移民百年祭 Site map 移民史 翻訳
岡村淳のオフレコ日記
     西暦2019年の日記  (最終更新日 : 2020/01/06)
10月の日記 総集編 佐市さん 一美さん

10月の日記 総集編 佐市さん 一美さん (2019/10/05) 10月1日(火)の記 アパレシーダ燃ゆ
日本にて


わがライブ上映会では、つねづね不思議なことが少なからず生じている。
西荻窪アパレシーダさんでの上映では、それがひとしお。

今回の上映のテーマは、アマゾンの森林火災。
この8月から世界をにぎわしている事件だ。
なかなかにむずかしい。
日中、ブラジルから担いでいた新聞記事などをチェックしてトークに備える。

今日最初に上映予定の『アマゾンをさすらう』の登場人物がフェイスブックにシェアしたブラジルネタが結びの話に使えそうだ。
スエーデンのグレタさんとアマゾン最前線について。

最初の作品に、南マットグロッソ州の牛追いの話が出てくる。
牧場から牧場に牛の群れを移動させていく牧童たちの旅に同行した記録。
今回、見ていて気づいたことがある。
牧童の旅の起点となる牧場の名前がファゼンダ(大農牧場)アパレシーダだったのだ。

お店に横浜の大道焼肉師・伊藤修さんが墨染の衣でやってきたのには驚いた。
伊藤さんは台風被害の伊豆大島から帰還したばかり。
伊豆大島冨士見観音堂の建立者・藤川真弘師の入寂三十三年目の法要を取り仕切られた。
まさしく『その後の「アマゾンの読経」』だ。
この藤川師が33年前にアマゾン奥地で「失踪」の旅に出た時、僕はこの『アマゾンをさすらう』の取材でまさしくアマゾンの森林焼却最前線の地をさすらっていたのだ。


10月2日(水)の記 イグナチオ
日本にて


午前中、世田谷詣で。
夕方は四谷での講演会にうかがう。
「教会と女性」がテーマ。
講師のシスターの魅力と迫力にうたれた。

彼女への伝言というミッションもぶじ果たす。
まなぶところの多い講演だったが、会場設定、仕切りなどに疑問もある。
ミッションを優先にしたため、そのあたりをアンケートに記入できずに残念。

こうした講演での質疑応答で、いきなりテーマとはずれたご自分のことを延々と話す人はあちこちにいるのだなと知る。
それをどうさばくかが、司会者の力量の見せ所とまなぶ。
今日のは、へたで後味が悪かった。


10月3日(木)の記 一年後のリハビリ
日本にて


午後から世田谷へ。
最優先の撮影項目をなかなか切り出せないでいる。
今日も思わぬ来訪者。
オッケーをいただき、撮らせていただく。

『狐とリハビリ』の撮影から、一年か。
気づきのエレベーター。

すぐに欲しい本が出てきた。
帰路、三軒茶屋のTSUTAYAに寄るが、ない。
アマゾンの流れより早くほしい。
明日、チャンスはあるか。


10月4日(金)の記 大師とハラボジ
日本にて


岩波文庫から出ている尹東柱の詩集が欲しい。
今日のミッションの道中の川崎駅の大型書店に寄ってみる。
あった!

今日は川崎に住む友人の実家を訪ねて拙作『ブラジルのハラボジ』をお見せすることになった。
生まれて初めて大師線という電車に乗る。
川崎大師…
今回は時間に押されて立ち寄れないが、まだお参りしたことがないかもしれない。
あるいは幼少の時に亡父に連れていかれたかも。

訪ねるアミーゴは在日コリアン三世で、二世の父が営む町工場で共に働いている。
この父がすごい。
お宅の居間には父が描いたという100号クラスの絵が飾られているが、これが悪くない。
父子に拙作をご覧いただくが、子もさることながら父のコメントの鋭さに舌を巻いた。

息子がまだ学生だった頃、父は朝食の席で尹東柱の詩やアンネの日記などを朗読したというではないか。
子の方がタダモノではないことは承知していたが、なるほど。

その父から、息子も驚くほどのカンパをちょうだいしてしまった。
浄財は、清く使わせていただこう。


10月5日(土)の記 京都勢来鷹
日本にて


なんだか疲れがたまった感じ。
ずるずるとレイジーになりがち。

さあ日本のホームシアター、目黒鷹番の上映だ。
京都から東京出向となったシンパが来てくれるという。
上映準備前に、喫茶平均律さんでおもてなし。

主催していただいている古本遊戯流浪堂さんからの機材運び、会場設定などひとりではどうにもならない。
今日もまさしくボランティアの有志たちが準備時間に集まってくれて、諸々のお手伝いをしてくれる。
今日は一階の会場だが、程よく善男善女が集った。
なんと、もうひとり京都からのヴィジターが。
彼も京都で僕の上映を何度も仕掛けてくれたシンパだ。

燃えるアマゾン問題にちなんで、僕がはじめてひとりで取材をしてテレビ用にまとめた『アマゾンの日本人村は今』から上映。
西暦1991年の取材だ。
いまから見ると、技術的に目を覆う箇所も少なくない。
しかし、それなりに僕のエッセンスも宿っている。

明日は朝から水戸遠征、今晩の飲み会は早引きさせていただこうと思っていたが…
ついつい盛り上がり、それぞれの終電近くまで。
それにしても話題のヴォルテージの高い、傾聴懇親会となった。


10月6日(日)の記 水戸の巻柏
日本にて


午前中に出家。
鈍行列車で、水戸に向かう。
移動中ひたすら惰眠をとり、身心を少しでも休める。

夕方からの上映の前に、水戸のシンパの方がどこかご案内しましょうと申し出てくれた。
お言葉に甘えて水戸市植物園に連れて行ってもらう。
車でないとアクセスのむずかしいところ。

ここの温室に僕になじみのないブラジルの果樹があると聞いていた。
しかしなんと、温室は改装工事で閉鎖中。
人もいないのでのぞいてみるが、件の果樹はどれだかわからない。

別のスペースで、イワヒバの展示会をやっていた。
水戸のイワヒバ愛好会の会長さんがいろいろ教えてくれた。
イワヒバのことをよく考えたこともなかったが、シダの仲間とな。
古典園芸植物で「巻柏」と書く由。

夕方からの手打ち蕎麦処「にのまえ」さんの上映では、キツネをめぐって盛り上がる。
お店にキツネそばはないけれども。
なぜないか、と問うと、「おいしい揚げの入手がむずかしいから」とのこと。


10月7日(月)の記 客に塩を切らす
日本にて


水戸のビジネスホテルの朝。
国体の影響でいつもの格安宿は取れず、通常の倍価格の宿をようやく予約できた。
名前こそ、水戸第一だそうが、かなりきびしかった。

朝の軽食にゆで卵があった。
が、近くにあった「味シオ」が空である。
それをスタッフに告げると「申し訳ございません」だけでなにもしない。
そもそもこの卵も茹でただけで後処理をしていないので、殻が白味にこびりついて剥くのもむずかしい。
この若い男性スタッフは昨晩遅くもフロントに立っていて、疲れ切っていたのかもしれない。

日本の複合劣化はこのあたりにも現れているとみた。

鈍行列車で帰京。
さて、さっそくだが明日は目黒区の上映講座、明後日は早朝出発。
これから世田谷の現場へ行くか。
今日しかない。

思い切って撮影をさせていただこう。
思い切った。
達成感と虚脱感、もろもろが入り混じる。

編集済みの作品をあらたに再構築してみるか。


10月8日(火)の記 故郷目黒のまなび
日本にて


今日は地元目黒で、区民が行政の枠で企画する講座のひとコマを担当。
同じ講座を2年前に引き受けたが、区民側代表のふらちな発言にキレかけた。

ネットもたしなまず、僕との調整はじめ、めんどくさいことはすべて区の女性スタッフに押し付けていた代表とはもう会いたくもないというのがホンネ。
だが、ややこしいことどもをすべて引き受けてくれていた区のスタッフからまた頼まれてしまった。
彼女とは、ブラジルの共通の知人がいることがわかった。
参加してくれた女性の区民はその後も僕をひいきにしてくれて、のちに貴重なレビューもいただいいている。
目黒の女たちが、岡村をふたたび動かした。

区の施設での上映だが、スピーカーは外国から来日中の講師に担いできてほしいというのが、なかなかのめぐろ。
今回は、先回の問題の代表は来られなかった。

明日からの国内巡礼の準備があるので、懇親会は失礼しようと思っていたが、60分限定で参加することに。
いやはや、教わることが多かった。
地元目黒でこれほど知らないことがあるとは。
今回、はつ顔合わせの男性は、ビデオカメラでフォローしたいほどの言動。

もうひとりの代表に促されて、中座。
明日からの巡礼上映の素材に不備があり、焼き直しミッションもあり。
さあまずは少し仮眠するか。


10月9日(水)の記 佐市さん 一美さん
日本にて


始発のバスで目黒駅へ。
品川駅で ひかり号を待つ。
新大阪駅まで惰眠をとるが、まだ疲れが抜けない。

九州新幹線さくら号に乗り換えて、鹿児島に近づいてからようやく少しは疲れが抜けた感じ。
鹿児島中央駅に愛竹家の橋口さんが迎えに来てくれる。

5月に鹿児島で撮影した素材を『いいと思います 中馬一美さんのおえかき』と題してまとめてみた。
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000050/20191016014836.cfm?j=1
それを関係者にご覧いただくのが今回の鹿児島ミッション。

まずは主人公の一美さんと再会させてもらう。
ビデオカメラを出さずに、非武装で。

プライベートな上映だが、桜島を望むホテルの部屋を会場としてとっていただいた。
桜島を拝し、『郷愁は夢のなかで』の西佐市さんを想わでいられない。

作品はオッケーをいただき、それぞれが撮影の時を思い出していたようだ。
気鋭のアーチスト、一美さんの思わぬバックグラウンドも教えてもらった。
ひとつミッションを終えた。

さあこの作品、関係者の方々以外にはどのようにご覧いただけるだろう?


10月10日(木)の記 とっとりマイク二刀流
日本にて


かごしまの朝。
日昇時刻に入湯。
今朝の桜島は、上半身が灰雲かぶり。
昨晩の拙作の余韻をともにする橋口さんに駅まで送ってもらう。
さあ中国地方巡礼ミッションのはじまり。

岡山で在来線特急に乗り換え。
鳥取駅で川口上映隊長の到着を待つ。
はじめてのホテルでチェックイン後、はじめての上映会場へ。
前日も上映会があったとのことで、設備をそのままにしてもらっている。

ありゃ。
プロジェクターに付けられたのは、パソコン個人使用程度の小さなスピーカーだ。
数十人を対象とする上映で、これではさすがに厳しい。
さあどうするか。
ワイヤレスマイク用のスピーカーは二つある。
連動させるケーブルはないとのことで、ミニスピーカーの両方の音を二本のワイヤレスマイクで拾って飛ばすしかないか。
上映作品の『フマニタス』は音声を聞いてもらうのが大切な作品なので、音割れがつらいが、しかたがない。

「マイクは私が持ちます」と名乗り出る人もいないので、上映中はカントク自ら両手でマイクをミニスピーカーにあて続ける。
上映開始後、「スクリーンの位置が低い」と両手がふさがりピリピリしている僕にクレームを言うおじさんがいる。
オレは森羅万象担当総理か。

おおむね好評だったと思うが、主催者がチラシにうたった内容と違うのではないか、自分の身近な問題と結びつかない、といった声が。
主催者はこの作品をみて僕にこの作品の上映を頼んできたので、これもわたくしに言われても困る事柄。
それにこうした声が出ることも予想して僕が上映前のトークで語った日本人による国外のハンセン病患者の殺戮行為の事例を、日本人として受け止める気のない人にはお手上げである。
質疑応答、時間オーバーとなる。

懇親会は若い人たちが何人も参加してくれて手ごたえあり。
おおむね、よい上映会でした。


10月11日(金)の記 島根ハンザケ同盟
日本にて


鳥取駅から島根県の大田市駅まで特急で2時間余り。
惰眠をむさぼる間に、もう着いてしまった。

駅には快人中山さんが待機してくれていた。
ブラジリアン柔術家にしてパーマカルチャーの実践者。
彼とは道中、話が尽きることがない。

まずは山間部にある彼の農牧場にご案内いただく。
地域で知られるヨチノリカレーをご馳走になる。
敷地内でひたすら下草をはみ続けるヤギたちを見ているだけでも退屈しない。

今宵の上映会場のある邑南(おうなん)町へ。
まずは町の名所ハンザケ自然館を訪ねる。
ハンザケとは、オオサンショウウオの地元名。
ちょうど産卵した卵が孵化寸前だという。
ビー玉大の透明の卵に、オタマジャクシのような幼生が見える。

卵を守るのはオスだという。
ジュラシックな色味と形態、つぶらな瞳。
展示をじっくり見たいが、会場設定に向かわねば。

今日は施設の館長さんがケーブル等の手配に奔走してくださる。
昨晩のように上映中、僕がマイクを両手でスピーカーに合わせる必要はなく、「手ぶら」で上映できそうだ。
隣県から!記録映像作家にして本派本願寺の住職でもある青原さとしさんが駆け付けてくれて、プロジェクターの色味についてアドバイスをいただく。
通常は画面をスクリーンに合わせてアスペクトを4:3に変換するまででへろへろになり、プロジェクターの色味まで調整することはまれだった。

今宵の献立はハンザケ自然館にちなんで『夜の大アマゾン』と、アマゾンの森林火災と移民問題にちなんで『アマゾン開拓家族の肖像』をチョイスしてみた。
お集まりいただいた善男善女のスイッチを入れてしまったようで、「20年ほど前に知り合いの石見神楽のグループがブラジルを訪問した」といった話が。
小学校の同級生がブラジルに移住してしまい、自分は訪ねて行ったという話も出る。
その同級生、僕の知り合いで拙作にも登場する人だった!
そもそも主催してくれた瑞穂アジア塾長の日高さんのご母堂は北米生まれだそうだ。

盛り上がり続けて、村の真宗のお寺さんが営む「縁」という古旅館改造のスペースへ。
珍味美酒をいただきながら、そこかしこで盛り上がりが続く。


10月12日(土)の記 フジタのある島
日本にて


昨晩の上映を主催してくれた瑞穂アジア塾長の日高さんが僕を今日からのミッションの地、広島の江田島まで車で送ってくださるという。

地球史上最大級とも言われる台風19号が今晩にも本州上陸、関東直撃の由。
心配から道中、何度もスマホをのぞく。
こちらも風がだいぶ強くなってきた。

江田島小用港近くのマリンバ海館到着。
仕掛人の峰崎母娘と再会。
荷物をおろして、日高さんと共に旧海軍兵学校を見学。
見学はグループで移動。
ぼっとしたような高校生のグループが幾組か来ているが、海上自衛隊志願候補だろうか。

案内の人が「家族や知り合いに海兵の卒業生がいる方は申し出てください」と告げる。
名乗り出たのは僕だけだった。
参考資料館で各期の名簿を見せてもらう。
ブラジルの義父の名前を見つける。

この参考資料館には藤田嗣治の絵が2点あるではないか。
海上の軍艦を描いたものと、中国戦線の飛行場を描いたもの。
あのアッツ島やサイパン島を描いた迫力はない。

さあ今日から江田島で三日間の上映だ。
今日は前夜祭。
なんと島根から、そして大分からも参加者が。
大分からは僕が称賛を込めて現代のサンカと呼ぶ竹細工師の松本さんが来てくれた!
そして島根からは中山さんも駆けつけてくれた。

ヤノマモの人々、そしてブラジル移民ものをご覧いただいて、懇親の場に。
台風が気になり続ける。
葉山での上映中、福島原発爆発の報に接した時のことを想い出す。


10月13日(日)の記 教会に行く前に疑え
日本にて


訪日中の日曜日は滞在先のもよりのカトリック教会のミサにあずかることにしている。
知らない教会を訪ねるのは楽しみのひとつだ。
地方ではスケジュール上、どうにもならないこともあるが。

さて、江田島から一番近いカトリック教会は…
本州側のカトリック呉教会のようだ。
ネットでミサの時間を調べてみる。
カトリック広島司教区のウエブサイトの呉教会のページによると、日曜日のミサは7:00、9:30、12:00とある。
今日の江田島での上映の開場時間は、10時半だ。

早朝7時のミサ。
6時台の始発のフェリーで江田島小用港を発ち、呉港でタクシーを捕まえられればミサにも開場にもまにあいそうだ。
深夜までの懇親のあとの早起きはつらい…
が、なんと6時にはマリンバ海館宿泊組は起きていた。

島根からの高橋さんがホンキでミサに同行するという。
彼はタイで仏僧になることを志し、いまは島根で林業研修中という求道者だ。
フェリーのなかでもほかの乗客に怒られるかと心配なほどの声量で僕への質問が続く。
呉港には一台だけタクシーが。

まにあったか…
が、カトリック呉教会は森閑として扉を閉ざしている。
外の掲示板によると、日曜のミサは11時からのみのようだ。
お粗末。

高橋さんとはまだまだ話すべきことがある。
呉駅近くの喫茶店で、僕は味噌汁付きのモーニングを頼む。

さあ江田島開戦だ。
スタッフがブラジリアンソーセージを焼き始めた。
僕は添え物のヴィナグレッテソースをこさえる。
これがやたらに好評。

今日の献立はまず「南米の被爆者たち」。
午後の部で『移住四十一年目のビデオレター グアタパラ編』。
メインは『郷愁は夢のなかで』。

各地から善男善女にお集まりいただいた。
思わぬ人たちも、次々と。
質疑応答は、わが意を得たりの活気。
そして一同『郷愁は夢のなかで』で息を呑む。

終映後、屋外でジンギスカンをご馳走になる。
おう、これが半世紀の秘密を保ってきたという秘伝のタレか。
ブラジリアンソーセージには合わないけれども。

夜も更け、満月も天空にのぼり、屋内に河岸をかえる。
うれしい岡村作品論までかすかに耳にしたが、金縛り状態に疲れ切り、座敷に横にならせてもらって参加。


10月14日(月)の記 法事上映というミッション
日本にて


未明に起きて、ジンギスカンの脂まみれの体をシャワーで流す。
さっぱりこん。
東京の実家は台風による被害はなかったそうで、まずはひと安心。
昨晩の残りの塩むすびとキュウリの醤油漬けを泊まり組とともに朝食としていただくが、どちらもやたらにおいしい。

竹細工師の松本さんが上映会場のお宅の中庭で竹細工を始めた。
彼はこの地域で小イワシをさばくヘギと呼ばれる竹製品があることを聞きだして、さっそく同じものを作り始めたのだ。
上映スタッフともどもその手際に見とれながら彼のウンチクに耳を傾ける。
僕は昨日、やたらに好評だったヴィナグレットソースをまたこさえるために中座。

今日もまことに面白い人たちが集まってくれた。
思わぬ再会もあり。
まずは『ブラジルのハラボジ』。
昼休みに入るが、東京で関係する方に問題が生じたことがわかり、うろたえながらスマホをいじる。
昨日に続いて昼食抜きでこの件と午後からの上映の準備、来客の応対にあたる。

午後の部は『サルヴァドールの水彩画』。
主人公の森一浩画伯に上映主催者のマヤさんが美学生時代に教わっていたという奇遇。
そのマヤさんのリクエストで『狐とリハビリ』を併映。
来場者の皆さんとのアート談義、キツネ談義が面白い。

トリの上映は『あもーる あもれいら』第一部。
よきリアクションあり。
主催のマヤさんによる熱いアンコール上映リクエストをいただき、『未来のアミーゴたち』でファイナル上映。
終わりの言葉でマヤさんは涙で言葉が詰まり、共同主催のご母堂に締めていただく。
上映事故も血を見る乱闘もなく、なによりでした。

上映会場の和室にあるご仏壇に焼香、合掌。

上映スタッフおよび泊りの参加者との打ち上げ。
竹職人のマッチャンが乗りまくる…


10月15日(火)の記 ひろしまのよりみち
日本にて


JRレールパス使用最終日。
今日は早朝、江田島を発って東京経由でいっきに新潟の妙高まで移動する予定だった。
われながら、しなくてもいいことに、飛んで火にいる夏の虫のごとく…

昨日の段階で、台風19号の被害により北陸新幹線が長野以北不通の報が。
現地の人は極めて残念がっているが、こんな非常時に臨むべきではないと判断。
山形の親戚訪問も考えるが、山形新幹線も運休だ。

昨日の上映に来てくれた人から耳寄りな情報を聞いていた。
僕がトークで、さる画家と藤田嗣治をめぐってトラブルがあったことをさらりと話すと、もっと詳しく知りたいという。
話しているうちに、広島の美術館に藤田がキリストを描いた絵があると教えてもらう。
見たい。

今日は祝日の翌日のため、美術館等は休館が多い。
調べてみると、件のひろしま美術館は特別展開催中のため、開いているようだ。
カトリック教会の情報よりは信じてよさそうだ。
行ってみるか。

というわけで、今朝はばたばたせずに三日間の上映を敢行してくれた峰崎母娘と朝食をいただきながら、よもやま話。
この時間をもててよかった。
岡山からのヴィジターと、呉港にある温泉施設に行ってみようということになった。
そのあと美術館に寄って、それから鉄路で帰京となると僕の入湯タイムは1時間ぐらい、それでロードショー料金並みは痛いがフンパツするか。

ビルの上階利用の日帰り温泉で、さして期待もしなかったが屋上の湯はなかなかよろし。
呉線と広島の市電を乗り継いで。
ひろしま美術館は印象派展を開催中。
受付で聞くと、藤田の絵は展示中だという。
ひところハマった印象派の巨匠らの作品が並ぶが、まるでうわのそら。
藤田は、いづこ。

あった、金色の三連画。
左から、三博士の訪問、十字架降下、受胎告知。
西暦1927年の作とある。
展示室中央に椅子があり、時間ぎりぎりまでフジタを眺める。
思わぬ気づきもあり。
ピエタのこころ。

ちなみに、美術館の開設によるとなぜ藤田がこの作品を描いたかよくわからない由。
この10数年後には藤田はひたすら戦争画を書きまくるのだ。
そして晩年はフランスに移り住み、カトリックの洗礼を受けてチャペルに信仰画を描き続ける。
画師フジタのこころは、いづこに。

新幹線乗継で、惰眠をむさぼりながら台風一過の東京に戻る。
心身ともに、新潟行きはキツかったな。
さっそく明日の午前中から大事な用件が入った。


10月16日(水)の記 東京画1910
日本にて


午前中。
先方に、目黒駅まで来てもらうことになった。
電車の事故で遅れる由。
また人身事故かな。

たいせつなブツの預かりで、緊張。
少しは時間があるとのことで、駅前の高級喫茶店にご案内。
アート談義が弾み、ピエタの話で僕が見落としていたことを教えてもらう。
あ、もうリミットの時間が過ぎちゃった。

午後から。
知人のお宅にお悔やみにうかがう。
詳しいことはわからない。
ただ、しばし寄り添うことしかできない。


10月17日(木)の記 地元目黒の虫さがし
日本にて


今日から東京の実家で「ブツ撮り」を行なうつもり。
日本では、ブラジルでもだが久しくやっていない。
しかもはじめてのジャンル。

昨晩も出先の帰路、中目黒のドン・キホーテで備品を探して、なんとか間に合いそうだ。
朝からたまっているネット作業に着手。
撮影決行にはなかなかスイッチが入らない。
そうこうしているうちに昼になるではないか。

ブツを壁にとめるのに「ひっつき虫」を想定していた。
これはソコソコ規模の文房具店でないと入手できないようだ。
百円均一店で、代用可能そうなのを買ってある。
が、これが使ってみると僕の用途にはかなわない。

いやはや、どうすっか。
祐天寺駅前の愛すべきソーマ文具店は昨年、閉店してしまった。
学芸大学駅の先の文具店にあるのはわかっているが、ちと遠い。
わが小学校の近くに小さな文具店があるが…
最近は開いてるか開いていないかもわからない状態だ。
しかも品ぞろえが厳しそうだ。

他にも、迷子になっているらしい宅配便の件などで外出の要あり。
ダメもとで、なつかしのつじもと文具店のドアを開けてみると…
ひっつき虫、あった!

実家に戻り、試行錯誤を繰り返しながら、ちまちまとブツ撮りをすすめる。
なんとか明後日までには終わらせたい、終わらせないと。


10月18日(金)の記 撮りかへばや物語
日本にて


今日は目黒の実家で終日、資料のビデオ撮り作業。
うむ、このペースで行ければ明日中になんとかなりそうだ。

夜、流浪堂さんに顔を出す。
オカムラの会話の「ダジャレ度」で岡村の疲労具合がわかるそうだ。
今日もダジャレ度はさほど高くないかな。

学芸大学駅近くの銭湯、千代の湯に入湯。
ここの炭酸泉がぬるめ、かつ洞窟テイストでよろしい。
ここのところ足のお皿のあたりがなぜかいたむ。
炭酸泉は効果ありや。

今宵の炭酸泉は意外とすいていて、ひとりで入湯も。
アタマのなか、今後のスケジュールの整理にも入湯はよろし。


10月19日(土)の記 「斎藤芽生とフローラの神殿」
日本にて


午後、なんとかブツ撮りを終えられそうだ。
日本の実家にほぼ三日間もこもって作業というのはめんずらしいこと。
実家近くは工事があり、振動で撮影が妨げられるほど。

地元めぐろで気になる展示がある。
目利きの友人からも推薦のメッセージをもらった。
まだ間に合うな、行ってみるか。
「斎藤芽生とフローラの殿堂」。
https://mmat.jp/exhibition/archive/2019/20191012-65.html

幼少期に過ごした東京近郊の団地と植物画フェチのみごとな融合と開花結実だ。
彼女が日常撮りためているスナップ写真を動画でまとめたものがふたつ流されているが、これが絶妙。
僕と嗜好、嗅覚がかなり共通するようだ。

それにしても20分以上の動画を流していて、椅子を置いていないとは。
かたや別の部屋では老人の監視員が椅子に座りこみ、体を斜めにして深く眠りこけている。
誰のための展示か。
このことはアンケートにも書いたけど。

思い切って安くはない目録も購入。
帰路、中目黒のカフェ、アンダーザマットさんに寄ろう。
先方のウエブサイトもチェックしたが、今宵は特別のイベントもないようだ。
行ってみると、今晩は貸し切りイベントとの掲示が。
カフェに行くのに電話で営業を確認するのも…
そもそも僕が日本で使用しているプリペイド電話は、通話料が6秒10円もとられるのだ。

実家に戻るか。
昨晩、千代の湯さんに台湾でもらった石鹸入れセットを忘れてきてしまった。
ふたたび入湯、今日も炭酸泉に浸かって足の具合をみてみよう。


10月20日(日)の記 土壇場の罰ゲーム
日本にて


午前中は外回り。
実家に戻ってから昨日まで撮影した素材をパソコンに取り込むべくチェックして、愕然。
使えない。
計画の基本的な間違いを認識。
どうしよう。

別の方法で撮り直すか。
今日は夕方から地元鷹番の最終上映会。
ああ、時間がないが嘆いている猶予はない。
とにかく撮り直しに着手。

上映後の懇親会は1時間ぐらいで失礼させてもらおうかな。
今日も有志が事前に流浪堂さんにやって来てくれて、上映準備を手伝っていただく。
なんと今宵は1月のおかむら上映まつりのゲストをお願いしている人が二人も参加してくれた。
4年前にこの上映の場でライブ演奏を披露してくれた木村浩介さんを偲んでの上映。

けっきょく終電近くになってしまった。
荷物もあり、同じ谷戸前川流域の二見さんにハイゼットで実家まで送っていただく。
さあ少し仮眠をとってからブツ撮り再開としよう。
眼がきちんとしていないと、フォーカス等が危ないし。
離日準備は手付かず…


10月21日(日)の記 この期におよんで
日本にて


離日前日。
今日は午後、夕方と大事な打ち合わせが二つある。
まだ荷物の整理も買い物もできていない。

ここにきて、さらなる罰ゲームが。
さる土曜の午前中、目黒の実家に僕宛てで差出人も内容品もよく読みとれない書留小包が届いた。
土曜午前中到着指定、とある。
実家はみな外出中で、たまたま僕が撮影作業をしていたから受け取ることができた。

ブラジルの家人が受取りを頼みたいと言っていた品かもしれないが、配達は一番遅い時間帯にするよう伝えてあっただけに、おかしい。
間に別の国に住まう親族も入っていて、ややこしい。

まずはいったん実家に戻って、ノートパソコンでブラジルに問い合わせる。
どうやら家人が頼んだものらしい。
開封してみると手書きの添え状と納品書があり、料金振込み先がこれも手書きで書かれている。

明日は天皇のイベントで休日になるようだ。
打合せに出る前に、実家から最寄りの指定銀行に出向く。
ATMで何度かトライするが、口座番号を調べ直せとな。
店員に聞くと、口座番号の間違いか、先方の口座が凍結されているかもしれないとのこと。
先方のメルアドの記載も添え状にはなかった。

希望の発送方法に応じず、読み取り不能の荷物への記載、さらに振込み不可能な口座を手書きで伝えてくるとは。
激忙で目がくらみ過労でへろへろな僕へのただのイヤガラセか?
まず、ブラジルに問い質す。

しばらくしてヨーロッパを経て伝えてきた日本のメルアドに至急、振込み可能な講座を伝えるよう発信。
二つの打合せの準備もあるのに、いやはや…

日本の発送人からまず僕の日本の携帯電話に連絡があり、追って別の口座を伝えてきた。
最初の打合せに向かう途中に振込めた。
いやはや、あらたな罰ゲームだったぞ。

わけのわからない事態に翻弄されたが、おかげさまで肝要な二つの打合せはつつがなく終了。
帰路、流浪堂さんに寄って昨晩のアンケートのコピーを渡し、暇乞い。
さあ少し仮眠をとってから大片付け荷造り作戦に入るか。


10月22日(火)の記 帝都脱出
日本→大韓民国→エチオピア→


いやはや、たいへんな日に当たってしまった。
パレードは中止になったものの、天皇のイベントがらみで首都圏の交通網がずたずたになっている。
いつも利用している恵比寿から成田行きのバスは運休になってしまった。
交通渋滞で飛行機に乗り遅れても、自己責任とされてしまうだろう。

渋谷からのバスはあるようだ。
電話で確認のうえ、予約。
早い時間に渋谷まで行くしかなさそうだ。

この期に及んで外回りの用事もあり、そもそも片付けも荷づくりもこれからである。
とほほ、である。
タクシーのアプリをインストゥールしようとするが、ブラジルベースのスマホのためか不能。
迎車料金を取られると、これがばかにならないし。
実家の前のバス通りで、流しのタクシーを待つが…
まるで深夜のように人通りもクルマの往来もない。
おや、大砲の音の連射が聞こえるではないか。
半世紀以上前、ここの空で自衛隊機が五輪を描いたのを見たっけな。

6秒10円の携帯電話でタクシーを呼ぶしかないか…
と、空車が登場!
いやはや、まにあいそうだ。
おや、あの渋谷の街ががらがらではないか。
渋谷到着時にスーツケースのキャスター車輪がいかれるが、だましだまし。

バスは下道を行くが、いづこも交通量は通常より少なめな感じだ。
余裕たっぷり、チェックイン受付開始の3時間近く前に成田にたどり着く。

相変わらず不備の目立つANAのラウンジ。
全体に目を配る総マネージャーがいないせいかもしれない。
麻婆豆腐があったがゴハンがなく、そもそも自分がつくったものの方が僕の口には合うな。
このラウンジのメリットは奥にカラダを延ばせるシートがあること。
いやはや、とにかく疲れた。


10月23日(水)の記 ブラジル入国異変
→ブラジル


成田を出て仁川トランジット、アジスアベバに向かう間、ひたすら疲れ切っていた。
アジスアベバあたりから、少し体が楽になってきた。
天国が近づいたからか。

さあサンパウロに到着。
入国審査。
これまで僕のようなブラジル永住者はブラジル人側のラインにつくことがオッケーだった。
しかし係員が旅行者側に行けという。

さらに審査のボックスに行く前に目つきの鋭い係員が個々のパスポートをチェック。
ポルトガル語がしゃべれるかを確認して、アフリカン、チャイニーズを別室審査に送っている。
ひやひや。
僕のポ語は及第点だったようだ。

荷物検査も無罪放免、ヤッホー。
好事魔多し。
今回はフンパツして、よく知るタクシー運転手を頼んでみた。
交通渋滞であと4-50分かかる由。
待つか。

とにかく、ぶじ我が家と家族のもとに帰る。
ここでごろりとするゴールを待ち続けていた。


10月24日(木)の記 ケッパー警部
ブラジルにて


日本に急ぎで送るべき原稿がある。
今週中としてもらったから、今日はカンベンしてもらうかな。

家人がチリ産サーモンでマリーネをつくった。
日本のネット情報だと、食べてはいけない食べ物の第二位にチリ産養殖サーモンがあがっていたと記憶する。
ま、常時大量に摂取しているわけもないから、いっか。

これにはブラジルでalcaparra と呼ぶ花の蕾のピクルスがよく合う。
どうやら切らしているらしい。
パセリを加えてみるが、うーん、やっぱりアルカパハでないと。

これを日本語で何と言ったか調べると…
そうそう、ケッパー。
よく忘れる単語のひとつ。

夕方、思い切ってケッパーなどの買い出しのため起き上がる。
むむ、近くの大衆スーパーには、ない。
しかたがない、下の高級スーパーまで行くか。
スペイン産のを購入、安くはない。

今日は家族は皆、遅いという。
木曜夜はちょうど団地内の小さな夜市の日。
ブラジル風ギョーザと呼ばれるパステルを買う。
わが家で、江田島で好評だったヴィナグレッテをささっとこさえてパステルに添えて、いただきます。


10月25日(金)の記 30本の概要
ブラジルにて


ブラジルに戻って、まず急ぎの公務。
来年1月のギャラリー古藤さんでの岡村の特集上映が迫ってきた。
そのチラシ用に、上映作品それぞれの概要を書きおろすというミッションだ。

8日間日替わりで、短編も合わせて上映作品は、ナント30本!
一本あたり50字前後。
ただ書けばいいというものではない。

チラシを読んだ人が見たくなるように書く詐術が要求される。
のたうちまわりながら、何便かに分けて送信しながら全作、書き上げる…

さあ、見たい!と思っていただけるかな?
見せたい!と思ってしたためました。


10月26日(土)の記 夕方の断念
ブラジルにて


まだまだ時差ボケ絶好調である。
それでもさっそく台所は再開。
今日の昼は、短い時間で麻婆豆腐をこさえる。
納得の味。

ただいまサンパウロ国際映画祭開催中。
日本にいるときに、在北海道の映画プロデューサーからSOSの連絡が入った。
札幌の知人から僕を紹介された由。
彼女のプロデュースした北海道産の映画がサンパウロ映画祭にノミネートされたそうな。
彼女は映画祭参加を考えているが、映画祭当局は上映時の通訳等を用意しないようなので、助けてもらえないかということだった。
何回かのやり取りで先方からの連絡が途絶えたので、なんとかなったのだろうと思っていた。

ふたたび連絡があり、監督と二人でブラジルに来ること、そして三回の上映予定を知らせてきた。
どうやら通訳等はどうにかしたとみた。
今宵がその初日である。
上映時間は、なんと3時間半と。

袖触れ合うも他生の縁。
今日、行くつもりでいた。
が、時差ボケの影響で夕方、このうえなく眠くなった。
3時間半、他人様の映画を観る自信がない。
とりあえず、今日はカンベンしてもらうか。
明日は日中、予定が入っているが、なんとかなればいってみよう。


10月27日(日)の記 モルエラニ
ブラジルにて


昼は、こちらの一族が集まってレストランで会食。
さあ、夜は思い切ってサンパウロ国際映画祭に行くか。
ミニ水筒にお茶を準備。

作品の長さは、215分とな。
『モルエナニの霧の中』。
https://www.facebook.com/moruerani
プロデューサーの波多野ゆかりさんと監督の坪川拓史さんがブラジルにいらしているという。

上映の1時間前に入場券が販売されるが、ときおり即売り切れの事態もあるので予断をゆるさない。
買えた。
ロビーに波多野さん、坪川さんらしき日本人がいる。
タイミングを見て、ごあいさつ。

「モルエナニ」は室蘭の語源となったアイヌ語。
全編、現地でのロケ。
最初のカットの積み重ねから、ただごとではないと感じる。
すごい映画だった。

会場はそこそこに埋まっていて、僕は最前列、ポルトガル語の字幕をノートパソコンからマニュアルで出す女性スタッフの横に着席。
映画はオムニバス形式だが、そのなかのクライマックスのひとつで彼女が涙ぐんで鼻をすするではないか。
上映スタッフを泣かしめるとは、強烈な映画体験だ。

それにしてもわがサンパウロには若い良質な映画ファンが少なくない。
上映後、会場から上がる声は言語化がむずかしい稀有な映画体験の喜びと感謝が続いた。
いやはや、久しぶりに映画を観た、という充足感。
いまだに時差と疲労を引きずるなか、心地よい椅子に沈んでこれだけの時間、眠りに誘われなかったのも驚き。
この映画そのものが、まさしく夢の体験だった。


10月28日(月)の記 魔の月曜日
ブラジルにて


さあ今日から富山妙子さんがらみの新たな素材の編集。
僕にとっては新たな試みに挑戦。
どうなることやら。

富山さんのお宅での新発見スケッチ群を僕がビデオ撮りした。
それを編集して、ここいちばんの秘蔵厳選音楽をあててみるという試みだ。
試行錯誤。

今日は月曜なれど断食は延期。
昨日お会いした映画『モルエナニの霧の中』の坪川監督と波多野プロデューサーのサンパウロ市内ご案内を買って出た。
午後3時に先方のホテルで待ち合わせ。

ホテルに着くと、お二人は僕も旧知の在サンパウロのアート関係の邦人と歓談していた。
お二人の映画祭事務局との交渉、ホテルの移動などを手伝ってから、まずは東洋人街にご案内。
メトロに乗れただけで客人二人は大喜び。

東洋人街、カテドラルを経て旧都心まで歩いて、ブラジル銀行文化センターのカフェに落ち着く。
治安を脅されていて自分たちだけでは東洋人街やダウンタウンには行けないと思っていたそうで、この程度のことで感激していただく。
映画については聞きたいことがたくさんあったし、話は尽きない。

夕食も一緒に、ということに。
すでにシュラスコ食べ放題は経験済みの由。
波多野さんはムケカを誰かに勧められたそうで、食べてみたいという。
ムケカはブラジル海岸部の土鍋の魚料理だ。

ムケカ屋は複数の心当たりがあるが…
念のためスマホで調べると、いずれも月曜は休み。
その他バイア料理、ミナス料理などブラジルの郷土料理屋を調べるが、月曜は壊滅状態だ。
この旧都心にも北東部料理屋があるが、ここからは出たいという。
うーん、むずかしい。

ブラジル料理屋はじめレストランが何軒かあるサンタクルス駅周辺にメトロで向かい、歩いてみることにした。
月曜休みの店が続き、開いているのはイタリア料理屋、大衆系バール、チキン専門店、若者向けハンバーガー屋…
客人の食指が動かないまま、彷徨。
だいぶ歩かせてしまい、坪川監督は歩道にはびこる熱帯樹の根に足を取られて腰を痛めてしまった。
ああ、申し訳ない。
駅近くまで戻って、タクシーを拾ってパウリスタ地区のホテルの近くのレストランで、ということになる。

アマゾンのセルパビール、カイピリーニャで乾杯。
なごりは尽きねど、さっそく迫る次回訪日までに仕上げるべきわが作業もあり、来週は車での遠征旅行も控えている。
明日も『モルエナニの霧の中』の最後の上映があるものの、失礼させていただくことに。


10月29日(火)の記 イタリア協奏曲
ブラジルにて


バッハの『イタリア協奏曲』をはじめて聴いたのは、大学受験に追い込まれていた頃だ。
地元の目黒区立守屋図書館で借りだしたLPのレコードだった。

今日はブラジルに戻って初めての一日断食。
ビデオ編集を続ける。
ロジック、理屈はあとから!ですすめてみたが…
なんとかなりそうだ。
おかげさまで。

これが目鼻がついたら、さっそく次のもっと高いハードルがある。
次回訪日までに、どこまでやるか。


10月30日(水)の記 光州事件発掘
ブラジルにて


富山妙子さんの韓国のスケッチをビデオ撮りしてまとめたものの編集はほぼ終わり。
どのようにご覧いただけるか、期待と不安。

さっそく光州事件がらみの素材の編集に取り掛かる。
いったんまとめた富山さんが光州事件がらみの自作を語ってくれる映像に、物足りなさを感じていた。
先の訪日であらたに突っ込ませていただき、ヴァージョンアップをはかる作業に突入。

やはり実際の動きのある映像が面白い。
三部作構成で成立するかどうか、やってみよう。


10月31日(木)の記 BACURAUをみた
ブラジルにて


ホントは別の映画を観るつもりだったが、上映の曜日を勘違いしていた。
小さいスマホで、送られてきた情報をよく確認していなかった失敗。
隣接のカフェで時間をつぶし、夜の回、もともと観たかった映画を今日みてしまおう。

ブラジル映画『BACURAU』。
今年のカンヌで審査員賞をとったとな。
ブラジル北東部の架空の小さな町が舞台の政治もの、といった予備知識のみ。

いやはや途中から奇想天外な展開となった。
船戸与一の『山猫の夏』を思い出す。
昨今の日本の大雨被害でも明らかなように、現政府は地方を見殺しにしている。
閉塞状況の祖国を想いつつのカタルシス。

帰宅後、お待ちかねの家族らにスパゲティカルボナーラをさっとこさえる。


前のページへ / 上へ / 次のページへ

岡村淳 :  
E-mail: Click here
© Copyright 2020 岡村淳. All rights reserved.