写真も添付して持参、とのことだったが、写真はなくてもいいとのことになった。
さっそく会場の教室で、ゲスト講師自ら機材のセッティング。

昨日に引き続き『赤い大地の仲間たち』上映。
昨日は最後の手直し前のバージョンで上映してしまった。
今日は最終バージョンで。
この作品をチョイスしてくれた武田先生は、フマニタスに何度も行っておられるので、話が早く、深い。

駅前の居酒屋で懇親。
今日も半分ぐらいはポルトガル語。
お店のメニューにカイピリーニャがあって驚く。

カイピリーニャの砂糖抜きはできない、とのこと。
出てきたのは、ライムジュースとスピリッツのサイダー割り。
砂糖抜きができないわけだ。

帰路、ふたたび流浪堂に立ち寄る。
今日が写真展『ちょっと時差ぼけ』の最終日。
感想ノートの書き込みに励まされる。

二見ご夫妻、ご来場の皆さん、ありがとうございました。


5月19日(火)の記 押っ取りカメラ
日本にて


離日前日。
下高井戸シネマにはお預けしてあった拙著を受け取るためにも、うかがわないといけない。
モーニングショーの『ジプシー・フラメンゴ』を今日、見に行くことにする。
電車のつなぎがスムースで、早めに到着。

上映プロデューサーの飯田光代さんが、デジカメを持っているかと聞いてくる。
本編上映後に流す監督からのビデオメッセージの上映状況と、そのあとのフラメンコギターのライブ演奏を動画で撮影してほしいとおっしゃる。
デジカメはあるが、これでの動画は何重にも自信がない。
できる範囲で、ということでお引き受けするが。

思い切って実家に急行して愛機VX2100を持参することとさせていただく。
急げばぎりぎり、本編終了までに間に合いそうだ。
劇場に戻ると、踊り場で今日のゲスト石塚隆充さんが練習中。
さっそく撮影させていただく。

「優れたドキュメンタリー映画を観る会」の飯田代表には、さんざんお世話になっている。
ささやかな恩返し。
撮影素材をお渡しして、劇場を後にする。

渋谷で買い物をして実家に戻る。
残務処理と大かたづけ作戦に突入。
夕方、「メイシネマ祭」の藤崎代表に学芸大学までお越しいただく。
流浪堂の展示スペースを特別に見せてもらった後、ジャズのかかる蕎麦屋で打ち合わせ。
今回、撮影した『五月の狂詩曲』(仮題)の今後の段取りなど。

僕が自主制作をするようになってから、ずっとお世話になってきた在野の二つのドキュメンタリー映画祭の代表と、こうして離日前日にディープに関われるとは、感無量。


5月20日(水)の記 成田脱水
日本→


朝から残務、実家の使用空間のかたづけ、それから荷造り。
祐天寺駅周りでの所用、学芸大学の流浪堂さんへのあいさつ。
初夏の気配。

15時、実家出家の段階で、なかなかの疲れ。
かろうじてタクシーをつかみ、恵比寿のホテルへ。
シャトルバスでぐったり。

今回は異常に預かりものが多く、チェックインが心配。
エティハド航空ではここのところひいきにしていたおかげでステータスが高いため、お咎めなし、やった!
通常のエコノミーだったら、難民状態になったろう。
ラウンジも使用可の身分。
ANAラウンジには大阪の銘酒四種が置かれている。

が、脱水状態なものの、まるでアルコールを欲しくない。
ジュース類、スポーツドリンクなどをひたすら摂取。
こんなことは、まれかも。

日本の一族にややこしい問題が生じ、カード式公衆電話でできることはしておく。
いやはやいろいろ面白かったが、疲れた…


5月21日(木)の記 機上のビッグアイズ
→アラブ首長国連邦→ブラジル


成田からアブダビまでは、隣席に邦人女性。
話しかけてみるとけっこう盛り上がり、2時間ばかり談笑。

機内映画にティム・バートンの『ビッグ・アイズ』の日本語吹き替え版がある。
大きな眼の人物を描き続けたマーガレット・キーンの伝記をもとにした映画。
奇をてらわない、いい映画だ。
イラストでお世話になった、こうのまきほさんや永井可那子さんに伝えたい。
2度目の観賞中にアブダビ着。

サンパウロまで、映画を見たり、うつらうつらしたり。
秋のサンパウロの夕べは心地よい陽気。
当地の税関のお咎めもなく、強盗らにも襲われずに帰宅。
ありがたや。


5月22日(金)の記 ゴジラとジャージャー麺
ブラジルにて


時差ぼけ全開。
今しばらくは、この中有の状態にまどろませていただきたい。
ネットの返しも、急ぎのものだけにさせていただく。

日本から担いできた『ゴジラの精神史』小野俊太郎著、彩流社を読み始める。
日本では業務関連のものと、星野智幸さんの『呪文』ぐらいしか読めていなかった。
さてこの本で、なぜゴジラが200万年前の生物なのかが、よりなんとなくわかってきた。
GODZILLAの語のZILLAがオニグモを意味することも初めて知った。

ブラジル到着翌日ぐらいでは、まず家族の食事を作る元気がない。
しかし今日は冷凍庫から挽き肉他を取り出しておき、夜はジャージャー麺をこさえてしまう。
タレはもう少しとろみがあってもよく、麺は半分ぐらいに割った方が食べやすかったな。

また寝かせていただきます。


5月23日(土)の記 黒澤明とピッツァ
ブラジルにて


時差ぼけの中有状態続く。
『ゴジラの精神史』読了、さっそく『黒澤明 封印された十年』西村雄一郎著、新潮社を読み耽る。
これも流浪堂で購入。
1965年の『赤ひげ』公開から、『トラ・トラ・トラ!』解任、『どですかでん』製作、自殺未遂、そして1975年の『デルス・ウザーラ』完成まで。
いまの僕に最も気になる黒澤映画は、『どですかでん』と『デルス・ウザーラ』。
しかもこの十年の後半は、僕の最も多感だった映画少年の時期と重なっている。
黒沢の僕への影響は、計り知れないものがあるかと。

西村さんが早稲田の学生時代に映画館で黒澤監督と遭遇したエピソードは『黒澤明 音と映像』でも詳細に描かれているが、何度読んでも興奮してしまう。
また評論家の船瀬俊介さんとは学生時代以来の親友だったことを知り、合点がいく。

僕がお世話になってきたジャーナリストの国司三郎さんを囲む会で船瀬さんとお会いして、ひたすら掛け合いで『七人の侍』の台詞を述べ合ったことがあるのだ。

家族から今日の夕食も作ることを期待されていたようだが、爆睡。
夜は出前のピッツァとなった。


5月24日(日)の記 まぼろしのアジサシ
ブラジルにて


さあ今日は路上市で魚介類の買い出し。
焼き魚用にサバ、刺身用にアジを買う。

昼前より家族の用事で車を繰る。
ひと月以上のブランク後の運転は、ひやひや。

午後、戻るとぐったり。
そのまま夜更けまで寝てしまう。
家族は昨晩の残りのピッツァを食べた由。

ああ刺身用のアジ、もったいないことをした。


5月25日(月)の記 森の死
ブラジルにて


「森の死は、我々のいのちの終わり」。
アマゾンで虐殺されたアメリカ人修道女ドロシー・スタングさんが最後にまとっていたTシャツに、こう書かれていたという。
サンパウロの女子パウロ会の書籍店で、シスタードロシーの評伝を購入。

今日は近郊都市に住む日本人の友人夫妻とサンパウロで待ち合わせ。
夫妻が行ってみたいというアラブ料理屋の近くにこの書店があるのを思い出し、お連れした。
この書店のなかにはチャペルがあることを初めて知る。

日本でもブラジルでも、本好きとのひとときはうれしい時間。
アラブ飯のあと、パウリスタ大通りに面した大書店まで歩き、なかのカフェでまたお話。

夜、東洋人街で日本で預かってきた親書を人にわたす用事があり、それまで時間つぶし。
今日も未明から覚醒していただけに、夜更けまではけっこう疲れる。


5月26日(火)の記 さあデトックス
ブラジルにて


二日酔い、脱水状態だが、あいかわらず未明に目覚めてしまう。
さあ今日は久しぶりに一日断食をしよう。

朝から2件、家のことで打ち合わせ。
コーヒーをすすめられても水をいただく。

午後になり車で帰還すると、昨日の疲労も引きずり、ぐったり。
朝のうちに塩をしておいたアジの切り身を焼き魚にするよう言い残して、寝かせてもらう。

次回の訪日に備えて航空便を調べているが、あとは日本からの連絡待ち。
さて、どうなるかな。


5月27日(水)の記 日伯店員くらべ
ブラジルにて


ごちゃごちゃ状態の拙ウエブサイトを、久しぶりに少し整理。

午後から、近くの用足し。
銀行から新しく届いたカードのブロック解除に手間取る。
延々と待たされて、新たにサインをしてくれということになる。
行員にサインが変わっていますよと言われて、モニター上のをみると、まるで別人のサイン。
モニターのサインはラインの下の活字がわずかに写り、僕とはまるで違う名前で、さすがの行員も銀行側のまちがいを認める。

電気屋に、電球を求める。
カウンターのなかにいた店員が空の段ボールを蹴り上げて、僕の目の前に飛んでくる。
日本ではあまりないだろう。
「危ないところだったね」と微笑み合って、おしまい。

吊るしてあった電球をとってカウンターに持っていくと、別の店員が「これは黄色だけど、白色の方がいいのでは?」と教えてくれて、試しに点灯して見せてくれる。
そんな区別があることもわからず、助かった。

今回、日本の渋谷のマンガ専門店で、ブラジルで頼まれたマンガを買いに行った。
ブラジルに持ち帰ってから、同じマンガの同じ巻がどうしたことか2冊あることがわかった。
気の利いた店員なら、同じものが2冊ありますけど?と確認してそうなもの。
ふたたび日本まで返品に持参するのもタイヘン。

頼まれものは、なんとも骨折り損のくたびれもうけが多い。


5月28日(木)の記 書く
ブラジルにて


締め切りまでは、まだある。
が、気になっている原稿。

内容といい、量といい、書いてみないとわからない。
映像の方の作業に着手する前に、一気につづってみる。

トラウマの克服、とまではいかないが、雪辱を果たすぐらいの効果はあるかも。

2400字で、とのことだったが、控えめに書いて2800字を少し超えた。
これ以上、削るのはむずかしい。
日本の担当におうかがいを立てるメールを送り、ひと晩寝かせてみよう。


5月29日(金)の記 酸味一体
ブラジルにて


昼は、家族と近くで外食。
月曜の外メシでもそうだったが、飲み物のコップは使い捨てのプラスチック容器。
相変わらず続く水道水不足の影響。
味気ないことはさておき、環境への負荷という点ではどうなのだろうか?

ブラジル国産の、安いウオッカを買う。
わが家の台所の果物かごを柑橘類が覆い、一部が傷みはじめていた。
ポンカン、モルゴッチと呼ばれる日本のミカンのような小ぶりのもの、そしてガレゴと呼ばれるライム。
この3種を絞り込んで、ウオッカをいただく。
モルゴッチの甘み、ポンカンの汁気、そしてガレゴの酸味が絶妙。

これぞ酸味一体。


5月30日(土)の記 Q再見
ブラジルにて


日本からの預かりもの、賞味期限が明記されているものもある。
車で行かなければいけないところは、渋滞する平日には気が進まない。
さてどうするか。
今日、思い切って一軒でもと電話をしてみると、月曜にしてほしいと言われて挫折。

妙ないきさつから「ウルトラQ」を少し見直してみる。
小学校1年だった僕に多大な影響を与えた作品。
カラー化、デジタルリマスター化されたものがネット上でも配信されているではないか。

第一話「ゴメスを倒せ」。
ゴメスは炭鉱から出現したかと思い込んでいたが、弾丸道路のトンネル建築現場だった。
「ラドン」の設定と似ているので勘違いしたのかも。
それにしても、ゴジラの着ぐるみを流用したゴメスが哺乳類とは。
たしかに首から上には鱗上の肌に体毛らしきものが看取されるが。

対するリトラは鳥類と爬虫類の中間種とか。
それでいて、サナギから出現!
いくら空想科学シリーズとはいえ、動物学の基本を踏まえて欲しかった。


5月31日(日)の記 預かり物の法則
ブラジルにて


僕との関係の濃さと反比例して、その人が託してくるブラジルへの預かり物の量と重さが増大する。
今回は、異常なほどいろいろな方々から預かりものをしてしまった。
そのなかで、日本で僕と最も関係の薄い人から、ブラジルで最も関係の薄い人宛ての荷物が東京の実家に送られてきた時には、度胆を抜かれた。
どういうつもりか問いただすと、超過荷物料金は払う、不要なら処分してほしいという。
いまや空港行きシャトルバスも荷物は2個までしか運べない。
粗大ごみの処分も分別や料金など、簡単ではない。
かさばらないもので、ぜひにということならお持ちしましょう、と再三伝えてあったのだが…

常軌を逸した大物は日本で処分をしてきたが、こちらに持ち帰った量も、家族にあきれられるほど。
その届け先まで平日だと車で往復半日はかかってしまう。
先方に連絡してお届け。
受け取られても意味・用途不明のものが多いので、解説。
そもそも僕あての添え状にも預け物についての内訳も注釈もないので、考古学的推理を働かせなければならない。

さっそく先方から、次の訪日の時に日本の贈り主へのプレゼントを授かってしまう。
ガソリン代か飛行機代のカンパでも添えていただけるとありがたいのだが。

さあもう他人様のことはほどほどにしよう。


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岡村淳 :  
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