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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2018年の日記  (最終更新日 : 2018/11/13)
4月の日記 総集編 謹んで『蒼茫』

4月の日記 総集編 謹んで『蒼茫』 (2018/04/03) 4月1日(日)の記 復活の魚介
ブラジルにて

今日は、復活祭:イースター。
日本でもチョコレートメーカーあたりが、売らんかなでイースターをイベント化しているようだ。
日本から「ハッピーイースター』という言葉が今年あたりから聞こえてくるようになった。
ウサギや卵のかたちをしたチョコレートを送り合う行事だと?
誰が復活したかを問わないイースターは、日本の現政権なみの欺瞞というものだろう。

復活のミサのあとで、路上市へ。
連れ合いの実家での昼食に添える刺身にと、アジとイワシを購入。
夜のわが家はパエジャとする。
パエジャ用に小ぶりのイカとエビも買う。
サイズの大きいのは値段も張る。

アジの中落ちはふだんは味噌味で、なめろうにする。
メインがパエジャだから、タマネギとパセリでカルパッチョ風に。

さあ、来週はまた訪日だ。
その前の、大きな課題は…


4月2日(月)の記 4月のエニグマ
ブラジルにて


遅ればせながら、先回の訪日の上映会で、アンケートにメールアドレスを記してくださった方々に御礼のメールをしたためはじめる。

さっそくのつまずき。
メールアドレスに判読不能のアルファベットが。
「h」と読んで送ってみる。
いっときして、送信不能のメッセージ受信。
「r」かな。
改めて送信。
送信不能。
「k」か?
送信不能…
ほかに読みようがあるだろうか?

そのほか、こっちの入力ミスでのエラーもあり。
書いてくれた人の、メールアドレスの末尾など書き間違えとみられるケースもあり。
はかどらない。
道は厳しい。


4月3日(火)の記 全とっかえの季節
ブラジルにて


10年来、使ってきた映像編集システムの全とっかえの必要あり。
ブラジルでひとりガラパゴス化してしまった身で、相談できる人も限られ、なにをどう相談していいかもわからない状態。

『KOJO』いらい、日本で拙作の仕上げでお世話になっていただいた さとじん さんにまずは相談。
先月に沖縄で再会して、いまはブラジル滞在中の松林要樹監督にも教えを乞う。

いやはや、この10年余りのブランクは大きい。
さすがに火打石は卒業して、マッチが欲しいのに世間では高級ライターしか売っていないような感じかな。
自転車のライトのための発電機が欲しいのに、すでに世の中には原発由来の電気しかない、というか…
もっといいたとえはないかな。

こうしたことを考えるためのお恵みだな。
縄文研究学徒の時代に、きちんとテクノロジーの遷移について考えてこなかったことのペナルティーかも。

フイルム編集時代が懐かしい。


4月4日(水)の記 ブラジルのおふでさき
ブラジルにて


緊張が、体の反応に出ている。
朝イチで車を繰り、故・松井太郎さんのお宅を訪ねる。
遺族から委託された蔵書の件。

さまざまな大きさの、計35個の段ボールに収まった書籍を、一気にチェックする。
昼食等の気遣いをさせないよう、昼前までに勝負。

予期せぬ「偶然」が重なった。
松井さんからのメッセージだろうか?
正直、このミッションは僕にはきつかった。
今日、新たに僕のすべきことがみえてきた感じ。

帰宅後、この蔵書に興味を持つ研究者にメールで報告。
訪日前の大きな気がかりを、とりあえずクリアー、かな。
とりあえず、だけど。


4月5日(木)の記 カツアゲ御免
ブラジルにて


上映会に来てくれた人に御礼のメールを出すと、ざっと10人にひとり強の人から返しのメールをいただける。
それにまたお返しをして…うれしい堅固な関係になることもしばしば。
ネット通信では、思わぬ事故もあるけれども。

今晩は、カツ丼をつくる。
先回のカツ揚げの時は、ネットで裏技を調べてみた。
・小麦粉と溶き卵を一緒にする。
・カツは二度揚げする。

小麦粉と溶き卵を一緒にすることは、手間の短縮に大いに役立った。
すでに割合は覚えておらず、再検索しても同じようなレシピがたくさんあって面倒だ。
テキトーにする…

なんだかぐじゃぐじゃ。
少なくとも見栄えはよくない。
カツ丼にするし、家族で食べるのだから、ま、いいか。

次回はまたやり直そう。


4月6日(金)の記 金曜日の告白
ブラジルにて


今日は、気をもんでいた自動車の手続き、今回の訪日時の足の懸念など、いっきにクリヤーできた。
と、同時に、自分の情けない判断ミスに気づかされる。

さる航空会社アライアンスの、ラウンジ使用等々の特典を、みすみす逃してしまうというミス。
これは、いたい…!!

しかし。
・社会のなかで弱い人に寄り添うなどとうそぶきながら、自分だけウハウハとラウンジ使用とは、偽善者ではないか。
・ラウンジが使用可能となると、時間かまわず次々にタダ酒を痛飲して、フライトで体調によけい負担をかけてしまう。

そう思うか。
ああ、それにしても。
あの時の旅は、なにかと一筋縄ではいかなかったな。


4月7日(土)の記 タトゥーなし
ブラジルにて


4月2日は世界中での自閉症啓発の日である。
今年は月曜だったため、わがサンパウロではこの週末に関連イベントが続く。

自閉症の人を呼ぶ言葉として、ここでは英語のアウチストを用いたい。
午後からアウチストたちの演劇グループによるミュージカル劇がある。

家族4人のうち、3人で参加。
演出等はアウチストではないサポーターが行ない、演技にもアウチスト以外の人たちが混じっての進行。

アウチストの典型的な言動を寸劇のコメディに仕立てているが、見ていて思いは複雑。
関係者ばかりの観客席は笑いで湧いているけれども。

そこそこ仕込があったようだが、観客からアウチストたちへの質問コーナーというのが面白かった。
「どうしてアウチストたちはタトゥーをしていないの?」
たしかにこれだけの人数のブラジル人の若者が舞台が上がっていて、露出している手足にタトゥーがまるで見当たらない。

質問を勘違いしたらしい顔見知りの青年が、自分はあるぞ!と声をあげる。
なぜ、アウチストはタトゥーをしないのか?
アウチストの特質、そしてタトゥーの特質を考えるうえで面白そうだ。


4月8日(日)の記 キレネのシモンを想う
ブラジルにて


今日は午後からサンパウロのパウリスタ地区で、自閉症啓発のマニフェストのウオーキングがある。
訪日直前でやるべきことは山積みだが、顔ぐらいは出さないと…

参加者は青をまとうことになっているので、わかりやすい。
ふだんは偏見、白眼視にさらされることの少なくない仲間たちが一挙に集うことの感動。
われわれは、ひとりじゃない。

炎天下のウオーキングに備えて、集合会場のテントの日陰にあった椅子に座って体力温存。
すると、男の子が僕の膝に寝転んできた。
父親が制するが、どうぞそのままに、と伝える。
6歳の自閉症の少年が、僕の膝を選んでくれた。
父親と話もはずむ。

さあ、いざ歩かん。
途中で抜けて、近くのアート展でもと思っていたが…
わが子がお世話になった団体の横断幕担ぎを手伝ってくれと言われる。
5メートル×1メートルぐらい、両端に棒があるだけで、誰かが真ん中を支えていないとサマにならない。
今までこうした活動をすべて連れ合いに押し付けて逃げていたことを恥じつつ、真ん中へ。

新約聖書に登場するキレネのシモンを想う。
今のリビアあたりに暮らしていたユダヤ人のシモンは、おそらく聖地巡礼でエルサレムを訪ねる。
そして、たまたま、十字架を担がされて処刑場に向かうイエスの一行に出会う。
すでに拷問を受けていたイエスは十字架を担ぐのは難しいで、ローマ兵たちは通りがかりのシモンに十字架かつぎを手伝わせるのだ。

このシモンは、イエスと何のかかわりもなかった。
しかし僕は、さんざんお世話になってこの団体になにもしていなかったのだ。

横断幕を担ぐ人たちの撮影は『リオ フクシマ 2』でもしているが、横断幕の担ぎ手はこれがはじめてかも。
少しはコツがのみかけてきた。
端の棒の担ぎ手が一度、ポジションを変わろうかと言ってきたが、ほかに誰も変わろうという人は出てこなかった。

生前のイエスと他人の関係だったキレネのシモンは、人類史上最大のベストセラーに名を残した。
熱心なキリスト教徒になったとも伝えられているそうだ。


4月9日(月)の記 かに玉でグッドバイ
ブラジルにて


さあ、明日は出家だ。
家族にこさえる夕餉は今日が最後。

マングローブの泥ガニの剥き身で、かに玉をつくる。
ハクサイを、手製冷やし中華のタレの残りを使って、ニンニク炒め油がけで。

まったく訪日が近づいてくると、日にちが過ぎるのが早い。

もういくつ寝ると、と数えるが、はやく来い来い、とは思わない。


4月10日(火)の記 タクシーと悪霊
ブラジル→


さあ、いよいよ訪日。
シャトルバスに乗るために、国内線のコンゴニャス空港までタクシーで向かう。

日系人の運転手さんで、齢80代後半。
お連れ合いが、うつ病で自宅療養中の由。

認知症が、うつ病に誤診されたという身近な話をしてみる。
すると、運転手さんの夫人は、悪霊につかれている、という。
彼女はサンパウロにある、さる日本の信仰宗教団体で熱心に活動をしていたそうだ。
ところが、悪意を持った人物が入り込んできて…

その宗教では、悪霊を取り払えなかった由。
そっち方面は僕もキライではないので、話がそこそこ弾む。

空港での停車時、横の車のミラーにぶつけ、歩道に前輪を乗り上げる。


4月11日(水)の記 日本のDARKEST HOUR
→イギリス→


今回の訪日便、まずは英国航空機でサンパウロからロンドンまで。
さあ、機内映画。

お、最新作コーナーに『DARKEST HOUR』。
邦題は『ウインストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』。

これから向かうわが祖国は、まさしく暗黒の時だ。
そしてチャーチルと好対照の、虚栄と虚偽の政治の長。

チャーチルが戦時下の地下鉄に一人で乗り込むシーン。
日本の内閣総理大臣になる男が、遊説中に新幹線のなかでとった一般市民を愚弄した言動と見事な落差。

祖国の闇が、底をついたことを願うばかりだ。


4月12日(木)の記 戦狼におったまげ
→日本


ロンドンからは共同運航のJAL便。
が、機内サービスの日本映画にあまりそそるものがない。
ぶったまげたのは邦題『戦狼/ウルフ・オブ・ウオー』という中国映画。

「中華人民共和国国民
 海外で危険に遭遇しても
 放棄する必要はありません 
 貴方には強大な祖国という
 後ろ盾があるのだから」
最後にこんな字幕が。
内戦状態となったアフリカの国に取り残された中国人の労働者たちを救出すべく、一人で立ち向かう男。
戦車を使った大アクションシーンにもたまげた。
調べてみると、決して国策映画ではなく、愛国心に燃える監督兼主演のウー・ジーの熱意と奔走のたまもののようだ。

早朝の羽田に到着。
目黒の実家にたどり着く。

午後からさっそく秋葉原へ、ビデオ編集システムの買い出し。
品ぞろえに時間がかかるという。
ノートパソコンがお預けのため、さっそくネットカフェへ。
いやはや、またネカフェ通いか。


4月13日(金)の記 前夜祭のつぶやき
日本にて


いやはや、訪日もいいが時差ボケがきつい。
いつまでも横たわっていたいが、そうもならず。
まずは徒歩圏のあいさつ回り。

さあ、下高井戸シネマでは今年が最後になるという「優れたドキュメンタリー映画を観る会」の特集上映前夜祭。
大宮浩一監督『夜間もやってる保育園』の上映。
いろいろな点で、大阪西成の児童施設を撮った『さとにきたらええやん』と比較せざるを得ない。

『さとにきたらええやん』は、うまい作品だと思ったが、被写体の子供たちの今後を危惧したくなるような思いがあった。
ところが、なんと。
この2本は同じ編集者がつないだものと知る。
これも、いやはや。


4月14日(土)の記 岡村のいちばん長い日
日本にて


けっきょく、一睡もできず。
この1月に拙作のイメージ画をお願いしていた人から、先週ようやくこれで完成させたい、という画像が届いた。
しかし僕なりに思いを込めたタイトルの割付けを、絵の都合で変えてある。
先方はそれは譲れないとのことで、ひと悶着あった。
新たに描き直してもらったのが昨夜、届いた。
今度は、僕の作家としての矜持と相反するものがある。
よくよく考えたが、これは他人様には見せられない。

ノートパソコンがないので朝イチでネットカフェでプリントアウト、コンビニで光沢紙コピーして映画館に貼り廻らせるつもりだった。
拙作の顔になるポスターなしで『リオ フクシマ 2』のワールドプレミア上映に臨む。

映画館では僕の上映行脚生活のなかで最悪最低の映写事故があり、ゲストである僕が観客になじられたことがある。
そのトラウマがあり、緊張し続ける。

もうひとつは、懇親会をどうするか。
今回は岡村作品ウオッチャーの伊予さんが親娘でひと肌脱いでくれて、助かった。

前作ではだいぶ返り血も浴びたが、今回は大団円となったようだ。
伊予さんが厳選してくれた、近くの「爺」!という居酒屋の座敷もナイス。
初対面の人も複数いらしてくれて、理想的な懇親ができた。

その足で有志たちと国会前の抗議集会へ。
うーむ、恥を知らない政権を覆すには、もっともっと人手が必要かも。
これでいいのか、日本人!
と、『忘れられた皇軍』の小松方正、大島渚、牛山純一のように叫びたい。

ブラジルからの長旅、さっそく徹夜、上映の緊張で、もう立っているのもつらい。
近くの石垣の縁にスペースを見つけて座らせてもらう。
あ、作家の澤地久枝さんもすぐ横に座っていらした。

夜のキャンドルマニフェストは途中で失礼して、ふたたび下高井戸シネマへ。
夜の部の外国のドキュメンタリーを見るが、「寝ごこち」のいい椅子に座り込みなり爆睡。
どんな映画かも覚えていないほど眠る。
イビキが心配...


4月15日(日)の記 ネタモトわれにあり
日本にて


近々ブラジルに滞在するので話を聞きたい、という知人と学芸大学で待ち合わせ。
話が弾み、先方が時間を教えてくれなかったら上映会の設定に食い込んでしまうところだった。

さあ学大ライブ上映講座の新たな始まり。
今日は、昨日ワールドプレミア上映をした『リオ フクシマ 2』の副読本を意識したプログラム。
『巨大トンボ』と『橋本梧郎』の2本のつもりだったが、『ブラジルのユーカリ植林と日本』も加えてみた。
来場者の多くにとって、このユーカリがいちばん衝撃だったようだ。

この3本を見直して、僕自身が学ぶことが多かった。
ネタモト、われにあり。

今日も一期一会の楽しい懇親会ができた。
流浪堂さんの近くにオープンした餃子屋さんにて。


4月16日(月)の記 東京案内
日本にて


今朝はまずは下高井戸シネマへ。
古居みずえさんの『飯館村の母ちゃんたち 土とともに』。
主人公のおばちゃんたちが、どんな状況でもとにかくよく笑う。
縄文時代の母さんたちもよく笑ったかな。
古居さんは、『フリーゾーン2000』時代以来からのお仲間。

ブラジルから一時帰国中の友人と、ハチ公前で待ち合わせ。
東京が不慣れな彼を、案内。
目黒駅コースで、まずは目黒雅叙園から。
今日は月曜日で近所の仲良しのカフェが二軒ともお休みなのが残念。
SUNNY BOY BOOKSさん、流浪堂さんを案内。

新宿に出て、佐々木美智子さんの『ひしょう』にお連れする。
あとから来た客が、我々に延々と学生運動時代の、こっちには理解不能な自慢話を吹聴する。
佐々木さんが「20年ぶりにあって、話があるから」と振り切ってくれる。
それでも隙を見つけてパーソナルな話を吹きかけてくるのがすごい。

今日は夜も下高井戸シネマで鑑賞のつもりだったが、確実に眠りに落ちることだろう。
佐々木さんのところでもう少し談笑してから、おいとま。
ノートパソコンが使えないため、学芸大学のネットカフェ通い。


4月17日(火)の記 秋田のナマ
日本にて


秋田のナマハゲ、ではなくてナマ放送。
4月27日の秋田市での拙作上映にちなんで、現地のラジオ番組に登場することになった。
ABS秋田放送というところで、本日13時30分からのナマ放送でインタビューしたい由。
昨日、担当ディレクターから連絡があり、そのとき電話を受けたわが実家のような環境が望ましいという。

今日は下高井戸シネマでモーニングショーとレイトショーを鑑賞の予定。
午後に電話インタビューを受けるためだけに実家に戻るのは経済的ではない。
映画館近くの緑地ででも、と考えていたが、屋内で、かつバックアップの電話回線があるところという希望があった。
知らない喫茶店などでは周囲に迷惑だろうし、こちらも落ち着かない。

数駅離れた千歳烏山の玄米定食屋「らくだ」さんに思い当たる。
らくださんでは何度か拙作上映会も開いてもらっていて、厨房に立つ松本さんとは下高井戸シネマでもお会いしている。
ご快諾いただき、まずはおいしい玄米定食をいただく。

いやはやナマ放送待ち、しかも相手の見えないラジオ取材というものの落ち着かなさ。
ハヤクチにならないこと、放送禁止用語等に気を配りながら、電話を待つ。

どうやら、放送事故もなかったようだ。
さっそく近くのネカフェにこもってたまる宿題を手掛けようとするが…
3時間パックで、2時間半は眠ってしまった。
宿題以上に疲労がたまっているな。

明日は横浜にて大切な撮影あり。


4月18日(水)の記 横浜の読経
日本にて


横浜市は広い。
おりしも来日中のブラジルの法事紙記者の友人も誘って、ガウショこと伊藤修さんのアパートへ。
谷戸のなか迷路のような一角。
伊藤さんの言語能力では道順を説明できないとのことで、大口駅までお出迎えいただく。

今日は、伊藤さんの得度式。
出家となる儀式だ。
南米の曹洞宗のトップによる司式で、日本で修業中のブラジル人僧三人が補佐する。
アマゾン生まれの伊藤さんのご子息も一緒に得度することになった。

手狭な老アパートの一室には僕と友のスペースはなく、階段から撮影。
横浜の谷戸の奥底に、ブラジル人修行僧たちの読経が響く。
ここまでの道のりは、奇跡。
あな、かしこ。

仏僧らとハバナクラブを痛飲した後、友と大口駅前の居酒屋「大将」へ。
ここの女将は、ブラジル人。
われわれがブラジルから来たと聞いて、ほかの客らのアテンドをやめて話し込む。
お勘定は取らないと言ってきかないので、ブラジルの駄菓子をお納めいただく。


4月19日(木)の記 末吉公園とマウンテンデュー
日本にて


撮影疲れ、飲み疲れのなか、未明に沖縄行きの支度。
羽田空港へ。

ANA機はJALと違って事前にアプリをインストゥールしておかないと機内wi-fiは使えないようだ。
乗る前に知らせてほしいもの。
JALにはあった座席のUSBコンセントもANAにはない。

ひと月半ぶりの沖縄。
なんだかずっと那覇にいたような気がするほど違和感がない。
まずは今日の宿をとった首里へ。
モノレールから地表を眺めておいたのが後で役に立った。

午後、友人が都合をつけてくれるという。
漫湖のマングローブ林をともに踏査するか。
末吉公園の亜熱帯林も捨てがたい。
迷ったあげく、亜熱帯林にする。

拙作『リオ フクシマ 2』のあの森のことを考えるためにも、そうしよう。
末吉公園には、那覇市唯一の亜熱帯の自然林が残っている。

僕が先に着き、ロケハン。
滝見橋あたりまで行ってみる。
この木陰の心地よさ。
拙作の、森に入った坂田昌子さんの姿を思い起こしてもらいたい。
友と至福の時間を過ごす。

帰路、モノレールから見つけた儀保駅近くのネットカフェに入る。
アジアの亜熱帯地帯の古い建物に入った時の空気。

ヤマトのネットカフェと比べて変わっているところ…
利用者の記帳は、大学ノートの手書きフォームに。
コーヒーは、瓶入りのインスタントコーヒーの粉が置いてある。
清涼飲料に、ペプシコ販売のマウンテンデューがある。
禁煙席はないが、空気洗浄機が置かれている。

2時間パックで、たまりにたまったネット作業の焼け石に水を注ぐ。


4月20日(金)の記 首里のよろこび
日本にて


早朝から、首里の宿よりふたたび末吉公園の方へ向かって歩く。
丘上に見える気になる建物が何か、確かめるためにぐるりを回ったり、新たに気になる森に入ってみたり。

午前中、ウララさん、言事堂さんと牧志の古書店を回る。
東京の友人からすすめられていた栄町市場の宮里小書店も行ってみよう。
地元民でも容易でないアクセスと聞いていたが、イッパツで見つけてしまった。
これはまた面白いお店だ。
向かいの洋品店の女将にコーヒーをごちそうになり、小書店副店長綾羽さんともども盛り上がる。

さあ念願の沖縄最古の映画館、首里劇場に挑む。
これはややこしい道順で、スマホに頼り切る。
アンコール遺跡に出会ったような感激のある建物だ。
出がけに館長さんにご挨拶をして、うれしい歓待を受ける。

さて、3月に引き続いてのアルテ崎山さんでの上映。
さっそく宮里小書店の副店長が来てくれるといううれしさ。
しかも今宵はウララの宇田店長自らが拙著を会場で出張販売してくださる。

今日の上映会を主催してくれた安仁屋さんと、近くの居酒屋「守礼」で乾杯。
ここの豆腐チャンプルは、まさしく感動のおいしさだった。


4月21日(土)の記 みやんちまで
日本にて


昨晩の首里上映会を主催してくれて、その後の居酒屋も付き合ってくれた安仁屋雅実さんに、車でコザまで送っていただいた。
築50年以上のコザの古民家民宿ごーやー荘。
家屋の醸し出す空気が懐かしく、疲れた心身にしみる。

ミュージシャンの宮沢和史さんの営むカフェ「みやんち」のスタッフが迎えに来てくれる。
折りしもの雨で、まずは周囲のナメクジ相が気になる。
みやんちのスタッフの皆さんとは、さっそくばか話で打ち解ける。
宮沢さんにお会いするのは、10年ぶりだろう。
若々しく、さわやかかつエネルギッシュ。

みやんちクリエイトのブラジル風料理+岡村作品上映+宮沢さんと岡村の対談+宮沢さんの演奏、第一夜。
それぞれ50名の宮沢ファンが全国から集まった。

事前の細かい打ち合わせは、なし。
宮沢さんがどんな質問を振ってくるかわからない。
上映作品は『京 サンパウロ / 移民画家トミエ・オオタケ 八十路の華』。
宮沢さんはトミエ先生のことではなく、フマニタスの佐々木治夫神父について問うてくる。
よほど佐々木神父のことを気にいってくれたようだ。

なんとか、特にトラブルもなく終了。


4月22日(日)の記 コザの聖歌
日本にて


コザの宿・ごーやー荘から徒歩数分のカトリックコザ教会の日曜のミサに行ってみよう。
司祭はベトナム人、そしてフィリピン人の女性の参加者が少なくない。
え?
ミサ曲が、僕には沖縄音楽の旋律に聞こえるではないか。
宮沢和史さんに洗脳されてしまったのか?

ミサ後に、教会の顔役らしい人に聞いてみる。
すると、新垣壬敏(あらがきつぐとし)という沖縄出身の音楽家が作曲した聖歌をこの教会では歌っていると教えてもらった。

コザは、雨。
数種のカタツムリとオタマジャクシの群れには出会うが、ナメクジが見当たらない。
人通りもまばらな繁華街のギャラリー、大衆食堂、ミュージアムなどを回る。
いちいち面白い。

さあ宮沢和史さんとのセッション第二夜。
「みやんち」スタッフとはすっかり打ち解けた。
一昨日のアルテ崎山での上映会に来てくれた人も友人連れで訪れ、アウエーの身には心強い限り。
今宵の上映は『ササキ農学校の一日』と『きみらのゆめに』。
宮沢さんはモンテッソーリ教育について調べていて、トークで振ってきた。
上映作品からは直接みえにくい移民、そして沖縄に話を結んでおく。


4月23日(月)の記 ゆるさの理由
日本にて


午前8時過ぎにコザの宿を出て、バスで那覇空港に向かう予定。
出発準備をしていてすでに7時を過ぎたが、近くに市場があると宿主の秀さんに聞いていたのを思い出した。
宿から歩いて10分もかからないという。
行って朝飯でも見つくろってみよう。

中部農連市場。
なんとも閑散としている。
そこそこ店は出ているのだが、売り手の脱力ぶりに、脱帽。
座ったまま、突っ伏して眠っている人が何人もいる。
客の側に両足を突き出している人も。

これまで、ブラジル奥地をはじめ少なからぬ世界の場末を歩いてきた。
これだけ労働意欲の感じられないマーケットは、初めてではなかろうか。
お弁当、超長棒状のカマボコ、あたたかい島豆腐などを購入。

ごーやー荘に戻って秀さんに聞いてみた。
この市場では早い人は午前2時ぐらいから準備を始めて、午前4時には営業を始めるという。
商店料理店経営者たちの買い出しが早朝まで続き、一段落して午前10時ぐらいから一般市民の買い物が始まるという。
僕が訪ねたのは夜明けまでのひと仕事が終わった休息タイムだったのだろう。
どうりでほとんど顧客が見当たらなかった。
秀さんのおかげで、誤った偏見を抱かないで済んだ。

さようなら、愛しの島、夏の妹たち。


4月24日(火)の記 東大モトクロス
日本にて


午前中は渋谷でいくつかの所用。
さる手続きで訪問したオフィスで女性スタッフから、ブラジルでどんなお仕事を?と聞かれる。
なんだと思いますか?と返してみると…
ドキュメンタリー製作とか?とビンゴされてしまった。
オフィスに入ってきたときの雰囲気、それまで僕の投げかけていた質問がふつうとは違うから、とのことだが…
事前にこっちの名前で検索していたのでは、と疑ってしまう。

午後、東京大学東洋文化研究所へ。
僕が5年前に撮影した対話映像を、資料映像としてまとめたものを研究者たちと試写。
僕の想定以上のインパクトだったようだ。
ここに至るまでの過程は、尋常ではないかも。
あな、かしこ。


4月25日(水)の記 未来のアミーゴたち
日本にて


畏友の櫻田博さんがいとなむ茨城県神立のブラジル系児童の学童保育「キッズ&スクール」へ。
櫻田さんを訪ねるのはしばしばだが、数年ぶりに学校を撮影させてもらうことになった。
この数年で、生徒たちはひと通り入れ替わっている。

まずは小中学校への生徒たちの迎えに同行させてもらう。
生徒たちが「なんで撮影してんの?」と聞いてくる。
すぐに、なんと答えたらいいのか…
テレビの番組、ぐらいなら簡単なのだが。
櫻田先生の学校の記録として…
きろくって、なに?
ということになる。
僕は、なんで撮影してんのだろう?


4月26日(木)の記 みちのく ねりねり
日本にて


さあ今日からJRレールパスを使って日本列島縦断だ。
まずは朝イチで山形新幹線。
さすがは新幹線、三人掛けシートの夜行バスよりずっと快適。

道中、昨日の撮影素材の構成と編集を考える。
ふむふむ、すると足りないのは…
それを撮影するには…
追って櫻田さんに連絡しよう。

山形寒河江の親類の見舞い。
今日は老舗温泉旅館がカタカナ名になったシンフォニーに泊まる。
ここはもうひとつのサンチェリーより温泉の使い勝手がいいのだ。
サンチェリーの露天風呂はすばらしいのだが、深夜から未明までの「通」の入湯タイムが入湯不可という無粋さである。
シンフォニーに昼前に荷物を置きに行くが、もう入湯してもいいといううれしいサービス。
老舗らしく、大浴場に向かう途中にある絵画類がいい。

北国の少女や民家を描く「栄子」というサインのある絵がいい。
作者を宿に尋ねてみる。
山形県出身の田宮栄子という画家だと知る。

みちのくや
湯はよし 食よし アートよし


4月27日(金)の記 謹んで『蒼茫』
日本にて


早朝、ふたたび寒河江温泉入湯。
今回訪日中、さいごの温泉になるかな。
左沢線、山形新幹線、奥羽本線と乗り継いで羽後国秋田市へ。
奥羽本線、単線部分もあるのだな。
ほかの乗客との会話もまた楽し。

秋田駅にはひさびさの森野潤さんら5人もの人たちが迎えに来てくれた。
まずは全員で市内の大平山のふもとの山小屋風食堂へ。
集った面々、どれも普通の人ではなさそうなのがすごい。
近くを散策して祠などを見るが、地元では当たり前・外部の者には意味不明のものが。
特に北関東、東北にはこうした風習が少なくないように思う。
すぱっと縄文時代ぐらいまでさかのぼれるものもあるまいか。
僕はブラジル北東部で6000年来、続いているとみられる先住民の踊りを取材した。

なんだか進駐軍の司令官にでもなったようなすごいホテルをとってもらってしまった。
仕切り直して、歩いてすぐの上映会場へ。
今日は会場設定も上映機材もお任せなので、ラクである。

まさしく多様な方々にお集まりいただいた。
僕にとっては110年前の笠戸丸神戸出港の前夜祈念。
そして秋田県人石川達三と彼の『蒼茫』へのオマージュだ。
そして、船は出る。
再生。

作品じたいを成仏させてもらった思い。
懇親会もまた楽し。
もう一軒、主催者のなじみの店で、というのに付き合い…
進駐軍指令室に帰還できたのは、午前3時を過ぎていた。


4月28日(土)の記 110年目のなみだ
日本にて


ああ、ベッド使用時間4時間程度というもったいなさ。
広々として眺めもあっぱれだが、連れ込み宿なみのショートステイ。
近くの秋田県立美術館で開催中の「夜と美術」という展示が気になる。
開館の10時に今回の上映を主催してくれた森野潤さんを誘って訪れてみる。
え、これだけ?
30分ぐらいで早見をしようと思っていたが、10分もあれば見れるようなミニ展示だ。
しかも収蔵品ばかり、どこが夜と関係あんの?といった作品も。

まあその分、森野さんと茶飲み話ができた。
帰りの秋田新幹線は全席指定、連休入りでもあり空席なし。
つかのまの空席を移動したり、デッキで立ったり座ったり。

いったん目黒の実家に戻り、秋田でたっぷりいただいた土産類を置いて、代わりに今晩のこっちからの土産、ビデオカメラ、上映機材などを担いで西荻窪へ。

110年目の第一回ブラジル移民船「笠戸丸」の神戸出港の今日、ブラジルの守護聖母アパレシーダの名前をいただく場所で『移住四十一年目のビデオレター グアタパラ編』を上映。
しかもこの映画に音楽を提供してくれた青木カナさんがミニライブを奉納してくれることになった。

カナさんの一曲目は、この映画のテーマ曲でもある名曲『帰ろうかな』。
まさかと思ったが、演奏の途中、カナさんは涙で詰まってしまった。
本人にとっても意外だという。
カナさんは20年近く過ごしたブラジルから、お連れ合いのレオさんとともに日本に引き揚げてきた。
まるでブラジルには未練がないつもりだったが、ブラジルでの住まいなどを想い出して泣いてしまったのかもしれない、という。

カナさんも僕も、日本人移民としての集団の記憶を抱えているのだろう。
それに笠戸丸以来、そしてそれ以前の移民たちがはたらきかけたのかもしれない。
おかげさまで、この日この場所で移民の側からの祈念ができた。


4月29日(日)の記 おらぶ浦島
日本にて


疲労もたまれば、残務雑務もたまる。
するべきことを一人で抱え込みすぎているせいか、寄る年波のせいか、情けないミスも少なくない。

さあ今日は110年前の第一回ブラジル移民船笠戸丸神戸出港の後夜祭。
わが地元目黒で究極のホームレスといわれた日本人移民の記録『郷愁は夢のなかで』を初公開だ。
預言者は故郷に受け入れられない、とは2000年前のイエス・キリストのツイートである。

なんやかやで実家を出るのが遅れてしまった。
道中、格安コピー取りや今後の訪問地への土産購入を考えていたが、それどころではなくなってしまった。
今日は長編作品上映のため、時間設定を早めにしたが、いやはやまず一人でどこまで対応できるか。

と、頼もしきシンパがすでに会場入りして机椅子などの設置を始めていてくれた。
続いて早めに来た人たちが自発的に会場設定を進めてくれる。
これぞわが意にかなった上映会。

誰もがボランティア、スタッフとなってくれる。
機材素材の危ういところもあったが、おかげさまでぶじ奉納再生を遂げる。


4月30日(月)の記 十三の娘
日本にて


今回の訪日では、秋田行きの交通を考えて一週間のJRレールパスを買った。
昨日は上映会があり、まるまる東京にいたが、さあ今日からまた酷使しよう。
朝一番のひかり号で新大阪へ。
まったく新幹線は安息にはよろしいな。

関西のシンパに働きかけて、大阪十三の小さな会場にて招待者限定で『リオ フクシマ 2』の試写会を開催してもらうことになった。
それにしても濃いメンバーが集まってくれたものだ。
まだ公開は一度だけの拙作について、この辛口のご仁たちの忌憚ない意見を拝聴するのが僕の狙い。

招待者のひとりが、ブラジル帰りということで連れてきたご婦人が参加された。
その方は時間が押しているとのことで、終映後すぐにに主催者がなにかひとことどうぞ、と気をきかせた。
すると、少女時代のアマゾン移住に始まるご自身の苦労話が延々とエンドレスに…

あの『リオ フクシマ 2』の鑑賞後、しかも試写会の場で作品お構いなしに堂々と自分を語り続けるのがすごい。
お涙ちょうだい系の切れ目のないお話を途中で遮るわけにもいかず…
急ぎ退場と宣言していたブラジル帰りのご婦人は、そのまま腰をどっしりと落ち着けて懇親会でもすっかり盛り上がっておられた。
この神経でなければブラジルでサヴァイヴァルはできないってか。

主役は、誰だ。
なんのための上映か。
こうして僕は鍛えられていく。


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岡村淳 :  
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