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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2021年の日記  (最終更新日 : 2021/10/28)
9月30日(木)の記 無告の民がいた

9月30日(木)の記 無告の民がいた (2021/09/30) 無告の民がいた
ブラジルにて


昨日付で記した2011年のアレイダ・ゲバラさんの訪日時の横浜講演会とその記録映像について。
仕掛け人の伊藤修さんに事実誤認や問題はないか、リンクをお送りした。
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000260/20210929016263.cfm?j=1

新たに伊藤さんにいただいたご教示で、僕はたいせつなことを見落としていたことに気づいた。
あの会場には、ペルーやブラジルなどラテンアメリカからの出稼ぎ労働者とその家族も何組か来ていたのだ。
伊藤さんはそれだけでもやってよかった、とおっしゃる。

たしかにラ米系の人たちが家族で来ていた。
早い時間から来て、なんだかうれしそうにしていたのを想い出す。
質疑応答のときは、誰も手や声をあげることはなかった。
ALBA(Alternatiba Bolivariana de nuestra America)はどうなっているのか、といった僕にもわかりがたい質問を延々と声高に続けるキューバの政治オタク的な日本人たちに、気おくれしてしまったのかもしれない。

そもそもラ米からのこういう人たちは、ひっそりと自ら声をあげることのあまりない、いわば「無告の民」といっていいかもしれない。
「アレイダさんも懸念するようなこの日本にいま、ラテンアメリカから働きに来ているアメリカの同胞とその家族にメッセージをお願いします。」
僕はカメラを回すのをやめても、しゃしゃり出てもこの質問をするべきだった。
それに今まで気が付かずに、恥ずかしい。

大地震や原発事故についてはアレイダさんは当事者や専門家でもない。
それにこの時の訪日時に、他のメディアで語っている。

昨日、紹介した星野弥生さん編著のアレイダさんの2008年の訪日記録にも、沖縄などで中南米移住から引き揚げてきた人たちとの交流はあったこと書きされているが、いま日本に中南米から出稼ぎ労働できている人たちとの交流はうかがえなかった。

あの会場で、ラ米系の人たちはアレイダさんと短い挨拶ぐらいは交わしていたかもしれない。
無告の民たちはしゃしゃり出ることがなくても同郷者たちが何組か集い、ラ米の今に伝わるアイコンの娘がこの場に来て日本の若者たちに熱く迎えられていることに満足されたことだろう。

しかし、きちんと今に共有できる言葉をいただいて記録しておくべきだった。
自分は誰の側に立って、誰に向けて、なんおために記録をして残そうとしているのか。
猛省。




 


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