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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2020年の日記  (最終更新日 : 2020/07/06)
5月22日(金)の記 聖市路地裏の散歩者

5月22日(金)の記 聖市路地裏の散歩者 (2020/05/22) 聖市路地裏の散歩者
ブラジルにて


午前中の早い時間に外出買い物の大義名分をつくって、市井へ。
もちろん、人のたかるようなところに出向くつもりはない。

少し離れたところのパン屋と、道順にある日本食材店に。
わがいちばんの狙いは、路地裏のグラフィティ撮影。
外出時に一日一点、インスタグラムへのアップが習慣となった。
https://www.instagram.com/junchan117/?hl=ja

サンパウロ市内でナメクジ、トンボ、ツノゼミ、粘菌等を探すことに比べれば、数ケタ容易である。
それでいて生やさしくはなく、幅が広く奥が深い。

すでに26点をアップしたが、日本の美術で例えれば有名どころの美術館ではなく、地元の同好会のアンデパンダントな展示から食指の動いたものをピックアップした程度である。

学生時代、縄文学徒の時代に岩手県の発掘現場の調査にあたっていた故・林謙作先生の現場の門をたたき、林先生の胸を借りたことがある。
論文も強烈だが、人物も強烈だった。
林先生の持論は、本場で調査研究をしなければダメ、ということだった。
たとえば、縄文時代晩期の亀ヶ岡式文化と呼ばれるものを研究するなら、東京あたりでわずかに出土する亀ヶ岡式土器でなくて、本場青森の亀ヶ岡のものを研究すべきだというわけだ。
たしかにそれが王道、本道かもしれない。

わがドキュメンタリーの師匠、故・牛山純一プロデューサーは、たとえばなにかの競技を取材するなら、その競技の優勝者を優勝した後からでも取材するべきだと僕に主張した。

林先生の言うこと、牛山さんの主張もむべなることだと思う。
林先生も牛山さんもいわばその分野のなかで発言力が強く、そもそも強い人だった。

僕は元来、強者になりえないし、負け惜しみ抜きにあこがれもない。
異分野の異色の第一人者とアグレッシヴなまでに関われたことはかけがえのない自分の財産だ。
それをふまえて、僕はあえて裏を、落ちこぼれを、日の当たらない、そして敗者の側に寄り添いたい。
そこに僕にとっての豊かさがあることを信じているから。

集まってきた近所のグラフィティの豊かな色とかたちが僕を後押ししてくれているのを感じる。


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