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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2017年の日記  (最終更新日 : 2017/12/10)
4月の日記 総集編 シモタカヤマノボレ 2017

4月の日記 総集編 シモタカヤマノボレ 2017 (2017/04/01) 4月1日(土)の記 ヨーのまちのフードトラックヴィレッジ
ブラジルにて


「ヨー」はブラジルの日系社会に伝わる一人称。
ポルトガル語の一人称の eu が日本式になまり、日本語文脈のなかで使われる。
第2次大戦前に到来した日本人移民と、その影響を濃く受けた子孫などに看取される。

さて。
今日は家族がそれぞれに旅立っていく。
夜、息子と二人残る。

夕食は出前のピザを、という案が出るが、近くの気になるピザ屋で外食しようかという話になった。
行ってみると…
土曜の夜はカラオケバーと化していて、外からもカラオケに合わせて踊っている人が見える。
父と息子がピザを食べる環境じゃあ…

別の店を探すことにする。
このあたりは繁華街というより住宅街だ。
昼間、営業しているレストランも夜は軒並み閉まっている。

なにか食い物系の管板が見えるが…
なんだ、甘味の屋台か。

が、その奥にフードトラックがぐるりと囲んだ飲食スペースがあるではないか。
昼間は、駐車場だろうか。
「フードトラック」という言葉は息子に教えてもらった。
英語起源の言葉だが、調べると日本でも普通に使われるようになっているのがわかる。
ブラジルの広場や繁華街にこの手の場所が増えてきた。
日本ではフードトラックマーケットという言葉も流布しているようだ。
フードトラック村、いやさちょいとしゃれてフードトラックヴィレッジといったところか。

稼働中の店は7軒。
自家製フリカケをウリにする日本系のよくわからない飯屋から、レアもの生ビール各種の蛇口を側面に備えたコンビと呼ばれるフォルクスワーゲンのワゴン車まである。

宿命の親子はブラジルの国道名を付けたハンバーガーをいただく。
ショッピングモールのグローバルチェーンのハンバーガーよりは、ずっと野趣に富んでいてよろしい。
これはナイスなスポットだが、まだあまり知られていないのだろう。
空きテーブルも確保。
なんだかよくわからない店と食べ物は、さすがのパウリスタ―ノ(サンパウロっ子)も敬遠がち。

自宅から歩いていけるし、さほど混み合わずにこのあたりは治安がさほど悪くない。
繁華街の同類の店より値段も控えめな感じ。

週末の夜に訪ねてくるお友だちも連れて来ようか。


4月2日(日)の記 マグナムと自閉症啓発
ブラジルにて


今日はパウリスタ大通りまわりで、ふたつ。

SESIフォトギャラリーの『映画のマグナム』展、今日までだ。
写真集団マグナム・フォトのメンバーが撮った劇映画のスチール写真展。
創設メンバーのロバート・キャパが J・ヒューストンやH・ボガード、B・ワイルダーといった映画人と親しかったために生まれた珠玉の写真群。
映画はチャップリン、モンロー、ジェームス・ディーンの主演作からアントニオーニの『砂丘』、さらに『猿の惑星』等々。

いくつもの要素が重なっていて、それをしっかりとした写真で切り取る。
飽きない写真だ。

今日は「世界自閉症啓発デー」。
今年のサンパウロはパウリスタ大通りのマリオ・コーヴァス公園集合、パウリスタ大通りを練り歩くという計画。
参加者は、青い服着用。
うーん、ずばり青いTシャツは日本に置いてきてしまったな。
水色の長そでシャツに、紺色のベストで行く。

わが家でこの方面の活動で奔走してきた妻は、実家の事情で不在。
この方面はすっかり妻に任せていた。

すでに世代は変わり、きょう出会った知人は数えるほどだ。
が、なんともなつかしいアウチスト(自閉症の人)たち。
ふだんは周囲の不快・軽蔑・好奇の目にさらされ続けている家族だが、ここでは共感ばかり。
アウチストの若者の歌が続くが、こうした音響の苦手なアウチストは少なくない。
「同じ自閉症の人は、二人といない」
こんな言葉が掲げてあったが、まさしくアウチストといっても多様である。
その数はブラジルだけで、200万人に及ぶという。

さあ、今後も一緒にがんばろう。
「神の業がこの人に現われるためである。」
(ヨハネによる福音書 第9章)


4月3日(月)の記 DVDすごろく
ブラジルにて


こちらの関係者に送る分、そして日本に持参する分のDVDの手焼き作業に入った。
マスターのデータを出す再生機がときどき接続不良をおこして、勝手にオフになってしまうことがある。
そうすると、また焼き直し。
焼き上がりをDVD再生機で早送りでチェックすると、10枚に1枚以下だが、フリーズ箇所が発生していることあり。
ディスクをクリーニングしてもNGの場合は、破棄してやり直し。

あ。
『五月の狂詩曲 2017』で致命的ではないが、手を加えたい箇所が出てきた。
オリジナルの編集データに手を加えて、マスターテープを作り直して、それにドロップアウトなどがないか標準速でチェック。

この調子だから、泥沼とはいかないが、ぬかるみを注意しながら、時どき後戻り、回り道をして進んでいる感じ。

今日も一日断食。
サンパウロ出家まで、あと一週間。
たまっている新聞のチェックも、少しずつ。


4月4日(火)の記 イエズスカンパニー@サンパウロ
ブラジルにて


日本からの頼まれもので、わが家からの徒歩圏で見つからないものがある。
思い切って、別の用も抱き合せてダウンタウンの市営市場に行く。

このあたりの安売り街は、通りの名前の略称で「25」と呼ばれている。
先回、25に来たのはなんの用で、いつだったか正確に思い出せない。
その時は路上でやたらに自撮り棒が売られていた。

今回、あれはまるで見当たらず、それに代わるメダマがないようだ。
付け毛というやつだろうか、それを持って「Cabelo(毛髪)」と声を立てるのを何人か見かける。

さて、市営市場で何軒かまわり、アマゾンまで行かないとダメかと思っていたものを購入。
さあ、ダウンタウンのアート系をいくつか見に行こう。

道順にある「コレジオのパティオ」に寄ってみる。
西暦1554年にヨーロッパから到来したイエズス会士たちが、ヤシの葉で葺いたコレジオを立てた場所で、これがサンパウロの名称と町の起源となった。

ブラジルに最初にイエズス会士が到来したのは現在のバイーア州で、1549年。
フランシスコ・ザビエルが鹿児島に到着したのと、ずばり同じ年だ。
イエズス会を通して、僕のなかの日本とブラジルがつながった。

イエズス会史の絵本、そしてコレジオ鉛筆を購入。
今日は、よく歩いた。


4月5日(水)の記 OUTBACKの風景
ブラジルにて


わが家から地下鉄で二駅の駅に接続するショッピングモールにある、オーストラリア風ステーキチェーン店OUTBACKへ。
平日の夕方6時過ぎで、広い店内がそこそこふさがっているのが驚き。

こちらのテーブルの僕の席から、ボックス席の若い男子カップルが目に入る。
夕がた6時過ぎで、そこそこ激しく抱擁と接吻を交わし合っている。

店内には、オーストラリアにちなんだ風景写真などが随所に飾られている。
日本で『ハクソー・リッジ』という原題をカタカナ化した邦題で近々、封切られる映画を想い出す。
ブラジルでは1月末に封切られて、サンパウロではもう公開館はない。
メル・ギブソン監督、アンドリュー・ガーフィールド主演で第2次大戦中の沖縄の激戦を描く。
ガーフィールドは『沈黙』のイエズス会士・ロドリゴ神父よりこっちのほうがずっとはまり役で、いい。
さて『沈黙』のナガサキはオール台湾ロケだが、ブラジルのタイトルを邦訳すると『最後のひとりまで』となるこの映画のオキナワはオーストラリアでロケされたようだ。
主人公がラスト近くで水を浴びるシーンがあるが、その後ろに写り込んでいた木は、ユーカリではなかろうか。

鶏のから揚げが運ばれてきた。
その骨を見ていると…
昨日、訪ねたコレジオ付属の聖アンシェッタ教会の聖遺物を想い出す。
イエズス会士アンシェッタ神父の大腿骨が飾られているのだ。
かなり骨太。
ヨーロッパでは聖人の遺体がそのまま腐敗もせずに残っている例が多い。
亜熱帯のサンパウロでは、遺骨が400年以上残っているだけでも驚異かと。

月曜に断食したので、今日もアルコールはお預け。
お代わりし放題のクランベリー風味のアイスティーをがばがばいただく。


4月6日(木)の記 サンパウロのあまやどり
ブラジルにて


めずらしく、朝からけっこうな雨。
日本の雨の表現をみてみる。
この雨を例えると…
篠突く雨、といったところか。
雨の表現が印象的な星野智幸さんの処女単行本『最後の吐息』を引っ張り出す。
きっちり読み直したいところだが、いまはお預け。

午前中に銀行の払いもの、訪日土産の買い出しに行こうと思っていたが、出鼻をくじかれる。
ひたすら、日本のあちこちにメールをしたためて送る。

午後、買い物に出るが…
見事に雨にやられる。
途中のガソリンスタンドで雨宿り。
バイク便のお兄さんたちもビバークして、ヘルメットから靴まで仕切り直している。
路肩は洪水状態、気分は『羅生門』の下人。

あまやどりの時間も悪くはない。

拙アパートに戻ると、台所と洗濯スペースの窓を閉め切っていなかったので、ぐしょぐしょ。
こっちに降り込むことはめったにないのだが。


4月7日(金)の記 読む魔境
ブラジルにて


ちびちびとした疲労がたまっているのかもしれない。
訪日前に済ますべき通信系の作業がまだまだなのだが。

来週月曜に出家をするので、まるまる残された平日は今日のみ。
が、身心が一服を求めている。

ごろりんとして『魔境マットグロッソ』(平島征也著、不知火書房)の残りを読み終えることとする。
先回の訪日時に奇縁から入手した書。
正直なところ、題名、そして時代がかった表紙の写真から、古本屋で見るような何十年か前のハッタリくさい本の再刊かと思っていた。

ところが、どっこい。
よくぞこんな体験をして、そもそも生き延びて、それを誠実に綴ってくれたものと感服。
20代にしてブラジルのマットグロッソ州の原生林に踏み入り、ひとり生活を続けた筆者の当時の回想記だ。
表記の若干の誤りが気になるが、この手の本にありがちなウソハッタリ、知ったかぶりがなく、筆者は謙虚かつ慎重なのが、これまたすごい。

かの松井太郎さんの『うつろ舟』をほうふつさせるスペクタクルもあるが、おそらく松井さんと平島さんの接点はないことだろう。
まったく、すごい本だ。

午後から、たまった作業を再開。



4月8日(土)の記 カタコンベのバッハ
ブラジルにて


先日、サンパウロ発祥の地であるパテオ・ド・コレジオに寄った時、聖週間を記念して8日にここでバッハの観賞会があるというポスターを見た。

訪日目前で残務雑務は事欠かないが、思い切って腰を上げる。
なんと会場は、ここの地下にあるカタコンベ。

生演奏かと思っていたら、コピー版を聴きながら講師が解説するというものだった。
音楽はバッハのカンタータ『キリストは死の縄につながれ給いしが』、BWV4番。

そもそもバッハはルター派の信仰を持ち、このカンタータの歌詞はずばりルターが作曲したもの。
それをブラジルのカトリックの核、聖地であるサンパウロのカタコンベで学ぶというのが面白い。

いやはや、想像もしなかった。
この歌詞そのものが十字架の図形をなし(書家の伊藤明瑞を想い出す)、曲の楽譜のなかにもクルスが散りばめられているという。

イエスの死と復活と、われわれ凡人の生と死の関連についてのキリスト教の教義はちょっとわかりにくい。
あとでこのルターの歌詞の日本語版を探してみると、この歌詞がそれをダイナミックに説明していた。

音楽の専門的な話は、日本語で聞いてもどこまで理解できたかどうか。

僕もいろいろな場所での上映活動をしてきたが、墓場や納骨堂でのライブ上映というのは、まだやったことがないな。


4月9日(日)の記 謝肉の主日
ブラジルにて


ふつう、サンパウロにいる時の日曜日は近くの路上市で刺身用の鮮魚を買う。
が、明日、サンパウロを出家する。
日本で自分で鮮魚を買って刺身におろすことはまずないが、外でいただく機会はブラジルより桁違いに多い。

数年前にブラジルに来た日本の寿司職人が、日本の魚とブラジルの魚では刺身のネタとしては「数光年の隔たりがある」と発言したと当地のポルトガル語の報道にあったのを思い出す。
日本語ではまず使わない表現だが、どのように意訳されたのだろう?

日本で極上の食材とは縁がないせいか、僕はサンパウロの路上市で手に入る魚の刺身に十分に満足しているのだが。

それはさておき、子供たちもかんがみ、また日本では高級な肉は魚以上に口に入ることもない。
今晩は刺身はやめて、すでに買ってあった牛のフィレミニヨンを焼肉でいただくことにする。
当地でも安くはないが、キロ当たりでマグロやチリの養殖サーモンよりは安価になる。

塩コショウのみの味付けとして、変化球で大根おろしベースのタレをつくって。
「おいしい」が連発される食卓のうれしいさ。
牛さん、ありがとう。


4月10日(月)の記 たびたびのたび
ブラジル→


もう二日、いやさもう一日ぐらい欲しかったな、と思いつつ、サンパウロ出家の日を迎える。

土産類はひと通りすでに買ってある、はず。
し残しの、そして新たな連絡をいくつか。
電話も不自由な方に、カードをしたためて投函。

今回も日本への預かり物が、担ぎ屋なみの量だ。
おそるおそるスーツケースの詰め込みを行ない…
どうやら、なんとかなりそうだ。

たまっている古新聞を少しでも減らす。
アパートのリサイクル資源置き場まで、三往復。

いやはや、先回ブラジルに到着してから、ひと月足らずでまた出家。
ごろりと気ままに好きな本を読めるときを、夢想。


4月11日(火)の記 雲上の銀幕
→エチオピア→


エチオピア航空サンパウロ発ロメ経由アジスアベバ行きは、満席。
機材はB-787系だが、3月の利用時より新型だ。

楽しみの機内映画は…
どうやら、先月とまるで同じ。
ま、掘り出し物を探すか。

日本映画はアジア映画のジャンルのなかだが、ブラジル映画はひとつのジャンルとなっている。
邦訳すると『月と いて座』、英題 MOON IN SAGITARIUS というノーマークの映画あり。
ブラジル南部サンタカタリーナ州の田舎町の女子高生が主人公。
この州は、コロンビアで飛行機事故に遭ったサッカーチームのシャペコエンセのホームグラウンド、シャペコのあるところ。

主人公の少女は、なんと「土地なし」と呼ばれる農地改革地区に住む青年と恋愛に落ちるのだ。
「土地なし農民」と呼ばれる農地を所有しない農民たちは、農地改革によって合法的に農地を獲得しても「土地なし」と呼ばれて差別や偏見にさらされることがしばしばだ。
この問題は、一般のブラジル人にとってもわかりにくいのだが、そんな地味でややこしい問題に取り組んだ映画人に拍手。
興行的には厳しかっただろうし、著名な映画賞を獲得したような形跡もなさそうだ。
が、4本のブラジル映画のなかに選ばれているので、こうして思わぬ人、見るべき人の目に触れる機会があるというもの。
この映画、主人公の少女がもうちょっと魅力的だったらよかったのだが。

さて、現実。
機内で知り合った、ブラジルから日本へ引き上げるという幼児連れの日系家族といっしょにトランジット、香港経由成田行きに乗換え。
話してみると共通の話題もあり、なんだか昔からの知り合いみたい。
ふと山田洋次監督の『家族』を想う。
笠智衆演じる祖父の霊名は、ベルナルドだったな、たしか。


4月12日(水)の記 The Violin Player
→日本


サンパウロから成田まで、機内食計6食。
最後まで見た映画は、計7本。

アジスアベバからは中国映画、韓国映画、ブラジル映画、アフリカ人が主人公のフランス映画などを鑑賞。
特筆は、インド映画『The Violin Player』。
いきなり歌と踊りばかりがインド映画ではなかった。

ボリウッド映画の映画音楽を演奏する楽団にいたヴァイオリニストが主人公。
職を失ない、雑居街のわが家で無為な日々を過ごしている。
外働きをする妻との関係もとげとげしくなってきた。
彼は当てもないまま、ヴァイオリンを持って街に出る。
すると、電車の駅で自分を凝視する男がいる。
男は彼に、映画の音楽の演奏を依頼したいというのだが…
良質の短編説話の味わい。
この映画に出会っただけでも、エチオピア航空アフリカ周りの旅は甲斐があった。

香港経由で、成田着。
たいへんな量の荷物と幼児を抱えたブラジル日系家族の荷物運び、そしてマンガにあこがれて日本に来たブラジルの少女と付添いの母親が神保町のホテルに行きつくまでの足の手配のお手伝い。
自分の東京行きバスは、最終便となる。

目黒の実家にたどり着いたのは、23時過ぎ。
急げば、24時閉店の流浪堂さんへの挨拶は間に合うかも。
荷物はそのまま、ざっとシャワーを浴び、ヒゲもそらで走りつつ学芸大学へ。

途中、マスクをした女性に呼び止められて、目黒病院はどこかと聞かれる。
零時前に場所のわからない病院を探すとは、いかなる事情か…

流浪堂さんに駆けつけ。
これでようやく日本に戻った気になった。


4月13日(木)の記 狂い桜
日本にて


思えば、月曜朝にサンパウロで起床してから50時間ほど横になれず。
加えて12時間の時差。
訪日直後は毎度ながら、起きていても寝ていてもつらい。

そうも言っておられず、何から手掛けようか。
徒歩での外回り開始。

足を延ばして、満開は過ぎたという目黒川の桜を見に行く。
遠目に、鮮やか。
聞いてはいたが、たしかに中国人が多い。
人出をざっと見積もって3分の一は中国系、5分の一が欧米系を主にその他ガイジン、残りが邦人といったところか。
目黒川の水面を覆う桜の無数の花弁もあっぱれ。
どう撮っても絵になる光景だ。
中目黒駅近くは、桜より人出と出店に圧倒されてしまうが。

それにしても、僕の子どもの頃、そしてブラジルに移住する前には目黒川の桜って、聞いた覚えがないのだ。
実家の近くの桜といえば、祐天寺、油面公園、旧区役所近くといったところか。
以前、この疑問をネットで調べたが、わからないまっまだった。
今回は、ヒット。

現在、咲き誇っている目黒川沿いの桜は1987年に移植されたとのこと。
その時ですでに15年ほど経った成木だったそうだ。
1987年は、ちょうど僕が一移民としてブラジルに渡った年だ。

さて、忌み嫌うこととして想い出すことも控えていたわが高校時代。
奇縁から、特に昨年から関係者と急接近した。
僕の頃は東京都立大学付属高校、というこれはこれで芸も色気もない名前だった。
別にこの高校に行きたかったわけではなく、自分の学区と学力に合わせて合格したのが「23群」という三つの高校群で、勝手にこの高校に振り分けられた。

そしてこの高校は西暦2006年から中高一貫校となり、まさしく勝手に「桜修館」という名前にされてしまった。
なんだよ桜修館って、どっかの藩校かよ。
こっちはいまだに反抗期だ。
校名の方は、「理由なき藩校」のようだ。

その校名変更の経緯に触れた「都立大学付属高校卒業生・元職員有志の会」発行の2005年10月の報告書を卒業生の有志からいただいた。
この報告書にある記載によると、この校名は正式決定前に都の公式ホームページに記載されているが、命名の理由や出典などは公表されなかった由。
この報告書に同年9月の東京新聞の記事が紹介されているが、それによると校名は教育委員会にはかられ、全員一致で選ばれたというが、他の二つの案は非公表とされた。
通常、都立の校名は地名にちなむものが圧倒的に多い。
この記事によると、第二次大戦前に作られた同校の校歌の二番の歌詞に「国の誇りの桜花」とあり、校章にも桜があしらわれているからだという。
しかしそもそもこの校歌の二番は日本の敗戦後、戦争のイメージがあることから忌避されて歌われなくなっていたのだ。
校章の桜など記憶にもないが、僕の幼稚園も小学校も中学校も桜をあしらっていたような記憶があるぞ。
「修」には中高一貫教育の狙いを込めたそうだ。

卒業生と元教師有志の会はこの校名に反対の陳情を出し、一般公募も唱えたが、聞き入れられることはなかったのだ。
時は、石原慎太郎都知事がこの世の春を謳歌した時代。
教育委員会の役人たちが、石原に「忖度」しての臭く無理のあるネーミングを「全員一致で」押し切った疑いが濃厚だ。

いっそのこと、校歌は『同期の桜』にしたらいかがだったか。
教育方針に感動した都知事も、防衛大臣も総理大臣もご夫人も、ごっそり寄付金を置いていくのではないか。

♪貴様と俺とは 同期の桜
 同じ兵学校の 庭に咲く
 咲いた花なら 散るのは覚悟
 みごと散りましょ 国のため

 貴様と俺とは 同期の桜
 離れ離れに 散ろうとも
 花の都の 靖国神社
 春の梢に 咲いて会おう

桜に浮かれているうちに、「また」命を奪われるぞ。


4月14日(金)の記 手がくひと
日本にて


訪日後、最初の小さからぬミッションは、流浪堂さんに主催していただいている学芸大学ライブ上映講座のチラシづくり。
これまでは、絵ごころのあるさまざまな友人知人にお願いしてきた。

今回訪日時のこの上映講座は、全2回。
注文が多い割に御礼というほどの御礼もできないため、あらたにどなたかに頼むのも恐縮していた。
今回は、思い切って僕が手書きでつくってみることにしたが…

祖国で何度か披露した写真紙芝居用にA4サイズのカラーに紙焼きした写真をベースに使ってみよう、と構想。
これを白黒で薄くコピーして、それを地に文字を書いてみようという計画。
白黒にするのは、経費と製作日数の削減のため。
格安印刷に出すと数日はかかってしまう。

昨日、厳選した紙焼き写真数点をコンビニに持ち込み、コピーをしてみるが…
うーむ、なかなかいいグラデーションが出ない。
さあどうしよう。

ブラジルから担いできたノートパソコンのペイント機能を使ってやってみようか。
いじってみるが…パソコンインストゥール済みのペイント機能では、然るべき文字を乗せることができないようだ。

深夜にいろいろやってみるが、行き詰まる。

朝になったら祐天寺の文房具店ソーマさんに行って、コピーを取ると方眼が映らない方眼紙を買ってこよう。
あれをベースにして写真の一部を貼り込み、残りの部分に文字を書きこんでみよう。
あるいは透明のものに書きこんでみるか。

午前8時開店早々のソーマさんへ。
これこれしかじかのものを、というとソーマ夫人は「いまはもうないかも…」と2階に探しに行かれる。
もう、ああいうのを使っている人は絶滅したのか。
なかったらどうしよう。

あった、あった。
PPC用原稿用紙というのか。

実家に戻って、作業。
こうした手仕事は『岡村淳の脳内書棚』展の準備以来かも。
チラシの文字情報が多い。
バランスを大切にすると、なかなかむずかしく、何度もやり直し。
油性ペンを使って、太書き細書きのメリハリをつけようとすると、太書きの方の漢字の細部がつぶれて読みづらくなってしまう…

今までチラシをつくってくれた方々に手書き文字を頼んで、どの字が読みづらいなどと注文を付けてばかりいた。
が、自分でやってみてその大変さがよくわかりました。

今晩は下高井戸シネマのドキュメンタリー上映特集の前夜祭。
それに行く前になんとか仕上げてテストコピーを取って、流浪堂さんに見ていただかないと。

流浪堂の二見さんからはとりあえずオッケーをいただいた。
前夜祭から帰り、コンビニでちょっと気になる細部を手直してふたたびコピーをチェック。
いやはや。


4月15日(土)の記 よみがえれ画家
日本にて


一昨日、なんの予備知識もなく、目黒川の桜巡りに合わせて訪れた目黒区美術館の「よみがえる画家 板倉鼎・須美子展」。

目黒区美術館は昨年度末の企画展がちょっとお粗末だった。
僕は年間会員なのだが、その更新を願う手紙には旧年度のプログラムが同封されているなど、ブラジル以下の事態で、目黒原人としては恥ずかしい思いがしていた。

が、今回の展示でぶっ飛んだ。
寡聞にして名前も存じなかった板倉鼎の二十歳前後の、水まわりの絵に打たれた。
モネを咀嚼して、日本のアート、水環境に発芽させたというか…
タルコフスキーの世界にまで思いは拡がる。

今日の14時からギャラリーツアーがある由。
目黒まわりの用足しの合間に行ってみる。
祐天寺から学芸大学へ、そして目黒通りから目黒川沿いの美術館へ。
だいぶ歩いた。
腕時計を見ると15分以上の時間があるので、館内の格安カフェにでもと思うが…
すでにギャラリーツアーは始まっている由。

どうやら僕の腕時計がいったん止まって再稼働したようで、30分以上遅れていたのだ!
残念ながら冒頭を聞き漏らす。
まあ、約束の用事に向かう飛行機やバス電車の時間でなくてよかった、と思うか。

先回はほとんど目に留まらなかった妻の須美子の作品も、立ち止まって説明も受けて観ると、これがまたよろしい。

一昨日に観賞した際に知った、この夫妻の人生そのものに衝撃を受けた。
まさしく「よみがえる画家」である。


4月16日(日)の記 同期の桜はクローン桜
日本にて


カトリック歴では、今日がイースターの復活の日。
日本でも、ウサギとタマゴとチョコレートあたりのイメージでイースターを消費しようとしている傾向がうかがえるようになった。
バレンタインデー、ハロウインに続いてか。
イエス・キリストの復活という本義を抜きの商売化は、さすがにむずかしいだろう。

鈍行列車で北上、沿線の桜を眺めながら水戸へ。
水戸芸術館で、藤森照信展を鑑賞。
ミトゲーは、それこそアホな大臣に突っ込まれそうな、キュレーターとアーチストだけが盛り上がって観客が取り残されているような企画が少なくなかった印象があった。
が、今回はよろしかった。
副題は「自然を生かした建築と路上観察」。

とくに路上観察学の展示が面白かった。
あらためて路上観察学の成果を写真で概観すると、僕がスチール写真でとらえようとしてきたものとかなり重なることに気づく。
I am not alone という気付き、これは大きい。

今日は、水戸での人目をはばかるプロジェクトが思わぬ事情で中止となった。
いずれにしろ、夕方から上映を予定している蕎麦処にのまえさんに、早めに in。
眞家マスターと近くの古墳に花見に行く。

今回の訪日後、桜というのがあまりに一斉に開花することに素朴な疑問を抱いていた。
そもそも、植物は何のために花を咲かせるのか。
他の生物による受粉を促すためには、あまりの一斉の開花は不都合ではなかろうか。
こんな質問をぶつけることができた橋本梧郎先生は、黄泉路に旅立って数えで十年。

実はたいへんな思索家で理系の大家でもある眞家マスターに聞いてみる。
まさしく二つ返事で、しかも極めてわかりやすくショッキングな答えをいただいた。
そもそもソメイヨシノはエドヒガン系の桜とオオシマザクラの人工的な交配で生まれた園芸品種である。
現在、存在するソメイヨシノは接ぎ木などで増やしたもので、すべてクローンだという。
この理屈は僕のアタマではよくわからないのだが、花は咲かせても実生によってソメイヨシノが芽生えることはないとのこと。

極めて日本的なイメージとされているソメイヨシノの満開というのは、明治の半ば以降のものだった。
なんだよ、クローンかよ。
このことを考え直すことは、けっこう大事かもしれない。
意外な呪縛から、脱却できるかも。

して、今日の上映は『消えた炭鉱離職者を追って サンパウロ編』。
対話もお蕎麦も日本酒も、おいしくいただけた。


4月17日(月)の記 ねばり丼の簡単な考察
日本にて


水戸の蕎麦処にのまえさんでの数重なる上映のおかげで、水戸のビジネスホテルにはけっこうあちこち泊まってきた。
特にとっかえひっかえ泊まってみようという意欲も枯れて、昨今は駅から近く、格安で朝食付きインターネット完備、できればアーリーチェックイン可能な所という条件で探している。
今回は「みまつ」という老舗系の本館に初挑戦。
一泊朝食付きで3000yen台というから、清貧の映像作家の味方といっていい。
ボリュームたっぷりの朝食が話題、と予約サイトにあったが…

いやはやこれはすごい、この価格なら。
「納豆すくい」とウエブサイトにあったが、洗面器ぐらいの大きさの容器にひしめく納豆を、まさしくオタマですくい放題。
張り紙があり、水戸名物「ねばり丼」をお試しあれ、とのこと。
洗面器の近くに輪切りのオクラ、すりおろしたトロロ芋、ネギ、カツオ節の粉、からし、味付け海苔などが置かれていて、これらをお好みでよそって出し汁をかけていただく、というもの。
温泉タマゴも置かれていて、これもトッピングするのがオススメとのこと。

置かれているお茶碗が丼ではなく普通サイズなので、さすがに温泉タマゴまでは乗せきれない。
お味の方は、ねばねばばかりでかっくらい、味わっている気もしない。

部屋に戻って、「ねばり丼」とやら、ホントに水戸名物として存在するのか等、ネット検索。
ふむ、たしかにある。
役所主体で近年、ご当地飯として考案された由。
他のネバリものとして、ナメコあたりもトッピングされるようだ。
ネット上のコメントとして…納豆だけで食べたかったとの記載。
いたく同感。
せっかくのご当地納豆を吟味することができなかった。
はっきり言って、これは残念の部類。

ねばり系の食べ物として、僕は「山形のだし」がお好みで、ブラジルで自分でもこさえている。
山形のだしの場合、粘るものは納豆昆布にオクラぐらいだが、それでもそうとう粘りが強いがキュウリやミョウガなどのさっぱり夏野菜がそれに拮抗してくれて、絶妙な味わいとなる。
水戸ねばり丼はねばねばばかりの混在で、味わうどころではなく、口に含んでも嚥下後も、ただ口直しをしたい気分。

一回こっきりの話の種にはなっても、とてもリピートする気にはなれない。
水戸のお役人と料理人、よく咀嚼してから、ご当地飯を喧伝していただきたい。


4月18日(火)の記 目黒の猫の額から大アマゾンの黒土を想う
日本にて


なんだか身心が快調とは言えない。
下高井戸シネマでは「優れたドキュメンタリー映画を観る会」キュレートの上映がモーニングショー、レイトショーで開催中だが…
おそらく映画館の椅子に座れば、眠ってしまうことだろう。
お金もかかるし、イビキでもかかないか心配である。
失礼させていただこう。

そもそも自分の上映関係での諸々の発送、金曜に迫ったシモタカでの拙作上映の一本釣り案内など、残務雑務が山積みである。
今日は実家での作業、徒歩で回れる範囲の諸々の用足し、そして休息とする。

実家では自炊をするので、ささやかだが生ゴミ系も出る。
亡母の居室だったところに猫の額ほどのベランダがあり、そこに散布して土をかけていた。
この程度ではなかなか分解しない。

いわゆるコンポストづくりの簡易版はできないものか。
ネットでちゃちゃっと調べてみる。
しかるべき容器で土を混ぜること、適当な水分が必要なこと。
専用の安くも小さくもない容器の購入は恐れ多い。

ヒャッキンで買えるものどもで応用が利くか、みてみよう。
外回りの際、3軒ほどヒャッキンをハシゴ。
フタ付きの適当なものは、ないな。
大きめのバケツ系、そのフタ代わりに洗面器を購入。

近年、アマゾン河本流沿岸に分布するテーラ・プレータ、黒土と呼ばれる土壌が注目されている。
有機物に満ち満ちていて、作物の栽培に格好だ。
この土は先住民が土壌にさまざまな有機物を混入して、さらに膨大な時間をかけてつくってきたことがわかってきた。

「優れたドキュメンタリー映画を観る会」上映週間の前夜祭で上映された『人生フルーツ』の主人公、津端秀一さんの言葉を想い出す。
子孫たちに、いい土をのこしたい。

かたや安倍晋三政権が固執する原子力政策は、土を、環境を、人のいのちをどのように壊滅させ続けようとしているか。

ひとりひとりが日常で闘っていかないと。
「糞土師」と称するノグソ徹底の方には遠く及ばないけれども。


4月19日(水)の記 そば打ち映画の出前上映
日本にて


花園神社を通って、新宿ゴールデン街の佐々木美智子さんのお店「ひしょう」に届け物。
各駅停車で今度、ライブ上映をしていただく高円寺駅を見やりつつ、西荻窪へ。
APARECIDA到着、店主のWillieさんとよもやま話。
恥ずかしながら僕は存じ上げなかったのだが、ブラジルの国民的ミュージシャンだというSergio Agostoさんが来店。
セバスチャン・サルガドのような風貌。
予備知識なしに、セルジオさんとポルトガル語で世間話。
気さくなおじさんだった。

今日は最新の短編を3本、一挙に上映。
作品の関係者、オカムラ系、ブラジル音楽フリークの方々が混じって一期一会の宴。
最も長尺の『金砂郷に打つ』は水戸の「にのまえ」の眞家さん夫妻と常陸太田の山峡の農家の老夫婦のお話。
関係者以外には初公開で、どのように見てもらえるかドキドキであった。

それなりに面白がってもらえたかな。
農に関わる人から、岡村が日本の農民を被写体にしたことへの感慨の声。
ぜひ「にのまえ」に行きたいという複数の声、おそばが食べたくなったとの声。
ということは、成功かも。

僕は誰に向けてなにをしているのか等々、いろいろな気付きをいただいた。

最後の『佐々木治夫神父の死者の日のミサ』では心ふるえる記載をアンケートにちょうだいする。
この仕事を、やってよかった。


4月20日(木)の記 たれか母校を想はざる
日本にて


まずは、担ぎ屋。も
祐天寺の実家からDVDポータブルデッキに加えてスピーカー類も担いで、都立大学駅で下車して『シン・ゴジラ』ゆかりの呑川を少し下る。
今日の上映の主催者のおひとりのお宅から、プロジェクターの担ぎ出し。
スピーカーとプロジェクター、会場にむかって学芸大学駅へ。

今日は、鷹番住区センターとは、別。
奇縁から、僕が封印していた出身高校の、教員と卒業生の有志の会の方々と知り合った。
僕は高校3年の時に、クラスメートの「よい子グループ」に利用されて、おとしめられて、裏切られるという喜劇的な体験をしている。
この有志の会は教科書問題から海外支援、護憲活動などさまざまな社会活動を継続しているが…
かの「よい子グループ」や当時、高校でえらそうに振舞っていた連中はまるで関わっている気配もないいう、後日談の喜劇。

会場では、80代の女性二人が壁にスクリーン用の白紙を試行錯誤しながら貼り付ける。
僕の方はプロジェクターとスピーカーの設置に専念。
某エコロジーカフェよりは、はるかにすばらしい上映環境ができたぞ。

今日の上映は『リオ フクシマ』。
いらしてくれた方々のリアクションが、最高級にいい。
女性が大半で、現役で家事を担っていらっしゃるのだろう、17時前には散会。
こちらも、心地よい疲労感。

さて。
思い切って、前夜祭だけしか行けていなかった、下高井戸シネマのドキュメンタリー映画特集に、行ってみるか。
今晩は『夜明け前の子供たち』という半世紀前の記録映画。

なんと、会場は補助椅子もぎっしりの満席ではないか。
日本の福祉ドキュメンタリーの原点とされる映画。
こちらは、身心の疲労から…
映画館の心地よい椅子で、ほとんど安眠してしまった。
イビキをかかなかったか、心配。

やはり自分の上映と他人様の作品鑑賞のダブルヘッダーは、無理、とわかりきっていたけど、いやはや。


4月21日(金)の記 シモタカヤマノボレ 2017
日本にて


さていよいよ。
今回訪日前半最大のヤマ場。

5週間の訪日中、終了したもの、決定済みのもの合わせて18回のライブ上映がある。
うち、映画館での上映は今日の下高井戸シネマのみ。
そもそも拙作が映画館でかかるのは、稀有の機会。

映画館での上映というのは、映画館側にとってはあくまでも興行である。
こちらにとっても、けっこうなプレッシャー。
それなりに集客には尽力させていただいたつもり。

他の作業にもあまり身が入らない。
緊張のせいか、高い血圧もさらに高くなっている。
折しも同じ映画館で、拙作の前に加藤泰監督の記録映画『ザ・鬼太鼓座』が上映されている。
今日が最終日。
太鼓の演奏をどう表現するかは、これまでの反省と今後のために観ておきたい。
よし、虎穴に入らずんば虎児を得ず。
シモタカヤマノボレ。

電車の時刻の読み間違え、接続の悪さ。
明大前から下高井戸まで歩いた方が早そう。
すでにこの手は何回か使ったことがある。
駅員に確認した方向を急ぎ足で行くが、どうも景観が違う。
90度、ずれていた。
冒頭を見逃す。
活動屋がロケハンも繰り返して、脚本もあって作り込むドキュメンタリー映画と僕あたりのとは、別次元のシロモノだな。

さて、自分の上映だ。
トラウマとの再対話。

『ザ・鬼太鼓座』最終回の倍近くは入ってくれたかな。
みなさん、ありがとうございました。

優れたドキュメンタリー映画を観る会の飯田代表より、近くの居酒屋で懇親会をやりましょうとお招きをいただく。
一般の方々にも声をかけるが、映画館との諸々で僕が動けず。
ようやく居酒屋へ駆けつけると、すでにオーダーストップ、待機していただいた方々も帰られていた。
申し訳ありませんでした。

飯田さん、そして残ってくれた有志と、なおも入れる店を探して、けっきょくイタリアンへ。
お開きは午前2時。
お待たせしてしまった方々への反省の罰ゲームとして、岡村はマンガ喫茶で夜を明かす。


4月22日(土)の記 東京堂で買いましょう
日本にて


あたりの微風を感知して、それに身を任せてみる。

奇縁で知り合った金井真紀さんの新著『はたらく動物と』の出版記念イベントに参加することにした。
場所は神田神保町の東京堂。

僕は学生時代、そこそこ神保町も通ったが、この書店は記憶にない。
イベントには大阪から上京した盲ろう者と盲導犬、そして何人もの通訳者が登壇、大掛かりだ。
この本を発行した「ころから」の木瀬貴吉さんは昨年、拙作の上映にいらしてくれていたという奇遇。
それにしてもむずかしいイベントを実現した金井さん、木瀬さん、そして東京堂もタダ者ではない。

折しも東京堂では拙著を出版してくれた「港のひと」さんの記念フェアを開催中という奇遇。
拙著もポップを添えて平積みにしていただいている。

ここのところ、訪日しても古本屋ばかりで新刊本屋を歩くこともまれになっていた。
ところがこの東京堂、そんな僕の食指を引っ張る本がごそごそあるではないか。
アマゾン買いしようと思っていた、小さな本屋では難しそうな本も簡単に見つかった。
アマゾンにはない怪獣系DVDマガジンもあったぞ。
いやはや、こんなに本を買い込むのは久しぶり。
レジでは、外は雨が降ってきたからと、手提げ袋にビニールをかぶせてくれる。

店内のカフェで、ほうじ茶ラテというのを飲んでみながら『はたらく動物と』の読み残しを読了。
金井真紀さんという書き手に魅了される。


4月23日(日)の記 新宿泥縄日記
日本にて


日本で、取材や撮影がらみでなく観劇するというのは、学生時代以来かも。
新宿花園神社の境内での水族館劇場の公演最終日。

19時スタート、17時から入場整理券を配るという。
17時20分ぐらいに着くと、220番。
さあ開演まで、近くのゴールデン街の「ひしょう」の佐々木美智子さんに届け物をしてから、本を読むのに適したカフェでも紹介してもらって、と考えていた。
花園神社の拝殿前で、友だちを連れたイラストレーターの こうのまきほさんと、ばったり。
彼女たちも開演待ちだった。

ふたりともゴールデン街未体験とのことで、ヤリテおやじが案内することに。
話してみると、連れの彼女はNHKの佐々木さんの登場する番組を見たというではないか。
急な階段を上って、開店待ちの佐々木さんと談笑。

さて、水族館劇場。
場所柄、セリフが聞き取れなかったり、ストーリーにきちんと付いていけなかったりするが、驚きのスペクタクル。
電子仕掛け以前のアナログ、手仕事のダイナミズムがすごい。
ブラジルのカーニヴァルの仕掛けに通ずるかも。

押しずし状態に詰め込まれた観客の大半は若者たち。
ここに、希望があるかもしれない。


4月24日(月)の記 千歳烏山の追憶
日本にて


夕方からの世田谷は千歳烏山での上映の前に、知人のお見舞いでも、と考えていた。
が、今日の上映予定3作品の素材を確認してみて『鎌倉の近代美術館の灯を消さないで』のDVDが見当たらず、うろたえる。
同じところを探して何度目かに発見。
再生を確認してみると、エンディングの字幕メッセージのところでフリーズしてしまうではないか。
ディスクとデッキのクリーニングをしてみても、NG。

急きょ在鎌倉のこの作品の主人公、藤本美津子さんに電話をしてみるが、ご自宅も携帯電話も録音メッセージ対応になっている。
別の上映作品に切り替えもありうる、とオンラインで告知。

午後になって、東京に来ていたという藤本さんと連絡が取れ、鎌倉のご自宅で素材をピックアップして上映会場まで素材を持ってきてくれるという。
ありがたし。

そんなこんなで、上映直前までばたばた。
楽多さんには、濃ゆい方々に集まっていただけた。
日本ロケの短編3編に加えて『緑の砂漠か緑の再生か ブラジルのユーカリ植林と日本』も上映。
この作品が皆さんに最もインパクトを与えたようだ。


4月25日(火)の記 川越観劇
日本にて


祐天寺駅から川越市駅まで、乗換え一回、しかも向かいのホームに移動するだけでオッケー。
まずは大衆演劇鑑賞付きのスーパー銭湯へ。

人工温泉施設そのものは、ナミ。
入湯を済ませてから、観劇スペースに向かい、ランチを頼む。
場内は年配の女性が中心で、空席を探すのが大変なほど。

日本でナマの大衆演劇を見るのは、はじめてだと思う。
九州がテリトリーだという菊川大五郎一座。
出し物は「身代わり孝行」。
人情芝居、よろしいではないか。

休憩に引き続き、舞踊ショー。
座長の菊川大五郎が女形で竹久夢二の世界から抜け出てきたような和洋折衷装の女性に扮し、女性歌手がカバーする『悲しくてやりきれない』を舞うのが、あっぱれ。
いやはや、盛りだくさんに楽しませてもらった。
中学時代にたまたま見て、とりこになった映画『旅の重さ』を想う。

芝居はよろしかったが、食事スペースが禁煙ではないので、手前のいい歳こいた女と男がばかばか毒煙をまき散らしてくれた。
もう一度、入湯して洗髪もしないといたたまれない。

入湯後、川越に新居を構えた友人夫妻が迎えに来てくれる。
川越散策のあと、新居にお招きいただき、心のこもった珍味美味をたっぷりいただく。
至福の川越。


4月26日(水)の記 ヒミツなアート展
日本にて


今日は、八王子遠征。
あの平面プロレスの新藤ぶきちさんらの『ヒミツなアート』展を観るために。
http://www.gs-kotonoha.jp/gallery/170425.html
明大前から京王線の橋本行きに乗り、坐ってうつらうつら。
八王子は、まだかいな。
眠気から、思考能力が低下していた。
八王子に行くには調布で乗り換えなければいけなかった。

いやはや、もはや橋本。
ギャラリーで知人と待ち合わせをしたが、だいぶ遅れてしまう。
先方の電話番号を知らず、こちらはガラケーしか持たず。
そもそもギャラリーの閉廊時間が心配だが、チラシを見ると18時までだから、それには間に合うか。

新藤さんは、目の手術をされたばかり。
手術の成功に祝いの言葉を述べる。

ギャラリーの付近に、ラーメン屋が何軒もある。
節約を心がけたいが、このあたりに来ることはめったにないだろう。
「もつけ」という面白い名前のお店で担担麺をいただく。
「もつけ」の意味をタイミングを見てお店の人に聞いてみる。
青森の言葉で、僕や、おそらく新藤ぶきちさんのようなお仲間のことを言うようだ。
要・減塩の身でありながら、このツユは残せない、それが問題だ。


4月27日(木)の記 午後の映光
日本にて


今日は午後イチで学芸大学上映、夜バスで京都三日連続上映に向かうので、準備で気忙しい。

大荷物を担いで流浪堂さんにうかがうと…
喫茶平均律のマスター、有賀雄平さんの訃報をいただく。
平均律さんは昨日も今日も臨時休業とのことで、気にしていたが。
黙祷。

想えば、流浪堂さんを僕に紹介してくれたのが平均律のマスターだった。
今日は、追悼上映だな。

平日の午後だけに人の入りが読めなかったが、いい感じに集っていただけた。
「目黒川から大アマゾンへ 新緑の秘境探検」という他の追随を許さないテーマ。
日本テレビで働いたこともあるというマスターを偲ぶのに格好だ。

懇親会の会場は…なんと流浪堂さん向かいの人気洋菓子店マッターホーンの喫茶室の座席が取れた。
ここなら、お店を正面に望めるので流浪堂の二見さんも安心だ。
地元系のシンパが、庭にいたという瓶詰のフタスジナメクジを取り出して…
マッターホーン登攀史上に残りそうなイベントとなった。

マスター、ありがとうございました。


4月28日(金)の記 京都こすぎ
日本にて


夜行バスで京都着。
今回は早朝入浴パックとした。
八条口から京都タワーの地下の大浴場へ向かう。

朝6時台の京都は、さすがに人でごった返しとまでは行かない。
新ガメラで破壊された京都駅ビル、500yen代のモーニングサービスがけっこうあるではないか。

ゆっくり入湯後、カライモブックスさんへ。
育児雑誌『Chio』の編集人に抜擢されて多忙だろう直美さんもいらして、奥田夫妻に歓待していただく。
それにしても、いい古本屋だ。
夫の奥田順平さんに僕がいま読んでいる津島佑子さんの『ジャッカ・ドフニ』の話をすると、もう読んでいらした。
僕は実際にジャッカ・ドフニのゲンダーヌさんにお会いしている話をして、うらやましがらせる。
ブラジルの女性ミュージシャン、アドリアーナ・カルカニョットの『O TREM CAIPIRA』に話を振ると、さっそくその曲が店内に響く。
奥田夫妻も訪ねていた原城址をお参りした話をすると、石川森一さんが島原の乱を取り上げた小説『幻日』を取り出してくれた。
恥かしながら存在も知らなかった小説。
もう東京に帰ってもいいぐらい、うれしい買い物をして贈りものをいただいた。

近くのインド料理店『シナモン』に入ってみる。
店内に飾られたネパールのタンカ/マンダラに目を見張る。

京都駅から荷物を引きずって京都国立博物館まで歩き、海北友松展を鑑賞。
海北友松は60代で大きく開花、70代も大仕事を展開したというのが、生きていれば今後その年代に突入する身にうれしい。

今宵の上映場所、本町エスコーラのありかについては地図で検討を付けておいた。
京都は道の名前さえ把握しておけば、わかりやすい。
手前の聖人、いやさ成人映画館に見とれていて、今回の上映の縁結び人の新川さんとばったり。

本町エスコーラの場所には、これは驚いた。
今宵の映画の舞台、アモレイラの老人村を想い出した。
ずばり黒沢監督『どですかでん』の世界。
エスコーラ校長の佐々木さんと対面。
新川さんと3人で上映スペースを設営。
これがドラマチック、ダイナミックだった。
まさしく手作りの上映会。

半野外上映会の感動。
すばらしい出会いをたくさんちょうだいした。

京都、濃すぎ。


4月29日(土)の記 京都 岡崎 山科
日本にて


雨か?
泊めていただいた京都岡崎の友人宅にて。
近くを流れる白川の水音だ。
この流れのおかげか、空気が快適だ。

付近の散策がまた楽しい。
平安神宮の参道近くだが、何軒かのカフェのモーニングサービスの看板は、英語表記。
京都写真美術館という入場無料の施設を見つけ、拝見。
アットホーム感がよろしい。

さあ山科へ。
今日の上映をしていただく「るまんやましな」さんは「「こころのふれあい交流サロン」で「精神に障害のある方と地域住民が共に利用でき自由に過ごすことができるくつろぎの場」とある。
住宅街のこじんまりとしたスペースは超満員となる。
『佐々木治夫神父の死者の日のミサ』の上映に泣きながら御礼をおっしゃるご夫人。
ふだんの利用者の方々が、いっしょうけんめいに書いてくれたアンケートに感激。
僕は誰のために、誰に向けて作品づくりと上映をすべきかを教えていただく。

それにしても懇親会の料理も酒もおいしかった。


4月30日(日)の記 京の下ごしらえ
日本にて


岡崎から荷物を担いで山科へ、そして衣笠へ。
今日は個人宅での『アマゾンの読経』と『消えた炭鉱離職者を追って』、上映時間だけで7時間余りの上映集会。
今後の京都での上映のための準備である。
家主夫妻が上映中に、熱心にメモを取り続ける。

こちらは上映中、Wi-Fiにつながせてもらって、たまりたまったメール類の返しや今後の仕込み。
こういうのをしていると、時間が経つのが早い。

ああ、京都の新緑の心地よさ。

つつがなく3日間の京都上映ミッションを終えて、ぶじ夜行バスをつかむ。
(この場合の「つかむ」はブラジル系日本語。)


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岡村淳 :  
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