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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2019年の日記  (最終更新日 : 2019/11/11)
3月の日記 総集編 わたしの311

3月の日記 総集編 わたしの311 (2019/03/04) 3月1日(金)の記 追憶の発酵
日本にて


さあ今日は今回訪日後の初上映会。
フリーペーパーの取材の写真撮影も入る由。

場所はふるさと目黒は学芸大学だが、大型スクリーン等々の流浪堂さんからの人力搬入、会場設営と機材設置などの要あり。
ひとりではどうにもならず、そんな状況を察して早めに来てくれる有志の力を借りることになる。

いやはや、なんとかなってヤレヤレ。
さて、人の入りがまた読めない。
何人かの方が参加表明してくれたが…

開始後も複数の方々がいらして、会場はぎっしり。
僕が暖房を止めても、来場者の炭酸同化作用の排熱で十分あたたかい室温となった。

上映作品は『山川建夫 房総の追憶』。
訪日直前にも新たな素材作成のために見直している作品だが、自分でもまた見ても見入ってしまう世界。

あげつらえばキリのない作品だが、それも含めて享受してくれる良質な観客層がこの学大上映会の魅力。

懇親会もいたく盛り上がるが、昨年のPARCオカムラ講座の受講生たちが少なからず集まっていることにようやく気付いた。


3月2日(土)の記 江古田の幕開け
日本にて


今日、江古田映画祭が開幕。
この映画祭への参加がメインでの訪日である。
江古田映画祭の「空気」をつかむよう、そして勉強のために初日から連日、参加のつもり。

顔見知りとなった主催者側の方々のほかに、3人もの知り合いに会えた。
今日は武蔵大学での開催だが、オープニングイベントの後、プロジェクターの故障で急きょ上映会場を変更することになった。
これだけの映画祭でもこうしたことは起こる。

今晩は土日しか都合のつかない、お世話になっている人との会食を予定に組んでいる。
江古田映画祭の方は初日の懇親会があり、顔だけでも出すことにしたが…
出席者の自己紹介がはじまってしまった。
ひとり1分ぐらいで、と進行係が告げるが、ご意見無用で延々としゃべる御仁たち。
まだ後の人たちがいるのに有力者が自己紹介の終わりかけた人とながながと話し始めて、自己紹介は中断。
進行係がヤキモキ、してわたくしも。

お待たせの会食は、千歳船橋のフィリピン料理店。
別席のフィリピン人女性客大声に驚くが、彼女の会話が延々と続く。
今日の客人は、特に今日は聴覚障害がひどいとのことで、申し訳なし。

ひとのふりみてわがふりなおせ。


3月3日(日)の記 エコかエゴか
日本にて


早朝の祈りのあと、世田谷のお宅へ。
念のため、ビデオカメラを担いでいった。
思わぬ展開に、息を呑む。
さっそく原発事故がらみの新たなミッションをいただく。

ちなみに地下鉄大江戸線だと「新エゴタ駅」、西武池袋線だと「エコダ駅」。
江古田映画祭は、エコダ。
先回、その違いを聞いていたが、酒席でもあり忘れてしまった。
昨日の江古田映画祭オープニング演奏の「みちばたちゃんぷるー」のジョニーHさんによると、中野区側は「エゴタ」、練馬区側は「エコダ」ということらしい。

今日は世田谷のロケ地から…
新エゴタ駅でおりてエコダ映画祭へ。

今日の献立は『福島県立相馬高校が伝えたかったこと』。
昨日のオープニングでこのプログラムは定員40名、すでに予約が40人と聞いていたが、なんとか滑り込ませていただく。
現地にいる当事者、そして女子高生による大震災と原発事故体験、その後と「いま」の報告。
重いリアリズム。

エコダ駅近くを彷徨。
喫茶店のコーヒー一杯の金額で飲んでつまめる店を経て、学芸大学にご挨拶。


3月4日(月)の記 きりんでばらばら
日本にて


こんな時期に、よく雨が降るものだ。

日本のわがシマ圏内にある木林文庫さんでの内覧上映会を今晩、実施していただくことになった。
http://www.e-ecrit.com/kirin/
文庫にあるテレビモニターでの上映だが、江古田映画祭の武蔵大学での機材トラブルがあったばかりである。
かつて8ミリ映画を撮ったという文庫主も、昨今の家電にはまるで着いていけていないようだ。

念のため、午前中に木林さんにうかがってセッティングをしてみる。
不愉快な国会中継を受信中のモニターをいじる。
アスペクト比の4:3への切り替え、文庫にあるスピーカーへの音声接続などで苦戦するが、なんとかなった。
上映直前だったら、あせりから不本意な状態で妥協していたかもしれない。

今日の江古田映画祭の前半は、武蔵大学学生制作の第五福竜丸など核問題に関わる2本。
発言希望者が多く、どれも賛辞ばかり。
僕は素朴な疑問もあり、学生たちのためにも建設的な問題提起もしたかったが、出る幕はないようだ。

さあ、木林さんふたたび。
初対面の方々も複数参加。
上映作品は『ばら ばら の ゆめ』。
上映後のオカムラのヨタ話もやさしく受け止めていただけた。


3月5日(火)の記 ちょっときばる
日本にて


今日も江古田映画祭。
『きょうを守る』。
陸前高田出身の当時、大学生だった女性が被災した知人友人を訪ねていく。
当事者がつくりてである重さ。
クレジットの最初に崔洋一監督の名前が。
監督が急用で来場できなくなったそうで、代わりに話す人も詳しい制作事情はご存じなかった。

ワケアリで、生まれて初めて新木場駅まで行く。
不思議なところだ。
重い所用のあと、材木倉庫と加工所を改造したらしいだだっぴろいカフェに寄ってみる。
なんともここちよく、在外の友人客人たちを連れてきたくなる。

清貧の徒として一日に二度のカフェなど言語道断だが、他に日にちもなくなってきた。
帰りに年末の上映でお世話になった郷土のカフェ、アンダー・ザ・マットさんに挨拶による。
なんと、よりによって江古田映画祭の実行委員会代表の永田浩三さんの、協会時代の部下だった人がいるではないか。
彼に見せてもらった作品のことを反芻していたところだった。
新宿の高層ビル街でクラス小学生たちの生態をフォローした傑作だった。


3月6日(水)の記 研磨再生
日本にて


振り返ると、どっぷり盛りだくさんな一日だった。
午前中は、今回二度目の富山妙子さん訪問。
手を尽くして集めた資料をいたく喜ばれ、たいへんなことになってしまった。
わたしはみた、撮った。

江古田映画祭『ふたつの故郷を生きる』。
相当数が日本中、世界中にいるものの実像のみえにくい福島原発事故避難者に寄り添う貴重な記録。
監督のトークを聞いてから、大塚へ。

DVDの研磨サービスに持ち込みで行ってみる。
キズで再生不能となったのを2枚、ブラジルから持参した。
歯磨き粉からバナナまで用いたが、NGだった。
半信半疑ながら…
一枚500円、10分程度待機。
帰宅後、再生してみると、まさしく見事に再生。
研磨屋さんにあれこれ聞きたかったな。

大塚から西荻窪APARECIDAさんへ。
今日も一期一会、再現不能な多種多彩な人たちが集ってくれた。
サンパウロで楽しいひと時を過ごしたカップルが来てくれたのには驚いた。
ふだん欧米を飛びまわっている巨漢も来てくれた。

日付変わってから実家に帰還。


3月7日(木)の記 銀座の半田
日本にて


渋谷で用足しを経て、江古田映画祭へ。
共同通信社の記者で写真家の堀誠さんのスライドトークショー。
堀さんは福島原発事故の現場に通い続けた。
深刻な事態の報告を聞き、この国はもうだめなんじゃないかと思う。

劇映画の試写場をいただいている。
新橋の試写会場へ。
福島原発事故にインスパイアされた作品とのことだが、よくわからない。
8ミリのモノクロで撮って、ブローアップした作品。
試写後の懇親会に誘われるが、所用山積みで失礼する。

久々の博品館を経て、銀座8丁目のカフェーパウリスタへ。
ここの2階に行っておきたかった。
2階にはブラジル関連の絵画が展示されている。
窓際に半田知雄画伯のブラジルのコーヒー園で働く邦人家族の絵がある。
感無量。

明日の江古田映画祭での『リオ フクシマ』『リオ フクシマ 2』の上映に備える。


3月8日(金)の記 江古田映画祭上映デビュー
日本にて


昨晩、入り用なビデオ系のパーツを渋谷のカメラ屋にパソコンで注文しておく。
今日、行ってみると、すっかり振り回される。
日本の退化の一端を垣間見る思い。

さあ今日は江古田映画祭で拙作『リオ フクシマ』『リオ フクシマ 2』の一挙上映。
最初の上映では、僕の知人はざっとみたところ一名。
空気が固い。
そもそもこの映画祭に来る人は、マジメ系、堅物が多い。
が、拙作はしっかり受け止めてもらえた思い。

『リオ フクシマ 2』の上映では夜の部でもあり、少なからぬオカムラ系が集まってくれた。
そもそもやわらかい作品であり、会場がどよめく感じ。

江古田映画祭恒例の江古田駅前の大衆中華料理屋で、映画祭系の人たちとも交わり、盛り上がる。
やれやれ。


3月9日(土)の記 渋谷→江古田→横浜
日本にて


今日もあわただしい。
午前中は渋谷で打合せ。
日本の夏までの、新たな見通しがついた。

江古田映画祭へ。
山田栄治監督『ほたるの川のまもりびと』。
僕など、およびもつかないおしゃれなつくり。
山田監督は大手広告代理店でバリバリに映像をつくっていたが、311以降に反省して独立した由。
トークがなかなか面白かった。

横浜へ急ぐ。
大道焼肉師にして伊豆大島冨士見観音堂堂守の伊藤修さんが、夜の上映イベント前に伝えたいことがあるという。
せっかく高い電車賃のルートで急行したのに、京急線の人身事故で横浜駅はごった返している。
JRで関内まで行き、黄金町まで歩く。

横浜パラダイス会館ブラジリアン☆ナイト。
今回、蔭山ヅルさんに選んでいただいたのは『狐とリハビリ』と『松井太郎さんと語る』。
地味といえば地味である。
そこに、滋味あり。
独自のアート活動を継続しているヅルさんに、富山妙子さんをみてもらいたかった。
はからずも今晩の参加者にはアート系の人が少なくなかった。

特に作品そのものや作画を写しこんでいないのが拙作だが、アート系の人が「(富山さんは)すごいアーチストだ」と感嘆、これはうれしい。

連日の諸々で疲れがたまり、明日がまた大変。
今日の懇親会の「アブラカダブラ」参加は自粛させていただく。。
が、上映会場の横浜パラダイス会館でヅルさんらと富山さん等々について話しこみ、いい時間になる。
日ノ出町駅で上り電車を30分近く寒いホームで待つことになり、東横線の接続も悪くてイヤハヤ。


3月10日(日)の記 2時間半 一本勝負
日本にて


この街東京で、3時間ほどの間におよそ10万人が焼き殺された。
東京大空襲から、74年。

今日も富山妙子さん宅経由で江古田映画祭へ。
今日の会場は、武蔵大学。
大教室がみっちり人で埋まっていて、驚き。
アーサー・ビナードさんの講演を聴きにつめかけた人たちだ。
直前の新聞記事が、火に油を注いだ模様。

まずは1982年製作の『ダーク・サークル~プルトニウムの恐怖』上映。
平たい教室で、この映画は字幕がめいっぱい下に施されている。
前方の人たちが少しでも字幕を読もうと頭を動かしてこちらの視界をさえぎり、こちらも頭を動かさざるをえず…

さて、感ずるところあって今日のビナードさんの講演のビデオ撮影を申し出た。
ギャラリー古藤の田島さんが最後列から三脚をすえて撮影をされるので、僕は最前列の前で膝をつき、三脚なしで撮影をすることにした。

事前に主催者に講演時間を聞くと、質疑応答、サイン会を入れて80分程度とのこと。
80分テープを入れて臨むが…
講演が押しに押して、ひとりだけ質疑応答に応じて堂々2時間半。
途中、テープ交換を余儀なくされたが、かつかつスペアを持参していて、なんとかカバーできた。
にしても、2時間半の手持ち撮影になるとは、もうへろへろ。

ビナードさんの講演は、絶品だった。
そもそも、日本語がきりりとしている。
美しく、ロジカルで、毒をも含む戦略がある。
現日本国総理大臣の破廉恥な日本語の真逆にあると言っていい。
いい講演を撮らせていただいた。

はからずも、東京大空襲の大火災の続いた時間と同じぐらいの長さとなった。
この時間の間に、10万人ひとりひとりの名前を読み上げることは不可能だろう。
亡母にもっと、この空襲の話を聴いておくべきだった。

ふらふらと学芸大学まで行って、いくつか所用。


3月11日(月)の記 わたしの311
日本にて


八年めの3月11日。
あの時と同じく、祖国で過ごす。
午前中は富山妙子さんを訪ねる。
カメラはまわさない。

いよいよ今回訪日のメインイベント。
江古田映画祭での『リオ フクシマ』『リオ フクシマ 2』の上映、そして合間に1時間のトーク。
今日は最初からオカムラ系の人が集まってくれて、やりやすい空気を醸してくれている。
使えるかどうか、ビデオカメラを回す。

311関連のイベントが目白押しの日である。
そのなかで…
会社を休んできてくれた人がいる。
中部地方から駆け付けてくれた人がいる。
数年前に上映会に来てくれて、このたび岡村の夢を見て、気になって来てくれたという人がいる。

『1』と『2』の合間のトークというのは、けっこう至難の業だ。
そこそこに準備をしておいたが、空気のノリがいいので、ノートに頼らず進めてみる。
質疑応答では、これはこの映画祭の特徴だが、映画の趣旨と来客たちの関心とずれた自分のことを延々と話す人が少なくない。
主役は、わたくし。
ゲスト自らが仕切るが、その制止を受けてもしゃべり続ける人たち。

僕は、かそけき声に耳をそばだてなければ。

江古田映画祭御用達の中華料理屋「同心坊」でうれしい懇親会。
いろいろな出会いをいただいた一日。

かつて『リオ フクシマ』を見て、受精の瞬間を感じたといった女性がいた。
僕は今日、新たな受精を感じた。


3月12日(火)の記 となりの稲荷
日本にて


今日も世田谷経由で江古田映画祭へ。
阿部周一監督『たゆたいながら』。
福島原発事故の自主避難者たちを訪ねる記録。
阿部さんの学生時代、原一男監督と小林佐智子プロデューサーの指導のもとで制作した由。

江古田映画祭の並行展示があるギャラリー水土木(みずとき)での展示をみてから、富山妙子さんがらみで早急に欲しくなった本を探しに、池袋のジュンク堂へ。
あった、よかった。

今宵は「岡村追っかけ」と自称される琴岡さんが上映会を企画してくれた。
だいぶ疲労がたまり、上映前に温泉銭湯でもと思っていたが、それもおっくうになり、ギャラリーと書店周りとした。
会場は本郷三丁目駅が最寄り、彼の職場の至近の由。
これがなかなかわかりにくく、これも会場の至近らしいお稲荷さんに詣でていると、やはり迷っていた人に声をかけていただく。

昨年のPARC受講生を中心に、そこそこの人数が集まってくれて、ありがたし。
『アマゾンの大逆流ポロロッカ』『六ヶ所村の日系花嫁』『第二の祖国に生きて』の三本立てとする。
近くの、地元民でないと縁のないような面白いお店で懇親会。
30分程度で失礼するつもりが、やたらに話の面白い人がいて、1時間オーバーで退席させていただく。


3月13日(水)の記 ひしょうまで
日本にて


今日も江古田映画祭。
今日は『ホピの予言』ほか辰巳玲子さん関連作品。
僕の知人がナレーションを読んでいる作品もある。
辰巳さんのトークもあり、彼女を慕う方々がごそっと来場。
通常の江古田映画祭とは違う雰囲気。

夜、辰巳系の人々が去った後で遠藤大輔監督の『恐怖のカウントダウン』と『渋谷プランニューデイズ』の上映。
この回はゲストなし。
後の作品では僕の知人が登場して、製作者の筆頭に名前があり、驚いた。

新宿ゴールデン街の佐々木美智子さんの「ひしょう」に「納品」に行かねばならない。
今日ぐらいしかなさそうだ。
江古田映画祭会場のギャラリー古藤さん至近のバス停からバス一本で行けることがわかる。
かなり時間がかかるということだが、バス旅を楽しもう。
ひしょう には若い男性二人の先客がいた。
彼らも昨年末の佐々木さんが登場するテレビの深夜番組を見て、来てみたとのこと。
まだ20代だろう若者だが、僕の世代のB級日本映画に造詣が深いのにびっくり。

佐々木さんの著書『新宿発アマゾン行き』の出版記念パーティから25年。
謹呈したデジタルリマスター版の出版記念パーティの映像を、佐々木さんは友人に頼んで自分で編集すると言っていた。
まずしそうもないので、僕がまた余計な仕事を増やすしかないかな。
そのあたりの打合せもしておく。


3月14日(木)の記 旅立ち前夜の奔走
日本にて


明日から10日間の列島巡礼である。
途中、東京に寄らで、一週間以上、出っ放しというのは珍しい。
今回は撮影機材も持参するつもり。
日毎の訪問先への土産物が荷物の大半。
事前に送れば、それだけカネがかかるし。
相当な荷物になるが、そもそもカラダが持つだろうか。

さて、まずは午前中、世田谷の富山妙子さん宅へ。
その足で最終日の江古田映画祭へ。
呉充功監督『隠された爪痕』。
1983年の作品だが、関東大震災のあとの朝鮮人虐殺から生きのびた在日朝鮮人、および事件を目撃した日本人に存命中に取材しているというのが圧巻。

呉監督のトークを聴いてからふたたび富山妙子さんのところへ。
なんと江古田映画祭でお会いしてご挨拶した方がいらしているではないか。
そして僕の訪問を見越して、和菓子やお弁当を持ってきてくださった。

富山さんは最新作の構図と画材の資料の解読で苦戦している。
今日は夜までお付き合いをする。
帰りに流浪堂さんに寄ってご挨拶を、と思い、近くまで来てからは今日は木曜でお休みと気づいた。

江古田映画祭実行委員の皆さんには格別にお世話になった。
ささやかな返礼として、さる日曜に撮影したアーサー・ビナードさんの講演の映像を夜なべで編集、DVD焼き。
明朝、郵送しよう。


3月15日(金)の記 京都熟成
日本にて


今日から一週間のJRジャパンレールパスを使用する。
今宵は、京都で上映。
その前に、前橋のアート前橋での『闇に刻む光 アジアの木版画運動』展に寄ってみようと計画。
が、アート前橋は午前11時開館で、これを経由すると京都着がギリになる。
あきらめるか…
代わりに横浜そごうの千住博展に行っておこうか。
しかし荷物が多すぎ、ロッカーを探すこと、東横線と南武線を大荷物を担いで移動することも難儀である。
これも見合わせるか。
その分、滞っていたオンラインでの作業が実家で少しははかどった。

京都は地下鉄四条駅近くのカプセルホテルを予約していた。
旅装をといて、大浴場で入湯、カプセルでしばし安息。
上映は、 昨年以来なんと5回目の気心の知れた主催者と。
『あもーる あもれいら 第3部・サマークリスマスのかげで』。
ブラジル出身の女性が、拙作に登場する若い母親に思い入れた発言をしてくれる。

懇親会は、まことに濃厚。
いつもの奥のスペースでは収まり切れず。
深夜の京都の街なかを余韻に浸りながら、参加者数名がカプセルホテルまで徒歩で付き合ってくれた。


3月16日(土)の記 旅がらす鳥取飛来
日本にて


今日は、12:52京都駅発の特急で鳥取入りすることにした。
それまで、ゆっくり…
とはいかない。
思い切って、午前6時半からのカトリック河原町教会の早朝のミサに預かってみる。
体力的には厳しいが、早朝の京都の町を歩く喜び。
日中だと気づきようもないが、錦小路の商店街のシャッターには伊藤若冲の絵が描きこまれていた。
そもそも若冲の住まいがこのあたりにあったことを知る。

ミサは地下の小講堂にて。
小さいが目を引くブロンズの聖母子像があった。
帰路、この母子像についての解説の掲示を読んでいると、年配の女性がそれを書いたものがある、と声をかけてくれた。
話してみると、共通の知人がいて、なんとこの女性は鳥取の出身だとおっしゃる。
ちなみにブロンズ像はフランシスコ・ザビエルに由来する「都の聖母」と呼ばれるものだった。

京都駅近くで在京都の友人と早めのお昼の会食。
さあ、鳥取へ。

今日の会場は「産後ケア やわらかい風」と呼ばれるところ。
乳幼児を抱える女性たちの居場所であり、子ども食堂も始めたという。
主催者はマヤ暦を研究される方で、今日は同じ新大陸のアマゾンの古代遺跡を取材したもの他の拙作を上映してお話もすることになった。
地元の新聞にも記事にしていただいたおかげで集まった方々のなかには、キノコ関係の活動をされる方が二人もいた。
なんと鳥取はキノコ王国でもあったのだ。

子ども食堂で鍛えたスタッフたちの心づくしの料理に舌鼓をうつ。
地元の珍しいキノコもいただいた。


3月17日(日)の記 トンネル事故
日本にて


広島県内のトンネルで、玉突き事故に巻き込まれる。
おかげさまで運転手も僕も体の問題はなさそうだが、車は大破。

鳥取での上映を主催してくれた女性が、自家用車で山口県内の親類を訪ねる予定もあるので、適当なところまで僕を乗せていってくれるという。
お言葉に甘えて、午前7時台に鳥取市内を出発。
道中、話をしてみると思わぬ共通の話題もあって、これは驚き。

中国地方の脊梁部には真新しい雪も残っている。
鳥取、岡山、広島…
今日の僕の上映は、広島の江田島。
鳥取の彼女を、江田島の上映を主催してくれる女性にお引き合わせしたくなった。

広島市内か、宇品か呉の港までお別れとも思っていたが、江田島まで車で行ってくれるという。
江田島で、昼食でも…
高速を広島市内で降りると、なかなかの渋滞。

事故は、呉トンネルにて。
長さ2388メートル、片側一車線のトンネル。
トンネル内で2台先の車が急停車、前の車も急停車して、それにぶつかった。
さほどスピードは出ておらず、運転手も僕も体は無事と見た。

こうした時、なにもできない自分が情けない。
降りて車の前方を見ると、驚くほどグシャグシャ。
それでも前方の緊急避難帯まで、可動。
駆け付けた警官から、いかなる事態でも、前方車が急停車しても、それにぶつけてしまえばぶつけた方が悪い、と教えられる。

彼女は保険会社に電話。
僕の江田島上映は16時から。
僕の携帯電話はつながらないが、スマホのメッセンジャーはつながる。
主催者の母親が車で迎えに来てくれるという…
それからも、いろいろあった。

鳥取の彼女にトンネルで暇乞い。
おまわりさんにお世話になる。
危機一髪の連続で、上映会場に駆けつける。
時間は、間に合った。

ブラジルでの研修時代に知り合った女性、鹿児島で出会った人なども江田島上映に参加してくれた。
懇親会は、大阪から来たという夫婦のお好み焼き屋さんで盛り上がる。

江田島の上映主催者の実家は、自衛隊の若い人相手の下宿を営んでいる。
空き室があり、そこに泊めてもらう。
もとは醤油蔵だったという。
たっぷり醸してもらった。

鳥取の人は代車で山口県の目的地までたどり着けたと連絡をくれる。
彼女が無事なら、なによりでした。


3月18日(月)の記 溝口の夜
日本にて


江田島の元醤油蔵で朝を迎える。
まずはスマホで各地と交信。

今回の列島巡礼では、ここ江田島の旧帝国海軍兵学校跡を撮影したいがためにビデオカメラを持参した。
現在、海上自衛隊の第1術科学校として定時の見学が可能だが、昨日は自動車事故でそれどころではなくなった。
この見学の所用は1時間30分、途中退出は不可。
今日もこの見学はあきらめて、江田島上映主催の母娘に案内を乞い、僕の使用意図にかないそうなショットを収める。

帰路はフェリーで宇品港に渡る。
短時間の旅情。
宇品港には、昨年の青原さとし監督による北広島上映会に参加された女性が車で待機してくれている。
彼女とはブラジル関係の共通な知人が少なくない。
今日の北広島町旧美和東地区上映にも参加されることになり、カローナ(便乗)をお願いした次第。

青原監督のイチオシだという、北広島の廃校活用スペース筏津芸術村で今日まで開催中の郷土の画家、小田丕昭(おだ ふしょう)展に寄る。
僕はもちろんこの画家のことを知らなかったが、これは面白かった。
小田氏は西本願寺系の住職であり、地元の学校で長年、美術教育に当たった。
激動の第2次大戦前からの作品が展示されているが、暗黒の時流に抗う姿勢がうかがえて、心を打つ。
http://www.kitahiro.jp/art/8018/

北広島町は、まさしく中国山脈の脊梁の地。
行政区では町となっているが、ほぼ限界集落も少なくないという。
この地で「ぞうさんカフェ」というカフェ界では知られる店があるとのことで、行ってみることにする。
お店の広さと豊富な販売グッズ類に息を呑む。
ここの最大のウリは、スリランカの象の糞から取り出した植物繊維でつくった「ぞうさんペーパー」。
これは面白い、関連グッズと由来の書かれた書籍を購入。

ようやくこれまた廃校活用スペースの美和東文化センター(字名溝口)へ。
主催の三浦さんは広い調理室で料理の準備中。
ストーブで温められ、コタツも二基配置されたアットホームな上映スペースが心地よい。
平日の夜の、決してアクセスのよくないほぼ限界集落に、まさしく有志、善男善女が寄り合ってくれた。
地元の集落から、広島県各地から、そして島根から鳥取から。
三浦さん渾身の手料理に舌鼓を打ちながら、まさしく懇親が続く。

そして希望者はそのままこの場で宿泊可。
三浦さんが蒲団まで運んでくれていた。
階上のかつての講堂スペースに小田丕昭の作品があると青原監督に教えていただいた。
ジョージア・オキーフを想わせる地元の風景画だった。


3月19日(火)の記 20年めの生還祝い
日本にて


中国山地の山峡、北広島町旧美和東地区字溝口の廃校スペースで朝を迎える。
昨晩の上映会お泊りメンバーたちと楽しく朝餉をいただく。

広島市内から車でいらした参加者に、大朝インターのバス停まで送ってもらう。
バスの時間をまちがえたが、早く間違えたのでオッケー。
広島駅から「さくら」で九州島へ。
新鳥栖で在来線特急に乗り換え。
さっそく立ち席だが、佐賀駅で座れた。
有田駅で松浦鉄道の接続待ち。
有田焼の陶芸喫茶で昼食、ハガキ書き。

福岡の田川から長崎の松浦に居を移した犬養光博牧師夫妻を訪ねる。
犬養ご夫妻のブラジル訪問からちょうど20年。
拙作『消えた炭鉱離職者を追って サンパウロ編』で淡々と報告しているが、僕と犬養牧師はサンパウロ国際空港で合流してから、武装したニセ警官に襲われて、殺されかけている。

犬養牧師が師と仰ぐ故・上野英信、富山妙子さん、佐々木治夫神父のことなど、話は尽きない。
長崎で犬養牧師が親しくしている牧師夫妻二組も招いて、拙作の短編をいくつかご覧いただく。
珍味美酒をたくさんいただいて。

そろそろ『消えた…』の続編もまとめないと。


3月20日(水)の記 彼岸の鹿児島入り
日本にて


朝、犬養牧師夫妻に車で佐世保駅まで送っていただく。
佐世保は日本で最も岩陰洞窟遺跡が集中していると聞いている。
いくつかのぞいてみたいものだ。

新鳥栖乗換えで鹿児島中央駅を目指す。
鹿児島の好漢、「愛竹家」と称する橋口博幸さんが待ち構えてくれている。
彼との出会いは、13年前のサンパウロ。
時こそ来たれ、彼が地元で拙作の上映を企画してくれることになった。

駅から徒歩圏のホテルで旅装をといてから、まずは鹿児島市美術館の「む」展にご案内いただく。
鹿児島ゆかりの武蔵野美術大学関係者の展示会。
屋外には橋口さんが竹を素材にして組み上げたオブジェがある。
このオブジェだけで、十二分に面白い。
屋内は、消化不良をもよおすほどのヴォルテージとヴァリエーションのアート群。

橋口さんの実家の近所のアール・ブリュット、そしてお連れ合いのゆきさんの創作中の作品を拝見するが、いずれも息を呑む。
優れたアートが東京の人ごみのなかだけにあると思ったら、大間違いだと改めて痛感。
このあと、橋口さんの友人、伊場さんのカレー屋にご案内いただく。
IVACURRYさんは昼のみの営業だが、我々のために夕方も開けていただけるとのこと。
ひとり経営のカレー屋さんだが、意気投合すること多し。
いい技を味わせていただいた。

上映は、ブラジル滞在歴のある康太郎さんの経営するライブハウスMOJOにて。
やりやすい上映をさせていただいた。
橋口さんの人脈と信頼関係を察するのに余りある、さまざまな方々にお集まりいただく。
彼岸とアート、愛竹にふさわしいプログラミングができたと思う。
午前1時過ぎまで懇親が続く。
日付が変わる頃、さらに尋常ではない出会いがあり、あなかしこ。
いまさらながら、な、なんなんだ?


3月21日(木)の記 鹿児島から山形へ
日本にて


さあ一週間のジャパンレールパス利用の最終日。
まずは鹿児島の宿で朝6時半からバイキング朝食。
午前7時台の鹿児島は摂氏20度、ぽっかぽか。

まずは「さくら」で小倉下車。
大型ロッカーをフンパツ、身軽になって歩く。
かつて利用した駅近くのネットカフェ、もうないな。
道中、100円ショップを発見。
香典袋を買っておこう。
水引が黄色という、関東ではあまり見た覚えのないのがあり、それにする。

松本清張記念館に到着。
「砂の器」展を見るのが目的。
それに至るまでの常設展が見ごたえたっぷり。
膨大な清張の書庫がガラス越しで見れるのもすごい。
いずれにしろ時間がない、まだ九州島である。
今日中に鉄路で山形に到着せねば。

「砂の器」展は文字パネルが中心で、正直ものたりない。
清張が島根で訪ねた算盤製造者との手紙、贈られた算盤が目玉とは。
小説のコアであるハンセン病についての言及がまるで見当たらないではないか。

グッズコーナーで未読の文庫本など購入。
記念館は10代の岡村少年に与えた松本清張の影響を振り返るには格好だった。
ふたたび小倉駅、まずは新大阪へ。
車中で買ったばかりの清張『神々の乱心』文庫版をひもとく。
記念館のオリジナルブックカバーがいい。

今日は祝日、事前に指定を取っておいてよかった。
新大阪から「ひかり」に乗り換えて東京へ。
さらに「つばさ」で山形へ。
左沢線の接続に時間がある。
駅接続スペースでは、全国チェーンのハンバーガー屋ぐらいしか見当たらない。
背に腹は代えられず。

午後10時を過ぎて寒河江駅到着、温泉付きビジネスホテルへ。
ここの温泉と館内の装飾画はお気に入り。
まずは、ひと風呂。
申し訳程度のスペースの露天風呂は1分と浸かっていられない高温となっているのが残念。
ぬるめの内風呂にするか。

いずれにしろ、お気に入りの温泉にそこそこ浸かっていられないほど疲れ切っている。
まずは、おやすみなさい。
ここまで、よくもった。


3月22日(金)の記 山形のつばさ
日本にて


山形寒河江の温泉宿で、朝湯朝飯。
午前中、親類の入居する施設のスタッフとの打ち合わせ、親類との面会。

ジャパンレールパスの使用期限は、昨日で終了。
経費節約で、今晩の夜行バスでの帰京を考えていた。
スマホで予約したバスの発券期限が江田島滞在中だったが、江田島のコンビニ2軒でトライしたものの、なにかの番号が違っているらしく発券NGとなってしまった。

明日は午後から水戸での上映。
疲労もさることながら、できれば明日の午前中に富山妙子さんのところにうかがいたい。
思い切って今日の午後、山形新幹線で帰京することとする。

ブラジルがらみの手続きで、PDFファイルのプリントアウト、PDFの書類のスキャンと送りを早急に行なう必要もあり。
東京の実家に戻ると、疲れがどっと出る。
諸々はまず一寝入りしてからにしましょう。
今日中に帰ってよかった。


3月23日(土)の記 彼岸の水戸に鹿児島から担いできたもの
日本にて


午前中、まずは世田谷の富山妙子さん宅へ。
今日はサプライズでおうかがいしたが、喜んでいただく。
想像した通り、新作の構図で行き詰まっていらした。
思い切った提案をすると、意外とすんなりとそれを受け入れた。
さっそくご意向に沿って力仕事。

さあどうやって常磐線の鈍行に乗るか。
千歳船橋駅のパン屋でおかず系のパンを買い、小田急線千代田線のつなぎで北千住駅乗換えとした。
車内安息。
ブラジル滞在中に宿の手配をしたのだが…
土曜の水戸のホテル押さえは、そもそも金額はあざとく高くなり、定宿はどこも満室。
日帰りも覚悟したところ、南口桜川沿いの初めてのホテルを許容範囲価格で予約できた。
15時からチェックインできるのもありがたい。
チェックイン、入湯、ベッドでつかのま横臥。
在群馬のにのまえサポーターが同郷の仲間とともに車で来水、ホテルにピックアップに来てもらう。
初対面の若い人たちと、さっそく車内で盛り上がり。

水戸にのまえさんでのライブ上映は、今回31回目!
上映作品リストをチェックして、意外にも漏らしていた『郷愁は夢のなかで』を上映。
いまさら、現場で驚く。
この作品の日本の舞台、そして主人公の故郷は鹿児島。
僕は一昨日、鹿児島を発ったばかりだ。
しかも時期はお彼岸。

彼岸は中日の前後三日間をさす。
昨日お邪魔した山形寒河江では、この一週間、毎日異なる献立の精進料理のミニ膳を仏壇にあげていた。
ホトケを、ブラジルから、鹿児島から担いでいたか。

われながら強烈な作品。
わが30代のとき、よくぞ…
ドキュメンタリー映画を見るのは初めてだという群馬の若者たちの言葉がうれしかった。
日本酒と日本蕎麦で献杯。


3月24日(日)の記 鷹番千秋楽
日本にて


今朝の水戸は、氷点下。
さあ今日もあわただしい。
水戸の桜川べりの宿で6時半からの朝食。
7時台の鈍行列車で品川乗換え目黒下車。
カトリック目黒教会の午前10時のミサに滑り込む。
会いたかった知人と、ドラマチックに再会。

祐天寺裏の実家で上映モードに装備を切り替え。
今日は地元の目黒は学芸大学で最終上映会。
新しい人も含めて、そこそこの数の方々にお集まりいただけそうだ。
流浪堂さんにお預けしてある備品を受け取り、まずはひとりで上映会場セッティング。
おなじみの会場だが、外光をさえぎるカーテンがないではないか。
洗濯に出して、まだ戻ってこないという。
会場のスタッフが、ありあわせのカーテン類を運んでくれるが…

映写方向をより暗い、逆の壁にしてみるか。
早めに来てくれたお仲間それぞれにカーテンでのカバー、アンケート用紙のコピー、スクリーンの搬入などをお願いする。
みんなでつくる、鷹番上映会。

江古田映画祭で出会った方々も複数、来てくださる。
流浪堂さんに補助いすや座布団も手配していただき、満員御礼。
上映作品は、アマゾン水俣病シリーズ3作品。

さあ懇親会場をどうするか。
上映前に参加希望を聞いてみると、カフェ系なら10人以上の参加者がありそうだ。
17時前からだし、アルコールが入って調子に乗って料理類のオーダーが進むとかなりの割高になる居酒屋系はできれば避けたい。
かといって、学芸大学は大人数の入れる喫茶店がむずかしい…

上映中に電話で心当たりに問い合わせるが、らちが明かない。
2本目の上映時に、カントク自らが店に出向いてみるが、NG。
さらに心当たりをまわる…
2本目の上映が終わるので、いったん会場に戻る。

今日の上映に来てくれた人が、駅近くにフリースペースを所有している。
そこの使用を尋ねてみると、空いていればオッケーとのこと!
知人が自転車で現場に行ってくれて確認、オッケーとなる。
10人以上で押しかけて…
住宅マンションなので、大声は禁止。

お茶にお茶菓子まで手配していただき、アルコール抜きで懇親なりました。
「アマゾン水俣病」シリーズ一挙上映は京都のカライモブックスさん以来。
来場者にかなりのインパクトだったようで、シンパの方から「もっと早くこの企画をするべき」とのお声も。
ご自身で企画してくれないと、と折を見てお伝えしよう。

大荷物を抱えて、アルコールは抜きで実家に戻れた。
おかげさまで明日の準備、明々後日の離日に向けての準備に少しは着手ができた。


3月25日(月)の記 江古田のシェルター
日本にて


出国準備、大わらわ。
なかなかそれにかかり切れない。
お昼は春休みを迎える実家の女子小学生と、地元の南欧系料理屋へ。
話は聞き取れないことも少なくないが、新鮮な情報がいろいろ入る。
近くのタピオカ屋をハシゴ。

撮影機材を担いで富山妙子さん宅へ。
一日、置いた間にまたひっくり返る。
後ろ髪をひかれながら、懐かしの江古田へ。
ギャラリー古藤さんで江古田映画祭の事後打ち合わせ。

今宵は江古田映画祭の懇親会場で知り合った地元の劇団一の会の『ザ・シェルター』の千秋楽。
核問題を扱った芝居とのことで、江古田映画祭実行委員会の有志とともに観劇。
脚本も芝居も演出もいいではないか。
北村想さんの戯曲で、初演は1982年。
テレビドラマ化もされたらしい。
登場人物の老人のセリフに「ビニール本」という語があった。
久々に耳にする言葉に、老人のエロ感覚の古さの表現を読み取った。
が、戯曲が完成した頃の先端の風俗メディアだったのだな。

わがブラジルを志向する黒澤の『生きものの記録』を見直したくなった。


3月26日(火)の記 瀬戸際の消去法
日本にて


離日前日。
体力と時間の限界。
あれもこれも、を泣いて馬謖を斬っていく。
格安散髪、地元の気になる喫茶店、これらは却下。

渋谷で買い物をしてから、世田谷の富山妙子さん宅へ。
夜ふけまでずるずるといきそうだったが、今晩は約束があり、人を待たせている。
結果オーライかもしれない。

離日当日の明日午前中の再訪も覚悟したが、今日でとりあえずお暇させていただくことにする。
画家と記録映像作家の関わり合いとして、独自の境地に至った想い。
人と人としてお付き合いさせていただいた。

お互い、思い切らないとなかなか会えない方と目黒駅近くで。
カトリック業界の面白い話をいろいろと聞かせてもらった。


3月27日(水)の記 つまみをください
日本→


出ニッポン当日。
実家の使用空間のお片付けとお掃除。
まずはタクシーで、恵比寿のホテルへ。
空港行きシャトルバス待機。

思えば訪日中、紙類をほとんど読めていなかった。
機内持ち込みカバンに突っ込んだ書類のたぐいをようやく読める余裕が。

成田では、久方ぶりにスターアライアンス系のラウンジ入場。
岡山と山口の地酒はあるが…
日本酒のツマミ系がないな。

上海ヤキソバ、ハンバーグ、サンドイッチで日本酒というのも。
おにぎりと太巻き、稲荷ずしもあるが、ツマミというわけにはいかない。

いずれにしろ、よくここまで無事にたどり着いた。
エチオピア航空の墜落事故があり、ご心配いただいて「気をつけて」のお言葉もいただいているが…
どう気をつけましょう?


3月28日(木)の記 機上邦画報告
→大韓民国→エチオピア→ブラジル


エチオピア航空の機内エンターティンメントサービスでは、残念ながら洋画の日本語字幕版や日本語吹き替え版はない。
中国語字幕版はたくさんあるのだが。
しかし、日本映画が常時二本はある。

これまでは若者が主人公の、うすっぺらな映画ばかりだった。
ところが今回は次元が違った。
まずは『ミッドナイト・バス』竹下昌男監督。
新潟日報創業140周年記念ときた。
重厚な作品だった。
登場人物に、厚みがある。
登場人物が夜行バスの運転手と乗客というのが、ミソ。
が、実際の夜行バスでは映画みたいに窓のカーテンを開けていると怒られるのだが。
カーテンを厳重に閉めていなければならない状態は、絵にもお話にもならないのだぞ。

もう一本は『検察側の罪人』原田眞人監督。
これは、まさしく重厚だ。
映画的な面白さに満ちている。
詩織さん事件を彷彿させるやりとりを本筋のセリフを聞き取りにくくしてぶつける演出がすごい。

二度、観てしまった。

アジスアベバではシビアな乗継ぎを課せられた。
時間がないという理由でラウンジ立ち寄り不可。
トイレは長蛇の列、ゲート前の椅子はすべてふさがり。
例によって搭乗開始時間は大幅に遅れる。
その間、立ちぼうけ、wi-fiはつながらないという罰ゲーム状態。

なにはともあれ、ぶじブラジルに到着しました。


3月29日(金)の記 砂器発掘
ブラジルにて


昨晩はサンパウロの我が家に戻って、家族4人での夕食の後、寝込む。
深夜に覚醒。

日本の国内大巡礼を終えてからアマゾン買いしたDVD『砂の器』を鑑賞。
何年ぶりだろう。
わが節目の映画。

想い出すこと、新たに気づくこと。
1974年の公開だが、とにかく登場人物が、男も女もよくタバコを吸う。
当時は映画館の空気もタバコでひどく汚染されていたなあ。

モリケン扮する吉村刑事は、国鉄の列車内で週刊文春を読んでいた。
小説『砂の器』は読売新聞での連載が初出で、単行本はまず光文社で出された。
当時の松本清張と文春の関係への忖度だろうか。

鎌田のトリスバーのジュークボックスの左端に桜田淳子らしい顔写真のシングル盤のジャケットが。
当時、桜田淳子は松竹のプログラムピクチャーに出演していたな。

「乞食」の父子という設定が、黒澤明の『どですかでん』に通じる。
どちらも強烈。
ちなみに『どですかでん』は1974年の公開。

公開時には岡山の施設のシーンに字幕があったような記憶があるが…
映画のなかでは丹波哲郎扮する今西刑事が「らい病」という言葉を一回、発している。
最後に字幕では「ハンセン氏病」とされている。
調べてみると、日本で「ハンセン氏病」が「ハンセン病」とされたのは1983年の由。

この映画の最後の字幕は、公開当時の高校2年生の僕にもはっきりとした意味がとりにくかった。
45年経ったいまでも意味がとりにくい。

ツッコミどころがあまたあるのだが、愛すべき映画。
それにしても、殺さなくたってよかったのにねえ。


3月30日(土)の記 重き原稿
ブラジルにて


ガリ版刷りミニコミ誌『あめつうしん』昨年大晦日発行号の小説「雅子の家出」は強烈だった。
平面プロレスで知られる新藤ぶきちさん渾身の新境地だ。
場外乱闘凶器使用の筆致に懸念を覚えて、編集人の田上正子さんに御見舞いを兼ねたメールを送っておいた。

その件について田上さんとやりとりがあり、それを紙面に掲載したいとの申し出をいただいた。
『あめつうしん』には博識論客の読者が多く、日本語もおぼつかない在外邦人で半可通の僕あたりは出る幕はない、と固辞し続けた。
僕と同様のことを思いながら、田上さんにはっきり伝えるヤボな人はどうやら他にはいないようで…
田上さんには長年、温情をいただいており、枯れ木も山の賑わい、とお引き受けすることになった。
その締め切りが、今月中。

ブラジルに戻ってからの最初のミッションだ。
格好の参考文献、と思って流浪堂さんで『tee氏の昭和エロ本伝説』という冊子を買った。
周囲をはばかる画像が満載だが、成田空港に向かうシャトルバス中にて、こちらをのぞき込む人もいないようで、読了。
それなりのウンチクも増えたが、1400字という枠では削らざるをえない。

夜、こちらの家族は親類そろっての外食に出た。
わたくしは、時差ボケと疲労、そしてこの原稿があるので蟄居。


3月31日(日)の記 ブリとカイピ
ブラジルにて


僕は失礼したが、昨晩、サンパウロ市内のレストランでこちらのファミリーの会食があった。
そのため、今日は日曜恒例の連れ合いの実家訪問はやめておく。
昼間から、飲むか。
まだ時差ボケが続き、訪日お疲れ様の時期であり、気の重い原稿も推敲と送信を待つのみとなった。

路上市で…
ブリをすすめられる。
大きい、2キロ半以上だ。
値引きするから、と言われて購入、三枚におろしてもらう。
60レアイス、邦貨にして約1800yen、安くはない。
が、何食分かはいけそうだ。

ぷりぷりのライムも購入。
ブリをカルパッチョ風にして、ライムを絞り込んでハチミツを溶かしたカイピリーニャをいただく。

未明に、日本で購入して未見だったDVD『阿弥陀堂だより』(小泉堯史監督)を観る。
いい映画だった。
主人公の男が物書きでこれといった現金収入がなく、病持ちの妻に稼がせる、という設定が身に迫る。
好演の樋口可南子さんは、愚生と生年月日が至近というのも驚き。

作品の余韻にまどろむ。


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岡村淳 :  
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