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岡村淳のオフレコ日記
     岡村淳/ブラジルの落書き:改訂版  (最終更新日 : 2023/02/08)
エコロジーを騙(かた)る [画像を表示]

エコロジーを騙(かた)る (2021/06/23) 世の中、バカバカしいことは尽きません。
そんなことに巻き込まれた時は腹を立てたら損、とりあえずは笑ってみることに努めています。
さて、まさしくバカバカしい話題が尽きない世界といえば、まずは私自身も末端で関わっている日本のギョーカイ(マスコミ業界)でしょう。

身近な例ですと、ブラジルに関する日本のマスコミの態度は目に余ることがしばしばです。
私が直接、関与させられそうになったことだけでも、日本のマスコミ関係者の犯罪的なまでにひどいエピソードがいくつかあります。
あまり重い話は本稿にはそぐわないでしょうし、しかも忘れることにしていた怒りがぶり返してきます。
今回は、ごく軽い笑える話を披露しましょう。

西暦1992年にリオデジャネイロで開かれた「地球サミット」(俗に環境サミットと呼ばれています)の頃から、やたらにエコロジーという言葉が世間に流布するようになりました。
私はたまたま、そのずっと以前からそうした分野の問題に関わってきました。
そうした立場から見ると、かなりウサン臭い団体や企業などが「エコロジー」やら「地球にやさしい」やらとイカサマに自分の宣伝をしたり、金儲けの手段にするのが目に付き始めています。
エコロジーやクリーンを売り物にする企業が、実際には現地の社会的に弱い人たちの生活や生命を脅かし、地球環境を傷めている例を私はいくつも知っています。
知ってしまった責任からそのことを告発して、今度は私自身が脅かされることが――また話が重くなってきました。
環境がらみの、ごく軽いのでいきましょう。
日本のマスコミそのもののように軽いネタで。

エコロジーだ、環境だとぬかしていれば、問答無用でいいことのように錯覚される昨今の風潮のなかで、ギョーカイ人は様々なエコロジーがらみのプロジェクトを企画するようになりました。
そうした軽薄な「エコロジー」に、これまた無批判で奨励すべきことと思われがちな「子供」ネタをからませるといった、二重にあざといプロジェクトに日本のバブル経済崩壊前にはスポンサーがいくつも喰いついてきたものです。

ブラジルでの地球サミットの余韻が冷めやらぬ頃でした。
サンパウロの私のもとに、日本から1通のファックスが届きました。
私の日本時代の同僚の先輩で、ギョーカイ人のテレビ番組プロデューサー氏(仮にP氏としましょう)からです。
私自身はこの人と面識がある程度で、何の恩義もありません。
彼は最近、自分でテレビ番組制作会社を立ち上げたとのことですが、イベント企画の件で相談したい、といいます。
ついては日本の大物政治家関係者や、大手広告代理店がらみで「子供環境会議」をブラジルで開催することになった、というのです。
それに日本から子供のグループを送り込みたいので、予算をどれぐらい見ておいたらいいか、ヤド代メシ代アシ代など最近のブラジルの相場等々を教えて欲しい、という依頼でした。

「子供環境会議」そのものの意義や目的について、そして会議の具体的な内容については何も触れていません。
いっぽうファックス代などの経費はもちろん、私への謝礼も出すといいます。
今以上に他人を疑わずにウブだった私は、ブラジルでの子供環境会議も悪くはないだろう、と考えました。
自分なりのアイデアもふくらませながら、早々に質問事項に答えたファックスをP氏に送りました。

さて当時、私は進行中の取材のまとめのために近々、日本を訪問する予定だったため、その由も書き添えました。
折り返しP氏からファックスがあり、「渡りに船なので、訪日したらゼヒ早急に広告代理店の担当と会って欲しい」といいます。

日本に到着してまもなく、さっそくP氏から「できるだけ早く打ち合わせをしたい」という電話です。
私は本業の追込み編集作業の合間を縫って、P氏のオフィスに出向きました。
P氏は挨拶もそこそこに、子供環境会議のスケジュールについて相談を持ちかけてきます。

日本の子供たちを何日も拘束するわけには行かない。
そのため、日本からサンパウロに到着した当日か翌日にアマゾンあたりで「一日で」本場ブラジルのエコロジー体験をさせる観光旅行をする。
その翌日にサンパウロで会議をやって、すぐに日本に帰るという基本計画をP氏に告げられました。

私はフリーとなってブラジルに移住して以来、相手が誰であろうと基本的に言いたいことは言うことにしています。
まずスケジュールがムチャクチャだ、とP氏に指摘しました。
私が日本から撮影スタッフをブラジルに呼んで取材をする場合、彼らは海外「僻地」取材のスペシャリストであることが常です。
そうしたプロの旅行日程を組む場合でも、日本からまずサンパウロに到着したら、少なくともまず当日と翌日は準備期間という名目の休息日にして、それからアマゾンなどの取材地に移動することにしています。
最短でも二十数時間の飛行時間と昼夜反対となる時差、夏冬反対の気候、そして日本人にとってはデタラメとカオスそのものに思えるブラジルの社会事情。
到着後は疲労とストレスが一気にふくらんで、旅行のプロでも寝込んでしまうことがしばしばです。

そんな事態が生じると全体のスケジュールがガタガタになってしまうので、なるべく余裕を持たせた日程を組むのが経験者の知恵というものです。
ましてや海外旅行に免疫のない子供たちに異国で寝込まれでもしたら、やっかいこの上なく、大きな責任問題にもなることでしょう。
こうした私の意見に、P氏は不服そのものの表情です。

そのうえ、往復の移動も含めて一日程度で「本場の」エコロジー観光をしようというのも無謀な話です。
サンパウロからアマゾン観光の玄関口であるマナウスやベレンまでジェット機で向かうだけで半日はかかってしまいます。

じゃあサンパウロからもっと近いところでエコロジー観光はできないか、とP氏。
まずパンタナールの大湿原が浮かびましたが、これも日帰りではどうにもなりません。
「とにかく日数と予算をかけられないんだ」とP氏は繰り返すばかり。
それはともかく、今回の企画の仕掛け人である広告代理店の幹部に会って直接、打ち合わせをして欲しい、それまでに妙案を練っておいて欲しい、と頼まれました。

こうして昼飯一膳、コーヒー一杯ふる舞われることもないまま、私は東京の都心にある大手広告代理店の本社をP氏と共に訪ねて、先方の重役たちと打ち合わせをすることになりました。

ようやく代理店が作成した「子供環境会議」の企画書を見せられました。
会議そのものについての説明は「日本で募った子供たちの代表グループを地球サミットの行われたブラジルに派遣して、本場のエコロジー観光を体験させた上で、地元ブラジルの子供たちと地球環境問題について話し合う」といった見事なまでに「ムダのない」作文があるのみでした。

まずP氏が私から日程の問題についての指摘があったことを、重役たちに述べました。
P氏の私の呼称は「オカムラサン」から「オカムラクン」に変わっていました。
彼は自分もブラジル取材の「豊富な」経験があると前置きした上で、それに基づくアイデアを披露すると言います。
「サンパウロには日系人がたくさん暮らしています。現地の日系人の子供たちを集めて日本からの子供代表とするのは、いかがでしょう?」とP氏。

代理店の担当が目を輝かせました。
「それなら、子供たちの日本とブラジル往復の飛行機代がまるまる、うきますね!こりゃあ大きい。さすがPさんだ。そうしましょう!・・・で、オカムラサン、サンパウロで日本人の子供、手配してもらえますね?」
私はあまりの珍案に声も出ません。

次いでエコロジー観光の問題となりました。
「そんなに日数はかけられませんよ。現地に移動も入れて一日もいれば十分だよ。それにアマゾンなんかで子供にケガでもされたら大事だ。オカムラサン、何かいいところないですかね?」と代理店氏。
これではわざわざ「本場エコロジー」の国で子供の会議をする意味も何もありません。
こんな話に自分の出る幕はないな、と思いつつ、貴重な本業のための時間をこの人たちのために割いた自分の不徳を恥じました。
もうこれが最後、ときついジョークのつもりでかましてみました。

「そうだ、サンパウロにサファリ・パークがありますよ。ここなら『本場』アフリカのライオンやシマウマもいます。何といっても安全ですし、サンパウロ市内ですから移動も含めて半日もあればオッケーですよ」
「おお、やっぱり現地の人ならではのアイデアだ。それはいい。それでいきましょう!」と代理店氏。
この人たちにはアマゾンとアフリカの区別もつかないどころか、そんなことはどうでもよかったのです。

この程度のレベルのお歴々が、地球環境問題やら子供のエコロジー意識やらを「啓発」しようとしていたのでした。
私はもうこの人たちから連絡があっても「本業が取り込み中」ととりあわないことにしました。
代わりに人を紹介したとして、その人から私がバカにされてしまいます。

その後、おかげさまでP氏からも代理店からも連絡が途絶えてしまいました。
それらしい会議が実現したという話も聞きません。
さすがにデタラメ三昧の企画はどこかでつぶれたのでしょう。
結局、P氏は私のアドバイスやアイデアをパクって体よく利用しただけで、最初に約束した謝礼どころかファックス代や交通費などの実費もよこしませんでした。

世の子供たちが、バカな大人どもの思惑に惑わされることなく、子供ならではの直感と英知で本当のエコロジー感覚を身につけるよう、願ってやみません。

      (『オーパ 』No.160 西暦1997年に掲載。西暦2021年6月加筆)

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サンパウロ市内で見かけたグラフィティ。
アフリカの動物を発見。(西暦2021年撮影)
再録寸言:
いまだ新たな東京オリンピックが中止されることなく開始予定のひと月前を迎えたこの時に、これを読み返して…
笑いや怒りでは済まされない恐怖を覚えました。
日本の広告代理店とメディアの劣化と暴走は、ここまで来てしまいました。
そもそも「女性」「平和」、そして「こども」をウリにする企画にはご用心。
それらを掲げることは無条件に正義であり、応援しなければならないという風潮への悪ノリは後を絶ちません。
「スポーツ」も「復興」も「絆」も「克服」もしかり・・・
なかでも「こども」をダシにするのは最も罪が重いかもしれません。
(西暦2021年6月24日 記す)


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