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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2016年の日記  (最終更新日 : 2017/01/01)
3月の日記 総集編 ブラジルの泥濘にはまって

3月の日記 総集編 ブラジルの泥濘にはまって (2016/03/04) 3月1日(火)の記 離日前日アート三昧
日本にて


昼過ぎまで、実家の使用空間の大片づけ、荷造り。

時間的に厳しいが、ぜひ観ておきたいアート展を一気に回る。
地元の目黒美術館の「気仙沼と、東日本大震災の記憶」展。

何百枚という津波被害の写真と、それぞれの説明書き。
これらを全部、立って読むというのは、眼も頭も足もかなり疲れる作業。

被災したいろいろな物を、単独で照明を当てて撮った写真群があり、それぞれの「持ち主」によるそのものにまつわる物語がつづられている。
しかしこれらは「真実」ではなく、自らも被災者で、被災者たちと長く時間を共にしたという担当者が見聞した話から創作したもの、との断り書きがあった。

この展示をみた人の、どれだけがこの断り書きまで読んでいっただろうか。
僕にはついていけない手法だ。

渋谷で買い物のあと、神宮前ワタリウム「リナ・ボ・バルディ」展。
リナはブラジルで偉大な建築を遺したイタリア人女性。
これは見てよかった。
サンパウロのMASPやSESCポンペイアなど、僕には当たり前になっている建物が、個人の志と奔走によって勝ち得たものと知る。

昨年の東京のオスカー・ニーマイヤー展の方が規模が上で、仕事量もニーマイヤーの方がすごい。
しかしこのリナ展の方にずっとシンパシイを感じるのはなぜだろう。

さて今朝、ようやく電話の通じた山川建夫さんが今日は東京に出るのでぜひ会いたいと言ってくれた。
待ち合わせの学芸大学まで走る。
指定させていただいた平均律さんは、なんと夜は臨時休業とのこと。
急きょ喫茶雑伽屋さんでお待ちいただく。

山川さんとは、話すごとにシンクロニシティの連続。
再会を約す。

今晩は3月5日から流浪堂の展示スペース「トーチカ」で「土の中からにょきにょき.」というコラージュの展示を開くスミ カヤさんが事前に搬入済みの作品を見せてくださることになっていた。
印刷で拝見していたより、本物がずっと面白いコラージュ群。
トミエ・オオタケ先生に通じるものあり。
共通するのは、ハサミのマジックか。


3月2日(水)の記 ハネダの過ごし方
日本→カナダ→


出ニッポン当日を迎える。
朝からひたすら実家の使用空間の片づけと荷物のパッキング。
実家の共用空間の掃除もと考えていたが、ごめんなさい、タイムアウト。

今回の訪日は羽田が玄関。
祐天寺裏の実家からタクシーで渋谷マークシティに行き、渋谷からシャトルバスを使うことに。

マークシティのホテルのロビーにて、チベット仏教の僧侶の隣で待機。
仏僧は、立っても座ってもひたすらスマホをいじっている。
経典を開いたり祈ったりする時間の余裕はあるのだろうか。

荷物にはだいぶ削ったものの書籍が多く、チェックインが心配だったが、許容内の重量で胸をなでおろす。
カウンターの衆視の前でスーツケースを開いて詰め直すのは、なかなかつらいものがあるなり。

いまやラウンジも使えない分際となった。
出国前に、祖国の最後に少し奮発して、スシでも…
髙過ぎ、やめよう。
他の飯屋もナミなもので2000yenを突破するではないか。

ちょっと外れまで歩くと吉野家がある。
店舗限定・和牛牛重というのがあり。
これをフンパツしてみるか。
1240yen、ナミの牛丼の3倍近い。
庶民派最大級の贅沢に挑戦。

さすがに肉は通常の牛丼のよりしっかりとしている。
どうやらシャリと味噌汁は、おんなし。
味噌汁にはインスタント特有の味噌の塊が残る。

出国審査を終えて、ゲートに向かう。
と、出国後にもいくつも飯屋があるではないか。
バラエティあり、値段もそこそこ:そもそも税金を取られない!、しかもオシャレでさほど混んでいない。

サンパウロ国際空港の出国後のレストラン、バー群が高い、さえない、混んでいるので、羽田で判断を誤ってしまった。
成田は老朽化、場末化が激しいし。


3月3日(木)の記 ブラジルびな
→ブラジル


通常は日本-ブラジルの片道のフライトで5本以上の映画を観てきた。
今回はやたらに眠く、日本語版の映画も、さしてみたい映画も少なく…
『007 スペクター』『オデッセイ』(なんだ、この邦題は!)、それと海外テレビのドキュメンタリー番組程度のみ。

行きのトロント空港でのトランジットでは、だいぶパソコンの作業がはかどった。
帰りはメールとメッセージのチェックぐらいで、あとはうつらうつら。

サンパウロのデューティフリーで買い物をするのを条件に、お世話になっている人が車で迎えに来てくれた。

いやはや、わが家に無事到着。
何年ぶりだろうか、日本の亡母が買ってくれた雛人形が飾ってある。
思えば今回、日本で「かわりびな」も散見した。
ブラジルのカーニヴァルの行列をかたどったおひな様なんてのも面白いかも。
あまり興味ないけど。
ウルトラ怪獣びなの方がいいな。


3月4日(金)の記 惰眠惰読
ブラジルにて


訪日の疲れと時差ボケがもう少し癒えるまで、惰眠と惰読を優先させてもらおう。

訪日ミッション中は、情けないほど本が読めていない。
日本の各地でちびちび読んでいた新書、嵯峨徳子著『京都大不満』をまず読了。
流浪堂さんの店頭でゲットしたのだが、歯切れのよい文章と目からウロコの見解ばかりでよろしかった。
「もしかしたら京都とはこの世とあの世の境にある非現実な都市なのかもしれない」とか。

夜、引っ越し先のアパートの隣組の、日系人のセニョールの初七日のミサへ。
生前にわずかに言葉を交わしていた。
過労と時差ボケを口実に、辞退しようかとも思うが、思い切る。


3月5日(土)の記 伝記科学小説
ブラジルにて


今日も12時間の時差、南北半球の気候差にまどろむ。

那覇のウララさんで求めた梨木香歩著『沼地のある森を抜けて』が、いたく面白い。
沖縄本がウリのお店で、沖縄とは関係がないが「沼地」「森」に魅かれた次第。

叔母をなくした一人暮らしの女性が、代々伝わるという「ぬか床」を受け継ぐことになった。
その、ぬか床から…

食品研究所に勤める主人公の女性の、科学用語がふつうに出てくる鋭い会話が心地よい。
そしてなんと、老朽アパートでの粘菌飼育者まで登場!

話は生命と生殖の根源、そして地球上に最初に出現した単細胞の孤独にまで及んでいく…
わが生命観、死生観に多大な影響を与えてくれる。

ああ、読書する喜び。

夕方、家庭の所用により、車でパウリスタ地区へ。
1月の海岸山脈の泥の汚れがそのまま。
洗車に出さないと。
メカニックにも見てもらわないとな。


3月6日(日)の記 食に歩く
ブラジルにて


さあ、路上市に魚介類の買い出しだ。
生ダラの切り身、小ぶりのサバ、マングローブ蟹の剥き身を購入。
夜は外食なので、刺身用の魚は買わず。

昼は、連れ合いの実家でラザーニャをごちそうになる。
運転があるのでアルコールを飲む気もないが、すすめてくれる人もなく。

夜は、東洋人街でお呼ばれ。
しゃぶしゃぶをごちそうになる。
参加した友人との話題を考えていて、すっかり失念していたビデオの編集作業の存在を思い出した。
まずそれに取り掛からないと。

同様の作業を数年前に行ない、労多くしてあまり効もなかったようで、そもそも意欲があまり湧いていなかった。
より効率いい手口を思いつき、それでいこうか。


3月7日(月)の記 断食開眼
ブラジルにて


さあ今日は、一日断食だ。
心身の毒素を出さないと。

ビデオ編集作業の再開は、明日からにしよう。

さっそく来月からの次回訪日も決めたので、その間のスケジュール調整で各方面と交信。
さすがに次回は、ヒマもあるかな。

昨日、新生姜を買ってきた。
紅ショウガづくりにチャレンジ。
赤梅酢とやらがないので、ゆかりを使ってみるが、さて。


3月8日(火)の記 素の味
ブラジルにて


深夜、船戸与一さんの『満州国演義㊀ 風の払暁』を読了。
㊁㊂と日本で購入してブラジルに持参していたら、もう数日は仕事にならなかった。
すごい遺作である。
船戸さん、ありがとうございました。

サンパウロのわが家の作業空間を修復。
あらたな映像編集作業を開始するにあたって、これまでの編集データを整理する要あり。
『ばら ばら の ゆめ』に着手。

字幕、ナレーションのない「白素材」を新たに作ってから、編集データを削除するという段取り。
字幕とナレーションがないことの、フレッシュさ。

いわば「味の素」抜きの「素の味」のうまみを再認識。

いろいろ考えて、先月、東京で撮影させていただいた「平面プロレス」から編集に着手しよう。


3月9日(水)の記 「国防プロレス大作戦」
ブラジルにて


「プロレスとは『大衆娯楽を装置した芸術である』」
新藤ブキチ『プロレス原論』より。

先月、上野で撮影させていただいた新藤ブキチさんらの「平面プロレス」の映像編集に最初に取り掛かることとする。
確認事項がいくつかあり、新藤さんに国際電話。
お仕事柄、かかりにくいとうかがっていたが、イッパツで応じてもらえた。

タイトルは「護憲プロレス」の方がいいかなと思っていたが、内容を吟味してブキチさんのうたう「国防プロレス大作戦」の方がずっといいと気づく。
映像が、色味、構図、動きともども美しい。

編集をする:映像と音声を編むダイナミズムのよろこび。
メインは、10分以上のノーカット映像だけど。
この記録をさせていただいて、感謝。

想えば、僕も小学生高学年の頃はプロレスマニアだった。

藤本美津子さんの『鎌倉の近代美術館の灯を消さないで』、Isao Catoさんの『Isao Cato 地球に揺らぐ』とともに「ひとりで闘う」という括りの最新短編3本立てとしてライブ上映を図ってみたい。


3月10日(木)の記 雨のアリババ
ブラジルにて


サンパウロは朝から雨。
わが家で郵便物の梱包。
加工して再利用するための使用済みの封筒を探すのに手間取る。

・沖縄で託された本を他州に送る
・焼きたてのDVDを日本へ送る
の2点。

よく見えるほどの雨脚だ。
さる日曜にリベルダーデ駅で買ったばかりの折り畳み傘を使おう。

自分用に傘を買うなど、何十年ぶりのことだった。
駅に着くと、土砂降り。
約束の時間ぎりぎりだ。
小やみになるまで待つのが厳しい。
駅で雨模様になるとナメクジのようにどこからともなく現われる傘とカッパ売りから、買ってみたかった。

折り畳み傘、10レアイス、邦貨にして300円だ。
とりあえず一度は使えたが、何回ぐらい使えるのだろう。
タグには、中国製、アリババ社とあった。

年末とはうって変わって郵便局は穏やか。
持参した本を開くか開かないか、アリババの傘の魔力か。

おっと、車道と歩道の境あたりから浸水が始まっているではないか。
右折車が歩行者に激しく水を浴びせていく。

3月10日の東京と、3月11日の東日本に想いを馳せる。


3月11日(金)の記 60年目の
ブラジルにて


遅ればせながら。
昨年末、12月27日に撮影したフマニタスの佐々木治夫神父の司祭就任60周年記念ミサの記録映像の編集に突入している。

事前におよそ1時間ほどの式次第、と聞いていたが、1時間30分を超えた。
神父さんから映像の編集は「お任せします」と言われている。
が、これまでの事例からはかるに、できあがりをご覧になると「もっと短くならないか」とおっしゃることだろう。

荘厳な宗教儀礼を、僕ごときが勝手にカットするわけにもいかないというもの。
本番そのものを短くしてほしかった、と答えよう。

1カット数十分という長回し、かつ手持ち撮影。
冒頭の短い数カットが、僕としてはいい感じになったかと。
この作品は、フィルモグラフィには入れないだろうけど。

それにしても神父になって60年、うち57年はブラジルというのはすごいな。


3月12日(土)の記 闇の奥発掘
ブラジルにて


昨年、日本で購入して読み始めていて、サンパウロの引っ越しのどさくさで行方がわからなくなっていた。
コンラッドの『闇の奥』の2006年発行の新訳版(藤永茂訳)を今週、思わぬところから発掘。
あらたに読み返し、未明に読了。

「一八九〇年代から一九〇〇年代にかけて六〇〇万から九〇〇万のコンゴ人がレオポルド(引用者註:当時のベルギー国王)によって虐殺された。」(前提書「訳者あとがき」より)。
訳者はコンゴのホロコーストとナチのホロコーストは世界史の時間の目盛りでは、連続的事象と考えざるを得ない、ととらえる。
そして現在のアフリカの疫病や内戦などの問題も、この暗黒が綿々と後を引いている…。

熱帯の大河の奥の闇は「われわれ」の暗黒の問題と気づかせてもらう。


3月13日(日)の記 マニフェストの日の台所
ブラジルにて


今日は午後からブラジル全国でジウマ大統領糾弾のマニフェストが行なわれる。
サンパウロ市では、パウリスタ大通り。

今日は家族が午後から全員いなくなり、僕はあえて銃後の守りに着くことにする。
地下鉄の駅前も、団地の中庭も、いつになくがらんとしている。
ニュースチャンネルの映像は、ブラジルの地方都市でのマニフェストも次々と伝える。

僕としてはまず、日本の現政権をなんとかしたいものだ。

夜は家族の祝い事もあり、手巻きずしをつくる。


3月14日(月)の記 ヤノマモの塩
ブラジルにて


さあ今日も一日断食だ。
高血圧と断食などをネットで検索。

「ヤノマモ」の語が出てきてうれしい思い。
わが古巣の日本映像記録センターでは、1970年代以来、ブラジルとヴェネズエラの国境地帯に生きる先住民を「ヤノマモ」と称してきている。
僕が1984年にブラジル側の彼らを取材した時、彼ら自身が「ヤノマモ」と称していたのを確認している。

「ヤノマモ」で検索して上位で出てくるのは、日本の研究者による高血圧の問題。
ヤノマモの塩分摂取量は一日1グラム程度であり、研究の範囲では高血圧症の人は確認できなかった由。
大陸の奥深くに暮らし、近くに海も岩塩の露頭もない彼らの伝統的な食生活では、塩化ナトリウムの摂取ができないのだ。

濃厚ラーメンや、つゆだく牛丼を絶って、あのヤノマモ暮らしに入れば、血圧も下がるかも。
他の病気の数々が心配だけど。


3月15日(月)の記 太鼓三昧
ブラジルにて


断食明けの朝食は、無塩で緑茶の葉を少し入れたおかゆをいただく。

『ISAO CATO 地球に揺るぐ』と題した短編映像を謹呈した打楽器奏者の加藤さんに、日本での上映スケジュールについて連絡。
加藤さんは2月に日本に帰国した。

洗車、銀行、郵便局などの外回り。
今日の郵便局の待ち時間は、30分。

午後より、今年2月11日に鷹番住区センターで行なった新川哲弥さんの太鼓のワークショップの映像の編集に取り掛かる準備。
さあタイトルをどうしよう。

そして、夜。
日本からブラジル公演に来ている和太鼓グループ「鼓童」の製作スタッフから、講演のお招きをいただくことになった。

最寄りの公共機関は、バスのみ。
開始は、夜9時!
よい子は、歯を磨いてお休みの時間だ。
劇場の駐車場は、大人二人が外で昼食をしてビールが飲めるぐらいのお値段。

さらにこれまでの車使用時の盗難、襲撃事件などがトラウマになっていて、とても車で行く気がしない。
地下鉄とバスと徒歩にて…(自家用車とタクシー以外で来ている観客は、他には見受けられなかったけど)。
決死の覚悟で劇場に。
あ、クレジットカードを置いてくればよかった。
おまけに降車停留場を間違えてしまい、相当の距離を歩くことに。

さて、それだけの思いをしただけのことのある一大スペクタルの太鼓ショーであった。
これだけの人数と仕掛け、さぞカネもかかっていることだろう。
観ておいてよかった。

「鼓童」観賞は1988年、ブラジル日本移民80周年の年のサンパウロ公演を聴きにいって以来かと。
あの時は「心霊画家」の取材でふらふらで、最前列の席での大音響のなかでも居眠りしてしまった。

太鼓がらみが日に三題も重なるとは。


3月16日(水)の記 太鼓の哲人
ブラジルにて


新川哲弥さんの太鼓のワークショップの映像編集を続ける。
『太鼓の哲人』というタイトルについて新川さんから、身に余る、おそれおおいと辞退の希望があったが、僕からのオマージュであり称号であるということで、ご了承いただく。

太鼓をたたくということを通じて、人はいかに生きるべきか、人が生きていくうえで太鼓とは意義があるのかを新川さん自身の求道の歩みからわかりやすく説き、叩いていく。
まさしく哲学、哲人だ。

新川さんを京都から東京にお呼びして、流浪堂店主の二見彰さんとのセッション、そしてワークショップを実現していただいたのだが、いいプロデュースをさせていただいた。

野生生物相手に、「新川節」を試してみるのが楽しみだ。


3月17日(木)の記 大いなるブラジルの森
ブラジルにて


夕方、パウリスタ大通り地区にある旅行代理店に寄るつもりだった。
しかし午後、前方から電話。
現政権へのマニフェスト問題で交通網が乱れ、今日はもうオフィスを締める由。

こちらの大学に留学中の友人に日本で頼まれて買ってきたものを渡す用あり。
いくつかのオプションを提案した。
パウリスタ大通りに交差するアウグスタ街で上映している映画を一緒で観てから食事でも、の案がいいという。
日本国総領事館から「巻き込まれないように」とお達しのあったマニフェストも、この目で見ておきたいというもの。

気になっていた、今年のオスカーの外国語映画部門でノミネートされている『蛇の抱擁』というコロンビア映画。
アマゾンの先住民のシャーマンと、ヨーロッパの研究者の交流を描いているらしい。

さほど混乱のうかがえないパウリスタ大通りから映画館に駆けつけると、その映画は昨日で終わったという。
ブラジルの劇場では木曜からプログラムが変わる可能性があることを失念していた。

さあどうしようかと、先に来ていた邦人学生とパウリスタ大通りを歩く。
世界の笑いものにされているブラジルの現政権に、抗議の意を表す市民たちが集まっている。
数々の汚職が暴かれて、将棋でいえば詰んでいる状況で、なおも強権と禁じ手で政権にしがみつく現大統領と前大統領に、市民たちがいてもたってもいられなくなり、集って声をあげている。
まさしく平和的なマニフェストだ。

市民たちはブラジル国旗を掲げ、身にまとい、ブラジル国歌を歌いあう。
世界に誇るべき日本国憲法を守ろうとすることが「反日」とされるわが祖国とはえらい違いで、涙が出てくる。

20時までオープンしているイタウ銀行カルチャーセンターの、ブラジルコレクションへ。
僕のサンパウロの屈指のお気に入り空間。
19世紀にヨーロッパ人の画家や研究者が描いたブラジルの森に、改めて息を呑む。

その表現の高レベルと志のほどに、わが身が情けなくなる。
なんという劣化。


3月18日(金)の記 LUNAR NEW YEAR'S DAY
ブラジルにて


旧暦の元日のことを、英語でこういうのか。
わかりやすい。

奇しくも今年の旧暦元日に、沖縄で撮影した。
いんやくりお君のホームスタジオにて。
http://inyakurio.rederio.jp/

快調に編集をすすめ、DVD焼きまでいけそうだ。
何度の彼の曲を聴いているうちに、頭のなかでループ状にリピートされてきた。

2年前の那覇での撮影は、ちょうどお彼岸の時期だったな。
まさしくみえないなにかの運行に任せている感じ。

夜は、かにたま丼とする。


3月19日(土)の記 フェイジョアーダと読書
ブラジルにて


久々に家でフェイジョアーダをつくる。
昨晩から黒フェイジョン豆を水に浸し、塩漬け肉の塩抜きにかかる。

朝からふたつの鍋をコトコト。
油、塩ひかえめで。
それにしても塩漬け肉の塩分、おそるべし。

さあお昼に出来上がり。
うん、よろしいかと。
レストランのものよりよろしい感じ。
あまり自画自賛すると、伊藤ガウショさんの料理みたいだけど。
さすがに僕は他人に「おいしいでしょ?」とは聞かないけど。

増田彰久さん著『写真な建築』を読み耽る。
旅行をしてきたような充足感。

夜もフェイジョアーダ、飽きないうちにおしまい。


3月20日(日)の記 赤ぶり異聞
ブラジルにて


連れ合いの実家に、お昼に刺身の魚をお持ちしましょうということに。
路上市に買出し。
さて。

スズキ、ブリをすすめられる。
スズキは値段の割に身の小さい高級魚だ。
2キロ近いブリを購入。

一級の牛肉なみの値段だ。
日系人の多い地区でもあり、ブリには「AKA-BURI」と書かれている。

「赤ぶり」を検索してみてびっくり。
赤坂BLITZというライブハウスの略称とされ、魚のブリの種類としては見当たらないではないか。
「アカブリ」はブラジル日系人独自の魚の分類とみた。

実家の刺身包丁は実によく切れる。
大根が切れていたので、キャベツを千切りにしてツマとする。
色味が弱いがパセリも切れていたので、紫色のレタスで周囲を彩る。

実家の主は「刺身のお味は?」の問いに
「うん」とのみ答える。

夜はわが家でカルパッチョ、照り焼きにしておいしくいただく。


3月21日(月)の記 残暑ざんす
ブラジルにて


冷夏の続いたサンパウロ、ここにきて日中の暑さ。
外での体感温度は30度以上。

日本が春分なら、こちらは秋分なのだが。
日本に3通、書留便で手焼きのDVDを送る。

今日も一日断食。
思い切って「その後の『アマゾンの読経』」(仮題)の編集作業に入ろうか。

さあ、家族の夕食。
冷凍庫に豚肉コマ切れ、冷蔵庫にサツマイモが多数。
ネットで調べて両者を炒める。
断食中ゆえ、味見もままならないが予想以上の好評なり。

ガリ版通信「あめつうしん」昨年最終号に、冷蔵庫を使わないという藤沢弥生さんへの取材記事があった。
少しなりとも見習わないと。
そもそも冷蔵庫にものがあり過ぎると、過冷状態で野菜が凍ってしまうのだ。


3月22日(火)の記 アマゾン アマゾン
ブラジルにて


ブラジルの朝、ベルギーでの事件を知る。
今月12日の日記に、ベルギーをめぐる闇について書いたばかり。
コンラッドは『闇の奥』でブリュッセル(具体的な地名は表記されていないのだが)をひたすら忌々しく表現していた…

コンゴ川から、アマゾン川へ。
仮題『その後の「アマゾンの読経」 焼肉と観音』の編集に馬力が入ってきた。
『アマゾンの読経』をめぐっては、今年は何重もの節目であるのだ。

午後より外回り。
火曜はタダのサンパウロ近代美術館を早見。
お気に入りのモネの『エプト川の舟遊び』をみて、慄然。
水面の表現が、僕が先ほどまで家で編集していた水面の映像とそっくりだ。


夕方、先週見逃したコロンビアの映画『蛇の抱擁』を大枚はたいて鑑賞。
ま、美術館をタダで見せてもらったからいいか。
コロンビア領アマゾンの先住民のシャーマンと、ふたりのヨーロッパ人の博物学者の話。
今年のオスカーの外国映画部門にノミネートされている。
よくぞよくぞのすごい映画だ。
ポルトガル語の瞬間字幕にこちらの理解が追いつかずに残念。

ブラジルの映画評では、ヘルツオークのアマゾンものから『2001』までを並べていたが、僕にもとりあえず類似点のある映画をあげることしかできない。
フィリピンのラヴ・ディアスもあげたい。

拙作のアマゾンとは…
これは難題だ。


3月23日(水)の記 鉄人カルタとモンドリアン
ブラジルにて


『鉄人28号』のテレビアニメの放送時期を調べると、1963年から1966年とある。
僕の小学校低学年の頃、という記憶と合致した。

『鉄人28号』のカルタ。
「もんどりうってたおれる正太郎」という「も」の札があった。

「もんどり」という語に初めて接した時だ。
その後の半世紀、自分からこの語を使うこともなかった。
はずかしながら「もんどり」とは腕のあたりのことだったろう、と思いつつ、調べてみて仰天。

所用で東洋人街へ。
ひと通り終えて、そのまま歩いてブラジル銀行文化センターへ。
終わりの近づいてきたモンドリアン展。

昼時でもあり、学校からの団体見学もやんでいて、ラッキー。
実にゆったりと鑑賞できた。
しかも、無料である。

モンドリアンのことは、語れるほども知らなかった。
初心者の入門として格好だった。

最寄りのいくつかのスペースのアート展も気になる。
が、映像編集中の身で、他にいくつか気になることもあり、帰宅。

アートの食べすぎ消化不良にならなくてよかった。


3月24日(木)の記 彼岸の学僧
ブラジルにて


午前中、『その後の「アマゾンの読経」』を粛々と編集。

昼は子どもと近くに食べに出ることにする。
隣り駅近くのレストランをまわってみる。

アマゾン出身の日系人のレストランが、あらたにラーメン屋を開けているのを知る。
並みのラーメンの値段が、肉に野菜に食べ放題の店でビールも合わせたより高いというのが強烈。
アマゾンラーメンは、いずれまたにしよう。

午後から所用により、日本から来ている学僧と過ごす。
精進落としに、麦般若湯を何本か。

日本は春分、サンパウロは秋分を迎えたばかり。
いずれもお彼岸だ。
あっちの岸からのメッセージを感じざるを得ない。


3月25日(金)の記 伯蔵記
ブラジルにて


ブラジルの気のきいた書店で目につくのが、ダライ・ラマ関係の書物だ。
インテリ層に好まれ、サンパウロ市郊外にはチベット仏教寺院があるほどだ。

新たにサンパウロのパウリスタ地区にチベット・ハウスというのが開かれ、開設記念の砂マンダラが展示中と知る。

今日はキリスト受難の休日だが、今日午前10時より砂マンダラの解体が行なわれる由、行ってみることにする。

アメリカ在住という僧侶が英語で説明、参加者の大半は英語がわかっているようだが、ポルトガル語の通訳も付く。
参加者のレベルが違うのが、顔つきでわかる。

1980年代、僕は「すばらしい世界旅行」制作スタッフ時代に助手として中国チベットを100日ほどまわっている。
が、砂マンダラは他人の番組では見たことがあるが、実物に接するのは初めてだ。

僧侶のチベット語の祈祷のあと、参加者がバイオリンで「G線上のアリア」を奉納演奏。
これにはふるえた。
僕も解体に参加させてもらう。

想えば僕は、現在、伊豆大島の富士見観音についての記録をまとめている。
ダライ・ラマは観世音菩薩の化身とされていたかと。
シンクロ人生。

今日は閉まっていたが、このチベット・ハウスに隣接する書店はスピリチュアル系で知られているようで、まだ来てみよう。

休日のため、昼食のレストランにはありつけなかったが、今日も開いていた大型書店で何冊か購入。


3月26日(土)の記 聖週間の観音
ブラジルにて


復活祭の3連休、中日。
編集中の『焼肉と観音』に関して日本の関係者に連絡を取る。

微妙な部分でシコリを残さないよう。

なんのための作品づくりか、という意味でけっこう僕らしい小品かと。
僕はちいさなメディアに過ぎないのだけれども。

SUNNY BOY BOOKSさんで見つけて購入、ブラジルまで担いできた『ミヨリの森』というマンガを読む。
絵の質感といい、なかなかいい感じ。
まるで予備知識がなかったのだが、検察してみるとなんと山本二三が監督したというアニメ版、しかもポルトガル語にもなっているではないか。
ポ語字幕版がオンラインで見られるが、これは残念な出来上がり。

昨晩に続いて、遊びに来た親戚の子どもたちの食事づくり。
冷蔵庫の野菜を減らすチャンス。


3月27日(日)の記 復活と観音
ブラジルにて


今日は、イースターの日曜日。

子どもが夕食をつくるという。
僕の日曜の路上市の買い出しはやめておく。

けっきょく、今日は外出せず。
『その後の「アマゾンの読経」』は、副題にしていた『焼肉と観音』を主題にしてみる。
通しでチェック、微調整。

最近、僕が手掛けた短編は「ひとりで闘う」という区切りができるものが多いが、これはずばりそれ。
いわば、ひとり芝居の境地。

どのようにご覧いただけるだろうか。
こちらも、もうこの世の人相手に作っている境地でもない感じなんだけど。


3月28日(月)の記 恐怖の映画館
ブラジルにて


今朝、あらたに『焼肉と観音』を通しでチェック。
これぐらいにしておくか。
あとは、樽で醸成。

さすがに、すぐは他の作品の作業に入る気がしない。

気になっていた映画を観に行くか。
タイのアピチャッポン監督の邦題『光りの墓』がかかっている。
14時の回を目指す。

アウグスタ街にある、いまは銀行経営のシネコン。
上映前、暗い照明のなかで席について小休止。
と、蚊の羽音が!
この映画館は、前にもこんなことがあったような。

映画館に携帯用蚊取りを持参したら、火災報知器が作動するだろうか。

上映中は、凍(こご)えるほどの冷房だ。
数少ない客から蚊のクレームがつき、冷房をがんがんにしたのだろうか。

外はTシャツ一枚でも汗ばむような夏の陽気。
僕は念のため、半そでのジャケットをまとってきたが、腕をさすり続けていないと厳しい寒さ。
気にするほどの人目もないので、日本手ぬぐいを頭巾にしてかぶる。

映画そのものは、不思議な世界だった。
なにかと沖縄を想い出す。
こうした映画に、ドイツ、イギリス、フランスが製作で参加しているのがすごい。
カメラマンはメキシコ人と知る。

さて、映画館でブラジル名物のデング熱やジカ熱にかかる危険性はあるのだろうか。
都市部の映画館に生息するのは、日本でいうチカイエカの類だろう。

これが、ネットで調べてもわからない。
一昨年の日本で広まったデング熱を伝えた蚊の種類も、僕が調べた限りではわからない。

サンパウロの映画館の蚊、伝染病感染の危険ありとみた。
対策としては、防寒も兼ねた厚手の長そでを着用、顔面も覆える小道具を用意する。
蚊よけスプレー等を事前にほどこしておく。

そうまでして高いカネ払って映画を観なきゃいけないか。


3月29日(火)の記 ブラジルの土をまたこねる


もう少し気分転換したい。
かといって重そうなアート展も消化できるかどうか。

日本の、郵便以外に連絡手段のない人に、御礼のカードをしたためる。
どこのポストまで投函しにいくか、それが問題だ。

続いてオンライン作業や、古新聞の整理をする。
思い切って『ブラジルの土に生きて』改訂版作成作業に着手。

素材の取込みだけでも、けっこうな時間がかかるぞ。
次の次の訪日までに仕上げる見通し。

そうこうしているうちに、次回訪日中のスケジュールがけっこうタイトになってきた。
上映以外の地方回りは難しそうだ。

うーん、新聞記事をチェックしていて見ておきたいアート展が増えてきた。
来週は地方遠征もあるし、さあ訪日土産物類も買わないと。

早くも、次の訪日から戻ってきて束の間休息できる時を夢想する。


3月30日(水)の記 ブラジルの泥濘にはまって
ブラジルにて


これは、大変なことなんだ。
人には言わないし、言えないし、言ったってわからんだろうし…

弟子もなく、ひとりで膨大な植物標本の整理にあたり続けた橋本梧郎先生が、こんなことを漏らしていたのを思い出す。

いやはや、たいへんなことに手をつけてしまった。
『ブラジルの土に生きて』の改訂版作成。

いま、いったいなにを探しているか、なぜ同じようなことを何度となく繰り返しているのか、説明するのがむずかしい。
ま、誰も聞いてもこないけれど。

とりあえず冒頭の石井延兼さんの語りの部分に日本語の字幕を乗せはじめてみる。
延兼さんはやたらに細かく、お連れ合いの敏子さんに「小言こうべえ」と呼ばれていたことを思い出す。

さらに作業が進むにつれて、これはとんでもなくややこしいことになりそうだと気づいてくる。

これをまとめてから、16年。
当時は字幕づくりも字幕入れも原稿をつくって時間指定をしてビデオスタジオ任せ。
細かい音声の上げ下げ、微妙なカット尻の処理もスタジオ任せだった。
1時間ウン万円の世界だから、あまりややこしいことを言ってもいられず、そもそも細かいことが当時の僕には理解できていなかった。

さあ、ぜんぶ自分でやり直すとなると。

夜も作業を続けて、はるか遠くに灯をみた思い。
さあ、これはこの辺にしておかないと。

16年前の自分もそれなりによくやっていてくれたことがわかった。
もっと、もっとよくしましょう。


3月31日(木)の記 鈴木恵理さんを探して
ブラジルにて


映像編集作業は中断して、先回の訪日でお世話になった人々へのあいさつのメールを送る作業に着手した。

流浪堂さん主催の上映会に来てくれた人に、鈴木恵理さんという方がいる。
アンケートにうれしいコメントを書いてくださり、ぜひ御礼を伝えたい。

この方に書いていただいたメールアドレスの冒頭が読みにくく、日本で流浪堂の二見ご夫妻にもお見せした。
二人とも判読できず、心当たりのない人だという。

該当するかもしれないアルファベットで何度か送信してみるが、いずれもNG。
「鈴木恵理」という名前で検索してみると…

いるわいるわ。
ミス東大、などという方も。

フェイスブックで探してみると、こっちにもわんさか。
そのうち、ふたりには共通の知人がいることがわかった。
その鈴木恵理さんたちのページを開いてみると、活動場所、記載内容からして、どうも違う感じ。
一応、確認してみるか。

例えばこんな調子のため、遅々として進ます。

メルアドに「1929」のある、2月1日の鷹番住区センターでの上映にいらしてくださった鈴木恵理さん、ご一報いただければ幸いです。
いただいたメッセージに、こちらが励まされております。


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