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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2020年の日記  (最終更新日 : 2021/01/01)
12月28日(月)の記 東洋人街の隘路と活路

12月28日(月)の記 東洋人街の隘路と活路 (2020/12/28) 東洋人街の隘路と活路
ブラジルにて


年の瀬に、東洋人街の日系総合診療機関へ。
歯科治療はひとつまちがうとめんどくさいことを体感。

コロナ非常時の年末、午前中。
開いている商店も人影も、ぼちぼち。

今日は掘り出しもののグラフィティがいくつも。
さあどれをインスタにアップするか、悩ましいところ。
わが嗜好優先か、アート性か、メッセージ性か、時事ネタか。
https://www.instagram.com/p/CJV7BUpn6qp/

ブラジル初取材時のサンパウロ滞在はこの東洋人街の安宿だった。
37年前だ。
いらい、常にあまりいい思い出はない。

西暦1962年にブラジルを訪ねた画家の富山妙子さんとも、そのあたりで意気投合した。
ブラジルの日本文化をたとえるキーワードの一つが「劣化コピー」だと思う。

この東洋人街はもとは黒人居住区、そして黒人奴隷や犯罪者の処刑場、埋葬場だった。
そのあたりへのレスペクトを欠いてメトロの駅名に政治力で「ジャポン」とかぶせても、煉獄の情念が鎮まるべくもないだろう。

ごちゃごちゃ系のグラフィティを見ながら、あ、と気づく。
映画『ブレードランナー』の世界。
近未来の東洋系のスラム街のイメージ。
これは魅かれる。

今日も現に人通りもまばらななか、大鳥居と大阪橋のあたりでは記念写真を撮る観光客がかえって目についた。

日本から皇族が来るとき、クルマで通るルートだけをその場繕いに整備するような発想はまず捨てて。

そもそもここで日系商品を売る大手商店もすでにチャイニーズの経営だ。
近年はずばり中国系、コリアン系の商品をメインにする大型店が増えてきた。
「日本オチメでスゴイ」という観点では本国よりこちらがうわまるかもしれない。

人は、ガイジンの若者はなぜ新宿ゴールデン街に惹かれるのかあたりから考えてみよう。

  


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