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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2019年の日記  (最終更新日 : 2019/06/24)
2月4日(月)の記 「規定の病」

2月4日(月)の記 「規定の病」 (2019/02/07) 「規定の病」
サンパウロにて


朝イチで東洋人街へ。
帰宅後、『メイシネマ祭2018』のビデオ記録の編集。
今日も一日断食。

拙作『ブラジルのハラボジ』の主人公の、印象に残る言葉のひとつ。
大韓帝国に生まれ、日本統治時代に日本内地に出稼ぎに行ったハラボジに、日本語をどうやって覚えたか、と質問。
答えは「聖書」。
取材時から、もっとこの言葉をかみしめておけばよかった。

日曜のミサで配られるポルトガル語の「典礼のしおり」を時おり読み返して日本語訳と比べてみる。
日本では昨年末、30年ぶりに新しい翻訳の『聖書』が刊行された。
決して安いものではないが、思い切って購入、ブラジルに担いできた。

さて、昨日のミサのメインの聖書朗読の部分を見る。
「ルカによる福音書」の leprosos の語。
日本の最新訳では「規定の病」となっているではないか。
しかもイエスが人々に語った言葉として訳されているのだ。
僕にはまるで意味のとれない言葉で、少なくともこの部分には注釈もない。

この語はこれまで僕の用いてきた1987年・1988年の『聖書』では「重い皮膚病」と「らい病」の二つの言葉で訳されているようだ。
この「規定の病」という訳については日本の新聞記事にも取り上げられていた。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201812/CK2018120402000117.html
日本の聖書協会は「これ以上の言葉はない」というコメント。
まるでアベニッポンなみの自画自賛である。

調べてみると、この病は旧約聖書の「レビ記」に規定されているから、ということらしい。
キリスト教の教祖イエスは、人々にわかりやすい言葉で、たとえ話を多用して教えを説いた。
耳で聞いてわからず、注釈があっても理解のむずかしい言葉でそれを訳して「これ以上の言葉はない」などとぬかしている翻訳者は、クリスチャン:キリストに従う者 なのだろうか?

日本のクリスチャンの数は減るばかり、日本のキリスト教会で増えるのは外国からのニューカマーばかり、ということの原因のひとつを見る思い。
日本のキリスト「業界」の権威たちが門を閉ざしているとしか思えない。


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