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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2017年の日記  (最終更新日 : 2017/09/24)
8月24日(木)の記 原爆の本当の父

8月24日(木)の記 原爆の本当の父 (2017/08/25) 原爆の本当の父
ブラジルにて


まずはカードを2枚ほどしたためて、郵便局に投函に行く。
日中は『リオ フクシマ 2』の作業。
いまの作業はいわば、粗編(あらへん)ということになるかな。

モチ米が少し残っていたので、鶏おこわを夕食にこさえる。

さあ今日は夜9時から『O VERDADEIRO PAI DA BOMBA ATÔMICA』:原子爆弾の本当の父、というタイトルの舞台がある。
先々週に見て、僕のコメントが邦字紙に取り上げられた件で拙ウエブ日記にも紹介した『ヒロシマの三人の生存者』と同じく「平和を舞台で」シリーズの出し物。
『ヒロシマ…』は全3回、公演が行われるが、今日のはこの1回だけだ。

この芝居はブラジル人の劇作家 Murilo Dias César の作で、芝居としてはまだ未公開、2度の読み合わせが行なわれただけだという。
今晩も読み合わせの公開だ。
演出家を含めて7人が舞台にあがって着席、それぞれが台本を読むという趣向。
これがなかなかに面白かった。
そもそも科学者と原子爆弾の話だから、日本語で聞いても理解がむずかしいだろう部分もあるのだが。

原爆の真の父とされるハンガリー人の科学者、レオ・シラードが主人公。
日本語で検索してみると、そこそこの情報があるが理解と把握が難しく、これを演劇の脚本としてまとめるというのは、あっぱれだ。
ネットでざっと調べただけではわからないシラード夫妻のこと、チェスのエピソードなどは、なるほど芝居というのはこうして紡いでいくのかと感心する。

舞台でまさしく「蛇足」なのは、音付けした当時の実写動画の投影。
これは最近見たブラジルのいくつかの舞台で感じたこと。
演劇人が舞台で実写映像をそれこそ添え物的に背景に投影するのは、自分たちの表現が実写映像にはかなわないことへの陰湿な復讐ではないかと思えてくる。
きちんと対峙してはかなわない相手を目隠しして、手足も縛って方向感覚も失わせてから、舞台でなぶりものにするような。

この読合わせは、ラジオドラマのように音で聴いているだけでも、そこそこ面白かった。
『ヒロシマの…』に関する僕のコメントが邦字紙に掲載される事件がなかったら、わざわざ今晩の舞台を見に来なかったかもしれない。
ちなみに今日の公演には被爆者の方々やブラジル被爆者平和協会の方々はいらしていなかったようだ。

レオ・シラードについては著作も含めて日本語で何冊か出版されていることを知るが、すべて絶版。
古本ネットでけっこういい値段である。
日本在住なら、図書館で借りて読むという方法があるのだろうが。


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