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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2021年の日記  (最終更新日 : 2022/01/02)
3月の日記 総集編 山/川/岡/村

3月の日記 総集編 山/川/岡/村 (2021/03/01) 3月1日(月)の記 エロマンガ島と皇軍そしてブラジルの秘書
ブラジルにて


南太平洋にエロマンガ島という島が実在するとは、僕が出ニッポンを決意する頃に聞かされていた。
先日、ツイッターでこの島について言及されていた。

この島に日本軍が進駐しなくてよかった。
日本軍が進駐していれば、米軍の攻撃を受けて玉砕していく際にさんざん島名が新聞紙名を覆うことになったろうから、というオチだった。
しかし日本の手口としては、シンガポールを昭南島と改名したようにエ島の方もいいかげんな名前に変えられていたことだろう。

さて。
わが家の僕の管理空間がひどい。
ありあまるものどもを処分していくべきなのだが、まるではかどらない。
今日もおそるおそる棚のなかに手を突っ込んで、袋をひとつ取り出してみた。

ぎゃ、エロ雑誌ではないか。
ひとつはずばりエロ漫画、もうひとつはエログラビア雑誌。
いずれもポルトガル語だ。
それがいずれも日本で発行されたものというのがミソだ。

身に覚えは…
西暦1990年代半ばだろう。
日本の友人のジャーナリスト、ちなみに女性だが、彼女からもらったのだ。
彼女は訳あってエロ漫画の方の版権クリアやポルトガル語への翻訳に関わり「なんであたしがこんなことを…」とこぼしていたのを記憶する。

最盛期には30万人を超えた日本のブラジル人のコミュニティーでは、こうしたポルトガル語のエロ雑誌の需要と供給があったというのが興味深い。

してこの雑誌、家族にもアパートの他の住民や清掃スタッフにもばれないように処分すべきか。
…だがこうした雑誌は日本の国会図書館や大宅文庫のような収蔵施設にも収められていないのではなかろうか?
横浜のJICAの海外移住資料館は言わずもがな。

すでにエロメディアもデジタル化されて久しいだろうから、ますますこうしたモノは希少価値があるかもしれない。
かつてブラジルの日本人移民研究がらみの長老たちに聞いた話を想い出す。、第二次大戦後、日本語で書かれたエロ小説がサンパウロで出回っていたと聞いた。
移民社会で名のある人の匿名の作と言われていたそうだ。
実物を拝みたかったが、果たせていない。

日本のエロ漫画のポルトガル語翻訳に関わった彼女の苦労話も、両者の性文化の相違を考察するうえで興味の尽きないものがあった。

ああ、ますます片付かない、モノが減らない…


3月2日(火)の記 日々是更新
ブラジルにて


日本の面識のない人からの頼まれごとを引きずってしまった。
今日の午前中で、ようやく一段落はつけられそうだ。
午後は雨の予報だ、出るなら今だ。

今日は暑いぐらいだが…
少し冷え込んでくると、外歩きの際にマスクのせいでメガネが曇るのが困る。
昨今のブラジルの布マスクは鼻の部分に針金が仕込んであるが、これでどこまで防げるか。

今日の外回り…
思い切って坂下の「移民街道」の青果系スーパー方面までくだってみる。
うーん、グラフィティにめぼしいものがない。

付近の猟場の野生動物をほぼ狩りつくしてしまった狩猟民の思い。
この際、自分で描くか、なんちゃって。

もう少しセントロ方面に歩くか。
だだっ広いモーテルの、無味乾燥な煉瓦壁が続く。
ようやく視界が開けて。
お、以前に目をつけておいたのがあった。
縄文土面を彷彿させるものは光線具合があずましくない。
角の向こう側にもある。
くだってくる車両にビビりながら、スナップ。
https://www.instagram.com/p/CL7F_74nW-e/

だいぶ歩くことになった。
スマホの万歩計を見ると、これでようやく7000歩だ。
日本男児の平均を、ほんのちょっと上回った。

日毎のインスタのグラフィティスナップ更新という日課がなかったら、さぞ引きこもり…
健康にも支障をきたしていたかもしれない。

週一の断食とグラフィティ撮りの日課でコロナ禍の健康を保てている実感。


3月3日(水)の記 タマにゴム
ブラジルにて


ブラジルのコロナ死者数がいっきに急上昇。
24時間で1840人。
これまでの最高値より100人以上、多い。

昨夜、よく知らない人からメッセンジャーで頼みごとがあった。
面識もない人に、あまりに軽く人間関係に関わることをよくも頼めるものだ。
こういうのはスルーすればよさそうなものだが…
ただすべきものはただそうとして、後味の悪いやりとりを今朝もすることになる。

さあ外出だ。
徒歩圏のめぼしいグラフィティはほとんど刈りつくし…
グラフィティ刈りに行ったことのない道を行けども行けども…
半月後には秋分を迎えるが、日照は短くなり、日向と日陰のコントラストは強すぎ。

けっきょく8900歩以上のウオーキング。
これでも日本男児の1日の理想に少し欠ける。

人のことは言えないが、町なかの人出はなかなか。
公道での堂々としたタバコの一服、そして歩きタバコが以前より増えていると思う。
タバコ吸ってんだから、マスク外して当然でしょ、というわけか。
性別では女性の方が多い。

そしてアゴマスクでの大声の会話。
そもそもアゴマスクが多い。

こちらの女性たちから聞いた話。
翻訳すると…
「顎にマスクなんて、ゴムをタマにかぶせてるのとおんなじよ!」


3月4日(木)の記 最悪記録更新中
ブラジルにて


昨晩のテレビニュース、今日の朝刊のトップに…
ブラジルの一日のコロナ死者数は1840人にうなぎのぼり。

サンパウロ州はこの土曜午前0時から2週間のロックダウンに突入だ。
それに備えて…

短粒ジャポニカの米を5キロ買い足し。
醤油もちょうどなくなったし。

午後、来週までの銀行の払いものをすませに。
ついでに見つけたばかりのお気に入りのカフェに行っておこう。

アイスココナッツコーヒーというのがメニューにある。
頼むと、ココナッツウオーターを切らしている由。
もう少し値のはるアイスオレンジコーヒーを頼んでみる。
外の温度計は摂氏30度。

ホットコーヒーにライムの切れ端は入れたことはあるけど。
アイスオレンジコーヒーは、まさしくオレンジジュースにアイスコーヒーを合わせた味。
けっこうな甘さだが、フレッシュオレンジのみの甘さの由。

それにしても、買い物の合間にちょいとカフェに立ち寄るだけでだいぶくつろぐな。
明後日からこれもできないね、とマスター(おそらく)に支払いの際に話しかけると、自分たちも混乱するばかりでね、とのこと。
詳細の伝達が行き届いていないのだろう。

さあ夜は鶏ガラでスープを取った醤油ラーメンだ。
残っていたオクラも茹でて刻んでみよう。


3月5日(金)の記 ラストフライデーの額縁
ブラジルにて


ブラジルの日毎のコロナ死者数は最悪の高値で安定してしまった。
明日からサンパウロ州は2週間のロックダウン突入だ。
その前に、済ませておくこと…

20余年のブランクがあったろうか、久しぶりにわが家蔵のアート作品の額装を頼んでみた。
こちらではガラス屋さんが額装サービスも行なう。

来週の月火と連続して東京のギャラリー古藤さん相手にオンライントークを予定。
ギャラリーに向けて映像を発信するので、写り込むアートに凝りたいという思いで。
グラフィティ散策中に見つけたガラス屋さんに聞いてみると、感じがよくてお値段も許容範囲。
念のためもう一軒でも見積もりを聞いてみると、倍以上も違う。

最初の店に昨日の午前中に持ち込むと、夕方までに出来上がるという。
スマホの予報では午後はずっと雨のため、今日の午前中のピックアップとした。
すると今日は午前中から雨。

防水バッグを背負って雨の間隙を縫って外出。
他にも額装したいものがある。
明日からの営業はどうなるかと聞くと「自分たちもまだわからない」由。

わが家族の方もどうなることか。

東洋人街のコリアン系カフェにひとこと励ましの一杯に行きたかったが、オンライントークの準備を優先しよう。


3月6日(土)の記 山川建夫とエクソダス
ブラジルにて


来週の月火にせまった江古田映画祭でのオンライントークはなかなかむずかしい。
上映していただく拙作『山川建夫 房総の追憶』はブラジルのブの字も登場しない作品だ。
その作品の上映後の、ブラジルからのオンライントーク。

呻吟しながらネタそろえを続けてきた。
と、ここにきて、紅海を渡るモーセのように海が割れ、道が開けてきた思い。

この時期は、カトリック暦では四旬節である。
それにちなんで日本の知人が送ってくれた動画のリンクがある。
その最初のものがいたくよろしかった。
https://www.youtube.com/watch?v=ITNZT9Dyd-Y

パソコンでの講演視聴は、つい「ながら」をしてしまう。
そうすると、肝心なことをばらばらと落としてしまう。
この動画も今朝3度目、メモとり体制で挑んだ。

山川さんや僕の歩みをこれまで「移動」ととらえていた。
この講話の中川博道司祭によると、聖書とはずばり「脱出の書」だという。
日本で「出エジプト記」と約される章も、ずばり英語でもポルトガル語でもエクソダス:脱出 なのだ。

そのくくりでもう一度、トークすべきことを仕切り直してみよう。


3月7日(日)の記 サルガドの『エクソダス』
ブラジルにて


セバスチャン・サルガドの写真集はどれも大きく分厚く重い。
この英題『エクソダス』もしかり。
手もとにあるポルトガル語版は西暦2000年の発行。

調べてみると、日本では未完ではないか!!
余儀なく故郷を、居住地を去らざるを得ないこの星のあまたの人たちにサルガドのレンズが向けられた。
国数にして約40か国。

この写真集こそ、鎖国をいく今の日本で広く共有されるべきだと思う。
この本ではサルガドの著作としては珍しく、別冊として各写真についての詳細なキャプションとバックグラウンドの解説がある。
恥ずかしながら僕自身、これをきちんと読んだ形跡がない。

猛省とともに読み直そう。
今は明朝未明に迫った江古田映画祭のオンライントークに備えねば。
さあ今度のは今までのなかでいちばん難しいぞ。


3月8日(月)の記 山/川/岡/村
ブラジルにて


時こそ来たれ。
いざ。

第10回江古田映画祭での拙作『山川建夫 房総の追憶』上映とオンライントークの当日。
主人公の山川建夫(ゆきお)さんが「房総のチベット」から来場してくれたとのメールを主催者からいただく。

会場は練馬区の江古田。
トークネタを数日前から練り練りしていたが、開始直前に急きょ山川さんとの対談で、とのことで。

この拙作はバッハの『音楽の捧げもの』ではないが、僕にとっても「畏友」の山川さんへの映像の捧げものである。
ブラジルのBの字も出てこない、山川さんのメッセージを伝えるための作品であり、そもそも現場監督の僕の出番はないのだ。

完成当時の上映で、山川シンパを自認するらしい筋からネット上で僕への誹謗中傷までいただいたこの作品を、辛口目利きの江古田映画祭の実行委員がなぜ「311」の10年目に選んでくれたかは、いまだ聞けず仕舞い…

ひとりしゃべりはそこそここなしてきているが、対談形式は不慣れである。
しかも今回は打ち合わせなしの、いきなり。
…そこは山川長老、ご自身の主張はそこそこしゃべって、うだつのあがらないオカムラを立てる振りは見事だ。

終了後にオンラインで伝わる参加者の声は、満足度が高かったようで、まあ許容範囲だったかな。

今日のタイトル 「山/川/岡/村」は、この「四文字から日本の里山の光景が浮かんできますよね?」といった導入をしようとして、しそびれたもので。


3月9日(月)の記 江古田談義
ブラジルにて


今日はこちらの午前9時過ぎから江古田映画祭/ギャラリー古藤さんとのオンラインZoomトーク。
ちなみにサンパウロと日本の時差はジャスト12時間。

数えてみると昨年11月以来、今日で7回目のZoom主役だ。
こちらの午前9時過ぎだと、わが家の家族も近隣住民もテレワークに入る時間。
先週土曜からサンパウロ州はコロナ禍最大限の警戒フェーズ1に突入し、今日はウイークデイなので、回線もウイークになりそう…

古藤さんとは回線落ち事態に備えて、国際電話でのバックアップも試行錯誤しながら練習しておいた。
備えあれば、憂いなし。
小1時間のZoomだったが、特にトラブルはなかった。

昨日の山川さんとの対談とは趣向もネタも変えて、もろもろのブツ/絵画や書籍などもお見せしながら。

これまで、終了時にこちらの外が明るくなったというのはあったが、はじめから明るい時間というのは今日が初めてだったな。

主催者の気配りで、岡村のざざっとしたトークのあと、会場に残ってくれた方々ひとりひとりとの対話の時間をいただいた。
ありがたい限り。


3月10日(火)の記 サンパウロの3月10日に
ブラジルにて


こちらが主役のオンラインイベントというのは、そこそこに消耗する。
終了後そのまま断食というのは厳しいので、今週の一日断食は今日に延期した。
二日、断食が遅れるとかなりお腹の肉が膨れた感じもあり。

ビデオ編集等はまだ再開する気になれず。
急ぎおよびルーティンのパソコン周りのこと、家事のほかは身辺整理と読書。

ひょろっと『あけぼの』という日本のカトリックの雑誌のバックナンバーが目についた。
朝日新聞の伊藤千尋さんがNHKについて書いた記事のページを表にしてある。
西暦2014年4月号。
水気を被ったのか、よれよれになっている。
そのまま処分する前に目を通してみると…

ずばり3月10日の東京大空襲のことが書かれているではないか。

「一九四五年三月の東京大空襲のさい、米軍の爆撃機が大挙して東京に近づいているのがわかっていたのに、放送しなかった。空襲警報が出るたびに天皇を防空壕に出たり入ったり繰り返させることになるのでおそれ多いと思った軍が、NHKに放送させなかったのだという。」
伊藤千尋さん「N(何にも)H(本当のことを)K(語らない)でいいのか」
(『あけぼの』2014年4月号より。)

僕の亡母は、東京大空襲の当事者だった。
伊藤さんのこの文をツイッターにあげようとするが、140字に収まらない。
フェイスブックにあげる。
画像が欲しくなる。
内田百閒翁のあの本のカバーをあげるか。
あの写真はどこだ…

https://www.facebook.com/photo?fbid=10223291878700234&set=a.3410845544903_if_id=1615403865222622_if_t=feedback_reaction_generic&ref=notif

3月8日は世界女性デー。
10日はこれ。
明日はいよいよ、10年目の。


3月11日(木)の記 ああ無能
ブラジルにて


あの日から、まる10年。
訪日中だった。
あの日は茅ケ崎の小津安二郎監督愛用の部屋で目覚め、東京に向かった。

わがブラジルの一日あたりのコロナ死者数は、うなぎ上り。
2300人を超えて、これまで世界最悪だったアメリカ合衆国を超えてしまった。
唖然。
外出意欲が萎える。

この月火の連続オンライントークを終えて…
とりあえず、すでに日にちもフィックスしたこの手のイベントはひと通り終わった。
いまだ脱力感。

こうした時、「無能の人」感に襲われる。
自分が世の中ですでに無用、という思い。

僕は竹中直人監督の映画の方で最初に接した。
ちょっと前に引っ越し以来、未開封だった蔵書詰めの段ボールを開けた。
おう、文庫版のつげ義春さんの『無能の人』が出てきた。

今日の午後、開く。
映画版の竹中さん本人の歌に「こころがずきずきいたむ」というのがあったかと。
まさに、こころがずきずきいたむ。

ああ無能。

こちら時間の明日午前1時より韓日を結ぶ富山妙子さんについてのオンラインシンポジウム。
僕は視聴参加。
それがあるし。

早めに夕食をつくる。
ひとり早めにいただいて、とりあえず横になる。

つげさんの漫画の、登場人物が横になっている描写が、これまたずきずきくる…


3月12日(金)の記 クアトロ・ラガッツィのさいご
ブラジルにて


午前1時から7時前まで、韓国発信のシンポジウムを視聴。
午後11時からは日本発信の知人の講演を視聴。

続くときは続くものだ。

その合間の日中…
若桑みどりさんの大作『クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国』をようやく読了。
もう、トノサマたちは誰が何だったかよくわからなくなったけれども。

四人の少年たちのその後だけは、よく心に刻んだ。
中浦ジュリアンの壮絶な最期が胸を打つ。
そして、消えていった千々石ミゲル。

殉教か、棄教か。
ジュリアンに心打たれながらも、ミゲルのような歩みをするといったところだろうか。

キリスト者:イエスの道に続くもの、を名乗る責任は重いぞ。


3月13日(土)の記 墓場とゲゲゲのはざまで
ブラジルにて


自分の原点は、と問われることもあまりないけれども。
小一時分の『ウルトラQ』と水木しげるだと思っている。

調べてみる。
水木しげるの『墓場の鬼太郎』の『少年マガジン』連載は西暦1965年。
これがテレビアニメ放送とスポンサーの事情で『ゲゲゲの鬼太郎』と改められたのが1967年。

僕は5歳年上の兄貴の買ってくる『マガジン』『サンデー』をものごころついた頃から読んできたので、『墓場』の方が自分の原点だといえる。

未整理極まりない蔵書のなかで『京極夏彦が選ぶ!水木しげる未収録短編集』という文庫本が目についた。
西暦1999年、ノストラダムスの予言の年のちくま文庫。

さて僕は小学生の頃はマンガ家になるのが夢だった。
後年、兄貴が独立して別居するようになると、自前をはたいてまでマンガ雑誌を買うこともなくたったが。

ブラジルに持参した日本語の本は古本屋を開きたいほどあるが、マンガ本はわずかである。
ここのところ、つげ義春にシビレた影響だろう、つげと縁のある大水木のこの短編集が目についた次第。

最後に収録された「てんぎゃん」が白眉。
水木には超人・南方熊楠の生涯を描いた傑作『猫楠』があるが、これは幼少年時代の熊楠を描いている。
解説によると他にも水木の熊楠ものがいくつかある由。

大熊楠は解説書も含めて読みこなすのは容易ではない。
それを大水木がマンガ化してくれているという僥倖。

うーむ、熊楠そのものを読まざるを得ないな。

追記:午前中、ミネラルウオーターの汲み出しに車で行って…
偶然が重なり、車を停めたところがトミエ・オオタケ先生のお宅の前だった。
あのお宅の近くのグラフィティを探してみようか、久しく行っていないが道の名前はなんだっけ、などと思い続けていたのだが。
尋常ではないものを感ず。


3月14日(日)の記 ブラジル移民と蒲団
ブラジルにて


ブラジルに持参した膨大な未読の本のなかで、岩波文庫の『蒲団』が目についた。
田山花袋の『田舎教師』を読んでみたかったのだが、これは日本の実家に置いたままかもしれない。
薄いのも魅力で、昨日から読み始める。

まるで予備知識はなかったが、これは面白い。
こういう小説だったのか。

文士としてそこそこ名の知れた東京住まいの男のもとに、中国地方の資産家の娘らしい才女から、ぜひ弟子入りさせてほしいと手紙が来る。
男には妻子があるのだが、そうした日常にうんざりしていた男は…

タイトルの由来となるクライマックスは、日本の近代小説、私小説の画期としてしばしば言及されている。
ヘンタイのひと言で断罪されそうな行為が、こうして文学として嗅覚とともに今も異国にいても共有できるのがスゴい。

これはいつ頃、書かれたのだろう?
ふむ、西暦1907年の発表。
第一回ブラジル移民船笠戸丸出航の前年である。

彼我のギャップ、コントラストにめまい。


3月15日(月)の記 緊急事態の街かど
ブラジルにて


COVID-19発生以来の最悪の感染・死亡状況を受けて、サンパウロ州では今日から15日間、緊急事態フェーズに突入。
諸々の営業や活動はこれまで以上にさらに厳しい制限、あるいは禁止となる。

…とりあえずWEB上のたまった作業を手掛ける。

午後、意を決して外回り。
大通りはシャッターを下ろした店が多く、人通り、自動車の交通量も通常の半分から3分の一ぐらいといったところか。

発生以来最悪、そしてブラジルが世界最悪の状況というニュースが伝わり、さすがにビビる向きが少なくないか。
もっとも、これはサンパウロ市のほんのわずかな場所でのわずかな時間の観察からの感想。

午後は午後で日差しが強く、町なかでは思わぬものの影が入り込んだりして、グラフィティのスナップ撮りも容易ではない。
グラフィティの描かれた民家のおじさんと、少しおしゃべり。
よく聞き取れないが、深追いは見合わせる。

せっかく撮らせてもらった塀のグラフィティの写真も、チェックするとコントラストが強すぎていただけない。
いずれまた撮らせてもらうか。


3月16日(火)の記 ヤノマモのキノコ
ブラジルにて


アマゾン流域北部に生きる先住民ヤノマモ(この本ではSanöma)の人たちの食用キノコ事典。
Sanöma語のアルファベット表記とポルトガル語のバイリンガルで、写真もイラストも豊富で美しい。

この珍奇にして高貴な書を、日本の鳥取での拙作上映会に来てくれた人からいただいていた。
寡聞にして知らなかったが、鳥取は日本屈指のキノコ研究のさかんな地だった。
この人も日本きのこセンターの役員をされていた方だった。

ブラジル国立アマゾン研究所の日系の研究者がヤノマモのキノコを調査していることは当地の報道で接していた。
この女性は、この鳥取の日本きのこセンターに所属して研究をしていた時期があったことを知った。

ブラジルでは国立インディオ局のリザーブになっているヤノマモの地に滞在したことのある日本人というのは、総数にして数十人ぐらいだろうか。
西暦1984年にテレビ番組『すばらしい世界旅行』の現場監督としてヤノマモの村で暮らした僕は、草分けのひとりだろう。

ひと月足らずの滞在の間にこの人たちがキノコを食べているのは、山道での休息中に倒木に生えていたキノコをそのまま生のまま食していたのを見たぐらいだ。

この事典を見ると、Sanömaの人たちは10種類以上のキノコをそれぞれの違いを認識しながら調理していることがわかる。
生業である焼き畑のサイクルとともに変化するキノコの相と量を知悉して活用するさまをよくぞとらえたものだ。
調理法は煮たり焼いたりだが、僕の見たような生食についての記載はなく、僕の滞在当時には「記憶にない」(実際に僕の見た範囲ではなかったと思うが)塩とトウガラシの利用が書かれている。

我々の滞在のあと、ヤノマモにグルメ革命があったのだろう。
僕の取材班の滞在以降、ヤノマモのリザーブには大量の金採掘人たちの侵入、そして文化摩擦と衝突があり、ヤノマモの人たちが虐殺される事件も生じている。

先述の日系の研究者らの尽力もあり、ヤノマモの食用キノコはサンパウロなどの著名シェフが扱うようになり、キノコそのものの購入も可能のようだ。
最近のこちらの報道で、ヤノマモはある種のキノコを繊維状にして工芸品に用いていることも知った。

写真で見ると、ブラジルでチリ産キノコとして売られている、おそらく和名ヌメリイグチに似たキノコがある。
だが事典の学名から調べてみると、まるで別のもののようだ。
日本との共通種では、シイタケ属のキノコも産して食用にされているのがわかった。

博物嗜好の僕にはこたえられない好著だが、さらなる望みとしては…
これは食用キノコ事典だからそうなるのだろうが、取り上げられているキノコはひと通り色は乳白色、形態はヒラタケのような都市生活者にも見慣れた「地味な」ものばかりである。
サンパウロ周辺の森でも「アートな」キノコを見かけるぐらいだから、熱帯降雨林にして山地のヤノマモのところでは食用以外のかなりの奇抜なキノコがあることだろう。
そして、幻覚作用のあるキノコは。

ヤノマモはヨポやヤクアナと呼ばれる植物性の幻覚剤を用いることが文化人類学などでよく知られている。
よく効くヤクアナがあるから、キノコまでは使用しないのか。
あるいは研究者が伏せているのか。
サンパウロ大学のキャンパスにも幻覚キノコが生えるとのことだから、ヤノマモの地にないことはないだろう。

キノコもヤノマモも、たまらなく奥が深い。


3月17日(水)の記 奥アマゾン→ニューブリテン島→北支
ブラジルにて


朝、ウエブ日記に昨日、読了した『ヤノマモ食用キノコ事典』についてアップする。
ろくに調べもしないで「軽く」突っ込んでくるのに備えて、「たかがウエブ日記」にもそれなりに新たに調べて記載。

午後、読みかけていて、あとを読むのは気が重かった水木しげるさんの『総員玉砕せよ!』を一気に読了。
あとがきによると「90パーセントは事実」の由。
こちらに伝わってくる現在の日本の凄惨な状況の縮図が描かれている。

昨日から水に漬けて少しは発芽を促したヒヨコ豆を使って。
四旬節のヴェジタリアンカレーの作成を午後早くから始める。

夜。
特に理屈はないが、未読本の書棚から『北支の自然科學』を取り出してみる。
西暦1942年の発行。
流浪堂さんで求めた本だが、僕としてはフンパツした部類。
これが面白い。

コロナ禍最悪値更新中のサンパウロで。
巣ごもりしながら、奥アマゾン→ニューブリテン島→北支…

読書というのは、すごい行為と今さらながら思う。
動画の鑑賞だと、つくり手の時間速度を押し付けられてしまう。
動画鑑賞の息苦しさは、その故だったかと気づいてきた。

読書は読み手のペースである。
読む速度も、読み飛ばしも、読み返しも。
なんとぜいたくな行為を手に入れていることだろう!


3月18日(木)の記 ピザを描く
ブラジルにて


ここへきてのブラジルのコロナ惨状は、日本のニュースねたになっているようだ。
祖国のいろいろな方々からお見舞いの言葉をいただく。
日本の近未来だと思ってご覚悟いただければ。

にしても、日毎にチェックしているこちらのコロナのデータは厳しい…
さて、今日の外出:買い物:グラフィティ採集はどうしよう。

エスフィッファ(アラブ系のスナック)安売りの掲示のあったパン屋の方向に行ってみるか。
午後から雨の予報もあり、昼前に出る。
肝心なエスフィッファは午後3時からとあり、がっかり。

その先の廃ガソリンポストの壁にあったグラフィティの怪人像をスナップ撮りするつもりが…
壁が撤去されていた。

さあどうしよう。
サントス街道の方にくだっていく…
目についたのが、これ。
https://www.instagram.com/p/CMkRCDQjpkt/

ピザ屋、犬猫ショップ、自動車学校などには壁やシャッターにそれとわかる絵が描き込まれていることが多い。
が、僕の食指が動くものはめったにない。
ピザ屋の場合はシェフがピザの皿を持ったような絵柄が主だが、スナップ撮りの食指以前にピザを食べたいという気も起らないものばかり。

この絵は、シャッターの部分がそれなりに面白いかも。
シャッターの全体をきちんと押さえるには車道に立たないと。
が、街路樹の枝葉に視界をさえぎられた坂道の下からバスなどの大型車両がやってくるので、なかなか危ない。

漫画家などで活躍する久住昌之さんのピザ画についての言葉があったな。
帰宅後、文庫本の『花のズボラ飯 久住昌之コレクション』を繰ってみる。
これは久住さんが原作で、水沢悦子さんが作画している。

それぞれのエピソードに久住さんのコメントが載せられている。
「宅配ピザ」の項。
「このピザの絵は水沢さんの力作。モノクロでピザを表現するのは至難の技だ。」とある。
確かにこのピザのモノクロ画は、いい。

色を用いても、食指をそそるピザの絵がむずかしいことは、グラフィティ採集をたしなむようになってからよくわかった。

このマンガの久住さんの解説に僕は横線を引いていた。
「そういう縛りは、物語作りを楽しくする。」
このマンガの設定についてだ。
なるほど、たしかに。
『ウルトラマン』を例にとると、
・地球上では3分しか闘えない
・返信するのにフラッシュビームが必要
・地球上の仲間に正体を知られてはならない
こうした設定が見る側の緊張感を高めている。

僕のインスタグラム/グラフィティスナップも、
・毎日
・その場に自分で立って
・トリミングをしない
そうした縛りをしているのだが。

いつまで続くかな。


3月19日(金)の記 なにげない日常
ブラジルにて


四旬節中の金曜日ということで。
動物性のものを避けたメニューで。
卵はオッケーとのことで、やれやれ。

昼はアボガドの丼。
昨日、引用した『花のズボラ飯』にレシピのある一品。
近所の日本食材店で野菜のかき揚げがあったので、これでサポート。
換気扇のない台所で揚げ物をする気にはなかなか慣れない。

夜は卵とキクラゲの炒め物。
キクラゲは日系企業が輸入したものだが、原産国は中国とある。
残りものの豆腐、赤パプリカを和風サラダにして。
キクラゲは黒も白も重宝する。

…なにということのない一日で、なにを書こうか呻吟した。
目についた日本のビッグイシュー2019年元旦号から。
「なにげない日常ほど
 経緯に値するんだ。
 淡々としていればいるほど
 貴重なんだということ」
 映画監督の市川準さんのことば。

コロナ最悪値更新中の、日常。


3月20日(土)の記 ファゼンダの味
ブラジルにて


ファゼンダとは。
大農場、大牧場と訳されることが多い。
ポ語で調べてみると、そこそこの規模の地方の地所、とある。
僕のイメージだと、雇用労働者がいる程度の規模の農牧場、といったところか。
家族規模の菜園よりは大きい感じ。

土曜の昼食。
路上市で買ったミナスジェライス州産のリングイッサ:ソーセージをグリルパンで焼いてみる。
そもそも脂身を含んでいるので油は使わないで。

これは家人の知恵だが、そこそこ熱したリングイッサをフォークでつつくと熱汁が飛び出してくる。
これでより脂分を抜くこともできる。

鉄板が焦げないように周囲の溝に水を張り、そこにリングイッサのエッセンスが液体で混じり込む。

そもそもこのリングイッサ、うまい。
玉ネギとトマトを刻んでリンゴ酢とオリーブオイルで和えた付け合わせとの相性がいい。
残念ながら今日はファロッファと呼ばれるマンジョーカの粉を味付けしたものを切らしてしまったけれど。

鉄板に残った液体が惜しい。
これにご飯を浸してみる。

絶妙。
ファゼンダの味!
田舎の農場の、土づくりのかまど。
かつて行脚した日本の山村の記憶までよみがえる。

いつになったらまた実際にファゼンダを訪ねられるかな。


3月21日(日)の記 カブを買う
ブラジルにて


午前中、早めに路上市へ。
魚はアジとタラを買う。

青果店で白カブが目をひいた。
株そのものもさることながら、どっさりとした青葉。
値段もびっくり、4レアイス(邦貨約80円)。

オルガニック市に比べると、容積はこちらの方が倍以上、値段は半額以下だな。
見た目はこっちの方がずっと食欲をそそる。

わが家には先週、買った小ぶりの赤カブがまだ残っている。
これは水に漬けておいてもひと晩でだいぶ葉っぱがいたんでしまった。

今回はさっそくカブの葉を活用しよう。
ネットでレシピ検索。
…油揚げと煮びたしにするか。
昼はちらし寿司にしたが、悪くない付け合わせの一品ができた。

そうか、カブの漢字は株ではなくて蕪か。
書けと言われたら、書けない字かも。


3月22日(月)の記 彼岸のヴィーガン
ブラジルにて


このタイトルが浮かんで、使いそびれていた。
今日はヴィーガンどころか、一日断食。

毎朝恒例のブラジルの前日のコロナ禍データチェック。
昨日は日曜なので、数字をそのまま鵜呑みにはできないけど。
それでも高い。
「下げ止まり」の反対語は「高止まり」だと検索して知った。

買いものの大義もでき、外出。
目につく街の動きは、パンデミック以前の3分の一といったところか。
サンパウロ市民、概してよく耐えていると思う。

散髪をしたいと思う頃には散髪屋は閉まり。
気軽にそこいらでちょいとカフェ―が飲めるという行為のありがたさ。
この厳戒態勢の前に、小銭をケチらずにもっとカフェーに行っておけばよかった。

ビデオ編集再開、古新聞チェック、さらに古い新聞の整理。
経済性、生産性とは程遠い行為ばかりだが…
思わぬ発見もある。
だからどうした、と突っ込まれればそれまでだけど。

そうそう、気の重い原稿ミッションがあり…
いつの時点で書いている設定にするかと思い悩んで、今年の最初の彼岸はいつかと調べたところ。
こちらの秋の始まりは3月20日、日本の春分も同日。

明日からののこりの四旬節のヴィーガン献立も考えないと。


3月23日(火)の記 サンパウロのうなぎのぼり
ブラジルにて


この急上昇をなににか例えるべき。
うなぎのぼり、という言葉が浮かぶ。

うなぎは実際に滝のような段差や急勾配を遡上することができるのだろうか?
検索。
ふむ、急流や少ない水流でも遡上することから来たたとえらしい。

鯉の滝登りというが、ウナギ系では無理でも鯉には可能なのか?
コイに不可能はない?
検索。
これも中国の伝説からきたたとえで、実際の鯉には他の魚ほどのジャンプ力もないようだ。

午後、在サンパウロのアミーゴから流れてきたツイッターで、今日はサンパウロ州で24時間に1000人越し!のコロナ死者が出た由。
愕然。
「高止まり」だとみていたのが、最悪値からさらにうなぎのぼりだ。
イグアスーの滝を登り切ったかと思ったら、さらにエンゼルフォールが立ちはだかっていた…

夜のテレビニュースをナマで見る。
ブラジル全国で24時間で3158人の死者。
3000人越えははじめて。
サンパウロ州は、1021人。
州の役人いわく、前日の日曜の死者も一部、計上されているので云々。
それは毎度のことではないのかな。

20時半より大統領のナマ放送。
太ったのではないか?
経済対策と、コロナ対策を、云々。
わが団地も含めて、ブラジル全国で鍋タタキの抗議。

…うなぎはしばらく食べていないな。
特に食べたいとも思わないけど。
鯉はまるで食べたくないです。


3月24日(水)の記 『キリシタン伝説百話』余話
ブラジルにて


食材と料理の話。
スナップしてきたグラフィティの話。
読んでいる、あるいは読んだ本。

コロナ王国ブラジルでの巣ごもり中のウエブ日記のネタは、こんなものばかりだろう。
ネットで流れてきたメディアのネタをしたり顔でアップするようなのは性に合わない。

在日本の人が、僕がウエブ日記で触れた本を何冊もネットで探して購入していると教えてもらう。
うれしい、というより恐縮である。
「したり顔」の反対語をネットで探してみるが見当たらない。

その人にダイレクトメッセージでお伝えしたのが『キリシタン伝説百話』。
谷真介さん著、ちくま学術文庫。
未読本のなかから目に留まり、今週読み終えた。

これはいろいろな意味でたっぷりと面白かった。
どの切り口から紹介させていただくか、迷う。
切ってしまわずに、まるごと差し出した方がよさそう。

キリスト教の本質に迫る部分もあれば、江戸期以降のいわゆる都市伝説のようなものまで百花繚乱だ。
僕は考古学徒になる前に、いろいろな日本の伝説を読み漁っていた時期があったことを想い出した。
キリシタン伝説のなかには日本の類型的な伝説に収まるものがかなり多い。
そこからもはみ出してしまいそうなものが、また面白い。

学生時代の僕のテーマは、現在の私たちにも生き続けている縄文文化的なものの抽出だった。
それを想い出させる「キリシタン伝説」もあった!
ずばり縄文の聖地のひとつ、秋田の伝説。
そこにキリシタンと縄文の接点をかぎだす人は、在ブラジルの僕以外にあまりいないかもしれない。

福島、納豆、ポルトガル語を結ぶオッタマゲの伝説もあった。
それは読んでのお楽しみ。

そうそう、天草に伝わる伝説のなかの老人のこと言葉を書き出しておかねば。
「きびしい取り締まりがつづいても、いっこうにキリシタンが絶えないのは、このようにせっぱつまった時に、天の神様がお救いくださるからじゃろう……」
遠藤周作のあの小説のタイトル『沈黙』の意味と共に考えていきたい。

日本は人類史上で、かつてのローマ帝国に次いで多くのキリスト教の殉教者を出した国であることも忘れてはならない。


3月25日(木)の記 サンパウロの三すくみ
ブラジルにて


ブラジルのコロナウイルスによる死者数は30万人を超えた。
一日に新たに9万人を超える感染者。

外出をひるませる三大障害。

まず、コロナウイルス感染者の蔓延。

次に、医療崩壊。
市内の動きは通常の平日の半分以下といった感じ。
いっぽう無謀な自動車・バイク・自転車の暴走が普段より多い。
こんなのにぶつけられても、救急体制がままならない。

もう一つ、治安の悪化。
わが集合住宅のアヴェニーダ側の商店街はふたたびシャッター街となった。
それとともに路上生活者、ドラッグ使用者たちのたまり場と化している。
付近での強盗被害の報告も後を絶たない。

かといって家庭内での自宅待機/ホームワーク中の家族との衝突は避けたい。

今日はダイコンを求めて心当たりを5軒も回ってしまった。
昨日のオルガニック市で、ただならもらわないでもない、ぐらいのダイコンが1軒にだけあったのを想い出す。
消化器系の調子が悪いという家人に、冷しおろしそばをつくりたかった。
梅干をつぶして添えて。
して、好評。
やれやれ。

運動不足を言っている状況ではない。
グラフィティ採集は近場でお茶を濁す。


3月26日(金)の記 聖市マタンゴ化計画
ブラジルにて


聖市とは、サンパウロ市のこと。
今日から聖市は思い切った政策実施に突入した。
来年11月までの祝祭日を前倒しにして、今日から10日間、連休とした。
天井知らずとなったコロナ禍爆発への苦肉の背水の陣だ。

街を歩いてみると、通常の土曜より動きが少ない感じだ。
昼前でも横になっている路上の人々。
炎天下で働き続ける建築現場の人々。

今日は肉食を控える日。
ブラジルでシメジと呼んでいる栽培種のヒラタケを買うつもり。
白と黒があり、味も品質も同じとのことだが、黒の方が倍の値段。
料理の見栄えの問題だろう。

さて白の方は日本食材店で200グラムのパックで5レアイス程度(約100円)。
おや、この店は5.2レアイスになっている。
食材の値はちびちびと上がっている。

お、1キロパックで20レアイスを切る値段の大袋があるぞ。
うむ、これからは家族全員がしばらく在宅だし、四旬節だし。
これを買ってみるか。

昼は残っていた「シメジ」と生ダラのトマトソースのパスタ。
夜はシメジご飯に、シメジと卵の炒め物。
けっこう飽きずにいただけた。

最近、こちらの新聞記事の特集で面白かったのは、サンパウロ市内に自生する食用キノコについて。
啓発グループのフィールドワークの講座もある由。

サンパウロ市は南部にはアクセスも困難な場所があり、先住民のリザーブもある。
食用キノコどころか未知のキノコも豊富なことだろう。

アガリクスや姫マツタケの名前で知られる薬用キノコはサンパウロ州で第2次大戦後に日本人移民が発見したものだ。

こちらの知人にブラジル人の食卓にキノコをもっと提供できるようにという計画を抱いていた日本人夫妻がいたが、いろいろな事情で日本へ引きあげてしまった。

先ほどの新聞記事の注意書き。
町なかに自生するキノコやイヌやヒトの排せつ物を浴びているリスクがあるので、要注意とのこと。


3月27日(土)の記 自作処分
ブラジルにて


また森・元首相が女性に対する暴言を発したという報がSNSで伝わってくる。
まあマンモス大学だから、いろいろなのがいて然るべきなのだろうが、この人は僕と同じ大学の由。
向こうはスポーツ枠での入学と聞いているが、こっちはマークシート。

この大学の先輩だからと、これまで複数の人間から僕にコンタクトがあった。
いずれも早い話が自分のステータスをひけらかしながら、こっちをロハで利用しようというさもしい御仁ばかり。
下品である。
Wの悲劇。

森某の記事などスルーしていたが、彼が言及した女性と袖ふれ合う縁があったことに気づいた。
大臣、県知事も務めた自民党代議士の秘書だった人で、永田町で恐れられていた。
拙作『アマゾンの読経』の主人公と縁があるとわかり、その件で取材をしたく、電話をした。
もう20年近く前のことだ。
すごい剣幕で、なんでそんなつまらない取材をするのよ!とどやしつけられてしまった。
それがかえって一寸の虫のなけなしの闘志を掻き立てることになる。

さて。
引っ越し以来、未開封だった段ボールを発掘。
開けてみると…
この『アマゾンの読経』のVHSテープがごっそり入っていた。
初版の完成は西暦2004年。
初版は全5時間15分となり、VHSで3本組とした。

さあどうしよう。
この作品はさらに改訂版をつくり、上映用のDVDは確保してある。
いまどきVHSはよほどの人でない限り、引き取ってももらえないだろう。
何組か残すにしても、あとは処分するしかないか…
せめて、まさしく「再生」の方法でもあればいいのだけれども。

一日一組ずつプラスチックごみ分別の場所に持っていくか。
まったく再生されることもなく、処分されていくテープ。
農産物が豊作で引き取りてもなく処分、というお百姓さんのニュースを想い出す。

今朝、ゴミを搬出しようとして未練がましくこのビデオテープのパッケージを開けてみた。
やはりもう少し取っておこうか。

テープの触感を確かめて…
あ。
テープの断面にカビが生えているではないか。

段ボールに残してあるのも見てみると、半分ぐらいはカビが発生している。
少なくてもカビ発生のものは思い切りがついた。

チーズみたいに、かえって作品に味わいが増してはいないだろうか。
次回はもう少しビデオカビも観察してみよう。
どうやら一種類ではなさそうだ。


3月28日(日)の記 テークアウト社会という泥沼
ブラジルにて


日刊ゲンダイは一面のスクープもいいが、インタビュー記事も充実しているではないか。
このタイムリーかつ要保存のインタビューをネット上で無料で全部読ませてくれるとは。
次回、訪日かなえばささやかながら可能な時は紙面を買って返礼したい。

高田秀重氏「テークアウト全盛の新生活は『人類の危機』」。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/287009

まずはひとりひとりの日常のささやかな行動の積み重ねだな。
この記事に接する前だったが、今日は路上市で有精卵を買うために、先週もらった卵用の紙パックを再び持参することにした。
路上市では、魚介類店などはビニール袋に紙包みを併用している。
野菜売り場では野菜を束ねるのに輪ゴム、さらには紐状の植物で結わいているのがうれしい。

コロナ禍になって、デリヴァリーとテイクアウトの全盛である。
道路の交通量は減ったが、フードデリヴァリーのバイク類が旺盛で、これらの信号無視がひどい。
この運転では事故が起きて当然だろう。
所用で車を出すと、こうした事故現場に遭遇する確率は通常時より増えた感がある。

さて、サンパウロ州のコロナ緊急制限によって…
レストラン内で食べられないのはもちろんのこと、テイクアウトを「テクシーで」取りにいくことも禁止されてしまった。
レストランに注文してのデリヴァリーか、自動車で受け取りにいくドライブスルーのみとなってしまったのだ。
近所のカレー屋さんのテイクアウトをしたくても、わが団地ではデリヴァリーの受け取りも煩瑣でチップ等も考慮しなくてはならない。
徒歩圏のところに、駐車場まで車をピックアップに行って、回り道をして店前に車を止められるかどうかも覚束ないカレー屋まで行くというのも…

近所に穀類等、食材の量り売りの店ができた。
レジの横に、マヨネーズやオリーブの実の入っていっるような透明な容器が積んである。
「何の飾り?」と聞いてみる。
こうした容器を持参して買いに来ると5パーセントのディスカウント、と教えてくれた。

焼け石に水でも。
燃え盛る熱帯林に水の雫を運ぶハチドリの思いで。


3月29日(月)の記 いまさら聞けない有精卵
ブラジルにて


昨日、路上市でジャンボサイズの有精卵を1ダース買ってきた。
同じものを前週も買ったが、黄身の色がずっしりと濃い橙なのに驚いた。
値段は一個あたり邦貨で20円程度。

ウエブ日記にこの買いもののことなど書きながら、そもそも有精卵は具体的にどうカラダにいいのか知りたくなってきた。
それ以前に、実際に有精卵は優れているのだろうか?

かつてブラジルでも超大手の部類の養鶏業の主である日本人に聞いたことがある。
この人に言わせれば、有精卵も無精卵も変わらないし、無精卵の方がかえって衛生的に優れているとのことだった。
その人からいただいた卵は1ダースのパックのなかに腐ったものが複数あり、自慢や理屈はともかく…と思ったものだ。
卵の殻が驚くほど薄かったが、その分、割れやすいのかもしれない。
欧米への視察や欧米の技術を導入していることを自慢されていた。
長い話のなかに、ついぞ地球環境や人と鶏の健康といった問題意識がうかがえることはなかった。

そんな御仁や大手に対する反発が、僕により有精卵を求めさせたのかもしれない。
さて、検索してみると。
有精卵と無精卵は、栄養、味において違いはない、というのが上位を占める。
保存期間は無精卵の方が長いという。

有精卵生産者関係では「いのちがある」から、特別の酵素があるから有精卵の方がよい、という。
具体的な特別な酵素などは不明。

卵黄の色味は餌の種類による由。
赤っぽい方が美味で栄養がありそうに思えるが、これは思い込みのようだ。

玄米と白米の違いと同じ、という表現もある。
玄米の場合は具体的にどのような栄養素があるか等の科学的なデータがあるのだが、タマゴの方にはいまのところそれがみあたらない。

ニワトリが受精していなくても卵を産むのは「品種の改良」によるもので、女性の排卵と同じ、という。

値段は張り、保存期間は短くても、できれば有精卵かな。
無精卵の方は、生命の基本がゆがめられているように思える。
散歩も外出も面会も許されず、カプセルホテルのなかに生涯、閉じ込められて「生産性」のみを求められた人の「生産物」を想像してみる。

かといってヒヨコなりかけの卵は、僕の文化的に食べたくはないけれども。

追記:ニワトリの有精卵は、いまや人類の頼みの綱のワクチン作成に用いられているという。
この仕組みはもう僕の理解をはるかに超えているのだが。


3月30日(火)の記 メトロひさびさ
ブラジルにて


今度の日曜の復活祭:パスコアまでは四旬節。
この時期、カトリック信者は教祖イエスの荒野での苦行、そして受難を想って何か好きなものなどを断つことがしばしば。
僕は昨日に引き続き、今日も断食をすることにした。

さてサンパウロ州がこれまで最高の緊急事態体制に入って以来、地下鉄やバスの使用は控えていた。
が、今日は東洋人街の医療センターに行かねば。
午前中、メトロを使用。

相変わらず車両にミュージシャン、物売り、物乞いが入れ代わり立ち代わりやってくる。
まずはヴォーカルとベースの男二人のミュージシャン。
ゴスペル風の曲を奏でるが、ヴォーカルはマスクを手で浮かせて発声する。
とがめる人はいない。
それどころか演奏後には拍手の要求に多くが応え、お金を差し出している人も少なくない。

椅子に座れたが、真横の女性を見ると鼻の両穴にピアスをしていて、その部分はマスクから露出させている。

日本と桁違いのコロナ感染、死者の数が生まれるファクターがこのあたりにもありそうだ。

中国系食材店で買いものもして帰りのメトロ。
物乞いのおじさんが乗客一人一人のところにやってきてねだる。
僕には小銭か、僕の抱えている買い物袋のなかのものをくれと言う。
中国産の乾燥キノコや搾菜だけど?と説明するのも野暮だろう。
おことわりする。
なにを訴えているのかわかりにくい人で、ちょっと見た目にはアルコールか薬物のせいかとも思える。
それでもお金らしきものを渡している女性がいた。


3月31日(水)の記 係り結びの里
ブラジルにて


夕食後の一服時、翌日の献立を考えて書き出すのが習慣となった。

適当なメモ紙が見当たらない。
処分検討中の書類の攪乱から、適当なのを探して裏をメモに使おう。
…、高校時代の友人からの手紙とコピーの資料が出てきた。

西暦1986年発行の「飛騨方言考」。
こういうのをむげに捨てられず、目を通してみる…

西暦1910年の白川村での方言調査についての言及がある。
「『こそ……けれ』或いは『ぞ……る』の係結法などは小学校児童の話にすら正確に用ひられて居る。」
まことに驚きぞする。

「河流に臨んだ断崖の道を見ては『ホキ』と、山の鞍部を見ては『ダワ』と、何処であっても飛騨人はかく言ふはずである。」

「ホキ」。
大岡昇平の『武蔵野夫人』冒頭に「ハケ」の語が登場すると記憶する。
飛騨の「ホキ」は武蔵野の「ハケ」に通じ、おそらく縄文時代ぐらいまでさかのぼる言葉ではなかろうか。

この友人は(も)変わり者で、東京出身ながら林業にあこがれて岐阜の役所に就職してしまった。
僕がテレビ屋になってからも交信があった。
日本映像記録センター時代、牛山代表の命令で中国人スタッフ作成の「チベットの木小屋」と邦題を付けた作品の日本語版製作を手掛けたことがある。
チベットの森林行政に関わる漢人女性の話で、オリジナルで紹介されているデータの意味を読みかねて、義父の彼に連絡を取って教えてもらったことがある。

ブラジル移住後は音信を欠いてしまっていた。
これを機にネットで彼を探してみる。
いた。
まちがいなさそうだ。
あとは連絡先…

飛騨にこそ山林ありけれ。
朴葉ミソでイッパイやりたいもの。




 


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岡村淳 :  
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