5月の日記 総集編 次のメルトダウンに間に合うか (2022/05/03)
5月1日(日)の記 社会人ヨセフ
ブラジルにて
カトリック教会の日曜のミサの最後に、サンジョゼへの祈りが唱えられた。
サンジョゼ=聖ジョゼ=聖ヨセフ、イエスの義父とされる人だ。
家族に聞くと、今日は労働者の日:メーデーなので労働者の守護聖人である聖ヨセフに祈りが捧げられたと教えてくれた。
なるほど。
ブラジル南部で活躍するルーベンス湯川神父からご著書『社会人ヨセフ』のPDF版のリンクをいただいたことがある。
検索してみると、オンラインにあった。
http://www1.cncm.ne.jp/~toguchi/yukawa_joseph.pdf
この本、のちに奇縁から紙版も入手したような記憶があるのだが…
見当たらない。
いずれにしろ、ヨセフの地味な誠実さが心に残った。
路上市で、サワラを買う。
これまたオンラインにあったサワラとオクラとトマトのカルパッチョ。
オクラなんか合うのかいなと思って昼にトライしてみると、けっこういけた。
5月2日(月)の記 レンQか…
ブラジルにて
今日も午後から「ますらを派出夫」で泊り。
泊り先で夕食業務を終えて、日本のNHKの放送を少し見る。
「大型連休も後半を迎え…」ときた。
そうか、日本はもう5月3日。
そろそろ日本はゴールデンウイークなのだななどと思っていたら、もう後半か。
ここのところの祖国は、ゴールデンウイークでコロナの検査数も控えめだろうが…
それでも昨今の日本は、日毎の新規コロナウイルス感染者数が人口比で換算すると「コロナ大国ブラジル」の4倍以上になっている。
そういう情報はメディアにも多くの日本の市民にも「期待されない」ようだからニュースにもならないだろうが…
祖国を憂うばかりで、祖国な憲法記念日入りか。
5月3日(火)の記 昼の街娼
ブラジルにて
午後、出先からの帰路。
どこかで少しウオーキング兼グラフィティ採集をしたい。
天候、時間帯、交通状況などを考慮して…
幹線道路脇のあの辺にしてみるか。
主車線が片側だけで約7本、その脇にローカル車線が2本ほどある。
うち主車線寄りの1本は時間帯や曜日によって進行方向が逆になったり、閉じられたりしている。
その壁に遠目からも目を引くグラフィティが描き込まれた。
クルマで進入できるかも行ってみなければわからず…
だいぶ前にようやく進入を果たしたら、駐車を想定していたあたりに街娼のおねえさんがいて断念したことあり。
その手前は常にパトカーがたむろしている。
これは安全そうに見えて、このあたりでの挙動不審な駐車やスマホ撮りはパクられるリスクもある。
そもそも複数のパトカーが控えているということは、それなりの場所なのだろう。
(いま調べてみると交通警察のベースのようだ。)
すでにサンパウロでマイカー盗難に遭った身として、びくびくである。
グラフィティを探しててクルマ撮られましたー、というのはナントモ情けないし…
ままよ、とにかく今日は進入できて、営業中のおねーさんも見当たらずに駐車はできた。
お目当てのグラフィティはだいぶ手前になるし、今日はめんどくさそーなあんちゃんがあたりにたむろしていた。
他の物件を探すか。
幹線通りの裏の大通りを行くと…
あるある。
陽が差さず、人通りはまばらだが、クルマはそこそこ通っている。
これにしましょう。
https://www.instagram.com/p/CdHRWwTLl17/
少年の目が、星空の見える窓のようになのが面白い。
「目はこころの窓」というキャプションも浮かぶ。
今後に備えて、さらに歩き込む。
このあたりは細い道を居住者以外通行禁止にしてしまっているようだ。
駐車地点とどんどん離れていくけど。
左に折れて、幹線道路側と結ぶ太い道にようやく出る。
少しは人通りもある、いわばビジネス街だが…
ナント街娼の方々がそこかしこに!
帰宅後に「街娼」の語をチェックすると「夜の女」とあったが…
ただいまサンパウロは午後の3時。
想えば慣れっこになってしまったが、わが家の近くにも日中もタチンボさんたちが控えている地区がある。
うちの近くの方は住宅街で学校もあり、そもそも男娼の率が多い。
さて、つかまらないように、冷やかしっぽくなく速足で通り抜けるが…
ほとんどがスマホに目をやっている。
マスク着用は端にひとりいたが、かなり年配と見た。
わが家に戻ってスマホのグラフィティの写真をチェック。
サインから作者を探す。
今日の少年の作者は女性で、かなりの活躍をしているようだ。
ちなみに「パンパン」という語の語源を調べる。
この語は亡くなった富山妙子さんとの会話でも出てきた。
…これは実に諸説紛々。
諸説般般。
まあ、語源は知らんけどけしからん言葉だからダメ、というのは僕にはいただけなくて。
5月4日(水)の記 次のメルトダウンに間に合うか
ブラジルにて
西暦2019年3月。
第8回の江古田映画祭で拙作『リオ フクシマ』シリーズを上映していただくことになり、自費で訪日。
連日、画家の富山妙子さんのところに通って諸々のお手伝いをしながら、この年のこの映画祭で上映される作品は全作品を見ることにした。
そして映画祭の実行委員会への答礼もこめて、3月10日に行われた詩人のアーサー・ビナードさんの記念講演の撮影を申し出た。
実行委員会の方でも会場の後ろに三脚据え付けでビデオ撮影をする。
僕の方は会場の座席の最前列より前から、参加者の邪魔にならないよう、三脚なしの手持ちカメラでの岡村流で撮らせていただいた。
主催者からは講演時間は60分程度と聞いていた。
余裕を見て80分はノーカットでいけるよう、ビデオテープとバッテリー、身心を準備して臨んだ。
して、講演は…堂々2時間半を超えた。
…さすがにカラダにこたえた。
それはさておき、実に密度の濃い講演だった。
ビナードさんの日本語力と頭の回転、センスには舌を巻いた。
編集作業のため、何回か聴き直したが、何度聴き返しても胸を打つ内容だ。
この記録は編集してDVDに焼いて映画祭の実行委員会に謹呈した。
それだけではもったいないと思い続けていた。
昨年末からYouTubeのチャンネルを開局。
これに格好かも。
改めて関係者の方々にご快諾をいただいた。
『ブラジル竹取物語・序章』が手間取ったがようやく目鼻もつき、この作業に取り掛かった次第。
ビナードさんのこの講演では「我々は次のメルトダウンの前夜を生きている」という言葉が心に焼き付いた。
原子力の軍事利用、そして発電のための利用に対して、人類にとっても地球の全生命にとっても絶対に反対しなければならないことを説く、黙示録的な預言だ。
ぜひ多くの人と早急に共有したい。
すでに諸事情で時間が経過してしまった。
さらに僕がダラダラして、その間に次のメルトダウンが起こってしまったら。
次の日本列島を震源とする大地震、日本列島を襲う大津波もいつ来てもおかしくない。
それどころか、次の核兵器の実戦使用がいつ起きるかという予断を許さない深刻な状況になってしまった。
新たな手直しで手間取るが…
なんとか、こちらの日付の明日にはアップができそうだ。
5月5日(木)の記 HALのみちびき
ブラジルにて
畏友の伊東乾さんがツイッターにて、道具の問題としてカーナビを例に挙げ「平気で発狂したルート示されること」と記されていた。
なるほどこの表現はわかりやすい。
カーナビが意味意図不明のクレージーなルートを示すことがあるのを先日、旅先で体験した。
なぜこういうことがを検索してみたのだが、どうも腑に落ちる説明が見当たらない。
わが実体験からして、カーナビの発狂というのがもっとも納得がいく。
『2001年』のあのコンピューターを想い出す。
さて今日はミネラルウオーターの源泉に水汲みに。
わが車の乗り入れ規制の日のため、午前10時過ぎに出家。
と、途中からアプリが思わぬルートを示した。
途中の幹線道路がひどい渋滞に入っておかしくない時間帯だ。
そのため、このルートは初めてだがショートカットとして理に適っているかもしれない。
ある程度の見当はつくが、通った記憶はないルートなので、グラフィティ探しにもちょうどいい。
行ってみる。
途中、スペースを見つけて駐車。
ウオーキングを兼ねてグラフィティ探し。
どれにするか迷うほど、複数のグラフィティのスナップ撮りができた。
https://www.instagram.com/p/CdMk2WeNzk9/
ブラジルの都市部でナビをうのみにして、ファヴェーラ:スラム街に突入してしまい、余所者の立ち入りに目を光らせる武装者から自動小銃の弾丸を浴びせられたというニュースにも接している。
ほどほどに気を付けながら、時には機械まかせで新たな路を拓くのも悪くないかも。
5月6日(金)の記 金曜スペシャル
ブラジルにて
日本で出される予定の長文の拙稿の校正作業に、今日からいっきに取り組むつもりだった。
ところが…
先方から送られていた校正稿のリンクにアクセスすると、アクセス許可が必要、とのこと。
そんなことは聞いていないが、とにかく「許可をお願いする」。
仕組みはわからないが、それだけであらたにアクセスが可能になることはない。
先方の担当はゴールデンウイークはお休み、土日もお休みのはずだ。
日本はもう金曜の夜。
拍子抜けだが、他にも押し迫った作業がいくつもあるのでそれらに取り掛かる。
近日中に公開とオンライン化を考えている拙作のキーパーソンの連絡先がわからず、どうしたものかと思いあぐねていた。
ダメモトでいろいろやってみて、たどりついた電話番号に昨日からトライしていたが…
今朝、通じた!
しかも、ビンゴ!!
まずはDVDにしてお送りしましょうということに。
ところが今度は久しぶりのDVD焼きがうまくいかず、試行錯誤とアラ技を繰り広げる。
なんとかなった…
他の用件にも取り掛かりながら…
急げば今日の郵便局の営業時間に間に合いそうだ。
間に合った…
今日は夕方から気になる映画を見ておこうと思っていたが、それどころじゃなくなったけど。
原稿の方はともかく。
別の懸念のことをすすめられて、ありがたや。
5月7日(土)の記 湖畔の旅危機一髪
ブラジルにて
ブラジルは明日が母の日。
日本も同様のようだが。
ブラジルでは、日本以上に母の日には気合いが入る気がする。
わが家もそれの延長で…
先週の湖畔への昼食旅行をさらにグレードアップする。
燃料は「半タン」より少し足りない程度。
今日の分でまだお釣りがくることだろう。
ところが市街を過ぎたあたりから、がんがん燃料計の針が下がる。
湖畔の飯屋を出てまもなく、あと目盛り二つになってしまった。
いやはや、近場にガソリンスタンドはあるか?
帰路はより速い高速に乗るつもりだったが、この高速道路はまるでポスト類がない。
その高速入り口方向ではスタンドはむずかしそうで、近場の「集落」を目指す。
いやはや、あった。
さてここからどう戻るか。
街道に入ってから、一昨日に書いたような、アプリが「発狂」したような道順を示し始めた。
同乗者たちはこういうのを見て判断するのに慣れていない。
いったん街道の脇で停車することにする。
アプリは思わぬぐるぐる回りのショートカットを示したようだ。
と、後ろから、日本でいう白バイが来た。
これはヤバイ。
「故障か?分岐地点で停まってるんだぞ」と語気が荒い。
そんな場所なので後続車がひっきりなしで発車ができなかったのだ。
しかし運転は高齢者のニホンジン、さらに後部に超高齢者が乗っている。
メンドクサイと思われたのだろう、後続車をとめるから早く行け、という仕草をされる。
イヤハヤ。
以前、交通警察にイチャモンを付けられて、年末だったのでたっぷりクリスマス祝いの袖の下をとられたことがある。
あの時はアマゾンからのご年配の方の送迎だったな。
それから先、今度は異常な眠気に襲われた。
いやはや。
…全走行130キロだったが、渋滞が多かった。
とにかく、いちおうは無事で帰宅、何よりでした。
5月8日(日)の記 カルネイロの市に行くのかい?
ブラジルにて
母の日、本番。
午前中、混み合う前にカルネイロ通りの市に行く。
刺身用には小ぶりのアジを2尾。
お、一軒の店にシュンギクがあった。
いまいち、採れたて感がないので他の店も見てみる。
相当数の出店があるが、シュンギクはこの一軒だけだった。
戻って日系のあんちゃんにシュンギクだねと確認のうえ、購入。
果物の店に果肉の赤いオレンジがあった。
これも横並びを見てみるが、この一軒のみ。
3個で10レアイス、約250円か。
思いきって買う。
これはなんと言うの?
と聞くと「グレープフルーツ」をポ語の発音で答えた。
ブラジル製?
と聞くと、そうだと言う。
帰ってよく見ると、ひとつにMadreMioというシールが貼ってあった。
検索してみると、スペイン産だった。
近くのスーパーで安いウオッカを買おう。
見てみると、国産のラムが安売りをしている。
ラムにするか。
検索するとラムにグレープフルーツ、トニックウオーター割りというカクテルがある。
夕方、運転業務を終えてからつくってみる。
うーん、美味なり。
5月9日(日)の記 大学のグラフィティ
ブラジルにて
今日も午後から「ますらを派出夫」業。
行きに、サンパウロ大学のキャンパスでグラフィティを探すことにする。
なにせ、日本の皇居の1.5 倍の広さ。
だがようやくその一部ぐらいは、少しは勝手がわかるようになってきた。
西日が当たるコミュニケーション芸術学部のグラフィティをスナップ撮り。
クルマをとめたまま、少し歩く。
ひと気もまばらで、逍遥には格好の緑地だ。
もの足りないほどグラフィティ類は乏しいけど。
お。
ところどころにあるコンクリート製のごみ箱に、こんなビラがある。
https://www.instagram.com/p/CdW7KfxtGVU/
「サンパウロ大学から軍事警察を即刻追放!」
という訴え。
ちょうど軍事警察ことPMの派出所に近い当たり。
サンパウロの中心街やスラム地帯のようなものものしさはないけど。
大学の自治と警察の存在とは拮抗する立場だろう。
いっぽうこのキャンパスは市民に開かれていて、この大学都市内で働く労働者も相当な数だ。
キャンパス内でのレイプ事件なども伝わっている。
治安の維持を警備会社に任せれば、コスト等の問題もあるだろう。
わが日本の大学時代を想い出すと…
学内に公安のスパイが入り込んだことを糾弾するタテカンやビラをよく目にしたものだ。
それにしても、あの手狭なキャンパス。
もうタテカンにビラだらけだったな。
あの独特のタテカン字体。
美的とは言い難く、読み手を引き付けようとする工夫があったかどうか疑問だ。
かえって書き手のグループたちの起こした内ゲバ殺人などの恐怖を掻き立てる印象があった。
想えば遠くに来たもんだ。
目につく亜熱帯性の株立ち状のタケをいくつか見て回ってから、今日の目的地に向かう。
5月10日(火)の記 百斯篤
ブラジルにて
日本の知人が船便で郵便物を送ってくれる際に「なにか欲しい本があれば」とおっしゃってくれたのに甘えた。
カミュの『ペスト』。
ポルトガル語訳だったら、読み切れなかったことだろう。
日本語でも分量があり、そう読みやすい本でもない。
いっきに、とはいかず、何十きかかけて、ようやく読了。
マラソンや登山に近いものだろうか、正直に言って内容に感動したというよりも、決して読みやすくはない名著を読了したという感慨の方が大きい。
あらためてペストそのものについてググってみて、漢字だとこうなるというのが今日のタイトル。
いちばん驚いたのは、カミュが僕と誕生日だったこと。
コロナを考えるため、というのが目的だった。
が、カミュは感染病の体験ではなく、第2次大戦の体験をもとにしたと知る。
「あの戦争」といえば映画『スパイの妻』。
あの映画のなかで、日本軍が中国でペストを細菌兵器として用いるべく人体実験をしていた事実に基づくエピソードが盛り込まれている。
よくぞ、こうした日本の忘れても隠してもならない負の遺産をアップデートしてくれた。
カミュの『ペスト』より。
「こんな考え方はあるいは笑われるかもしれませんが、しかしペストと戦う唯一の方法は、誠実さということです」。
コロナしかり、日本の戦争犯罪しかり。
祖国日本は「誠実」を語る輩がそれと真逆を爆走するような国になってしまったようだが。
5月11日(水)の記 だれだろう
ブラジルにて
今日は一日断食。
朝昼の食事の支度はするが、夜は家族に任せる。
夕方から映画に行くつもりだったが…
ミュージアム付属のシアター。
念のためオンラインで確認すると、今日のお目当ての回はどこかの学校相手に貸切りとな。
予告で見たのだが、近未来の設定の、ブラジルからアフリカ系の人をすべて追放する、という話のようだ。
強烈。
日本じゃ類似の劇映画をつくることが可能だろうか?
別の機会を探して見ておきたいものだ。
いやはや。
今日の外歩きをどうするか。
パンが切れている。
天然発酵パンを買いに行こう。
しばらく歩いていない道は、ちょっとワクワクする。
お。
こんなステッカーが。
https://www.instagram.com/p/CdbujLkvI1d/
書かれたポルトガル語の意味が取りにくい。
スマホと辞書で調べ、あとでネイティヴの家族に聞いてみたのだが「即、仕返しを」といった意味のようだ。
この写真の人物は…
妻子も知らないという。
「即、仕返し」といっても、写真は数十年前のものの印象がある。
ステッカー類は一点だけだと、ほんの気まぐれで貼られたものもあるだろう。
これは少し離れたところでもう一点、見つけたので確信犯として表示されているようだ。
この向かいには、昨年末に見つけた日系のゲリラへのオマージュの標もある。
写真は、彼と同時代の雰囲気も漂わせているが。
街の、かそけきメッセージ。
5月12日(木)の記 アントワープの娼婦
ブラジルにて
6月にもあらたに日本で拙作上映会をしていただくことになった。
上映候補作のデータ化、そして先方への電送作業にかかっている。
2作品のうち最初の作品の作業に取り掛かり…
微妙なトラブルがあり、ただいまの勝負、とり直し…
いやはや。
午後のうちに、なんとか目鼻がつく。
さあ外歩きをしよう。
ちょっとカフェで気分転換もするか。
大手新聞のFOLHA社が新しく発行を始めた「世界の巨匠画家」シリーズの本を買ってみるか。
新聞スタンドを4軒、まわって。
ブラジル人のタルシラ・ド・アマラルのが欲しい。
が、まだ最初のゴッホしか出ていないという。
兄弟姉妹の皆さんに告白します。
…いまさらゴッホでも、と新聞スタンドを離れる。
もうたまる一方の蔵書の処分も考えなければならず、画集関係を親しくなったグラフィテイロ(グラフィティ作家)に何冊かプレゼントしている。
さて、このシリーズは一冊邦貨にして600円弱。
話のタネに買ってみるか、と引換えす。
お気に入りのカフェで開く。
おう。
透明カバーを破ると…
こちらでも控えめな値段だが、ハードカバーではない親しみやすいつくり。
新本のニオイがつんとくる。
まず「無名人の肖像画」から。
え?
邦訳すると「ある娼婦の頭部」。
西暦1885年アントワープにて。
日本では『娼婦の肖像』という題で紹介されているようだ。
…言われなければ、僕にはこの女性が娼婦かどうかもわからない。
そして、濃い化粧も派手な衣装もうかがえず、特に娼婦っぽさも感じられない。
恥ずかしながら、ゴッホがこうした女性の肖像画を描いていたことを知らなかった。
ざざっと本をめくり…
もう一点、開いた聖書を中心に据えた静物画、これも知らなかった。
想えば、ゴッホは…
大・黒澤を語るうえで、ゴッホは必須だし。
…僕が最初にゴッホを意識したのは棟方志功さんを描くドキュメンタリー映画での棟形さんの「わだばゴッホになる」という言葉だろう。
僕のフリーになって最初の『すばらしい世界旅行』シリーズ「ピカソが絵をかく!ブラジルの心霊画家」で「言葉」まで添えてくれている。
西暦2010年にはいろいろあって、オランダのゴッホ美術館も訪ねている。
ああ、『ゴッホの手紙』もまだ読みかけだ。
アントワープの女性をはじめ、ゴッホと「無名」の人たちとの関係、その絵の複製を僕がこうしてサンパウロのカフェで見つめていることに、感無量。
彼女の瞳は、こちらを見つめてはいない。
5月13日(金)の記 27年目の60年目
ブラジルにて
奇しくも日本の6月18日に拙作上映会のオファーをいただいた。
第一回ブラジル移民船「笠戸丸」がサントス港に到着した「ブラジル移民の日」だ。
日本では「海外移住の日」。
ブラジルの日本人移民にちなんだ作品をと思って番組を考えていたが、さらにオカムラチックにひとひねりスパイスをきかせることにしてみた。
お題は「ブラジル移民の闇と底」。
この提案に上映の講元もノッてくれた。
二本立てとしてみて、その二本目の素材のデータ化と電送の作業に入る。
二本目の素材テープは劣化が激しく、かつて日本の友人にDVDに焼いてもらっていたものからデータを取り込むことに。
段取りが異なるのでひやひやしたが、なんとかなった。
もうひとつの懸念も、なんとかなりそうだ。
ようやくデータ化がかなったので、あらたに関係者の方々にお送りしよう。
5月14日(土)の記 JUNとSHUN
ブラジルにて
サンパウロ市内のコミック専門の書店での新作本の作者のサイン会に行く。
SHUN IZUMI という日系の作者の『SONHONAUTA』(『夢の航海者』といったところか)という作品。
絵の表現力、ストーリーともに才気が溢れすぎの傑作だ。
この作者と直接、会えたのはラッキーだった。
話してみると、面識はないのだが彼の親御さんのことを僕は知っていたのだ。
さて、書店の棚を眺めていて…
『JUN』というタイトルのものがある。
僕と同じ名前だ。
韓国人の作品らしい。
手に取ってみると…
自閉症の若者が主人公、とある。
透明のカバーがかかっていて中身を見られないが、値段を調べてもらってフンパツ買い。
ブラジルの国産コミック、そしてブラジルで翻訳出版されている世界のコミックのレベルを最近、垣間見ているが目を見張るものがある。
日本はマンガ大国・マンガ先進国と思い込んでいた自分の浅はかさを思い知るようになった。
日本スゴイ、を否定しているつもりでけっこうそれに浸っている自分があるのではないかと反省。
5月15日(日)の記 JUNをよむJUN
ブラジルにて
ポルトガル語のまとまったものを読むのは読解力の問題と視力の問題もあって、けっしてスムースではない。
コミック類は文字が小さいこともあり、かえって時間がかかることしばしば。
昨日、本の方から呼ばれたような韓国のコミック『JUN』(ポ語翻訳版)。
自閉症の青年JUNと両親、妹の話を妹の視点から語っている。
JUNは韓国の民俗芸能パンソリにのめり込んでいく。
ぐいぐいと引き込まれ、かつ身につまされて、読了してしまった。
作者は、Keum Auk Gendry-Kim。
最後に著者のあとがきがある。
著者は女性で、外国生活が長かったという。
韓国に戻ると、いまひとつ韓国人社会になじめず、孤独感を覚えたそうだ。
彼女はパンソリの教室に通い、JUNのモデルとなった青年に出会う。
友人もいないJUNに自分のことが重なり、強い興味を持った。
青年の家族とのお付き合い、綿密な取材を経て結実したのがこの作品というわけだ。
作者のKeumさんのことを、まずはポ語で検索。
従軍慰安婦を題材とした作品もあるというではないか。
すると!?
さらに日本語でも検索。
あった、ビンゴ。
木瀬貴吉さんの出版社「ころから」の出した『草』。
作者の日本語表記は、キム・ジェンドリ・グムスク。
キムさんは国際的に知られるコミック作家だった。
だが日本で翻訳して出されているのは、この『草』だけのようだ。
しかも純粋に作品そのもののクオリティによる翻訳出版、というより従軍慰安婦をテーマとした故の出版と言えるかもしれない。
ブラジルでもこの作品は翻訳出版されている。
さらにブラジルではその他の彼女の作品も出版されている。
こんなところからも日本のマンガ文化の鎖国性を垣間見る思い。
さて、値段で比べると、この『草』はブラジル版の方が日本の半額のようだ。
いつまた日本に行けるともしれず、どうせ翻訳ならこっちのを買うか。
日本の総理大臣がドイツに設定された従軍慰安婦像にクレームを付けたことがニュースになっていた。
いっぽうまさしく「草の根」レベル、コミックのレベルでこの問題はブラジルにも伝わっているとは。
5月16日(月)の記 きのこの母
ブラジルにて
午後から、そこそこの運転をすることになった。
荷物のある家人をサンパウロ近郊まで連れていく。
せっかくなので今日のグラフィティはその出先で探すか。
その近くでカフェの飲めそうなところも事前にチェックしておく。
が、時間が押してしまった。
次の予定もある。
日が暮れてしまうのと、渋滞が心配。
いっぽう、グラフィティそのものはばっちりだった。
ちょいとしたギャラリークラスのよろしい壁があった。
しかも最寄りのスーパーの駐車場にクルマをとめられるというありがたさ。
これにしよう。
https://www.instagram.com/p/Cdo34bCN-6h/
スマホ泥棒のリスク、車のリスクもあるのでいつも現場ではグラフィティをゆっくり吟味できないのだが…
キノコのモチーフというのはこれまでもいくつか見てきたが、これは群を抜いている。
女性の体からキノコか。
…今日のキャプションを車中で考える。
「ブラジルのマタンゴ」ではあまり芸がない。
キノコと母を結ぶ言葉はなかったけか。
のちに検索もかけてみるが「酵母」ではちと違うし。
キノコという本体そのものが胞子というタネを産むのだから母だといえそうだが、その名は「子実体」である。
ああ、むずかしい。
それにしてもこの絵はキノコなだけに味わいが深い。
キノコと蝶、というのもよろしい。
実際にキノコにたかるのはハエやナメクジが多いのだけれども。
5月17日(火)の記 DHLのヒミツ
ブラジルにて
これを書くにあたって調べてみて、驚くことばかり。
アナタ、DHLって知ってました?
エッチ系でも家庭内暴力系でも、メンタル障害系でもありません…
主に航空機を用いる国際宅急便のサービスの略称。
なんと、本社はドイツとな。
して、なんの略か…
Dはデリバリー、Hはハイスピードか…
おっと、これは創業者3人の名前の頭文字とな。
1969年にアメリカ合衆国に起こったが、1998年にドイツ傘下となっていた。
日本の郵便局はEMSという国際スピード郵便を扱っているが、なんと日本郵便は2020年5月以来、ブラジルとの航空郵便そしてEMSも中止してしまった。
戦禍のウクライナでも国土のかなりの部分で郵便は機能しているというが…
ちなみにユーザーとしての記憶では、DHLの方が古くから日本でも用いられていた。
1980年代後半のブラジル移住後、日本のテレビ屋さんから急ぎ送ってもらうものに「DHLを使ってください」と頼んだことがある。
日にちがかかって届いた封筒は郵便局の普通の航空便だった。
封筒に発送者が「DHL」とマジックで書いていたけれども。
さて、このDHLはパンデミック禍でも日本とブラジルを結び続けている。
日本から僕宛に送られたものが先週水曜日にサンパウロの空港に到着していることがトレースできているが、そのまま通関でストップしたまま週が明けてしまった。
先方が気を利かせて、こちらの税関でひっかかる日本の味でも同封してくれてしまったのかと気をもむ。
今日の午後、通関を突破したのでこれから配達する、受取りにはサインが必要とのメッセージが入った。
出先から押っ取り刀で帰宅。
アパートの門番が自分がサインして受け取ってあるという。
なんだ、それならこう急がなくてもよかったか。
いつ届くともわからなかったものが、ようやく届いて。
直近の諸々のスケジュールを仕切り直して、この件にかからなければ。
5月18日(水)の記 『暫定措置』
ブラジルにて
朝の気温は摂氏7度。
サンパウロでは今年いちばんの冷え込みとか。
昨日から、メディアでも路上暮らしの人々を気遣う声が聞こえてくる。
当地は亜熱帯。
そもそも暖房設備はないといってもいいぐらいなので、この温度でも相当応える。
午前中、買い物に出ると冷風が目に染みた。
メガネをかけていてもしんどいほど。
道行く人は頭にフードを被っている人も少なくない。
それでいて、半袖Tシャツのガイがいたり。
夜は先週、見逃した映画を見に行く。
このコヤでは今日が最後。
サンパウロでは町なかでのマスク着用は義務ではなくなった。
が、このシネクラブでは今日も2度のワクチン接種証明の提示が求められた。
『Medida Provisória』というブラジルの新作映画。
訳すと「暫定措置」といったところか。
ブラジルの近未来の話。
ブラジルにアフリカから人々を強制連行してきたのは、まちがいだったと国家が認めた。。
そのため、アフリカ系の市民には希望のアフリカの国々に帰っていただく、という大胆な話。
なおもブラジルに残ろうという人たちには強硬手段がとられるようになり…
すごい設定の映画をつくったものだ。
ブラジルではありえそうでありえない事態だが、日本では同様の事態が陰湿に繰り広げられているではないか。
5月19日(木)の記 原稿一致への道程
ブラジルにて
僕としてはソコソコに長い原稿の校正に入らなければならない。
そんな作業にふさわしそうなカフェに徒歩圏で複数の心当たりがあるのだが…
視野狭窄系の僕には、こうした場所では短い作業しかできそうになさそうだ。
わが家でしよう。
ノートパソコンを設置している居間のテーブルは僕が散らかして、空間狭窄になっている。
寝室の寝具を片付けて「文机」を設置することにした。
フヅクエとはいっても、ベッドに寝たまま朝食を並べるような折りたたみの小テーブルだ。
筆記用具は、ゴミ箱は、照明は、資料類は…
と段取りに時間を要す。
いろいろの紆余曲折のあった原稿だが、おかげさまで外れていた軌道にようやく乗っかった感あり。
5月20日(金)の記 ナメクジシンパの言い訳
ブラジルにて
「生身の自分をさらけ出すのを避け、見せかけの殻で全身を覆うカタツムリのような人間が増えているような気がする。
(中略) その昔、殻をぬいだナメクジは、生命体をさらけ出しながら、ゆったり我が道を歩み、地球のあちこちで自在に生きているではないか。」
(『ナメクジの言い分』足立則夫著、岩波書店)
拙稿の校正の都合で、この本をチェックする必要が出てきた。
奥付を見ると…2012年10月に第1刷発行、僕が買ったのは翌11月の第2刷ではないか。
この手の本が発行の翌月に増刷されるとは。
ナメクジならぬスピードだ。
告白すると、座右に置くべきこの本はありかがわからなくなってしまい、何度も往生していたのだ。
言い訳をするとこの本を入手した時期は事情により特に訪日がひんぱんで、その後の引っ越しもあってどこになにがあるのか混乱を極めてしまっていた。
おうここにあったかと再会したのは…、パンデミックになってからの蔵書整理の際かもしれない。
この度、必要箇所のチェックにとどめずに再読してみた。
…、面白い、面白すぎてイッキ読みである。
初読の際に読み流していた箇所がいくつも沁みる。
日本列島のナメクジ相の激変と米軍基地の関係が三沢、横田などの周辺のフィールドワークから推理される件などは松本清張の現代史ものをほうふつ。
そして、ナメクジの巣。
日中のナメクジは、民家の周辺では植木鉢の底などに何匹かが身を寄せ合って潜んでいることがしばしば。
これは殻を持たないナメクジがお互いの体の水分を保つためとみられるという。
進化したものが生きる知恵だ。
芭蕉の弟子の内藤丈草は「ナメクジになり自由を得た」という意の漢詩を遺している。
殻を捨てて得る自由。
あらためてこの語をわが銘としたい。
著者の足立さんとは、知人が紹介してくれて依頼、親しくお付き合いをいただいている。
足立さんが取材で出会った人ひとりひとりと、僕にもしてくれているような丁寧さで接していることがこの本からもうかがえる。
あなたが選んだのではない、ナメクジがあなたを選んだのだ。
5月21日(土)の記 聖リタ祭
ブラジルにて
以前にも紹介したカトリックの聖人・カッシアのリタの記念日は5月22日。
わが家の徒歩圏にある聖リタ教会では20日から三日間、お祭りの出店がある由。
今日は16時にミサもあるので、行ってみる。
聖リタの帰天:没年は西暦1457年。
日本史年表を繰ってみると、日本の年号は長禄。
この年に太田道灌、武蔵江戸城を築く、とある。
伝によると、生前のリタは夫の暴力に苦しめられたという。
その夫は彼を恨む人に殺されてしまい、その復讐にかける二人の息子もなくしてしまう。
リタは修道院入りを望むが、何度も拒まれながらチャレンジする。
ようやく尼寺入りがかなうが…
ある時、聖堂で祈っている時に十字架のイエス像の茨の棘がリタの額に飛んできた。
傷口は化膿して強い悪臭を放ち、いらい帰天までの約30年を彼女は隔離状態で過ごすことになった。
帰天とともに額の傷は消え、今度はバラの芳香を放つようになったという。
今日のミサの神父の説教は聞き取りやすかった。
神父はこの聖リタの臭いのエピソードを掲げて、さらにサンパウロでは身近な路上生活者の糞尿やアルコールの臭いに言及する。
そして十字架の道行きのイエスが放っただろう臭いについても。
ヒトが生きていくということは、悪臭をはなつということでもある。
それをごまかす手段はあまたあれども、その本質はゆるがない。
聖リタはそのことを教えてくれる。
聖リタは「絶望的な状況の守護聖人」とされて当地では慕われている。
それだけ絶望的な状況の、特に女性が多い社会の故か。
ミサ中もマスクを着用したが、外の売店からの焼肉臭に交じって、ふと芳香を感じた。
まさか。
…近くの女性の香水のニオイだろう、というのが合理的な解釈だ。
もっと密なミサでも周囲の人の香水を感じたことはないのだが。
聖堂に居眠りにやってきたらしい路上系の女性の異臭を感じたことは覚えているけれども。
5月22日(日)の記 パンデミックの夢
ブラジルにて
今日もサンパウロ近郊まで遠征。
またあのグラフィティの大ウオールを拝めるぞ。
17世紀の奥地探検隊長にして先住民狩りを繰り広げた人物の名前が付けられた街道を行くのだが…
アプリが異常な混雑を示し、抜け道を示した。
それに乗ると…
狭く坂道しかも両側通行の道はすでに車が詰まっている。
して、今度はこの道でどうやら人身事故。
まるで動かなくなった。
バックで脇道まで下がり…
もうなにがなんだかわからない。
アプリに頼ると、ぐるっと回ってまたこの道に誘導されてしまいそうだ。
大周りをしてふたたび街道に出ると、片側四車線の道を警察がせき止めて、一車線しか開放していなかった。
これは詰まるよ。
だいぶ遅れるが、なんとか家人をピックアップ。
さあ大ウオールだ。
より撮りみどりだが…
これかな。
https://www.instagram.com/p/Cd4w6f8MtcQ/
使い捨てマスクをした、少年か少女か…
フード付きの迷彩ジャケットに毛糸帽。
瞳は青い。
肌は白人系より褐色に近いか。
髪が描かれていないが…
彼ないし彼女は、なにを見つめているのだろう?
階段の先の、ひかり放つ空間か?
バックは夜空か、宇宙か…
例によって現場には長居できないが。
スマホ撮りしたなかから選んでインスタに上げたこの一枚を、飽かず眺めている。
5月23日(月)の記 BIG DOG のシャブ効果をみる
ブラジルにて
ワタクチはこう見えてけっこう人見知り・店みしりが強い。
はじめての店はなかなか入りづらいのだ。
今日もサンパウロ大学構内でグラフィティ探しとウオーキング。
少し時間もあるし、小腹もすいた。
そして、話のタネに…
「日時計広場」の近くにあるBIG DOG の店に入ってみるか。
時間帯のせいか、客用のテーブルの方で店員が座り込んでヒマそうにだべっている。
そもそもはじめての店ではなにがあるのか・何を頼むか、値段はどうか、注文と支払いをどうするのかなどを瞬時に見極めなければならない。
そうそう、飲み物もどうするか。
この店には手に取れるメニューの一覧があって助かる。
あまりオプションがあってもまたややこしいのだが。
まー、上の方のを頼むか。
サンパウロ大学の巨大ドッグというのは僕が移住した30年以上前から知られていた。
移住当初にキャンパスを案内してもらった際に、フォルクスワーゲンのブラジルバスの出店で食べた覚えがある。
以来、ウン10年のご無沙汰。
ビッグドッグに何が入るかを書き出した看板もある。
好みがあるかを聞かれるが、ぜんぶぶち込んでと頼む。
ハンバーガー系の巨大なのはとてもちぎったり嚙み切ったりできずに、口まわりも手もとも悲惨になることしばしば。
そんな時は皿とナイフとフォークを頼むのだが…
おや、このビッグドッグは…
フツーのドッグパン使用、ソーセージもフツーサイズのようだ。
それに缶詰のコーン、グリンピース、ビネガーソース、クリームチーズ、ポテトピューレ、粉チーズなどが満載されているという次第。
素手でなんとかなりそうだ。
お味の方は、これらのものを一緒に食べたという以上でも以下でもない。
そして、意外とさほどの満腹感満足感がない…
飲み物は小さなスチロールコップのカフェラテ。
しめて20レアイス。
円安が激しいため、邦貨にして約500円だ。
ワタクチの懐にはそこそこショッパイ。
こちらのフツーの学生にも食事には物足りない間食で500円はきついだろう。
日本でワンコインあれば話題のシャブ牛丼屋で大盛りがいただけるのではないかな?
紅ショウガとお茶はフリーだし。
別のチェーンなら味噌汁、漬物付きもいけそうな価格だ。
…イヌパンより牛丼の方がいいな…
七味唐辛子もかけ放題だし。
まあこっちでもケチャップマヨネーズマスタードはお好みで使用制限もないけれども。
5月24日(火)の記 出てこいニミッツマッカーサー
ブラジルにて
さて午後になり、「ますらを主夫業」を終えて帰宅に向かう。
さあ今日のグラフィティ採集をどうするか。
出先の駐車場にクルマを置いたまま、徒歩圏で探してみる。
危険地帯を抜けて…
南の大通りに沿って行ってみるか。
はて、この道の名は?
ブラジルは道の角に道路名の表記があるのが普通で、ありがたい。
おう!
「マッカーサー元帥大通り」とな!
https://www.facebook.com/photo?fbid=10225820495914084&set=a.3410845544903
ブラジル人社会の会話のなかでこの人の名前を聞いたことはないと思うけど。
さあ、この道を行こう。
話のタネにはなる。
…ところがこの大通り、グラフィティでは不作不毛…
あまりだらだらしていると、夕方のラッシュにかかってしまう。
妥協のスナップを撮る。
さあ駐車場はどっちの方だ?
マッカーサー元帥大通りを少し外すと、グラフィティの出物がちらほら。
お。
これは街娼のお姉さんか。
マリファナのニオイ。
すぐ脇でバイニンらしき男とストリートのお姉さんたちがもそもそやっている。
そそくさと通過。
少し先では軍事警察のパトカーとMPらが警戒態勢に入っている。
そこそこ渋滞に入るが、ぶじ帰宅。
さあ夕食の支度。
出先でも手掛けていた原稿校正もつめないと。
5月25日(水)の記 永遠の公園
ブラジルにて
午前中にミネラルウオーターの源泉に水汲みに。
道路状況をアプリで調べる。
ほう、意外なルートを示してきた。
ふむ、これでいってみるか。
おや、この道は工事中ではないか。
慎重に、慎重に。
さて、目的地近くまで来て、今日のグラフィティ探しにかかることに。
未知の道にクルマをとめる。
さっそく大通りの向かいにかんばしいものを見つける。
描かれているのはカワセミか。
日本の鳥好きの知人を想い出す。
絵全体は横長すぎるけど…
付近を少し歩いてみる。
おや、柵越しに緑地というか藪っぽいスペースがある。
なんだろう、学校か?
ひょっとして、公園?
なかなか入り口が見つからず、柵沿いに歩く。
おお、公園ではないか。
「子羊公園」か。
陽はさんさん、園内で大勢の作業員が清掃等にあたっていて、なんだか安心。
付近は中の上以上クラスの住宅街で、子連れ、年配の利用者が三々五々といるが、ヤバさがない感じ。
遊具、運動器具の他に遊歩道も整備されている。
藪っぽいところを歩く。
境の塀に、文字が書き込まれている。
Você faz valer nesse instante aquilo que o tempo chama de eternidade. https://www.instagram.com/p/Cd_3IiSve3t/ …なんだか、奥深いぞ。
ざっと訳してみると、
「この瞬間は あの永遠と呼ぶ時間とおなじ価値がある。」
といったところか。
なるほど、いいではないか。
薄暗く狭い小径の途中でそこそこウオーキングの人もやってくるので立ち止まっているとわれながら不審。
あとでこのフレーズを検索してみるが、ずばりそのものは見当たらない。
公園内の別のところで境にしている丸太を返して、ナメクジに出会う。
おそらくヨーロッパからの移入種のコウラナメクジ系。
飛び跳ねるミミズにシロアリ。
いい場所を見つけた。
こんな場所が欲しかった。
徒歩圏にあればねえ…
公園内の公衆トイレも利用してみる。
清潔で安心感あり。
やればできるぞブラジル。
5月26日(木)の記 モネとアマゾンブラジルにて横浜の伊藤修さんとメッセージを交わす。
伊藤さんは、伊豆大島の富士見観音堂の堂守でもある。
伊藤さんは、横浜のシネマ・ジャック&ベティの階下の大道で肉を焼いて伊豆大島への交通費と観音堂の維持費や修繕費等を捻出している。
地元の多国籍の人たちにも評判の伊藤さんの焼肉を買って食べて、伊藤さんの活動を応援しよう!
午前中は近所の邦人女性と茶飲み話。
午後は週末のオンラインイベントに備えて散髪。
隣駅前まで歩く。
大手新聞社FOLHA DE S.PAULO社が宣伝を繰り広げる『巨匠画家コレクション』シリーズ第二巻の「モネ」がもう出ているはずだ。
わが家の近くの新聞スタンドを何軒もまわるが、いずれにもない。
そもそもどこもあまりやる気がうかがえない。
もとはアマゾン移民の邦人の営んでいた至近のスタンドで第一巻の「ゴッホ」を買った。
続けてそこでと思っていたが、「出た?」と聞く度にいやな顔をされるようになった。
まるでこっちがタダでなにかをよこせとでも言うのならともかく。
「お客様は神様」などとは思わないが、せめて対等でありたい。
隣駅前の大きなスタンドなら…
あるある。
他では売り切れの「ゴッホ」も何冊もある。
ゴッホとモネがこれだけ並んでいると美しい。
店のおっちゃんも他店とは比べものにならない感じのよさ。
袋を二重にしてくれて「明日の金曜には次のが出るはず」と教えてくれた。
スタンドの前には手ごろなカフェもある。
これからはここにしよう。
カフェでモネを開く。
冒頭の、ポルトガル語題を直訳すると『緑を着た婦人』(1866年)からしていい。
黒バックに黒の上着。
なるほど、あの絵はこれの影響か、と合点がいったり。
中ほどの訳すと『アトリエ船』(1874年)に息を呑む。
伊藤修さんを伊豆大島の堂守になる発心をさせることになった拙作『アマゾンの読経』のなかの光景と重なるではないか。
調べる。
この絵は日本語では『アトリエ舟』などと呼ばれているようだ。
場所はパリの北西約10キロ、セーヌ川右岸のアルジャントゥイユという場所。
モネは自分のアトリエ舟を持っていたのだ。
アマゾン奥地とパリ近郊が重なるとは、おったまげ。
モネといえば…
僕がフリーになってからの最初の放送作品『すばらしい世界旅行』「ブラジルの心霊画家」で「登場」してくれていたではないか!
心霊画家の故ルイス・ガスパレットさんのからだを使って「霊界のモネ」は見事な手法で「赤富士」を描いてくれた。
パリでもサンパウロでも現物を見ているし、モネは初めてではなかった。
「おかえり、モネ」。
5月27日(金)の記 ろうそくを買いにブラジルにて午後には気になる書籍の買い出しと展示会まわりのつもりでいた。
しかし、古新聞等、身辺が雑然として来て、家族にキレられるリスクを感じ。
遠出は控えて、古新聞のチェックにしばし取りかかる。
さて、そろそろロウソクが入り用だ。
聖ジューダス教会の売店に目を付けていた。
明日が聖ジューダスの縁日で、その時にと考えていた。
が、かなり混雑しそうなので今日のうちに買い出しに行っておく。
色付きのロウソクの色は、どれぐらいあかりに影響するのか見てみたい。
教会付属のロウソク灯しスペースに立ち寄ってみる。
が、ここは白のロウソクばかり。
それでもここは異空間。
それぞれのロウソクは、どのような想いで灯されているのだろう。
5月28日(土)の記 ハンバーガーの日ブラジルにて5月28日はハンバーガーの日、とインスタグラムで近所のハンバーガーショップから流れてきた。
どういう由来でこの日なのだろう?
ポルトガル語で検索してみると、ハンバーガーの起源についてはいろいろ出てくるが、ハンバーガーの日の由来は見当たらない。
英語で調べてみる。
アメリカ合衆国でもこの日がハンバーガーの日と知る。
だが、こちらもその由来についての記載は見当たらない。
日本語だと…
あれ、日本は7月20日がハンバーガーの日とな。
これはあちこちに由来が書いてある。
西暦1971年のこの日に日本マクドナルドが銀座三越に第一号店を開催した故。
夜、家族で近くにオープンしたハンバーガー屋に行ってみる。
オーダーを取りに来たあんちゃんの口臭が気になった。
外で他人の口臭が気になるのは久しぶりだ。
…先方はマスクを着用していなかったのだろうな。
ニオイは覚えていても、先方のマスク着用の有無を定かに記憶していない情けなさ。
この店、まだほかに客のいないカウンターの方からタバコ臭さが漂ってくる。
オーナーらしき人にハンバーガーの日の由来を聞いてみるが「コマーシャルのもんでしょ」との返答。
そういうのを気にするこっちが問題なのだろうか…
今後、あまりすすんでは来たくない店だ。
5月29日(日)の記 竹の力ブラジルにて今日は当地の午前4時半にZoom入室。
水戸の手打蕎麦処にのまえさんでの拙作上映会。
メインはこれが初公開の最新作『ブラジル竹取物語・序章』。
この作品にはそもそも店主の眞家(まいえ)さんが乗ってくれている。
参加者各位からも熱く興味深いコメントと知見を聴かせていただいた。
日本国で然るべき期間を過ごした方なら、都市生活者でも竹にはなにかしらの思い出、一家言があるとみたが…
いまの「ヤング」層だとどんなだろうか?
開始前にこの作品の主人公の「愛竹家」橋口博幸さんや僕に影響を与えた民俗学者の故・宮本常一の話もしようと思い、画面でお見せするために急きょ関連書籍を引っ張り出す。
トークの途中で数年前に日本の、これも奇遇だったがこの作品のもう一人の主人公の佐々木治夫神父の故郷の浜松で竹を利用したフルコース料理の集いに僕が参加したエピソードなども添える。
わが故郷の目黒も日本のタケノコ栽培文化のなかでは京都と並んであげられる地なのだ。
実際に土をいじらなければ鍬も持たない僕にはその理屈がよく呑み込めていないままなのだけれども。
にのまえさんでの上映参加者はそれぞれ独自の人生と教養、知見を備えておられる。
店主からはご当地にふさわしく水戸黄門の杖はホテイチクという知見が提供される。
そもそもテレビの水戸黄門をほとんど見た記憶のない僕にはこの話題にはついていけなかったのだけれども。
竹がらみでは、例えばメンマについてだけでも、けっこうおもしろいのだ。
おう、参加者から「あの戦争」がらみの話も出てきた。
「タケノコ神学」というネタもある。
まさしく日本の竹林の地下茎のように話は広がり、つながっていく。
5月30日(月)の記 大学の老兵ブラジルにて急な事情が生じる。
「ますらを派出夫」業、今週は二泊となる。
さて行きに恒例となったサンパウロ大学構内めぐり。
いままでの「点」が線で結ばれ、面となっていくのが面白い。
コミュニケーション・アート学部あたりでグラフィティを探してみる。
「映画・テレビ学科」「ジャーナリズム・編集学科」など、僕の興味と仕事に近い学生たちの場。
何人かが立ち話でそれっぽいことを話している。
…正直、どうもこういうのが苦手。
僕はマスコミを志望しつつ、大学では考古学を選んだ。
うまく説明ができないのだが、それでよかったと思っている。
ギョーカイ系の専攻に進めばその方面の一人者とダイレクトで接し、学友らとのコネと情報もその方面も仕事に就くためには圧倒的に有利だろう。
まあ、僕には何か違うような気がして。
パンデミック以降、日本の「そっち方面」の学生相手にオンラインの講座を何度か行なっている。
受講した学生から、自分は大学でのグループでの制作になじめず違和感を感じ、疎外感にさいなまれているのだが、という相談のメッセージをもらったことがある。
僕には身に染みてよくわかる気がする。
ひとりでも、ひとりだからできることもある。
5月31日(火)の記 スーパーという名のスーパーブラジルにて出先で、歩いてみる。
先の方にあった日本食材店らしきものに行ってみよう。
先日、大通りの向かいから見て「mercado produtos japoneses」という表示が見えた。
「日本製品マーケット」といった意味だが、店名らしきものは見当たらなかった。
ほう、けっこう広い店ではないか。
日系人が多く競争もあるわが家の近くよりは全般的に値段は高いけれども。
リクエストのあった「さつまあげ」をゲット。
この店にもあった味噌味のリングイッサ:ソーセージも購入。
レジで会計をして。
視界の範囲では店名がわからない。
レシートには日本風の苗字と「オリエント製品」の語があるが。
レジの日系のお姉さんに店の名前を訪ねる。
質問の意味が伝わらないようだ。
レシートにある日本名や「オリエント」の語が店名かと聞いてみる。
店の名は「スーパー」というではないか。
…
おそらく日本に出稼ぎに行って、日本で近所のこうした店を「スーパー」と呼ぶのを踏襲して店名にしたのだろう。
語源の「スーパー」はスーパーマーケットから来たSUPERだが…
あとでこちらのネイティヴからこの店はSUUPAAだと教えてもらう。
日本人の「スーパー」の発音をポルトガル語表記にするとこうなるか。