移民百年祭 Site map 移民史 翻訳
岡村淳のオフレコ日記
     西暦2017年の日記  (最終更新日 : 2018/01/02)
12月20日(水)の記 ダージリン

12月20日(水)の記 ダージリン (2017/12/25) ダージリン
ブラジルにて


日中、ビデオ編集と買い物の合間にカードを2枚ほど書く。
ブラジル国内の郵便料金をネットで調べて、切手とカードを選んで…
いずれも電話では用件の伝わりにくいお年寄り宛て。

夕食後の気ままな読書。
日中、モニターを凝視している時間が多いので、活字ぎっしりの本はパス。
画集、展示の目録など。

昨年、日本から担いできたものの文字部分がそこそこあって読み切っていなかった『吉田博展』の目録をはじめから繰り直す。
昨年の千葉市美術館の展示では、ナイヤガラ瀑布の木版画に目をみはった。
なんと1925年、大正年間の作品だ。
アーチストは滝をどう表現するかに興味を持つが、これは屈指の作品。

改めて目録を見直すと、初期の日本の風景を描いた水彩画がいい。
吉田博は、高山を愛して世界各地の高峰に挑んだ画家としても知られる。
1931年の『風景(ダージリン)』と題した油彩画の絵面に見覚えがある。

ああ、矢崎千代二か。
目黒区美術館の『日本パステル畫事始め』展の目録の表紙も飾っている絵である。
1920年頃のパステル画で『残照ダージリン』。
ヒマラヤの主峰カンチェンジュンガの雪肌をてらす残照の表現が、すばらしい。
矢崎はブラジル移民、そして大アマゾンなどこっちの食指を動かす少なからぬ作品を残しているが、目黒の展示でもっとも僕を捉えた作品のひとつがこれだ。

言わせていただければ僕は吉田博の作品の方により惹かれるが、ダージリンに関しては矢崎がずっといい。
改めて見比べると、二人とも同じポイントからの視点で描いていることがわかる。
てっきりヤマ屋の吉田の作品の方が先かと思っていた。
吉田が矢崎の作品を知っていたかどうかはわからない。
矢崎は1872年生まれ、吉田は1876年生まれ。

吉田はあえておいしい残照のダージリンの光景は矢崎に敬意を表して描かなかったのでは、などと勝手に夢想してみる。

今度、ダージリンの紅茶をいただく時は、別の風味を味わえそうだ。


前のページへ / 上へ / 次のページへ

岡村淳 :  
E-mail: Click here
© Copyright 2018 岡村淳. All rights reserved.