移民百年祭 Site map 移民史 翻訳
岡村淳のオフレコ日記
     西暦2019年の日記  (最終更新日 : 2019/10/15)
9月10日(火)の記 元和大殉教とシスティーナの背筋運動

9月10日(火)の記 元和大殉教とシスティーナの背筋運動 (2019/09/17) 元和大殉教とシスティーナの背筋運動
イタリアにて


ヴァチカン詣での前に、近くのロザリオの聖母教会という教会の早朝のミサにあずかる。
神父さんの話のなかで「ドミニコ会」「ナガサキ」という言葉が聞き取れた。
調べてみると…西暦1622年の9月10日。
長崎西坂にて55人のキリシタンが処刑されていた。
日本のキリシタン処刑史のなかでも、一日の処刑としては最多だという。
犠牲者のなかにはイエズス会、フランシスコ会、ドミニコ会の司祭や修道士。
80歳近い女性。
朝鮮人男性と彼の3歳の息子なども含まれていた。
元和の大殉教と呼ばれる事件だ。
嗚呼。

朝食もあるというレストラン、店内に入ってオーダーすると夕食より高い値段をとられる。
教訓多々。

午前中はいよいよヴァチカン潜入。
スパイ映画の影響か、ヴァチカン入りというとこういう語を使ってみたくなる。
ジェームス・ボンド氏は潜入したっけな?
トム・クルーズの潜入は覚えている。

サンピエトロ大聖堂にて。
ついにミケランジェロのピエタ像の実物を拝む。
西暦1972年受難のピエタ像。
遠くから、防弾ガラスと観光客群越しに。

ミケ23歳の作品というが、着手したのが23歳、2年ほどかけたようだ。
23歳、オレはなにをしてたかな?

午後は連れ合いがブラジルから予約を入れていたヴァチカン美術館へ。
限られた時間のなかで、なにを見るかよりなにを見ないかだな。
そしてついに。
これがシスティーナ礼拝堂か。
僕のテレビディレクター時代の担当番組のほとんどは日本テレビで放送された。
だが、日本テレビの24時間なんたらもシスティーナ礼拝堂取材も関係ないどころか当時は関心もなかった。
システィーナ礼拝堂、背筋力が勝負だな。

僕のローマ滞在はあと明日を残すのみ。
明日の日程はもう埋まっている。
すでに夕刻だが、思い切って行ってみるか。
カンポ・ディ・フィオーリへ。
日本でお世話になっているアーチストの佐々木岳久さんが傾倒する、宗教家にして科学者のジョルダーノ・ブルーノの銅像があるという。
この人は西暦1600年にこの広場で火刑に処された。

「地球の歩き方」の地図で見ると、歩いて歩けない距離ではなさそうだ。
ヴァチカン市国をつっきって、テヴェレ川を渡って。
最後に包囲感覚を失うが、着けた。
広場はブルーノの像を中央にいただき、ぐるりはカフェ。
ハッピーアワーだという一軒に着席。
あ、ブルーノのうしろに月。
この写真を佐々木さんに送ると、ブルーノの名がつけられたクレーターが月にあることを教えてくれた。

元和の大殉教では日本でカトリック教徒らが虐殺されて、この広場ではその22年前にドミニコ会の修道士でもあったブルーノが教会の権威らによる異端審問の末に焼き殺された。

宿まで無事にたどり着き、スマホを見てびっくり。
今日は25000歩以上、15キロ以上歩いていた。


前のページへ / 上へ / 次のページへ

岡村淳 :  
E-mail: Click here
© Copyright 2019 岡村淳. All rights reserved.