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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2017年の日記  (最終更新日 : 2017/10/16)
7月31日(月)の記 太宰 三島 松井

7月31日(月)の記 太宰 三島 松井 (2017/08/03) 太宰 三島 松井
ブラジルにて


今晩には日本への帰路につく客人を、在ブラジルの小説家・松井太郎さんのところに案内することになった。
松井さんは今年の10月で満100歳になられる。
どうされているか、案じていた。
先週、ご家族に連絡をして無事と知り、ひとまず安心していた。

お宅の2階に居室のある松井さんは、家族に付き添われて、ゆっくりと壁を伝わりながらだが、自力で降りていらした。
片目の視力を失ない、もう片方もかなり弱っているようだ。
入れ歯をはずされているせいもあってか、おっしゃることはかなり聞き取りにくい。
記憶にも波があるようで、僕をオカムラと認識していただいたのもいっとき経ってからだった。

文学談義を持ちかけてみる。
太宰治の作品に親しんだかどうか。
松井さんは短編小説がお好きと以前も語っていたが、太宰や三島の短編を読んだというようなことをおっしゃっているのが聞き取れた。

それから、三島の自衛隊に乗り込んでの切腹という特異な自死の話をされた。
太宰が心中死という文士としてはよりそれらしい自死をしたとされていることからの連想かもしれない。
そして、三島が太宰の作品を嫌いだと公言していたというようなことをおっしゃる。

客人のスケジュールと松井さんのお疲れを考慮して、長居はせずに知る礼する。

帰って調べてみて驚いた。
ネットで検索してみると、三島は太宰の死の前年の1947年、太宰を囲む酒席を訪れて、本人に太宰さんの作品は嫌いだと言い放ち、嫌いなら来なきゃいいと太宰は返したというエピソードが見つかった。
https://www.news-postseven.com/archives/20160114_376400.html

松井さんはその10年以上前にブラジルに移住しているのだが、このエピソードをご存じで披露してくれたのだ。

初めてお会いしたころから松井さんは自分には文学談義のできる友人もいないとおっしゃっていた。
ましてや身心が衰え、読み書きも不自由になられてからは、こうしたアウトプットを他者にされることもまれになっていることだろう。
表現者として、人としてそれはどれほどつらいことだろう。

松井さんと外をつなぐサニワとして、もっとできる、すべきことがあるのではと反省。


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