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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2018年の日記  (最終更新日 : 2019/01/04)
8月の日記 総集編 森に戻る

8月の日記 総集編 森に戻る (2018/08/06) 8月1日(水)の記 タクシードライバーのツイート
日本→


さあ、日本ゲッタウエイ。
実家のトイレ、仏壇もざっと掃除して、冷蔵庫も僕扱いのものは空にした。
午後。
実家至近の中町通りまでスーツケースを引きずって、炎天下にタクシー空車を待つ。
来るときはすぐにも来るし、来ないときはなかなか…
数分でゲット。
恵比寿ウエスティンホテルのバス乗り場まで。

年配の運転手さんと、暑気の話になる。
胃をやられているという。
聞いていくと、ひどい客によるストレスが主因のようだ。
目に余る客の遭遇は、月に三件ぐらい、だったかな。
若い女の勤め人が多いという。
自分が遅刻をしておいて、赤信号で停車をすると罵声を浴びせてくる…
聞いているだけで、こちらもハラが立ってくる。
そういうバカ者は、運転手さんに命を託していることを理解できていないのだ。
この国と、住人の劣化はそこかしこに。

成田にて。
エチオピア航空、チェックインオッケー。
ゲート近くで最後の晩餐。
寿司類はドンブリ系で2000円以上。
ラーメンも、ちょっと…
デミグラスソースのハンバーグプレートというのにする。
この添え物のゴハンがひどかった。
自分で使ったことがないが、電子レンジのチン飯か。
今回訪日中、最もまずいご飯をおもてなしの国の玄関口でいただく。


8月2日(木)の記 温度差20度
→大韓民国→エチオピア→ブラジル


エチオピア航空機中。
深い眠りを断ち切られて、仁川空港でいったん降機、手荷物と身体検査。
午前0時すぎ、さすがの仁川空港も空いている店はわずか。
同じ飛行機でアジスアベバに向かう。

右側三人掛けで僕が通路側。
隣二人はアフリカ人で、すぐ隣の男性はマダカスカルから日本に働きに来ていたようだ。
アフリカ人同士がたどたどしい英語と片言の日本語ちゃんぽんで会話をしているのが面白い。

機内映画は、不作。
日本映画は2本あるが、いずれも若者の難病モノ。
『二度目の夏、二度と会えない君』という高校生ロックバンドもので、ヒロインがみまかるというのを見てしまうが…
保護者や家庭、経済的バックグラウンドがまるでうかがえない高校生たち。
誰が、どうしてこういう映画を機内映画に選ぶのだろう?

アジスアベバでのトランジットは、毎回変わる。
係員もいいかげんで、真に受けていたら危なかった。

それにしても、機内は寒い。
Tシャツの上に半袖シャツを着ているのだが、その上に薄い毛布をかぶる。
夕方のサンパウロに到着…気温摂氏16度。
ふるさと東京とざっと20度の温度差。

やれやれ、ぶじブラジルの家族のもとに…
あ、帰りのシャトルバスに成田のDUTY FREEで買った袋を忘れてきたぞ。


8月3日(金)の記 まどろみのサンパウロ
ブラジルにて


明日はこちらの義父の法要、朝から僧侶の送迎などを担当している。
今日一日はゆっくりさせてもらおう。

ゴロゴロと、気ままな読書とまどろみ。
成田の改造社書店で買ったマンガ『京都寺町三条のホームズ』1巻、なかなかよろしい。
いま書いてみてその奇遇にビビるが、京都は寺町東入の文祥堂書店で買った鈴木敏夫さんの『禅とジブリ』を開く。
鈴木さんと宮崎駿さんの関係など、よく知らなかったので面白い。

さあいちおう今日の夕食をできればつくると家族に宣言した。
思い切って起き上がり、近くの買い物へ。
冷凍食品店で豚フィレ肉、日本食材店でダイコンを買う。
1キロぐらいのダイコンが3レアイス50センタヴォス、約100円強。
これは日本に比べれば安い。
おっと、豚フィレもキロで500円もしない。

ご飯を土鍋で炊いて、豚フィレとキャベツを鉄板焼き。
明日の法事が終わるのが待ち遠しい。


8月4日(土)の記 法要の包容
ブラジルにて


はからずも、カトリック司祭の守護聖人とされる聖ヴィアンネの記念日。
今日はこちらの義父の三回忌の法要を連れ合いの実家で執り行なう。
僕は諸般の調整役、ないし便利屋。
わが家最寄りのメトロの駅まで司式をお願いする阿闍梨にお越しいただき、僕が車でお連れすることになった。

法要のあと、車で日本レストランに出向いて一同で会食。
仏僧の送り任務は免れる。

やれやれ、ブラジルに戻っての最初のミッション、つつがなく終了。
あと明日いっぱいぐらいは、だらだらさせてもらおう。


8月5日(日)の記 日曜の安息
ブラジルにて


ブラジルでの日曜のお勤め。
さあ、路上市。
刺身用にアジ、焼き魚用にアンショーヴァ:アミキリを購入。
オルガニック野菜のスタンドで、ケールとピーマンも。

昨日は運転だったので、法要の会食でも僧侶にアルコールをすすめるばかりで自分は飲めなかった。
今日は昼からいただき。
ブラジル国産ウオッカを柑橘系清涼飲料で割って、さらにライムを絞ってハチミツも少々。
長粒米を腸詰と炒めて炊いて。
アジの中落をカルパッチョで。

午後はゆっくり、週明けに備えて休む。
夕食の支度はカンベンしてもらって、食べずに眠る。
明日から宿題に着手しないと。


8月6日(月)の記 断食ファースト
ブラジルにて


昨晩から、ネット上で広島のニュースが伝わってくる。
一日の断食をするには格好の日となった。

さて、次の訪日が迫っている。
できればそれまでに編集をしておきたい撮影素材を、パソコンに取り込む作業。
新編集システムにまだまだ不慣れのため、不安もあるし気が重い。

撮影上のトラブルがさっそくあったのだが、なんとかなるか?

家族の夕餉は準備しないと。
豚のリブ肉を購入。
油で炒めて、ダイコンなどとおでん風に煮込む。
ダイコン皮を千切りにして、ニンジンとキンピラに。

寒空の仕事から帰ってきた家族に好評。
「生き返った」との声も。


8月7日(火)の記 常陸と南米
ブラジルにて


さあ日にちがない、最優先とするつもりの作品の編集に入ろう。
タイトルは拙作『金砂郷に打つ』と同じロケ地が中心なので、『金砂郷を撮る』ぐらいにしようか考えていた。
次回で30回を迎える水戸にのまえさんでの岡村ライブ上映会を記念して、というのが製作の大きな趣旨の一つでもある。
主人公は南米コロンビアに通い続ける写真家で茨城出身の柴田大輔さん。
『茨城と南米』にしようかと思いついた。
金砂郷は現在、常陸太田市であり、作品のベースにあるのは「常陸秋そば」と呼ばれるソバの品種である。
『常陸と南米』としてみるか、と先週、思いついて忘れないようメモ書きもしておいた。

編集の滑り出しは、なかなか重い。
どのような語り口で行くか。
『金砂郷に打つ』は追加情報は字幕処理とした。
今回は、ナレーションだろうかね。
原稿用紙を取り出して、ナレーション原稿を書きながら、映像の尺と原稿の量を調整していく。

冷蔵庫、冷凍庫の在庫を使う献立も考えながら。


8月8日(水)の記 編みかた快調
ブラジルにて


仮題『常陸と南米』の編集が興に乗ってくる。
一日で撮影したものを、時系列で編んでいくのだから、特に複雑なことはない。

日本の関係者もこちらの質問に即答してくれるので、よけい作業がはかどる。
なんとか今度のブラジル滞在中に仕上げられそうだ。

作業の合間に買い物や用足し、食事の準備。少しは冷蔵庫の残り物も片付いていく。


8月9日(木)の記 『百合祭』!
ブラジルにて


拙ウエブ日記の記載について、日本の知人から僕のフェイスブックのページにクレームが書き込まれ始めた。
マイノリティをめぐる問題。
先方は、僕の書いたものを誤読しているか、きちんと読んでいないうえで延々とこちらを攻撃してくる。
まるで、かみ合っていないのだ。

さほどの量でもなく、行替え等も多めにおこなって、難解な言葉は避けて記載しているつもりだ。
それでもこうした、きちんと読まない人、斜め読み飛ばし読みをする人にも誤解されないよう、もとの日記に言葉を補っておく。
そのことも、フェイスブックに明らかにする。

さすがにこうした事態に全面的にかかわっていると、こちらの本業に差し障り、なけなしのやる気にもダメージがある。
先方をブロックしようかなとも考えていると、自分の非を認める書き込みがあった。
やれやれ。

さてこうした受難にもくじけず、編集中の作品もクライマックスにたどり着いた。
クレーム対応疲れもあり、気分転換をしたい。
今日は家族たちの帰宅も遅くなる。

日本で入手した浜野佐知監督、山崎邦紀脚本の『こほろぎ嬢』と『百合祭』のDVDを続けて見る。
『こほろぎ嬢』は全編鳥取ロケの魅力があふれて、あの『第七官界彷徨』の残り香がかぐわしい。
『百合祭』には、たまげた。
こんなすごい映画があったとは。

北海道にある、『東京物語』で原節子扮する紀子さんが住んでいたようなアパート。
高齢の独居女性ばかりが暮らすなかに、ダンディーな老人男性が転居してくる…
そしてパゾリーニの『テオレマ』のような事態が。
ミッキー・カーチス扮する三好さんという色男のキャラクターが面白すぎる。
誰か、こんな表情の人が知り合いにいたなと思いつつ、思い出せない。
付属のパンフレットを読みふける。


8月10日(金)の記 洗車のついでに
ブラジルにて


編集中の映像作品にタイトルを入れようとする。
うまくいかない。
この編集システムの「パーフェクトガイド」を繰ってみるが、この問題への対処法は見つからない。
いやはや、こまった。
あちこちいじっているうちに、問題氷塊。

クルマの汚れが気になっている。
なじみの洗車場まで運んでいく。

待ち時間、近くを歩く。
これまで看板も見当たらなかった日本レストランに日本語で「大好き」の看板が。
フェイスブックねたにスマホで撮影。

クルマを洗ってもらうと、自分のカラダもすっきりする思い。
車体後部の、どこかでこすったらしいキズも注視しなければ気づかないぐらいになった。

帰宅後、ふたたび字幕作業。
極力、字幕は入れないようにしてみる。

夜は、お好み焼きにする。
買って使い損ねていたモヤシも入れてみる。
悪くない。

いつもと同じ分量にしたはずなのだが、なんだか出来上がりの量が少ない感じ。


8月11日(土)の記 シェルブールの偽医
ブラジルにて


『シェルブールの雨傘』を見たのは映画少年になりたての中学生の頃、渋谷の東急名画座でだったと記憶する。
カトリーヌ・ドヌーヴ演じるヒロインの役名は覚えていない。
相方の役者の名前は記憶にないが、ギイという役名は覚えている。
僕にとって、かなり聞きなれない名前だったせいだろう。

日本で小説家の仙川環さんとご縁をいただいた。
医療ミステリーのジャンルで、多数の作品を発表しておられる。
いくつもの出版社から文庫化もされている。
詠みかけていた『偽医』を一気に読んでしまう。

「脳卒中は手術をするな!」と提唱するカリスマ医師の謎に挑む女性新聞記者。
仙川さんは新聞記者をされていたので、ディテールに至るまでリアル感たっぷりだ。
恥ずかしながら僕は脳卒中、脳梗塞、脳溢血などの区別がよくついていなかっただけに、それだけでも勉強になった。
カリスマ医師の代替医療の理屈がよくわからないのが気になった。

昼は息子と、大衆焼き肉屋へ。
そんなに食べたわけでもないが…肉はしばらく見たくない。
夕食をパスするほど満腹になった。


8月12日(日)の記 ブラジルの父の日
ブラジルにて


今日は、ブラジルの父の日。
こちらでは日本語に訳すと「おめでとう」と言われる。
日本なら「ありがとう」だろうといつも思う。

まあ愚生はまさしく、おめでたい父である。
わが父も他界して久しく、連れ合いの父も三回忌を済ませたばかり。
こちらが矢面に立つ。

愚父のリクエストで、夜は手巻き寿司。
日曜の路上市でのネタの買い出しは本人が行く。
刺身用にアジ、エビは小ぶりのむき身。
朝の遅いオルガニックの屋台でキュウリとキャベツを求める。

家族四人のひととき、あといつまで続くかな。

ミュンヘンオリンピックの記録映画の邦題を想う。
以前にも書いたかもしれない。
『時よとまれ、君は美しい』。
ちょっと検索してみると、どうやら『ファウスト』に登場する言葉のヴァリエーションのようだ。
映画のタイトルの邦訳では、ベストの部類ではなかろうか。


8月13日(月)の記 冬の断食
ブラジルにて


さあ今日も一日断食。
最新短編『常陸と南米』のナレーション原稿合わせをふたたび。
なじみのスタジオでの録音を明日朝、予約。

さてこの作品はちょっと置いておいて、別の映像素材の作業を着手。
これもどうなることやら。

今日の夕食準備はパスさせてもらう。
ピザの出前を頼むようだ。
早めに横になって、郵送されてきた資料を読んだり。

うとうと。
当地は冬。
よく眠れる。


8月14日(火)の記 地下鉄の躁音
ブラジルにて


朝イチでサンパウロ市内の個人経営の録音スタジオへ。
メトロの青ラインから緑ラインに乗り換えて、東方向へ。
お、車内に音楽が。
メトロ車内にクラシック音楽が流れている、という報道をしばらく前に読んだな。
聞こえているのは…クラシックというより、イージーリスニングというか。

ひょっとすると、今度ブラジルに戻って初めてのメトロ乗車か?
ブラジルとしては控えめな音量で、悪くはないかも。
誰が、どんな基準で選曲しているのだろう?

今回の録音も短編のナレーションで量は少ない。
しかし、こればかりは何度やっても緊張。
昼前に終了。
その足で、パウリスタ地区での所用を済ませて。

帰りのメトロ車内。
音楽が控えめに流れるなか、フォルクローレ音楽演奏の二人組が乗り込んできた。
嫌いではない曲だが、近くでやられると、けっこううるさい。
車内で本を読んでいる時にこれがはじまると、本に集中できなくなる。
今日はチップは出さないでおく。

車内音楽放送は、こうした車内ライブ演奏封じ込めの意味もあるのかな。
どうせメトロの車内でナマで聞くなら、フォルクローレ以外を聞きたいな。

さあ録音したデータの取り込みとミックスダウン作業の開始。

夜、気になりはじめていた文庫本の『常陸風土記』の所在がわかる。
詠み始めて、ひらめいてしまう。
さあどうしよう。


8月15日(水)の記 病んだ踊り手
ブラジルにて


今日は昼、そして夜もメトロ利用で外出。
メトロの車内音楽は時間によってジャズだったり、クラシックだったりするようだ。
「本場」でありながら日本人の期待する「ブラジル音楽」が流れないのが面白い。

夜は、21時からの公演…
日本の知人から、サンパウロで行なう舞踏のスタッフとしてこちらに来るとの連絡をいただいた。
その公演である。

ポルトガル語のタイトルを邦訳すると「病める踊り手」。
尋常ではないのが伝わってくる。
田辺知美、川口隆夫が土方巽の世界に挑戦する、という触れ込みだ。
タタミに着眼した演出とか。

日本近辺の気象放送から始まる。
正直なところ、よくわけがわからない。
日本語とポ語で書かれた資料を入場時にもらった。
その日本語そのものが、読みこなしにくい。
寡聞にして知らなかったが土方巽に『病める舞姫』というテキストがあり、それをもとにこの二人が『ザ・シック・ダンサー』というタイトルで公演を続けているようだ。

思えば会場内に、スタッフ以外は日本人一世は見当たらなかったようだ。
会場のあるパウリスタ地区は日本人駐在員の居住地区だが、重なることのない世界か。


8月16日(木)の記 舞踏を学ぶ
ブラジルにて


事前のネットでの申し込みはフォーマットがめんどくさく、ペンディングにしているうちに申し込み締め切りとなっていた。
朝10時から、ちょっとややこしい場所での昨晩の舞踏のメンバーの講演会。
どうしようか。

思い切って、行ってみる。
ひと気はなく、午後10時からと勘違いしたほど。
定刻過ぎから、ぼちぼち集まってきた。

そもそも土方巽の舞踏は、ほとんど動画が残っていない由。
『疱瘡譚』の一部が上映される。
説明を聞いていて、昨晩の公演も含めてようやく少しは理解ができてきた。
演出者にも出演者にも、土方のテキストは難解だということがわかっただけでもよかった。

正午過ぎに終了。
会場から徒歩にて、パウリスタ大通りまで無事たどり着く。

せっかくだから…
FIESP文化センターをのぞいてみる。
Daniel Moreira という写真家の、邦訳すると『381号線の放浪の風景』という写真展開催中。
https://fotografia.folha.uol.com.br/galerias/nova/1608903331542486-exposicao-paisagem-ambulante-381-de-daniel-moreira

これは面白かった。
サンパウロとミナスジェライス州を結ぶ国道381号線の「歩行者」を10年がかりで撮影したという。
新約聖書の洗礼者ヨハネ、さらに旧約聖書の預言者をほうふつさせる人々。
それにしてもすごいテーマに取り組んで、すごいものをみせてくれたものだ。

さすがはサンパウロ、十二分に文化的刺激をいただく。
帰宅後、自分の創作作業。


8月17日(金)の記 ひとり作業のこぼれ話
ブラジルにて


ミックスダウン作業を終えた『常陸と南米』を通しで試写。
DVDに焼いて、わが家で一番大きなモニターで見てみる。
ややナレーションの音声レベルが高いかな。

やり直し。
数値にして10パーセントほど下げてみる。
こういう機械的な作業をマニュアルでぴっちりやるのは、けっこうイライラになる。
いやはや。

もう一度、焼いてみて試写。
とりあえず、オッケー。
さあ次はどれをするか。

日本でお世話になっている人に謹呈するために、さる拙作のDVDを焼こう。
マスター素材のテープから新編集システムに取り込んだデータを編集して。
DVDに焼いてみてから、念のため試写。
おっと、まさかの問題が!
もとの素材からチェック。
データ取り込みの際に発生したノイズだった。
取り込みの、し直し。

この作品も、不思議な一品。
あまり上映の機会がない作品だ。
まあ、これ以上は書かないでおこう。


8月18日(土)の記 朝のタクシードライバー
ブラジルにて


土曜の朝。
訳あって、7時前に家を出る。
早朝のメトロには車内音楽が流れていない。

東洋人街のあるリベルダーデ駅下車。
朝日のなかで。
立ち並ぶ日系食料品店の前に、納品のために訪れた業者たちがシャッターが開くのを待って群がっている。
映画『タクシードライバー』のあのテーマ曲が浮かんでくる。
なぜだろう?
バーナード・ハーマンの遺作となった名曲。
あの映画には、特に早朝で印象に残るシーンはなかったと思うが。
ひょっとして…

所用のあと、宮城県人会の建物の地下で開かれているバザーへ。
野菜類が中心。
ひと気のない古本のスタンドで、驚きの本を発見。
その意味を考えざるを得ない。

朝だけでいろいろあって、最終的な帰宅は日付が変わるころ。


8月19日(日)の記 とりかへばやパエーリャ
ブラジルにて


昨晩は連れ合いの実家のお祝いごとで、寿司をそこそこにいただいた。
昨日は東洋人街で野菜もそこそこ買ったし。

今日はパエーリャをつくろうか。
冷凍庫にわが家としては中サイズのエビもある。
あと鶏肉でいってみようか。

パエーリャは海産物でと思っていたが、以前レシピを見てみると、鶏肉使用のものがけっこうあった。
やってみよう。

朝の所用の帰路にあるスーパーで、長粒米などを購入。
恒例の日曜市には行かですます。

エビとチキンのパエーリャ。
味もいけて、家族にも好評なり。
ポルトガルで食べそこなった、貝と豚肉を合わせた料理はいまだ未体験。
意外といけるかも。


8月20日(月)の記 月曜の海岸山脈
ブラジルにて


わが家の最寄り駅で、日本からのアミーゴと合流。
車で2時間弱の、海岸山脈:大西洋森林地帯にある SÃO ROQUE にご案内。
より渋滞のすくない大環状コースにしてみるが、相当な回り道、しかも大型トラックが多かった。

まずは先回、行って気に入った まったりレストランへ。
月曜、しかも昼食時間も過ぎていて、我々だけで独占。
お互い、よく食べる。
こういうところは、食が進んでいけない。

一昨年、他界した音楽家の木村浩介さん、昨年ブラジルを訪ねた愛竹家の友を案内した宿は、この時期は週日は営業していないようで電話もつながらず。
値段と環境を考慮して、はじめてのところにチャレンジした。
案内板の最後がわかりにくく、谷底のレタス水耕栽培農場に迷い込む。

スタッフが人懐っこく、いい意味で田舎の人たち。
安心する。
アミーゴとも問わず語りで話が進み、思わぬ話をいくつも聞いてしまった。

このサン・ロケはワインの里として知られている。
すでにブドウの産地は移り、あまり気の利いたワインもないのだが、せっかくだから地元産を一本いただいて。
人工照明、月明かりがあっても異様に赤い星は、火星か。
アミーゴは理系なので、このあたりも教わること多し。


8月21日(火)の記 小滝未満
ブラジルにて


山の宿にて。
鶏舎が近くにあるのだが、意外と朝の鳴き声も気にならなかった。

バンガローの位置の高度と方角だろうか、携帯電話の電波は入らないが、wi-fi はよくつながる。
おかげで日本のいくつかの急を要する上映の手配のやりとりがスムースに進んだ。

宿泊客は、我々と若いカップルの二組のみ。
朝食後に、女主人が宿近くを案内してくれた。

このあたり一帯は谷になっている。
広大な敷地のなかに「滝」があるという。
女主人にだいたいの位置を教えてもらった。
近くに行けば音でわかるという…

カヌーイストでもあるアミーゴと、行ってみる。
行き止まりの池まで降りてみるが、それらしい音も道もわからなかった。

引き返しつつ、踏み分け道らしいのを見つけてたどってみる。
まもなく道らしきものはなくなり。
カヌーイストは慎重を主張、引き返す。

行きは見落としていた、ハキリアリの通路よりしっかりした感じの小径らしきものを発見。
回廊林に続いているようだ。
やれやれ、これか。
拙作『リオ フクシマ 2』のクライマックスの空気。

「滝」というのは細流の1メートル足らずの段差だった。
それでも周囲は湿潤な微気候をかもしだしている。
木性シダなど、大西洋森林特有の植物も看取できる。
ベニテングタケとまではいかないが、デザインが目を引くキノコも。
岸辺の岩場には、石器時代までさかのぼらないかもしれないが、ヒトが刃物を研いだとみられる痕跡もみられる。
ここに来れただけで、僕は満足。

帰りののぼり、冬なれど日中の日照りと乾燥期の渇きがきついけれども。
ちなみに、バンガローの至近でツノゼミとアリの共生シーンも発見。
今回のアミーゴは、あのリオにお連れしたグループよりずっとこういうのに興味を持ってくれた。

この土地40年という宿の夫妻らにあの「滝」の名前、せめて細流の名前はないかと聞いてみるが、ないという。
そろそろ名付けましょうよ、と提案。
宿を開けてまだ10か月の由。
どうりで今までの検索でこの宿はひかっからなかったわけだ。

やれやれ、またサンパウロか。


8月22日(水)の記 なつかしのトラッキング補正
ブラジルにて


さてさて。
来週に迫った次回訪日。
おかげさまでおなじみの上映のほかに新しい場所での上映が続々決まり、うれしい悲鳴を上げている。
僕のテレビ時代の作品の上映希望もあり。

テレビ時代のものは、ビデオ録画したものをDVDに焼いていた。
これまではDVDライターというので焼いていたのだが、その装置が機能不全におちいってしまった。
そもそもマスター素材としているテープにも、特に頭の方でノイズが発生するようになっている。
マスターテープからパソコンに取り込んで、新たに修正と編集をしてDVD焼きすることに。

パソコンに取り込んだ段階で、思わぬトラブルが生じていることもある。
パソコン画面で試写を行ない、問題があると、また取り直し。

ビデオ全盛時代に、画面の下に横線でほんらい画面上の部分が見えてしまう現象をご記憶だろうか。
トラッキング機能というので補正していた現象。
新編集システムで、これの補正もトライしてみよう。

「トラッキング」で検索すると、今や郵便物などのトレースのことをいうようだ。
そもそもあの現象はビデオに特有なものであると、改めて知る。

前世紀のテレビ時代の拙作を何度もここへきて見直すのは、なかなかの…


8月23日(木)の記 ブラジルの印象派
ブラジルにて


来週に迫った訪日。
それに伴う諸々で、午前中から外出。

出先で会った日本から移住した女性に面白い履歴をうかがう。
彼女は南京で生まれたという!
1943年の生まれとのことで、南京虐殺の6年後だ。
両親は敗戦後にも中国人の世話になったし、南京虐殺はなかったと聞いている、という。
父親は大日本帝国軍人で、いずれにしても虐殺が起こったとされる当時は日本にいたとのこと。
そもそも南京はかなりの規模の広さで、どこにいたかで見聞するものはだいぶ異なるようだ。

外出ついでに、気になっているアート展に行ってみる。
ラテンアメリカメモリアルセンターでの、Durval Pereira回顧展。
この人は20世紀ブラジルの印象派などと呼ばれていた。
https://www.durvalpereira.com/

こちらの新聞の紹介記事の写真が目を引いて、見てみようと思いたった。
いやはや、これはすごい。
廃墟と見まがう建物と、そのあたりの生活臭。
似た構図の絵画群を迷路上に配した展示で、まさしく絵のなかの廃墟化する土地にこちらも入り込んだ感あり。

画業を志すのに恵まれた生まれではなく、彼の作品は時流ともアート市場とも無縁のところにあったとのこと。
ますます、僕の胸を打つ。
サンパウロでの展示期間は、9月までか。
出発前に泊りがけの用事も入れてしまったし、少なくともサンパウロで見られるのは、これが最後か。

サウダージの、いたみ。


8月24日(金)の記 断食おさめ
ブラジルにて


今回、ブラジルに戻ってから、2回しか一日断食をしていなかった。
今週の月火と、アミーゴと泊りがけの旅行に出たため。
こちらにいる間に、もう一日はしておきたい。

ということで、昨日決行した。
やってよかった、なんだか快調である。
今朝は残り物でオジヤ。

あちこちへのメール連絡と、土産類の買い出しを繰り返す。
今度は欧州からアミーゴが来ることになり、今度の日月と!彼と泊りの旅行をすることになった。
次の機会があるかどうかを慮った。

さあ訪日前までに片付けるべき二つのミッションをどうするか!


8月25日(土)の記 ラーメン砂漠
ブラジルにて


サンパウロの我が家の徒歩圏に、新しくラーメン屋ができた。
土曜の昼、珍しく勢ぞろいした家族4人で行ってみようということになった。

入口の壁いちめんにポストイットが貼り付けられている。
ポルトガル語、日本語、ハングル文字で店への感想が。
ポ語で「世界最高のラーメン」なんていうのもある。

店の大きさに比してテーブルの配置も控えめ、ひろびろ感がいい。
醤油味噌塩味のラーメンのほかに、餃子、鶏唐揚げなど。

まず唐揚げが来る。
小ぶり…
これでひとつ60yen相当の金額だ。
高い。
お味は…
わが子や僕がつくるほうがおいしい。

僕は味噌ラーメン。
味噌汁系のスープに、よく湯がいていない感の麺。
缶詰っぽいコーン。
ただ茹でて半裁しただけのタマゴ。
メニューにはシメジも入っているとあったと記憶するが、検出されず。
がっかり。

わが故郷祐天寺近辺でも、これより数倍うまく、数倍手間のかかった感のあるラーメンをいただける。
ついホンネが出ると、家族から「お父さんはしょっちゅう日本に行けるからいいけど、私たちは…」の声。
今度、日本から帰ったらこれよか手をかけたラーメンをつくりましょう。

店のwi-fiをフェイスブック経由で使ってみる。
あとで気づいたが、すると僕がこの店にいます!という情報がフェイスブックで発信されているではないか。
その稿に、控えめな表現で、決して僕がこの店を推薦しているわけではないと書き込んでおく。

さすがのわが家族も、帰り際に「世界最高のラーメン」のコメントに、よほど狭い世界ね、と寸評。
このあたりもラーメン激戦区になりつつある感。
この店、いつまで残るかな。


8月26日(日)の記 森に戻る
ブラジルにて


欧州から来たアミーゴと合流。
さる月火と日本からのアミーゴを案内した海岸山脈の宿に、ふたたび。
宿はほんらい日曜の夜は宿泊客を受け付けないのだが、オーナーとすでに「友情」があり、オッケーとなった。

いやはや、まただいぶ冷え込んできた。
まだ明るいうちに着いたので、例の「小滝」に行ってみようということになる。
今回は移植ゴテ持参で、道すがら朽木や腐葉土をめくりながら。
火曜以来、少しはお湿りがあったようだ。

勝手知ったる水場に到着。
このアミーゴも嫌いではなく、木の枝を手にしてそこいらをほじくり返す。
粘菌の子実体かと見まがえるほど微細なキノコの子実体を僕が見つけた。
アミーゴから「優曇華(うどんげ)」の言葉が。
しゃれた言葉を知っているではないか。
以前、この近くの宿に案内した故・木村浩介さんからは「ツチグリ」等の言葉が出たのを思い出す。

後で調べてみる。
この場合の優曇華は、クサカゲロウのタマゴだな。
たしかにそれによく似ているが、これはキノコだった。
見る見る間に柄の部分がしおれてしまう。

水場近くの腐葉土いじりで、これだけ共に退屈しないで過ごせるアミーゴがいるのがうれしい。
次回は、彼の分の移植ゴテも用意しておこう。


8月27日(月)の記 サンパウロでアマゾン堪能
ブラジルにて


海岸山脈の宿で起きる。
昨晩は、早く寝かせてもらった。
朝食後、アミーゴと谷下の水耕栽培の農場に行ってみた。
水耕栽培の野菜そのものはサンパウロで身近に買える。
だが栽培そのものを身近に見て、従業員に話を聞くのは初めて。
害虫防止の毒を使用しているというのは、ショック。

アミーゴは午後の飛行機でリオに発つ。
昼はわが家の近くにオープンしたばかりのラーメン屋、ラーメンラボに連れて行くつもりだった。
店のフェイスブックのページによると、定休日は日曜のみとある。
行ってみると…
シャッターが閉まっていて、何の貼り紙もない。
さすがは、世界一のラーメン屋だ。
ラーメンヤボと僕は呼ぼうかな。

さっそくいくつかのオプションを提案。
アミーゴは、すぐ向かいにあるパラ料理屋がいいという。
パラはアマゾン河口の州名だ。
この店はパラ州の食材を販売していたのだが、最近、料理も出すようになった。
ブラジルの長かったアミーゴだが、アマゾン旅行もパラ料理も未体験とのこと。
僕の方は、昔取った杵柄、である。

うむ、わるくない。
アマゾンの発酵調味料トゥクピもここで買えることがわかった。
日本から帰ったら、さっそく。

さあ今日は思い切ってトライしておきたいことがある。
『COMO FOTOGRAFEI OS YANOMAMIS』というブラジルのドキュメンタリー映画。
サンパウロ市内の一館で上映されているのを知る。
明後日の訪日を控えて残務雑務がすごいが、日本での講座のためにも見ておきたい。
邦訳すると、「どのようにヤノマモの人たちを撮ったか」。
このポルトガル語タイトルは、最近ブラジルで多い YANOMAMI の表記をとっているが、僕は古巣の日本映像記録センターの表記にならって、そして僕自身が取材した彼ら自身が YANOMAMO と聞きとれる語で自分たちを称していたので、「ヤノマモ」と書く。

先住民ヤノマモの人たちは、国で言うとブラジルとヴェネズエラの山岳地帯を領域としている。
ブラジル側のヤノマモの人たちの保健活動に奔走するスタッフを通してみたヤノマモを描く。
文明と家族と離れて、この仕事にあたるスタッフの苦労は想像に余る。
インタビューの背景に映し出されるスタッフたちの生活は、かなり厳しいことがうかがえる。
しかしスタッフの多くが、いわばヤノマモ愛にとりつかれているようだ。

20代にして彼らと生活をともにする僥倖をいただいた僕は、自分のヤノマモ愛を検証しなければならない。


8月28日(火)の記 聖マルタ 最後の晩餐
ブラジルにて


さあ新たな出ブラジルの前日。
今回の旅先で、先日なおしてもらったばかりの歯に不具合が生じた。
今日の午後、ふたたび予約して処置してもらう。
訪日の前でよかった。
そのついでに、東洋人街での土産買いの追加もできた。

お礼メール関係はおおむね終えて、あとは2時間余りのインタビュー映像へのチャプター付け作業。
これは、明日に持ち越し。

今朝、子供から夕食にお好み焼きのリクエストが入った。
さらに今宵は異国から来ている姪がわが家に来ることになった。
確認すると彼女はなかなかの偏食だが、そこはお好み焼き、なんとかしよう。

家族4人でのお好み焼きの時でも、焼きあがるより一同の食べる方がはるかに速いので、僕は食べ遅れがち。
今日はサービス役に徹することにして、その分、キッチンドリンクを楽しませてもらう。

マルタ役の内緒話。
冷蔵庫整理で、ちょっとヤバいかなという食材もあった。
どうやら一同、問題なかったようでやれやれ。


8月29 日(水)の記 金曜日のワナ
ブラジル→


おお、今日は彼の誕生日か。
トークのネタに使おう。

インタビュー映像へのチャプター付け作業の続き。
終了後、さっそくDVDに焼いてみる。
DVDは焼いた後でひと通り再生してみないと危ない。
さっそくトラブル確認。
足りない、どこかでDVDの皿を買ってこないと。

土産類は2個のスーツケースにちょうどの量。
重さもクリヤーしそうだ。

さあ、飛行機にぶじ乗れて、予定通りに日本まで乗り継げるか。
ひとつ間違えれば、土曜が初日の講座に間に合わない。
しばらくは落ち着かないぞ。

毎度おなじみとなったエチオピア航空、チェックインと出国をクリヤー。
ラウンジは使えない。
ここまでがんばった小休止のセルフサービス。
ゲート近くで、軽くいただくか。
「毎日が金曜日」と英語とポルトガル語で書かれた店名の店に。

ふむ、毎日が金曜日か。
わるくない。
だが…それだと、永遠に休みにならないな。


8月30日(木)の記 エチオピア涅槃
→エチオピア→


エチオピア航空のサンパウロ発時間は午前1時。
出発後ほどなく食事のサービス。
にしても、とにかく眠い。

最後に搭乗したのとまだ同じ月なだけに、さすがに機内映画も変わった気配なし。
まるで言葉がわからず、字幕もないアフリカの映画を流しながら…
日本到着翌日に控えたPARC自由学校の講座のネタを考えて、練って、書き出す。

アジスアベバ空港では、4時間以上のトランジット時間。
この空港は、随所に置かれた横になれる椅子がうれしい。
体を伸ばす喜び。
この姿勢で撮る写真がまた面白い。

今回はwi-fiもよくつながり、寝撮り写真をフェイスブックやツイッターなどで発信。
ありゃ、ちょっと経ったらつながらなくなった。

いずれにしろ半分までコマを進めた。
ここでの乗り継ぎに成功すれば、まず日本到着日が遅れることはないだろう。
いやはや。


8月31日(金)の記 ハリウッドの卑弥呼
→大韓民国→日本


アジスアベバからの機種は、エンターティンメントサービスだけでもだいぶ使い勝手がよい。
日本人の団体観光客、カメルーンのジュニアサッカーチームなどが乗ってきた。
三人掛け席の隣にやってきた年配の日本人女性のグループは、モザンビークやジンバブエなどをまわってきたという。

非日本映画のなかに、アイコンに『犬ヶ島』と日本語で書かれたアニメっぽい映画があるのを見つけた。
これは奇作だった。
舞台は、近未来のニッポン。
日本の権力から、孤島に隔離されてしまった犬たちのお話。
主に英語で語られて、字幕もないので細かいストーリーはわからない。
おう、大クロサワの『七人の侍』のテーマ曲が高らかに使われるではないか。
すると、この曲も…
『酔いどれ天使』の「皆殺しの歌」ではないか?
最後の英語クレジットでは『Druken Angel』の「Kosame no Oka」とあったが。

若いガイジンのねーちゃんのアドベンチャーものらしいアイコンの『TOMB RAIDER』というのを見てみる。
これには驚いた。
なんとあの邪馬台国の女王卑弥呼の墓を探しに行く話だった。
それも香港から船で、絶海の孤島に。
日本では『トゥームレイダー ファースト・ミッション』というタイトルで今年、公開されたようだ。
それにしても、まことにキテレツなヒミコ。

飛行機は韓国の仁川経由。
いったん機内を降りて、韓国人たちのやわらかで丁寧な日本語に触れる。

おかげさまで、ぶじ予定通り日本に到着!
成田の税関で、税官吏に「すごいのをつけてますね」と指摘される。
機内持ち込みバッグに「安倍やめろ」と書かれたキーホルダーをぶら下げてあった。
税官吏はエチオピア航空がブラジルと結んでいることも知らず、怪しまれる。


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