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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2017年の日記  (最終更新日 : 2018/01/02)
11月の日記 総集編 人はなぜ記録をするのか

11月の日記 総集編 人はなぜ記録をするのか (2017/11/07) 11月1日(水)の記 国司会の再会
日本にて


いろいろなペンネームや呼び名があり、よく本名を存じ上げていない。
共同通信OBの、国司三郎さん。
ご自身も日本とチリで拙作の上映会を開いてくださり、強力なシンパとなる方を複数、ご紹介いただいている。
現在は西宮にお住まいだが、毎年この時期に上京して諸々の友人知人が集う国司会を開催している。
何年ぶりになるだろうか、2度目の参加をさせていただく。

先回、知り合った船瀬俊介さんと再会。
先回は二人で『七人の侍』セリフ合戦で盛り上がった。

日本で少なからぬ、しょぼくれたシニア連にお会いしてきたが、船瀬さんの活力には目をみはるばかり。
肝心の国司さんも中座してしまったが、船瀬さんにふたたびお会いできてよかった。


11月2日(木)の記 運慶と潤吉
日本にて


今日は、カトリックの「死者の日」である。
ブラジルでは国民の祭日であり、墓参をする習慣がある。

死者たちを想い、カトリック目黒教会の午前7時30分からのミサに預かることにする。
今どきの日本のカトリックはこうした行事は前後の週末にずらすようで、司祭は今日が死者の日であることにも触れなかった。
それでも死者の日当日をこころに留める外国人が少なくないようで、聖堂の燭台にはいつもより多くのロウソクが灯されている。

まずは、上野へ。
正直めんどくさいのだが、国立博物館の運慶展を見ておきたい。
北海道で藤戸竹喜さんのすごい木彫りを見てしまい、ブラジルの名匠アレイジャジンニョと合わせて語るためにも、運慶は押さえておきたい。

人の多い展示は極力、避けたいところだが。
9時45分着で、40分待ち。
だが見ておいてよかった。
運慶!

昼の会食の約束があるので、そこそこに上野を発つ。
世田谷でうれしい和食をごちそうになる。
その足で、お気にいりの向井潤吉アトリエ館を訪ねる。
お気に入りと言っても、まだ2度目かな。
こちらは観覧者は僕だけ、ひとり占め。
あらたに向井潤吉とインパールのことを確認しておく。
ふむ、この時期で蚊に刺されたぞ。


11月3日(金)の記 文化の日!
日本にて


平和と文化を大切にする日本国憲法が公布された日だから、文化の日。
すばらしいではないか。
夕方からの学大ファイナル上映会の前に…

目黒区美術館の『日本パステル畫事始め 武内鶴之助と矢崎千代二、二人の先駆者を中心に』展に行ってみる。
何年か前のこの日も滞日中で、地方のミュージアムを訪ねると文化の日は無料、という気の利いたサービスをしていた。
わが本籍地の目黒区は…こんなサービスがない。
概して日本の文化行政は、ブラジルより劣る感あり。

さて、この展示のチラシで矢崎千代二がリオの景観を描いているのは知っていた。
なんと矢崎は1930年、朝日新聞社の嘱託として南米移民の取材にあたったことを知る。
ブラジル、アルゼンチンなどを回って帰国は1932年。
移民船の情景からサンパウロのコーヒー農場の作業などをパステルでとらえて、アマゾンもまわったようだ。
ノーマークのアーチストだった。
オリジナルが中国にあるという矢崎の南米移民がらみの絵画の写真の展示を見るが、ブラジル移民史系で知られる画家の作品より、いい感じに思える。
調べてみよう。

さあ、学芸大学ライブ上映会2017年秋の部の最終回。
これまでの最多の大入りとなった。

文化:culture の語は、もともとは土地を耕すという意味で使われていた言葉が、やがて頭(知性)や精神をたがやすという意味で用いられるようになり、そこから教養という意味も付くようになったという。
この鷹番上映会は、まさしく主宰をしていただいている古本遊戯流浪堂の二見具夫妻と僕、そしてご来場の皆さんでともにここまでたがやしてきた。
感無量である。

こうした最上のときの余韻に浮かんでくる台詞。
「今度もまた負け戦だったな」。
(映画『七人の侍』より)


11月4日(土)の記 埼玉のメキシコ、新宿のキューバ
日本にて


さあ今日はあわただしい。
まずは北浦和の埼玉県立近代美術館へ。
10月21日から始まったメキシコ絵画の巨匠 Diego Rivera展。
ディエゴ・リベラをまとめて観れる機会なんぞ、ブラジルでも日本でもめったにないだろうから、多少は無理をする。
もちろん彼の巨大壁画の実物はないが、ますます彼の壁画が見たくなる。

北浦和から新宿へ。
「優れたドキュメンタリー映画を観る会」と「メイシネマ祭」でおなじみの伊勢真一監督の最新作『やさしくなあに』の初日上映@K's Cinema。
ドキュメンタリーのあり方、被写体との関係性を想う格好の作品。
上映後、舞台に上がった伊勢さんの涙に、もらい泣き。

時間調整をして、日本のイトコと彼のなじみの新宿の中華料理屋でイッパイ。
彼も店主もプロ野球中継で盛り上がり。

さあテアトル新宿『エルネスト』レイトショーの初日に。
11月1日の国司会の国司三郎さんが、この映画の誕生にひとかたならぬ役割を果たしている。
国司さんに「見ましたよ」とひと言伝えたいために、ささやかな無理をして。
しかし大枚1800yenはたいて、うとうと…
きちんと起きていないでつべこべ言える分際ではないのだが、いまひとつ主人公が日系だからどうなのか、よくわからない。

さてさて明日は自分の方の大切な上映、朝が早いぞ。


11月5日(日)の記 武蔵、濃すぎ
日本にて


さあいよいよ今回訪日中の千秋楽上映。
主催者がチラシの配布先一覧を送ってくれて、その広範囲なことに驚いた。
今回の最大規模の上映になりそうだ。

場所は、東急東横線とJR南武線の武蔵小杉駅が最寄りのカトリック中原教会。
武蔵小杉というのはいつも電車で通過、たまに乗換えするだけで、ここになにかをしに来たという記憶がない。

ホームページを見ると、僕の生年に生まれた教会だ。
聖堂は外見は戦後の焼け跡に築かれた建物、といった印象だが、内部は重層なつくり。
ここで午後イチのミサを挟んで午前中に『あもれいら』第二部、午後に『フマニタス』という番組。
まったくの未知の地だが発起人の高橋さんが実に腰低く対応してくれて、またオカムラ上映の常連さん、そして思わぬ知人まで多摩川を超えてやってきてくれて心強い。

そもそも「教会」の語:エクレシアには「教」はなく、「寄り合いの場」といった意味合いだったらしい。
日本語で「教会」としたのは、ヘボン式ローマ字のヘボン師の由。
おかげさまで本来の意味合いの、よい寄り合いができたと思う。

懇親会では主催者、そしてオカムラシンパが参加、絶妙な企画が持ち上がる。
こうしたアイデアが浮かび、盛り上がっている時がいちばん楽しいかも。


11月6日(月)の記 酉のイブ
日本にて


いくつかの買い物で渋谷に出る。
非常時に備えて、手回しのスマホの充電器を買っておこうと思う。
ビックカメラで店員に所在を聞いてみるが、調べに行ってだいぶま待たされたものの、あやふやな返答。
本館の上階にあるだろうと言われて言って店員に聞いてみるが見当たらず、今度は別館に行けと言われて。
別館でかろうじてひとつみつかるが、いま言ってきてないと言われた本館に行けばもっとあるかも、と言われてあきれる。

もう6年前の3月のことなど、覚えていませんか?
携帯依存症の皆さん、いまにでも起こりうる大地震で停電したら、どうしますか?
天災は、忘れた頃にやってくる、とはよく言ったものだ。
北朝鮮のミサイル対策などより、ずっと優先してすべきことがあるはずなのに。

大鳥神社の酉の市をさっと見てから、世田谷に転居した若い友人夫妻のお宅へ。
明日の僕の誕生日を祝ってくれるという。
心づくしのもてなし、かたじけなし。
以前から欲しかったものの、買いあぐねていた品までちょうだいしてしまう。

迷惑な預かり物から、こうしたありがたい贈り物まで、さあ明日は荷造りだ。


11月7日(火)の記 目黒日和
日本にて


今日は誕生日。
昨晩ぐらいから、フェイスブックでじゃかじゃか誕生祝いのメッセージが入ってくる。
すぐに誰だか思い出せない人からの短いフォーマットどおりのメッセージから、血肉の通った祝言まで、さまざま。
こちらはひとつひとつに唯一無二の返信を心がけようとすると、けっこうな作業。
明日の出ニッポンを控えて、実家の使用空間の大かたづけ作戦と並行して。

午後から徒歩圏を動く。
ブラジルへのお土産とお歳暮として、海産物の買い出しに昨日、渋谷市場を訪ねた。
亡母の代から、こういう買い物は東急プラザ地下の渋谷市場。
が、ビルごと無くなっているではないか。
渋谷壊滅作戦か。

さて困ったが、どうやら目黒の駅ビルの地下にもそこそこの海産物店があるようだ。
お目当てのものを見つけ、レジで包装を頼むと、売り場まで連れて行かれる。
売り場の女性販売員は調理場の男性スタッフに包装を頼んだが、客に向かって露骨に迷惑感あふれる顔と声。

して待たされること、ウルトラマンが4-5戦は優にこなせる時間。
すでにクシャクシャの薄茶色い無地の紙に包んでよこした。
かえって失礼感のある包装だ。
きちんとできないなら、できないと言ってもらった方がありがたい。
渋谷市場は、熨斗紙までつけてくれたっけな。

しかし昨日のビックカメラといい、この老舗らしいチェーンの魚屋といい、ニュースをにぎわす大手メーカーの偽装しかり、祖国の根腐れ病はあちこちに拡がっている感あり。

ふたたび目黒区立美術館へ。
ブラジル関係の誤表記を、もう一つ見つける。

祐天寺のcarawayさん、学芸大学の流浪堂さんという信頼の個人店に挨拶に寄って離日前日を締める。


11月8日(水)の記 羽田の翼
日本→アメリカ合衆国→


不徳の致すところで、実家の片づけと離日支度があわただしくずれ込む。
はっきり言って迷惑な預かりものもあり、かといってわが性格上、ホカすわけにもいかず。
その分、自分の読むべき書籍をけずることになる。
これからは、はっきり断ろうか。

実家の前のバス通りで、速やかにタクシーがつかめて助かった。
今日の出国は、羽田から。
まず渋谷に出て、シャトルバスに乗り換え。
なんだ、マークシティのホテルのフロントは、wi-fiもないのか。

出国後の売店の本屋で、船瀬俊介さんの新刊があれば買おうと思っていた。
消費税を払わなくて済むから。
ところが羽田の書店の品揃えは、中小駅のキオスク程度。
成田の改造堂書店とは雲泥の差だ。

アメリカの入出国、ロスでの接続が心配だが、とりあえずは無事チェックイン、出国、搭乗がかないました。
トランプ大統領がいないうちにアメリカ合衆国をすり抜けましょう。


11月9日(木)の記 エクスプレス・コネクション
→ブラジル


今回のブラジルへの帰路で最大の懸念は、アメリカでの接続。
ロサンゼルスでの接続時間が2時間10分。
アメリカでのややこしい出入国を考えると、ひとつ間違ったらアウトだ。

アメリカン航空機はタラップで降りて、バスでゲートまで移動。
空港ビルに到着すると、壁に赤い Express Connection の搭乗券が貼り出されている。
これなど、旅慣れていなければ見逃してしまうだろう。

サンパウロ乗継ぎの赤紙を受け取る。
いやはやロスではこれがあると早かった。
地上スタッフが僕のかざした赤紙を目に留めて、入国審査も税関審査も荷物検査もエクスプレスのラインにナヴィゲートしてくれた。

今回はJALがブラジルまで乗り入れていた時の遺産で、ONE WORLD のラウンジが使える。
ラウンジでネットにつないでイッパイいただくぐらいの時間の余裕もあり。

サンパウロにも無事到着。
亜熱帯の雨季らしい、どんよりとした天気。
荷物は遅ればせながらきちんと届き、税関のお咎めもなし。
自宅への帰路、偽警官に襲われることもなし。

やれやれ、おつかれさまでした。


11月10日(金)の記 聖パウロの街の大菩薩峠
ブラジルにて


訪日の疲労が地層のように身心に堆積していて、さらに長時間のフライトと時差ボケ。
今日は、まるまる静養させていただこう。

日本でネットにて古本買いした『大菩薩峠』を読み耽る。
面白い。
祖国で100年以上前に書かれた大衆小説の虜にされてしまう。
文庫版で全20冊、とりあえず頭の2巻を買ってブラジルに持ち帰った。
もっと買っておけばよかった。

それにしてもこの傑作が文庫でも絶版だなんて。
9月はじめにブラジルで親類から型落ちのスマホを入手して以来、読書時間が激減。
どんどんバカになっていくのを体感していた。
このあたりで巻き返すか。

夕方、近くに買い物に出て、さっそく家族の夕餉をこさえる。


11月11日(土)の記 いいだしかねて
ブラジルにて


できれば、今日もう一日ぐらいは終日でれでれしていたかった。
が、ブラジルに本部のある日本人中心の組織の節目のお祝いにご招待いただいた。
久しくご無沙汰しているので、思い切って顔を出すことにする。

参加者に、見覚えのある人がいるが同定できない。
のちの自己紹介を聞いて驚いた。

もう15年ぐらい前だろうか、彼は僕の日本の上映会に来てくれたことがある。
彼は懇親会にも参加して、帰路が同じ方向だという流れだったか、彼と同期のもう一人、そして僕の三人でなおももう一軒、行くことになった。
彼はネットのちょっとひねったサイトあたりから拾ってきたネタを、自分の独自のネタのように同僚、そして僕に延々と吹聴していたことが印象に残っている。
お別れとなったが、彼は終電もないし、タクシー代もないという。
彼にタクシー代として大枚一万円を貸与して、彼と相棒のふたりがタクシーに乗るのを見送った。

その後、彼からの連絡は途絶えたままである。
清貧の移民記録映像作家から、大枚一万円を借り受けてそのままでいられるとは、なかなかのタマだ。
もう生涯、会うこともないと思っていた。
その彼である。

先方は僕のことを覚えていたが、借金の話は出なかった。
どう切り出そうかと思っているうちに、もう外様の僕がこの場にい残る雰囲気ではなくなってきた。
そもそも、こういうことをこちらから切り出さなければならないことが情けない。
あまりの年月が経っていて、こちらの記憶違いはないだろうか、とまた自分をいたぶる。
現場にはもう一人いたし、彼に確認してみる手もあるだろう。

トイチの利子込みで、返済してもらおうか。


11月12日(日)の記 海の果実
ブラジルにて


昨晩は、お好み焼きをこさえた。
冷凍庫にあったエビとイカは、そのまま冷蔵に。
早めに使いたい。

今晩、子どもの関係の来客に夕食をサービスすることになった。
パエリャでもつくるか。
子どもに確認すると、来客はエビアレルギーだという。
うー、エビは禁じ手か。

路上市に行って、刺身用にブリ、そしてパエリャ用にムール貝の剥き身を買う。

通常、パエリャの時はブラジル産のふつうのインディカ米を使う。
わが家の米櫃にブラジル産「日本米」の長粒種が残っているので、これを用いることに。
うーん、ちょっと水っぽくなった。
普通のブラジル米の方が安くてうまくできるってことだな。

さて、エビをどうしよう、とりあえず塩コショウを振っておくか。


11月13日(月)の記 まずは松井作品
ブラジルにて


月曜日だ。
さあ一日断食をしよう。

そして、映像編集再開。
まずは『松井太郎さんと語る 2011年版』の手直し。
先月の日本での追悼上映の際、字幕のまちがいをご指摘いただいた。
ありがたい。

ふたたび通しで映像を見直して。
何度となく通った、松井さんのお宅の居間。
もう松井さんがこの世にいないことが、葬儀に参加してご遺体も確認しながらいまひとつ実感がない感じだ。

ちょっと手間取ったが、なんとか終了。
間髪を入れず北海道で撮影したお芝居『俺を熊と呼ぶな』の作業に。
撮影素材の取込みができなくなり、うろたえる。
いろいろやってみて、致命的な問題ではなかったようで、やれやれ。
ゲネプロと2回の公演を収録させていただいたが、さあどうするか。
現場では思わぬ「霊障」にまいった。

映像をチェックしつつ、基本的な方針をたてる。


11月14日(火)の記 ゲネラールプローベ
ブラジルにて


昨日に続いて、北海道で撮影をしてきた公演『俺を熊と呼ぶな』の映像編集。
基本的にゲネプロの映像一本でまとめてみることにして、メインはワンカットで1時間5分あまり!だから、編集としてはややこしくはない。

ざっとつないで、通しでチェックをすると、その度ごとに細かいノイズが。
また、やり直し。

この作業を完了すれば、かつて在東北の演劇関係者から被った、ありえない非道の仕打ちの屈辱をさらに克服できそうに思う。

『消えた炭鉱離職者を追って』のなかで披露される記録文学者の上野英信のエピソードを思い出す。
上野は400字詰め原稿用紙の最後の一字をまちがえても、修正はせずに新たに書き直したという。
僕などは心構えからして、その足元にも及ばない。


11月15日(水)の記 ブラジルの祝日
ブラジルにて


今日のブラジルは、祝日。
ブラジルでも七五三で、というのはウソで、共和制宣言記念日。
七五三と731の距離を想う。

家族もそこそこ在宅のため、ばたばた仕事をするのを控えることにする。
日本でゲットしたチャトウィンの『どうして僕はこんなところに』を読んだり。

とはいえ、明日にはDVDを焼いて日本で郵送できるよう『俺を熊と呼ぶな』ゲネプロ記録の通しの確認試写は済ませておく。
よし、オッケーです。


11月16日(木)の記 南回帰線がぎらぎら
ブラジルにて


昼前に、用足しで外出。
昨日までは夏とは思えない涼気だったが、今日の日差しは強烈だ。
夏至に向かう南回帰線直下の日射を思い知る。

これが、あと四ヶ月近く続くのか。
この期間の買い物等の外出は、早朝か夕刻にしよう。

いったん中断すると再開の気が重くなっていた『リオ フクシマ 2』の映像編集を、そろりとスタート。
さてさて。


11月17日(金)の記 ドラム缶テレビ
ブラジルにて


ドラム缶風呂が名物の、サンパウロ近郊にある農場で知り合った日本人の若者に夕食をふるまうことになる。
齢17歳、高校を休学してサッカー修行にブラジルに来ている。
サッカー青年というより、サッカー少年か。
ちなみに、男子。

僕の方はサッカーにはまるで興味がないが、彼から会いたいとメールをもらっていた。
約束時間の1時間以上前に待ち合わせ場所についてしまった、との電話。
こちらは家族の夕食の準備中で、じゃあ40分後に、と伝える。

大衆価格のシュラスコ焼肉店へ。
サラダ類もそこそこ充実した店だが、彼は野菜は久しぶりだと喜ぶ。
日本からのサッカー留学生数人が寮で同居していて、世話人がまかないのおばさんを雇って朝昼晩の食事を供しているという。
ところがこのおばさんが資金を使いこんでしまったようで、ここのところ朝食抜きとのこと。
その他の食事も油飯にフェイジョン豆、それに薄い鶏肉を焼いたものがひたすら続く由。

ブラジルでサッカーに興味のない人と会うことに彼は驚いているが、連絡をしてきたのは彼からだ。
日本の紅白歌合戦を見るのかと聞かれて、見る気もないというと、そういう日本人に会うのも初めてだという。
とはいえ、彼の宿舎にはドラム缶のテレビがあるだけだという。
ドラム缶のテレビ?
どうやら、ブラウン管のことらしい。

ブラジルにいながらサッカーのテレビ中継も見れないので、近くのバール(一杯飲み屋)などに観戦に行っている由。
ファヴェーラ:スラムに行ったことがあるかと聞いてみる。
夜は近くの公立小学校に通っていて、そこでサッカーを通じて友だちになったブラジル人がファヴェーラ住まいだという。
その縁で、ファヴェーラにあるサッカーグラウンドで明日も試合をするとか。
友だちの家は三段ベッドなのに驚いたとのこと。

ファヴェーラという壁が、サッカーを通じて軽く突破されるのが面白い。
さすがに勘定は僕が持つが、ま、日本でシュラスコ屋に行くことを思えばその数分の一で済んだと思うことにしよう。


11月18日(土)の記 有機ある追跡
ブラジルにて


在日本の友人がフェイスブックにアップしたリンクに、ブラジルの有機生産物のマーケット一覧があった。
わが家の徒歩圏では…
20分あまりの距離のところで、土曜の朝から市が立つようだ。
亡義父の無農薬農園はもはや閉園状態。
多少、値が張っても、少し手間でも無農薬野菜が欲しい。

炎天下の坂道を歩く。
いやはや、市どころかオルガニック系の常設店のレジの横で野菜カゴをいくつか積んで販売している程度。
値段は農毒使用の市販野菜の倍ぐらいか。
せっかくなので長ネギと小ぶりのレタスを買う。

帰路にあるスーパーマーケットの野菜コーナーを見ると、そこそこにオルガニック栽培の野菜を置いているではないか。
値段もそこそこ。
いままでは使い切るのに困るぐらい、無農薬野菜に恵まれていたので目に入らなかったのだ。

わが家でチャトウィンの『どうして僕はこんなところに』読了。
表紙裏の世界地図に関連地図がある。
大韓民国・烏孫が記載されているのだが、本文中には出てこなかったかと。
訳者あとがきを含めてざっと見返してみるが、オリジナルの一部を割愛したとの記載も見当たらない。
ナゾである。


11月19日(日)の記 発酵生活
ブラジルにて


サンパウロでの日曜のルーティン。
路上市では、アジを買った。
金色にかがやく種類。

昼、連れ合いの実家に持って行ってタタキにする。
実家ではスキヤキを用意していて、アジのタタキはだいぶ地味になった。

残りはわが家の夕餉に。
中骨の残り身をスプーンで削ぎ落として、ナメロウに。
あとは塩焼きにするところだが、今日は塩麹焼きにトライしてみた。

先々回の訪日時に、日本の若い友人からパック入りの塩麹をいただいた。
漬物等に用いてみたが、なかなかよろしい。
今回は自前でパック入りを買い、松本に行った際に米麹そのものも買ってきた。
日本出国時に荷物を削らなければならなくなったが、これは機内持ち込み荷物に入れて死守、通関も免れた。

さて、黄金アジの塩麹焼き。
まろやかで、粕漬けのような風味。
発酵食王国・松本のスーパーで買った醤油麹のパックも開けてナメロウに足す。
これまたよろしい。

さあわが作品も発酵力にあやかろう。


11月20日(月)の記 休日の奇書
ブラジルにて


今日のサンパウロ市は、黒人問題啓発の日でお休み。
昨日、車を走らせると道がえらいスムースだったが、この連休のせいだった。

先の訪日でその存在を知り、ネットにてアクセス可能な金額で見つけて小躍りした購入した古書。
ブラジルに持ち帰ったが、もったいなくてまだ読んでいなかった。
ブラジル移民史の空白に彩りを加える可能性あり。
わくわくしながら、この休日に読んでみることにする。

85年前の発行で、外箱の角部分がどんどん剥落してくる。
むむむ…
一気に読むが…
あえて多くは書かないが、執筆の意図に疑問を感じる。
著者は鬼籍に入って、七十年。
この疑問をぶつけるところもむずかしい。
最近、ネットで交信のある学芸員に振ってみようか。

ああ、期待が大きかっただけにがっくり。


11月21日(火)の記 無計画停電
ブラジルにて


今日のわが団地は午前9時半から午後4時半まで、メンテナンス作業のため停電になる予定。
電力会社より一週間以上前に手紙が届き、団地内にも貼り紙あり。

電気がなければ映像編集もパソコン作業もお手上げ。
エレベーターも止まるので、高層アパートの15階住まいとしては上りがきつい。

たまっている古新聞の整理でもするか。
さて、時間になっても電機は途切れない。

けっきょく…停電はなかった。
どうなったかの明確な報告もなし。
さすがはブラジルだ。

おかげさまで古新聞は少し片付いたけど。


11月22日(水)の記 届けものはなんですか
ブラジルにて


日本で託された預かり物がいくつかあって、落ち着かない。
サンパウロのわが家から600キロほど離れたところへの預かり物が2件。
しばらく現地に行く機会がなさそうで、郵送することにする。
適当な梱包用素材を工面して、添え状を書いて、梱包をして、郵便局の列に並んで…
郵送料は、僕が自腹を切る。
頼んだ方々は、こうした出費に関してなんの気遣いもなかったな。
そもそもこれらの荷物を持ち帰るために、自分の書籍や機材を削ることになった。

さて、その他にサンパウロ市内の2件の預かりもの。
両方の届け先に連絡を取るが、虚礼にも先方から取りに来ましょうかという言葉は、なし。
僕が時間をつくって、交通費を負担してお届けに行く。
しょせんは便利屋のカワラコジキあつかいか。

先方は、いずれも宗教関係者。
最初の届け先である日系の宗教施設は、何年か前に立ち寄ったことがあるが、現在のその外景に驚いた。
第一次大戦時のヨーロッパ戦線の塹壕といったものものしさだ。
これだけものものしい宗教施設を他に見た覚えがない。

交通費と時間をはたいてダウンタウンまで来た。
東洋人街での買い物、中心地での無料のアート展観賞。

なによりも目障りだった頼まれものがなくなったので、こころもスッキリ。


11月23日(木)の記 編集粛々
ブラジルにて


さあ『リオ フクシマ 2』の編集だ。
もはや終章近いはずなのだが、なかなか…
がんばらないと。

どの声を、どの人を活かし、落とすか。
うーん、このお婆さん、どうしよう。
とりあえず残してみるか。

さあ今度はこのおじさんか。


11月24日(金)の記 嵐に呼ばれて
ブラジルにて


延び延びになってしまった。
今日は思い切ってメカニックのところに車を持っていき、オイル交換。
2時間ほど、時間を潰す。

本は持ってきた。
が、これだけの時間、カフェで粘るのもナニである。
そもそも気の利いたカフェは限られているし。

日本なら公園、神社仏閣などいくらでもあるんだが。
ふと、たどりついた教会前の小さなプラサ。
ベンチと体操器具がある。
なんと、サンパウロ市の無料wi-fiの表示があり、実際つながる。
サンパウロの方が東京より上だな。

買い物もして、カフェにも寄って。
わが家に帰ると、もう午後だ。

なんだか疲れ、ビデオ編集に臨む気力がない。
日本から担いできた『嵐を呼ぶ男』のDVDを観ることにする。
ほう、こういう話だったのか。
僕の出生にまつわる因縁のある作品、と亡母から聞いていた。
いまひとつ、つじつまが合わない気もなきにしもあらず。

お話の終盤は、指揮も行なう作曲家のオーケストラのシーン。
そのなかで宿命の親子の物語がすすむ。
これは『砂の器』ではないか。
『嵐を呼ぶ男』の方が10数年早いが、こちらの方はこのオーケストラ曲の名前、実際にはだれがつくったかが作品中のクレジットや付属資料ではわからないけれど。


11月25日(土)の記 読む運慶
ブラジルにて


今日は家庭の食事の支度の他は…パソコンの作業と、午後は気ままな読書。
「とんぼの本」の『運慶 リアルを超えた天才仏師』など。
上野の運慶展では、目録を買おうかどうか迷った。
目録は重いし、高いし、いずれ持て余し気味になる。
さんざん迷って、この「とんぼの本」と運慶特集の雑誌を買うことにした。

運慶はフィギュアの世界に通ずる、とあるが、言いえて妙。
運慶仏のフィギュア、欲しい。
ものが欲しいと思うのは、久しぶりかも。

自分ひとりで彫ったのではなく、何人かの仏師を監督してそれぞれの仏像をつくったというのも僕の想像を超えている。
運慶の創作現場を見てみたいものだ。


11月26日(日)の記 人はなぜ記録をするのか
ブラジルにて


未明に目覚めて、スマホに灯を入れると日本の森田恵子さんがメイシネマ上映会晩秋編の会場準備中、とアップしている。
さっそく陣中見舞いのメッセージを送る。

いよいよ拙作『五月の狂詩曲 2016』の初公開だ。
今回は事情により、僕が日本を去ってからの上映となる。
作品のプロデューサーであり、主人公である藤崎和喜さんご自身による上映なので、異存があるはずもなく、こうして公開していただけることがうれしい。

3時間近い作品だ。
細かいことはわからないが、大好評にて上映終了、打ち上げも完了との連絡をいただく。

さてメイシネマ上映会主宰の藤崎さんは、ネット類をたしなまない。
アナログの手づくりの上映会だ。
そうした場に、スカイプでの登場などは蛇足であろう。
そのあたりを考えて、この日の上映のために配ってもらう資料として原稿を書きおろした。
題して『人はなぜ記録をするのか』。

僕はすでにファックスを使わなくなって、10年以上は経つ。
原稿は添付ファイルにして森田さんのフェイスブックにお送りしてプリントアウトをお願いした。
原稿そのものは、さる無計画停電の日にいったん書き上げた。
毎日、推敲していたが、きりがないので一昨日に送付。

けっこう書いているうちに、テキトーにつじつまが合ってしまうのが面白い。


11月27日(月)の記 リオ フクシマ、山に登る
ブラジルにて


どうなるか、予断を許さなかった『リオ フクシマ 2』。
「順つなぎ」の段階だが、エンディングまであれよあれよといううちに、つながってしまう、というか、つないでしまう、というか。
これでいいのかな?
とにかく、予定調和は排す。

さあナレーションの練り上げだ。
本編集、ナレーション録音とその後の作業など、いよいよこれからだ。

今日は、今日も、一日断食。


11月28日(火)の記 佳境のありか
ブラジルにて


佳境とは、いづこにありや。
『リオ フクシマ 2』の編集の段階の表現で「佳境」という言葉が浮かんだもので。
「ぱらいその寺」同様、わが心にあり、か。

わが車を洗車に出す。
洗車待ちの間、買い物とカフェ。
カフェのひと時、日本から受信したメールの内容と、持参していた濱田庄司についての本の記載、さらに日本で初公開していただいた拙作『五月の狂詩曲 2016』がリンクする。

材料を勝手に左右し得る資格が、人間にあると考えるよりも、自然の恵みに従順である事の方が、どんなに美を深々と活かしえるであろう。
「浜田庄司の仕事」柳壮悦著、『浜田庄司 窯にまかせて』日本図書センター発行に収録



11月29日(水)の記 思ってなし:想定外のブラジル日本食最前線
ブラジルにて


今日は特殊ミッション再開。
早朝から車に撮影機材を積んで出発。
機材の準備の詰めの甘さから、ひとつ間違えば致命的だったが、そこそこのクリアーをしたかと。

昼はこちらの一族の大刀自と、出先で外食。
街道沿いで以前から目についていた日本(風)レストランへ。
昼は食べ放題システムで、それほどばか高くはない。

郊外でもあり、店内が広々として外光たっぷり、観葉植物をたくさん配しているのが心地よい。
何品もの料理が並ぶが…

大根とビートをツマにしている。
む?
エンジ色のビートの千切りの上を、ウジ虫大の乳白色のものがうごめく。
鱗翅目(チョウやガの仲間)の幼虫とみた。
ウエイターを呼ぶ。
黙って皿を下げて…
そのまま。
代わりが来るわけでも、支配人があやまりに来るでもない。
写真に撮っておけばよかった。

さて、お勘定。
店のヒエラルキーの上の方にいそうな女性がアテンド。
店名の由来を聞いてみる。
「いい質問です」。
して?
「知りません」。
誰かに聞きに行くでもない。
経営者は日系人かと聞いてみると、ブラジル北東部出身の非日系人の由。

祖国で放射能まみれの食材をくらうのと、異国で毛虫の生食をするのと、どっちがいいか…


11月30日(木)の記 ブラックサーズデイ
ブラジルにて


事前から予告されていた先週の停電は、すっぽかされた。
して昨日、通知があり、わが高層アパートのわが階は今日午前9時から停電。
エレベーターは動くということで、なんだか安心。

こういう時は力が入り、9時直前までビデオ編集。
9時ちょいすぎに、ブラックアウト。

ポータブルDVDデッキで、宿題のDVDソフトを見るか。
あ、30分足らずでバッテリーアウト。
フル充電していなかったのか。

ガスコンロの着火も電気によるものと改めて気づき、マッチを取り出す。

うーむ、古新聞のチェックでもするか。

電気とエネルギーを考えるために、月に一度ぐらいは停電があってもいいかも。


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岡村淳 :  
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