移民百年祭 Site map 移民史 翻訳
岡村淳のオフレコ日記
     西暦2020年の日記  (最終更新日 : 2020/08/07)
6月12日(金)の記 マタイ伝16章24節

6月12日(金)の記 マタイ伝16章24節 (2020/06/12) マタイ伝16章24節
ブラジルにて


午後、運転のお勤め。
片道40分前後で20キロ弱の距離を往復。
コロナ前の7割程度の交通量か。

3か所ほどグラフィティのスナップ撮りの候補地として目をつけていた。
いずれも光線、交通事情などで断念。

我が家に戻ってガレージに車を置いてから、買い物の口実を立ててグラフィティ求道。
最寄りのグラフィティ小路に行ってみる。
昼なお人通りがめったになく、乗用車一台でカツカツの幅。
横に逃げ場がない。

福音派の教会があり、その関係だろう、向かいの壁に聖書の引用とイメージ画が描かれていた。
コロナ禍で礼拝集会は久しく行われていないようだが。

引用は新約聖書「マタイによる福音書」16章24節。
聖書協会共同訳だと、
それから、弟子たちに言われた。「私に付いて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を負って、私に従いなさい。」

絵は、十字架の前にかがんで祈っている男性とみられる。
https://www.instagram.com/p/CBWrVQSgc3E/

ここを通るのは2週間ぶりぐらいだろうか。
小路に入るなり、糞便が目についた。
イヌか?

この絵の近くの電柱のもとがすごい。
糞便と、ペーパー類。
イヌは紙を用いないだろう。
両サイドが壁になっていて、ニオイの逃げ場もない。
げげ。

至近の大通りに、商店の閉鎖とともに路上生活者が集落をなしてきたことは度々、書いてきた。
この人たちが大用をどこで済ませているのか気になっていた。
この地区には公園も広場も、物陰になる樹木もない。
この小路だったのか。

日本で考古学徒だったころ、遺跡から出土する「糞石」を専門とする研究者と親しくさせていただいた。
遺跡から当時の糞が発見されても、ヒトのものかイヌのものかの区別がむずかしいという。
現代のものならペーパーの共伴するかなどの間接的な手がかりからとりあえずの目安は付きそうだ。
路上生活者の健康状態観察の一助になるかもしれない。

コロナウイルスは糞便にも残ることを思い出す。
そして聖句の「自分の十字架」。
聖書には排泄についての言及はあっただろうか。
嘔吐についてはあったかと。
人の体から入って出るものについて、イエスが語っていたかと。

この絵は、黙示録か。

時間制限はあるが商店の再開とともに、路上生活者の数は数分の一に減ったが、日中でも急用をたしたくなる人もあろう。
しばらくこの小路の通行は見合わせるか。

至近に落ち着いて用の足せる場所のあるありがたさをかみしめながら。

 


前のページへ / 上へ / 次のページへ

岡村淳 :  
E-mail: Click here
© Copyright 2020 岡村淳. All rights reserved.