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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2017年の日記  (最終更新日 : 2017/03/22)
2月27日(月)の記 ザビエルから原城へ

2月27日(月)の記 ザビエルから原城へ (2017/03/03) ザビエルから原城へ
日本にて


今日の日中に鹿児島から南島原の原城跡までたどり着くとなると…
鹿児島中央を7時台に発つ新幹線に乗らなければ、間に合わないことがわかる。

さて。
せっかく鹿児島ザビエル教会とご縁をいただいた。
早朝6時半からのミサに預からせていただく。
この人が、うわさに聞いていたベトナム人のアン神父か。
いいうわさばかり。
笑顔がすばらしい。
今は北アマゾンで奉仕する堀江節郎神父を想い出す。
やさしい言葉で、鋭い本質をわかりやすく繰り返し説教してくれる。

イエズス会士フランシスコ・ザビエルは1549年にここ鹿児島に上陸した。
教会前のザビエル公園で、感極まる。

宿の朝食を早食い、押っ取り刀で鹿児島中央駅へ。
とりあえず、まにあった。
新鳥栖で乗り換え、諫早駅へ。
公共機関利用で原城跡まで行くのは、なかなかややこしい。
島原半島の西を南下、途中でバスを乗り換えるのだ。
日本でバスを乗り換えて目的地に向かうのは、沖縄の旅以来か。

石牟礼道子さんの『アニマの鳥』と、ただいた読書中の飯嶋和一さんの『出星前夜』で慣れ親しんだ地名のバス停が続く。

ブラジルで調べていてわかったのだが、ありがたいことに原城址の徒歩圏に宿泊施設、しかも温泉がある。
原城温泉・真砂。
13時過ぎに到着したが、すぐにチェックインさせてくれた。

禊の湯。
浴場の扉を開けて息を呑んだ。
海側は総ガラス張りで、大浴場の水面が大海原に連なっている。

ありがたし。

ようやく、何年も気がかりだった原城にやってきた。
コートは羽織らず、城址に向かう。
ポルトガル語で「主の祈り」と「アヴェ・マリア」を唱える。

本丸方面から軽自動車がおりてくる。
あ。
犬養光博牧師夫妻とご子息。
僕か、先方の、どちらかが幽霊ではなかろうか。
お連れ合いの素子さんが今朝、原城へ行ってみよう!と言い出したとか。

1538年旧暦2月27日に、幕府側は指令を無視した抜け駆けの城攻めにうながされて総攻撃を開始。
翌28日に落城、天草ジェロニモ四郎も殺害されて世にいう島原の乱は終結する。

そして、沈黙の時代。

犬養一家と別れて、日暮れまで原城址で過ごす。
あっけらかんとした場所だ。

未明にザビエル教会、日暮れに落城前夜の原城址。
はからずも一日で日本の近世キリスト教史を縦貫してしまった。


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