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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2017年の日記  (最終更新日 : 2017/10/22)
7月3日(月)の記 高原都市サンパウロ

7月3日(月)の記 高原都市サンパウロ (2017/07/04) 高原都市サンパウロ
ブラジルにて


さあ今日も一日断食。
『ブラジルのハラボジ』は主人公のお嬢さんの帰国待ち。
『五月の狂詩曲 2016』改訂版作成は、今日中に。
いよいよ『リオ フクシマ 2』の素材の取込みだ。
あまり愉快ではない記憶もよみがえるが、逃げるわけにもいかない。
誰から? 自分から、か。

午後、買い物兼市内踏査へ。
わが学兄、故・古城泰さんはカンボジア滞在中、地図上で気になるところがあると、その現地に出向いて踏査したという。
まあ僕の場合はサンパウロ市内の道路地図を見ていて、近所で気になるところがあった。
冊子の地図のあとで、グーグルマップでもあたっておく。
あれ、経路の断面図と標高が記されるようになった。
わが家の近くは標高800メートル前後。
坂が多く、今日のルートで50メートルほどの高度差を上り下りすることになる。
血圧の気になる向きには、格好の運動だ。

むむ、今日はたどり着けず。
地図の読み込みがいい加減だった。
深追いせず、次回にまた。

それにしても、なかなかの坂。
高原都市サンパウロ。
僕がサンパウロを高原だと意識したのは、ブラジル被爆者平和協会の森田隆さんの話が最初かもしれない。
日本で原爆症に苦しんだ森田さんは、サンパウロなら高原じゃから転地療養によいじゃろう、と日本の医者に言われたという。

Wikiで「高原」を調べてみる。
「台地のうち標高600 m以上のものを高原とすることもある。」とある。
蓼科高原は900~1800メートル、軽井沢は1000メートル前後。
那須高原の低いところは、標高300メートルとのこと。
われらがサンパウロもじゅうぶん高原といっていいだろう。

こういう用語は、勝手な主観ではなく、ある程度、意味合いを共有したいもの。
伊豆大島を「離島」とするなど、僕には抵抗がある。

高原都市サンパウロの市街地の坂道ではところどころアスファルトが剥がれたり及んでいなくて、かつての石畳が露出しているところがある。
昨朝は雨中の坂道を急いで、石畳の部分でスッテンコロリンしてしまった。
花崗岩だろうか、よく滑る。
大事に至らずによかった。


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