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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2019年の日記  (最終更新日 : 2019/11/11)
2月の日記 総集編 「映画は瞬間しか撮れない」

2月の日記 総集編 「映画は瞬間しか撮れない」 (2019/02/04) 2月1日(金)の記 遠いキモノ
ブラジルにて


メトロに乗ってからスマホを忘れているのに気づいた。
取りに戻ると、友人との約束時間に遅れてしまう。
ま、スマホなしでいくか。

東洋人街の日系カフェへ。
アイスコーヒーを頼んでみる。
・・・
日本の喫茶店、平均律さんのアイスコーヒーとは、光年の隔たり。

近くのテーブルに、非日系の少女たちがキモノをまとっているではないか。
日本の観光地にいるようなレンタルキモノの着こなしより、これも光年の隔たりの緩さ。
ただ、まとっているという感じで、胸元がヤバい。
して、下半身はドガのバレリーナ像のような、ひだひだのスカートだ。
なんともエキゾチックではないか。

目が合い、ポルトガル語でキレイだね、と告げるとお礼を言われる。
スマホで写真を、と頼めば撮らせてくれそうな感じ。
いやはやこんな時に限って。

日本の皆さんにお見せしたかった。
ふと、『オリエント急行殺人事件』を思い出す。
今度の映画のでも、赤いキモノの女性は登場したな、たしか。
あんな感じの緩さである。


2月2日(土)の記 聖州喫茶談義
ブラジルにて


いやはや千客万来ぎみである。
数か月後にはブラジルを去ることになる見込みの、日本人の知人と会うことになった。
わが家の隣駅近くのカフェへ。

今日も猛暑。
昨日の東洋人街の温度計は40度に達していた。
アイスコーヒー系の飲み物があるか聞いてみると、ふつうのコーヒーの倍の値段。
フンパツして頼むが、アイスクリームとチョコレートとコーヒーがぐじゃぐじゃになった感じの飲み物で、かえって喉の渇きが増す。
炭酸水を追加注文。

今日の知人は、これからブラジルの北部をまわりたいのでアドバイスが欲しいとのこと。
彼自身の歩みと活動が面白い。
富山妙子さんのことを話してみると、いたく興味を示してくる。
日本でもこれだけ面白がって聞いてくれる人はあまりいないかも。
彼からメキシコの版画事情を教えてもらう。

メキシコ、行けるかな。


2月3日(日)の記 千客万来
ブラジルにて


連れ合いの実家に来客。
うちの家族がまかない方を担当することになり、早く実家へ。
一族の子どもの誕生パーティも兼ねるとのことで、午後のケーキカットとその後の片づけまでは待機せねばならない。
一日、つぶれるな。
運転があるので、アルコールも飲むというほどまで飲めないし。

一族から「義理」ってなに?
ポルトガル語でなんていうの?
と問われるが、なかなかむずかしい。
文脈も考慮しないと。

待機中に読む本を読み終えてしまった。
これはこちらが近日中に訪問する方に謹呈する、日本の古本屋で見つけた本。


2月4日(月)の記 「規定の病」
サンパウロにて


朝イチで東洋人街へ。
帰宅後、『メイシネマ祭2018』のビデオ記録の編集。
今日も一日断食。

拙作『ブラジルのハラボジ』の主人公の、印象に残る言葉のひとつ。
大韓帝国に生まれ、日本統治時代に日本内地に出稼ぎに行ったハラボジに、日本語をどうやって覚えたか、と質問。
答えは「聖書」。
取材時から、もっとこの言葉をかみしめておけばよかった。

日曜のミサで配られるポルトガル語の「典礼のしおり」を時おり読み返して日本語訳と比べてみる。
日本では昨年末、30年ぶりに新しい翻訳の『聖書』が刊行された。
決して安いものではないが、思い切って購入、ブラジルに担いできた。

さて、昨日のミサのメインの聖書朗読の部分を見る。
「ルカによる福音書」の leprosos の語。
日本の最新訳では「規定の病」となっているではないか。
しかもイエスが人々に語った言葉として訳されているのだ。
僕にはまるで意味のとれない言葉で、少なくともこの部分には注釈もない。

この語はこれまで僕の用いてきた1987年・1988年の『聖書』では「重い皮膚病」と「らい病」の二つの言葉で訳されているようだ。
この「規定の病」という訳については日本の新聞記事にも取り上げられていた。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201812/CK2018120402000117.html
日本の聖書協会は「これ以上の言葉はない」というコメント。
まるでアベニッポンなみの自画自賛である。

調べてみると、この病は旧約聖書の「レビ記」に規定されているから、ということらしい。
キリスト教の教祖イエスは、人々にわかりやすい言葉で、たとえ話を多用して教えを説いた。
耳で聞いてわからず、注釈があっても理解のむずかしい言葉でそれを訳して「これ以上の言葉はない」などとぬかしている翻訳者は、クリスチャン:キリストに従う者 なのだろうか?

日本のクリスチャンの数は減るばかり、日本のキリスト教会で増えるのは外国からのニューカマーばかり、ということの原因のひとつを見る思い。
日本のキリスト「業界」の権威たちが門を閉ざしているとしか思えない。


2月5日(火)の記 どきどきのEMS
ブラジルにて


先週の火曜日29日に発送したEMS便。
折に触れてパソコンでトレースしていた。
翌日には日本に向かっているとの経過が。
それからが僕には長かった。

2月2日に日本から送り返されたとの経過が表示された!
なにゆえに?
郵便局で税関申告書を書かされたが、ほとんど職員が記入して僕は確認してサインをするだけだった。
内容がDVDであり、なにが録画されているか、金額はいくらかなど記入しなかったことが日本の税関のシャクにさわったのだろうか?
あるいは、その内容が?
大枚4000円近くはたいて、郵便局で小一時間費やしたのに…

その後も数時間おきにトレースしていたが、なんと表示が変わってしまった。
2月2日に届けたが受取人不在で持ち帰ったと出た。
先方は土曜日で機能していなかったのだろう。
先ほどまでの表示は何かの間違いだったのか。

2月4日、ぶじ届けたとの表示。
受取人ご本人から本日、受け取ったとのメッセージ。
いやはや。
NGだった時の対処も考えていたが、杞憂に終わった。


2月6日(水)の記 『AMA-SAN』を観た
ブラジルにて


自作のビデオ編集もたけなわであるが…
気になる映画、いま見ておかないともう見れなそうな映画がある。

ポルトガル人の女性の監督が日本で撮ったという『AMA-SAN(海女さん)』というドキュメンタリーをサンパウロ市内のいわば写真美術館で上映している。
こちらの新聞の評価も高い。

昼から思い切って行ってみる。
これは驚きのドキュメンタリー映画だ。
ナレーションや解説はなく、登場人物がカメラやスタッフを意識するショットも排除されている、いわば観察記録だ。

伊勢の現役の海女さん三人が主人公。
うち二人は、60代と70代の女性だ。
まさしく淡々と日常が映し出されて、これといった事件が起こるわけでもない。

牛山純一プロデューサーに怒鳴りつけられそうなぐらいに地味だが、それがいいのだ、それでいいのだ。
3・11以降にガイジンが延々と撮っているのに、東北でもなければフクシマもツナミも出てこない、それもいいではないか。

女優でもない60代の日本の田舎の女性を、美しいと思った。
女性たちの日常が、美しく尊いと思った。
そもそも男たちの影の薄い映画である。
拙作『あもーる あもれいら』シリーズを思い出したり。

彼女たちはウエットスーツこそまとっているが、酸素ボンベなしの素潜りである。
映画を観ている限りわからないが、調べてみると一回の潜水は一分程度のようだ。
それを一日に数十回、繰り返すのだ。

想えば、魏志倭人伝にこうした倭人の潜水漁についての記載があったと記憶する。
おそらく縄文時代にさかのぼるだろう。
縄文時代の諸々の遺物を現役の海女さんたちに見てもらったら、意外なことがわかるかもしれない。

ネットで調べてみるが、この傑作がほとんど日本語の情報になっていないようだ。
日本では取材地の三重で上映されたという情報ぐらいしか見当たらない。
そんな日本以外の世界各地でこの作品が好評を博しているのがうかがえる。

クラウジア監督の公式サイトのリンクを貼っておこう。
https://claudiavarejao.com/ama-san


2月7日(木)の記 異国の同名異人
ブラジルにて


今日は朝イチで病院出頭。
完全絶食後12-14時間、それを過ぎたらダメ、とある。
病院での待ち時間が読めないのでむずかしい。

番号札を持って待機していると、事前のインターネット登録をしていたため、けっこうスムースに呼ばれる。
まずはカウンターで。

いくつも登録したのか?
というようなことを聞かれて、意味が取れない。
JUN OKAMURA が何人もいる?
何度か聞き直すと、モニターを見せてくれた。

まず見たJUN OKAMURA は生年月日も合致、わたくしのことだろう。
もうひとり JUN OKAMURA がいて、この人は1982年生まれ。
なんだ、同名異人が同じ病院に登録していたということか。

生年からもわかるように、こっちの方がオリジナルですよ。
キレイな名前だから、よくマネされるんですよ。
ブラジル人が喜びそうなジョークでしめる。

ブラジルでこちらとは関係のうかがえない OKAMURA 姓の人がいることは知っていたが、名前も同じ後進がいるとは。
思えば、さすがにブラジルの非日系人から OKAMOTO とまちがえられたことはないな。


2月8日(金)の記 ひっそりと修正
ブラジルにて


明日より、日本から訪ねてくる友人のお付き合いをする予定。
それから解放されると、いくつか用事が続いてその翌週にはまた訪日だ。

次回訪日時の上映作品の素材準備に着手しないと。
『松井太郎さんと語る 2011年版』の上映リクエストをいただいた。
この作品は日本でご指摘をいただいて字幕の修正を行なったのだが、その後、見直してさらに修正が必要なことに気づいていた。

以前の編集システムがすでにアウトになってしまったので、新しいシステムでなんとかできるか気がかりだった。
やってみて…
うーむ、そのままにしておくよりいいか。

故人となった松井太郎さんに関しても、すべきことはたくさんあるが、まずはここまでで勘弁していただきましょう。


2月9日(土)の記 アート会場という聖域
ブラジルにて


日本のアミーゴがサンパウロに到着する日。
明日からみっちりお付き合いすること等々から、空港への出迎えは勘弁していただいた。
ホテルに到着してひと息ついたらご連絡を、ということにしてあったが、正午を過ぎても連絡はない。

フライトは午前7時前に到着していると確認。
宿に電話がかかりにくいが、まずは本人もホテルにチェックインしていることを確認して安心。

とりあえず宿に向かい、近くでフェイジョアーダをともにいただく。
僕は来週の講演の準備も兼ねて、今日中にトミエ・オオタケ文化センターでの展示を見ておきたい。
ちょっと歩くが、近くにアミーゴが希望する楽器屋もあるので、ご案内。

トミエセンターでは三つの特別展を開催中。
Pedro Moraleida という1999年に22歳で夭折したというブラジル人アーチストの作品がすごかった。
16歳未満の児童にふさわしくない内容があると入り口にあり、親子連れできた観客が監視員に止められていた。

なるほど。
トイレの個室の落書きにあるような性的なテーマが主。
それと聖が混交。
日本のアミーゴも、びっくり。

僕は、爬虫類との獣姦が描かれているのにびっくり。
しかもヒトの方は、聖職者。
獣の方は、トカゲかワニだろうか。

獣姦のお相手は、ほ乳類ぐらいかと思っていたが。
アマゾン地域でイルカを強姦するという話を聞いているが、これも哺乳類。
そうか、鶏姦があったか。
想えば事実に基づいているかどうかは疑問だが、日本の神話などではヘビとの交わりを象徴する話が少なくない。

アミーゴの疑問は、こうした絵を宗教側が怒らないかという点。
教会の壁にでも描かれれば、問題になることだろう。
立ち入り制限のない公共の場に掲げてほしくない絵でもある。

しかしそれをアートという聖域が守っているのだな。
祖国では現政権に美術館がソンタクする事例を身近に聞いていて、彼我の落差には目まいがしそうだ。


2月10日(日)の記 道中の雑記
ブラジルにて


さあ、車でサンパウロからフマニタスの佐々木治夫神父のところに日本から来たアミーゴを連れて向かう。
片道約550キロ、通常はラッシュのロスを避けて午前7時前にはサンパウロを発つ。

今回のアミーゴの宿は朝食が7時10分からとのこと。
せっかくなのでブラジル式朝食も味わってもらいたい。
今日は日曜で市内のラッシュもないし。
またわが家の近くの日曜の路上市もぜひ見たい、買い物もしたいとのことで、遅出計画とする。
午前9時前に発車。

さあこうなると、道中の昼食をどこでするか。
せっかくなので、パラナ州に入ってからにするか。
パラナ州に入ってからだと、オプションが限られてくる。

14時近く、街道沿いのレストランに入る。
ちょうど結婚式の披露宴が終わったところのようだ。
アミーゴは退場しようとしている新婦にタブレットのカメラを向ける。

この店はだだっ広く、食べ放題のビュッフェスタイル。
披露宴客の食い散らかしが散乱。
並べられた料理もほとんど底をついている。

アテンドに来た女性の店員は、まもなく追加の料理が来ますから、というので、まずは着席。
とりあえず残り物をさらって、遅い昼食開始。

と、奥に見える台所のスタッフもやってきて、先の女性店員も一緒に残り物で自分たちの食事を始めたではないか。
件の女性店員がこちらに目を合わさないようにしているのがうかがえる。

当然、追加の料理が現れることがなかった。
会計の時にクレームをすると「今日は大勢が来たから…」と言い訳。
ふたたび、追加料理を約束したから着席したんだぞ、とクレーム。
2割ぐらいのディスカウントをしてよこす。

以前、「wi-fiあります」の貼り紙があるので入ったものの電波がなく、店員に聞くと「壊れてます」と言われた店はここだったか、近くの似たような店だったか。

お待ちかねの佐々木神父と、遅ればせながらぶじ再会。


2月11日(月)の記 北パラナのおおいなる大地
ブラジルにて


日本からのアミーゴとともに、フマニタスと佐々木治夫神父の活動の見学。
さまざまな竹の苗の栽培状況。
皮膚病のクリニック。
サポペマの農学校。

サポペマの町に向かう間に開ける大地の景観に、改めて息を呑む。
僕は、形成から40数億年たつ地球という星のここに、いまいる…

佐々木神父とこの大地に、なんともこころの視野を広めて深めていただいてきたものか。


2月12日(火)の記 ブラジル奥地でおやきを考える
ブラジルにて


フマニタス滞在三日目。
午前中は、農地を獲得した零細農民たちの組合や、なじみの農地改革地区を訪問。
ひとつきあまり雨枯れが続いていたというが、土道の帰路が危ぶまれるほどの豪雨がやっていた。

午後は、日本から来たアミーゴに、おやきをつくってもらう。
ここのところ、フマニタスにお連れする人には一芸を課している。
ガウショこと伊藤修さんには桜の燻製チップ持参で焼肉を披露していただき、神父さん、シスターたちに舌鼓をうっていただいた。

日本で福祉施設に勤めるアミーゴは、イベントでおやきをつくっているとのことで、お願いした次第。
具は、ふかしたサツマイモとナスの味噌炒め。
ナスと味噌をサンパウロで購入して担いできたが、こちらにしっかりとあった。

静岡出身の佐々木神父も、九州出身のシスターたちも「おやき」とは何かをご存じなかった。
ふりかえれば、僕も知らなかった。
北海道に移った「虹のしっぽ」さんが彼の地でおやきをつくって供していて、その時におそらく初めて親しんだ。
もともと長野県の郷土料理、僕がブラジルに移住した後の1990年代に全国区に広がり始めたようだ。

今回はふかすだけで焼かないことにするとのことで、焼かなくても、おやき。
なるほど、ふかし饅頭だな。
彼の持参した格別な般若湯も開封。

佐々木神父から聴かせていただくお話が、彼と僕だけ聞いていてはもったいない。
自分にできそうなことを考えないと。


2月13日(水)の記 アモレイラふたたび
ブラジルにて


朝のカフェーをいただいてから、佐々木神父とシスターたちに暇乞い。
鄙の町のスーパーマーケットなどをのぞきながら、サンジェロニモを後にする。

約40キロ、サンパウロよりのアモレイラの町に寄ってみることにする。
拙作『あもーる あもれいら』三部作などの舞台である。
このシリーズの舞台である保育園からブラジル長崎純心聖母会のシスターたちが引き揚げてからは、この町に寄ることもまれになっていた。

近年、わが『あもれいら』シリーズにネット上で誹謗中傷をおこなう輩が現れた。
本名を明らかにせずに、ありえない前提と捏造をもとに、僕と僕の作品をこきおろす。
複数の場でおこなわれていたが、同一人物かもしれない。
事実に基づかない誹謗中傷のための誹謗中傷である。

素性を隠す相手の意図はわかりかねるが、わずかな先方の足跡から推し量るに、ブラジルで岡村を逆恨みしている人物へのオベッカのためかもしれない。
こうした下品な誹謗中傷を素性を明かさずに僕の友人知人のネット上の場に書き込んで、かえってヒンシュクと怒りを買っているのだが。

さんざん僕とわが作品をこきおろしておいて、自分が訪ねてみるとアモレイラの保育園は今はオバケヤシキ状態になっている、こういうのをこそ取材べきだといった記載もされていた。
こっちの取材に協力どころか嘘偽りを並べてこき下ろしておいて、こっちにさらに注文かよ。
何様でいらっしゃるか?

僕は、経営が市当局に移ってしまった保育園に通うことは控えていた。
今日、立ち寄って経緯を話して見学をさせてもらった。
現在はアモレイラ唯一の市立保育園として機能している。
すくなくともオバケヤシキとは程遠く活気があり、整備もされている。
正体不明の中傷者は、保育園が休みの時か夜間にでも通りがかっただけで、例によってフェアとは程遠い誹謗中傷のネタにしたのだろう。

同行のアミーゴに簡単な経緯を話し、彼を憤らせてしまった。
不愉快極まりなく、下品な話だが、僕の作品に登場された方々の尊厳のために、そして拙作に応援をいただいている方々に疑念が及ばないよう、書かせていただきました。


2月14日(木)の記 寿司屋のカレー
ブラジルにて


昨晩、サンパウロに戻る。
今回の旅の往復で1100キロの走行。
帰路だけで10時間近い運転。
ひと晩寝ると、全身あちこちが痛む。
とりあえず午前中は急ぎのメールなどだけ対処して、安静に。

明日は朝からおつとめ、明後日は別の客人を午前中から車で案内する予定。
だいぶ汚れたマイカーを今日中に洗車に出さねばならない。
午後、よろよろと起き上がる。

洗車サービスまで運ぶと、約40分かかるという。
その間、近くをぶらぶら。
おなかがすいた。
日本起源の牛丼チェーン店が目に入る。
日本式カレーか。

明日、予定していたカレーの昼食が変更になったし。
話のタネに食べてみるか。
うーむ。
豚肉が数片、鶏の皮が一片。
あとはさいの目切りのニンジン。
自分で日本のルーを使ってタマネギを長時間炒めて隠し味に凝ってつくったカレーの方に、軍配。

明日午前中はこちらの駐在のご夫人がた相手に上映と講演。
その後の懇親会兼昼食は、近くの有名スシ店とのことだった。
担当から、進行をスムースにするため、先に昼食のオーダーをいただきたいとの連絡あり。
15ものメニューを打ち込んだものをメールで送ってもらった。
おススメは、第一番に挙げられたカレーとのこと。
15のメニューを一通り見るが、スシ類がひとつもない。
そもそも寿司屋のカレーというのは、日本ではお目にかかったことがない。

そのことに素朴に驚いて、その驚きを記すとともにおススメのカレーをお願いしておいた。
どうもそれが皮肉にとられたようで、急きょ別の「スシのある」寿司屋に会場を変更するとの連絡が。
僕は月末には日本にまた行くし、ブラジルの有名スシ屋のカレーの方がネタになったのだが。
肝心なのは上映と講演の手ごたえと、懇親会はより多くの参加者と話題を共有すること。

日本から来たアミーゴとのやり取りで。
蕎麦屋にはカレーがあっても、寿司屋にないのはなぜか。
いっぽう日本では何軒かの蕎麦屋で岡村作品上映会をしてもらっているが、ラーメン屋や寿司屋ではいまだ上映会をしたことがない。
なぜでしょう。


2月15日(金)の記 『京 サンパウロ』@サンパウロ
ブラジルにて


さてさて。
今日はサンパウロにて、主に日本からの駐在員のご夫人がたを対象とする勉強会で拙作『京 サンパウロ/移民画家トミエ・オオタケ 八十路の華』の上映と講演。
この勉強会の方々は、オンライン上にアップしたメンバーの顔にモザイクを入れるのが常。
秘密結社の趣で、キューブリックの遺作を思い出してしまう。

さて想えばサンパウロ市がメインの舞台の、この曰く因縁付きの作品をサンパウロ市で上映するのは、これが初めてではなかろうか。
いろいろな意味で、感無量である。
お昼にごちそうになったお寿司はさすがにセレビーな日本女性たちがチョイスされたお店だけあって、日本でバイトの握ったようなスシとは別物の風格があった。

好事魔多し。
夕方に歯科医の予約を入れてあったが、思わぬアクシデントに見舞われる。
金属ピンを喉のなかに落とされてしまい、吐出し不能。
いやはや。
視界不良、とほほ、どころではないぞ。


2月16日(土)の記 海岸山脈のリフレッシュ
ブラジルにて


朝から、雨か。
今日は連れ合いの実家の方の来客らを連れて、サンパウロ郊外のリゾートに一泊旅行に出る予定。
雨天につき、出発を少し遅らせる。

昨年、日本からの友人らを案内した地方の別の宿。
先回の宿は眺めはいいのだが、近くに立ち入れる自然林がなく、起伏が激しい。
今回はネットで探した初めての宿にチャレンジ。

昼食に目星をつけておいたところはアクセスがややこしく迷うが、料理も肉質もなかなかよろしかった。
宿の方も、どうやらビンゴ!

いやはや、こちらもリラックスさせてもらう。
サバーブな午後を堪能。
携帯蚊取り線香の持参を忘れてしまったが、さほどの支障はなさそうだ。


2月17日(日)の記 海岸山脈のクモの糸
ブラジルにて


昨日でサマータイム終了、今日から1時間遅れて通常タイム。
海岸山脈のリゾートで、まったりと起床。

宿のオーナー夫妻がこの土地を買ったのは3年前だというが、その以前の農場は百数十年の歴史を持つという。
土地のあちこちにコーヒーの木が残っているが、その歴史はいまのオーナーには伝わっていない。

周囲の自然林には、整備されていないが小径があって下の小川に通じているという。
やたらに声を上げる雄牛の角におびえながら、小径のありかを探す。
あ、これだな。
たしかに久しく人が通っていないようだ。
行けるところまで行ってみよう。

ジョロウグモ系のクモの巣がすごい。
巣そのものが屈強で、糸が硬いのだ。
クモの糸は、こんなに濃い黄色だったか。
クモの巣を除くのに一苦労だ。

小川の音も聞こえないが、途中で踏み分けのあとも定かでなくなり、引き返すことにする。
それにしても、こんなに屈強なクモの糸を今まで体験しただろうか。
クモの糸はカイコより有用、と聞きかじった覚えがある。

調べてみると…
伸び率は絹糸よりクモ糸の方がはるかに優れ、道しるべとする糸はクモの方が強靭の由。
クモ糸でドレスをつくったなどの先人の例もあるようだ。
クモ糸製品を見てみたいものだ。

クモか、蛾か。
人類史はいろいろなオプションに満ちていたのだな。


2月18日(月)の記 房総の追憶
ブラジルにて


さあ今日も一日断食。
歯医者で飲み込まされた金属片は何処。

次回の訪日で最初の上映となる『山川建夫 房総の追憶』のマスター素材のデータをパソコン編集機に取り込む作業開始。
取り込んだ画像をまずはチェックするが、なかなかの奇作である。

それはさておき、取り込んだ素材に画面がひきつるデジタルノイズが発生している箇所がある。
いやはや、そもそもどうしたことか、それほど経年していないマスターテープの劣化が激しい。
オリジナル撮影テープを探して、それから修正するか。

泥沼状態の作業となり、一日がかりだ。
それにしても、妙な、妙(たえ)なる作品。

夕暮れの房総半島と、半島越しに見た霊峰富士の光景を思い出す。
台湾に向かう機窓からだった。


2月19日(火)の記 アマゾンの水銀汚染と闇の力
ブラジルにて


アマゾンの水銀汚染についての拙作3本を一挙上映するのは、京都のカライモブックスさんでの上映以来である。
3月に八年目の春を迎える日本の原発事故を見据えて今回、学芸大学での上映を決意した次第。
その上映のための素材を、マスター扱いのテープからパソコンに取り込んで作成。

こちらは後年、作成した『山川建夫 房総の追憶』ほどの素材の問題はなく、いくつかのデジタルな画面フリーズ現象の対症療法のみでなんとかなりそう。

1992年、この最初の作品に取り組んでいた頃を想い出す。
この問題に取り組み始めたのは、1980年代の終わりにさかのぼる。
アマゾン川流域の水銀汚染問題を探っていくと、水銀を用いて採集した砂金の密輸出問題と、それに伴なう麻薬や銃器などの密輸入問題も浮かび上がってくる。
これはエスタブリッシュメントも絡んだ、闇のアンタッチャブルの領域といってよかった。
日本企業の深刻な関与もあった。

僕の存在など吹けば飛ぶどころか、吹かなくても消えてしまうようなものだが、家族にまでとばっちりが及ばないことばかりを懸念した。
「闇の力は恐ろしいですよ。気をつけてください。」
当時、フマニタスの佐々木治夫神父からこんな忠告を何度かいただいたことを想い出す。

佐々木神父が近年、僕に繰り返して語るのは、
「まずしい人たちのための仕事は、必ず神さまが助けてくださる。」
当時は、「闇の力」だった。

さて、僕が最初にフマニタスを訪れたのは1994年と記憶する。
それ以前、1980年代の終わりにはサンパウロ州で佐々木神父にはお会いしている。
1992年に、まだフマニタスにおうかがいしていないのにこんなアドバイスをいただくような関係になっていたということだろうか。

僕以外には、どうでもいい問題だろうけど。
ブラジル以上に、祖国に充満する闇を憂いつつ。


2月20日(水)の記『家族の事情』
ブラジルにて


是枝裕和監督の映画は、何本か国際線の機中で見ている。
これも今度の飛行機で流れているかも…

あてにならないし、ぜひ見ておきたい。
ブラジル人観客の反応もみておきたいし。

ポルトガル語タイトルは『ASSUNTO DE FAMÍLIA』、「家族の事情」といったところだろうか。 
『万引き家族』である。

ブラジルの映画館では、同じ作品でも毎週、上映時間が変わるのがしばしば。
映画館に向かう途中にそれに気づき、ついでに訪日土産の買い物をしてからいったん出直す。

パウリスタ地区のシネコンで、平日の夕方の回。
すでに封切り後、数週が経っているが、そこそこの入り。
日系人の家族を散見。

本編開始。
やたらに音量が低く、最前列近い僕にも日本語のセリフが聞き取れない。
映写技師の手違いを疑う。
他の観客はポルトガル語の字幕を見ているから、あまり気にならないかもしれない。
僕も日本語のセリフをポ語字幕で確認。

そもそも静まり返ったシーンの多い映画で、場内も静まり返っている。
いくつかの笑える部分は、字幕で観客から笑いが取れている。

東京の下町の雑然とした老朽家屋で老若男女の「家族」が暮らすのだが、不快感より懐かしさを強く感じてしまう。
「寅さん」以降の山田洋次監督が描く現代日本の「家族もの」を見ていて不足を感じていたものが、この作品で補われている。

それにしても、予断を許さないストーリー展開。
すごい作品を見てしまった。

夜のとばりのパウリスタ地区は豪雨ではないか。
カフェと映画の余韻をすすって小やみになるのを待つ。


2月21日(木)の記 雨とアート
ブラジルにて


新たなブラジル出国まで、あと二日。
今日は一気にアート系をまわろう。
あわただしいが、日本への土産話にもなるかもしれないし。

まずはブラジル銀行文化センター『パウル・クレー展』。
クレーについては恥ずかしながら、名前ぐらいしか知らない程度だった。
19世紀後半のスイスに生まれ、ドイツに移住。
バウハウスで教鞭をとる。
ナチスから退廃芸術のレッテルを貼られてスイスに亡命。
ナチス全盛の時代、そして第2次大戦勃発後に逝去。
晩年に描き続けた線画の天使像に、息を呑む。
これが、天使か。

次いでサンパウロの最前線の文化スポット、ヴィラ・マダレーナへ。
日本から来ているデザイナーの阿部航太さんの出版会。
阿部さんとは学芸大学の SUNNY BOY BOOKS さんの縁で知り合った。
http://abekota.com/
ブラジルに来て半年で、写真と日本語とポルトガル語でブラジルのグラフィティについての冊子を出してしまうのだから、すごい。
日本のアート系の友人知人へのいいお土産ができた。

夕方のスコール。
途中で雨宿りするが、かえってひどくなった。
メトロF・コウチーニョ駅前は車道から歩道まで冠水、激流となった。
次のイベントをあきらめるかどうか…
思い切って脛まで水に浸かり、激流に足を取られそうになりながら、渡河。

地上はこの浸水で、地下鉄はからりと走っているのがすごい。
IMSシネマテカで1970年代のアフロ系の短編映画特集。
邦訳すると『黒人尼僧の日記』というウガンダのシスターが主人公の短編を見たかった。
むむ、宗教外部の作家が観念でつくったフィクションといったところか。

靴はぐじょぐじょ、全身びしょぬれ。
ここで風邪でもひいたらどうなるか。
帰宅後、シャワーを浴びてアルコールをあおる気力があるから、だいじょうぶかな?


2月22日(金)の記 カラダの警告
ブラジルにて


ブラジル出国前日。
オンラインであちこちに連絡。
訪日土産等の買い足し、身辺整理。

午後、病院の検査結果を取りに。
やたらに疲れを感じて、帰宅後、少し横になる。
だいぶ以前に韓国を経由した時に買った高麗人参の粉末を、ハチミツとともに服用。

高麗人参の効能をネットで調べていて…

体の疲労感は、
・痛み ・発熱
と並んで、カラダが発信する三大警告信号とのこと。
なるほど、それはありがたい。
夕方の歯科医の時間まで休んで、いくらか楽になった。

また夕方のスコール。
一週間前に日系の医療組織の歯科医が誤って僕の喉に落とした金属ピンは、長さ1・5センチの由。
まだ体外に出た気配はない。
家族から、空港のエックス線検査で引っかかるのでは、と指摘が今朝、あった。
ネットで調べると、あるある…

歯科医には電話でそれを伝えて、ポルトガル語のみだが一筆書かせた。
まあ、ブラジル出国時に引っかかった場合はこれでなんとかなるだろう。


2月23日(土)の記 フィギュアの時代
ブラジル→


ブラジル出国当日。
フライト時間は、日付が明日になってから。

さあ、昼間は思い切って。
以前、紙メディアで見て、行ってみたい店にようやく。
イピランガ地区にある、店内フィギュアづくしのハンバーガー店。
都合のつく家族3人で、自動車で。

いやはや、これは面白い。
広い店内にひしめくフィギュアはアメリカものが中心で、あとはブラジルもの。
日本物は意外と少なく、古い人形、そしてレンジャー系とドラゴンボール系。
ナショナルキッドもあったな。
わが親子が固執する東宝系、円谷系はまるで見当たらなかった。

深夜1時までオープンとのことだが、土曜の昼とあって親子連れが多い。
いずこも親の方が盛り上がっている。

夜、わが家を出家してから気づく。
僕は日本とブラジルで帽子をかぶり分けているが、ブラジル国内使用の帽子をそのままかぶって来てしまった。
日本だとバカにされそうだ。
この帽子を飾るアニメのキャラクターグッズはブラジルでも見かけるが、昼のハンバーガー屋では見当たらなかったな。

しかたがない、空港でブラジル国外使用の帽子を探してみるか。
たけーだろうなあ。


2月25日(日)の記 アジスアベバの裕次郎ワールド
→エチオピア→


エチオピア航空機に搭乗はしたが、個人モニターがきちんと機能しない。
どうやらその修理のために1時間ほど出発が遅れるが、その間に特にアナウンスもない。
12時間近く機内エンターテインメントサービスなしは、過酷なり。
いやはや、今回に限って機内持ち込み荷物に書籍を入れていない。

おっと、なんとか復帰したではないか。
ブラジル映画が二本あり、今回も一本はドキュメンタリー映画。
聞いたことのない作品だ。
『Construindo Pontes』、「橋をつくる」といった意味だ。
ズバリわが『橋本梧郎と水底の滝』シリーズと場所と時間が重なっていく。

父親はブラジルの土木技術者として、軍事政権下に主にパラナ州の幹線道路構築などの数々の国家的プロジェクトに従事してきた。
常に遅々とぶつかり合っていた娘は、決定的な事件をきっかけに父と袂を分かっていた。
数十年を経て、パラナの大学教員となった娘は、かつて父が撮影した8ミリフィルムの土木現場や家族旅行のシーンをともに鑑賞する。
ブラジルの軍事政権と左派政権について、ふたたび父娘は激論となるが、父のプロジェクトの現場に二人で旅をすることを決意する。

この映画はあの水底の滝、セッチ・ケーダスから始まるのだ。

さあ、アジスアベバに到着。
昨年、エチオピア航空をひいきにしたおかげで今回は空港のラウンジが使える。
ここのラウンジはどんなか、興味津々だった。

難をあげつらえばきりはないが、そこそこの食べ物、アルコール飲料もあり、Wi-Fiもきっちりつながる。
さすがに「食べる雑巾」とまで呼ばれるソウルフードのインディラは見当たらないが。
JALやANAのラウンジにも、納豆は見かけないし。

地元産の絵画が多いぐらいにあるのもいい。
洞窟内のキリスト教の隠遁者の絵に惹かれる。
このラウンジの雰囲気…
日本の石原裕次郎の映画の世界を想い出す。
「昭和な」みたいな言葉がうかぶが、安易に日本の元号で時代を例えることは極力、避けたい。

混沌の保安検査への長蛇の列を免れて、レッドカーペットから搭乗なる。


2月25日(月)の記 クレイジー・リッチ
→大韓民国→日本


エチオピア航空にて、機内映画の旅は続く。
日本映画も二本あるが、いずれも小粒。
今回、見た映画などはばかばかしく、タイトルも確信犯の冗長さで、書く気もしない。

邦題『クレイジー・リッチ』を見たが、グローバルなチャイニーズパワー全開。
『万引き家族』とのコントラスト。
映画は、いろいろなものを映し出すのだな。

仁川のトランジットで心地よい韓国語の響きを聞いてから、成田到着。
日付が今日のうちに、目黒の実家にたどり着く。
覚悟していたほど寒くはなく、薄着の身には助かる。

ヤフオクで入札中だった機材を落としていた。
また探すか。


2月26日(火)の記 ちょこの起源
日本にて


さあ今日はまずは挨拶回り。
いくつか細かい用事を済ませながら、流浪堂さんへ。
今回、新たにアトリエ・アルカンジェロさんにしたためていただいたフライヤをピックアップ。
帰り際、二見店長が僕にとっての必読書をそれとなく提示してくれた。
即買。
まことにありがたいお店だ。

いったん渋谷下車。
家電でスマホのSIMチップ購入。
今回、インストゥールを担当した店員は、中国から来て9年という女性。
彼女でも相当手間取るのだから、僕がお手上げなのも無理ないな。
やれやれ、スマホがつながるようになり、ひと安心。

江古田映画祭でお世話になるギャラリー古藤さんへ。
映画祭の準備たけなわ、いろいろな人が出入りする。
町のものしりおじさん、といった感じの紳士を紹介していただく。

この人は「そば猪口」のエキスパートだった。
ギャラリーオーナー夫妻、そば猪口師匠との懇親の場に招いていただく。
まずチョコという語の語源を聞いてみる。
どうやら朝鮮語らしい。
なんとも心地よい話。

恥ずかしながら「そば猪口」について考えたこともなかった。
この御仁は、そば猪口のオンラインミュージアムも開設していた。
帰宅後、アクセスしてみるが、ただ圧倒される。

ギャラリー、アンチーク系の達人たちの話は面白い。
ついこちらもあまり披露したことのない話を語ってしまう。
訪日早々、酒もツマミも話もうまかった。


2月27日(水)の記 ゴジラと毒煙
日本にて


われながら情けない予定の勘違いをしていた。
致命的にはならずにすんだが、要注意。

明日にお願いしていた知人とのイッパイを、今晩にしてもらう。
中央線沿線で、ずばりゴジラの名をいただくバー。
夜9時開店という、ブラジル的な営業だ。

小雨のなか早めに着いてしまい、知人とともに開店を待つ。
ふーむ、なるほど。
かならずしもゴジラ:怪獣に特化したわけではないのだな。

他に客はいないが、店内はかなりのタバコのニオイ。
どれぐらい燻(いぶ)り続けたら、こうなるのだろう。

1984年版の『ゴジラ』を想い出す。
伊豆諸島の噴火で目覚めたゴジラは、静岡の海岸にある原子力発電所を破壊する。
しかしゴジラは放射能をすべて吸収してしまい、至近にいる人間は無防備でも被曝しないのだ。
こっちも福島原発事故後のような知識を持たない頃に鑑賞したのだが、かなりの違和感を覚えたものだ。

ゴジラよ。
願わくばこの店の毒煙をクリーンにしてくれ。

この店に付き合わせてしまったのアミーガは、ブラジル出自。
彼女の出身地は僕にもなじみのあるところで、そのあたりで盛り上がる。
拙作『ブラジルのハラボジ』のハラボジも過ごしたところだ。
ハラボジと、彼女の亡祖父は会っていたかもしれない。


2月28日(木)の記 「映画は瞬間しか撮れない」
日本にて


いやはや、ケアレスミスが続く。
自分が確認をおろそかにして、慎重さを欠いたためである。

今日は鶴見公会堂にて四宮鉄男監督が北海道の べてるの家を記録した『ベリー オーディナリー ピープル』シリーズ「予告篇その2」『三度の飯よりミーティング』の上映会にうかがう。
これが見たいので訪日を少し前倒しした次第。

鶴見、川崎、横浜の関係を以前から間違えてしまっていた。
鶴見は川崎ではなく横浜に属する、と以前に学んでおきながら…
川崎駅で降りてしまった。
ああ、電車賃もったいない。

他人の上映会は、自分の時のための貴重なまなびの機会。
ひとのふりみて、わがふりなおせ。
・パソコン出しは、パソコンのツールバーなどがスクリーンに出てきて、うっとうしい
・個人宅の居間以上の広さでは、音声をプロジェクターのスピーカー頼りにすると厳しい
・主催者側のやり取りは、狭い会場では来場者にも聞こえているので留意
などなど。

話には聞いていた「べてるの家」、そしてこのシリーズにようやく触れることができた。
四宮監督にはメイシネマ祭でひいきにしていただいているが、その理由がこの作品をみてよくわかった。

四宮監督のトークはうなずくことが多い。
懇親会でおっしゃった「映画は、瞬間しか撮れない」、
この語をよく吟味しよう。


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