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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2015年の日記  (最終更新日 : 2016/01/03)
8月の日記 総集編 ライブ上映の三位一体

8月の日記 総集編 ライブ上映の三位一体 (2015/08/05) 8月1日(土)の記 跳んで火に入る夏の京
日本にて


午前6時前、すっかり明るい京都竹田駅到着。
この地下鉄の駅に入ると、トイレはすべて和式だが、ホームでフリーWi-Fiにスムースにつなげるではないか。
ビンボー外人旅行者と同じ分際の我が身にはありがたい限り。
ベンチに座り込んで半時間ぐらいノートパソコンをいじる。
フマニタスゆかりの人から福音あり。

鞍馬口駅より、カライモブックスさんへ。
すでに起床していた奥田さん一家と再会。
冷たいルイボス茶と黒パンをいただく。

荷物を置かせてもらって、近くを探検・・・
のつもりが、炎熱の京都市内。
モーニングサービス中の「ほんやら堂」にビバーク。
店内に置いてあるフリーペーパーやチラシ類を眺める。

奥田さんには雲水をする場所として、船岡山をすすめられていた。
もっと手前の大徳寺領内に入る。
わがミッションインポシブルを思い出しつつ、聚光院の先にあった切り石に腰を下ろす。
街なかより、少しは暑気が楽だ。
アンコール遺跡群を夏に回った頃が思い浮かぶ。

道行く人の3分の一は外国人。
ようやく腰を上げ、竹やぶと空堀のあたりをありく。

カライモさんで機材設定。
東京から訪ねてきてくれた人もあり。
上映途中に抜け出して近くの銭湯でひと汗流すつもりだったが、上映中の空気が濃く、キャンセル。

『消えた炭鉱離職者を追って サンパウロ編』、お蔵入りにしていた記録がまたこうして熱く共有してもらえる。

夜の宴には水俣の芋焼酎もふるまっていただき、心地よく酩酊。
すべての境界が、京の暑気と共にあいまいになる。


8月2日(日)の記 京都の上海航路
日本にて


京都の古書店カライモブックスさんで朝を迎える。
一夜を共に過ごした大久保さんと、炎都を散策。

カライモさんの北東にある上海航路というお店が気になっていた。
古いバーを改築した、骨董品兼カフェ。
http://www.hurudogu.com/ #!untitled/c1fup

一人で店を切り回す渡辺さんはナイスガイ。
郷土玩具に心惹かれているという。
店内に並ぶ小物ひとつひとつのきれいさを見れば、彼の思いのほどがわかるというもの。

午後から、立命館大学で3本立て上映。
メインの「郷愁は夢のなかで」は前後編、しめて2時間35分だ。

そうだ、立命館には国際平和ミュージアムがある。
けっきょく僕が映写技師もすることになったが、思い切って上映中、抜け出して平和を希求。

これはまさしく、いま必要なミュージアムだ。
おのずと安倍内閣の反知性ぶり、グロテスクさが浮かび上がってくる。
連中に潰されないとも限らない、ぜひこのミュージアムを応援しよう。
「ふたりの被爆画学生の絵展」という好企画も開催中。
http://www.ritsumei.ac.jp/mng/er/wp-museum/

これまでも、ふつう僕がへばりついている上映からたまたま席を外した時に映写事故、主催者はパニック状態という事態が何度かあった。
展示観賞はまさしく早回し状態で会場に戻り、つつがなく、いやはや。

懇親会のあと、荷物を引きずり、なかなか来ないバス、そして阪急電車を乗り継いで大阪梅田へ。
日付変わってカプセルホテルにチェックイン。


8月3日(月)の記 西宮とリオデジャネイロ
日本にて


カプセルホテルではチェックアウトする客の荷物が預かれないという。
さあどうするか。
阪急梅田駅構内にロッカーあり、ここに大荷物を預けてやや身軽になる。
夙川駅で乗り換え、苦楽園口という面白い名前の駅へ。
カライモブックスの奥田さんに紹介してもらった川邉さんが自転車でやってくる。
マンション建設による神域磐座の破壊が強行されようとしている越木岩神社にご案内いただく。
http://iwakura.main.jp/news/20150419_news/newst_20150419.html
この神社の間近でパンを焼く川邉さん、よく勉強されている。

六甲山系の端に位置する神社へのハードな登りは、まさしくリオデジャネイロ。
日の丸を参道の鳥居に掲げる越木岩神社は照葉樹林に覆われている。
本殿の裏手にある花崗岩の磐座は、壮観、圧巻。

現在の神社の敷地内に隣接する土地にも磐座は拡がっている。
夙川学院が地域文化交流のためとして、磐座を保全することを条件にこの土地を約50年前に購入。
ところが夙川学院はこのたび。この土地をマンション業者に転売してしまった。
マンション業者は磐座保全などには関知しないとして、まさしく地球からの贈りもののかけがえのない磐座を破壊してマンションを建設する計画だ。
http://iwakura.main.jp/news/20150419_news/newst_20150419.html

ネット上でこの時代錯誤の環境と人類、日本文化に対する犯罪行為を知り、ぜひ現地を見てみたくなった。
地山の花崗岩が攪乱されたなか、破壊の迫る磐座はパワースポットであり、地域の生態系のビオトープであるのがよくわかる。
灼熱、干天のなか、磐座は水まで滲み出しているではないか。

同様の岩山の景観を持つブラジルのリオデジャネイロを想う。
岩山を覆うスラムは、地山の岩盤の目を読むように損なうことなく構築されている。
世界的な建築家、オスカー・ニーマイヤーのリオの自宅は、でこぼこの岩盤をそのまま床面として利用しているのだ。
アートとして美しく、自然との調和の精神はあっぱれ。

いっぽう西宮のこの惨状はどうだ。
いまの日本の政権同様の反知性主義、開発の利権と人類と地球への暴力の横行。

この問題を知ることになったブログを発信された西宮の喫茶笹舟倶楽部さん、そして近くのじょうとう屋さんに寄ってから大阪高槻へ。

カフェぽぉさんには酷暑の平日の午後にも関わらず、まさしく多様な人々が集まってくれた。
アマゾンの先住民ヤノマモ、坐る9条、トミエ・オオタケという献立に理屈をつけて活弁。

京都駅の夜行バス乗り場も簡単に分かって時間に間に合った。
関西ミッション、感謝感激のうちに完了。


8月4日(火)の記 夏のはっこう
日本にて


早朝の東京駅到着。
目黒駅経由で実家へ。

昼は沖縄から来た知人と流浪堂で待ち合わせ。
沖縄のサウダージ。

夕方の上映前に。フマニタスで出会った若者と再会。
彼は実にうれしい福音を伝えてくれた。

今夕は鷹番住区センターにて『下手に描きたい』上映。
多忙で来れないとおっしゃっていた主人公の森一浩さんが顔を出してくれた。

我ながら珍妙なドキュメンタリー。
アート系の人々に新たにご覧いただき、共感共鳴していただけたようだ。

懇親会、浅野屋さんはいつもの奥の間を取れず、カウンターで盛り上がる。


8月5日(水)の記 めぐろな日
日本にて


蛇崩で営業されていたコーヒーcarawayさんが祐天寺駅東口昭和通りに移転し、昨日が開店。
今日、お祝いにうかがう。

はあ、もとは呉服屋さんか。
今度のお店にはSUNNY BOY BOOKSさんが選んだ書棚もあり。

店主の芦川さんの紹介してくれたカフェマニアの若いカップルとお話。
千客万来状態で、今日はそこそこに失礼する。

夜、流浪堂さんへ。
1月の展示以来、キープしていただいていた書籍をはじめとする諸々のつまった段ボール箱をハイゼットで実家まで運んでいただく。

これでなんだか、ひと息ふた息ついた感じ。


8月6日(木)の記 四つのモーレツ
日本にて


日本の実家ではテレビに接することなく、ラジオのニュースを時折り聞いている。
「猛烈な暑さ」という言葉がしきりに出る。
モーレツという語に久しぶりに接するような。

70年後の原爆投下の時間は、実家で黙とう。

モーレツな暑さのなか、祐天寺裏の実家から北品川の原美術館まで歩くことにする。
途中、郵便局やコンビニなどに立ち寄って所用を済ませながら冷気を浴びる。

アメリカのアーチスト、サイ トゥオンボリーの日本で初めての個展。
サイのことは森一浩さんに教えてもらって、ニューヨークなどで実物を見てきた。
祖国で、こんなにまとめてみることができるとは。

ゴミと、芸術の境界、といった感じ。

ついで横浜黄金町へ。
横浜パラダイス会館で用足しのあと、階上のジャック&ベティで「野火」を見る。
最初は芝居に違和感を感じていたが、どんどん引き込まれていった。
デジャヴュまで覚えるほど親密性を感じる。
映像は、サルガドの「地球へのラブレター」より美しいと思う。

続いて上大岡に移転したカフェ「まったり屋」さん。
さらに追浜で日系アルゼンチン人が経営するアサード(アルゼンチン風バーベキュー)居酒屋「アガリ」へ。
どちらも、すばらしい。

なんというモーレツに盛りだくさんな一日。


8月7日(金)の記 ライブ上映の三位一体
日本にて


今日は台湾で学ぶ知人が訪ねてきてくれた。
平均律の手の込んだアイスコーヒーをいただいてから、上映会場の設営も手伝ってもらう。

学芸大学ライブ上映講座、今宵の第四夜は「箸休め」ぐらいのつもりで編んだ納涼シリーズだが、これがけっこうウケた。
「青いワンダーランド」の語は、牛山さんプロデュースのシリーズからのパクリである。

西表島と、シャパーダ・ドス・ギマラエス。
お馴染み懇親会は、浅野屋さんに。
シンパの方に岡村の撤収作業を待たずに先に陣取りを頼むことにした。

上映、トーク、懇親会。
この三位一体が岡村ライブ上映会の醍醐味だと気づかせていただく。


8月8日(土)の記 埼玉で咲いた
日本にて


目黒駅までがらがらと荷物をひきずっていく。
緑の窓口で、高崎経由水戸行きの乗車券を購入。
使用期間は三日間、4750yen也。
「高崎までは新幹線ですか?」
まさか。

品川で乗り換え、東京駅からは座れる。
うつらうつらの鈍行列車の至福。

深谷駅に今日の上映を主宰してくれた二人が迎えに来てくれる。
今日の会場の七ツ梅酒造跡は、まことに面白いところ。
http://machinokoshifukaya.com/ #
こんなに面白いところなのに訪う人はまばら、もったいない。
さっそく敷地内の古本屋さんで、本と、亡くなった訳者に呼ばれてしまった。
上映会場の藝術精米所の椅子は、僕の上映史上ベストに入る心地よさ。

映像の世界から「転農」して埼玉の土を耕す知人が旬の野菜をお土産にやってきてくれた。
2本上映後、上映を主宰してくれた「藝術米騒動」のメンバーと近くの焼肉屋で盛り上がる。

深谷から群馬の井野駅へ。
ブラジルで調べ宛てた、この駅から小一時間歩く大衆温泉・天神の湯へ。
たどり着けた、空席もあり、いやはや。


8月9日(日)の記 怪人アンパンマン
日本にて


大衆温泉の仮眠室で夜を明かし、朝湯をいただく。
群馬→栃木→茨城と、鈍行列車でうつらうつら。
各県ごとに景観がわかれるのが面白い。

イベントでにぎわう水戸駅着。
覚悟していた昨日の深谷も今日の水戸も、猛暑はひと息ついた感じでやれやれ。
定宿は満室、ようやく押さえた安宿に荷物を置かせてもらう。
茨城県立美術館「やなせたかし展」鑑賞。
この機会に、やなせたかしをきちんと知ろう。

やなせ自身の記載で「アンパンの顔をした怪人」とある。
そうか、僕らのヒーロー、アンパンマンは怪人なのか。

今日で24回目という水戸岡村会上映会。
今日は、日本敗戦70周年を南米移民から見つめる。
話は尽きず。


8月10日(月)の記 食と暴力
日本にて


水戸岡村上映会翌日恒例の近郊ツアー。
今日は、筑波山を目指す。

筑波山麓にある蕎麦屋に行こうということになった。
なかなかの山道だが、このあたりで見かける高級外車は、この蕎麦屋に向かう車だという。
ようやく店の駐車場にたどり着いてから、われらが蕎麦マスターが、この蕎麦屋は店主のウンチクがうるさくて鼻につく、他の店にしないかと言い出した。
ここで合流することになっている人もいる等の理由で、ここにしてみることになった。
これだけの地理環境に、これだけの店を構える人というのは、そう間違いはないと思った。

さっそく先客への店主のウンチクが聞こえ、目に入ってくる。
して、われらの番に。
まず蕎麦を数本そのまま口にすること、50回は噛むこと。
次はワサビだけをつけて食べること。
等々。
声が大きく、口調はけっして上品ではないが、イヤミも不遜さも感じられず、悪い気はしない。
こちらの質問にも答えてくれる。

そもそも、一組一組の客にこれらを繰り返すのは、たいへんなことだ。
わが軍の蕎麦師は、このおやじさんのウンチクと作法の押し付けは自分の蕎麦の技術の下手さのごまかし、言い訳である、と手厳しい。

筑波山の男体山にケーブルカーでのぼり、関東平野を見下ろす。
帰路、つくば市にある、ブラジルの隠し味のきいた「カフェポステン」に寄る。
実にいい趣味の、さっそくお気に入りのカフェ。
http://www.cafe-posten.com/

つくば駅まで送ってもらう。
納豆系の土産を買いもらしていたので、連結するショッピングモール内の食料品店を探す。
買い物を終えて駅に向かうと、フードコーナーがある。
荷物も多いし、仕切り直しにここで食べていくか。

ブラジルでの料理活動の参考になりそうなものを選ぶ。
そもそもこういうところは、ちょっとシステムがわかりづらい。
食事を終えて荷物を整理していると、僕と同じ店を選んだ30前後ぐらいの男とカウンターの店員の穏やかでない会話が聞こえてくる。

男が望んでいたものと、実際が異なっていたようだ。
店長兼料理人らしい男性が、トレイを持ってテーブルに着いた男に、気に入らなかったら変えましょう、といった声をかけるが、男は無視している。

まもなく男は立ち上がり、料理の並んだトレイを若い女性店員と店長のいるカウンターに向かって投げつけた!
男はそのまま肩を怒らせて去っていく。

店側にけがや大きな破損はなかったようだが、店長が男を追う。
店長が連れてきた男は打って変わって低姿勢となり、店長に命ぜられるままに女性店員に詫び、自分の勘違いを認める。
しかしなおも不気味だ。

彼が料理をトレイごと投げつけた先には、人間がいる、食器や食材、調理具、ガラスに包丁もあれば火も使っている。
大事故、大けがを起こしても不思議はない。

そもそも、食べ物を、それを給仕してくれた人に向かって投げつける行為とは。
何か不都合があれば、まず言葉で解決を図ってみればいい。
食、労働、人の尊厳の根源の問題だと思う。

たまたま、とんでもないシーンに立ち会ってしまった。


8月11日(火)の記 南無ニーマイヤー
ブラジルにて


東京都現代美術館のオスカー・ニーマイヤー展へ。
ブラジル通の友人の評判はよくないのだが、さて。

半蔵門線清澄白河駅下車。
地上で地図の掲示を見ると、深川丼の店が記載されている。
深川丼、気になっていた。

行ってみると肝心の店は営業をしている気配がないが、近くに古本屋がある。
本に呼ばれるように、何冊か購入。
さらに同じ道に古本屋!
これまた本の呼び声が聞こえる。
けっこうな荷物になってしまった。

東京都現代美術館、そもそも変だ。
ロッカーに行くのに、地下2階まで階段を上り下りしなければならない。
展示会場に行くには、いったん一階まで上がってまた地下2階まで下がるのだ。
まるであの劣化改悪した渋谷駅なみだ。

展示の方は一見して手抜き・水増し・やっつけ観がただよう。
上野の大アマゾン展ほどハレンチではなさそうだが。

展示のひとつのつもりらしい、立ち見・音声なしのニーマイヤーのドキュメンタリー映像をきちんと一巡するまで見ていく。
これをすると、けっこうな時間を喰う。

して、先にあった映像シアターでこれらを全部つないだもののトーキー版を椅子付きで上映しているではないか!
約1時間あり、途中で閉館のため追い出される。
始めからそうとわかれば、音もないものを小さなモニターで立ってみることもなかった。
追われるように出口に向かうと、ニーマイヤーとトミエ・オオタケ先生の関係についての展示あり。

展示そのものには憤りを感じるが、ニーマイヤーの偉大さはこのドキュメンタリー映画でよくわかる。
ニーマイヤーはコミュニストであり、ブラジルの軍政時代には亡命している。
彼がほとんどを設計した人工首都ブラジリアについても、実際の建築現場で働いた労働者たち下層階級は、完成とともに政治家とカネ持ちの住まうことになった首都から追われてしまったことを嘆く。

オリンピック競技場問題で名前が上がり、利用者への気配りが皆無の呪われた地下迷宮となった渋谷駅を設計したビッグネームの日本人建築家と比べてみると面白い。

ニーマイヤーは曲線と自然を愛してレスペクトした。
彼の、リオデジャネイロの岩山にある自宅は、地山の岩盤をそのまま活かしていて、美しく、お洒落で、エコロジカルである。
ここで先日も訴えた、兵庫県西宮市の神社の神域の磐座を破壊してマンション建築をすすめる蛮行と比較されたい。

日本人よ、建築家よ、土建屋よ、ニーマイヤーを知り、感じ、学んでいただきたい。


8月12日(水)の記 舟越保武を見る
日本にて


ツイッターで知った練馬区立美術館の舟越保武展を見に行く。
http://www.neribun.or.jp/web/01_event/d_museum.cgi?id=10249

かつて東京純心大学の江角記念講堂にある舟越保武のマグダラのマリア像を見せてもらったことがある。
これもいま、改めて見直したいものだ。

舟越保武がカトリックの洗礼を受けてからの作品がすごい。
「原の城」と名付けられた落ち武者風の像は、まさしく鬼気迫るではないか。
作品を、360度、背後からも観賞できる展示もナイス。
縄文の造形を展示する博物館関係者に、爪の垢を煎じてさしあげたい。

いくつか抜粋されている舟越の文章がこれまたすごい。
死せるわが子を描いたエピソード、青年時代の父との葛藤など、すごすぎる。
目録に加えて「舟越保武全随筆集」も思い切って購入。

舟越保武のアートは、僕を豊かにしてくれた。


8月13日(木)の記 世田谷線ふたたび
日本にて


梅ヶ丘か、豪徳寺か、山下か。
学芸大学駅から、どれが近いか安いか。
安さで三軒茶屋経由山下をとる。

今日の上映のフライヤを持参したつもりが見当たらない。
会場名もきちんと覚えていないが、記憶のなかの地図と駅前の地図を重ね合わせて、それらしき建物を目指す。
スマホ等不所持者は、それなりに準備しておかないとマズいな。

いやはやビンゴ!
この会場を手配してくれた上田さんにご挨拶。
4月の三ノ輪と同じ『坐る9条 THE MOVIE』と『郷愁は夢のなかで』の2本立て。
ぜひ見直したいという藤沢さんと及川さんのお宅でホーム上映、という話だったのが、4月に見逃した人たちにも、ということでこの上映へと膨れ上がった。

日本が川内原発再稼働という亡国の選択を強行したこの時期に、ブラジルと鹿児島を往復した西佐市さんのメッセージはあまりにも重い。

画面から、独自のものを見抜く藤沢弥生さんが、あらたに強烈なものを見出してくれてしまった。
祖国は月遅れ盆に入り、祖霊を迎える。


8月14日(金)の記 SUNNYは劇場になった
日本にて


祐天寺裏と学芸大学を往復。

自分への課題。
日本の岡村ファミリーの写真から、敗戦70周年を見つめる小企画展示を流浪堂トーチカの「オカムラをさがせ!」コーナーを詰めて設置完了。
なんとか旧盆と玉音放送前に間に合った。

今日はSUNNY BOY BOOKSさんにて、二度目の岡村作品上映会。
19時過ぎより会場設定。

今晩はドタキャンはなかったようで、逆に未予約の複数の方が飛込みでいらして、超過密となる。
僕と高橋店長の入場スペースはなく、店外から見つめる。

道行く人の半数はお店のガラス越しに映し出される映像と聞こえてくる音声に注意を払う。
なかには足を止めて、画面をのぞきこむ人も。

僕の小学生時代。
油面公園での夏の夜の映画会を想い出す。
上映作品は、若大将シリーズあたりだったか。
記憶に残るのは映画の内容ではなく、映画会がイベントとしてそこであったという思い出。


8月15日(土)の記 岡村のいちばん長い日
日本にて


昨晩のサニーボーイシネマの有志との飲み会から実家に戻って時計を見ると、午前3時。
本日の撮影の準備をして、仮眠。

午前8時台に祐天寺出家。

東武線森林公園駅まで向かうのだが、スマホ等がないのでひとつ判断を間違えたらアウトだった。
駅で田上さん、藤沢さん、及川さんと合流。
コンビニで食糧を買って、丸木美術館へ。

美術館の屋外の古民家で催される敗戦記念のイベントの一環として、「坐る9条」を新たに披露することになった。
僕は友情撮影。

「坐る9条」は13時から開始の予定だが、その前に制服向上委員会というののショーがある。
肖像権やらめんどくさいようなので、このグループがらみは一切撮らないようにする。
主催者から宮澤賢治の童話のような指示書がある。
主催者らしい人らがメインのカメラポジションに4台ほど三脚据え付けでビデオカメラを設置していて、それを妨げないこと、とある。
旧式扇風機が爆音を立てる隅に、腰低く構える。
こちらは三脚を用いないので、移動するとすぐに場所がなくなってしまう。

制服…が早くショーを切り上げたようで、こちらの本番もいきなり繰り上がる。
「坐る9条」8・15バージョンは、まさしく御霊が降りてきた観あり。

他に急ぎ上京する人らに便乗、藤沢弥生さんの車で駅まで送ってもらう。

夜の鷹番上映に間に合うかどうかが気がかりだったが、敗戦70周年の合わせた人身事故もなく、いったん実家で武装解除することができた。

夜の上映は満員御礼。
懇親会は四つのテーブルに分かれるが、それぞれのテーブルで話は尽きず。
これを見て、よしとする。
こうして、70周年目のこの日が終わる。


8月16日(日)の記 目黒まわりの日曜日
日本にて


宗教者の説法・法話は実に玉石混淆である。
魂から絞り出されるような心打たれるものから、何の準備も勉強のうかがえない犯罪的な手抜きのものまで。
信者獲得を虎視眈々と狙う新興宗教系はこりごりだが、カトリック教会なら無理強いもなく、ある程度、勝手もわかるので安心だ。

カトリックのミサの説教も玉石混交ながら、わが実家から徒歩圏にある中目黒聖ミカエル教会の川村神父のそれは型に収まらず、どんなお話をされるのかが楽しみだ。
今日は、韓国のある女性がミサで聖体(パン)をいただくと、それが彼女の口のなかで本物の血だらけの肉に変わってしまうという話。
調べてみると、韓国のナジュというところで起きた話で、真贋のほどの議論が続いているようだ。
秋田の落涙の聖母像とも通じるものがあり、興味深い。

今日は16時と18時にそれぞれ流浪堂で知人と待ち合わせて、茶飲み話と打ち合わせ。
して、電撃的に明日、鎌倉での上映が決まった。
金曜夜のサニーボーイ劇場に来てくれた鎌倉の藤本さんが同じプログラムを鎌倉で上映したくなり、明日の夜の和室なら取れるという打診があり、お受けした次第。
その瞬発の機動力には、舌を巻くばかり。

いざ、鎌倉。


8月17日(月)の記 鎌倉で無を参る
日本にて


「鎌倉で映画とともに歩む会」の藤本さんの電光石火のはたらきで、急きょ今夜7時から鎌倉での上映が決定。
藤本さんは午後5時には会場入りして機材のチェックなどをしたい由、こちらもそれに合わせることに。
あいにく関東は大雨洪水の注意報、警報が出されている。

明日までとなった流浪堂の展示会場経由で鎌倉に行くことにするが…
せっかく鎌倉に行くからには、ぜひ参っておきたいところがいくつかある。

まずはいまだ果たせていなかった小津安二郎監督の墓参。
同じ鎌倉の黒澤明監督の墓参の際には、寺側からけんもほろろの扱いを受けただけに、身構える。
ネット情報では円覚寺にある小津監督の墓は、黒澤監督のより心地よくお参りできそうだ。
天候が心配。

北鎌倉駅到着。
60年以上前の映画の面影を伝える稀有な駅だ。
雨も緩やかで、拝観料三百円を支払って円覚寺入り。
お墓の位置を受付けで訪ねると、各塔頭ごとにあるというが、「小津先生の」というと二つ返事でわかりやすく教えてくれる。

各地で大雨の被害が生じているせいか、境内は参拝者もまばら、しかもその半分ぐらいは白人系だ。
ついに、ついに、小津安二郎監督の墓参なる。
「無」の一字の刻まれた墓石。

雨模様の蒸した夏の午後、ナメクジ、カタツムリ、粘菌、キノコ類の観察にはぴったりのシチュエーションだが、いずれにもお目にかかれず。
それにしても、今回、日本を訪問してから最も濃密深遠なひととき。
ひとりでよかった。
京都の大徳寺でへたばっていたときもあったっけ。

鎌倉駅方面に向かうのに、亀ヶ谷坂切通しというのを通ってみる。
昼なお暗い小路、辺りはにわかに掻き曇り、小津ワールドどころか黒澤の『羅生門』の世界だ。
リュックも含めて全身びしょ濡れ。

由比ヶ浜の古書店公文堂さんを拝見、ついで拙著を出してくれた「港の人」さんに挨拶をして駅方面に向かうと藤本さんとばったり。

今宵の上映は緊急にもかかわらず、思わぬ人たちが集ってくれた。
ありがたい、のひとこと。


8月18日(火)の記 ファイナル上映
日本にて


わが人生のさまざまな夏の記憶がオーバーラップする。
油面小学校での夏休みラジオ体操、出席カードと「出」のハンコ。
最終日には、記念品がもらえた。
小口に赤インクのぬられた少年雑誌など。
後年、こうした赤インクの本はゾッキ本と呼ばれるのを知る。

今日で学芸大学ライブ上映講座・2015年夏の部、全6回の最終日を迎える。
各地の上映に何度も参加してくれる人もいるので、お得意さんサービスとして1-2月の上映講座の際に作った資料『目黒目線』全6号を新たに刷って謹呈することにする。

それにしても両面コピーというのは、なかなかややこしい。
せっかく上下の設定などがうまくいっても、刷り上げてみるとコピー機のガラスの小さな汚れが出るなど。

昼、静岡から展示に訪ねてくれる知人と会食。
いまだお盆休み、大半の飲食店が休みで参った。

ファイナル上映は満を持して『あもーる あもれいら サマークリスマスのかげで』をお届けする。
声をかけたカトリック関係の人たちはご多忙のようでどなたもいらっしゃらなかったが、満員御礼。

おかげさまで、わが意にかなったいい場がつくれた。

閉店準備に追われる八百屋の店先に入り込んで、買い物をせずにしつこく親父に場違いのサカナの分類を詰問してくるような人を、常連さんがやさしくたしなめてくれる。


8月19日(水)の記 へろへろの夏の収穫
日本にて


猛烈な暑さの夏の公式イベントは昨晩終了。

離日は明後日。
さっそく今日も午前中から山積みの残務雑務に取り掛かろうと、外出するが…
過労からか自律神経が乱れてしまい、いったん実家に撤退。

這い上がって、少しでも知性と感性の充電をしないと。

目黒区美術館、村野藤吾展。
これは無理してみておいてよかった!

これほど僕の人生と密接な建築家が、他にあろうか。
まずは、旧千代田生命本社ビル。
駒沢通り、祐天寺と中目黒の間にあり、ウルトラマンシリーズにも登場した郷土で誇るべき建築。
現在は、目黒区総合市庁舎となった。

そしてなんと、早稲田大学文学部キャンパスも村野藤吾の作品だった!
特にこれといった感慨もない建物だが、思えば斜面の土地に築かれた建物は、大学本部の方のハコモノよりユニークで、科学特捜隊系かもしれない。
さらにわが牛山純一師匠の築いた日本映像カルチャーホールのあった有楽町の読売会館(現ビックカメラ)も村野藤吾の作品ではないか。
僕と日本映像記録センターの出会いは、僕の早稲田時代のこのホールである。

兵庫県西宮市でマンション業者が神社の磐座を公然と破壊しようとしている問題は、僕も何度か告発してきた。 http://iwakura.main.jp/news/20150419_news/newst_20150419.html
村野藤吾はこの西宮にもいくつもの建築物を残しているが、いずれも斜面、自然の地形を巧みに活かしていることが展示の模型からうかがえる。「一木一石たりとも大切に保存するよう」
「無理をして地面をこわしてはいけない。出来ることなら、素朴でこの土地から生えてきたようなものにならないか」
日本がイケイケの時代に、村野はこうした精神で建築に臨んだのだ。

地球からの贈りものであり、古来からの信仰と精神文化の拠り所である、いまに残る磐座を破壊するような設計をして、建築家として恥ずかしくないのだろうか。
土木も建築も、まずモラルを学ぶべきだ。


8月20日(木)の記 九尾のナメクジ
日本にて


離日前日、実家での大整理作戦の合間に。
谷戸前緑道を下る。
谷戸前川は目黒川の支流で、わが故郷の至近の小川だ。
暗渠になって、四十有余年になろう。

昭和の初めからこの地に住んだ亡父はヤト川と呼んでいたが、後に僕は谷戸前川が正式名称と知る。
鎌倉に多い「谷戸」と同様、東日本の縄文文化圏の地名だ。

今日は朝から小雨がちで、昼前のこの時間、相当の湿度。
あ!
昭和前期ものの石段のコンクリ壁に、ナメクジが。
成人男子の小指大、色はまさしく肌色。
盛夏の雨の鎌倉でも見かけなかったナメクジが、地元に。
デジカメを接写モードにして雄姿を収める。

さらに下ると、切通しを覆う苔むしたコンクリ壁があり、苔面に現代人が文字状のものをいくつも刻み込んでいるのがうかがえる。
南米の先史岩絵を思いだして眺めていると、なんと複数のナメクジが。
パタゴニアのクッションプラント状に盛り上がる苔面を匍匐するナメクジに見惚れる。

その先の、安藤なにがしの建築のような無機質のコンクリート面にも複数のナメクジ。
しめて九匹のナメクジを確認。

一日に複数のナメクジに出会うのは、極めてまれだ。
これだけの数のナメクジにお目にかかったのは、1984年のシンガポールでのナメクジ取材以来ではないだろうか。

しかもそれがわが故郷の谷戸前川畔、この地の縄文文化を支えた川であり、流浪堂の二見店主と僕を結んだ川でもある。

そもそもナメクジ以外に、ヒトともまみえることのない厳粛な時空。


8月21日(金)の記 さらば日本の夏
日本→


出ニッポンの日を迎える。
郵便類の残り、そして実家の使用空間のお片付け。
昨日は定休日だった近くの家具屋さんで買い物。
びくびくの荷物パッキング、書籍類はだいぶ削らざるをえず。
出発前に、お世話になった流浪堂さんに暇乞いのあいさつ。

いつも以上に強い「忘れ物した感」に後ろ髪を引かれつつ、タクシーをゲット。
恵比寿のウエスティンホテルからシャトルバスに乗る。
車中で、メールをたしなまない人お二方宛て御礼の絵葉書をしたため。
道中の緑の色濃いこと。
今回、日本で見た映画『野火』と『日本のいちばん長い日』を想い、この時期にこの2本を見ただけでも過酷な祖国の夏に訪れた甲斐があったというもの。


エチオピア航空、カウンターそのものの表示もなく、まさか日にちを間違えたかと焦る。
インフォメーションで尋ねると、そもそも出発時間が1時間遅れに変更となっている。
カウンター付近の椅子に陣取るが、Wi-Fiはか細くで使えず、読書タイムに切り替え。
ひやひやだった荷物のチェックインクリヤー。

21時前の成田空港はほとんどの店が閉まってしまい、免税の書籍の購入もかなわず、場末感に浸る。
さあ、まずは香港だ。



8月22日(土)の記 アフリカひとっ飛び
→香港→エチオピア→ブラジル


香港までのフライトはゆるゆる、熟睡。
アジスアベバまで、サンパウロまでも満席にはならず、となりは空席でやれやれ。

機内映画は基本的に往路と同じだが…
『王妃の館』という行きには見かけなかった日本映画あり。
ひと言でいって、よくも悪しくもばかばかしい和風フレンチ映画。
あえてフランス人役を日本人が演じているという演出なのかもしれないが、このあたりが今どきの日本の限界かも知れない。

タイムテーブル上はアジスアベバ到着から離陸まで1時間10分しかなく、接続が心配。
到着後、行きと異なり再荷物検査なしのショートカットに誘導され、やれやれ。

『I AM LEGEND』(のちに調べて『アイ・アム・レジェンド』の邦題で2007年末に日本でも公開されているのを知る)というハリウッドものを見てみる。
のっけから廃墟と化したニューヨークという設定で、これはよろしかった。
ハリウッド版新作ゴジラがちらっと見せていたが、廃墟化する近未来の日本もリアルタイムの前に劇映画で見ておきたいものだ。

アフリカ映画、アラブ映画もざっとチェックするが、すでに見ていたり、見るに堪えなかったり、英語字幕が粟粒大で判読不能だったり。
苦し紛れにチョイスした『Marie Heurtin』というフランス映画(日本では今年6月から『奇跡のひと マリーとマルグリッド』のタイトルで公開中とのちに知る)、これはすばらしかった。
19世紀のフランスの実話がもとで、全盲で聾唖の貧しい農家の少女を、自らも肺に病を持つ若き修道女が修道院に引き取って教育に当たるというお話。
ずばり『奇跡の人』をほうふつさせるが、デジタル加工でなんでもござれの時代に、よくぞこれだけの肉弾体当たりの映画をつくってくれたものだ。
神の み技を銀幕に見る。

けっこう暑いサンパウロに到着。
アフリカ経由で大きなスーツケース2個の東洋人、というのがいかにも怪しいらしく、税関の荷物検査。
特にご法度のものを担いで来なくてよかった。
皆さん、どうか岡村にややこしいものの担ぎ屋を頼まないでね。


8月23日(日)の記 目赤の日曜日
ブラジルにて


火事場状態のサンパウロのわが家にたどり着き。
鏡を見やると、右目が異常に赤い。
よく見ると、血塊まであるではないか。
ビビってネットで調べる。

見た目の衝撃ほど深刻ではないことが多いようで、過労が主要な原因に挙げられている。
カラダは正直なり。
1週間-10日もすればひいていくとのことで、まずは様子を見てみよう。

急ぎの預かり物のあるこちらのファミリアを訪ねるつもりだったが、安静にさせてもらう。

路上市でヒラメとイワシを買う。
脂の乗ったイワシの刺身が美味。


8月24日(月)の記 劣化の日本国総理大臣
ブラジルにて


サンパウロのウイークデイが始まる。

まだ右目がじゅうぶん赤い。
あまり目を酷使しないようにする。

日本の映画館で買ってきた『日本のいちばん長い日』と『野火』のパンフレット、資料類を見るなどする。
『野火』のパンフレットは文字量が控えめで、はっきりいってものたりない。
ジャック&ベティで合わせて販売していた『塚本晋也X野火』という冊子には識者たちの寄稿や完成台本もあり、これも合わせてようやく納得。

『日本のいちばん長い日』のパンフレットは重厚で、各ロケ地の建物の一覧表などもあり、読み応えばっちり。
表表紙をめくると「ポツダム宣言」が、裏表紙をめくると「終戦の詔勅」がそれぞれ全文、掲げられている。

敗戦後70年を経た日本国を、そして日本国憲法をハチャメチャにしようとしている安倍晋三内閣総理大臣は、映画のプログラム1ページに十分納まる、この必読のポツダム宣言を「つまびらかに読んでいない」と今年5月の党首討議で発言していることをよく記憶しておこう。

日本国総理大臣の品質の劣化のはなはだしさは、目を覆うばかり。
せめて多少はこれらの映画に拮抗できる知性と品性を備えた人であるべきだ。
劣化総理にこれ以上、日本を壊させてはならない。


8月25日(火)の記 秋のソナタ
ブラジルにて


ブラジルに戻って体調も回復せず、急ぎめの作業にも着手できないまま、次回訪日のチケットの手配。
数か月前に、10月半ばの東京での講演をお引き受けしているので。

以来、この時期の訪日チケットの相場は何度となくチェックしていたが、ここにきて掘り出し物あり。
サンパウロの馴染みのエージェントに手配を頼む。

希望のものが取れそうだが、発券期限は明日まで。
滞日期間は5週間とするつもり。

さあそれまでにすべきことの優先順位を考慮しないと。


8月26日(水)の記 蓼科日記抄
ブラジルにて


日本で知人にいただいていたものの、大部ゆえにブラジルへの持参を断念してきた『蓼科日記抄』(小学館スクウェア)。
今回、ようやくアフリカ経由でサンパウロに持ち帰った。

小津安二郎監督映画の脚本家・野田高梧氏の蓼科にあった別荘「雲呼(うんこ)荘」に置かれていた日記帳からの抜粋だ。
野田・小津コンビの軽妙な記載に加えて、様々な来客が筆を添えている。

これが、なかなか面白いのだ。
中山タクシー、蓼科アイス、ダイヤ菊など再三、登場することばにこちらも親しんでしまう。
この夏、蓼科の手前の原村でひと晩のみだが過ごすことができ、鎌倉で小津監督の墓参もしているだけに、思いはひとしお。
こんな軽妙かつグルメ・深酒・散策三昧の環境で、大小津作品の脚本が紡ぎだされていたというのも妙。

世の諸々の雑記帳、もっと共有されてもいいかもしれない。


8月27日(木)の記 さけたちぬ
ブラジルにて


「血まなこ」状態改善のため、アルコールを絶って五日目になる。
人前に出てもまあよさそうな感じになってきた。
断食実施も奇数日がいいということだった。
断酒も五日間で打ち止めとするか。

この夏の訪日で求めたDVD、大島渚監督の『天草四郎時貞』(1962年製作)。
映画青年時代に見てつまらなかった覚えがある。
いま、見直してもがっかり。
天草四郎にまるでカリスマ性がない。
キリスト教、宗教に対する認識も、「皮相観」ただよう。
ここで描かれる程度の宗教に、人は命をかけるだろうか。
グラウベル・ローシャに描いてもらいたい世界だ。


8月28日(金)の記 急きょ旅立ち
ブラジルにて


二転三転。
こちらのファミリーの事情で、急きょ明日より運転手役を務めることになった。
全走行距離は1000キロを軽く超えるだろう。
何泊するかもまだ不明。

お年寄りをお連れするため、車を洗車に出す。
洗車待ちの間に、木ネジ購入や合鍵づくり、夕食の材料の購入などけっこうスムースに片付いた。

旅装の準備は明日早朝、一気にやるか。
久しぶりにアルコールをいただき、早めに横になるとする。


8月29日(土)の記 小屋の復権
ブラジルにて


妻の実家の事情により、奥地への運転手を務めることになる。
ざざざっと荷物を詰めて、午前7時わが家を出る。
実家出発は、9時を過ぎる。

サンパウロ市の北方、州の内陸のリンスという町を目指す。
走行約500キロ。
15時台に到着。

リンスにはリンス歴史考古博物館というのがある。
以前、記したが、橋本梧郎先生の同僚だった民間考古学者・酒井喜重氏のコレクションはここに収められている。
トミエ・オオタケ先生と並ぶブラジルの日本人画家の巨匠、マナブ・マベのブラジルの故郷である地域だ。
博物館のサイトを開くとさっそくマベの作品の画像があり、土曜も17時まで開館とある。

ウエブサイトの地図を頭に入れて、ホテルの受付の兄貴の、就学前の児童が書いたような道順を手がかりに行ってみる。
案の定、わからない。
ガソリンポストで尋ねるが、見事にあさっての方角を教えられた。

別のポストで尋ねて、ようやく16時半過ぎに到着。
すでに門を閉めている門番に頼んで入れてもらう。

展示室には誰もおらず、暗闇にごみ問題を扱った展示があるのみ。
別室にいた若者に聞いてみると、考古資料は平日に、事前予約をしなければ見られないという。
マベの画も展示されていない由。
少なくとも博物館の名称から考古学を除去してもらいたいものだ。

敷地内に「農村労働者の家」と看板の建てられた掘立小屋の復元住居がある。
屋内には、かまどと、丸太を並べた寝台があるのみ。
壁も丸太を並べただけなので、すけすけである。

日本人移民だけではない、様々な入植者がこうした小屋に暮らした。
そもそも先住民の住居は、より質素といっていい。
見た目の質素さから偏見を持たれる住居だが、環境との調和、周囲で入手できる資材での作成という持続性は評価すべき、というわが意を得た説明がなされている。

拙作『郷愁は夢のなかで』の西さんの小屋、そして拙著『忘れられない日本人移民』に書いたアマゾンで裸同然の暮らしを余儀なくされた日本人少女のことを想う。

折しも、満月。
いわば日本人移民の古戦場ともいうべきこの地で、無念のうちに果てた諸々の移民霊がかたまりとなって僕にはたらきかけてくる感あり。

すでに、小屋は地元のブラジル人により復元、復権されています。
僕はこのことを皆さんの祖国で伝え続けましょう。

夜、今回のミッションのメインである、リンスの寺での法事を終える。
胸ざわめいて、持参した本は頭に入らない。
ホテルの近くの小屋型の飲食店でビールを頼み、内陸の夜風で身心のほてりを冷まし続ける。


8月30日(日)の記 生者と談笑
ブラジルにて


リンスからプロミッソン、そしてバストスへ。
ブラジル日本人移民史によく出てくる地名を私用で今日もまわる。

昨日の久しぶりの長時間の運転がこたえて、今日の運転では、つい、うとっとしてしまいそうで危なかった。

昼過ぎにバストス着。

今朝から日本人移民、そしてその子孫の何人かと親しくお話をさせていただいた。
今日はバストス泊、バストスそのものが今も日系人で息づいているせいか、あちこちで今を生きるジャポネースたちと談笑したせいか、今日は特に移民霊どものささやきを感じることもなし。

あの高速運転中の一瞬の、うとっ、は危なかったけど。
まだこっちに置いておいてくださいね。


8月31日(月)の記 バードコール
ブラジルにて


養鶏で知られるサンパウロ州内陸のバストスの町の早朝。
庭木に群がる小鳥のさえずりがすごい。
持参したバードコールを鳴らしてみる。

今年初めに下北沢のDarwin Roomで購入したのだが、なかなか適当な使用機会がなかった。
http://www.darwinroom.com/
この場所とこの時間帯、とにかく全体の鳥声量がすさまじい。

そのなかでしつこくヒノキ製のバードコールを擦っていると、好奇心に駆られたような個体が一羽、二羽、様子をうかがうという感じで近づいてくる。

早朝の鳥群の大さわぎが収まってから庭に出て、あちこちでバードコールを奏でてみる。
これといった効果はうかがえない感じだが…
鳥類というのは、一定の距離以上に近づくのがむずかしい。
しかしバードコールを奏でていると、その一線を突破できる観あり。

もっといろいろ試してみないと。
次回の訪日時には違う樹種のも買ってみようかな。
こういうのが嫌いじゃなさそうな友人知人への土産にもいいかも。

と、鳥名で結んでみる。
日中、サンパウロ市の自宅まで、500キロ余りをひたすら走行。
おかげさまで、トリ乱すこともなく。


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岡村淳 :  
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