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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2019年の日記  (最終更新日 : 2019/10/15)
9月8日(日)の記 南伊巡礼

9月8日(日)の記 南伊巡礼 (2019/09/15) 南伊巡礼
イタリアにて


南伊豆じゃなくて、南イタリア。
サン・ジョヴァンニ・ロトンドの朝を迎える。
連れ合いもだいぶ疲れがたまっているようだ。
未明に宿を出るつもりだったが、早朝に遅らせる。

聖人とされたピオ神父のサンクチュアリに向かって歩く。
付近には巡礼宿がいくつも立ち並んでいる。

ピオ神父がこの世に生きたのは、西暦1887年から1968年まで。
西暦2002年にヴァチカンから聖人と認定された。
生前、ピオ神父の体には十字架に付けられたイエス・キリストと同じ傷が現れる「聖痕」が生じて、病者の治癒や予知などの超常的なはたらきを繰り返したという。

その名はわがブラジルでも知られて、イタリアでは「聖ピオテレビ」という特化したチャンネルまであるではないか。
サンクチュアリ内には生前の聖ピオが仕えていた旧教会から、近年築かれた巨大な新教会までいくつものチャーチがある。
日に何度もそれぞれの教会でミサがたてられているが、まずは早朝7時30分からの聖ピオの遺体を祭壇にまつる地下礼拝堂でのミサにあずかる。

いったん宿に戻ってコマドリ荘でアットホームな朝食をいただき、ふたたびサンクチュアリへ。
観光バスや自家用車でやってくる巡礼者たちが後を絶たない。
https://www.instagram.com/p/B2eRvspACvk/
巡礼のメインは、死後40年目に掘り出されたというピオ神父の遺体。
不思議なほど保存状態のよかった遺体に修復処理を加えて透明ケースに収めてある。

ミサの合間の時間に行列をつくって遺体参拝を待つ。
立ち止まってじっくり拝める状況ではないが、聖人の顔の状態は、葬儀でみなれた「死にたて」の人のものだ。
死後50年以上経って、しかも埋葬されていたものとは思えない。

しばらく礼拝堂で遠めに聖遺体参拝の人々の模様をみるが、これは興味が尽きない。
入場時に撮影はダメと念を押されて、ガードマンが目を光らせているのだが、その目を盗んでスマホ撮りをする輩が少なくない。
そうしたズル反則をした人が、賽銭箱に札を入れていったり。
奇跡を求めてやってきたと思われる病人、老人、障碍者と付き添いの人たちの姿が胸を打つ。

午後遅くまでサンクチュアリ滞在。
明日はいよいよ総本山ローマへの移動だ。


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