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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2020年の日記  (最終更新日 : 2020/06/03)
4月20日(月)の記 「『時』を想う」

4月20日(月)の記 「『時』を想う」 (2020/04/20) 「『時』を想う」
ブラジルにて


今日は断食をしよう。
液体は摂取するので、台所にしばしば立つ。

ふと、拙作『KOJO ある考古学者の死と生』を想う。
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000051/20090606002063.cfm?j=1

今年1月のギャラリー古藤さんでの岡村特集上映の際、涙を呑んでチョイスから外した作品だ。
だれかとKOJOが見たい。
自作ながら、ひとりで向き合うのが怖い。
主人公の古城泰さんが他界して、ちょうど20年になる。

サンパウロでのコロナ巣ごもり中に少しでも身辺を整理しようとして…
日本語のカトリック関係の雑誌がごそごそ出てくる。
在ブラジルの老日本人シスターからいただいていたものだ。
こういうものを、いさぎよく処分できない。
せめて斜め読みでも目を通さないと。

『カトリック生活』2018年1月号を手にとる。
「『時』を想う」という特集、そそられる。
絵本プロジェクトの末盛千枝子さんの寄稿がある。
末盛さんは彫刻家の舟越保武のお嬢さんだ。

5年前、練馬区立美術館で出会った舟越さんの『原の城』と題された落ち武者の彫像を見て以来、なにかに憑かれたようになっていた。
舟越さんの郷里である岩手の美術館に、ふたたび『原の城』に会いに行った。
思い切って島原の原城落城の日に原城を訪ねて、ようやく楽になった。

末盛さんによると東京の初台教会に舟越さんの『十字架の道行き』という作品があるという。
数年前にこの教会のミサにあずかったが…
僕より上のフォーク世代の老人たちによる聖歌演奏に驚いたものの、舟越作品は見落としていた。

初台教会のウエブサイトを見ると、舟越作品は壁に掲げられた線彫り画だった。
ざっと見てみるが、イエスが十字架を担いでいるというより、肩にあてている感じ。
実物を見てみないと。

雑誌の同じ号に、三浦暁子さんの『霧の中のひと―ペトロ岐部、その苛烈な生涯』という連載がある。
ペトロ岐部!
日本人ではじめて聖地エルサレムを訪ねた人といわれる。
ローマからフィリピンのルバング島に渡り、宣教師としてキリスト教禁教下の日本に潜入。
捕らえられて江戸で穴吊りの拷問を受ける。
「転びもうさず候」と言い残して果て、その死に様は幕府の役人をして感動させたと伝えられている。

僕がペトロ岐部のことを知ったのは、『KOJO』を作成していた頃のこと。
旭川を経て東京世田谷の経堂で渡米するまで暮らした古城さんの墓所は、古城家のルーツの大分は国東半島にあるという。
お参りに行った。
国東市国見町岐部!の胎蔵寺。
イチョウの黄葉が眼に鮮やか時期だった。

帰路、バス停の近くにペトロ・カスイ記念公園というのがあった。
上智大学の神父の言葉を刻んだ碑があったのを記憶する。
ペトロ・カスイはペトロ岐部のことで、そもそもこの人はこの岐部の出身とされるが資料は少なく名前もはっきりしないのだ。

恥ずかしながらこれも覚えがないのだが、三浦さんの連載でこの公園に舟越保武作のペトロ岐部像があることを知った。
「彫像の顔をつくるにあたり、舟越保武は岐部村の人々に集まってもらい、その顔を一人ひとりデッサンしたという。」(同連載より)

ペトロ岐部、舟越保武、そして古城泰に通じるものがあることに気づく。


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