3月16日(火)の記 ヤノマモのキノコ (2021/03/16)
ヤノマモのキノコ ブラジルにて
アマゾン流域北部に生きる先住民ヤノマモ(この本ではSanöma)の人たちの食用キノコ事典。 Sanöma語のアルファベット表記とポルトガル語のバイリンガルで、写真もイラストも豊富で美しい。
この珍奇にして高貴な書を、日本の鳥取での拙作上映会に来てくれた人からいただいていた。 寡聞にして知らなかったが、鳥取は日本屈指のキノコ研究のさかんな地だった。 この人も日本きのこセンターの役員をされていた方だった。
ブラジル国立アマゾン研究所の日系の研究者がヤノマモのキノコを調査していることは当地の報道で接していた。 この女性は、この鳥取の日本きのこセンターに所属して研究をしていた時期があったことを知った。
ブラジルでは国立インディオ局のリザーブになっているヤノマモの地に滞在したことのある日本人というのは、総数にして数十人ぐらいだろうか。 西暦1984年にテレビ番組『すばらしい世界旅行』の現場監督としてヤノマモの村で暮らした僕は、草分けのひとりだろう。
ひと月足らずの滞在の間にこの人たちがキノコを食べているのは、山道での休息中に倒木に生えていたキノコをそのまま生のまま食していたのを見たぐらいだ。
この事典を見ると、Sanömaの人たちは10種類以上のキノコをそれぞれの違いを認識しながら調理していることがわかる。 生業である焼き畑のサイクルとともに変化するキノコの相と量を知悉して活用するさまをよくぞとらえたものだ。 調理法は煮たり焼いたりだが、僕の見たような生食についての記載はなく、僕の滞在当時には「記憶にない」(実際に僕の見た範囲ではなかったと思うが)塩とトウガラシの利用が書かれている。
我々の滞在のあと、ヤノマモにグルメ革命があったのだろう。 僕の取材班の滞在以降、ヤノマモのリザーブには大量の金採掘人たちの侵入、そして文化摩擦と衝突があり、ヤノマモの人たちが虐殺される事件も生じている。
先述の日系の研究者らの尽力もあり、ヤノマモの食用キノコはサンパウロなどの著名シェフが扱うようになり、キノコそのものの購入も可能のようだ。 最近のこちらの報道で、ヤノマモはある種のキノコを繊維状にして工芸品に用いていることも知った。
写真で見ると、ブラジルでチリ産キノコとして売られている、おそらく和名ヌメリイグチに似たキノコがある。 だが事典の学名から調べてみると、まるで別のもののようだ。 日本との共通種では、シイタケ属のキノコも産して食用にされているのがわかった。
博物嗜好の僕にはこたえられない好著だが、さらなる望みとしては… これは食用キノコ事典だからそうなるのだろうが、取り上げられているキノコはひと通り色は乳白色、形態はヒラタケのような都市生活者にも見慣れた「地味な」ものばかりである。 サンパウロ周辺の森でも「アートな」キノコを見かけるぐらいだから、熱帯降雨林にして山地のヤノマモのところでは食用以外のかなりの奇抜なキノコがあることだろう。 そして、幻覚作用のあるキノコは。
ヤノマモはヨポやヤクアナと呼ばれる植物性の幻覚剤を用いることが文化人類学などでよく知られている。 よく効くヤクアナがあるから、キノコまでは使用しないのか。 あるいは研究者が伏せているのか。 サンパウロ大学のキャンパスにも幻覚キノコが生えるとのことだから、ヤノマモの地にないことはないだろう。
キノコもヤノマモも、たまらなく奥が深い。
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