7月の日記 総集編 ヤマカル柱 (2022/07/03)
7月1日(金)の記 葡萄の匍匐 ブラジルにて
今日のタイトルを考えていて…
そもそも「ぶどう」という言葉がヤマト言葉っぽくないなと思う。 検索してみて驚いた。
ぶどうは、古く中国から渡来した植物で、漢語の「葡萄」に由来する。 漢語の「葡萄」は、中央アジアのフェルガナ地方(現在のキルギスタン・ウズベキスタン)の言語で「ぶどう」を意味する「budaw」を音訳したものである。 この語はギリシャにも伝わり、ギリシャ語では「bortus」という。 『語源由来辞典』
この栽培植物はわがブラジルでも広く栽培された。 今日、訪ねる場所は Vinhedo、ずばり「葡萄畑の拡がるところ」といった意味である。 サンパウロ市から100キロ圏内。
ヨーロッパからやってきた親類夫妻に近郊旅行をアレンジして運転手役を務めることに。
町の郊外にある宿は値段も手ごろ、なかなか趣味もよろしい。 夜は宿でおすすめのオステリアに行ってみたが…
ワインのメニューの金額にぶったまげる。 僕が家族との外食で頼むようなのより、ゼロがふたつ多い金額のものがぞろぞろ。 しかも葡萄畑にワイン醸造所もある町で、ブラジル産のワインを置いていない。
いずれにしろ僕は運転手なので、乾杯で口を付けた程度。 今宵の勘定は向こう持ちとなった。
組み合わせ料理だと値段が同じだというので、一度食べてみたいと思っていたトリュフを用いたものを頼む。 ウルグアイ人のギャルソンは、今日だけトリュフが切れているという。
イタリアキノコのトリオというのは? と聞いてみる。 チータケ(シイタケ)が筆頭にあがった。
ナメてもらっては困る。
他のメンバーはおいしいを連発していたが、うーむ。
7月2日(土)の記 ベネジクトとグレゴリオ ブラジルにて
Vinhedoの町にあるベネジクト会の修道院でグレゴリオ聖歌のミサがあるという。 今日は午前6時半からの由。
午前6時に宿を車で出る。 冬の日の出は7時前なので、まだ闇の世界。
明るくなってからわかったが、この修道院はかなりのモダン建築。 ミサの前から修道士たちがグレゴリオ聖歌らしきものを唱えていた。 午前4時半からいのりの活動が始まっていたようだ。
ミサの聖体拝領の際、とても美しいシーンを見た。 目で追うと、そこに朝日が差した。 泰西宗教画の逸品をみる思い。
サンパウロ市の中心部にベネジクト修道会の本部でもある荘厳なカテドラルがあり、そこでも早朝にグレゴリオ聖歌を伴うミサがある。
今回の親類旅行のなかにかつてグレゴリオ聖歌グループに所属していたというのがいるが、言わせると今日のこれはちょっと違っているとのこと。 どこがどう違うのかというのはざっと聞いても頭に残らなかった。
ミサ後に、修道院内の売店がもう開いていた。 かなりこじゃれていて、品ぞろいも多い。 修道院でつくられたパン、ビール、ジャム類等々。
かつては品数も限られていたが、パンデミックを迎えて工夫していろいろな新製品を開発した由。
『聖ベネディクトの生涯と奇跡』というポルトガル語訳の小冊子を買う。 著者はグレゴリオ聖歌の名のもととなった教皇グレゴリウス一世、西暦6世紀の著作。
7月3日(日)の記 ヤマカル柱 ブラジルにて
この方面には日本にエキスパートが少なくないようで、うかつなことは書けない。
サンパウロ市北方にある今回の宿に到着してまず目についたのが、サボテンの巨柱にして古柱。 (こういうのをサボテンの木質化と日本語で言うと、あとで知る。) 庭には人の手がかかっているとみられるサボテンもいくつか小ぎれいに植えられていた。
敷地内に残された藪の小径のなかでよく見てみると、野生とみてよさそうな生育の優れないサボテンがあった。 はるか北方の乾燥地帯のものの種子が鳥によって運ばれたのだろう。
チェックアウトの際に宿の人に聞いてみると、食用の果実をつけるもの、一夜の花を咲かせるものなど何種類も自生している由。 僕が cacto というサボテン全体をさす言葉で尋ねると、mandacaru という言葉が返ってきた。 そうか、あの巨柱がマンダカルーか。
帰宅後に検索。 mandacaru、ブラジル原産のサボテンか。 学名Cereus jamacaru から日本語でも検索してみる。
ほう、ヤマカル柱と祖国では呼ぶのか。 ヤマカルは学名のスペイン語風日本語読みだな。
この種名jamacaru は当地の先住民のトゥピー語に由来している。 南米先住民の言葉が日本語になっているのもいくつかあって面白い。
昨今、もっとも使用頻度が高いのはタピオカだろう。 他に、グアラナ、等々。
このサボテンについてみていくと、ずばりハシラサボテンという和名もあった。
タケだけ見ているより、サボテンも合わせ見た方が僕には面白い。 日本で近年、ブラジル原産のものも含むエアープラント類も静かなブームと聞く。
うわついたものより、まず柱の部分をしっかり押さえなければ。 トゲに用心しながら。
7月4日(月)の記 アマゾンの吃音 ブラジルにて
さあ小旅行も終えて、新しい週だ。 ありがたいことに近々の日本からのオンライン上映仕事をいくつかいただいている。
上映予定作品でまだデータ化していない作品もあり、その作業を再開。 もとの素材の劣化や作業のトラブルもあるので、ひやひや。 今日ようやく8月6日上映用の「ヤノマモ」の素材データ化の見通しがついたので、これを解禁しよう。
この日の上映のテーマは「8月6日・被爆者と大アマゾンの先住民」。 誰も追随の気配もなさそうなテーマだ。
僕は広島と長崎で被爆した後、南米に移住した人たちの証言を記録してきた。 そのなかにはアマゾン流域に移住して、被爆者として名乗り出ることもない人たちもいた。
この上映のための告知用の画像が欲しい。 ありものの写真では追いつかないテーマだ。
在日本の畏友・伊藤修さんに頼んでみることにした。 今日のタイトル「アマゾンの吃音」は伊藤さんがかつて日本で開いた個展のタイトルだ。 伊藤さんは横浜生まれ。 「東京造形大の彫刻科を除籍後、漆芸を学んだ」(ご本人による履歴)。 その後いろいろあって、若くして大アマゾンに移住した。 現地で家庭を持ち、家族とともに日本に引き揚げてきた。
伊藤さんのあゆみは奇想天外に面白い。 さる出版社の持ちかけで自伝を書いたものの、先方の都合でまだ日の目を見ておらず、もったいない限り。
これまでいくつか伊藤さんに拙作のイメージ画をしたためていただいている。 伊藤さんが話をすると、そのバックグラウンドを知らない人にはわかりにくいことがしばしばのようだ。 伊藤さんは現在、横浜のシネマジャック&ベティの階下の路上で焼き肉の焼き売りをして日銭をえているが、これがお世辞抜きにおいしい。 伊藤さんは料理やアートといった言葉のロジックではないところに異能を発揮する人なのだ。
伊豆大島富士見観音堂の堂守も買って出た伊藤さんがお取込みのことは承知のうえだったが… 伊藤さんは僕の申し出を快諾して、やってみましょう、ということになった。
そして先週、届いたのがこの作品。 息を呑んだ。 https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10226066530784802&set=a.3410845544903&type=3 ¬if_id=1656959380326897¬if_t=feedback_reaction_generic&ref=notif
やはり伊藤さんはイメージの人、アーチストだ。 すごいものをプロデュースした喜び。
7月5日(火)の記 フマニタス25+20 ブラジルにて
『ヤノマモ』のデータ化作業は完了。 引き続き『フマニタス』のデータ化に着手。
最初の段階でトラブルに遭遇… 試行錯誤のうえ、よく原因も解決方法もわからないまますすめてゆく。
『赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み』の初版完成は西暦2002年。 今年はちょうど20年の節目ではないか。
当時はいまだDVDの普及が不十分で、VHSのビデオパッケージとして完成させることが目的だった。 昨今ではDVDというメディアも色あせてきてしまった。 さて、当時のテレビモニターと、昨今のパソコン等の液晶モニターでは可視範囲がひと回りは違う。 いまの方が広く見えるのだ。 そのため写真など資料を撮った映像はビデオカメラのファインダーでの可視範囲を超えた「フレーム外」の部分まで見えてしまう。
さらに当時は自分では映像のカット編集のみが可能で、細かい画像や音声の調整はビデオスタジオでのオペレーターさん任せにしていた。 いまの僕には微妙な部分で引っ掛かってしまう。
素材とシステムの都合でいじれる範囲は限られるが… できる範囲でいじって直すか。
とりあえず8月のオンライン上映はもとの素材をそのままデータ化したものにとどめておいて。
あーこうして「よけいな」作業を増やしていくので、今週から再開しようと思っていた撮影はまた少し先送り。
完成させて何十年も経つ自画に手を加える画家の気持ちがわかる。
7月6日(水)の記 佐々木神父のことば ブラジルにて
20年前に初版を完成させた『赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み』の微調整作業に入っている。 この拙作のなかで僕はフマニタス慈善協会に関わる人たちに「あなたはフマニタスと関わってご自身が変わりましたか?」という質問を繰り返している。
テレビドキュメンタリー『すばらしい世界旅行』のスタッフディレクター時代の「イグアスの滝」の撮影素材を試写した御所の編集者から(僕が滝を訪れた世界各地からの観光客に)「同じ質問ばっかりしやがって」となじられたことがある。 この人と僕は作ろうとしているもの、見よう知ろうとしているものが根本的にずれていたのだろう。 そもそもこの編集者は本業以外での無理がたたっていたようで、試写中に居眠りしていることがしばしばだった。 この人がなにかを見よう知ろうとしていたかどうかも不明だが。 テレビというメディアの問題を考察するヒントにはなりそうだ。
まあこの先は8月7日のオンライン上映会で少し語ろうと思う。
今回の作業で新たに気づいたことは、佐々木治夫神父の言葉遣いだ。 たとえば佐々木神父は「土地なし農民」という言葉を使わない。 会話のなかでも「土地のない人たち」ときちんと言っている。
このことは昨今、話題になっている映画を早送りで見る風潮とも関わってきそうだ。 通ぶって略語を使うことで斬り捨てているもの、偏見を助長しているリスクに敏感でありたい。
在日韓国・朝鮮人を「在日」と総称することで、在日のそれ以外の出自の人たちの存在が見えにくく、あいまいになってしまう。 「北朝鮮民主主義人民共和国」を「北」ですませてしまうことなど、食用菊なみの「もってのほか」だと思う。
佐々木治夫神父は現在、齢93。 お歳相応の身心のコンディションの波はあるようだが、ちょうだいするメールはコピペ無用の、神父さんが懸命にキーボードを叩く姿が目に浮かぶような、まさしく作品だ。
佐々木神父にはポルトガル語からの訳本はあまたあるが、ご自身の著作がない。 ぜひご自身の歩みをご自身で、とお願いしても「自分がかくのは恥だけで十分です」とはぐらかされてしまう。 もっとも教祖イエス自身がひとりで地面になにかわからないものを描いていたことは知られていても、自著の教えを遺しているわけでもないのだが。
言葉を大切にすることは人を大切にすることだと、今度の微調整作業のなかであらためて佐々木神父から教わっている。
7月7日(木)の記 万人のポルチナーリ ブラジルにて
Candido Portinari。 ブラジル人の発音を聞くと、僕の耳には「ポルチナッリ」と聞こえる。 検索すると「ポルチナッリ」という日本語表記も少なくないが「ポルチナーリ」の方が多いようだ。
「ブラジルの国民的画家」と書こうとするが… 「国民」の定義もいろいろで、その国の国籍を有する人、というのが多い。 そうなると僕は「ブラジル国民」から除外されてしまう。
まあ僕など除外されても「ポルチナーリ」がブラジルの「国民的画家」であることは揺るがないだろう。
今回の展示はそんな僕の思考を超えたテーマを打っていた。 PORTINARI PARA TODOS。 拙訳では「万人のポルチナーリ」。 そう、ポルチナーリはブラジルの国民的画家を超えて、万人の画家。
いっぽう在日本のブラジル通の人たちはどれほどポルチナーリに通じているだろうか。
サンパウロでのこの展示、「最終週」に入ったとの告知にあせり、思い切って都合をつけて午前中から繰り出した。 メトロと電車を乗り継いで、初め手の場所にわくわくと、いささかのびくびく。
「ポルチナーリの庭」展は満員締切りだったが「万人」展には入ることができた。 貸し切りバスでのグループ、学校グループでごった返し。
21世紀流の展示とのことで、ヴァーチャル、ゲーム感覚のものが多い。 大広間の360度の多面スクリーンでは音楽に合わせて踊っている母子、中学生ぐらいの若者もいた。
日本にこんな「国民的画家」がいるだろうか? ブラジルの歴史、カトリック的宗教画もあるが、ブラジルの民衆と子供そして先住民、動植物もしっかりと描かれている。
来月、一周忌を迎える画家の富山妙子さんを想う。 富山さんが船旅でブラジルを訪れた西暦1962年にポルチナーリは亡くなった。
富山さんとのお付き合いにはいろいろなハードルがあった。 お招きに応じて富山邸にうかがった僕にまずは「ポルチナーリ」というお題。
その少し前に僕はポルチナーリにやや常軌を逸した時間をかけていたので、これはクリアー。 その後、藤田嗣治を巡って富山さんの誤解でキレられるということもあったけれども。
さて、21世紀流のヴァーチャル展示もよろしいけれど。 僕には実物に接して、あるいは画集をじっくりと眺める方がよろしいな、と再確認。
ゴッホのヴァーチャル展は僕の懐には厳しいお値段だし、上記の理屈から見合わせよう。 ゴッホのヴァーチャルは黒澤映画だけで満腹。
7月8日(金)の記 古都暗殺の日に ブラジルにて
深夜、ノートパソコンが開きっぱなしだったので… ざっと確認してから閉じようとして。
安倍元首相が選挙応援先の奈良で暴漢に襲われたとの報。 凶器は散弾銃。 元総理は心肺停止状態。
いっきに目が覚める。
カルト宗教絡みか。 被害者の容態、使用武器などの情報はどんどん変わっていく。
「心肺停止」とは死亡が医師の不在等で確認されていない状態、と認識していたが… 数時間後に「重体」との報。 そこまで持ち直したのか。 あの人が殺害されたのと生きているのでは、だいぶこちらの受け止め方も変わる。 すでに自作自演説もネットに出ている。
が、こちらの日の出前に死亡の報。 …思いは、様々。 僕が在外選挙で投票済みの10日に控えた日本の総選挙はどうなるのだろう?
こういう日は、どのように過ごすべきか。 粛々と、いましている作業をするべきだという思いと。
こういう時こそ、アートのちからを借りたい、試したいという思い。 二駅先の Lasar Segall美術館まで歩くか。 僕のお気に入りのアーチストのお気に入りの美術館。
Lasar Segallはリトアニア生まれのユダヤ人。 西暦1923年からブラジルに拠点を移し、ブラジルの国民的画家となる。 美術館ではブラジルの近代アート100周年にちなんだ彼の作品展が行なわれていた。
邦訳すると『リオの風景』と題された作品に目を留める。 現在のリオの風景、と言われても通用しそうだ。 制作年は…西暦1926年。
ずっと気がかりなことと併せて考えて、計算してみる。 うわ。 ちょうど90年前ではないか。
ブラジルを愛して移り住んだリトアニア生まれのユダヤ人アーチストがこのリオを描いてから、90年後。
リオオリンピックの閉会式にサプライズとして「アベ・マリオ」が登場した。 それから6年を経ずして彼は日本の古都で暗殺された。
「アベ・マリア」はブラジルでの感嘆詞のひとつ。
7月9日(土)の記 冬のパッション ブラジルにて
わが団地群の敷地の裏の道に果物の出店を出しているあんちゃんと顔見知りになった。 値段も手ごろで、そうまちがったものにあたった覚えもない。
前を通るからには何度かに一回はなにかしら買うようにしている。 生活に果物があった方がいいし。
今日は洋ナシを買おうと思うが、想定以上の値段だった。 パッションフルーツの方が安いので、パッションを買う。
ブラジル南東部が原産というが、どのあたりになるのだろう。
僕のパッションフルーツの消費は、もっぱら蒸留酒の割りものである。 今日はジンとウオッカで試してみた。
包丁を入れるにつけ、この厚い皮は何かに使えないかと考えてしまう。 レシピを見てみると…砂糖漬けか。 電子レンジ使用とあるが、うちにはありまへん。
お、漬物というのもあるぞ。 週明けの断食のあとでつくってみようか。
パッションフルーツの実そのものは肉のソースにするというのが面白そうだ。
7月10日(日)の記 こめの名は ブラジルにて
今日はヴィジターもある由。 昼は何にしようか。
開封済みのブラジル産モチ米が二袋もあった。 消費しないと… あれをつくろう。 「あれ」の名称は… 自分のイメージでは「山菜おこわ」なのだが、山菜は入っていない。 そもそも「おこわ」の語が家族に理解されていないようだ。
モチ米と、鶏肉、ヒジキ、キノコ類、ニンジン、緑野菜などを炊き込む。 五目炊き込みご飯か。 検索してみると、関西だと「かやくご飯」という語がある。
奈良の容疑者は、かやくをどこで手に入れたか、というのは別の話。
いずれにしろ作成者による然るべき名称を設定しないと。 モチ米と鶏肉使用は必須なので、そのあたりからの名称を考えるか。
おっと、油揚げを買い忘れてしまった。 うーむ、また買いに出るか…まあなしでやってみよう。
日本でいただいた祝島産のヒジキ、こちらの東洋人街で買った中国産の乾燥キノコを使用。 あとはブラジル国産だろう。
モチ米のレシピはネットで見ると千差万別、真逆の記載もあり。 ま、テキトーにやろう。 これまでご飯の炊き色にムラができたり、ご飯がこわかったといった「やや失敗」の体験もある。
さてさて。 テキトーにやったが、薄味嗜好の高齢者にはちと味が濃かったかな、という程度の問題点。
中国産の紅ショウガとともにおいしくいただく。
7月11日(月)の記 20年目の再編集 ブラジルにて
初版完成から20年目を迎えた拙作『赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み』。 これまでの上映活動で、もっとも上映されてきた作品のひとつだ。
日本からオンラインでの上映リクエストをいただき、まずは作品のデータ化作業を行なっていた。 いまの僕の目と耳と編集システムで見返すと、手直ししたい部分が少なくない。 とはいえ初版完成当時からシステムが何回も変わり、修正がむずかしい部分も多々。
とりあえず8月のオンライン上映のための素材を作成して納品して… あらたに改正版を作成する作業のヤマ場。
新規に修正を加えた箇所は、僕以外にはわからないところばかりだろう。
そのなかで、2か所、僕としては逡巡の末に思い切って改変したところをメモ代わりにあげておこう。
1.ナレーションの一部カット 撮影現場での強風などの雑音かと思い込んでいたのだが… 東京のビデオスタジオでの録音時の電気的らしいノイズが一部にかぶっていたことに数年前に気づいてしまった。 時すでに遅し。 (ちなみに昨今はこうしたトラブルに備えた対策を何重にも行っているのだが。) 別の個所のナレーションの一部を抜き出してはめ込むことを考えたが、かえって違和感が生じそうだ。 雑音ナレーション部分をカットして、オリジナル素材からノイズのない現地音をこの部分に被せることにした。
2.使用音楽のタイミングのずらし 「ここいちばん」の音楽が聞こえてくるタイミングが微妙に遅い。 いろいろやってみて、3分の一秒程度、ずり上げることにする。
まあこの辺までの作業にしておこう。 初版以来、いろいろいじってきた。
この作品の上映を巡ってもいろいろあったなあ…
7月12日(火)の記 『独裁政治とは?』 ブラジルにて
近所にあるお気に入りの絵本カフェで、ざっと直訳すると『これが独裁政治だ』という絵本を見つけた。 日本円にすると1500円近くになるので、買い控えていたが、感ずるものあって7月6日に思い切って買った。 https://www.facebook.com/photo/?fbid=10226076885203656&set=a.3410845544903 ¬if_id=1657781523420436¬if_t=feedback_reaction_generic&ref=notif
原本はスペインで西暦1977年に発行されたもの。 僕が買ったのはポルトガル語訳だ。 読み始めて、戦慄。 日本の安倍政権以降のこととまるで重なるではないか。
読後まもなく、7月8日の西大寺暗殺事件が発生。
この絵本は日本でも西暦2019年に宇野和美さんの訳で『独裁政治とは?』のタイトルで、あかね書房で発行されていることを知った。 https://www.akaneshobo.co.jp/search/info.php?isbn=9784251014320&fbclid=IwAR0Sg0c3L7IDUycSeFpdq1-pj6gThDywCgeDFtEPgD3NSoFAP2jXdSgPSZg
そしてその宇野和美さんから上記の拙フェイスブックの記載にメッセージをちょうだいした。 新たにいろいろなご教示もいただき、ありがたい限り。
このシリーズには民主主義をテーマにしたものもあるようだ。 現在の日本の選挙制度への疑問、そして安倍元首相暗殺事件のあとの日本政府の動きから、民主主義とは何かをベースから確認したくなった。 まずは、国際的な名著の絵本から。
この本は『民主主義は誰のもの?』のタイトルで、これも宇野和美さん訳・あかね書房から出されていることを知る。 https://www.akaneshobo.co.jp/search/info.php?isbn=9784251014313
民主主義は誰のもの? 祖国がカルト宗教のツボにはまる前にワクチンとして読んでおきたい。
7月13日(水)の記 火の用心 ブラジルにて
わが家での撮影を細々と再開している。 今度は火を使っているので、細心の用心をしないと。
先日、日本から派遣された仏僧と話をした。 お寺でいかに灯明からの失火が多いかをうかがった。
火の用心。
そういえば… かつて、第二次大戦前にブラジルに移住した人たちの話を聴いていて。 自分の家が火事を起こしてしまい、それが原因で村にいたたまれなくなってブラジルに移住した、という人が複数いたことを想い出す。
油断大敵。
7月14日(木)の記 ドガのあくび ブラジルにて
日本の秩父地方で農民たちが武装蜂起した頃… パリでアイロンかけを生業とする女性は赤ワインの大瓶を片手に大あくびをしていた。
ドガのこの作品の日本語題は『アイロンをかける女たち』。 西暦1884年から1886年にかけての作品の由。
サンパウロのFOLHA社が週一で刊行を始めた「世界の巨匠画家シリーズ」ドガの号を購入。 この絵は恥ずかしながらノーマークだった。 「あくび」が著名なアートのシーンとなっている例は、これまた寡聞にして思い浮かばない。
明日、といってもこちらの午前一時台。 日本の友人がコマを持つ神戸の大学の授業にて、オンラインにて一席設けてもらった。 ちょうど西大寺暗殺事件から一週間の時間帯。
それに備えて午後三時台から夕食の準備。 僕だけアルコールと共に先にいただいて、早めに横になる。
眠りは極めて浅いけれども。
7月15日(金)の記 深夜授業 ブラジルにて
日本の大学で教鞭をとる友人のはからいをいただいて。 関西の大学と結んでのオンラインの授業と上映。 時差12時間。 当地午前1時45分スタート。 浅い眠りから起床して1時ごろから準備。
以前にもこの大学の学生たちを相手にオンライン授業をさせてもらっている。 上映のテーマの話より、ブラジルの食べ物の話に食いついてきた感があった。それを受けて、今日はその方面からブラジルと多文化多様性を語り始めてみることにした。 ブラジル産カップヌードル、ブラジル産の「略奪」と漢字で書かれたサケ、等々… 先方は教室にまばらに集まっているので、こちらからリアクションはうかがえない。
上映作品は『四万十川からブラジルへ ナゾの巨大トンボを発見!』。 四国高知の「トンボ王国」の杉村光俊さんによると、昨今の日本の子供たちはトンボを怖がるようになっている由。
…なんたって英語じゃDragon-fly。 美しい日本、アキツシマはどこに行った。
学生さんたちが僕の見える範囲ではひと通り白いマスクだというのも僕には異様。 それを指摘すると、担当教官が薄ピンクの女子学生、黒マスクの男子学生もいることを教えてくれた。
そうそう、今日は西大寺暗殺事件からちょうど一週間。 今回の授業タイムは安倍元首相が銃弾に倒れたもののまだ「心肺停止」だった時間帯。
上映後、教室の担当教官が神戸とブラジルの日本人移民の話などを補足。 学生からの自発的な感想や質問はなく、教官が指名すると、ようやく出てくる。
最後に... 「自分にはドキュメンタリーを作ってみようという気はまるで起きない。 いったい、なにをよろこびとしてこういうことをしているのか…?」 ほう。 どのレベルのこたえをするか…
自分は好奇心で生きているようなところがあり、自分が驚いたこと、面白いと思ったことを仲間に伝えたいという思いがある。 そもそも、その問いは、僕は、ヒトは、なぜ生きるのかという問題でもあり、僕にとってはその模索のプロセスがこれらの作品ではないかという思いがある。
といったことをとりあえず話しておく。
学生さんたちは今日で授業はオシマイ、明日から夏休みの由。 日本の夏休みといえば…
安倍のマスクは捕虫網に使えるだろうか? はじめから虫が入っていたか。
7月16日(土)の記 廃スタンド萌え ブラジルにて
今日は午後から家族の用事でクルマを出す。 その帰りに撮るか。
今日のグラフィティ、一日一点のインスタグラムアップ。 あのポストにするか。 こちらでポストと呼ぶのは、ガソリンスタンドのこと。 日本だと略してスタンドか。
大通り沿いの廃ガソリンスタンド。 いつのまにか営業をやめて、廃屋となった建物のあちこちにグラフィティが描かれ始めた。 いつ全面取り壊しとなってもおかしくない段階。
それにしても、あちこちにあるガソリンスタンドはけっこう移り変わりが激しい。 地方の街道を行くと、いい感じで植生に埋もれていっている物件をしばしば目にする。 廃墟ファンにはたまらないことだろう。
さてこの廃スタンド。 すでに写真を撮っているが、光線具合があまり面白くなった。 おう、廃墟はまだあり、西日がいい感じであたっている。 https://www.instagram.com/p/CgFmnzbPfFE/
深入りしたい誘惑にかられるが… 何者が潜んでいるとも知れず、なにかあっても逃げ切れそうな場所にふみとどめておく。
7月17日(日)の記 サケをわれないわりきれなさ ブラジルにて
家族の運転手業務を終えて、帰宅が正午直前。 いまからでも、路上市に行ってみるか。 魚屋でブリをすすめられて「小ぶり」なのを買う。 ほかにズッキーニやバナナ、白菜…
晩酌ならぬ昼酌はじめるべし。 まずは大根のツマをこさえて、ブリをさばく。
さて、アルコール。 ブラジル産のサケ・奇酒「略奪」をサケピリーニャと当地で呼ばれるカクテルにしてみようと思っていたが… https://www.facebook.com/jun.okamura.733/posts/pfbid0xXUnoTfjEVb8c7EZxMzdqidcGNZfVvJcdTcNBKgMFNtzuUGNuJS6G9QaCA4NqdxJl?notif_id=1657812086491558 ¬if_t=feedback_reaction_generic&ref=notif
が、体験からある程度は味が想定できて、気がすすまない… …薬用効果も期待して、まずはジンをいただくか。
フンパツして買ったグレープフルーツがまだひとつ残っているので、これで割って。 ライムも2種類あるでよ。
そうそう、開封したトマトピューレもあるので、ブラディメリーもよろしいぞ。 国産ウオッカもまだ残っている。
…けっきょく「略奪」には手を付けず。 やっぱし料理用かなん。
7月18日(月)の記 ステンドグラスが 眞赫に燃えてた ブラジルにて
日本の友人とメッセージのやり取り。 音楽家である彼が、武満徹さんのこの曲をどう思うかとYouTubeのリンクを送ってくれた。
その曲はさしてピンとくるものがなかったのだが… YouTubeが関連動画として『小さな空』をあげてきた。 ほう、これはしばらく聴いていない。
♪いたずらが過ぎて のあれだ。 さてあの曲、作曲は武満さんだとして… 作詞は谷川俊太郎さんだったかな?
検索してみると、作詞も武満さんではないか! さらに文字で歌詞を見て驚く。
2番の歌詞。
夕空みたら
教会の窓の
ステンドグラスが
眞赫(まっか)に燃えてた
こんな言葉がうたわれていたのか! これまで、まったく気づかなかった。
あらためて聴き直してみる。 うむ、たしかに僕には「いたずらが過ぎて」あたり以外は聞き取りにくい。
日本語の歌詞でさえ聞き取れないのだから、ポルトガル語の歌詞が聞き取れなくて当然。 と居直ったりして。
しかし子供時代に身近にステンドグラスのある教会があるなんて、カッコイイ。
おっと、話題の統一教会の教会にもステンドグラスがあるのだろうか?
検索してみると…、あるある。 ステンドグラスの写真に「教会っぽくて素敵です。」などと書かれている。
火の用心。
7月19日(火)の記 サンパウロのボス ブラジルにて
そろそろ締切りが迫っている件ひとつを日本宛て送信。 ヤレヤレ。
思い切って久しぶりにMASP:サンパウロ近代美術館に行くか。 美のシャワーを浴びに、なんちゃって。
火曜日はサンパウロ近代美術館が無料の日。 清貧の美術探究者は火曜が勝負。 午後になるとかなりの列で入場打ち止めとなることもしばしば。
昼時の到着となり、そこそこの列。 しらないうちに入館システムが事前のオンライン登録必要となっていた。 ほんらいアウトのところ、お目こぼしにあずかる。 やっほー。
ブラジルを代表する画家Volpiの特別展開催中。 ヴォルピは19世紀末のイタリアに生まれ、幼少時に両親とブラジルに移住している。 プリミティズムで描かれた聖画に息を呑む。
会期中の火曜に何度か足を運びたいもの。
この美術館は南半球最大級のアートの殿堂と言われている。 常設展もぶったまげのヴォリュームだが、こっちも特に冒頭部分に著しい変更あり。
ブラジルの巨匠たちの作品に加えて、ピカソ、ゴッホ、ルノアール、モネ等々の画集にあるようなマスターピースを手の届く距離で味わえるのだ。 しかも今日はロハ。
え、これは!? ボスではないか!? ここにボスがあったのか!? https://www.facebook.com/jun.okamura.733/posts/pfbid0353tjcxCrHH73VvnJiyNDb9R5PbZA25roC4Yhq1dZC1EtdNJALxTzeDbqNjfe2m6wl?comment_id=1379738245880951 ¬if_id=1658359093029721¬if_t=feed_comment&ref=notif
うーむ、これまでここに何度、通ったことか。 ワタクチが恥ずかしながら見逃していたのか、所蔵品の展示ローテーションがようやく回ってきたのか。 ボスは15世紀半ばのネーデルランドに生まれた鬼才画家。
見覚えのある絵柄だ。 『聖アントニウスの誘惑』か。 リスボンの国立美術館にこれの三連式祭壇画があると解説にあり。
ここサンパウロにあるのはその中央部のものの別ヴァージョンだ。 画面左奥の火事の描写などを解説書で眺めた記憶がある。
それにしても奇妙奇天烈なものが描きめぐらされている。 寓意にあふれ、同時代の人にはさぞ痛快だったことだろう。
そう、富山妙子さんの一連の大作を想い出す。 生前の富山さんにボスの影響を尋ねたことがある。 これについては富山さんは多くの手の内を明かさなかったが、蔵書のなかに洋書の分厚いボスの画集があるのを教えてくれた。
いま、調べてみるとボスの絵がはじめて日本にやってきたのは西暦2015年とか。 富山さんは日本でボスが語られることもなかった時代から注目・研究していたのだろう。
ここの作品とリスボンにあるものとの相違も気になるところ。
さあて日の暮れる前に今日のグラフィティもどこかで採集しないと。
地下で開催中の特別展も強烈だったが、これはまた今度、書きましょう。
7月20日(水)の記 ノリのいいコラージュ ブラジルにて
先日、紹介した日本語題『独裁政治とは?』の絵本のシリーズの『民主主義は誰のもの?』を先週、思い切って買った。 スペインで出されたもののポルトガル語版だが、日本で日本語版も出されている。 https://www.akaneshobo.co.jp/search/info.php?isbn=9784251014313&fbclid=IwAR1lKR85Mxw0lnxHS9X3vatTiJAdoXxlbZE6Vom3-TzEW09R1NuxyG161iQ
これのテキストも学ぶところが多かった。 恥ずかしながら僕を含めておよそ日本人は民主主義という言葉をもてあそぶことはあっていても、その意義と意味をきちんと考えてこなかったようだ。 このことは最近の現日本国首相の発言からもよくうかがえる。
さてそれはさておき、この絵本のイラストがすごい。 言葉も理解も追いつかなかった。 Maria Pinaというスペインのコラージュ作家によるもの。
彼女は各地の古書市等を巡って古雑誌、絵ハガキなどを蒐集して、まさしくそれらを発酵・コラージュして作品を編んでいる。 そのプロセスを想い、労作そのもののイラストを作品として味わい始めている。 これは面白い、すごい。
ポルトガル語でCOLAは糊を意味する。 そのためフランス語起源のコラージュは僕には意味が取りやすい。
コラージュに想いを馳せると… 日本のコラージュ作家のスミカヤさんと親しくさせていただいている。 スミさんにには僕の持参したブラジルの新聞などを用いて作品をしたためていただいたこともある。 次回、お会いできたらコラージュについていろいろとうかがってみたい。
僕がお付き合いしていた画家の富山妙子さんは、コラージュ作家でもあった。 富山さんが長年のブランクを経て新たにコラージュを始めるプロセスをビデオに収めている。
富山さんにコラージュについて聞いて教えてもらったのがフォトモンタージュのジョン・ハートフィールドだ。 ジョン・ハートフィールドはドイツ人だが、写真のコラージュ表現でナチスドイツの逆鱗に触れて殺されかけた気骨の人。 僕は彼の南米での初めての回顧展をサンパウロで見ていたので、こうしたことでも富山さんとはウマがあった。
想えば僕の行なっている映像編集作業も、ずばりコラージュではないか。 かつては切り刻んだ16ミリフィルムをまさしくテープやノリで貼り続ける作業をしていたのだ。
宇宙そのものがコラージュの産物かもしれない。
7月21日(木)の記ダウンタウンでダウンロード ブラジルにて
邦人の友人への渡し物があり、セントロ:ダウンタウンに出る。 ついでの買い物は2軒とも当てが外れるが、別に変わったものを見つけて買う。
して、CCBB:ブラジル銀行文化センターの新たな企画展へ。 なんの予備知識も仕込まずに。 ブラジル北東部で近年、注目を集めている民衆アーチストたちの作品展。 これは面白かった。
伝統的な北東部の民衆アート、そして先史時代の岩絵まで踏まえている。 入場料はタダ、事前予約なしでも入れてくれて、さほどの混雑もなし。 在日本のブラジル北東部マニアには垂涎の的だろうな…
そのまま東洋人街まで歩いて、少し買い物。 思い切って非東洋系の大衆食堂で昼食。
さあ自分の仕事に立ち向かうか。
7月22日(金)の記 文月の聖リタ祭 ブラジルにて
さる火曜日にMASP:サンパウロ近代美術館のアルフレッド・ヴォルピ展を鑑賞。 最初に目を引いたのがこの作品。 https://www.facebook.com/photo?fbid=10226164044622587&set=a.3410845544903
聖母マリア像かと思ってキャプションを見ると『カシアの聖リタ』とある。 なるほど、眉間に傷がある。
きょう22日は聖リタの祝日だ。 買いもの等も抱き合わせて、僕の徒歩圏にある聖リタ教会の午後3時の記念ミサにあずかることにする。
ミサ終了後、司祭が祭壇の聖リタ像に向けて赤いバラの花弁を何度も投げかける。 聖リタは生前、夫を殺されて子らもなくし、修道女となって礼拝堂でひたすら祈っていると、祭壇のイエス像の棘が飛んできて彼女の額に刺さったという。 傷口からはひどい悪臭が漂うが、彼女の死後はバラの芳香が漂うようになった由。
聖リタは、解決が不可能なほどの困難な事態の解決を神に取り次いでくれる聖人として慕われている。 ミサ後も祭壇の聖リタ像にひたすら祈り続ける人たち(ほとんど女性)の姿を見れば、もう胸がつまされる。
教会のスタッフから、バケツに残った赤いバラを一本いただいた。 帰ったら、なにに活けようか。
7月23日(土)の記 冬の法要 ブラジルにて
今日は午後イチでこちらの身内の法事。 場所はサンパウロ市近郊で、アプリで見ると自動車で1時間半から2時間所用。
カーナヴィなし時代には、何度も往生した場所だ。
ナヴィの示す3ルートのうち、最南ルートで行ってみる。 走り出してみると、僕の想定とは違う、これまたややこしいルートを示していることがわかる。 さあどうしよう。
思い切って、ナヴィのオプションにはない僕の考えていたルートをとってみる。 ナヴィは何度も自分の方の設定したルートへの引き戻しを図るが。 こっちの想定ルートを強行。
…ナヴィも、ようやく折れた。 ナント、わが想定ルートの方が到着予定時間も早いではないか。
さて、法事もつつがなく終えて。 帰路はナヴィが思わぬ絶妙なルートを提示してくれた。 快適。
帰ってから、考える。 どうしてこの復路に対応するような往路をナヴィは提示しないのだろう? ちょっといじってみるが、不明。
僕が今回、選んだルートよりさらに快適だろうそのルートはどうなのか、実際に走ってみないとわからない。 目的地最寄りからバイパスへの入り口はあっても、適当な出口がないということなのだろうか?
7月24日(日)の記 一週間の凋落 ブラジルにて
今日も夜はわが子と外食となった。 こちらのサジェスチョンも伝えるが、わが子の意向を優先。 先週と同じ店がいいという。
悪くはないが… 先回は瓶ビールのあとでハウスワインの赤を頼んでみた。 これがなんだか、化学的な味がする。 飲食店で頼んだアルコールを残すことなど、まずないワタクチだが… これの飲み干しはやめておいた。 命ぞ宝。
僕にとっては徒歩圏だが、婦女子からはクレームの出そうな距離の住宅街にある。 田舎の学校の体育館ぐらいの広さ。 グリルドチキンがウリだが、そのほかステーキ各種、ピザなど。
先週も日曜の夜の早い時間だった。 客は少ないとはいえ、わが親子の他に二組は来ていた。 今日は、ゼロ。 時どきデリバリーが出ていく程度。
オーナーらしきおじさんがテーブルで飲食し、バカでかい声で暇を持て余した店員たちとバカ話をしている。
先週はグリルドチキンを頼んだ。 食事も後半になってからウエイターが付け合わせのオニオンサラダとファロッファ(タピオカの粉の炒め物)のお代わりはいかが?と聞いてきた。 残念ながらすでに食べ終えに入っていたので辞退。
今日のわが子のチョイスはさらに値の張るミックスグリル。 ところがウエイターは料理を運んできただけ。 あとは遠くにいてもやかましいおしゃべりか、ぼけっとしているだけ。
お、ようやくわがテーブルに近づいてきたが… 食事中の客を無視して、店内かけ流しのテレビのサッカー中継の観戦にきたのだった。
先日、一族で行った人気レストランのウエイターとの落差にめまいがしそうだ。 勘定を頼むと、サービスがないのに10パーセントのサービス料というのが泣かせる。
わが親子の来店中、ひとりテイクアウトのピザ待ちの男が来た。 出前もひんぱんとはいえず。 これだけの従業員を抱えてこの来客でこの時期でこのサービスで、経営が成り立っているのが不思議。
まあとにかく広い店内でがらがらなので、感染症のリスクは低いだろう。 南半球最大の都市サンパウロの町なかとは思えない外の静寂も一興なのだが。
7月25日(月)の記 不機嫌な商売人 ブラジルにて
久しぶりのサンパウロ市内での外泊。 わが家よりずっと高級で新しい高層住宅街。
ここの駐車スペースに月金と出店が夕方から立つ。 なんだかぱっとしないのだが、散歩と話の種に行ってみる。
案内に「手作りパン」とあった。 天然発酵のものがあれば買ってもいいかも。
野菜と果物の売店もある。 が、そもそも高い。 先日「日本キュウリ」を切らしていて買ってみたが、わが家の近くの露天市の3倍近いお値段。 それでいて夜に買って、翌朝みると端に白いカビが生えていた。
広いスペースに五、六軒の出店。 冬場でもあり、人手も少なくますますうすら寒い。
「手作りパン」に該当するらしいスタンドは… 不機嫌そうなオヤジが客の方を見ることもなくスマホで不機嫌そうにしゃべっていた。 このオヤジ、先回もこの調子だった。
通話の切れ目を待って「すみません、手作りパンというのは?」とおうかがいをたてるのもばかばかしい。
昨晩のレストランの経営も謎だったが、ここの商売もどうなっているのだろう?
なにも買わないで引き揚げる。 滞在先に戻ると… NHKのしょうもないニュースが流れている。 こちらが不機嫌になって、部屋に入って書籍に親しむことにする。
7月26日(火)の記 くだらないくだした話 ブラジルにて
「ますらを派出夫」出張先でおなかをくだしてしまった。 そもそも冷蔵庫の残り物を処理するように、との至上命令があり。 むげには捨てられず、ついあれもこれもと食べてしまったせいか…
今日の帰路はバスとメトロの乗り継ぎである。 大事に至らないといいが… 中継のターミナル駅の最寄りに天然発酵パンの店がある。 思い切って寄るか。
途中にカフェがあった。 こじゃれている分、値段もよさそうだが。 背に腹は代えられない。
トイレ休憩かトイレ中継か。
大事に至らず帰宅。 さっそく台所に立つ。
7月27日(水)の記 『分子の遊び』 ブラジルにて
『分子の遊び』というタイトルにするつもりのわが最新作。 ホームスタジオで追加撮影。
ざくざくとつないでいく。
うーむ、ざっとこんなところかな。 クレジット関係のポルトガル語を家人にチェックしてもらう。
何度かの通しのプレヴューを経て。 ひと晩、寝かしてみよう。
今日は一日断食でした。 さあ、明日に備えて…
7月28日(木)の記 ドライブ・マイ・カー ブラジルにて
時どきあるのだが。 首のあたりが痛い。 おそらく寝相、そして座位の問題だろう。 こちとら在ブラジルだけど。
枕も用いず仰向けにまっすぐ横になっていると、なんだか少し楽になる感じ。 こりずにその姿勢でスマホを繰って、ますますクビがいたくなったり。
今日は日中、何年に一度かの非常に緊張を要する車の運転をせねばならない。 事前から緊張。
さてさて。 おかげさまで、大事もなく済んだが… 異常な緊張のもとの運転を続けたため、今度は上半身がガクガクな感じ。 首の痛みどころではなくなってしまったとさ。
7月29日(金)の記 雨さがる ブラジルにて
スマホのアプリによると、今日は昼前からかなりの確率で雨の由。 え?と驚くほど。 もう数か月は雨とはご無沙汰している。 乾ききった大地は昆虫ファン、菌類ファンのこころもかさかさにしてしまう。
朝のうちの空模様だと、雨まで降りそうには思えないが… ホントに降ってきた。 久々に傘を持って外出。
日本で買ってきた防水の運動靴はすでに底抜け状態。 もっとも屈強な靴を履いて出る。
まだしばらくは訪日がむずかしいとなると… こっちで防水ブーツみたいのを購入することも検討してみようかな。
雨季到来までの課題ということで。
雨にまつわる諸々を想いながら。 レインフォレスト恋しや。
7月30日(土)の記 土曜の献立 ブラジルにて
いよいよ大写真家セバスチャン・サルガドのアマゾニア展が明日で閉催。 もう一度、見ておきたい。 とくに会場かけ流しのいくつかのビデオ映像をきちんと見ていないので。
明日は日曜最終日だし、今日のうちに、と思うがエンジンがかからない。 やっておきたい作業もいろいろあり…
けっきょく1万歩以上歩いての買い物はするが、サルガド展は見合わせ。 明日、行こうかどうしようか。
昼はアボカド丼をつくる。 青トマトの漬け物添え。 夜はリクエストに応えてパエリャ。
7月31日(日)の記 サンパウロで北海道の味・能登の味 ブラジルにて
…けっきょく今日までのサルガドのアマゾニア展の再訪を断念。 サルガドの写真は立ち見ではなく、紙でしっかり見たいし、と言い訳。 この写真集はすでにこちらで出版されているが、金額的に困窮者には手が出ないのだが。 いずれ。
さて昼、夜となにをこさえるか。 いろいろ考える。
昼は…、 スープカレーというのをつくってみるかな。 これの存在を知ったのはそう古いことではない。 最後に北海道に行った時に札幌で食べてみた。
調べてみるとレシピは様々。 北海道起源、ということにはなっている。 改めて自分なりにアレンジしたものを食べてみるが… 学校給食のカレーを想い出すな。 あれは献立表には「カレーシチュー」とあったと記憶する。
さて、夜。 昨日ゲットしたチリサーモンのアラを使おう。 一品、あれをつくるか。 大根とニンジンのナマスに生じゃけを入れたもの。 これは大学時代に、語学クラスでうだつのあがらなかった三人組で能登を旅行した時に知った。 冬場、年末だったかな。 民宿の朝ご飯で出たかと記憶する。
最近になって再現してみて、悪くなかった。 あの時のあと二人とは… 一人とは高田馬場で会ったが、その後は消息不明。 もう一人とはロスで再会したが、彼もどうなったことやら。 検索してみるが、近況の手掛かりなし。
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