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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2017年の日記  (最終更新日 : 2017/09/24)
9月1日(金)の記 海岸山脈の野火

9月1日(金)の記 海岸山脈の野火 (2017/09/03) 海岸山脈の野火
ブラジルにて


昨日は拙作『ばら ばら の ゆめ』の主人公、木村浩介さんの一周忌だった。
木村さんを僕に紹介してくれた西荻窪APARECIDAのWillieさんが木村さんの代表曲『DUAS ROSAS』をYouTube にアップされた。
Willieさんから新たな発見を教えられて、僕の方には戦慄の驚きだった。

今日は午前中、隣の町まで行く予定。
と、電話が。
在ブラジルの日本人小説家、松井太郎さんのお孫さんからだ。
松井さんが今朝、亡くなられたという。
埋葬は海岸山脈にある町モジ・ダス・クルーゼスの墓地を予定しているが、日時は未定とのこと。

松井さんは今年の10月に満100歳の誕生を迎えられるので、お祝いに何を贈ろうかと考えていたところだった。
先月末に、日本の文人ゆかりの人をお連れしたのが最後となってしまった。

松井さんは日系社会の人たちとお付き合いがないとおっしゃっていた。
もしもの時は当地の日本語新聞社、そしてSNS、さらにSNSにアクセスしない日本の松井さん縁の人にお伝えすることが僕のミッションと心得ていた。
サンパウロにいたおかげで、それはかなえることができた。

隣り町で、埋葬は本日16時30分という連絡をいただく。
まずはいったんサンパウロに戻る。

墓地を調べてみるが、モジの街からだいぶ奥に入ったところのようだ。
日本にたとえれば、距離的に東京から房総半島の山の方まで車で行くという感じだろうか。
これまでもモジの街では何度か道に迷い、カーナビ等のない身には、なかなか。
相手がモジ:文字なだけに、文盲のつらさである。

案の定、迷うが、見つけたガソリンポストで教えてもらう。
モジの街にはいくつか墓地があるようで、ところどころの標識を頼りにこんなに先にまだ墓地があるのかというほど町はずれに向かう。

めざすオリヴェイラス墓地の遠景に、息を呑んだ。
隣接する海岸山脈の森から、いくつもの白煙が立ち上っている。
野火だ。

大岡昇平さんの『野火』の単行本版のカバー画を想い出した。
『野火』には文庫版で親しんでいたのだが、古本遊戯流浪堂さんで単行本版を目にして、その時も息を呑んでいる。
巨匠・小磯良平画伯による彩色された線画でフィリピンの村が描かれていた。
野火そのものは描かれていなかったと記憶する。
ここのところ、日本からの持参物が多くてこの本は日本の実家に置いたままだ。

松井さんの文体とご自身で描かれる絵の武骨さが、小磯画伯の『野火』の粗いタッチを想い起させたのだろう。
あっ!
小磯良平も松井太郎も、ともに神戸市出身ではなかったか。
僕のサンパウロの知人のご母堂が、日本で小磯画伯に絵を習っていたというエピソードも思い出す。

葬儀は僧侶や司祭の立会いなしに行なわれた。
読経などのBGMがないせいで、海岸山脈の野鳥のさえずりがよく響く。

墓穴にお棺がおろされる時、参列していた日系の女性がポルトガル語で「主の祈りを唱えましょう」と叫んだ。
「主の祈り」と「アヴェ・マリア」が会葬者の一部からポルトとガル語で唱えられ、少し離れていた僕も唱和すると、近くの日系老人がぎょっとした顔でこちらを振り返った。

帰路は松井さんを偲んで海岸山脈をぐるりとまわるルートにするか。
が、見事に迷う。
暗闇のなか、こちらめがけて疾走してくる対向車どもに戦慄を覚え、ふと松井さんが僕を呼ばうのを感じる。

松井さん、いま僕がいったら、未編集の松井さんのインタビュー映像、誰もまとめる人がいませんよ。
と話しかける。

時間はかかったが無事帰宅、まずは献杯。


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