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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2023年の日記  (最終更新日 : 2024/01/02)
9月の日記 総集編 ブラジルの水菜画

9月の日記 総集編 ブラジルの水菜画 (2023/09/03) 9月1日(金)の記 ブラジルの水菜画
ブラジルにて


今日のタイトルは、自画自賛したい。

火曜日の路上市でダイコンとミズナを買った。
いずれもあおあおとした野菜の方が僕を呼んだ感じ。

さて、ミズナの方を使いそびれていた。

そもそも前世紀の僕の日本時代には、ミズナを関東で見かけた覚えがないような。
そもそも京野菜、キョウナという名前で知ったのが最初だったような気がする。
今世紀になってからだろうか、ブラジルはサンパウロの野菜市でも見かけるようになった。
呼び名もそのまま、MIZUNA。
なにかテキトーなポルトガル語名も見たような気もする。

購入後のミズナ、新聞紙で包んで冷蔵庫に入れておいたら、さほどしおれてもいない。

ざっとネットで日本語のレシピを調べて。
冷凍庫に豚フィレのかたまりがある。
ミズナと豚フィレの煮びたしでいってみよう。

けっこうなお味でした。
さあ、ミズナまだまだあるぞ。

ちなみにミズナそのものを検索すると…
なんと日本最大の生産地は茨城県で、50パーセント以上のシェア。
かんじんの京都府は5パーセントちょっと。

いまやイバラキナ、ヤンキーナだな。


9月2日(土)の記 オレンジ迷路急行
ブラジルにて


今日はこちらの知人から昼食でも、とお誘いを受けたが、家人との予定があり失礼した。
家人とクルマで3時間あまりのところまで「瀬戸物」の買い出しに行こうかと言っていたが…

お互い、疲れがたまって見合わせる。

とはいえ、夜には身内が訪問してくれるというので、買い物に。

そうそう、昨日は「ブラジル人にだまされた」。

晩酌に、グレープフルーツのウオッカ割りが飲みたくなった。
こちらでグレープフルーツにあたるものは簡単には見つからない。

至近の果物店にはなく、ちょっと歩く青果果物系のスーパーへ。
僕がグレープフルーツと認識しているものは、こちらでの名称はまちまち。

バイーアオレンジという日本語になっている、Laranja-da-Bahiaがそのひとつだが、これの果肉はふつうのオレンジ色のと赤いのがある、ようだ。
近くの店員のあんちゃんにこれの果肉は赤いのかと聞くと、そうだという。

買って帰宅、切ってみると…
オレンジ色ではないか。

売り場に割って赤い果肉を見せているものが置いていないところはアブナい。
今日は下の路上市まで歩くが「赤」は見当たらず、向かいのスーパーでゲット。

ここでグレープフルーツとは何ぞや、バイーアオレンジとの相違はと検索してみると…
もう、こんがらがって僕のオツムでは処理できない。
そもそも柑橘類を突き詰めていくと、途方に暮れるばかりだ。

それでも、グレープフルーツという名称は、その実のなり具合がブドウに似ているから、とのウンチクをゲット。
味や色からの名称ではなかった。

想えば、日本のグレープフルーツのジュース類は、こちらで僕がグレープフルーツと認識していたものほど赤くなかったな、と気づく。

ブラジルからイタリアへ向かう飛行機で出されたオレンジジュースが真っ赤だったのに驚いたものだ。
イタリア国内のオレンジジュースはこれがふつうのようだった。
いま調べてみると、これはブラディオレンジと呼ぶのだな。

けっきょく私にとってのグレープフルーツとは。
「独特の」酸味と「それらしい」色か。
よくわからなくなってきた。
この「独特」を言葉で表すのは僕の表現力が追い付かず。


9月3日(日)の記 スウェーデンボルグを聞いたことがありますか
ブラジルにて


日本語ではいろいろな表記がある。
ウィキを見ると「スヴェーデンボリ」とあり、「スウェーデンボルグ、スエデンボルグとも表記される。」とのこと。
ついでにウィキによると「スウェーデン王国出身の科学者・神学者・思想家。」
「生きながら霊界を見て来たと言う霊的体験に基づく大量の著述で知られ」る。

この人のことを知ったのは、いつ、どこだったろう?
ブラジルで亡義父とスウェーデンボルグについて話したことを覚えている。
その時、義父の蔵書にあった日本語で書かれた彼に関する本をお借りしたような覚えもあるのだが、きちんとは読まずに返したような気がする。

いま、義父の遺した蔵書を見ても該当の本は見つからないのだが。

わが家の「積ん読」に『転身期のスウェーデンボリ』(未来社)という訳本がある。
これは奥付にわが流浪堂さんの価格票があるから、義父から借りっぱなしの本ではないことは確か。
決して読みやすい本ではないので、何度か挫折。

この度、思わぬ奇遇に後押しされて、なんとか読了。
お世話になっている方の肉親が生前にスウェーデンボルグの訳書を出されていることを知ったのだ。

まだまだ日本語で語られることのまれな人だが、調べてみると近年、日本で関連の文庫・新書クラスの本が出されているようだ。
さすがにポルトガル語や英語で読むのは僕には厳しそうだ。
次回の訪日時にゲットしよう。

僕自身、まだこの人のことを語れるだけの知識がないのだけれども。
この日にこの人のことを書くのも奇遇。


9月4日(月)の記 月を切る
ブラジルにて


3年半あまりのご無沙汰で…
次回の出ブラジル予定日まで、ひと月を切ってしまった。
かつて以上に、気ばかりあせる。

訪日後、まずは最新作『消えた炭鉱離職者を追って リオデジャネイロ編』は日本は九州にお住いの主人公の方を訪ねて試写をしていただく予定。
その後に、日本の友人のはからいでの公開を計画中。

さらに以前から予定していた中国地方での上映に加えて、同じ中国地方でのサプライズな上映企画が急に浮上した。

それぞれの上映素材を準備しなければならない。

『消えた…』の方はすでにいったん「校了」としたのだが、思わぬ技術的トラブルを懸念して、昨日に再試写。
字幕による説明を新たにひとつ加えたくなって、本日つくり直し。

さて次は…
パンデミック中に培ったノウハウを活かしてみることにする。

さあ、間に合うか。
機材と電波の快調を願う。


9月5日(火)の記 死者の季節
ブラジルにて


「スウェーデンボリ」に引き続き、死者、死後の世界がらみの本を欲す。
日本で買って担いできて、読了していないものが何冊かある。

『リユニオンズ 死者との再会』、レイモンド・ムーディ博士とポール・ペリーの共著、同朋舎出版。
100円のシールが貼ってあるので、どこかの古本屋の店頭売りのものだろう。

「鏡視」についての本。
照明を落とした空間で鏡と向き合ってリラックスしていると、著者らの実験によると半数近い人が「死者」を見たり感じたり、対話できるという。
そんなに簡単にこんなことができてしまっていいのだろうか?

午後、日本の東北で10月に拙作の上映会を仕込んでくれた人と交信。
何を上映するかの打ち合わせ。
これまでご覧いただいたなかで…
拙作『ばら ばら の ゆめ』が印象深いという。
あ。
これの主人公の木村浩介さんは、8月31日が命日だった。
すっかり失念していてごめんなさい。

昨年の8-9月は特に日本でのいろいろな故人を偲んだり、新たに訃報に接した李が続いたことを想い出す。

夜、散歩に出ようとした際に、スマホにメッセージが入る。
水戸の友人から。
「悲しいお知らせ」とある。
ひょっとして、まさか。

水戸岡村会の重鎮の訃報。
絶句。


9月6日(水)の記 ブラジルの土の再生
ブラジルにて


来月の訪日時のメインイベントのひとつが、これである。
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000119/20230908017397.cfm?j=1
岡山備前での『ブラジルの土に生きて』デジタルリマスター版の上映。

ブラジル・ミナスジェライス州から故郷の岡山備前に戻った畏友の今井歩さんの尽力の結実だ。

この作品の改訂版をこさえたのは西暦2016年、リオオリンピックの開催前後だ。
アナログ作法で一千数百枚の字幕を施すことになり…、
これの無理もたたってか、当時の編集システムはこれの完成時にオシャカになってしまった。

今回は、その後に導入した編集システムにまずデータを取り込まなければならない。
マスターのテープは、なんとか耐えてくれていたようだ。
それでも問題の生じている個所を、デジタルシステムにてアナログ職人芸で修復していく…

とりあえず前編部分は目鼻がつきそうだ。
今回の備前上映は、主人公の石井夫妻の妻・敏子さんのブラジルでの陶芸活動に今井さんが着目してくれたのが契機。

いっぽういま、改めて前編を見直すと、夫・延兼さんの姿勢にこころを打たれてしまう。
10代の少年にして軍国化する祖国を嫌って、つてをたどってブラジルに移住。
個人は、国家に対峙しえるし、それのあり方を拒否すること、その国家を去るという選択肢を実行しうることを自らの人生をもって僕とその作品に伝えてくれた。

そのことが、そのメッセージが西暦2000年のこの作品の初版完成時よりも、安倍内閣時代の2016年の改訂版作成時よりも、いま、重く、そして福音として響いてくる。


9月7日(木)の記 NHKのひと
ブラジルにて


今日のブラジルは独立記念の祭日。
明日は金曜なので、そのまま週末とつないで連休あつかいにして遠出をする向きも多い。
その分、街なかの交通事情がゆるむので、ヤッホーと叫びたくなる。

今日は朝からこちらの親類のところに「おさんどん」として泊まり込みだ。

さて数日前に畏友のジャーナリスト・下郷さとみさんから、彼女の7-8月のブラジルミッションの成果が9月7日に日本のNHK-BSで放送されると連絡をいただいていた。
下郷さんは旧知のアマゾン・シングー地域の先住民のリーダーから、自分たちが計画しているブラジル先住民の会議をぜひ日本でも紹介してほしい、と連絡を受けた。
彼女は日本からの渡航費と撮影機材購入資金を借金をして工面して、ブラジルの先住民との友情と義に応えた。

その成果はブラジルで受信可能なNHK国際放送で流れるかどうかはわからないという。
そもそもわが家ではそれの受信契約もしていないので、別世界別次元のニュースと受け止めていた。

して、親類のところで台所仕事にいそしむ。
昼12時には昼食ができあがっていないと。

12時前、台所での追い込み作業中に僕を呼ぶ声が。
…実母なら、どなりつけるところだが、そうもいかない。
行ってみると、NHKでアマゾンのことをやっているという。

ふむ、西アマゾンのアクレ州の山焼きのニュースだ。
下郷さんの取材地域とは数千キロ離れている。
よりによって同じ日に、と思ってみていると、まもなくスタジオに下郷さん登場、彼女の取材成果の放送が始まった。

実は下郷さんはブラジルのわが亡義父と取材で関わったことがあり、当時のわが義父母のサンパウロの家に泊まったという。
http://www.100nen.com.br/ja/tsuzuki/index.cfm?j=1

…とりあえず今回はこの辺にしておくが、あなかしこな奇遇である。


9月8日(金)の記 今日の拾い絵
ブラジルにて


午前中、早い時間に出先の引き継ぎ要員が来た。
通常なら10時過ぎまでは交通状況がひどいので、そのまま待機するのだが。
今日は、昨日の祝日の延長で市民は連休モード。

アプリでチェックするが、かなりスムースなようで、わが家に戻ることとした。
さて、今日のグラフィティ採集とウオーキング。
町なかが空いている状況を活用して、途中のバンデイランテス大通りから脇道に入って路上駐車。
付近を歩く。

車をかっぱらわれたり、違法駐車の罰金を科せられたり傷つけられたりするのがちと心配だけど。
そこそこのグラフィティを発見、スマホ撮りして。
さて車をとめたのはどの辺だったっけな。

お。
カセットテープ状のグラフィティらしきものが目に入る。
日当たりばっちし。
接近。

私有地の駐車場内の壁に描かれた大作だった。
警備員がいたので、グラフィティの写真を撮っていいか尋ねて立ち入りの許可をもらう。
全体は収まりきれない。
https://www.instagram.com/p/Cw9Lt5INJ3l/

ロボットの目のようにも見えたが、やはりカセットテープだな。
サウダージを覚える。
VHSテープの絵も欲しいところ。

署名があるので調べてみると、フォロアーが1万6千人もいる有名アーチストの作品だった。
ここの所有者が作画をお願いしたのだろう。

こうした思いがけないいい発見と記録ができると、まことに爽快。


9月9日(土)の記 ペソアを歌う
ブラジルにて


訪日を控えて、諸々の準備等々にせわしなく…
先日まで、連日のように通っていたイベント類もおっくうになり。

とはいえ、いま無理してでもみておかないともう後のなさそうなものもあり。
シネマテッカでの André Luiz Oliveira特集上映。
https://www.cinemateca.org.br/series/mostra-andre-luiz-oliveira-cinema-de-dentro/
会期は五日間と短く、明日までだ。
明日は午前中から親類宅でのおつとめだし。

思い切って行く。
ブラジルのアーチストについてのドキュメンタリーだったが、これが刺激的で面白い。

18時の回のみにしておくつもりだったが、20時の回も思い切るか。
『MITO E MÚSICA – A MENSAGEM DE FERNANDO PESSOA』
神話と音楽 - フェルナンド・ペソアのメッセージ。
ペソアは、ポルトガルを代表する詩人。

この人の作品に触れて、僕はポルトガル語に縁があってよかった、と思った。
まだ、きちんと読めたとは言えない程度だが。

アンドレ監督は音楽家でもあり、30年間にわたってペソアの詩に曲を作り、著名なミュージシャンに歌ってもらう活動をしてきた。
それを実娘とともにドキュメンタリー化した労作だった。

この作品の存在を知って、見ておいてよかった。
…音楽なしで、ペソアを読み直そう。

終了後に共同監督のアンドレ父娘のトークと質疑応答があり…
父娘もよくしゃべるが、来場者もよくしゃべる。

メトロ使用の分際としては帰路が心配でそわそわ。
他の連中は、自家用車か配車サービスか。
こっちは賊を避けるように、夜更けの人通りもまばらな街を走り走り帰る。


9月10日(日)の記 ブラジルのイカゲーム
ブラジルにて


今日は午前中からこちらの親類のところに行き、泊りで料理番だ。
相手は日本人移民の高齢者。
刺身類を好まれるが、鮮度等にうるさい。

ブラジルであたり前なサシミは、マグロの赤身とチリ産養殖サーモン。
いずれも目方にして高級牛肉以上のお値段。
さすがに自費では買う気がしないし、あきる。

先回、訪問した際にイカの刺身などいかがでしょう、と聞いてみた。
久しく食べていない、とまんざらでもない様子。

イカも決して安くない。
路上市の魚屋でそこそこのものを購入。
恥ずかしながら、日本のイカでもイカ一般とホタルイカの区別ぐらいしか僕にはわからない。

こちらでも数種ぐらいはあるが、Lula:イカという名称のみで、あとは大きさと値段の違いぐらいだ。

昼にまずはお刺身で。
「イカがですか」と聞いても、日本では海辺で育ったのでまだ生きているのを売りに来て、といった話をされるばかり。

市場で葉っぱもうっそうとしたセロリも買ってきた。
夜は、イカとセロリの炒め物。
オイスターソースを忘れてしまった。

さて、夜の部は。
先方はちょっと箸をつけて「かたい」と放棄。
ゲソのかたい部分だったのか。

イカ省略。


9月11日(月)の記 魚の名は、
ブラジルにて


こちらの親類から川魚をもらった。
彼は南米第二の大河パラナ川に釣りに遠征し…
成果はさっぱりで、地元の魚屋で手配したという。

Piau という魚で、体長50センチはある。
…なじみのない魚だ。

調べてみる。
ブラジル各地でいろいろな名前で呼ばれているようだが、学名はLeporinus elongatus。
種名はおろか、属名、科名も日本語になっていない。
ようやくカラシン目と出た。
なるほど、ピラーニャと同じ目(もく)だ。

それにしても、ブラジルの異なるミッツの水系に同種の魚が生息するというのも面白い。

して、ポルトガル語の調理法の動画を三つほど見る。
その共通は…
縞状によく切れる包丁でいくつも切れ目を入れること。
ブチブチと小骨を刻むのがいいようだ。
塩・コショウ・ニンニク・ライムでたっぷり下味を付けること。
下処理したジャガイモといっしょにオーブンで焼くのがいいようだ。

こうしたこっちの川魚の料理は初めてだ。
やってみる…

いやはや、はじめてでここまでいけば悪くないかも。
多くの日本人同様、僕も川魚は泥臭いという思い込がある。
これは確かに日本式に塩のみの処理だったら厳しいかも。

ライムとニンニクにコショウがいい仕事をしてくれたようで、もう少し味を足してもいいかも。
自分で工夫したタレもいいだろう。
ジャガイモがよく合うこと。

して、たしかピラーニャにもあったようなY字型の小骨がクセモノ。

まあ、買ってまではちょっと。


9月12日(火)の記 富山妙子のための追走曲
ブラジルにて


とりあえず『ブラジルの土に生きて』の新素材の方はメドがついた。

続いて…
富山妙子さん関連作品の手直しに入らねば。
おかげさまで来月の訪日時に思いがけない好上映企画が2件、実現しそうだ。

いちばん気がかりな『戦争と原発』の作業から。
いったいこの作品はなんなのか、そもそも岡村淳とは何者で、なにゆえに在ブラジルの輩が富山さんのお宅にずかずかと乗り込んでビデオを回しているのか。
それの簡単な説明を入れる要あり。
以前のものをつくり直さないと。

…この部分は音楽があった方がいいかもしれない。
僕に富山さんを紹介してくれた畏友の音楽家・伊東乾さんの作品群を物色。
ずばり伊東さんが『富山妙子のための追走曲』と題した曲がある。

これかも。
これかな。
これしかない。

ちょうど尺もぴったりになりそうだ。
あなかしこ。


9月13日(水)の記 メトロアートにいやされて
ブラジルにて


わが家でのビデオ編集作業が続くと…
少し気分転換もほしくなる。

ウオーキング、グラフィティ採集、買い物も兼ねて。
コリアン街まで食材の買い出しに行こう。
コリアン食材店を何軒かまわる。

最寄りの地下鉄チラデンテス駅には構内ミュージアムがある。
行きはその反対側の改札の方に出てしまったため、帰りに見ておこう。

サンパウロ聖美術館の分館あつかいで、無料。
いまはこんな展示をやっていた。
https://museuartesacra.org.br/sem-hierarquias/

「ヒエラルキーなし」というテーマ。
三人の女性のアーチストの刺繍系の作品。
名前からすると、うち二人は日系だ。

小展示で、先回同様、館内は監視員と僕だけ。
正直なところ、どうという感銘もないのだが…
なんだか爽快、リフレッシュするではないか。

ムゼオ(ミュージアム)のちからか、アルチ(アート)のちからか。
これはありがたい、もったいない。

交通機関にあるミュージアムでは、オランダのスキポール空港のを想い出す。
メキシコシティのメトロにもたしかミュージアムと称している展示空間があったが、これは連絡通路の壁を利用した程度のものだった。

日本の地下鉄にも、通路の脇の展示程度はあったな。
上野だったか銀座だったか、けっこう歩く通路の壁に。

こっちはこんな感じ。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10228957788064427&set=a.3410845544903&type=3 ¬if_id=1694794645460305¬if_t=feedback_reaction_generic&ref=notif
写真右奥がミュージアム。


9月14日(木)の記 今日も死を読む
ブラジルにて


諸々のビデオ関連作業の合間に「死」にまつわる日本語の蔵書をちびちびと読んでいる。

『死の発見 ヨーロッパの古層を訪ねて』(松原秀一/養老孟司/荻野アンナ、岩波書店)は目からウロコの面白さ。
付箋を貼りまくった。

今日も親類宅での炊事・泊り当番となり、山田真美著『死との対話』(発行:SPICE)を持参。
これも面白い。
インド滞在の長かった著者の現地での体験や取材がもととなっている。
後半の「百八の煩悩」「百八は聖なる数」の章が白眉。

恥ずかしながら、僕自身「108」という数字を煩悩がらみでしかとらえていなかった。
なぜ108なのか?

これがとんでもない広がりと深さがあった。
グラハム・ハンコックの『神々の指紋』とも通じる、人類から宇宙に拡がる壮大さ。

この2冊の「死集」はいずれも日本の古本屋での100円買い。
古本屋の100円本で僕は死を学んだ、なんちゃって。


9月15日(金)の記 トレブリンカ
ブラジルにて


ここのところ、wi-fiの状態にまさしく「波」があり。
そんな波を見やりつつ、大容量ファイルの転送サービスへのアップロードに午後から挑戦。

久しぶりにスイスイ気味で進むが、完了と同時に停電。
できあがったファイルのリンクの転送・保存が不可能となる…
どうやら、やり直しになりそうだ。

エレベーターも止まり、階段を下りて出家。
シネマテッカで開催中のSÉRGIO TRÉFAUT監督特集上映の『TREBLINKA』を見に行く。
https://www.cinemateca.org.br/exibicao/treblinka/

ポーランドに築かれたナチスドイツのトレブリンカ強制収容所の生存者の著書をもとに構成したという。
列車を舞台に台詞のない俳優たちが登場。
それにモノローグの語りが被る。

寝台列車のシャワー室で老女優が延々とシャワーを浴びるシーンなど、なかなかエグい。

監督が来てトークを行なうとは知らなかった。
上映前、上映後のトークと質疑応答。
監督のみならず、来場者の自分語りまで繰り広げられ…

今日は家族に20時ぐらいの帰りになるけど、それから夕食を準備すると伝えてある。
18時から61分の作品の上映なので、余裕だと思っていたのだが。

明日からまた家を空けるし、あまりいいかげんなこともできない。
来場者が列車がらみの映画のウンチクを延々と語りだし…

先刻時刻から30分未満の遅れで帰宅したい。
監督が話している時に席を立つのは気が引けて、この間にゲッタウエイ。

わが高層アパート群は電気は戻ったがwi-fi、固定電話、テレビまで不調とのこと。


9月16日(金)の記 ワイリーコヨーテ
ブラジルにて


体のさまざまな不調を訴える家族を、車で3時間ほどの鉱泉保養地に連れて行くことにした。
一泊二日でも、少しでも効果があるかどうか。

今年初めに一族で行ったアグアス・デ・サン・ペドロというところ。
今回は格安の庶民宿で。
公営スパは午前12時まで、昼休みのあと午後は5時まで。
午前の部に間に合うよう、7時台に出家。

宿は14時チェックインだが、もう部屋が空いているのでと、昼前にチェックインさせてくれた。
駐車場完備とBookingにはあったが、ただいま工事中で道路にとめてちょうだい、安全だからとのことで。

土日はなかなかの混雑だが、なんとか午前の部のスパに間に合った。

この町の難点は、グラフィティが乏しいこと。
先回の2泊3日も、日々のグラフィティ探しに呻吟した。

ここの公営スパは男女に分かれ、個室でひとり1回20分。
男の方が待機人数が少なく、湯上り後にひとりで付近を物色。

お。
おお。
これは。
フォルクスワーゲンのビートル号のキズの部分に…
これは面白い。
https://www.instagram.com/p/CxRhkGFtnBB/

グラフィティの乏しい場所だからこそ、眼が壁の他にも及んでいた。
こういうのがあるから、やめられない。

インスタあげをしてまもなく、日本の友人が「ワイリーコヨーテ」と書き込みをくれた。
さっそく同定もできるとは。


9月17日(日)の記 カレー一杯の幸せ
ブラジルにて


どこに行っても眠りは浅い。
鉱泉地の宿で、未明の鳥どものさえずりを楽しむ。
客室は殺風景だったが、階下の朝食スペースはシックで驚く。

午前中も公営SRA入浴、さあサンパウロの町に帰らねば。
親類宅経由で帰宅。

さて夕食をどうしよう。
そうだ、カレー屋に行こうか。

わが家から徒歩圏にある日本人経営のマスターカレー。
https://www.facebook.com/mastercurryjk/
サンパウロにはラーメン屋はごそごそ増えている。
が、カレー専門店、しかも日本人ないし日系人が経営の店は現在、ここしか僕は知らない。

ちょうどパンデミックの直前のオープンだったが「辛口」のワタクチがオッケーのよろしい味だった。
そして3年半。
よくぞサヴァイヴァルしてくれた。

いま、SNSで口コミを見てみると日系人も非日系人もポルトガル語で絶賛している。
行列もできている由。

日曜の夜の部は18時開店。
いざ。
サンダル履きで行くか。

開店直後、さすがに他の客はいなかった。
カツカレーに瓶ビールをオーダー。
辛さも選べるようになったが、耳で聞いて選ぶのは複雑。

さて。
まずはカレーをスプーンですくっていただく。
うむ。
味覚がいっきに僕を祖国に運ぶ。

日本でふつうにうまいカレーの味だが、ブラジルではそれがむずかしい。
このお店はライスとサラダのお代わりが無料。
日本ではこれはめったにないかも。

三々五々と客が入ってくる。
ひとり客がだらだらと二人用テーブルを占めているのも気が引ける。
そこそこで席を立つ。

レジでオーナーによろしく、と伝えると、いまはさほど取り込んでいないからぜひ声をかけて行ってくださいと言われて。
久しぶりの対面。
同胞の健闘が素直にうれしい。


9月18日(月)の記 コモ ESTA?
ブラジルにて


出ブラジルまであと半月。
残務はどれとどれとどれだ…
こんがらがりそう。

今回の訪日便はアメリカ合衆国経由を購入。
理由は、格安だったから。
かつて愛用のアフリカ経由が割り高になっていた。

こちらの日本人の友人で「アメリカなんてダイッキライだから、ゼッタイにアメリカ経由なんかしない」などと息巻いている御仁がいた。
して、アメリカ経由を利用したとのこと。
ヨーロッパ経由、アラブ諸国経由、アフリカ経由からメキシコ経由までいろいろなオプションがあるのだが。

反米のカッコをつけていてもけっきょく「便利さ」「安心」を優先したのだろう。
ヒトのふり見てわがふり直せ。

さてアメリカ経由となると日本国籍者はESTAというのを事前に取得する必要がある。
これはオンラインでできるのだが、申請後の審査があり。

ようやく今日、申請にかかる。
以前とフォーマットが変わったようだ。
こっちのパスポートをスマホ撮りして送ると自動的に番号類を読み取るのには驚いた。

さて、記入する住所をブラジルにしない方がいいとアドバイスされたような…
うわ、これまでの職歴とその会社の住所まで記入か。
イランや北朝鮮などに入国したかとの質問もあり。

ことによっては申請が却下されるとのこと。
却下されたら、こちらのアメリカ領事館に出頭して面接を受けてヴィザ取得を申請しなければ…
これはたいへんな手間である。

いやはや、航空券購入時にすませておけばよかった…

72時間以内にオンライン審査の審判がくだる由。

小心者ゆえ、びくびくだったものの、おかげさまでゲット。

いやはやいやはや。


9月19日(火)の記 ルージュの融解
ブラジルにて


こちらは春分の時期を迎えて、いっきに加熱。
日中に買い物に出るが、熱射のなかの上り坂はなかなか厳しい。

日本の友人からの頼まれものを探すこと、スーパー2軒目。
探しあぐねて店員に聞くと、彼も別の店員に尋ねた。
教わったありかまで同行すると、彼はざっと見て「ない」という。
…そのあたりをひとりでなおもよく見ると、あった。
これが「よくあるブラジル」だが、昨今の祖国のブラジル化はこちらをしのぐ勢いとか。

レジに行くと、口紅タイプのチョコが特売品として置かれている。
…こういうの、日本でもあったっけな?
値段は手ごろ、気軽で手軽な訪日時の小土産になりそうだ。

いっぽう、この温度。
触ってみると、すでにやや柔らかい感じのものもある。
少し考えるが、お試し程度の本数を買ってみる。

店を出ると、灼熱。
その前に生のサバも買っている。
冷やしコーヒーでも飲みたいところだが、帰宅を急ごう。
まだ2000歩近くある…

やれやれの帰宅、冷蔵庫に急ぐ。
うわ、持参したレジ袋に入れておいたルージュチョコはすでに融解!
…むむむ、かなり融解変形したものは冷やして凝固させてから自家消費するか…

チョコなら溶けても固めても摂取には問題なかろうが、サバはヤバいかも。

サンパウロはチョコレートの溶ける頃となりました。
季語にするか。
チョコとける…


9月20日(水)の記 散髪のひらめき
ブラジルにて


午後、久しぶりに散髪に行き・・・
僕のすぐ脇、耳元にテレビあり。
やかましい。
少し音量を下げてもらう。

ああ、日本式蒸しタオルが恋しい…
今日のアニキはかなり細かくハサミを入れてくれているようだ。
さて。
ひらめいてしまった。
次回の訪日中、地方回りの間でぽこっと一日空いたままになっている日をどうするかについて。

…カトリックのミサの間にもひらめくことが多い。
そこそこに「かせ」があってじっとしていなければならない時間というのが共通項かも。
好きにしていいならスマホでもいじってしまうことだろう。

この散髪店は洗髪サービスなし。
帰宅後、シャワーを浴びてのこり髪を落とす。

して、久しぶりの在日本の知人にメッセージを送り…


9月21日(木)の記 まだまだでてくる
ブラジルにて


今日も午後からこちらの親類のお年寄りのところで料理番と泊り。
先方に到着後、ざっと冷蔵庫の残り物をチェックして。
こちらから持参したものと合わせて献立を決定。

相手は90代半ばで、繰り返しの話、繰り返しの質問が少なくない。
こちらが穏やかではない時にそれがあまりに続くと自分の血筋なら声も荒げたくなるが、そうもいかず。

先方を取り巻く話は数十年、聞いてきている。
今では本人が忘れていることをこちらが覚えていることもしばしば。

それでもときどき、いままで聞いたことのない話が出てくる。
先方の子らに確認すると、自分も聞いたことがないというケースも。
真偽が定かでないこともあるけれど。

ブラジル日本人移民野史発掘の「きっさき」をいく思い。


9月22日(金)の記 続・地の裏の笑い話
ブラジルにて


このタイトルは今年3月が初出。
ときどき使おう。

上野英信から富山妙子へ、そしてまた上野英信へ。
武士は二君に仕えず、という言葉を想い出す。

次回訪日時にはこのそれぞれに関連した作品を上映することになり…
あらためて上野英信がらみの資料を読み直し。

わがメインの最新作の方で、お恥ずかしい間違いをしていることに気づく。
これは作り直さねば。
とはいえ、僕以外にこの間違いに気づける人がいるぐらいならうれしいのだが。

今日はカトリックの聖リタの祝日。
隣駅の先にある聖リタ教会での15時からの記念ミサに行こうと思っていて…

拙作改訂作業で手間取ってしまった。

サンパウロ市内には未踏だが、もうひとう聖リタの名を掲げる教会がある。
電話で確認。
そこの18時のミサに行ってみようか。
そうすると夕食の準備を事前にしておかないと。

笑い話というより、こぼれ話になった。


9月23日(土)の記 『ツキノワ木彫り熊ノート』
ブラジルにて


今日から当地は暦の春。
暑い。

日本でのスケジュールがもう制御不能な段階に。

こちらで知人にお借りして、いつ返せるかわからなくなった資料類に目を通す。
日本の木彫り熊について。
北海道特産と思い込んでいたが、東北でも作られていた。

『ツキノワ木彫り熊ノート』(増子博子・是恒さくら共著)という冊子がいたく面白い。
岩手県葛巻町の上高山兼太郎という人のつくった木彫り熊に魅せられた著者ふたりのノート。

圧巻だったのは「眼差しの交錯」という章。
この上高山さんがなぜ木彫り熊を彫るようになったのか。
生前に本人が語っていたことと、息子さんの話がだいぶ異なるのだ。

「その二人の話のズレがなんとも気持ちがいいのです。語りえないことがそこに立ち上がってくるようです。」
と執筆者の一人、増子博子さんは書く。

まことに、わが意を得た思い。

テレビ屋、ドキュメンタリー屋、物書き、研究者。
いずれもこうしたことを嫌い、ひとつの正解・解釈以外は削除してしまい、それがあるべき姿だと思い込んでいないだろうか。
僕自身も含めて。

ただいま作り直している『消えた炭鉱離職者を追って・リオデジャネイロ編』に収録した語りの数々も、やはり修正中の富山妙子シリーズの富山さんの発言、そして聴き手の僕の発言すらゆらぎ、ズレがあると思う。

「型」にはめないでよかった、「解釈」「説教」しなくてよかったと改めて思う。

これを、なんとも気持ちよく思ってくれる人たちにお届けしたい。


9月24日(日)の記 聖市灼熱
ブラジルにて


午前中から家人と車でサンパウロ市内三か所をまわる。

まずは車の給油。
スタッフが女性ばかりのスタンドに。
ここは低めの価格設定で、常にそこそこ混み合っている。

今日はがらがらだ。
女たちがそれぞれ、自分の方ではなく他の女の方へ行け、と合図。
ブラジルのサービス業ここにあり。

大通りのデジタル温度計は41度と表示。
わが車の温度計は常に体感温度より低めに表示されるのだが、今日は38度まで上がった。

14時過ぎに帰宅。
もう路上市は片付けの時間だろうけど…
行ってみる。

市の清掃スタッフの作業が始まっているが、日持ちのしない野菜類などの格安販売をしているところもあり。

ビニール袋入りの野菜類は温野菜どころか熱野菜状態。

捨て値になっているアメリカンレタスやバナナをごっそり購入。

暑いとはいえ、僕は冷房付きの自動車にいた。
早朝から今まで屋外ではたらいていた人には頭が下がる。

帰宅後、最新作の念入れチェックを始めて…
あらたに要修正個所を発見。
いやーん。

いやはやこれに目鼻を付けるまでは、せめてコールを控えるか…


9月25日(月)の記 よい診療を
ブラジルにて


久々の訪日を来週に控えて。
日本ではあまり予定を入れないつもりが、とんでもないことになりつつある。

すでに10か所を超える各上映会の主催者関係者との連絡の数々。
こちらの深夜未明でも対応せざるをえない緊急事項も少なくない。
寝床でのスマホでは対応しきれず、起床してノートパソコンに向かうことになる。

今日はあさイチで東洋人街の日系医療機関を予約している。
早朝に作業してふたたび横になろうと思うが、寝過ごしが心配。

医療機関にて。
月曜の朝のせいか、なかなかの混雑だ。
こちらはさほど遅れずに終える。

さて、その支払い。
日本でいう一階の受付窓口で清算する。
窓口はいくつもあるが、会計は左端のひとつのみ。

そのあたりは待機中に座る椅子がないのだ。
立って列につかなくてはならない。
座って支払いをしている人の動作が緩慢だったり、後ろで並んで立っている人間おかまいなしで会計担当との会話を楽しもうとされたりして、いやはや。

付添いのいる人はいいが、一人で来た診療を終えた病人・怪我人を立たせておけるという運営方針。

ここのスタッフはそこそこ日本語らしきものを話せる人が少なくない。
支払い待ちの間、横で受付をしていた日本人の老人に日系のスタッフが最後に「よい診療を」と結んだ。

こちらのポルトガル語式のあいさつの直訳だ。
日本の病院などで「よい診療を」と言われることはあまりないかも。

「boa viagem:よい旅行を」のあいさつは日本語訳でもそう違和感はないが「よい診療を」はやや違和感、ビミョーなものありかな。

さあ買いものして帰って作業再開だ。


9月26日(火)の記 さああと一週間
ブラジルにて


3年半ぶりの出ブラジルまで、あと一週間。
日本では、もうこんがらがるほどの予定が入ってしまった。
ダブルブッキングや大チョンボが心配だ。
こちらも、かつてのキレとサエは鈍っている。

午後は、パウリスタ地区にある旅行社へ。
ここは僕より先輩の日本人の女性が経営している。
彼女と、よもやま話。

ついで、近くの日本国総領事館へ。
17時までかと思っていたが、そもそも旅行社で肝心な件で手間取り、着は16時過ぎになってしまった。
受付は16時までで、そもそもこちらの必要書類の不備もあり、明日また出直すことになった。

帰宅後、緊急に日本の方とZoomで話し合うことになった。

いやはや。
家族に心配をかける。


9月27日(水)の記 現金な祖国
ブラジルにて


早朝6時台に出家して親類のところでヘルパー業。
午後、急いでいったん帰宅。

総領事館に15時30分出頭の予約を入れてある。
天気予報は雨とある。
!!
メトロの最寄り駅で地上に出ると、黒澤映画級の豪雨!

傘で対応できるレベルではない。
多くの歩行者は雨をしのげるところで待機中。

うーむ、時間がどんどん押してくる。
超近代設備のビル内にある祖国の「お上」機関のスタッフに雨で遅れましてが通用するかどうか。

豪雨のなか、何回かに分けて少しずつ駆けていく。
上衣はびしょ濡れ、靴上まで浸水。
…やれやれ、到着。

さて、がらんとした総領事館内にて。

総領事館への手数料等は現金(しかもお釣りのないようにとのお達しも)のみしか受け付けないと提示されている。
クレジットカードは不可。
昨今のブラジルではpixというインスタント決算が盛んで、一般商店はおろか、大道芸人からメトロ内のご法度の物売りまでpix払いを受け付けているのだが…
pixも不可、との提示あり。

いまどきサンパウロの市内では買い物をすると、先方はカード端末を手に取って「デビットですか、クレジットですか?」と聞いてくるのがふつうの光景になった。
「現金で…」と告げると驚かれて、お釣りのある場合は嫌がられ、拒否されることもしばしば。

あらためて日本スゴイ。
デジタル拒否立国。

追い込まれてきたので、帰路に回り道をして日本からの頼まれものを購入に。
雨あがる。
風邪はひかないで済んだかな。


9月28日(木)の記 DVD消失記
ブラジルにて


今回の訪日では、自分でも驚くほどの上映件数が入ってしまった。
さっそくクレームの入ったイベントもあり、それの善処という用件もプラス。

さて、日本各地での上映について。
こちらから上映作品の素材をデータで送って対処できそうなところには、データ化可能な作品であればそれを事前にお送りしている。

これまでの見聞体験では、データでの上映は事故がしばしば。
よって僕が日本行脚用のDVDポータブルデッキと手焼きDVDも持参のつもり。

かたや上映会場によってはプロジェクターにパソコン入力ができず、赤白黄色のRCA端子でつないでDVD出しせざるをえないところもあり。

そのためこちらでDVD手焼き作戦に追われている。
日本から50枚パックを買ってきて、しばらく使っていなかったのだが…

それが払底。
隣駅の、かつてナマDVDのバラ売りをしていた店が何軒もあったショッピングセンターへ。
どこもないという。

日系の店主が大型文具量販店に行くといいよと教えてくれた。
あった…

いやはや、システムはすでに変わってしまった。

上述の公的施設は、いかにも、のところなのだがそれはお楽しみ💚


9月29日(金)の記 ビエンナーレを歩く
ブラジルにて


残務雑務は果てしないが…
早朝に懸念事項のひとつが解消。
日本のシンパのフットワークのおかげ。

訪日前には断念しようと思っていたビエンナーレに思い切って行ってみるか。
今月から第35回サンパウロビエンナーレが始まった。

行きは最寄り駅までメトロを使うか。
ここからまただいぶ歩くのだが。

午前10時オープン。
無料だが、前回はワクチン接種証明の提示が必要だったっけな。
金曜とはいえ、この時間はがらがらな感じ。

そもそも展示そのものが、がらがら感あり。
まあビエンナーレパヴィリオンは3層に分かれ、しかもそれぞれが広大。
ひと通り回るだけで相当な披露である。

すかすか展示の方がかえってありがたい。

今年の傾向は…
いい意味で、高校の文化祭での創作といった感じのものが多いかな。
金力にモノを言わせて、という感じではない素朴で親しみやすいもの。

これはあの人に見せたい、それはかの人に、という作品が少なくない。
スマホ撮りして、さっそく送ったり。
撮影は基本オッケー。

帰りはお気に入りのサワードウ・ブレッドなども買いたいので、歩く。
久しぶりに1日で2万歩超え。

来てよかった。


9月30日(土)の記 MACK SUSHI
ブラジルにて


昼食は僕と家族もう一人、計二人でとのことになった。

スシ系が食べたい。
近くの日系食材店で出来合いのものを買ってこよう。

それに和風サラダやサバ酢占め、漬け物類を添えて。

わが家の最寄りの大通りに二軒の日系食材店あり。
店名「シアワセ」の方に行ってみる。

まあオベントー類、スシ系の種類の多いこと。
ほとんどがマキズシ。
イナリもあるが、見るからに食指が動かない。
ニギリはサーモンだけ。

マキズシの海苔も色あせ、すかすかのものあり。

具と海苔、そこそこいけそうなのを2種類買った。

メーカーは異なる。
一つはもう忘れてしまったが。
もう一つは、MACK SUSHIとあった。
マキズシに引っ掛けたのだろう。

こちらではマックという名前はあまり聞かないが。
マコトをしゃれたのかもしれない。

ケムにマカれて。

お味は、悪くはなかった。

さあ日本で寿司屋らしい寿司屋に行ける機会はあるだろうか。



 


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