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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2015年の日記  (最終更新日 : 2016/01/03)
11月の日記 総集編 鎌倉ミッション

11月の日記 総集編 鎌倉ミッション (2015/11/03) 11月1日(日)の記 パタゴニア再生
日本にて


今日は午後から学芸大学ライブ上映。
もっとも遠方から来てくれた友が会場設営を手伝ってくれて、かたじけない。

上映作品は『パタゴニア 風に戦ぐ花 橋本梧郎南米博物誌』。
西暦2001年、911事件の年の制作だ。
はっきり言って地味な作品だが、地味という味を好み、評価してくれる人たちが集ってくれた。

「地味」は「滋味」に通ず。
ブラジルにJIMMY:ジミーという名前のウスターソースがある。
故・中隅哲郎さんはその語源は「滋味」にあった、と書いておられた。

パタゴニアの強烈な風の音の表現も評価していただけた。
聞き苦しい、音楽を使え、もっといいマイクを使え、音効マンを雇え、といった、かつていただいてきたような「ありがたい」意見もなく、ありがたい。

こんなエッセイを書いていたのを思い出した。
「ぱたごにあノオト パタゴニアの音」。
http://www.hoshinot.jp/okamura/patagonia2.html


11月2日(月)の記 死者の日の黒湯
日本にて


今日はカトリックでいう「死者の日」。
東京の大田区、東急池上線蓮沼駅が最寄りのバリアフリースペースCOLORSでの2度目のライブ上映会。

大田区は東京の温泉郷として知られている。
お隣の蒲田駅近くの黒湯の温泉銭湯でミソギをしてから、ライブに向かおう。
そもそも今回訪日後の初温泉ではないか。

なにせ通常の銭湯料金。
黒湯は名称は露天温泉とされている一角のみ。
18時前のためか、空いているのが救い。
黒湯は本来無味無臭とのことだが、加熱循環しているせいか、時間を経過した風呂の湯のニオイがするような気がする。

今日の上映は、なかなかに熱い方々が集ってくれた。
『みえない祖国のゆめ』は僕自身、久々の観賞だが、来場した方々と新たな思いを共有することができた。
http://100nen.com.br/ja/okajun/000061/20041231000844.cfm

来場の皆さんとの懇親のあと、この上映の縁をつくってくれた写真家の柴田大輔さんと、僕の方の終電まで駅前の居酒屋で早飲みカンパイ。
いい死者の日だった。


11月3日(火)の記 鎌倉ミッション
日本にて


義のために撮る。

どうしたことか「稼ぎどき」筆頭の文化の日の祝日のみが、ぽっかり空いていた。
なにか入ってくるからだろうとは思っていたが。

僕にとって恩ある上映プロデューサーのひとり、鎌倉の藤本美津子さんと鎌倉駅で待ち合わせ。
こちらはビデオカメラ持参、藤本さんも大きな荷物あり。

そして、爆発。
乞う、ご期待。

なかなかのものを撮ってしまった感あり。
いっしょにつくった、それも想定をはるかに超えたものを、という達成感も。
諸々の疲労も吹き飛ぶ。


11月4日(水)の記 ユーミンの縁の下
日本にて


あれもこれも、と計画は立てる。
身心の疲労と、少しでも残務に着手をと考えて、ミュージアム行きはキャンセル。
そもそも上映直前に他のことを入れるのは無理があるな。

発起人の櫻井さんにJR石川町駅までお迎えをいただく。
かのユーミンが華燭の儀を挙げたカトリック山手教会へ。

今日の上映会場は、聖堂の真下。
『赤い大地の仲間たち』『ササキ農学校の一日』の上映。
ご覧いただいている方々の感動が、遠くからも伝わってくる感じ。

帰路は黄金町までお送りいただき、届け物をしてから鎌倉からの客人と関内駅近くで「軽く」。
祐天寺に戻ってようやく旅装の準備。

新宿駅へ。
さあ西国巡礼の始まり。


11月5日(木)の記 門戸厄神
日本にて


夜行バスで大阪梅田着。
阪急西宮北口駅へ。
阪急電車の色は、なんともいとおしい。

モーニングサービスの喫茶店、いくつもあるだろうと思っていたが。
いやはや、ない。
駅前のビルのVividというお店に入ってみる。
ここがビンゴ。
地元出身のマスターに、いろいろ教えてもらう。

今回の上映に奔走していただいたメストレ国司と再会。
「死ぬ死ぬサギ」と称されるほど、見た目はお元気そうで安心。

門戸厄神駅前での上映だが、肝心な門戸厄神にお参りをしていない。
意外にも山手で、こころなき身にも響いてくるスポットだ。

いったん引き返し、大阪伊丹市美術館で「鴨居玲」展。
ようやく観れた。
アートは健全でなければいけない、という言葉にさようなら。

夜のJ:SPACE上映では、司会者の熱望でブラジルとは無縁な『神がかりの里 山口県嘉年村物語』をVHSで上映。
そこそこ、つじつまは合わせる。
そして、意外な話、望外の出会いあり。


11月6日(金)の記 京の正夢
日本にて


梅田のカプセルホテルで、でれでれと起きる。
これまでは大東洋を使っていたが、今回は老舗のニュージャパンにトライした。
大東洋の方が仮にも天然温泉があり、Wi-Fiの波のあるカプセルもあり、僕にはいいかも。

梅田にご多忙な知人にお越しいただき、近況の交換。
阪急電車で京都へ。

今年3度目の京都、そしてカライモブックス。
カライモさんに荷物を置かせてもらって、近辺を散策。
これが、至福。

店主の奥田さんが勧める高麗美術館まで歩いていってみた。
道中もいちいち面白い。

帰路は鴨川まで足を延ばす。
町場に定点を置いての京都は、とっても面白い。


11月7日(土)の記 京都のリオ フクシマ
日本にて


日付が今日になってから、カライモブックスさんで日に三回も誕生のお祝いをしていただき、恐縮しきり。

午前中は付近を散策、人形寺として知られる宝鏡寺の秋の特別展示を拝観。
どうもここのところ、人形群と縁がある感じ。

カライモブックスの奥田ご夫妻にぜひご覧いただきたかった『リオ フクシマ』を上映。
遠来の人も複数、これもまた恐縮。

思いを同じくする人がこれだけいることが、希望かも。

関東から京都に避難してきた友人と、カライモブックスさん近くの「上海航路」へ。
京都のお気に入りのお店。

京都の地下鉄の駅は、おおむねフリーWi-Fiがスムースでありがたい。
鞍馬口駅と十条駅でノートパソコンをいじってから、夜行バス乗り場へ。


11月8日(日)の記 水戸のとんぼ返り
日本にて


京都からいきなり水戸とは、まるで幕末の志士並みだ。
夜行バスを秋葉原で下車、目黒の実家で装備を仕切り直してJR鈍行で水戸へ。
水戸は、そこそこの雨。

水戸芸術館の企画展を見る。
ここらしい、キュレーターと出品者は盛り上がっているかもしれないが、一般観客はついていけない感じの展示。

日暮れの雨天を歩いて末広町のにのまえさんへ。
東京以外で最大の岡村シンパのコミュニティ、ここにあり。

南米旅行から帰ったばかりの眞家店主夫妻に、これをお見せしたかった。
『山川建夫 房総の追憶』。
眞家シニアはいたく山川さんに興味をもたれたようで、なによりであった。

明日の写真紙芝居があるので、JR鈍行最終にて大江戸に戻る。
水戸上映の余韻強く深く、なかなか頭を切り替えられない…


11月8日(月)の記 お じさんの家の文人姉妹
日本にて


午後3時からの「おじさんの家」での写真紙芝居の構成を練り続ける。
http://ojisan-no-ie.wix.com/5515mmmmm
タイトルは「ナメクジの肖像権」とするか。
追加分の写真を、近くのコンビニでA4紙焼き。

現場のおじさんの家に行ってみて、たまげた。
川を挟んだ民家がちょうど取り壊しの最中というのも奇遇。
鶴田陽子さんを筆頭とするなめくじシスターズ4人が、趣向と骨折りの限りを尽くしてくれている。
江戸期の粋人、文人もかくや。

この写真紙芝居実現までの歩みがドラマだった。
さてそれにしても今日の写真語り、ほんとに面白かったんだろうか?
本人は面白かったけど。


11月10日(火)の記 カトリックとナメクジ
日本にて


「カエサルのものは、カエサルに返しなさい」。
午後、目黒のカトリック東京国際センターにて。
スタッフ有志に拙作『あもーる あもれいら 勝つ子 負ける子』を上映。

びんびんと、激しいまでの反応。
これは後を引いてくれそう。

懇親会は、人を釣る漁師たちと生簀の魚を釣る。

帰路。
ナメコロジー研究会の足立代表から在来種ナメクジのガラパゴス、と称していただいた我が地元のナメクジの聖地へ。
今晩も踏査。

いた。
この2頭のあり方は、ニオう。
求愛行動とみた。

日付が変わるまで、2時間ほど観察。
深夜、大荷物を持ち、あまりに怪しい。
デジカメのバッテリーがあがりかけ、明日の上映、明後日以降の旅の仕込等々もある。
2頭は降雪には至らず、ふたたび離れてしまった。
こちらも古巣へ戻る。

今宵は5頭のナメクジを確認。
内訳は在来種3頭、イベリア半島産2頭。


11月11日(水)の記 学大ファイナル
日本にて


今日は学芸大学ライブ上映会の最終回。
絶妙に、ほどよい人数が集まってくれた。

未熟者の僕が有頂天にならないよう、ちゃんと冷や水を思わぬとことからかけてくる御仁の存在も、お恵みというものだろう。

懇親会は、お馴染み浅野屋さん。
拙作上映常連のカップルから、実にうれしいお告げをいただく。

行きがかり上、今晩もナメクジの聖地を観察しておきたい。
有志一名が同行。
深夜1時を回って現場に到着。
ひと通り見て回るが、もぬけの殻。

有志をそのまま返すわけにもいかず、目黒通りで深夜営業の店を見つけて、反省飲み。


11月12日(木)の記 早稲田のノストラダムス
日本にて


早稲田大学の大学院で教鞭をとる知人の計らいで、一席。
映像ジャーナリズム論。
『大東亜戦争は日本が勝った!ブラジル最後の勝ち組老人』を一緒に見て、お話ということにした。
受講生の多くは中国からの留学生、して大半が女性。
日本語をゆっくり、ややこしい言葉を使わないように留意。

ナレーターがやたらに早口で、異常なテンションだという指摘。
事前にクギを刺しておけばよかったな。

1999年の世界滅亡の危機とは、という質問。
そうか、いまの若い学生、特に留学生は「ノストラダムスの大予言」を共有していないのだな。

帰路、竹橋で藤田嗣治の戦争画を見ておこうと思っていた。
が、なんだか疲れた。
早稲田大の構内にある、演劇博物館で京マチ子展と常設展を見ておくにとどめておく。

深夜バスで、山形へ。
今回の新宿の乗場は初めてでややこしかったが、尋ねてみたガードマンのおじさんが親切に教えてくれて助かった。
ザ・ガードマンにイイネ!


11月13日(金)の記 山形の蝶と蛾
日本にて


山形駅に夜行バスで未明に着。
県庁所在地の駅とはいえ、駅周辺の24時間営業の店はコンビニと全国牛丼チェーンの店ぐらいだ。

そもそも駅周辺には、地元系の喫茶店も見られない。
午前7時、駅ビルのロッテリアが開くのを山形新聞を買って待つ。

僕の山形訪問は、例によってドキュメンタリーとは無縁である。
寒河江市の施設に入っている親戚の訪問と、今後のことの打ち合わせである。

山形駅に着いてから、山形県立博物館で『蛾と蝶 -妖精たちの集い-』という特別展を開催中、と知る。
http://www.yamagata-museum.jp/event/h27/choutoga/

山形というのは、食材ひとつとってもただならぬ多様性があることを今回も思い知らされた。
その母体となる生態系が多様にあるに違いない。
それを蝶と蛾から探ってみたい。

県立博物館は午後5時閉館、入館ギリの時間に駆けつける。
自然史部門では、いきなりヤマガタオオカイギュウの展示、考古部門では国宝となった山形出土ののっぺらぼう土偶「縄文の女神」の実物が鎮座。

はしるはしる「蝶と蛾」特別展に。
山形産蛾類の膨大な展示に、息を呑む。
美しい、のだ。


11月14日(土)の記 山形の蛾蝶ふたたび
日本にて


トラブル続出。
昨晩は、蔵王の格安温泉宿に到着。
おそらく今回最後になる祖国の出湯を堪能。
付近の飯屋はすでに閉まっていて、夜はコンビニ飯。

朝から雨。
早朝7時ちょうど発のバスで山形駅に向かうはずだった。
が、バスターミナルに人影なし。
時刻表を凝視する。
「7時00分」発の横に白い紙が貼ってある。
よくよく見るとこの白紙には赤い米印が書かれていたようだ。
下方には赤い米印は土日祝運休、とある。

後便では、すでにチケットを購入してある8時ちょうど発山形発新潟行きのバスに間に合わない。
新潟では明日の上映仕掛け人が待機している手はずになっている。

思い切ってタクシーを使うか。
蔵王のターミナル横のタクシー会社も、ひと気はない。
電話をすると山形駅まで6500円。
出費はともかく、いまから手配しても8時の山形駅には間に合わないという。

蔵王からも山形駅からも山形交通。
山形交通の事務所では、同じ山形交通ながら、僕の予約チケットはコンビニ発券のものなので、変更不可と言われる。
蔵王のバスターミナルの判読不能の時刻表をデジカメに撮ってあったので、それを見せて抗議。

それでも変更には応じられないと言われるが、なおも執拗に抗議をして16時発の便に変えてもらう。

雨の山形、夕方までどうするか。
昨日はゆっくりじっくり見られなかった山形の蝶と蛾の展示をふたたび。

サンパウロでは同じ団地群ながら、今度の引越し先には蛾がよく入り込んでくるようになった。
山形産の蛾群の標本に見とれながら、余生はサンパウロのわが家に迷い込んでくる蛾類を眺め、愛(め)でて送ろうかと思う。

夕方のバス。
すでに外は真っ暗。
新潟県小国にに達した時。
運転手さんが、この先、片貝トンネルが全面通行止めとの表示があったと告げる。
情報確認と、小国のコンビニを逃すとこの先、食糧の調達が困難なため、しばらくバスを止める由。

トンネル内での正面衝突だが、レッカー車が現場に向かっていて、いずれは片側ぐらいは通行可能になるだろうとの報。
どちらにしろ、新潟着はかなり遅れる。
いやはや。

いろいろ段取りをしてもらっていた仕掛け人を、すっかり待たせてしまった。
新潟も、雨。


11月15日(日)の記 新潟/拉致とナメクジ
日本にて


地元に詳しい方の案内をいただくと、同じ町でもまるで理解度が違ってくる。
昨晩は夜も更けた雨天ながら、ざっと上映会場も含め、新潟の中枢部を自動車でご案内いただいた。
この市内中枢部で横田めぐみさんが拉致されたと聞いて、びっくり。
北朝鮮による日本人拉致というのは、ひと気のない海岸部ばかりかと思っていた。

今日は図らずも、当時、中学一年生だった横田めぐみさんが下校時に拉致されてから38年目を迎える。
地元の新潟日報を買ってみるが、関連記事は、わずか。

地元出身ながら、いまや100キロ以上、離れたところに住まう内田さんに今朝も迎えに来ていただく。
上映会場は拉致現場の近くにあるカトリック新潟教会。
1927年建立という双塔の聖堂は、新潟市のアイコンのひとつにもなっている由。

生暖かい雨日和。
ずばりナメクジ日和だ。
新潟のナメクジ相はいかに、と思いきや。
教会の敷地内で殺さっそくナメクジ発見!

ちょっと縮み上がっているが、外来種のチャコウラナメクジのようだ。
かの双塔を背景としての写真もいけそうだ。
出迎えにでてくれたメキシコ人だという主任神父さんを待たせたまま、接写。

スペイン語でナメクジを何というか、かつて研究者に聞いていたが忘れてしまった。
神父さんに聞いてみるが、知らないという。

ミサ後、内田さんにとってもアウェーの場所であるこの教会の信徒会館で『フマニタス』の上映。
内田さんと僕だけでは対応しきれず、小千谷から来てくれた渡辺さんにややこしいことまでサポートしていただく。

上映後のトークと質疑応答のあと、挨拶もそこそこに新潟駅へ。
午後イチの新幹線に、間に合った。

モケレ・ンベンベのお二人の北海道移住記念パーティの前座に、縁ある拙作2本を上映。
お二人はかつて黒テントの芝居で活躍した。
ゆかりの人は、気持ちのいい人ばかり。

おかげさまで、これにて今回、そして今年の日本でのイベントはすべて終了。


11月16日(月)の記 日本脱出計画着手
日本にて


出ニッポンは明後日。
実家を昼前には出ないと。
で、残務雑務は今日明日でかたづけないと。

今日は夕方から打ち合わせの会食、明日は悲願のミュージアム周りあり。

世田谷で珍味美酒をごちそうになってから、学芸大学の流浪堂さんに挨拶に寄る。
今日の東京も、生温かめ。

あらためて夜のナメクジサンクチュアリーに向かう。
いる、いる。
先回、2頭が求愛とみられる行動を見せた場所では、なんと、3頭が。
まさしく三つ巴だ。
2頭が求愛に向かおうとしているところを、1頭が牽制している感あり。

夏目漱石の『こころ』か、谷崎純一郎の『卍』か。

今晩は、サンクチュアリ―から実家に戻るまで、10頭のナメクジを確認。
これは20代の時のシンガポールでのナメクジ取材依頼のレコードかと。


11月17日(火)の記 目黒空襲
日本にて


出国準備で、大わらわ。
が、見逃せないミュージアムの企画展をハシゴ。

まずは地元、めぐろ歴史資料館の「目黒の戦中・戦後」展。
目黒区では第2次大戦中のアメリカ軍による空襲で、291名の死者、全焼家屋26095戸、罹災者は103425人という犠牲を出したと知る。
1945年4月15日、5月24日、5月25日、5月29日の空襲だ。
うち5月24日と25日の空襲は「山の手空襲」と呼ばれ、24日は608人、25日は539人が殺されている。

ついで竹橋の近代美術館、藤田嗣治全収蔵品展。
藤田の戦争画の一挙展示だ。
これが見たかった。

息を呑む世界。
それにしても。
兵士たちの、眼の描き方が気になる。
焦点があっていないのだ。
たとえば、何匹もの猫のひしめく絵と比べてみても、それぞれの猫の瞳はきちんとリアルに描き込まれている。

ところが、藤田の戦争画の兵士たちのまなこはどうだ。

いずれにしても、すごいものを見てしまった。


11月18日(水)の記 機上の鎌倉
日本→アメリカ合衆国→


ばたばたと、目黒の実家をあとにする。
成田空港第一ターミナルは、安手のショッピングモールといった感じ。

少し奮発して祖国最後の食事とアルコールをと思っていた。
が、飲食スペースは列ができて、そもそもテーブルが空いていない。
節約、すっか。

次回訪日に備えて夏目漱石の『こころ』をウン十年ぶりに読み返している。
鎌倉から話が始まることはすっかり忘れていた。

ANAの機内映画で、まず『ステーキ・レボルーション』というドキュメンタリーを観る。
まだ日本では劇場公開が続いている新作だ。
この中の日本編が鎌倉の肉屋から始まるのも、びっくり。

このなかで登場する高級ステーキハウスの経営者の発言。
「たしかにウチのステーキは高いです。
しかし、毎日食べるものではないし、そもそも肉を毎日食べたら健康によくないですよ」。

わが敬愛する大道焼肉師・ガウショこと伊藤修さん。
お肉がおいしいことはわかっているんだから、客に「おいしいでしょ?」などと無粋な誘導尋問を繰り返さずに、気の利いたステーキ哲学でも述べて欲しいところ。
その伊藤さんも、もとは鎌倉彫のアーチストだったな。

一本置いて『海街diary』を観る。
この原作のマンガを、読んでいた。
拙著が鎌倉の出版社:港の人さんから出版されることになり、その出版段階で鎌倉駅前の書店に立ち寄った際、ご当地マンガとして推されたのだ。

僕にはいまひとつリアリティを感じにくい世界だった。
それが是枝裕和監督のもと、豪華キャストで実写化されるとは。

マイ鎌倉づくし。
ブラジルに戻ったら、はよ鎌倉の宿題を手掛けい、というお達しか。


11月19日(木)の記 ブラジルにたどり着くまで
→ブラジル


シカゴでのトランジットでは、空港でおとなしくしていることにした。
奇しくもシカゴに来ているという知人は、会議のため抜けられないという。
シカゴ空港には地下鉄が接続しているので、市内のミュージアムでものぞいてみたいところ。
が、撮影済みテープなど、かけがえのないものを携帯しているため、無難を優先したい。
ちなみにシカゴの空港のフリーWi-Fiは使用30分のみ。

シカゴからのユナイテッド航空で、ざっと3本の映画を観る。
「ミッション・インポシブル/ローグ・ネーション」
「アントマン」
「ポルターガイスト」
いずれも日本語吹き替え版。

「アントマン」はいろいろな実在のアリが活躍するのが面白かった。
「ポルターガイスト」は2015年公開のリメーク版。
冒頭から、家族の長女の女子高生が高圧送電線と脳腫瘍のリスクを訴えるのが面白かった。
1982年版では、さすがにまだこの認識は流布していなかったかと。

往復で計12本も映画を見れれば、モトをとったまではいかないにしても、そこそこのオトク感はあり。

さあ、多分に眠いがサンパウロに到着だ。


11月20日(金)の記 「夢は天才である」
ブラジルにて


昨日、タクシーの運転手との話で知った。
サンパウロは今日、黒人へのオマージュの祝日。

時差ぼけ絶好調、しばらくはだらだらさせてもらう。
覚醒すると、あまりややこしくなく、食指が動く本を開く。

最近、日本から担いでくるのは古書店で買った本ばかり。
横浜黄金町の「たけうま書房」さんで買った黒澤明著「夢は天才である」(文芸春秋)がいい。

「日本の批評家なんかは、なぜ原子炉が爆発するようなシーンを入れるんだと言うんです。そして、あんなものは何でもないみたいなことを言うから、僕は何でもない問題ではないじゃないかと言うんだけどね。それから、もっと美しいものもあるのに、なぜあんなイヤなものを入れるんだとも言われたんだけど、イヤなものと言ってられないでしょう。自然がどうなっているのか、現実を直視しないのがいけないと思うんですね。」

これはこの本からの引用だが、初出は1993年のインタビューの由。
映画『夢』についての発言だ。

『七人の侍』の勝四郎のように、黒澤監督を「先生!」と呼びたい。


11月21日(土)の記 ブラジルになにを求めるか
ブラジルにて


この8月からサンパウロの大学に留学に来た、若い日本人の友人と会食。
僕が目をやられたり、引っ越し騒動に入ったり、訪日したりで今日がこちらで初めての再会となった。

学食通いのかなりの清貧生活のようで、ブラジルに来てからシュラスカリア(ブラジル風ステーキ店)で食べるのは今日が初めてだという。

近々、さる日本企業のブラジル駐在員が、ブラジル留学中の学生を集めての食事会を開くとのこと。
どうやら、ブラジルとポルトガル語に通じる「できる」日本人学生の青田刈りのようだ。

そもそも、就職に有利、ということでブラジルに留学に来る若者も散見する。

僕がブラジルに求めてきたもの、そして僕の価値観とは相容れないブラジル志向者がいる、ということ。
僕のようなのが少数かつヘンクツなのだろう。

今日の友人は僕と嗜好が近く、ポルトガル語能力はすでに僕より上かもしれない。
頼もしい限り。


11月22日(日)の記 ブラジルで凶器の再開
ブラジルにて


快調なまでの時差ぼけ。
家族の用事で自動車を動かすことに。

そろりそろり。
日曜でよかった。
ひと月半ほどの運転ブランク。

日本ではまるで運転をしない。
なので、自分が異国で苦手だった自動車を運転しているということ自体が不思議。

なぜ、苦手かを少し考える。
とってもエゴで、見ず知らずの他人を一瞬の過ちで殺傷しうる凶器だからだろう。
同様に、自転車の使用すらできるだけ避けている。

幸い新たな初日の今日、他人様を殺傷することもされることも避けられた。
初心忘れるべからず。


11月23日(月)の記 サンパウロのブラックフライデー後のマンデー
ブラジルにて


政府首脳からしてアメリカのご機嫌をうかがうばかりの日本国。
が、ブラジルに比べてさほど流布していないアメリカの風俗がある。
たとえば、ブラックフライデー。
僕自身、数年前にこちらで知ったかと。
読者の知的好奇心の萌芽を根こそぎにしないよう、言葉の解説はやめておこう。

さて、今日は一日断食の再開とする。
家庭で与えられたミッションは、今日が期限の銀行の払いもの。
ついでにブラジルの現ナマを引き出したい。
が、4台ならぶATMのいずれも現金引き出し不能。

それを告げるために立っている女性行員に、アヴェニーダの向かいにある同じ銀行の支店なら引き出せるか、尋ねてみる。
「できる、と思います」。
あんたの思いのアンケート調査をしているわけではないのだが。

義弟の遺品として履いている靴の底が摩耗してしまい、浸水しないようガムテープで補強をしていた。
日本の靴修理スタンドできいてみると「できません」。
こちらで、多少の無理にも応じるという靴修理のおじさんの店に行ってみた。
底を全部はずして、別のものを縫いつけることならできる、という。
値段的にOKか、家族にはかってみよう。
ブラックフライデーの安売りをしていた靴屋の安物より、値が張る。
が、安物は10日ぐらいで底がべろんとはげてしまったことがある。

こうして、新たにブラジルの日常に慣れていく。


11月24日(火)の記 追跡と編集
ブラジルにて


僕が訪日する前、だからかれこれひと月半ぐらいになるか。
引越し前のアパートのソファを修理に出した。
そのまま先方から連絡はなく、電話にも応じないという。

若いチリ人の兄弟の業者で、そう悪い印象はないのだが。
まだ手付金も払っていないし、いろいろ大変などだろう。

すでに居所は押さえてあるので、車で乗りこんでみる。
一面に、犬のウンコだらけの地区。
先方は不在、猛犬に吠えられる。
近所の人に聞くと、夜逃げをしたわけでもなさそうだ。

他の、こんなケースを思い出してみる。
最初のパソコンは、日系ハーフの業者に持ち逃げされたっけ。
妻の言う、ガラスの件はよく覚えていない。

転居先の方で、映像編集ができるように開墾。
まずは、木村浩介さんの学芸大学ライブの映像、そして下高井戸シネマでの「ジプシー・フラメンコ」ファイナル上映記念ライブの映像の素材の取込み。
さあ、つなぐぞ。


11月25日(水)の記 ブラジルの「こころ」
ブラジルにて


メールでそれぞれの依頼者、出演者に確認を取りながら。
下高井戸シネマでのフラメンコ歌手・石塚隆充さんのライブと木村浩介さんの学大ライブの映像の編集をすすめる。

転居先で初めて鶏の唐揚げを揚げてみる。
こちらも古いアパートで換気扇はないのだが、窓の位置の関係か、油は旧宅ほど充満しない感じ。

家族との夕食も終わり、やれやれと書を開く。
訳あっての、夏目漱石「こころ」。

高校時代、大学時代に次いで、ながーいブランクがあっての3度目かと。
これが、面白い。
久しぶりに、小説を、文学を読んでいるという実感。

「私」が「先生」に鎌倉で出会ったのは、第1回ブラジル移民先「笠戸丸」出航の前年のようだ。
両方の世界が、僕のなかでは、まだ整合できないでいる。

「こころ」ですぐ思い浮かぶのが、日本の映画音楽に凝っていた頃に親しんだ、林光さんの映画音楽。
新藤兼人監督の映画化作品だ。
調べてみると、この映画の方は「心」と漢字で、舞台は現代(1970年代)の設定に移した由。
批評類は、けちょんけちょんのようだ。
映画青年時代に見たような覚えもあるのだが、見ていないような気もする。

日本で、思わぬルートで林光さんの関係者の家族と親しくなった。
「軍旗はためく下に」の曲も印象深いが、林さんでは「こころ」がいちばん。


11月26日(木)の記 音楽の捧げもの
ブラジルにて


木村浩介さんの学芸大学ライブ、そして石塚隆充さんの下高井戸ライブの映像の仕上げにかかる。
木村さんは現在、ブラジル北東部を旅行中。
来月初めにサンパウロでお会いする予定で、その際にDVDに焼いたものを渡すつもり。

石塚さんの方のは、DVDに焼いてピカフィルム代表の飯田光代さんに郵送する予定。

さて、次は。
木村浩介さんのAPARECIDAミニライブの演奏をまとめるか。
鎌倉は、あとにまわす。


11月27日(金)の記 絵柄のディスク
ブラジルにて


編集したての素材をDVDに焼いて日本に郵送するミッションが生じる。
転居先の作業空間を探ってみるが、バージンのディスクが見当たらない。

隣駅まで買いに行かねば。
10時開店だったな。

スタンドが恒常化したといった態の、格安ショッピングモールといったところか。
ここに何軒か、ディスクをバラ売りしている店がある。

日本で売られているDVDディスクは、いわば無味乾燥。
こちらにはエンゼルフィッシュの柄など面白いものがある。
今回もラジカルな柄のが2種ほどあったが、いずれもCDとのこと。
DVDには柄物がなく、数種あるがメーカーが違うだけとのことで、無難な純白ものとする。

家に戻ってさっそく焼いて、フェルトペンでタイトル書き。
送り用の封筒を作って添え状を書き、押っ取り刀で郵便局の列につく。
プライオリティの書留便で発送するが、さてどれぐらいかかるかな。

あわてたあまり、焼いた後のディスクの試写をし漏らしてしまったな。


11月28日(土)の記 靴底に潜る
ブラジルにて


昨日午後、靴底の交換を頼んでいた靴屋に。
同じ底にはならないよ、とのことだったが、見事に違っている。

後に靴底の分類を調べてわかったのだが、
ラグソールという登山靴や安全靴で用いる凹凸のある底だったのが、ラバーソールという運動靴などで用いるひらべったい底が縫い付けられていた。
おじさんは今後も自分に任せてくれ、と得意そうだ。
縫い目は屈強そうだし、まあ履いてみるか。

今日は日本からブラジルに赴任した知人と昼食を共にすることに。
待ち合わせ場所まで二駅ほど、歩く。

この靴を履いて歩いてみる。
なるほど、地下足袋のように地面がダイレクトに伝わってくる。

『天国と地獄』で三船敏郎扮する主人公が靴ひとすじという設定だったのを想い出す。
「履けばわかるよ、権藤さん」。

底が破れてしまい、日本の靴修理スタンドでは捨てるしかなかい、と言われた義弟の遺品がまた履けるだけでありがたい。


11月29日(日)の記 興至れバ
ブラジルにて


「興至れバ筆をとり興去れバ枕に就き、興来り 興去り 遂に脱稿の運びに至る。」
『蓼科日記 抄』小津安二郎執筆分、1959年7月7日付。

昨日朝、夏目漱石『こころ』読了。
構成のムラ、尻切れトンボ観がかえってここちよい。

ちょっと小説もノンフィクションも重く、本そのものの重量は圧倒的な『蓼科日記 抄』を開く。
大・小津より、我が意を得た一文をいただく。

一昨日以来、興去りて映像編集を中断。
明日になれば、そうも言っていられないし。


11月30日(月)の記 鎌倉に叫ぶ
ブラジルにて


さあ今日も一日断食をしよう。
懸念だった、去る11月3日の文化の日に鎌倉で撮影した素材の編集にかかる。
私財を投じて映画『牛山純一』をプロデュースされた藤本美津子さんの依頼。
来年早々、廃館にされてしまうという神奈川県立近代美術館・鎌倉館の存続を訴えたいと協力を乞われたのだ。

11月3日には、藤本さんの美術館前での思わぬ抗議行動を撮影することになった。
藤本さんは映画美学校での故・佐藤真さんの門下生だ。
同窓には、いくらでも日本の映像界の第一線で活躍している人たちがいるだろうに。
それを在ブラジルの岡村ごときが引き受けることになるというのが面白い。

さて、問題の所在がどこにあるのかがわかりにくい。
もとは国有地だった土地が鶴岡八幡宮に提供されて、日本初の近代美術館が築かれたのだが、その土地の神奈川県との30年毎の貸借契約が切れることになり、新たに更新しないことが問題なのか。
ル・コルビジェに師事した建築家、坂倉準三の設計した建物の老朽化が問題なのか。
神奈川県の文化予算削減が問題なのか。
そのあたりをネット上で関連機関のウエブサイト、新聞報道等をチェックしても理解できないのだ。
お上が廃止を決めて残念、でも建物そのものは壊されることがないようで、まあよしとしましょう、ぐらいのところか。

美術館としての存続を願う藤本さんの懇親の抗議行動は、あっぱれだった。
しかし問題そのものがきちんと僕に理解できないと、他人様にお見せする映像はまとめられない。
字幕で、どうフォローするか。

そのあたりを整理して叩き台を作り、藤本さんにメールで送る。


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