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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2016年の日記  (最終更新日 : 2017/01/01)
10月の日記 総集編 私の愛したブラジル移民

10月の日記 総集編 私の愛したブラジル移民 (2016/10/06) 10月1日(土)の記 砂丘館の夜
日本にて


今日は、遅れてはならない。
短時間、体を延ばして仮眠してから旅の準備。
午前5時台出家。
東京駅発午前7時発の新潟新幹線マックスの2階席。
久しぶりのジャパンレイルパス使用開始。

車内安息。
ビデオカメラの愛機を持参したが、いきなりの撮影は控えることにする。
長岡駅に、亡義父の海軍兵学校時代の同期の友人が迎えに来てくれた。
改札近くのカフェでお話をうかがう。

駅から徒歩圏の山本五十六元帥の記念館、生家などにご案内いただく。
昼食をごちそうになり。

敗戦直前の海軍兵学校については、義父の話よりはるかにイメージをつかむことができた。
地元のお酒の徳利が次々と。
が、さすがに酔うこともなく。

日のあるうちにおいとま。
よし、行くか。
新潟方向へ。

新潟市にある文化施設、砂丘館を目指す。
沖縄でお世話になった新潟出身のアーチスト、阪田清子さんの展示中。
明日までだが、まにあった。
この空間、とても贅沢な思いをさせてもらう。
入場無料、午後9時までオープンというナイスさ。

帰り、次のバスの時間までだいぶあるので、暗い夜道を日本海べりまで歩く。
帰って調べてみると、この一本西の道で、横田めぐみさんが拉致されていた。
当時、13歳だっためぐみさんが拉致されたのは、1977年11月15日。
今でもそんなことが起こりそうなシチュエーションかと。

最終の新幹線で帰京。


10月2日(日)の記 東京ダブルヘッダー
日本にて


さあ今日は大変だ。
抜かりのないように。

まずは昼から、学芸大学ライブ上映講座の始まり。
はじめてのスピーカー、うまくいくか。

『あもーるあもれいら 第三部・サマークリスマスのかげで』の上映だが、まちがって初版の方をかけてしまった。
初版は、僕のナレーションと現場音のバランスがよくない。
てっきり今度のスピーカーの音質の問題かと思ってしまった。
ご来場の皆さん、失礼しました。
今度のコーヒーキャンディーの包み紙についても注意をし漏らし、重ねてお詫び申し上げます。

次の上映会場に駆けつけるため、会場撤収後、「平均律」さんで有志と軽く喫茶。
上映に参加してくれた男子中学生とお話。
大学生と話すぐらいの手ごたえのある若者で、うれしい限り。

さあ、小岩へ。
秋のメイシネマ上映会、亀井文夫監督作品4本と、岡村の『五月の狂想曲』。
会場に少なからぬ観客がいてくれて、まずは安心。
第三巻上映中。

3時間近い長尺作品。
上映後の質疑応答では好意的な声が多く、これまたうれしい限り。
『5月の狂詩曲2016』も編集しますか。

藤崎代表はじめ、有志で小岩駅前のお蕎麦屋さん「けやき」で懇親会。
メイシネマの仲間たちに癒されて、励まされる。
このお店、蕎麦焼酎の蕎麦湯割りもよろしいが、蕎麦そのものもおいしかった。


10月3日(月)の記 日本橋のナメクジ願望
日本にて


まだよく知らない人が、日本橋のビルの一室でお仲間を集めて拙作の上映会を開いてくれることになった。
住所をグーグルマップで調べておいたが、丁目まで違う場所を指し示していた。
スピーカーを抱えながら路頭に迷うところだった。

岡村ライブ上映ビギナー向けに、お楽しみ上映会とする。
まずは18分の自主制作作品予告集をご覧いただいて。

多数決のうえ、『ブラジルの心霊画家』、『リオの巨大トンボ』を上映。
締めはシェフお任せで『60年目の東京物語』とさせていただく。
『ナメクジの空中サーカス』がぜひ見たい、という熱いコールをいただく。
担いでいった拙著も好調にはけて、ありがたし。

とにかくメンバーのことも場所のこともよく知らず、軽口がかなりヤバかったことを教えてもらう。

近くの銀座ライオンで懇親会。
岡村のバカ話が笑いのツボを直撃し、身悶えて笑われる方の存在がうれしい。

さあ明日からが、けっこう大変なミッション。
帰路、閉店間際の流浪堂さんに寄ってスピーカーを預かってもらう。


10月4日(火)の記 島根のシネマ
日本にて


さてさて、またしても、いやましてのヤマ場。
午前5時前に祐天寺裏を出家。
祐天寺駅から菊名経由で新横浜へ。

始発の「ひかり」で広島へ。
車中、病で寝込みそうな気分でひたすら休むこと、4時間弱。

芸備線に乗り換え、三次を目指す。
明日から、僕の目的地・島根県美郷町で外国人を迎えてのボランティアに向かう女子大生と合流、よもやま話で盛り上がる。

三次駅に陶芸家の橋本白道さんが迎えに来てくれた。
初対面だが、僕のスケジュールに合わせて今宵の上映を急きょ、企画してくれた功労者だ。

まずは橋本さんの工房兼自宅「くじら庵」にご案内いただく。
空気がおいしい。

上映会場は、浄土寺という西本願寺系のお寺。
若いご住職夫妻がとても気持ちよい。

町では今日から町長選挙の告示が始まり、という取込み中。
橋本さんおひとりに『ブラジルの土に生きて』改訂版をご覧いただければ、という思いだったが、他県からも集っていただき、30人余りという盛会に。

『ブラジルの土に生きて』改訂版を僕以外の方々にお見せするのは、これが初めて。
ワレ奇襲ニ成功セリ、といったところか。
大成功。

上映後は、くじら庵に河岸を変えて…
お疲れの橋本さんに、朝5時までお付き合いいただいてしまった。


10月5日(水)の記 台風を超えて
日本にて


朝5時まで付き合わせてしまった橋本白道さんに、7時出発で三次駅まで送ってもらい、かたじけなし。

ジャガ、ニャント!
芸備線で、まさかの人身事故。
頼りの列車は運転見合わせ…
駅員さんに聞くと、めったにあることではない由。

さっそく高槻での待ち人に連絡。
1時間ほど三次駅で待機。
広島駅に着くと、台風の影響の豪雨!
新幹線も、軒並み遅れ。

ようやくやってきた「さくら」に乗車、新大阪までへたれ続ける。

高槻で、「たまい企画」のおふたりと、『原発は滅びゆく恐竜である』の出版に奔走された水戸喜世子さんと再会。
水戸さんとの奇縁に落とし前を、と思っていたが、新たなご縁を感じて。
水戸喜世子さんの存在は、希望だ。


10月6日(木)の記 釜ヶ崎デビュー
日本にて


大阪梅田のカプセルホテルで朝を迎える。
いちおうの天然温泉で、朝ぶろ。

今宵の宿、新今宮駅近くのホテルに大きい荷物を置いてからミッションに向かうことにする。
なんだか、「那覇な」感じ。

近鉄沿線にお住いの、ブラジルの亡義父の少年時代の友人を訪ねる。
義母は把握していなかったが、富田林中学時代の同級生だった。
「先生」と読んでいたが、これもなんの先生かわからなかった。
農業経済の先生と知る。

知的好奇心旺盛な方で、いろいろと盛り上がる。
この人も、義父と同期で海軍兵学校に進んでいた。
なぜ義父が敗戦後、農芸化学専攻を選んだのかの謎は解けなかったが、その他のいろいろなことが浮かび上がってきた。

義父と同じ年だから80代後半だが、今晩の釜ヶ崎の上映に行きたいとおっしゃってくれる。
話は尽きぬまま、ご一緒に釜ヶ崎へ。

ホテルで場所を尋ねて、はじめての釜ヶ崎:西成:あいりん地区入り。
特に予備知識がなければ、さほど違和感がない感じ。

会場は、あこがれの本田哲郎神父がミサをたて、おっちゃんたちの髪を切っているところと知り、感激。
プロジェクター等を設置するお役目があるので、感激に浸ってもいられない、どころか来客への挨拶もままならず。

主催の「寺子屋アジア」橋本隆さんチョイスの『郷愁は夢のなかで』、ここで見る重さ。
うう、蚊がうるさく、ささやかながら献血もしてしまったようだ。

余韻を引きずりながら、懇親会場へ。
おでんをいただきながら、それぞれが語ってくれる。

いい上映と寄り合いをさせていただいた。


10月7日(金)の記 飛田新地で飛ぶのが怖い
日本にて


午前中は、寺子屋アジアの橋本隆さんに釜ヶ崎近辺をご案内いただく。
橋本さんはメールだとつっけんどんだが、愛すべきおっちゃんと知る。

ちょろりと通り過ぎただけではわからない、ディープ釜ヶ崎を垣間見させてもらう。
休息所や図書館分室で、活字の本を読むおじさんたちが少なくないことに感じる。

徒歩圏の、飛田新地。
これには、たまげた。
午前10時にして、風俗営業中の店も少なくない。
オランダの飾り窓より、すごいと思う。
今どきの日本に、こんなところがあるとは!!

余韻とともに、昼の「ひかり」に。
東京に入るのがうざったく、新横浜から横浜線と東横線で実家に戻る。

さっそく今宵の写真紙芝居の準備。
これを捧げるつもりだった蓮沼Colorsの女将・石川さんは、体調不良につき欠席。
現在、三鷹市美術ギャラリーで回顧展開催中の写真家・渋谷定好のお孫さんがいらしてくださる。


10月8日(土)の記 私の愛したブラジル移民
日本にて


今日は昼から学大ダブルヘッダー上映。
その前に所用を、とも考えたが、心身ともについていけない。
上映に専心しよう。

まずは『ギアナ高地の伝言 橋本梧郎南米博物誌』を14時から上映。
茶話会の会場、どうするか。
1軒目のベーカリーは空席なく、喫茶「雑伽屋」さんでスペースを作ってもらった。
築30年以上、大阪民博をほうふつさせるテイストに一同、歓声。

さあいよいよ『ブラジルの土に生きて』改訂版、首都圏初上映。
この作品の改訂版完成を、ずっと待っていてくれた人たちが来てくれる。

そのご期待に、しかと応えさせてもらった手ごたえ。
余韻は深いが、残り時間は短い。
駅前地下の庄やさんの個室で、皆さんの終電近くまで懇親。

まだまだ気が抜けない。
明日は朝から大荷物とともに泊まりがけの移動あり。


10月9日(日)の記 千葉茨城
日本にて


うわあ、雨だ。
明日、上映をしていただくカトリック市川教会の音響周りの詳細が不明のため、今日、僕が今度買ったスピーカーとアンプを担いでいくことになった。
夕方から水戸で上映、そのまま一泊するためお土産も含めて荷物はなかなかの量となり、雨のなか知らないところまで行くのは、それなりの罰ゲーム感あり。

ついでといったら怒られそうだが、市川教会の日曜のミサに預かる。
なんだか活気があふれ、神父さんも若くて説教も心に残る。

本八幡駅近くでサービスランチを食べ、千葉日報を買って乗り換えること4回、水戸駅へ。
車中はひたすら休む。

4時前に駅前の格安ビジネスホテルに到着するが、4時までチェックインはダメとのこと。
ロビーにある新聞を読んで時間を潰す。

水戸の常連さんに迎えに来ていただき、いざ、にのまえさんへ。
『ブラジルの土に生きて』改訂版の上映。
いままでにない、いくつかの新たな観点からの掘り下げがあり、うれしい限り。

にのまえの眞家ご夫妻、そして水戸岡村会の皆さんに感謝。


10月10日(月)の記 市川聖堂上映
日本にて


水戸のビジネスホテルの朝。
テレビをつけて、パソコン作業。
ここの朝食サービス、先回はご飯ものもあったように思うが、パンだけになった。
パンのみに生きるにあらず、か。

茨城新聞を購入、ふたたび鈍行を乗り継いで本八幡駅へ。
今日の上映会場は、教会の聖堂。
壮年の男性信徒たちに交じって、神父さん自らが脚立を担いでスクリーンの設置にあたったのには驚いた。

カトリック教会で上映しても、主任司祭は顔も出さないことはしばしばだったけど。
主催者は人の入りがイマイチだとおっしゃるが、運動会はじめ諸々の行事が重なるこの日にこれだけ集まっていただけたのは、快挙だと思う。
オカムラ系の思わぬ人が複数、来てくれた。

夕方からの懇親会では、オカムラも本音トーク、楽しくも手ごたえあり。


10月11日(火)の記 嗚呼都立大学駅
日本にて


いやはや、40年以上前とはいえ、3年間も通った駅という実感がない。
まずは逆方向、シン・ゴジラ被害の呑川側を下る。
今回、奇縁で出会った方にお届け物。

次いで、駅前で今回も学大ライブ上映会のフライヤで絶妙な仕事をしてくれた、こうのまきほさんと待ち合わせ。
流浪堂の二見さんに教えてもらったネパール人経営のインド料理屋へ。

その後にカフェでも、と歩いてみるが、意外とない。
そもそもかつて付属高校に通うための通学路だった都立大学あたりは、激変。
正門前の蕎麦屋もパン屋も跡形もなく、どこあたりが正門だったかもわからない。

交差点を渡って直進、ツールアートのあふれるギャラリー兼喫茶に入ってみる。
学芸大学まで、こうのさんと散策。

旅と上映つづきの疲れと、リラックスが体調に出た感じ。
からだが「やすめ」と命令を出してくる。

祐天寺の実家に戻って、まずは寝込む。


10月12日(火)の記 死ぬの、やめました
日本にて


さる上映会で知り合った人が、わが実家から徒歩圏にお住まいの人を紹介してくれた。
何をしてきたどんな人なのか、よくわからない。
その方を朝イチで訪ねるお約束をする。

うう、上目黒4丁目、ざっと地図を見てきたが、なかなか道がややこしい。
時間に遅れてしまうが、お会いしてから次々と盛り上がる。
尋常では、ない。
その方は80代後半で、電話でも、お会いしてからもさっそく「終活準備中でして…」ともう先は長くないだろうということを繰り返しておっしゃっていた。
3時間近い長居になり、腰を上げようとすると「死ぬの、やめました」とおっしゃってくれた。
そのことが、そもそも奇跡だ。

この方におうかがいした、かつて軍隊からの脱走者の自殺が相次いだという中目黒のガード下で帰路、お祈り。

午後は横浜関内の、りせっとcafeへ。
明日、ここで上映を予定していたが、この場所を選んでくれた主催者が入院されてしまった。
お店の方は上映は実行してかまわないと言ってくれたので、挨拶と下見にうかがう。
えらくいい場所のいいお店で、驚く。
椅子の座り心地も抜群。

さあ、夜は池上本門寺の御会式デビューだ。
蒲田駅から歩き、途中の温泉銭湯でミソギ。
本門寺には小学生時代、亡父の車で連れて行ってもらい、力道山の墓参をしたことがある。

池上駅に近づくと、法華太鼓の音が響き、クラゲのように装飾をした山車がやってくる。
なんだかこっちのこころのツボをついたようで、涙。

近くに住む友人夫妻のお宅に招かれ、ごちそうになる。
ふたたび夫妻と御会式見物。
御会式、クセになりそうな感じ。


10月13日(木)の記 横浜 銀座
日本にて


日吉駅で下車するのは、どれくらいぶりだろう。
さる活字メディアの方の取材を、駅近くの喫茶店で受ける。

そのまま、横浜は関内へ。
午後の上映会場、りせっとcafeさんの薬膳ランチをいただく。
いくつかあるメニューのなか、「声が大きい」人向きので。

お店の方が上映会場と機材の設営までしてくれて、申し訳ないぐらい快適。

企画と主催をしてくれた方は入院されたが、まさしく一期一会の交わり、おかげさまでいい上映の集いができたと思う。
終了後、そのまま会場で喫茶をさせていただけるのもありがたし。

夜は関内から新橋へ。
今回、日本からのブラジル往復チケットでお世話になった南米に強い旅行社・ウニベルツールの方と待ち合わせ。
関内の上映にいらしてくれた知人が、ブラジル行きのチケットで「ウニベルツールに自由にさせてもらった」と語っていたのも奇遇。

新橋から銀座方面をご案内いただくが、銀座管内でアジアからの旅行者をターゲットとしたビジネスホテルがにょきにょき建設中と教えていただく。
僕の40年前の銀座は、銀座並木座、銀座ガスホール、ヤマハホールといったところだったが。

けっこうなお店にお連れいただき、21世紀になって日本の豪華客船が大アマゾン川を遡行するに至る1970年代の前史を聞かせてもらう。


10月14日(金)の記 目黒の西郷山
日本にて


夜の待ち合わせ場所は、東京駅となった。
それまでに…買い物、所用とともに気になるミュージアムの展示を2箇所、ハシゴできるか。

まずは中目黒の銀行。
ここで愛用していたリュックのファスナスー部分が完全にいかれてしまった。
これまでスライダー部分(ただ今、調べてこう呼ぶと知る)をラジオペンチで締めるなどしてだましだまし使ってきたが、限界のようだ。
(これも今知るが、エレメント:務歯部分の摩耗ということか)
さあ、どうしよう。

ここから徒歩圏の、山の手通り沿いにあるドンキホーテで新たに買うか。
あまり気に入ったものがないが、背に腹は代えられず、値段第一、次に使い勝手でチョイス、さっそく使用。

うーむ、ここから駒場まで歩いていると、渋谷での買い物ももうひとつのミュージアム訪問も厳しくなる。
とりあえず渋谷まで歩くか。

さあ、登りだ。
近くの菅刈公園から発見された庭園遺構に息を呑むが、すでに閉館時間。
隣りの西郷山公園へ。

そうか、西郷従道はここに兄の隆盛を招くつもりだったのか。
高台からの眺めは、あっぱれのひと言。
映画の一本も撮りたくなり、今日は閉店時間となった付属のカフェもいい感じ。

目黒区は南北に縦走できる交通機関もなく、多くの区民は菅刈公園や西郷山公園といった喜び、恩恵に預かっていないのではないか。
渋谷・代官山系の連中においしいとこ取りされている感あり。

菅刈公園の庭園遺構を知らなかった自分を恥じ入るばかりだが、平成年間の発見・発掘と知り、それこそ64以降の母国と故郷の事情に疎くなったブラジル移民の僕が知らなかったのは、むべなるかな。


10月15日(金)の記 天井の黒湯
日本にて


へろへろ状態が続くが、実家では郵便系の作業もすすめていく。
今宵は、横浜パラダイス会館での創作ブラジル料理付き上映会。

その前に、思い切って…
東京23区の温泉郷、シン・ゴジラの余熱が続く大田区ふたたび。
先週、はじめて訪れた黒湯銭湯の「桜館」。
月に一度、男湯と女湯が入れ替わる由。
先回、逃した方の湯は屋上からの展望が効く露天風呂で、しかも脱衣場は洞窟テイストだそうな。

今日15日から男女入れ替えになったはず。
気になることは、先延ばししない方がいいかも。
先日は蒲田駅から歩いたが、今日は矢口渡駅から歩いてみよう。

え、これが洞窟テイスト…?
屋上といっても3階である。
2階建てぐらいの住宅の屋根の拡がりが、見えるには見えるが…
中目黒駅近くの銭湯の眺めよりだいぶ落ちる。

この屋上の湯は、テレビモニターが拝めるようになっている。
民放の旅グルメ番組に、何人かが無言で見入っていて、こちらの入湯もはばかられるほど。
おじさんたち、どうせ家でもテレビ見てるんだろうし、温泉銭湯に浸かりながらも総白痴化装置に身を委ねなくても…

さあ気にかかることは解決した。
次は別の温泉銭湯に行ってみよう。

電車賃節約で京急蒲田駅まで歩いていると、けっこうな時間がかかる。
ぎりぎりで黄金町駅着。
今日の伊藤修さんの創作お料理は、茶色豆のフェイジョアーダと燻製ハーブ味チキン。
フェイジョアーダは、黒豆の方がずっとおいしいことがわかった。

多彩な、けっこうな数の人が集まってくれた。
上映前の会食時が沈黙にならないよう、大声でいろいろな話題を振る。

イベント終了後の2次会は、何回行ってもよく場所のわからない、マリさんのアブダカダブラへ。
宴たけなわで中座するが、それでもようやく東横線の渋谷駅終電に間に合うレイトさ。

さあ、明日のために。


10月16日(日)の記 さよならダブルヘッダー
日本にて


午前中は、思い切ってカトリック田園調布教会のミサに参加してみる。
ここの教会では、ブラジルのフマニタスのプロポリスを販売してもらっている。
高台の広大な敷地にあり、観光地のような荘厳な建築。
東京で3番目の規模を誇る教会とのこと。
紹介していただいた方から、フマニタスの佐々木神父のお姉さんが横浜から出航するのを見送った、などという故事まで聞かせていただく。

いったん祐天寺裏の実家に戻ってから、いざ学芸大学へ。
今日も昼夜のダブルヘッダー上映。

その合間を、どうつなぐか。
茶話会に参加してくださる方の人数とグレードに見合った店を、即興でアレンジする要あり。
ダメモトで走っていって確認したパティスリー、リュード パッシーがオッケーとなる。
横の方同士の会話がスムースになるよう、話題の交通整理。

夜の部の上映準備のため、僕が中座してもさほど違和感ないぐらいに一期一会の場が盛り上がってくれているのがうれしい。

さあふたたび『ブラジルの土に生きて』改訂版の上映。
いろいろあったが、改訂版づくり、やっておいてよかった。

懇親会は先回の庄やがNG、向かいのビルの280円均一という鶏系の居酒屋へ。
懇親会から合流した大衆食通のライター、鈴木隆祐さんが声を荒げるほどオーダーするにもひと苦労。

鈴木さんとは、1年半ほど前、この学芸大学でホラーな夜を明かしてしまった。
今回は他のメンバーが終電に慌てふためいて去っていった後、日高屋でアゲモノをアテにハイボール飲み。

明日が、ある。


10月17日(月)の記 目黒の晩餐
日本にて


うわ、雨か。
明日に離日が迫り、実家にて洗濯物から掃除から一気に追い込むつもりだったが。
諸々の残務にひとつひとつあたっていかないと。

午後、小やみの時に学大まわり。
SUNNY BOY BOOKSの高橋さんには、ようやく会えた。
奇遇から、この期におよんで書籍購入。

ダイソーの5円コピーを経て、流浪堂さんへ。
上映関連グッズ、取り置きしておいてもらった書籍類をピックアップ。

夜は目黒駅ビル(ぐらいに昔は呼んでいたのだが、いまはアトレとか。しかも1とか2とかややこしい)でデート会食。
懐具合が寂しく、割り勘にしていただくつもりのお勘定が心配だったが、なんとおごってもらってしまった。
ありがたいやら情けないやら。

帰路、目黒の在来ナメクジの聖地詣で。
大ぶりのフタスジナメクジ、複数個体が匍匐中。

さあ少し横になってから残務にかかるか。


10月18日(火)の記 ヨハネとB級
日本→カタール→


今日の成田からのフライトは、22時過ぎ。
恵比寿ウエスティンホテル発最終(といっても16:30)バスを予約。

いつもより出発時刻が遅いので、実家で軽くだらける。
大慌ての掃除のあと、道路側に伸びた実家の庭木を少し伐採。

旅の共に、日曜日に鈴木隆祐さんから猿蟹合戦方式でゲットした『東京実用食堂』(日本文芸社)を開く。
あす発売予定!の超新刊だ。

いきなり「ヨハネの黙示録」の引用から始まるのに括目。
これまで「B級グルメ」の伝道に努めてきた鈴木さん、今度は「実用食堂」という語を提唱された。
本文は「ぼくは食べることが大好きだ。」で始まる。
たとえば「家族連れも、そこそこいい歳になった独り身もカフェやバルなんぞには入りづらい。あれはバブルのトラウマが甦る消費傾向。すかした身のないものとつき合うのはもううんざり。」といった具合で、小気味よい。

夕方の渋滞を懸念したが、スムースに成田着。
空港前の検問もいつの間にか廃止されていて、あっけないほど。

カタール航空のカウンターが開くのを、しばし待機。
今回は、久しぶりにJALの「さくらラウンジ」が使える。
鈴木さんの本の影響ということにしておくが、喰いすぎる。
デミグラスソースかけハンバーグ、マカロニグラタン、甘口カレー、中華丼、汁かけうどん…
恒例の明太子食べ放題がなくなっていたけど。


10月19日(水)の記 機内大漁
→ブラジル


行きのカタール航空機では日本映画もあったように記憶するが、帰りは見当たらない。
とりあえず日本語吹き替えの映画をあさる。

『ロスト・バケーション』
メキシコあたりの隠れたビーチで、ひとりサーフィンに挑むアメリカ人女性。
そこには人食いザメが…!
ひとり芝居映画の佳作。
ロケ地はオーストラリアだというのが泣かせる。

『MEADOWLAND』
ドライブインで愛するひとり息子が行方不明に。
遺された両親は…
予断を許さないストーリー展開。
アスペルガー症候群の少年も登場。
「純文学」ならぬ「純映画」を観た手ごたえ。

ドーハからサンパウロへ向かうみちなかばにして、けっこうな日本映画群があることにようやく気付く、わかりにくいぜ!

まずは念願だった『64 後編』!
どうしても前編を受けての謎解きと終焉にむかうため、前編より少しはしぼむが、ろくよんワールドを堪能させていただく。
このスタッフによる『ゴジラ』が見たかった!!

「翔子は、メーダマが好きだったんです。」
オカムラは、メーダマで卒論を書きました。
その起源は、縄文時代という仮説で。

もう一本邦画、『0.5ミリ』。
堂々199分、退屈させず。
こんなすごい日本映画があったのか。
150分に「縮めた」僕の『ブラジルの土に生きて』改訂版を、映画館には長い、とさる上映プロデューサーから離日前に言われたばかり。
こうした日本映画の存在、しかもそれが外国の飛行機会社の機中で流れているということ自体が励みになる。

ああ、充実の機内映画。
その他にもソコソコ面白いのを3本、見ちゃった。
おトク感たっぷりでブラジルに戻る。


10月20日(木)の記 葉野菜三昧
ブラジルにて


時差ボケ最高潮。
深夜に覚醒。

さて、小腹がすいた。
冷蔵庫にひしめく葉野菜類の、古いのからいただいていくことにする。
そもそも訪日中は、生野菜類の摂取が不足がち。

水洗いしてから、おまじない程度にヴィネガーで消毒、水切り器で水気を遠心分離。
まずはブラジル・サンパウロ産醤油、イタリア産バルザミコ酢、スペイン産オリーブオイル、ブラジル・アマゾン産黒コショウでいただく。
ヴィネガーやオイルを変えてみながら、もりもりと消費。
こうして数種のレタス類をいただき、キャベツは刻んで塩を振り、コールスローといたす。

日中、家族の夕食用に豚のフィレ肉を買ってくるが、夕刻より寝込んでしまう。
夕食は出前のピザとなった。


10月21日(金)の記 カブトムシの匂い
ブラジルにて


日本でちょうだいした文庫版『64(ロクヨン)』上下を耽読。
小説も映画も面白く、補完し合える好例かと。
文庫の楽しみのひとつが書きおろしの解説だが、文春文庫、解説がないとは。

被害者の少女がメーダマ(繭玉)を手にしていたというのは、小説にはない映画版の脚色と知る。
このメーダマ、そしてドンドヤキがヴィジュアルにもいい味を出していた。
日本の小正月行事であるマユダマ、さらに小正月そのものが、こうして取り上げられることが他にもあっただろうか。
少なくとも、小津や黒澤の作品では見た覚えがない。

ずばり僕の大学の卒論は『ドングリとマユダマ あるいは現代日本文化における縄文文化的要素の通時的考察』(副題は、ちょっと違っていたかも)。
小正月は、縄文が香る。

夕方から訳あって、サンパウロ大学に車を走らせる。
学園都市の名にふさわしい広大なキャンパス。
車を降りると、カブトムシの匂いがした。
雨上りの亜熱帯の土壌と植生が醸し出す、甘くすえた臭い。

小学生時代、カブトムシを飼育していた頃の容器のなかの朽木の匂いなのだろう。
このキャンパス、虫、菌類、軟体動物の観察には格好だな。
夜なのが惜しまれる。

先週、急いで歩いた蒲田駅近くにカブトムシ専門店というのがあったっけ。
店内で小学生らしい男の子がしゃがみこんでいた。
時間が押していて、通り過ぎるだけだったけど。
子供をカブトムシで釣る誘拐犯、なんて、いそうな感じ。


10月22日(土)の記 土曜一服
ブラジルにて


これといって予定を入れていないサンパウロの土曜のありがたさ。
もう少し、身心を休ませてもらおう。

午前中、近くのスーパーに家庭の必需品と嗜好品を買いに。
昼から、イッパイいただきましょう。
まだどこの時間帯にいるかも定かでなし。

ブラジル国産ウオッカのシトラスソーダ割り、これにありあわせのライムを絞り込んで。

気ままな読書のあと午睡、起きると真っ暗。
すでに帰宅した家族が僕が夕食を作るかどうか、息を潜めているといった感じ。

土鍋でご飯を炊き、ふたたび解凍した豚フィレ肉をカット、ケールやチンゲンサイ類を洗って鉄板焼きでいただく。


10月23日(日)の記 サンパウロの魚相は、いま
ブラジルにて


40日近いブランクがあると、サンパウロの路上市で売られている鮮魚の種類もそこそこ変わるというもの。
さてさて。

タイをすすめられるが、値段がよすぎる。
財政逼迫中なり。
が、いくつも魚を量らせたので、買わないのも気が引ける。
安くはないが、小ぶりのカツオを購入。
サヨリがキロ約250円と手ごろなので、焼き魚用に4尾、購入。
しかし、下顎が針状に発達するとは。
ブラジルの先住民の下顎加工を想う。

日中は妻の実家へ。
帰ると、時差ボケで眠りに落ちる。

夜、いったん目覚めるが家族はみな、おなかいっぱいの由。
カツオのタタキを逃すことになるな。
さあカツオを明日からどう料理するか。


10月24日(月)の記 断食再開、ウエブ整理
ブラジルにて


さあ、久しぶりに一日断食をしよう。

ごちゃごちゃになっているウエブ日記の整理を開始。
そこそこ時間は経っていく。

タタキにしそこねたカツオは、ガーリックステーキにする。
アラは、昆布で出汁を取り、醤油と生姜で煮つけておく。
カツオのガーリックステーキ、好評なり。

サヨリは、腹をさばいておく。
以前にも思ったが、浮き袋が目立つ魚だ。
(ここでネットで、サヨリの浮き袋についてのウンチクを調べる。なるほど。)


10月25日(火)の記 63年目の東京物語
ブラジルにて


ブラジルに戻ったら小津作品を見ふけよう、と日本で夢想しながら、いざとなると、なかなか。
思い切って、『東京物語』を見直す。

どうしても自分の最新作品と見比べてしまったりして。
提灯や、瓢箪がぶらさがっているのが何シーンかあるな。
『ブラジルの土に生きて』の石井延兼さんの「博物館」と重なる。

内田樹さんが指摘していたと記憶するが、戦争はいやだ、こりごりだ、といった台詞と反戦のメッセージが随所にうかがえる。

祖国日本は、小津映画から反戦のメッセージを読み取らなくてはならないほど危なくなってしまったということか。


10月26日(水)の記 思い切りのシネマ
ブラジルにて


午後から、思い切ってサンパウロ国際映画祭の上映作品を見にいく。
50か国から322本の映画、というのはなかなかの規模のようだ。

家族の夕食の支度を済ませて。
サンパウロ文化センターで3本、見ることに。
ミニペットボトルに薬草茶を入れて。

まずは『BLANKA』というフィリピンの大マニラ圏の路上に生きる少女が主人公の映画。
どうやら監督は日本人らしい。
それだけでもすごい。

続いて夜のもう一本までの間にポルトガル語タイトル『O SONHADOR』というペルーはリマを舞台とした若者の映画を見る。
1970年代の藤田敏八あたりの映画を想い出した。
時折り、ペルーの多様性に満ちた光景が、主人公の夢として挿入される。

最後に『ASCENTO』という、オランダと日本の合作で4500枚の富士山を写した写真を構成した映画。
いやはや、こんな映画も可能なのだな。
コノハナサクヤヒメを想う。
富士山を背景とした日本軍の写真のグロテスクなこと。
富士山は、まさしく鏡であった。
日本で、きちんと上映されるだろうか、この映画。

さあ、他人様の映画鑑賞はほどほどにしておかないと。


10月27日(木)の記 力作奇作
ブラジルにて


今日は、外回りを一気に、と思っていたが…
原稿書きに力が入り、昼過ぎになってしまったので、仕切り直し。

今日はミニペットボトルにブラジル産紅茶を凍らせて持参。
ちょいと離れたショッピングモールにある劇場で、サンパウロ映画祭に3本、チャレンジ。
チケット売り場が混沌、時間を持て余すどころか。

まずはアルゼンチンの『EL FUTURO PERFECTO』(スペイン語題)、見たかった映画。
ブエノスアイレスにやってきた若い中国移民女性の話だということで。
いやはや、映画の題材はそこかしこに偏在する、と改めて思う。
主人公の通うスペイン語教室が舞台でもあるのだが、実に面白くも奇想天外。

やはり中国人が主人公の『ブエノスアイレス』もそうだが、どうしてこういう映画がブラジルでは見当たらないのだろう?
非中国人の女性監督はこの映画でロカルノで受賞。
登場人物はほとんどが素人だという。

次に見たブラジル映画は、台詞に着いていけず。

今日のトリは韓国映画、英語題で『THE HANDMAIDEN』、これも見たかった。
1930年、日帝占領時代の朝鮮半島が舞台。
朝鮮の地方に暮らす大金持ちの日本人のところに、朝鮮人の若いメイドが雇われるが…
これまた奇想天外。
韓国人の俳優たちが、一生懸命、日本語をしゃべっている。
日本の映画ではタブーの語句まで。

日本占領時代の朝鮮を描いた映像作品を見るのは、他に記憶がないくらい。
グロテスクで言語道断なヘイト差別がまかり通る日本は、韓国に文化面でも大きく差をつけられているのを感じる。
日本でも、機内エンターテインメントサービスでも見るのがむずかしそうな映画を観れた。

地下鉄の終電に間に合うか心配だったが、物取りにも会わずに帰宅できた。
やれやれ。


10月28日(金)の記 5駅歩いて
ブラジルにて


午前中は、書きもの。
昼から、外回り。

在欧州の友人に頼まれて、さる場所がどうなっているかを見に行く。
メールの返しもなく、電話も通じなくて困っているとのこと。

最寄りの地下鉄の駅で下車すると、体調不良。
引き返そうとも思うが、なんとか切り抜ける。

件の場所は、案の定、ひと気がない。
デジカメで写真撮影をして、いちおう隣家に消息を訪ねておしまいにしようと思った。
と、自転車で近所に配達をしているらしい兄貴が、声をかけてくれる。
そこに用があるなら、数軒、手前にある家に行ってみなとのアドバイス。
これがビンゴ、道が開ける。

さあ、次の場所まで、メトロ代ももったいない…
物取りなどのリスクと、天秤にかけながら。
けっきょく、地下鉄で5駅分、歩いてしまう。
久しぶりに、ファインダーを向けてみたくなる光景にも出会えて。

ほどほど爽快に疲れた。


10月29日(土)の記 「ウルトラQ」と「土人」
ブラジルにて


今日は、気ままに過ごさせていただこう。
『「ウルトラQ」の誕生』(白石雅彦著、双葉社)を読み耽る。
改めて「ウルトラQ」というテレビ番組の凄さ、そして僕の人生に与えた影響を思い知る。
著者は秋田で生まれ育ったのだが、秋田では東京より1年半、遅れて「ウルトラQ」が放送されたというのも衝撃。

この本の余波で、午後、「ウルトラQ」をDVDにて1~4話まで観賞。
1966年に放送された「五郎とゴロー」で面白い発見あり。
南洋の島の先住民を「土人」と、新聞社のカメラマンという設定の若い女性が称しているのだ。

時は2016年、沖縄で大阪からやってきた機動隊員が現地の人を「土人」呼ばわりしたことが現在、問題になっている。

「土人」の語は、いつどこで、どのようなシチュエーションと文脈で使われているかをよく吟味する必要があろう。
沖縄での機動隊員の発言は動画で見ることもできるが、これは最もおぞましい形の使用例だと思う。

「ウルトラQ」から約10年、僕の高校時代にクラスの優等生系の女子学生が文集の自分の原稿の筆者名を「アフリカの土人」としたことがある。
自分が色黒であることへの自虐ギャグのつもりだったらしい。
僕は、あんたなんかと一緒にしたら、アフリカの人に失礼だ、という意味合いで反発した覚えがある。

「五郎とゴロー」につながるが、僕が記録とお付き合いを続けたブラジルの博物学者・橋本梧郎先生が21世紀になってからも日本での講演で「土人」の語を使っていることは拙作でも紹介している。
橋本先生の言う「土人」には、先住民へのあこがれ、ポルトガル語でいう「サウダージ」すら漂っている。

土人、土の人、これはほんらい素敵な言葉であるべきだ。
土をおとしめて、まさしく「泥をかぶせて」きたあり方こそが問題だ。
日本の原子力発電産業、そして安倍晋三内閣が、その極にあるといえるのではないだろうか。
原発の燃料となるウランは土のなかから取り出され、その廃棄物もまた土のなかに葬らざるを得ないというのに。

拙作『ブラジルの土に生きて』の冒頭の石井延兼さんの言葉が重いことを再認識する。


10月30日(日)の記 『フクシマ・モナムール』@サンパウロ
ブラジルにて


今日は、これの観賞のために万端、繰り合わせる。
映画館に駆けつけると、前後の回はすでに札止めだったが、お目当ての『フクシマ・モナムール』のチケットは購入できた。

さあ、だいぶ時間がある。
映画館の至近に、気になっていた中国茶店がある。
待望の映画を控えて、中国紅茶をいただきながら姜信子さんの『イリオモテ』(岩波書店)を開くという、至福。

『フクシマ・モナムール』という邦題に日本でも疑問の声が上がっているようだが、ポルトガル語タイトルもこれだった。
ドイツ人の女性監督による、桃井かおりさん主演の力作。
日本のサブカルチャーフェチな部分がにじみ出ているが、あの『HANAMI』の監督だったか。
異色作『HANAMI』も日本ではあまり公開の機会もなかったようだが、この『フクシマ・モナムール』もざっと検索してみると、東京のドイツ映画祭!といった枠で数日、公開されるだけのようだ。

これが今年のサンパウロ国際映画祭7本目の観賞だが、意外にも見事に観客に占める日本人・日系人の割合が低いではないか!
ブラジルの日本人・日系人も日本の原発事故そのものと、海外の有識者がそれをどう見ようとしているかから目をそらそうとしているということか。
安倍政権と電通による愚民化政策の効、ここまで及ぶか。


10月31日(月)の記 マッタ・アトランチカの怪談
ブラジルにて


さあ、明日から今度、ブラジルに戻ってから初の州外遠征だ。
細かい日程は、現地で詰めることに。

旅装の準備、土産類の購入、等々。
もはや映画観賞どころではない心境だが、気になる映画あり。

サンパウロ国際映画祭の枠で、フランス人の監督がブラジルで撮った『マッタ・アトランチカ』という短編。
マッタ・アトランチカは、僕は大西洋海岸森林などと訳すが、お気に入りの森林だ。
その面影を留めるサンパウロの街なかのトリアノン公園を舞台とするホラーだという。

がっかり、なんじゃこりゃ。
素人の学生映画を想い出す。

わが未編集の『マッタ・アトランチカのデンデンダイコガエル』(仮題)の方がホラーかも。
ちょうど今日の日中、その素材の整理を始めたところ。

さてさて、明日は早いぞ。


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岡村淳 :  
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