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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2016年の日記  (最終更新日 : 2017/01/01)
1月の日記 総集編 海岸山脈を愛す

1月の日記 総集編 海岸山脈を愛す (2016/01/04) 1月1日(金)の記 元日のみどり
ブラジルにて


家族全員で、妻の実家に向かう。
車はパラナの赤土にねっとり覆われているが、まあ仕方がない、旅の勲章だ。

例年はおせち料理づくりを大晦日から女衆が準備するので、女衆はもとより運転手も気を抜けないでいた。
今年は親類の知人だという日系の業者に仕出しの寿司類を注文することになり、女性陣への福音となったようだ。

サンパウロ州内陸の日系移住地出身の女性が仕切るという、仕出し屋の寿司と刺身。
一族には好評だったが、「日本製」の僕にはいろいろと突っ込みどころあり。

刺身は、チリ産養殖サーモンと、マグロのみ。
寿司にガリがなく、稲荷寿司に紅ショウガもない。
太巻き寿司の具に緑色を放つものがあり、なんとゴボウを緑色に着色したものだった。
日の本でゴボウを、緑に染めるか?

日本画家の千住博さんがいう、日本語でものを考える人がつくるのが日本料理、という定義を思い出す。
この仕出し屋の女将は日本語を理解するだろうが、日本語では考えていないだろうな。

実家のお隣さんの日系人からのプレゼントの一升瓶を開ける。
僕は年末の暴飲がたたって、体調不良、アルコールを控える。
いい傾向かも。
(後記:「ゴボウ」「緑色」で検索するとゴボウが緑色に変色するのを防ぐには、といった記事がいくつもあった。ゴボウを緑色に変色させないために苦心する祖国日本、ゴボウをそもそも緑色に染めちゃうブラジル日系人。新年の強烈な学び。)


1月2日(土)の記 アギーレ 逆襲
ブラジルにて


つらい初夢だった。
僕はおそらくブラジルでの、フリーのTVドキュメンタリーディレクター。
日本人のカメラマンに、取材内容でなく、カネか手続き上の問題できつく詰問されている。
それどころか、肝心の取材そのものもおぼつかない状況…

ああ、夢でよかった。
もう、あんなのはこりごりだ。

自分への正月サービスで、DVDにて『アギーレ・神の怒り』を観ることにする。
1980年代の日本公開時に劇場で観たが、僕にとっての究極のアマゾンものだ。

おそらく30数年ぶりの再観賞。
その間、この作品は僕のなかで「適応放散」していたことがわかった。
僕が長年抱いていたこの映画のサウンドトラックは、僕の脳内で勝手につくられていたものだった。
それにしても、この映画の冒頭のイメージはすごい。

アンデス→アマゾンの雲霧林の表現は、これにつきる。
ツノゼミの、聖地。
実際にアンデスの雲霧林とアマゾン上流で、1972年にこれだけの映画をロケしていたというのがすごい。

1972年の日本公開作品で、僕のみた映画は…
『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』。
『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』。

われながら、なんだか遠いところに来てしまったようだ。


1月3日(金)の記 聖市のグラン・ピア
ブラジルにて


なんだか、あわただしい。
午前10時の待ち合わせを遅らせてもらい、路上市に買い物。
休暇シーズンだけに、いつもは4軒ある魚屋は1軒だけ。
刺身はあきらめ、ムール貝とマングローブ蟹のむき身を買う。

かのニーマイヤー設計のCOPANビルのパン屋のカフェで打ち合わせ。
奇縁で知り合った日本人のパーカッショニストの、街頭演奏を友情撮影することになって。
クリスマス前に決行したのだが、思わぬ友軍のfogo amigo を喰らい、撮り直しとなった。

今日は珍しく機材の「霊障」現象が起こり、撮り直しをさせてもらう。
なぜこんな現象が生じたのか?
誰か、メンバーに「その方面」で強い人がいるのではないか?

彼との出会いのきっかけとなった女性が「すみません…」と小声で謝る。
彼女は日本の南島の、女性シャーマンの血筋だというではないか。

ちなみに今日の撮影のシチュエーションは、絶妙だった。
アントニオ・ロペスの「グラン・ピア」を思い出した。


1月4日(土)の記 どです家電
ブラジルにて


この時期のサンパウロの街かどは、実に多様で面白い。
クリスマスと年末年始の休みでシャッターを固く締めている店が多いが、新年特売の看板を出してにぎわう店もある。

大黒柱の妻は、誘われてダウンタウンまで朝から買い物に出かけた。
僕は明日からの旅行に備えて、パラナの赤土にねっとりと覆われた愛車を洗いに出し、その間にわが子二人と家電屋をまわる。

年賀挨拶メールは、なかなかすすまない。


1月5日(火)の記 ブラジルの四国山地
ブラジルにて


身辺が片付かないまま、ちょっと変わった旅に出る。
要介護の老人と、付添い疲れの老刀自を山峡のロッジでケアするというミッション。

仮にもサンパウロ州。
いやはや、こんな奥地、こんなに未舗装道路が続くとは。
マチュピチュ並みの地形に築かれたロッジの敷地内は、ファーストギアでないと登れない。

しかも正面には、生態系と民衆の敵、ユーカリ植林が拡がる。
諸々を検案して、来たことのないここを選んだのは僕で、責任の重圧。

四国は瀬戸内海側出身の老刀自曰く「四国だったら山をこんなに走ったら、とっくに海に出てしまう」。
なるほど、この山並みは四国山地を思わせる。
「忘れられた日本人」、ここにあり。

夕食時にはムジカ・セルタネージャのライブが始まり、老移民夫婦との会話もままならない。
僕にとっては外の物音の方がずっと豊かなんだが。

このあたりのも、あの太鼓のような鳴き声のカエルがライブ演奏。


1月6日(水)の記 チエテ川源流をいく
ブラジルにて


ロッジより、わが車に乗れるだけ、宿のモニターも乗せてチエテ川の源流に向かう。

「緑の砂漠」と呼ばれるユーカリ植林地を通りながら、モニターはユーカリ植林の弊害を語る。
成長が異常に早いユーカリは製紙の原料、薪、建築資材などに供される。
このあたりでは6年サイクルで5回、伐採を続けるそうだが、30年後にはその土地はいかなる作物も受け付けない、まさしく不毛の地になってしまうという。
近年の不況により企業によるユーカリ買取価格は半額となり、生産者には踏んだり蹴ったりとのこと。
さらに降水量の減少、気候の変化により付近の水源は次々に枯渇しているという。
原子力発電と同じ、人間の傲慢さが招く悲劇だ。

チエテ川は、わがサンパウロ州を貫く大河で、南米第二の大河ラプラタ河の一支流だ。
水源地は海まで22キロの距離にあるのにかかわらず、その河水は南米大陸南部の内陸を延々と潤して、ウルグアイとアルゼンチンの国境をなす大西洋の河口まで4000キロの旅を続けていく。

1954年の発見時にはユーカリ植林地だったこの源流付近は保護区とされて大西洋海岸森林の在来種の苗が植えられ、今日では「緑の砂漠」と対極をなす心地よい微気候を醸し出すほどの森が育っている。

ここサレゾポリス市に望ましいオプションのひとつは、観光だとモニターは言う。
大サンパウロ圏に近いし、子供たちへの環境教育にも格好だ。

僕自身、10数年ぶりの訪問だが、まさしくうるわしの源と森だ。
今回は要介護の親類のお付き合いで、虫や菌の観察もままならないが、改めて友人知人を案内したいものだ。


1月7日(木)の記 インガ応報
ブラジルにて


二泊三日の大家族サービス、最終日。
歩行も困難な義父は、晩年の橋本梧郎先生を想い出させる行動力を持続している。
僕は、まさしくその足となる。

チエテ川源流域にある水力発電所付属のエネルギー博物館に行きたいという。
僕は行ったことがあるが、詳細は定かに覚えていない。

こんな奥と悪路の先に、ほんとに発電所があるのか、と心配になるアクセス。
地域の観光スポットなのだが、訪問者がまれで営利の営業ではないせいか、スタッフが融通が利く。
老齢かつ歩行困難の訪問者ということで、車両立ち入り禁止区域まで車で行かせてくれた。

1911年、チエテ川流域に初めて建設されたという発電所は、すでに大西洋海岸森林の景観にだいぶ馴染んでいる。
原子力発電所が、周囲の自然景観になじむことはあり得るだろうか。

このあたりの植生も目をひく。
100年以上の歴史があるので、人が持ち込んだものもあるだろう。

赤い皮のバナナがたわわに実っているが、サルや鳥が好むものの、ヒトはまず食べないという。
義母が黄色くふくらんだサヤを実らせている植物に興味を持った。

インガだという。
ブラジル北部の植物で、近年ではこの冷凍果汁がサンパウロでも出回っている。
果肉は乳質で甘い。
農業技師としてブラジルを広く歩いてきた義父も、インガを知らないと言う。
老夫妻は、さっそく種を持ち帰ることにした。

帰ってからインガをしらべてみて驚いた。

ネムノキ化の植物で、属名はずばり Inga。
ブラジル北東部の乾燥地帯のものと思っていたが、アマゾン地帯に集中して、南米大陸全域、メキシコまで分布しているという。
ポ語のウイキペディアにはハワイのオアフ島の植物園に生えるインガの樹の写真、さらにオランダのロッテルダムの市場で売られているというインガのサヤの写真が添えられている。

僕自身は、ブラジル北東部のパライーバ州の内陸に Pedra do Inga、インガの岩と呼ばれる先史岩刻画遺跡があるのを知って訪ねて、インガは忘れられない言葉になっている。
「インカ」ではなくて、「インガ」。
鮮やかかつ克明に岩盤に刻まれた記号群は、まさしく陰画。


1月8日(金)の記 ブラジルの山形のだし
ブラジルにて


僕が「山形のだし」という食べ物を知ったのはおそらく西暦2010年のこと。
シネマジャック&ベティの最寄り、横浜伊勢佐木町にあった「まったり屋」さんという絶妙な喫茶店だった。

まったり屋さんは横浜の上大岡駅付近の古民家に移転して、まったり度は二乗に達している。
まったり屋のクマ子さんは、ツイッターのみを交信手段とされていた。
その更新が久しく途絶えて、ちょっと案じている。

まったり屋さんでは「山形のだし」を素麺に乗せていたように記憶する。
夏バテ時に絶妙であった。
その後、牛丼の松屋でも期間限定で、山形のだしを乗せた牛丼を供しているのを知り、時にフンパツしていただいたものだ。

さて僕は山形に親戚がいてさんざん通っているのだが、彼の地で山形のだしをいただいた覚えがない。
そもそも山形は漬物系にオツなものが多いのだが、ぜひとも現地の、もちろん「山形の」は付かないだろうが「だし」をいただいてみたいものだ。

近年は東京のスーパーでもパック入りの「山形のだし」が売られ、これまた訪日時に時折りフンパツして購入している。

して、ブラジル。
ここのところ有機農場からブラジルきゅうり(日本きゅうりよりずっと図太い)、きゅうりに負けずにぶっといナス、さらにミョウガまで届いている。
こちらは夏で、旬の夏野菜だ。

これらの消費方法を考えて、山形のだしを作ってみることにした。
ネットで出てくるレシピは、まさしく千差万別。

自分でつくってみて、わかったこと。
水戸の手打ちそば店「にのまえ」の眞家マスターの言葉を思い出す。
いわく、日本人は、納豆そのものを味わうことをせずに付属のタレのうまみで食べている。
市販の「山形のだし」も化学調味料のうまみばかりを味わっていたと気づく。
この気づきは、年末のこと。
自作の山形のだしは、うまみに欠けているのだ。

本日、あらたに挑戦。
刺身昆布を戻したものを、千切りに。
どなたにいただいたか忘れてしまった「あごだし」の粉末パックを破いてたっぷりかける。

前回より、だいぶいける味になった。
味の決め手になった日本海側産の「あごだし」の原材料を見てみると、「ちゃんと」化学調味料が入っていた。


1月9日(土)の記 Isao Catoとブラジルの森
ブラジルにて


午前6時半、まだ夜の明けきらないサンパウロのわが家を車で出家。
車で行くには泣けてくるほどややこしく、かつヤバいサンパウロの中心街を縫って迷って、ニーマイヤーの設計したCOPANビルへ。
日本から音楽修行に来ているパーカッショニストのIsao Catoさん夫妻をピックアップ。

Catoさんとは先月、サンパウロで知り合ったばかり。
視力障害をおして自身のサンパウロでの演奏を自撮りする、とうかがい、僕でよければと申し出た。

すでにサンパウロでの大道演奏は二度、撮影している。

いっぽう僕は、かねてからブラジルの海岸山脈で太鼓の音色のように鳴くカエルが気になっていた。
どなたかパーカッショニストに聴いてもらいたい、ノリによってはジャムセッションをしてもらいたいと願っていた。

昨年11月にはギタリストの木村浩介さんを海岸山脈のロッジにお連れしてカエル類のオーケストラを聴いてもらい、「太鼓判」をいただいた。

今週初めからの義父母のお世話の旅行でも別の海岸山脈のロッジで、デンデン太鼓のようなカエル群のライブを聴き、わが妻もそのリズム感覚に心を打たれていた。

帰国の迫るCatoさんと僕のスケジュールの調整、そして休暇シーズンの宿の確保でなかなかに手間取った。
そもそも山峡の宿はネットどころか電話も不通の時がしばしばなのだ。

木村さんをお連れしたロッジは満室、2年前に別の友人と訪ねたロッジをようやく確保。
今日の朝のカフェから、明日の午後までの滞在だ。

Catoサンカップルには、いたく気に入ってもらえたのだが…
午後から、ひたすら、雨。
カエルにはカエっていいかと思いきや…

夕方になってもデンデンガエルの太鼓が聞こえない。
代わりに、セニョーラCatoに言わせると「日本の高校の野球部の練習のような」鳴き声のカエルが、しめやかに合唱。
たしかに、ハイ、ハイ、と甲高く返事をしているように聴こえる。
僕は「代返ガエル」と呼ぼう。

Catoさんは日中の森のなかに続き、打楽器で共演。
彼は生物の声と合わせること、雨のなかでの演奏など、それなりの手ごたえを得てくれたようだが。

デンデンガエル、どこへ行った?


1月10日(日)の記 レインフォレストの翌日
ブラジルにて


肝心な太鼓の音色の鳴き声のカエルとの遭遇がなければ、僕の署名入りの作品としては成立しないのではないか。
昨晩から、悶々。

僕の方は諸々の編集作業に加えて今週は州外遠征、来週は異国からの友人の接待、そして再来週は訪日、と過密スケジュール。
加藤さんもいよいよカルナヴァルの本番と離日を控えて取込みのはずだ。

早朝から、ともに宿の敷地内を歩く。
加藤さんは太鼓を奏でながら。

ようやく彼のパートナーの撮影上の位置づけ、太鼓演奏の撮り方が少しつかめてきた。
加藤さんの語りがいい。

『Isao Catoとブラジルの森』というタイトルで小編をまとめられるかもしれない。
この農園の労働者に聞くと、デンデンガエルもよく鳴いているし、昨晩、鳴かなかったとするとこの冷え込みのせいだろうという。
管理人にも聞いてみると、先週はカエルの鳴き声があまりにすごくて、宿泊客が怖がったほどだという。

加藤夫妻と相談して、来週にでもお互いのスケジュールの調整が付けば、もう一度、チャレンジしてみようということに。

まあ、僕はこんなふうにドキュメンタリーをつくってきたのだな。
障害物レースだ。


1月11日(月)の記 再開・新宿発アマゾン行き
ブラジルにて


久しぶり、そして今年初めての一日断食を実施。
出ブラジルを半月後に控え、日本各地で拙作の上映に関わってくださる方々と交信。
これで午前中はかかる。

年末のミッションのため、中断していた佐々木美智子さんの出版記念会の記録映像の編集作業を再開。
さあ追い込まれてきたぞ。

家族も休暇中のため、今日の食事の支度は勘弁させてもらう。


1月12日(火)の記 鈍行・新宿発アマゾン行き
ブラジルにて


今日中に佐々木美智子さんの『新宿発アマゾン行き』出版記念会の記録の仕上げを終わらせたい。
行なわれたのは、1994年3月12日。
撮影素材は、Hi-8。

アナログノイズがなつかしい。
画質は、まんざらでもないと思う。
いかんせん、僕は佐々木さんの豊富かつ多様な人脈の片鱗しか存じ上げない。

いたずらにカットを落とさず、流れをよくしてディレクターズファーストカット版として、まずは佐々木さんと一緒に見てみたい。

いま、これをまとめる意義づけに。
「佐々木美智子上京60周年記念」と横断幕を入れてみた。


1月13日(水)の記 太鼓叩きと太鼓持ち
ブラジルにて


今日はブラジル修行中の打楽器奏者、Isao Catoさんの大道演奏の映像を一気に、ざくざくとつなぐ。
撮影トータル時間がそう長くはなく、演奏そのものはノーカットにする方針なので、作業はけっこう早い。

それにしても彼の演奏は、何度聴いても飽きない。

僕のこれまでの太鼓音楽体験を振り返ると、黒澤明監督『七人の侍』のオープニングテーマがある。
あれには、ぶったまげた。

黒澤明の映画音楽についてはさんざん識者たちから言及され、拙宅にも関連書籍があるほど。
が、このオープニングテーマの太鼓についてネットで調べてみても、見事にわからないではないか!
黒澤研究の、思わぬ盲点か。

明日夜からのリオ州ミッションのバスチケットを買いに、チエテ駅のバスターミナルへ。
が、インターネット上では存在した木曜夜発の夜行バスが、バス会社の窓口で聞くと、存在しない、と言われる。

複雑怪奇。
行ったことのないところで土地勘が掴めず、先方にも打診する用があり、いったん出直し仕切り直しとする。


1月14日(木)の記 不都合なバスターミナル
ブラジルにて


昨日、すでに現地入りにしている伊藤修さんより、リオ州ブジオス行きのバスは本数が少ないので、手前のカボ・フリオまでのチケットにトライするよう勧められる。

今朝はまずチエテのロドヴィアリア:バスターミナルに出向き、今晩のカボ・フリオ行きのチケットを購入。
それから加藤(Isao Cato)さんの滞在先に行き、編集をして焼いたばかりの彼の大道演奏のDVDをともに試写。

僕には遠慮をしている節も感じないではないが、オッケーとのこと。
けっこう長い字幕を出しているので、それのまちがいがなければ、まずはこっっちも安心だ。
さあ訪日前のミッションがひとつ片付いた。

帰路、中央郵便局でのDebret展を見る。
これはよかった。
Debretは19世紀にブラジルを訪れた数々の絵師のひとり。
彼の作品には、美への感動というより、いわば人類学的な、ジャーナリスティックな面白みがあふれている。

さて、ざんざんぶりのなか、夜のチエテへ。
南米最大のバスターミナルと言われているが…

夜10時を過ぎていても、インフォメーションカウンターに二人もおねーちゃんがいるのは、さすが。
「郵便ポストはありますか?」
と聞くと、言下に「ありません」。

南米最大のバスターミナルには、郵便ポストがない!?
さすがに、信じられない。
建物を出て、付近を少し見回すが、外にも見当たらない。

ターミナル内を歩き、別棟で「それらしい」ものを見つけて、思い切って投函。
今度はターミナルの書店で、ブラジルの地図を探してみる。
かつては地図が入り用になると、空港やこのバスターミナルの書店を訪ねたものだ。
見当たらず、店員に聞くと地図は「ありません」。

もう、手紙を書いたり、紙の地図を見たりする時代じゃないってことか。
かえってアマノジャクな闘志が湧いてくるではないか。


1月15日(金)の記 海の焼肉師
ブラジルにて


夜明けとともに、夜行バスは僕にとっては未踏のリオ州の一帯へ。
本も読みたいが、車窓から読むことの方を取る。

昨日、紹介したDebretは19世紀のリオの黒人奴隷たちの生活のディテールを活写している。
いま、僕はその末裔たちを目にしているという興奮。

今度は塩田地帯か。
ビデオカメラを構える。

バスは予定より早くカボ・フリオに到着。
伊藤修さんのピックアップを待つ。
ガウショ、ガウジイといった異名を持つ伊藤修さんは、最近は横浜ジャック&ベティ前の大道で肉を焼いている。
いっぽうリオ州の観光地ブジウスの漁師たちと干物づくりなどのプロジェクトを起こしたとは聞いていたが、なんだかわかりにくい話だった。

この度、伊藤さんがサンパウロには寄らずにブジウスを訪れると聞いて、思い切ってのぞいてみることにした次第。

伊藤さんは僕の到着まで漁船を待たせてさっそく海に出るとのことだった。
こちらも身構えていたが、その前に魚市場に行ったり、約束の漁師と船がなかなか来なかったりで、拍子抜け。

そもそも伊藤さんは、ブラジルとは縁のない日本の人にもポルトガル語の単語を交えて話されたりする方で、なかなかこちらも付いていけない。
今回、伊藤さんがどういった経緯でブジウスのプロジェクトを立ち上げることになったか、そして横浜では小銭にも不自由しているらしい身の上で、どうしてブラジルに来ることができたかの謎は解けた。

伊藤さんがらみの映像もいろいろ撮りだまってきたが、どうしようか。
今日は海が長かったが、特に事故もなく、カメラが塩でやられていなければ何よりだ。
伊藤さんのこちらでのアジトで泊めていただく。


1月16日(日)の記 リオのサボテン
ブラジルにて


日本からの大人二人は、午前5時過ぎまで話し込んでいた。
僕は3時ぐらいで寝室に失礼するが、日中の日焼けのほてりと蚊の羽音で眠れず。
ようやく寝室にやってきた二人の話の続きにお付き合いすることに。
僕は9時には起床するが、大人二人は爆睡が続く。

リオの街で別の友人が待機してくれていたのだが、動くに動けず。
けっきょく彼には待ちぼうけをさせてしまい、ごめんなさい。
おじさんたちの起床は、お昼。

ブジウスの街を見学したり、渋滞に巻き込まれたりして、リオ行きカボ・フリオ発は18時過ぎになってしまった。
ブジウスでも顕著だったが、リオ市より西かつ北に向かうと海岸付近でサボテンの自生が目につく。
奇遇だが、日本のこうのまきほさんが今月末からの岡村淳学芸大学ライブ上映講座のために、他の追随を許さないサボテン画をしたためてくれたばかり。

思えば僕も昨年、ブラジルの森でよく見かけるあの植物を日本語で森林性サボテンと称することを知った。
ブラジルはあまり知られていないサボテン大国なのだ。
故・橋本梧郎先生ともサボテン談義をする機会は失してしまった。


1月17日(日)の記 勝手にさせてくれやがれ
ブラジルにて


午前5時台にチエテバスターミナル到着。
夜行バス、冷房効き過ぎ、と思いきや、外はもっと寒いではないか。
これでも夏かよサンパウロ。

わが家にたどり着き、ネットにつなげてから横になる。

日曜市の買い物には出るが、ファミリーの用事は失礼させてもらう。

疲れ、旅の余韻で、なにも手に着かない。

DVDでゴダールの『勝手にしやがれ』を観る。
なんて新しい、クラシック!

僕が映画青少年時代に好んだ、藤田敏八監督『赤い鳥逃げた?』を頂点とする日本の若者無頼もの映画の原点は、これにあったのだな。

映像屋は、映像に力をいただく。


1月18日(月)の記 すきやのすきずき
ブラジルにて


今日から、異国から来る友人のお付き合い。
彼は遠慮して希望をはっきり言わない性格なのだが、長年の付き合いである程度の察しが付く。
で、夕食は、わが家の近くにオープンした「すき屋」にご案内。
ペンキ屋が日本から進出した牛丼チェーン店に変身してしまったのだが、この店舗にはまだ入ったことがない。

そこそこの人の入りだが、店に入っても声掛け、誘導するスタッフがいない。
勝手がわからないので、店内にある列につく。
こちらの順番になると、ここはテイクアウトの列だから、店内で食べるならテーブルでオーダーをしろと言われる。

食べ終わりの食器類がそのままの無人のテーブルに着くこと、しばし。
動いている店員がいない。
日本の居酒屋にあるような呼びボタンを見つけたが、反応なし。

ようやく、動きの緩慢な店員を見つけて、大声を繰り返して呼び止めてオーダーをとらせる。
ラーメンと、唐揚げとドリンクのコンボとやらをオーダー。

友人の頼んだ牛丼をひとくちいただく。
日本の牛丼屋の肉より硬く、スライスが雑で、味がしみていない。
自分でつくった方が、うまい。
味噌ラーメンを頼んだのだが…
味噌の味がすれば、味噌ラーメンなのか。

ラーメンを食べ終わる頃になっても、唐揚げとドリンクのコンボが来ない。
オーダーから30分以上、経過。
ふたたび店員を呼び止めるが…
唐揚げは、今、揚げているから、とのこと。

さらに長い時間。
僕らよりずっと後に来た客に、唐揚げ丼が運ばれてくるではないか。

こういうのを「アベすぎる」というのだろうか。


1月19日(火)の記 サンパウロの喜怒哀楽
ブラジルにて


いま、ともにいる友人はヨーロッパの最果てで暮らしている。
あまり自分の希望をはっきり言わない性質だ。
が、日本人客がいるなかで、日本食を食べたい、と漏らしていたのを覚えている。

夜は、東洋人街に繰り出す。
数年前にオープンした、著名な日本人板長のお店か、僕が来た時分からある居酒屋系定食屋のどちらかにしようと思う。
ハナにつく駐在系や日系社会の「名士」系の少なそうな、後者にする。

僕はもう10年来、入っていないかも。
メニューの値段を見てびっくり。
友人も壁に貼られている一品料理の品書きを見て、お店の人にも聞こえる声量で「高いね」。

値段の低めな定食でも、邦貨にして1800円強。
こちらのナミの日本レストランの倍か、それ以上。
成田空港のメシ屋より高い。

が、さすがに値段だけのことはある。
小鉢類も一品一品きちんとしていて、そもそもゴハンが炊き具合も絶妙。
スタッフの応対もよい。

このお店は近年、ブラジルのメディアでも取り上げられていて、他の客は日本人駐在グループと、コガネのありそうなブラジル人たち。

勘定の段階になって、カードも小切手も受け付けないとあるのに気づき、青ざめる。
が、友人が高額紙幣を持っていた。
僕の有り金全部と足して、難を逃れり。


1月20日(水)の記 異国のヒャッキン
ブラジルにて


異国から来た友人のサンパウロ案内、三日目。
今日は彼の希望と、こっちの用事を抱き合わせて、セントロと呼ばれるダウンタウンを歩くことにする。

道中、予定していなかったが、日本から進出してきたダイソーの本店があるのを思い出した。
あの100円均一ショップのダイソーである。
サンパウロで大成功、着々と支店を増やしている。
ちなみに、一品当たりの値段は約250円程度。

ここのところ、しょっちゅう訪日している僕は、わざわざブラジルで3倍近い値段のダイソーをのぞいてみる気もこれまで起こらなかった。
店頭ぐらい見るだけにしようと思っていたが、なかなか面白いではないか。

日本の大分でつくっているダイソー特製ショウユなんていうのもある。
海外進出とともに、海外用のものも生産販売しているようだ。
けっきょく広い店内の2階まで見て回る。

来週にはまた日本へ向かう身だが…
日本で買って担いでくるつもりが失念していたもので、急を要するものをいくつか購入。
明日からの旅に持参したい移植ごて。
新居の台所用のチリトリ付き小ボウキ、等。

海外での日本の評価は、アベすぎる血税のばら撒きなどではなく、ダイソーの存在やサブカルチャーにあり、と思う。

ダイソーをあとにして、ホウキ持参でカフェにて一服。
お気に入りのブラジル人女性写真家Nair Benedictoの写真展をふたたび見て、さらに東洋人街に寄って帰宅。
友は思いのほか、街歩きを気に入ってくれた。


1月21日(金)の記 カエルと合奏
ブラジルにて


出発前に、訪日土産第一弾の買い出し。
訪日までは短いが、土産揃えの先は長い。

さて。
今回のプロジェクトは、どうもなにかが「さわって」くるようだ。
すぐにめげそうになる私。

Isao Catoさんこと加藤さんカップルとの、見果てぬ海岸山脈のカエル群と打楽器のセッション、リベンジ。
ラストチャンスだ。

加藤さんの滞在先はサンパウロのど真ん中。
交通事情がきわめて悪く、本来は頼まれても車の乗り入れをしない一帯だ。

が、先方が視野障害で、大きな太鼓類を抱えているとなれば、やむをえず。
先回は土曜の早朝で、グーグルマップの指示する道をひとつ間違えたが、なんとか合流することができた。

今回は午後3時の待ち合わせ。
目標近く、指示通りに右折しようとすると、不可となっているではないか!

一方通行の迷路、ひとつ間違えるとアウトである。
なぜか先方への携帯はメッセージボックスになってしまう。

本日、僕の車は乗り入れ制限で17時以降はご法度。
迷路で遭遇したガソリンポストで、ややこしい迷路の解き方を教えてもらう。
またも進路に思わぬ障害があるが、罰金覚悟の違法運転決行。

遅らせてもらった待ち合わせ時間に、さらに1時間強遅れてたどり着く。
「さわり」を解けたか…

今度は、新たな大渋滞。
サンパウロ市内脱出は「門限」を軽く1時間は超えてしまった。

障害物レースの末、海岸山脈の現場のロッジに到着。
夕暮れを迎えるが、森に面した沼地に待望の「デンデン太鼓ガエル」の鳴き声は聞こえない。

仕切り直して、今度は車でオフロードにふたたび乗り込むと…
デンデンガエルらが演奏を始めているではないか!

加藤さんの共演を、自動車のライトを光源として、撮影。
狂気漂うシチュエーション。

やった…!


1月22日(金)の記 海岸山脈を愛す
ブラジルにて


昨晩のIsaoさんは、ひとしきりの演奏のあと、指の冷えを訴える。
夏場だが、ロッジには暖炉に薪がくべてある。
点火に成功、彼は暖をとり続ける。

僕の方は、カエル群のその後を確認するため、未明まで沼を往復。
カエル(おそらく)の鳴き声の相は、意外なことばかり。

空が少しあかりて、沼の向かいの熱帯性バンブーの藪のなかから、低く激しい鳴き声が。
新手のカエルか?
あたりで鳥類が鳴きはじめると、これはぴたりとやんだ。

早朝から清掃にあたる宿のエジソンさんを見つけ、録画テープの音声を聴いてもらう。

「サラクーラだ」という。
カエルではなく、トリ。
密集した竹藪のような、閉じたところに営造するという。
(のちに調べて、サラクーラはクイナ科の鳥と知る)

僕が初めてブラジルに来て心に残った、マッテイロ:森を知悉する人、という言葉を思い出す。

朝食後、マッテイロ・エジソンの先導で、Isao夫妻と森歩き。

この、マッタアトランチカ、大西洋海岸森林、海岸山脈などと呼ばれる森については、ほとんど日本語で表現されていない。
ブラジルのジャポネースも、この森の破壊と搾取に貢献してきたばかりではないだろうか。

僕が今回のこのクレージーなミッションに挑んだのは、この森への愛ゆえと思う。
海岸山脈の森で太鼓の音のように鳴くカエルを意識してから、どれぐらいの年月が経ったろう。

Isaoさん夫妻との出会いと彼らのノリのおかげで、ひとつの僕らしい落とし前をつけることができた気がする。


1月23日(土)の記 サバドの安息
ブラジルにて


朝、目覚めると全身のいたみ。
昨夕は、Isao夫妻をセントロに送り届けてから、そのあとわが家のあるサンパウロ市南部への幹線道路23 de Maioにたどり着くだけで1時間所用という、超ラッシュを体験。
撮影疲れに運転疲れ。

訪日まで秒読みとなり、残務山積みで、疲れてもいられない。
諸々のDVDの手焼き。

さらなる土産物の買い出しで、菓子類のスーパーマーケットの営業時間を確認。
店のウエブサイトは見当たらない。

店に電話をするが、回線が悪い。
なんとか土曜の店じまいの時間を聞き出すが、日曜は?と聞くと切られてしまう。
質問は一度しか受け付けないとは、日本の大NHKなみである。

買出しと夕食の支度。
Isaoさんご所望の映像をつなぐ作業のため、夜なべ仕事。


1月24日(日)の記 日本完敗
ブラジルにて


疲れが抜けないが、そうも言っていられず、訪日までの宿題と、家庭の用事。

夕方、家族でパウリスタ大通り方面へ、外食。
新しくできたショッピングモールのなかにあるOUTBACKというステーキハウス。
メニューにオーストラリアの地図があるので、てっきりオージー系かと思っていた。
帰って調べてみると、アメリカ系のチェーンで、日本にも何軒かあるではないか。

丸ごと揚げて菊花状に開花した大きなタマネギ料理が名物。
ソフトドリンク飲み放題というのもうれしい。
ウエイターはテーブルにやってきて、まず名乗り、何なりとお申し付けくださいという。

当たり前といえば、当たり前、基本のサービスの部類だろう。
が、先週、友と行ったブラジルの「すき屋」では、サービスどころか無法状態。
ようやくつかまえた店員は、うそないしデタラメな応対。
味と食材は、日本の劣化コピー。
そもそも、スタッフへの教育も管理も存在しないからこうした事態が生じるのだろう。

ざっくり比較すると、おもてなしの精神で、日本はアメリカに完敗。


1月25日(月)の記 地下のひかり
ブラジルにて


ブラジル出家前日。
今日はサンパウロ市の誕生日でお休み。

しなくてもよさそうな用事を増やして、ダウンタウンに出る。
帰路のメトロのレプブリカ駅。
いったんエスカレータで下がるが、目に入った展示が気になる。

サンパウロの地下鉄は、各駅ごとに月替わりの展示プロジェクトがある。
これが、なかなかなのだ。
今月のレプブリカ駅は、「工事現場の視点」展。

写真講座を受けた工事現場の作業員たちが、仕事中に美を感じたものをとらえた写真選。
ネジの山、鉄筋、工事用ネット、等々。

なんだかわからなかったが、遠目にもこちらのこころをとらえる色彩とフォルムがあった。
実に意欲的なきゅレーション。

記録文学者の上野英信が炭鉱夫をしていた時代に、デジカメみたいなものがあって、炭鉱夫たち自身が記録をしていたら、と夢想。

パライゾ駅ではサンパウロの考古学展をやっていて、これは今日、見ておくつもりだった。
これも期待を裏切らず。
先史時代から軍政時代の犠牲者まで網羅。

他にもいく駅かで気になる展示があるが、訪日前の残務山積みのため、断念。

にしても、どちらも僕の観賞中、他に誰も見る人もおらず、もったいなや。


1月26日(火)の記 出ブラジルにアイヌに学ぶ
ブラジル→


さあ、出ブラジルだ。
箱モノの土産物がいたまないよう、段ボールに入れてスーツケースに納めてみよう。
手ごろな段ボール…

引越しで本を詰め込んだままのものを空けるか。
そんな作業で、文庫本の『アイヌ神搖集』を見つける。
1990年発行の版で、読みかけたままだ。
時期からすると「新世界紀行」の南米モンゴロイドものの仕上げで訪日した時に買ったのだろう。

「蛙が自らを歌った謡」などというのもあるではないか。
お気に入りの布カバーをかけて、訪日の友とするか。
さっそくコンゴニャス空港からグアルーリョス空港に向かうシャトルバスでひもとく。

いろいろな動物が、人間:アイヌに悪戯をはたらいて「つまらない死に方」「悪い死に方」をしてしまうという話が続く。
そうした死に方をすると、親類にも仲間にも恥をかかせて迷惑をかけてしまう。
エンターテインメントの歌でありながら、悪いことを考えて実行するのは慎もう、という道徳教育の大黒柱が貫かれている。

日本の現政権のもちだす道徳とは、雲泥の差だ。
ああ、「日本」や「道徳」という言葉は、すっかり汚されてしまった感あり。

さあ、エアカナダのカウンターはどこだ。


1月27日(水)の記 グッド・ストライプスとカナダ・ドライ
→カナダ→


サンパウロ発トロント行きのエア・カナダ便はほぼ満席。
座席のポケットを見ると、食事の有料メニューがある。
げげ、機内食にカネとられるのか?

座席のモニターのイヤホンは置いてなく、機内雑誌にイヤホンは3.5ドル、とある!

格安が大きな決め手でエア・カナダを選んだのだが、想定外の出費がかかるか…
が、杞憂に終わる。
イヤホンは無料で配られ、機内食、そしてアルコールもタダ。
おどかしてくれるではないか。

機内映画には英題『八月の天皇』、原題『日本のいちばん長い日』まであるぞ。
『おかあさんの木』という、日本の「あの戦争」をテーマにした邦画を見てみるが、なんともうすっぺらい。
やめようと思うが、がまんして最後まで見る。
僕にはなんの意外性も感銘もなかった。

『グッド・ストライプス』という邦画を続いてみてみるが、これには引き込まれていった。
あまりノリ気のない同棲中のカップルのお話。
「いま」が描かれていて、普遍に通じている。
これこそ、映画だ。
役者もスタッフも知らない人ばかりだが、この監督、タダ者ではないぞ。

終映寸前で、トロント到着。
零下2度、窓外の地上に雪。

トランジットでも入国審査があるが、係員二人、僕ひとりのスムースさ。
聞き取りにくい英語の質問があるが、無罪放免。

出発カウンターにはずらりとテーブルにiPADが並べられ、タダで使用できる。
自分のノートパソコンでWi-Fiにつなげるまで少し手間取るが、快適なスピードなり。

6時間余りのトランジット時間で、ウエブサイトのめんどくさい作業をだいぶ進めることができた。
液体補給でカナダ・ドライを購入、さっそくネットでなぜカナダのドライなのか調べてみる。

カナディアン・バックブリーカーなんてワザもあったな。
カナダ、悪くなさそう。


1月28日(木)の記 奇遇に聴く
→日本


トロントから、羽田へ。
機内映画三昧。

『グランド・ブタペスト・ホテル』。
なんとも不思議な面白さがあふれる作品だ。
最後のクレジットを見ていて驚愕。

微細な字でつぶれているのだが、シュテファン・ツヴァイクの著作から着想を得た、ということのようだ。
『未来の国ブラジル』のツヴァイクの名前が、こんなところで!

羽田到着。
なかなか出てこない荷物を待って、バスで渋谷まで行き、それからタクシーで目黒の実家へ。
ただいま。

ひととおり実家での生活空間をセット。
トランジスタラジオをつける。
「本屋大賞」にちなんだ話をしていて、女性が高校の時、教科書で読んだ夏目漱石の『こころ』を何度か読み返していると語る。

僕は今回、神奈川の高校でこの『こころ』をテーマに語ることをメインとして訪日したのだ。
「先生と私」。
橋本梧郎先生と私、を語るつもり。

しばらくして、ブラジルはサンパウロ出身の演歌歌手、エドゥアルドという人が登場した。
知らない人だ。
ブラジル人で初めての演歌歌手、という触れ込みのようだ。
うーん、演歌で、ええんか?

次いで、美空ひばり「りんご追分」初録音バージョンというのが流れる。
原田芳雄バージョンに僕は親しみ、その映像を編集したばかり。
ひばり版の語りの内容は、こんな重いものだったのか。


1月29日(金)の記 蛹な日
日本にて


時差ボケ絶好調。
寒いが、いつまで室内の暖房をつけずに耐えられるか。

眠りたいが、眠れない。
眠りのきっかけをつかんだ時に、宅急便が来たり。
すべてが億劫、退化志向。

郵便系、銀行系、しておこうと思ったけど、パス。
先は長い、体調を慮って室内防寒着を祐天寺駅前まで買出しに。
文具のソーマさん、野帳は品切れか。

閉店間際のコーヒーCARAWAYさんに寄らせていただき、一服。
続いて学芸大学へ、流浪堂さんに挨拶と明日の打ち合わせ。

平均律さんはすでに閉店、SUNNY BOYちゃんは金曜定休か。
明日は南関東、都心も雪って、ほんとかよ。
明日の上映の件をツイッターとフェイスブックで再告知。


1月30日(土)の記 いざ鎌倉、いやさ学大
日本にて


今日は鎌倉で、藤本美津子さんが午前10時より全10回!『鎌倉の近代美術館の灯を消さないで』を上映するという。
僕の方は今夕から肝心の学芸大学ライブ上映講座が始まる。

まずは学大の方の、機材類備品類の準備、こうのまきほさんにつくっていただいたフライヤのカラーコピー、アンケート用紙の手配など諸々の準備あり。
鎌倉の方は午後から数回程度、顔を出させていただくつもり。

天気予報では南関東、都心も積雪がありそうとのこと。
もし鎌倉に行って、雪で電車の運行に支障があったら肝心な学大の方がアウトになる。
電車の投身自殺もあるので、油断はできない。

すでに流浪堂さんではフライヤが不足気味の由。
こうのさんに添付ファイルで送ってもらっていたものを、USBにコピーしてコンビニで紙焼きして、さらに格安カラーコピーのあるところで複写をしよう。

実家からいちばん近いコンビニへ。
データをJPEGで持参したのだが、そうか、コンビニの機械はPDFでないとダメだった。
振出しに戻り、実家でノートパソコンふたたび。
無料ソフトでJPEGをPDFに変換。

またコンビニへ、データをカラー光沢紙に焼いてみる。
あれ、小さな確認画面ではわからなかった画面端の線が出ているではないか。

…こんな調子、さらにこの問題の対処ですっかり出遅れ。
鎌倉に行く前に、横浜駅のJRトラベルセンターで順番待ち、ジャパンレイルパスの手続きをしよう。
なんと、予定していた3週間後の空席がない!
ナメクジの空中サーカスのような際どいスケジュールを組んでいただけに、さあどうしよう。

かまくら10回上映、誰もいない回もあるかと思いきや。
ふすま戸を開けてみる(会場は和室)と、スタッフを含めて10名以上、熱心な空気が伝わってくる。
いずれの回も上映後に藤本さんの熱いトーク、そして来場者との意見と情報の交換が続く。
気分は『七人の侍』のサムライ、僕はそれを望んで映像製作をたしなんできた。
地元の運動、闘いにお役にたてば。
僕は次の「いくさば」に向かう。

おかげさまで、雪にはならず、雨もやむ。
電車の人身事故もなく、学芸大学駅にも少し余裕の時間で戻れた。

数か月ぶりの機材設定もオッケー。
常連さんにニューフェース、懐かしい顔ぶれが集まってくれた。

今日の3作品、われながらいずれも濃ゆい。
コンデンスミルクの味わいだ。

岡村淳学芸大学ライブ上映講座2016年早春の部第一回、おかげさまでつつがなく終了しました。


1月31日(日)の記 ねてよう日はダメよ
日本にて


ダブルヘッダー上映の疲れはあるが、時差ボケが勝る。
深夜から朝まで眠れない。

午前中の計画、キャンセル。
午後2時から、横浜の神社で奉納するという新藤ブキチさんの平面プロレスというのを観戦に行くつもりでいた。

まだ出発まで1時間はあるな、と横になり、そのまま寝過ごしでしまう。
残念。

夕方より、学芸大学へ。
コピーのため立ち寄った駅前の恭文堂で。
思い切って『松田優作DVDマガジン』「探偵物語①」を購入。

第1話の「聖女が街にやってくた」を以前から見てみたかった。
カトリックのシスターは、日本のメディアでいかに描かれているか。
実家に戻って観賞。
監督村川透、脚本丸山昇一、撮影仙原誠三と、僕の世代の映画好きにはこたえられないスタッフ群。
して、シスター役は、緑魔子!

作品そのものがコミカルで、描かれるシスター像も戯画的そのもの。
それにしても、松田優作が聞き取りにくいセリフで押し切っているのがすごい。
映画『人間の証明』のオマージュというより、パロディが繰り返される。
この映画については、ぜひとも確認のため見直しておきたい。
うーん、思い切って買うべきか否か。


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