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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2016年の日記  (最終更新日 : 2017/01/01)
5月の日記 総集編 NHKが削ぎ落としたもの

5月の日記 総集編 NHKが削ぎ落としたもの (2016/05/02) 5月1日(日)の記 地元の充実
日本にて


昨日は懇親会終了後、流浪堂コネクションの求道する若者と午前2時まで飲み屋で談議。

疲れが抜けず、今日の午前中の計画は中止。
午後から地元で気になるところを行脚。

地元の大アナ場、現代彫刻美術館の田中毅石彫展、期待を裏切らない面白い展示だった。
彫刻を触りたい、とこれほど思ったのは初めて。

油面の金柑画廊さんの中澤季絵さん展。
決死の覚悟で買った古書が、どうやら大当たり。

金柑画廊さんで教えてもらった徒歩圏のギャラリーを経て、学芸大学へ。
コピー作業、流浪堂さん詣で。

新装開店なったマクドナルドの割引券を使って抽選の粗品もゲット。
ここで書を開く喜びと驚き。


5月2日(月)の記 メイシネマの足おと
日本にて


江戸川区平井の商店街の、活気がいつもと違う。
思えば休日以外に来たことがないかも。

メイシネマ祭前夜祭にて拙作『五月の狂詩曲』の完成記念上映。
作品の舞台で作品を観る不思議感覚。

今日の上映にわざわざ来てくれる人たちには喜んでもらえるだろう、と踏んでいた。
こちらの想定は、あたり。
3時間近い長尺なのだが、これも不思議とかったるくないのだ。

この作品がかったるい人には、メイシネマ祭での藤崎さんの語りも、監督やスタッフのトークもさぞかったるいことだろう。

ツバメは…巣をグレードアップしていた。


5月3日(火)の記 メイシネマをまわす
日本にて


大きな旅行カバンを引きずる人。
家族連れ。
ゴールデンウイークの電車。

今日からメイシネマ祭の本番。
行きがかり上、今年も監督とゲストのトークを撮影させていただくこととする。

昨日の約3時間の作品の完成上映、および懇親会の疲労を引きずり。
上映中はつい、うつらうつら。

藤崎さんの今年のプログラムのこだわりは沖縄だと、恥ずかしながらご本人の話で気づく。

さあ明日も明後日もある。
買い物程度の寄り道だけにして、目黒の実家に戻る。


5月4日(水)の記 土徳十徳
日本にて


さあ今日もメイシネマ祭。
まずはジャン・ユンカーマンさんの『沖縄うりずんの雨』。
緻密な取材、あっぱれ。
沖縄で少女をレイプした加害者の米兵を、アメリカで探し出してインタビュー、それだけでも圧巻だ。

青原さとしさんの最新作『土徳流離』をご本人立会いのもとに拝見。
まさしく青原さん渾身の作品。
青原さんが夜行バスで移動したり、ネットカフェで夜を過ごされたりしながら取材や上映をされていたのを垣間見ていただけに、感無量。
今日はご本人のトークで、さらに興味深い話もうかがえた。

作り手の気迫の伝わってくるドキュメンタリーが僕は好きだとわかる。

帰路、コンビニで払いものをして外に出ると、青原監督一行とばったり。
一昨日と同じ店に、という流れになる。

お連れも民映研関係者で、つっこんだ民俗談義が楽しい。
拝見したばかりの『土徳流離』のディテールについても直接、うかがう。
話は尽きない。

かるくイッパイの初心、何処へ。


5月5日(木)の記 さつきがたり
日本にて


メイシネマ祭最終日。

今日の白眉は『放射線を浴びたX年後2』。
前作は、見た、ということのほか、あまり覚えていない。

『2』はすさまじいまでのものがあった。
登場人物のモチヴェーションの迫力が違う。

無念の死を遂げた父の遺恨を晴らしたい。

父の非業の死すらも蔑まれた少女。
夭折した父と生前、対話もなく、その死因の不条理さをようやく知ることになった漫画家。

アメリカは1946年から1962年の間だけで、120回以上の核実験を太平洋で繰り返していた。
うち、たとえば1954年3月に第五福竜丸を被曝させた水爆は、広島の原爆の1000倍以上の破壊力を有したとされる。

核の汚染は、ひろく太平洋で操業していた漁船とその乗組員らを襲い、日本国内にも激しい放射能の雨を注いでいた。

因果関係も不明なまま犠牲になった人とその家族たちは、保障どころか嘲笑と差別と偏見にさらされ続けてきたのだ。

神よ、もしおらされば怒らせたまえ。

その時代と地域を生きたものとして、強く記憶されなければならない。

さて、昨年は作品になるように撮影を行なったが、今年は記録、資料として上映作品の監督やスタッフ、そして藤崎さんのトークを録画する。
撮っておいてよかった感たっぷり。
まとめたものには「さつきがたり」と題しようかな。

記録のありかを考え直すいい機会だ。

なんでだれもやらないのか、とか言っていないで自分でやってしまうこと。


5月6日(金)の記 アマゾン発 新宿出戻り
日本にて


さあ今晩は新宿ゴールデン街での、いよいよの上映。
その足で、夜バスで関西に向かう予定。

新宿の上映の準備、それに来てくれる知人への渡し物、京都での2日連続上映の準備、お土産物、身の回りのものなど、手抜かりないか。

日本国内旅行カバンが見当たらず、使ったことのなかった大き目の布製ビデオカメラバッグでいってみることに。

大荷物で夕方の電車に乗るのは、メンド。

アマゾンのオオオニバスババア、佐々木美智子さんはブックババア(バー)「ひしょう」の3階を上映スペースに改装して、今回の上映のために大奮発したという。
ゴールデン街の建物に3階があると聞くと驚く人が少なくない。

ネズミの死骸が匂うような屋根裏スペースかと思いきや、どうしてどうして。
そもそも今日上映の『佐々木美智子「新宿発アマゾン行き」出版記念会』のデジタルリマスター版の映像は、佐々木さんが当時の仲間に見せたい、というので謹製したものだ。
ところがオカムラ系の方々の観賞希望者が多く、佐々木さんは今日の上映を友人知人に知らせるのを見合わせて、しかも独断で今晩一気に3回、上映すると触れ回ったのだ。

いずれにしろ今回の上映もカンパ制として、全額、モノイリの佐々木さんに献上することとした。
第一回、すでに満席。

佐々木さんは恥ずかしいから上映に立ち会わず、下(2階)にいるという。
来場者から逸品のカシャッサの差し入れあり。
こちらも自分も持ち出しの上映となると気がラクだ。
キラク映像作家、ここにあり、がんがん御神酒をいただく。

21時半に予定していた第2回上映、ひとり二人でも来てくれればめっけものと思っていたが、どうしてどうして。
第1回上映が30分以上押して、階下からクレームの声が。

平気で午前と午後を間違えて、12時間どころか12年ぐらいお待たせしてくれるオミッチャンが主役でござる、控えおろう。

第2回上映開始。
さあバスの時間だ、バスタとやらに向かわねば。


5月7日(土)の記 千里ミライカナイ
日本にて


夜バスで大阪駅到着。
疲労に二日酔い、へろへろ気味。

まずは千里中央駅まで移動。
地下街のモーニングサービスで時間調整。

首都圏のオカムラ上映会のお目利きのひとり、伊与さんから教えてもらっていた。
終了間際の国立民族博物館での「夷酋列像」展を見るのが目的。

モノレールで万博公園駅へ。
森のなかから現れた「太陽の塔」に息を呑む。
すごい。

間近に、仰ぐ。
これは日本を、20世紀を代表するアートだ。

ウルトラマンやエレキングの造形に近いのも面白い。
岡本太郎がデザインした東宝の宇宙人映画があったと記憶するが、見たくなった。

さて、「夷酋列像」展。
これは見ておいてよかった。
松前藩の家老にして絵師・蠣崎波響が和人対アイヌの闘いで和人側に協力したアイヌの有力者たちを描いたもの。
民族学、歴史学、美術史など他分野で興味深いマスターピース。

今に至る和人たちは、この絵で「エゾキシズム」をかきたてられている。
僕が19世紀に描かれたブラジルの博物画に感じるものに近い。

さらに、おそらく学生時代以来の民博常設展の見学。
面白すぎ。
僕の周囲に伊与さんはじめ何人もの民博ファンがいるが、同感共感。

さあ、京都へ。
カライモブックスさんで去年以来、5度目!の上映会。
満を持しての『あもーる あもれいら 第二部 勝つ子負ける子』の上映。

いざ、ご覧じよ。

夜も更け、念願の「船岡温泉」入湯なる。
男女湯の境をなす木彫りが気になる。

(いま調べて、上海事変モチーフの欄干と知る)。


5月8日(日)の記 大徳寺納得
日本にて


今回入洛の目的のひとつが、大徳寺聚光院詣で。
創建450周年記念として、今年3月から一年、千住博さんの新作などが一般公開されるとご本人から教えてもらっていた。

昨晩、カライモブックスさんのパソコンをお借りしてチェックすると、要予約、空きを確認のうえ5日以上前にインターネット等で予約のこととあるではないか。
拝観料2000yen以上のこんなハードルがあった。

次回延ばしにするのも落ち着かない。
まずは朝イチで聚光院に飛び込んでみる。
現地の受付けで、朝9時から40分の部の参加がオッケーとなる。

待つことしばし。
はあ、けっきょく青バックの滝か。

先回、訪ねた時の狩野永徳の花鳥図は複製だと後で教えてもらったが、今回のはホンモノの由。
父・松栄の作品とのコントラストが面白い。
まあ、日本画と言っても当時の中国の景観や人物画のわけだ。

とにかく、積年の懸念事項を自分のなかでは次の段階に進めることができた。

西陣のカライモさんから京都市考古資料館経由で出町柳まで歩く。

新川哲弥さん主催の上映会vol.2@かぜのね。
今回は新川さん系の人の参加がなく、オカムラ系の少人数でアットホームな上映となる。

さあ夜バスの集合場所に余裕で間に合った。


5月9日(月)の記 新ナメクジの季節
日本にて


夜バスは早朝の新宿に到着。
バスタとやらは乗車だけで、降車は以前のような路上なのか。

渋谷駅の乗換えはかったるいが、副都心線まで歩くのも難儀でJRに乗る。
早朝6時台渋谷発下り各停電車は、さすがに座れた。
この時間に都落ちする乗客たちは、少々ワケアリそうで、面白い。
ワケアリ筆頭は、わたくしかも。

実家にたどり着く。
とりあえず安息、パソコン作業、読書。

午後、けっこうな雨が降る。
もしやと思って玄関付近の植木鉢周辺をみてみる。
いたいた。
体長1センチに満たないミニナメクジ。
今年、孵化したチャコウラナメクジのニューフェイスとみた。
複数確認。

コピー作業や書籍購入をはばかるような雨だが、夜、思い切って出家。
学芸大学でフライヤのカラーコピー追加、SUNNYさんと流浪堂さん出頭。
新装開店割引券のあったマクドナルドで書を開く。

夜間に煙くなく、酔客がかしましくなく明るくお小遣い価格で本が読めるお店となると、あまりオプションがなくて。

明日からの英気を養わせてもらわナイト。


5月10日(火)の記 むらさきのおくで
日本にて


新宿バスタ、昼過ぎのバスで。
うつらうつらと中央道をゆく。

両側から新緑の山々が迫ってくる。
むらさきだ。
(山紫水明とは頼山陽の詩がもと、といま調べて知る)

これはぜいたくだ。
夜間カーテン開け厳禁の日本の夜行バスの御法度をうらむばかり。

長野県原村は、小雨。
今宵のディナーと上映、そして宿泊会場のペンション「バロック」にイン。

原村のナメクジ相が知りたかった。
バロックさんの庭木の針葉樹の幹で発見。
在来種のフタスジナメクジとみた。
村歴三十三年という女将は、まだナメクジを見たことがないとおっしゃる。

満員御礼となったディナー。
ナメクジの話は控えて、そこそこに盛り上げる。

上映会場の隣接したホールにはぶったまげた。
今回の訪日上映中、最良の施設かも。

主催者にチョイスしていただいた3本は、拙作のなかでもB級の短編ばかり。
しかし原村での上映に来て下さる客層ならだいじょうぶだろう、と踏んでいた。
ビンゴ。
レベルが高いのだ。

サービス上映の一本を多数決で選んでいただくが、票が割れる。
じゃんけんの末、『国防プロレス大作戦』を上映、場内どよめく。

名残惜しそうに、いつまでも話し込んでいく方々少なからず。
いい寄り合いを開いていただいた。


5月11日(水)の記 ルナティック街道
日本にて


日本は、だいぶ日が長くなった。
信州原村の早朝のひと時。

うつらうつらもいいが、本も読みたい。
さいわい?ネットはつながらないし…

やっぱり思い切って散歩だな。
小雨だが、帽子のみで外出。
タルコフスキーワールドに連なるような林の小路をあるく。

昨晩の質疑応答で「B級作品の基準はなにか」という鋭い質問をいただいた。
反芻。
その作品の上映にあたって、なにがしかのエクスキューズを加えたくなる作品、かも。

ねっとり「縄文パン」の朝食。
「バロック」オーナーの稲葉夫妻と、ひょんなきっかけで、思わぬ話が弾む。
きっかけはペンションの随所に飾られているチベットマンダラ。
マンダラから、アスペルガーへ。

今回上映のプロデューサー、清水夫妻が迎えに来てくれる。
まずは、井戸尻考古館にご案内いただく。
案内いただいたスタッフに藤森栄一の名前を出したら、ツーカーとなる。
同じ宗派の人に出会えた、といったところか。

ここでは、月から縄文を読み解こうというのが大きな柱。
カエルも大きな位置を占める。
ネリー・ナウマンの御名の響きがなつかしい。

続いて山梨に入り、水木鈴子美術館へ。
水木先生の詩画集を先回、清水夫妻にちょうだいした。
水木先生の「花」のとらえかたに感ずるものあり。

ご本人にお会いできる。
ゆめうつつの想いのお話をたくさんうかがう。

お土産もたくさんいただいてしまった。
新宿のアマゾンオオオニハスババアのところに帰路、寄ろうと思っていたが、断念。
いったん実家で旅装を解く。

夜は目黒駅エリアで双子をサカナにワインバー。
ふきのとうのポテトサラダというのが、なかなか。


5月12日(木)の記 APARECIDA燃ゆ
ブラジルにて


まずはアートのハシゴ。
ついに目黒美術館の高島野十郎展。
あっぱれ、のひとこと。
福岡の美術館で知って括目した画家だが、故郷目黒でどどんと観れるとは。

一度で消化できるものではない。
とりあえず美術館の年間会員になって、滞日中にもう一度は見直そう。

代官山まで歩く。
ART FRONT GALLERY、大岩オスカール展。
オスカールさんは在ニューヨークの日系ブラジル人アーチスト。
オスカールさんの作品は瀬戸内と相性がよさそう。

渋谷で買い物をしてから西荻窪APARECIDAへ。
イベントスタート30分以上前だが、すでに満員。
別のイベントにでも来た気分。

まさしく千客万来状態。
入店をあきらめた方々、ごめんなさい。

『鎌倉の近代美術館の灯を消さないで』
『新藤ブキチ 国防プロレス大作戦』
『焼肉と観音 その後の「アマゾンの読経」』
一気に上映。
相乗効果のすさまじさ。

北海道からいらした藤沢弥生さんの言葉に、涙。

訪日の度にAPARECIDAさんでは上映会を開いてもらってきた。
人の入りは新記録、とWillieさん。
生きていると、面白いことがあるものだ。


5月13日(金)の記 イニシエーション・ゴールド
日本にて


今日は午後から鷹番上映会。
昨年から一巡した『あもーる あもれいら』シリーズ三部作を、好評につき新たに一部から上映。

このシリーズは第二部、第三部があまりに強烈で、第一部はかすみがちに思っていた。
だが、なかなかどうしてどいして。

ここにすべての萌芽と原点あり、か。

昨晩とうって変わって、アットホームな少人数観賞。

なぜこの作品の副題が「イニシエーション」なのかを説明。
が、質疑応答で、なぜなのかという質問をいただく。

それほどイニシエーションという言葉は、祖国ではひどい手垢がついてしまったのだろうか。
帰宅後、イニシエーションとオウム真理教について検索して調べてみる。
すでに麻原の逮捕から20年以上が経つ。

こちらが、なぜそれほどイニシエーションという語に疑問が残るのか、うかがいたいものだ。
まさか、イミテーションと混同されているのでは?


5月14日(土)の記 アート巡礼の果てに
日本にて


さあ、どう効率よく、電車賃を安く回るか。

まずは目黒美術館再訪。
高島野十郎の描く水の流れと巌、そして雨を再見。

地下鉄ルートで、千葉へ。
千葉市美術館、吉田博展。

うーむ、観ておいてよかった。
フライヤで見て気になっていた渓流の絵は、キュレーターの言葉を借りれば、まだ水の流れの描き方が固い。

が、大正年間に描かれたナイヤガラの滝の木版画が面白い。
中国での航空戦を描いた戦争画は、金子版ガメラ対ギャオスをしのぐかも。

吉田博と高島野十郎は歳は離れているが、ふたりとも福岡久留米の産というのも気になるところ。

思い切って江古田のコスモナイトさんに寄ってから実家に戻る。

新宿からの夜行バスに乗る前にゴールデン街のササキのオババのところに顔を出すことにする。
なんと3階から世田谷のジプシーママ、飯田光代さんが!

今宵はオババの薬草酒一杯だけで長野行バスに乗車。


5月15日(日)の記 雁木の値打ちもない
日本にて


早朝5時、長野駅着。
日本では季節柄、すでに明るい。
もし冬場だったら、けっこう危なかったかも。

接続の電車まで、映画を一本見れるほどの時間がある。
駅前を彷徨して、ネットカフェを発見!

キーボードは壊れていて、そもそもネットにアクセスできず。
隣席に変えてもらう。

して、長野から新潟へ。
秋田の落涙の聖母のスケッチ画が飾られている、妙高高原のカトリック教会のチャペルにご案内いただく。
スケッチ画の写真を撮ろうとすると、カメラを構える僕の姿がガラスにどうしても映り込んでしまう。

県境を越えて、上越市へ。
カトリック新潟高田教会での、フマニタス上映。
この教会のミサの神父さんの説教には、イイネ!を押したい。

限りあるスタッフで、力を合わせた。
おかげさまで、いい上映と寄り合いができたと思う。

近隣地区での、先回のカトリック教会関係者から浴びせられた罵声を克服できた思い。
そして僕自身の、北越雪譜のトラウマをも。


5月16日(月)の記 月曜アート巡礼
日本にて


日本出発は明後日に迫る。
明日は学芸大学最終上映。

今日のうちに少しでも出国準備をすすめる。
いやはや書籍類、どれを削るか。
郵便関係も手掛ける。

月曜といえば美術館関係は壊滅的定休だ。
が、銀座のギャラリーに勤める知人のすすめてくれた展示は月曜もOKのようだ。

思い切って月曜銀座アート巡礼に、午後から。
まずは先日、水曜定休に訪ねてしまったLIXILギャラリー「薬草の博物誌」。
明日、橋本梧郎先生を語るモチベーションを高める。
それにしてもここは階下の書店が面白すぎ。
これまた思い切って数冊購入。

次いで、近くのギャラリーへ。
豆電球の点(つ)く手づくり立体額画。
ほしくなる。
が、現金の持ち合わせが豊かではない。
さらに在廊の作家そっちのけで我が物顔でのさばる有閑ばーさんどもに恐れをなして、退廊。

締めは、銀座エルメス。
シャルル・フレジェ:Yokainoshima 展。
http://gadaboutmag.com/jp/charles-freger-yokainoshima/

これは、すばらしかった。
言葉が練れていないが、エトノスの感動を、またしてもガイジンに教えられたというか。
エルメスなど、生涯無縁と思っていたが、一気に好印象を持つ。

さらに、江古田ふたたび。
電車賃節約で小竹向原から向かうと、なかなか難解。
ソフビ専門店コスモナイトαさん再訪。

店主の依田さんがレンタルで見たというアマゾンの食人モノ「グリーンインフェルノ」について語ってくれる。
お互い、キライではない。
思えばウルトラ系の影響から先方はソフビ専門店を営み、こっちはブラジル移住、最新作の『焼肉と観音』でもアマゾンの森への想いを綴り続けている…

流浪堂さんに寄って明日の打ち合わせ、実家に戻る。


5月17日(火)の記 発酵上映
日本にて


午前中、出家準備と金融機関まわり。
午後から学芸大学ファイナル上映会へ。

出し物は「きみは橋本梧郎を見たか」:『パタゴニア 風に戦ぐ花』。
乳児から70代まで、実に多様な方々がほどよく集まってくださった。

うれしい出会い、なつかしい再会、心強い最近の常連さん。
上映後に本について語っている自分もうれしい。

来場の方々、そして主宰をしてくれた古本遊戯流浪堂さんとの調和の醍醐味。
いい上映会だった。

平均律さんで有志と懇親。
さらに今回、日本で劇的な再会を遂げた人と、学大闇市ストリートで乾杯。

流浪堂の二見さんに、ハイゼットで祐天寺裏まで送っていただき、再会を期す。


5月18日(水)の記 野十見るべし
日本→アメリカ合衆国→


昼前にはブラジルに向けて出家である。
早朝より離日大作戦。
身辺のことでおおわらわだが、思い切って…

目黒区美術館を再訪する。
もう一度、高島野十郎を見ておきたい。
この非常時に、そういうことをしておきたい。

この美術館の年間会員になったればこそできる暴挙。
「流」と「雨 法隆寺」に絞ってじっくり鑑賞。

野十郎のロウソク画もふたたびざっと見る。
年代不詳のものが多いが、大正年間から昭和30年代まで同様のロウソク画を描き続けていたということがすごい。
作家としての僕の励みになる。

実家から懸念のタクシーも、すんなりと拾えた。
恵比寿のホテルからシャトルバス。

成田第2ターミナルで最後の食事をと思っていたが、品目・値段・混雑などで断念。
2軒の本屋で買い物。

ANAの機内へ。
観たい邦画はない…


5月19日(木)の記 機内雲泥
→ブラジル


いやはや、シカゴでのトランジットは入国審査の列に1時間、別のターミナルまでわたって荷物検査の列に50分。
ESTA取得者はまず個別の機械でパスポートの読み取りから目的地の郵便番号までの入力、さらに指紋から自撮り写真までセルフで行なう。
ついで有人の審査の列につき、あらたに指紋と写真をとられるのだ。
能率効率、ご意見無用。

空港の無料Wi-Fiは30分ポッキリ。
話のタネにシカゴ・ドッグというのを食べてみる。
なんとソーセージ大のキュウリのピクルスが挟み込んであるのがダイナミック。

シカゴからのUA機は往路と同じ旧時代式。
機内映画はオンデマンドデはなく、かといってかつてのJAL機のように次回の始まりまで何分といった表示もされない。
機内有料Wi-Fiサービスはあっても座席に電源がないので、長くは使えないではないか。

シカゴまでのANAの機内映画を反芻。
ヘルツォークが監督、ニコール・キッドマン主演、舞台が中東の砂漠という『QUEEN OF THE DESERT』を日本語版で観ることができたという幸せ。
(いま調べてみると、日本の公開予定も未定どころか邦題もないとは!)
ニコちゃん、カッコよかった。
齢50近くでセミヌード披露というのもカッコいい。

サンパウロに到着。
荷物がひとつ、来ない!
…行き先のタグがはがれていた由。
名札があったおかげでいくらかスムースだった。

身に余る預かりものがあるため、空港からタクシーで帰宅。

いやはや、ぶじ帰りました。


5月20日(金)の記 寝ては読み
ブラジルにて


時差ボケ絶好調。
安静にさせてもらう。

寝て、食べて飲んで、気の向く本読み。
意外と、マンガより文字の本が読みたい。

出国時に空港の書店で買った原田マハさん『旅屋おかえり』を耽読。
原田マハさんのことは訪日中、ラジオの朗読番組で知った。

この小説は、ずばり日本のテレビ屋たちのお話。
なかなか泣かせてくれる。
この小説に出てくるのは性善な人物たち。
僕の関わった実際のテレビ屋は、タチのわるい、卑しいのが少なくなかったな。

僕の世代では、思わぬ人もテレビ番組製作会社で働いていたり、その経歴を抹殺していたりするようだ。
もっと掘り下げて、書かれていい世界に思える。


5月21日(土)の記 書物の森へ
ブラジルにて


今日も、惰眠に読書に…

今回訪日時、間接的に何度か写真家の故・星野道夫さんと触れ合った。
生前の面識はなく、これまで特に意識をしていなかったのだが、こういうことが重なるとなにか意義を感じてしまう。

流浪堂さんで出会った星野さんの文と写真の「たくさんのふしぎ傑作集」『森へ』を開く。
南アラスカからカナダに拡がる針葉樹の原生林の世界。
未知の森に、なつかしさも感じながら引き込まれていく。

午後から、やむを得ず車を運転。
先月、ブラジルを離れる直前に遠征していた北パラナの赤土がこびりついている。
洗車に出さないと。


5月22日(日)の記 サンパウロの秋魚
ブラジルにて


さあ日曜の路上市に海幸の買い出しだ。

冷凍モノではないイワシが出ている。
開いてあるのを1パック購入。
刺身と、酢〆でいくか。

さらに刺身用にタイとサワラをすすめられる。
タイはイマイチなじみがないので、サワラを購入。

サワラの漢字は鰆、日本では春を告げる魚。
サンパウロは秋だ。

タラの切り身も1キロ買っておく。
ピカタにするべかな。

サワラはカルパッチョ、刺身、塩焼きにする。
イワシの刺身もよろしい。
うーむ、純米酒あたりが飲みたくなるが、ブラジル産ウオッカのありもの割りでお茶を濁す。

アラは、醤油と生姜で炊こうか。

さあ明日は断食、しよう。


5月23日(月)の記 買い物サンバ
ブラジルにて


さあ、一日断食を再開。

ネット系の作業にかかると、たいした達成感もないまま数時間かかっている。
お外に買い物に出る。

日本食材店で、ジャポニカ系の米を買う。
訪日前と変わらないか、若干、安い感じ。
それでもふつうのブラジル米の2倍半の値段だ。

スーパーで、牛乳を。
お、牛乳の値段は一割がた上がっている感じ。

断食はすれども、家族の夕食はつくる。
少しでも冷蔵庫のスペースを空けないと。


5月24日(火)の記 ブラジルの泥濘におちて
ブラジルにて


久しぶりにビデオ編集機をセッティング。
『ブラジルの土に生きて』改訂版作成、再開。
ブランクを埋めるのに、やや手間取る。

このままだと引きこもりになりそうで、買い物を兼ねて外に出る。

ふたたび編集…
あ。
ワンカット、欠けているのに気づく。
見つからない。
屋探しを始める…

肝心なテープは見当たらないが、思わぬお宝をいくつか発見。
しかし、目先のものが…

どう対処するか、はたまたゴマカシが効くか、悶え続ける。
故・橋本梧郎先生の語っていた「誰にも言えない問題」を思い出す。
えらそうに言っていたが、部外者に説明するのもめんどくさい、あるいは恥ずかしい問題だったのかも。

なにせ、作成から15年以上が経過していて、詳細まで覚えているべくもない。
夕食後、もう一度心当たりの原点から探し直す。
日本に行かないと、どうにもならないか。
それだけする甲斐のあることか。
思いは錯綜。

あった…

オリジナル素材に、面白いものがあった。
この際、編集がえしちゃおうかという、無謀な誘惑。


5月25日(水)の記 アメリカの光景
ブラジルにて


隣州からサンパウロにやってきた旧知のアーチストと、打ち合わせをすることに。
地下鉄代を投じて外出しただけに、ただ行って帰ってくるのではもったいない。

ピニェイロス地区のカフェで打ち合わせを終えてから、そろそろ特別展が終わってしまうピナコテッカ:州立美術館へ思い切って行っておくことにする。

観たかった「アメリカの光景」展。
南北アメリカ大陸の風景画を網羅。

イタリア人画家による、北米の滝を描いた絵を観ておきたかった。
滝壺の周囲の水面に、滝そのものと滝を訪れた馬上のハンターと猟犬が写り込んでいるという、敢えて難題に挑む画家魂ここにありの力作だ。
みといて、よかった。

明日からブラジルは4連休、さあ料理はなにをつくろう。


5月26日(水)の記 レンズをにつめる
ブラジルにて


ヒヨコ豆を買おうと思い、近くのスーパーと自然食品店をのぞくが見当たらず。
レンズ豆を買っておいた。

さあ、どうしよう。
今日は「聖体記念」というわかりにくい祝日。
午前中から、カレーをつくることとした。

レンズ豆について、ネットで調べる。
さほど水に戻さなくてよいのだな。

メガネからカメラまで、お世話になりっぱなしのレンズは、レンズ豆に似ているのでそう呼ばれるようになったと知る。

はじめに豆ありき。


5月27日(金)の記 いちぼ白書をもう一度
ブラジルにて


今日は祝日と土日の合間の金曜で、そのまま休みにしているところが多い。
されど平日。
平日は格安料金サービス中という、徒歩圏のシュラスカリア:ブラジリアンバーベキューのレストランに子らと行く。

思い返せば、先週までの五週間の訪日中、肉らしい肉を食べた覚えがない。
かといって回転寿司も含めて寿司屋の暖簾をくぐることもなかったな。

さて、サンパウロの大衆シュラスカリア。
店内は照明も明るいのだが、いまひとつサービスが伴わないところ。
基本料金は押さえてあっても、飲み物やサービスに見せかけた追加オーダーの値段が驚き価格なのだ。

店の名は「ピカーニャ グリル」。
ピカーニャはシュラスコで人気の牛肉の部位。
日本語ではイチボと呼ぶ。

牛のお尻のあたりの肉で、日本ではランプとも呼ばれる。
(牛のお尻の骨がH型で、H-bornからイチボと呼ばれるようになったらしいと今、調べて知る。)

さて、このピカーニャ グリル。
店名にもなっているピカーニャの肉がまるで来ない。
もう満腹気味になってきたので、相変わらず別の肉を持ってくる店員に聞いてみる。

ようやく、かなり炭化したピカーニャがやってきた。
イチボ一会。


5月28日(土)の記 ひどか本
ブラジルにて


昨晩から準備。
未明より、調理開始。
ブラジルのナショナルプレート、フェイジョアーダの作成だ。

昼、夜といただくが、われながらよろしい。

その合間に…
通常なら、読むに堪えない本の精読。
これがここのところの課題なのだが、拷問に近い。

生まれてこのかた、平均よりは本を読んできただろう。
そのなかで、ワーストではなかろうか。

自費出版とはいえ、推敲も校正もされているとは言い難く、筆者の不遜なでたらめさがひしひしと伝わってくる。
さらにその製本たるや、珍本このうえない。
もう、絶句のひとこと。
書籍文化をあざわらう、大胆な挑戦か。

ああ敗戦処理投手の屈辱。


5月29日(日)の記 ライムのよろこび
ブラジルにて


路上市で海の幸を購入。
ライムを切らせていた。

うーむ、安くはなく、ちと買い控える。
しかし安カシャッサのハチミツ割りに、ぜひ欲しい。

歩いているうちに、ローザと呼ばれるライムを見つけた。
日本のミカンのような色・形である。
買おう。
この店のあんちゃんは「カリオカ」という品種だという。

調べてみるとブラジル版Wikiにはこの地方名はないが、それだけいろいろな名前で呼ばれているのだろう。

酸味が強く、ジューシー。
買ったばかりのムール貝の剥き身に用いることにした。

幸せな味。
柑橘のある食卓を、満喫。


5月30日(月)の記 近い雷鳴
ブラジルにて


深夜。
外からの爆音で飛び起きる。

なにかの爆発か?
その後、騒がしくなる気配も、救急車や消防車が出動する様子もない。

と、夜空に閃光が。
先ほどのも、近くに落ちた雷鳴だったようだ。
今度は強い雨音。

今日も一日、断食とする。
粛々と『ブラジルの土に生きて』改訂版の作業。

夕方、データがフリーズしてしまい、往生。
マニュアルにもない、独自のワザにイチかバチかで挑む。

どうやら、とりあえず難を逃れたようで、いやはや。

今日は合い間に、気になっていた日本のテレビ番組をネットで視聴。
愉快ではない。
そのことは、後日にでも。


5月31日(火)の記 NHKが削ぎ落としたもの
ブラジルにて


昨日、ネットで見た日本のテレビ番組について。
NHKで今月、放送されたNHKスペシャル『大アマゾン 最後の秘境』シリーズの「ガリンペイロ 黄金を求める男たち」。
放送直後から、日本のブラジル通の人からこの番組への疑問が伝えられ、意見を求められていた。

まさしく安倍-籾井路線によって、質の悪い政府の質の悪い広報に成り下がってしまったNHKの看板番組らしいといったところか。

登場人物の語るポルトガル語の、かなり大胆な意訳の問題についてはこの際、省略しよう。
アマゾン地域での砂金採集とその精製プロセスが番組中で紹介されるのだが、砂金と混ざった不純物を除去するために、水銀を使ってアマルガム(合金)をつくり、加熱して水銀を環境中にばらまく、という、おそらく取材班の身近に行なわれていたはずのことが見事に除去されているのだ。

僕がアマゾンの水銀汚染問題に関わったのは1980‐90年代のこと。
その後、水銀を用いずにさらに有毒なシアンを使う方法も導入が検討されているという情報は得ていた。
シアン使用は高額かつ複雑になるとのことで、NHKの番組で紹介されている金鉱では水銀が使われている可能性が高いと思う。
いずれにしろ、番組でこのプロセスが伏せられていることそのものが、極めて不審である。

なぜ、こうした基本的な情報を除去するのか。
そもそもこの番組は担当ディレクターが名を馳せたアマゾンの先住民もの同様、猟奇性に終始している観がある。

視聴者と製作者の所属する国の犯してきている世界的な犯罪と番組との関係に触れることは、故意に避けられているといえよう。
歪んだ視点で深刻な問題を弄ばれて、性懲りもなくアマゾンを怖いもの見たさの娯楽として消費され続けるのは、たまったものではない。
健全かつ通常なジャーナリズムからは、ほど遠い。

日本は、水俣病という人類史上に残る水銀汚染の負の遺産を抱えているだけではない。
僕が現地を調査して80年代から告発しているように、アマゾンの金鉱採掘の機械化・大規模化には日本の企業が多大な貢献をしているのだ。

今日、読み終えた三枝三七子さんのすばらしい絵と文による『よかたい先生 水俣から世界を見続けた医師-原田正純』(学研)から。
「世界ではもっと水銀公害の研究は進められとるよ。大勢の被害者を出したこの国が、なぜ、先頭に立って研究をせんのか? 失敗を未来に生かそうとしない考え方に、ぼくは見のがせない大きな問題を感じるね。」
まさしく水俣病公式確認から60年目のその月に、この番組は放送された。
この番組から見事に水銀が削ぎ落とされていることに、僕は「見のがせない大きな問題」を感じるのだ。

4年前の6月11日、原田先生の訃報に流した涙と、先生の遺言の数々を反芻しよう。


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