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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2024年の日記  (最終更新日 : 2024/09/19)
2月の日記 総集編 四旬節の訪日

2月の日記 総集編 四旬節の訪日 (2024/02/02) 2月1日(木)の記 BIENALSUR
ブラジルにて


少しストリート以外のアートにご無沙汰しているな。
ああ、見ておきたかった展示は1月末までではなかったか!
うっかり。

いちおう確認…
おや、2月19日までとなっている。
どうやら会期が延びたようだ。
こちらの展示はこういうことが多くてありがたい。

行ってみよう。
「どセントロ」のブラジル銀行文化センター。
メイン展示ではブラジルのアフロ系作家たちの作品を展示中。

おめあてのBIENALSUR展は向かいにある別館だった。
こちらは訪問者もまばら。
なんだか、いい感じ。
ちなみに、いずれもタダ。

「南のビエンナーレ」といった意味合いのようでブラジルでは初めての開催の由。
五大陸の28か国ですでに開催されてきた由。
サンパウロビエンナーレのような、がちゃがちゃした騒がしさがないのがいいのかも。

大スクリーンでなにという動きもない、全5時間におよぶという映像が「かけ流し」されている。
その前に寝っ転がることもできる大きなソファが数個。
他に誰もおらず、体をしずめてみる。
うー、眠りたくなる…

他にも動画がかけ流されている。
本館の展示にもあったが、こうした展示のアート系動画はいったいなんなんだ?
というものばかしの感あり。


2月2日(金)の記 カンデラリア
ブラジルにて


深夜のスマホいじり…
親しくしているキリスト教の教職者がある問題で深く悲しみ、憤っているという投稿に接して。
それについて考える。

朝になって、今日はカンデラリアの聖母の祝日と知る。
今日のミサの参加者はロウソクを掲げる由。

カンデラリアの聖母は日本ではカトリック関係者でもあまりなじみがないだろう。
日本語で検索すると僕も拙作『リオフクシマ2』で言及したリオのストリートチルドレン虐殺事件が上位に出てくる。
ポルトガル語のものを少し読むと、この聖母の縁起もなかなか興味深い。

サンパウロの諸教会の今日の日中のミサの時間を調べてみる。
気になっていたパウリスタ地区の聖ルジアのチャペルに行ってみよう。
西暦1922年建築で最近、改修されたという。

付近は大工事中、しかも雨となった。
チャペルにはたどり着いたが、ロウソクの行事は、なし。

パンデミックたけなわの時に日本の知人に頼んで送ってもらった『ロウソクの科学』をまだ読み上げていなかった。
意外とむずかしくて。


2月3日(土)の記 外食雑感
ブラジルにて


昼は家族で外食に行こうということになった。
住宅街にある目を付けていた新しくできた店はびっしり満員。

わが家至近のミナス料理屋に切り替え。
近くにいくつものオプションがあってありがたい。
この店はパンデミック後もしばしばテイクアウトで利用していたが、店内では久しぶり。
かなりの大型店だが、テーブルはほぼ埋まっている。

それでもウエイターたちが見事にさばいている。
さて、他のテーブルを見やる。
地域柄、日系の家族・グループも少なくない。
そして子供連れが多い。

して、日本でいえば幼稚園児から中学生ぐらいまでは…
ほとんど全員がスマホを繰っている。
大人たちもそれをあたり前としている。

せっかくの親子三代が集まっての昼食会みたいなグループでもそんな調子。
オトナどうしもさして会話がない。
大人の側が、少しは世代を超えた談笑に努めてもよさそうなものだが。

そういう自分は…
わが子らが幼かった頃は、子供にまで携帯電話は普及していなかった。
ポータブルゲーム機器は高価で、食事時まで持ち出すことはなかったかと。

こういうレストラン待ちでは、テーブルにおえかきOKの紙が敷かれて、懸命にペンを動かしたりしていたっけ。
お子様客誘致をはかるような店には遊具スペースもあったし。

わが家でもできるスマホを子供とはいえ客にいじらせっぱなしとは店としても芸がないかも。
店独自の発信をキャッチさせるなんてのは一案かな。
そもそも各家庭は自宅での食事時もスマホオッケーにしているのだろうか。

ま、こっちはアルコールさえあれば。


2月4日(日)の記 一本の倒木があれば
ブラジルにて


今日は朝から盛りだくさん。

午後イチでこちらの親類の集いに顔を出すため、クルマを繰る。
ちょうどすごい雨になった。
スマホのアプリは思いもよらないルートを提示してくる。

視界も定まらない豪雨のもとで、まるで知らない道は怖いというもの。
そもそもアプリの意外な提案を真に受けて、まさしく落とし穴におちいったこともあり。

・・・いつものルートでいくか。
うわ、幹線道路が大渋滞。
倒木が、片側4車線の中央分離帯側二車線をふさいでいた。
折れた部分を垣間見ると、根っこが見えないぐらいの浅い部分から倒れたようだ。
そもそも亜熱帯の樹木は根が浅いのだが。
朽ちていたのか、シロアリの仕業か。

約4時間ほどして、帰路がまた渋滞。
どうやらバンデランテス大通りの同じ場所だ。
倒木は下り車線側に倒れていたが、上りの方も二車線ふさがっていた。

日曜だから交通量も少なくてこの程度で済んだのか。
あるいは日曜だから対処が遅れたのか。
いずれにしろ、一本の街路樹が倒れて南半球最大の都市の交通はカオスと化す。


2月5日(月)の記 月曜日はダメよ
ブラジルにて


さあ今日は一日断食。
午後から外出することに。
メインの目的は自家製酵母パンの購入。
今年になって見つけたメトロにして二駅南の駅近くに行ってみるか。
似たような道のある非商店街で、ちょっと混乱。
スマホで確認。

うーむ、シャッターがほぼ閉まっている。
もうつぶれたか?
いやさ、火曜から営業だった。
失念していた、この手のパン屋は発酵に12時間から48時間ぐらいまでかけるので、月曜どころか月火と開店していない店も少なくない。
いやはや…

念のため、わが家から北に二駅行ったあたりのこの手のパン屋が何軒かある地域をスマホで調べる。
まだ買ったことがないが、月曜も開いている店があるとな。
行ってみる。

フランスパンの店だが、すべて自家製天然酵母使用とのこと。
バゲット一本購入のつもりがアフロなお姉さんに三本で二本の価格の特売中ですよとすすめられて購入。

お茶のみスペースあり。
奥にも上にもあるとのことで、上階でフルーツミックスのお茶をいただき、持参した日本の新書をひらく。
ヒトのことは言えないが、強烈な大声の女性がいた。
彼女はブラジル人のようだが、中国人らしい女性ふたりとポ語、英語で話す。
それにマンダリンが加わるわけで。

流浪堂さん等でリジェントとなっているあの大声の友を想い出す。
こうした大声を発電とか、別のエネルギーに変換・有用活用するものはないだろうか、みたいなことは前にも書いたかな。

さすがに書の内容がアタマにはいってこない。
チープな消費の客だったが、店員のお姉さんに丁寧に扱ってもらって気持ちがよい。


2月6日(火)の記 聖域という異常の先
ブラジルにて


次回訪日が迫り、今日は総領事館と旅行社をまわる。
旅行社ではカフェが出なかったが、近くでよろしいカフェを見つけた。
最近の僕の基準は、持参した読みものが少しは読めるところ。

先日、こちらのカトリックの施設Santuárioをどう日本語に訳し込むかで検索していて…
ずばり『サンクチュアリ‐聖域‐』という題のネットフリックスの日本産ドラマの存在を知った。

帰宅後、それを見だしたら止まらなくなった。
面白い。
日本の相撲界が舞台。

ベテランの相撲記者が土俵の女人禁制などの問題について語る。
相撲の聖域というのはたしかに異常だ。
だが、その異常の先にしか見えてこない世界がある。
・・・戻し機能でこのセリフを聞き返す。

カトリックをめぐる基本的な問題で、在ブラジルの日本人牧師とやりとりしたばかり。
その世界は異常であるという基本的な認識のもとで察知できるものがあるかもしれない。


2月7日(水)の記 床屋のグローバル談義
ブラジルにて


訪日前に散髪をしておきたい。
ここのところ通っていた美容院兼の店が先回、閉まっていた。
苦し紛れで行った近くの個人経営の床屋を気に入った。

昨日は閉まっていたので、今日またトライ。
すでに待ちの客もいて、正午に予約してその間、買い物等へ。

火曜は休みだったんだね、と切り出すと昨日は歯医者に行っていて開店が遅れてごめんなさい、と謝られる。

大将はアメリカ合衆国でも散髪業をしていたという。
語学を学ぶのが好きで、いまはヒンディー語をオンラインで習っている由。
このあたりまでは先回、聞いていた。

インドにおけるポルトガルの影響の話をすると、ヒンディー語にもポ語由来の単語が少なくないとのこと。
こちらはインド経由で極東にまで伝わったポ語の話をする。

さあアタマも軽くなった。
日本じゃ寒いかな?


2月8日(木)の記 ゴロッケの午後
ブラジルにて


午前中に訪日土産系の買いもの。
午後はコリアンタウンへ。

本も読めるコリアンベーカリーのカフェのひと時。
おかずパン系をつまもう。
ゴロッケというのは日本のコロッケと大差ないと思っていたが…

いぜんよりゴロッケ系のパンが増えた。
して、パンの具に揚げ物のコロッケではなく、日本の回転ずしのサラダ巻きの具のようなキャベツマヨネーズ系のものというのもあり。

けっきょく揚げパン系のものをゴロッケというらしい、とこれは帰ってからの検索を含めての結論。

大日本帝国の植民地とされた地域に伝わった日本食文化が現地で変容して、さらに南米まで波及してくる。
ある時は換骨奪胎されて。

植民地の食文化というのはなかなか壮大なテーマだな。


2月9日(金)の記 はるかなるタピオカ
ブラジルにて


今日は東洋人街に土産類の買い出し。
こことも40年来の縁だが、なにかげんなり感もあり。

先日、知人夫妻と談笑したチャイニーズ系のカフェに寄る。
タピオカティーがメインなので、台湾系だろう。

東洋人街のエアポケットのような場所だ。
屋外席もあり、広くて客も決して多くはないので少しは読みものもできる。

このタピオカドリンクというのは値も張るし、あまり好きには慣れないのだが…
もともとタピオカの語はブラジル先住民のトゥピー語由来とされている。
それがポルトガル人の動きで熱帯アジアに持ち込まれて…

それを20世紀後半に台湾人がひと工夫したものを、ブラジルでいただくとは。
これに紅茶の歴史も乗っかるのだから、まさしくグローバルな味わい。

さあおうちに帰ろう。


2月10日(土)の記 聖市極南行
ブラジルにて


いまは、つまびらかにはしがたいのだが…
思わぬ事情により、朝から連れ合いとサンパウロ市の南に車で向かう。

「まるで岡村さんのドキュメンタリーみたい」パターンの案件の発生により。
まあ話のタネにはなりそうなことである。

今日は土曜日、しかもカルナヴァル休暇突入時期で、さして渋滞はなくありがたかった。
これが明日も続きそうだ。

カメラが回ってない時の方が面白いではないか、と言われてもナニであるが。


2月11日(日)の記 ルルド
ブラジルにて


朝のミサの時に、今日はルルドの聖母の祝日だと知る。
関心がおありになる方は、適当なキーワードで検索されたい。

僕の生まれる100年前に、スペインに近いフランスの洞窟地帯で起こった奇跡的現象だ。
興味のある方は検索されたい。

有志の善男善女たちが教会の敷地の一角にある「ルルドの洞窟」の前に集う。
ともにお祈りした後で、司祭による聖水の祝福があった。
https://www.facebook.com/photo?fbid=10229750699646721&set=pcb.10229750713007055

司祭が戻りしなに、希望者の車も聖水で祝別してくれているのに連れ合いが気付く。
こちらがマイカーを停めているところまで来てもらった祝別してもらう。
これでナンボ、ということはない。

さてその足で車を繰り、昨日の病院までふたたび遠征というミッション。
病院見舞客相手の軽食スタンドが昨日はいくつか見られたが、今日は日曜にしてカルナヴァルたけなわのせいか、常設店も開く気配がない。
朝食抜きか。
カフェの一杯も飲みたかった。

数時間の滞在後、帰路につくが…
なにせはじめての道。

事情によりクルマをとめたところで、強盗でもおかしくない若者グループに目をつけられたようだ。
さらに人も車もまばらな脇道であり、一方通行なのを少し逆走した時に車が「正規の方向から」突っ込んできた。

おかげさまで大事には至らなかったが。
ルルドの聖水効果という解釈もあるかも。

いずれにしろ、すべてをナメてはいけないですね。


2月12日(月)の記 旅の受容過程
ブラジルにて


精神科医キューブラ・ロスの説く「死の受容過程」の心理段階を想い出す。

目前に迫った旅について。
恥ずかしながら・・・
めんどくさい。
早くおうちに帰りたい。
いまオレがこれを言ったら身もふたもないのだが。

そんな思いも少しずつ克服しつつあるか。
毎度のことかな。

さあ追加の土産の買いもの。
明日はカルナヴァル休みのピークで休みになるところも多いし。


2月13日(火)の記 灰になる前に跳べ
ブラジル→


暦の上では今日が今年のカルナヴァルの休日。
出ブラジルの日に同居家族が在宅というのは、なんだかうれしい。

夕方、最寄りの国内線空港までタクシーで移動を予定。
わが集合住宅群の前のタクシー乗り場に空車がない。
近くのメトロ駅前にてゲット。

国内線空港から国際線空港までシャトルバス。
カルナヴァルがらみらしい旅行者多し。

フライトの4時間以上前にアメリカン航空のカウンター到着。
すでにごった返している。
複数便あるせいだろう。
若い女性の係員が僕の行き先をチェック、そのまま列にいると先客がダラス行きは別の列、と教えてくれて、係員もああそうですね、と否定しない。
なんのためのチェックの仕事をしているんだ。
カルナヴァルぼけかよ。
・・・それから、大混乱。

だいぶ経ってから他のチェックイン待ちの乗客たちに聞く。
フライトがキャンセルされた、スマホをチェックしていないのか?と言われ。
チケット発券の日本航空もエージェントも何も送ってきていない。

こちらから調べる。
どうやら12時間!の遅れ。
羽田到着後の空港でのSIM受取り、翌早朝からの東北行き予約などががたがたになってしまう!
とにかく祈って、待つしかない・・・

ようやくあたったカウンターの女性は、できた。
少し遅いニューヨーク行き、さらにニューヨークからANAの便につないでくれた。
これなら、15日中に羽田に着ける!!

彼女は左利きだった。
左利きだね、僕もだよ。
名前も覚えた。
深謝して出国に向かう。
この大混雑のなか、奇跡だ。


2月14日(水)の記 ニューヨークで雪ならし
→アメリカ合衆国→


乗れてよかったアメリカン航空のニューヨーク行き便。
満席ではないか。
機内映画は…
ひゃあ、日本映画は『銀河鉄道の父』一本のみ!
『エクソシスト』の最新作を見ることにするが、日本語対応なし。
改めてこれの初作が傑作だったと再認識。

ニューヨークでは乗り換え時間がたっぷりあり。
イミグレもスムース。
第6ターミナルから第7ターミナルに移動。

ANAのカウンターが開くまで待機。
建物の外に出てみる。
天気は晴れ、積雪はわずか。
日本でのミッションに備えて少し雪を踏んでおく。

ニューヨークとはいえ、このあたりにはグラフィティどころかタギングもステッカーも見当たらず。


2月15日(木)の記 四旬節の訪日
→日本


ANA機で羽田到着。
当初の予定の日に着けた。
当初予定のフライトよりは、2時間程度の遅れ。
羽田空港でのSIMカード受取りというのをブラジルから予約しておいた。
これも初体験だが、どうやらうまくいった。
これで実家に戻ってからすぐに渋谷までSIMの買出しに行かなくても済む。
バスとタクシーの乗継で目黒の実家へ。

まずは寿司を食いたいが…
すでに21時近くで、近所も最寄りの祐天寺駅近くの店も閉店。
うーむ・・・中目黒方面まで歩くか。
まだ開いている町の寿司屋があった。
いったん通り過ごしてから、反転。
これが当たり、とても不思議なことがあった。
まるで岡村さんのドキュメンタリーだ。
さあ明日は朝が早いぞ。


2月16日(金)の記 みちのく無雪旅
日本にて


来週からのミッションの前に、山形の親戚を訪ねることになった。
日程が限られているので、今日の早朝のバスでまず仙台に向かうことにした。
仙台からJR鈍行を乗継ぎ。
往復これにすれば、新幹線利用との差額で温泉ホテル一泊がまかなえる。
バスタ新宿はオープン直後より少しはましになった感じだが、まだまだ改良快適をこころがけてほしいもの。

寒河江着。
打ち合わせの前にホテルチェックイン、さっと温泉に浸かる。
日本着後24時間以内に温泉入湯というのは、いままであったかな。
いろいろムリした甲斐あり。


2月17日(土)の記 仙台ヨドバシ
日本にて


なんだか、さっそく疲れを感じるが…

想えば、これまでさんざん寒河江を訪ねてきた。
が、あまり街を歩いていない。
昨日も今日も、少し歩いてみる。
今朝はまずタウン誌で知ったラン園へ。
タウン誌でもウエブ上も営業中とあったが、行ってみると閉まっていた。
たまたま経営者が外で作業をしていて、ブラジルから来たと言って少し中を見せてもらった。

今日の帰路、途中の仙台か東京到着後に友人知人と会えるかギリになって連絡してみる。
いずれもうまくいかず、肝心の仙台から想定していたバス便も満席になってしまった。
新宿深夜着のバスをネット予約。
あいだの時間調整が課題。

そのおかげで寒河江駅前のオシャレレトロスペースで思わぬ本を買い、ランチもフンパツ。
途中の山寺駅で駅周辺散歩をすることに。

かつても高速バス乗り場がわかりにくく、スマホがない時分は探し出すのもたいへんだった。
仙台のバス乗り場はスマホがあってもわかりにくそうだ。
仙台ヨドバシビル前とのことだが、巨大なビルが1、2とある。
いやはや・・・

おや、この先に高速バス待合室があるとの表示。
行ってみるとビルの角地にガラス張りのゆったりとしたスペースが。
誰も利用者がいず、かえって入りにくい。
少し歩いてから入ってみるが、なんとも快適だ。
バスタ新宿の世界とはえらい違い。
こんなのがあるとわかっていたら、もっと早く仙台に来て、ここで読書やwi-fi使用のパソコン作業ができたのに。


2月18日(日)の記 城西をあるく
日本にて


今日は東京で友人知人訪問が二件。
まずは中央線の阿佐ヶ谷へ。
この駅で降りるのは、生涯初かも。
目的地は南阿佐ヶ谷駅に近いようだ。
モーニングサービスのある待機場所を探す。

さて次の訪問場所は、下北沢だ。
電車移動だと、いったん新宿まで戻って、というのはなんだか違う気がする。
歩きましょう。
・・・、
妙正寺川を渡って。
神田川も渡った。
途中にあった郷土資料館ものぞいたり。
100円とられたけれど。

東京も縄文も、歩いてみないとわからないなあ。
あるきごたえは十二分にあった。
本日の歩行数は25000歩あまり。


2月19日(月)の記 江古田のロックンローラー
日本にて


明日からいよいよミッション突入。
今日は江古田方面の用足しをしておこう。
ひゃあ、雨だ。

交通費節約のため、小竹向原駅から歩く。
メインの目的は、ソフビ特化店コスモナイトアルファさんで取り置きをお願いしていたコミック類の購入引き取り。

その前に近くのギャラリー古藤さんに寄る。
僕の特集上映をしていただいてから、4年が経過。
まもなく始まる今年の江古田映画祭には参加がむずかしいこともあり、せめてものご挨拶に。

明日からのミッションのために用意するものがいろいろある。
学芸大学駅に行って買い出しをと思っていたが、江古田駅周辺で用が足りそうだ。
雪中でも対応可能な靴、そしてヒャッキンのものいくつか・・・

さておなかも空いた。
このあたりはいろいろオプションがあるが…、
値段的な問題、そして混雑しているところは避けたい、荷物もあるし…
うーむ、迷う…

夜は賑やかな小路に、洋風酒場でランチ600円というところがあった。
このお店で600円とは、安すぎでは?
いったん通り過ぎてから思い切って反転。
すでに2時を過ぎていて、ほかに客もいない。
まだランチOKとのことで着席。
大麦青汁茶飲み放題、ご飯は有機肥料米の由。
フライ定食を頼むが、この値段でこんなにフライがあって申し訳ない思い。
慈善事業に近いものを感じる。

ひとり切り盛りするマスターにブラジルから来た、と告げると盛り上がってくれる。
店の名は「東京696酒場」。
696・・・地番か?

聞いてみると、ロックンロールだという。
うれしいロックンローラーだ。
https://www.instagram.com/joe006jp/

夜のメニューも充実、食へのこだわりもうかがえる。
また来れるといいな。


2月20日(火)の記 妙高ミッション
日本にて


おのおのがた、討ち入りでござる。
バスタ新宿から早朝のバスで、まず長野駅へ。
備品を長野駅前のドンキで買おうと思ったが、ない。
近くのハードオフでゲット。
北しなの鉄道で妙高高原駅へ。

長野県内は見事に雪がなかった。
黒姫あたりからようやく雪景色。

駅前のインフォメーションセンターでシンパの到着を待つ。
これから自炊生活のため、シンパとともに買い出し。
今日から一週間の基地となる山荘に到着。

ここは、温泉かけ流しである。
宿泊は、ワタクチひとり。
気分は、シャイニング。

関連資料に目を通す。
武者ぶるい。


2月21日(水)の記 13年ゼミと17年ゼミ
日本にて


今年は、アメリカ合衆国で13年周期で地上に現れるセミと17年周期で現れるセミが同時に現れるにぎやかな年になるという。
13かける17で、221年ぶりの現象だ。

今回の僕は、この思い。
13年に一度あるかないかという重くむずかしいテーマの撮影と、17年に一度あるかないかという撮影と編集のシステムの変換が同時なのだ。

そして、今日がそのメインの撮影日となった。
諸々が二転三転、13転17転して。
祈るしかない。

人物のインタビュー撮影は、パンデミックの4年余りのブランクがある。
しかもはじめてのシステムと機材。
いやはや。

おかげさまで、まずは及第点か?
新システムでの再生方法も素材取込み編集方法も、よくわかっていないのだが。
習うより、慣れろか。

山荘に戻ってまずは温泉、自炊してまた温泉、あれこれチェックしてまた温泉。

とりあえず雪中での羽化は軌道に乗ったか。


2月22日(木)の記 雪中様式
日本にて


滞在中の山荘にはwi-fiが来ていない。
今日は雪景色を撮影しながら、妙高高原駅のインフォメーションセンターまで歩いておりることにする。
あそこならタダで滞在してwi-fiが使える。

普通に歩いて1時間強所用とスマホのアプリは教えてくれる。
だが雪道なので慎重に歩き、なおかつ撮影もあるので、倍以上はかかりそうだ。

雪道だが、そこそこの交通量がある。
歩行者を確認して徐行、大幅によけてくれるクルマもあれば、どろどろに溶けた雪と泥をじゃばっと浴びせてくれるクルマもある。

雪道ですべって転び、そこにちょうどやってきたクルマにひかれてしまうというイメージが以前からある。
慎重に慎重に。


2月23日(金)の記 雪ぐにの三毛作
日本にて


日本はこの日が祝日になったのか。
さあ今日はあらたなヤマ場だ。

一昨日の方にふたたびインタビューするのに加えて、初対面の方へのインタビュー、そして一同での今回のキーポイントを訪問するというシーンの撮影だ。
それひとつで一日みてもいい大きな撮影項目がみっつもあるのだ。

いやはや、さすがに疲れました。
新システムでの、しかも久しぶりの手持ちでの長回しである。

へろへろで山荘に戻り、まずは温泉、そしてイッパイ手酌で。


2月24日(木)の記 和風シャイニングの日々
日本にて


「和風シャイニング」は冗談ではなくなってきた。
実際にひとりで山荘暮らしをしていて、リアルなネタ、想像を上回るネタが出てきた。

そして今日も撮影に行く廃屋のエピソードも合わせて。

ということで、今日も雪道を別のルートで里までくだる。
先日、訪ねた廃屋をソロでじっくり撮るのが目的。
そしてまたリアルなホラー。

遅い昼食を駅前の先日行った食堂でと考えていたが…
ナント午後1時半までだった。
・・・雪ぐにの昼は、早い。

妙高高原駅前は、ほかに食べどころのオプションがない。
あたらしくできたカフェは、飲み物とおかずパンひとつで食堂の定食以上の値段だし。

土産物屋で新潟ラーメンというのを買って、山荘で茹でることにする。


2月25日(日)の記 温泉編集
日本にて


あさイチで山荘から里に下り、廃墟関係の追撮。
昼にナマ音源の録音撮影。

カトリック妙高教会の午後のミサにあずかる。
さてさてあらたな妙高のヤマ場。

今回の撮影素材を山荘にて編集にかかる。
明日、関係者に試写してもらうため。

データ録画だと、編集の手法と段取りもまるで違ってくることを知る。
これも習うより慣れろだ。
温泉のあるところでの映像編集、という夢がかなった。

・・・掌編ふたつの編集だが…
日付が変わって、ようやく目鼻がついた。
さあようやくアルコールをいただこう。

一週間の自炊生活の残りものをたいらげつつ片付けねば。
それにしても、よくぞ。
ちいさな奇跡だと想う。

ただ、ありがとう。


2月26日(月)の記 妙高の掌編
日本にて


今日になってようやく雪が本格的に降り始め、積もり始めてきた。
・・・深追いの撮影は控えよう。
山荘をチェックアウト。

会食後、今回の関係者の方々とつなぎたての掌編ふたつを試写。
撮り直し、つなぎ直しの声もなく、及第点はいただけたようだ。
おかげさまで。
会場にはwi-fiがあるので、さっそくYouTubeに限定公開であげてみる。

これでスマホでもご覧になれることを現場で確認してもらえた。
まさしく掌編である。
いやはや、新たな境地に達したなあ。

今宵はお隣の黒姫に暮らす友人夫妻のところに草鞋を脱ぐ。
チェロのナマ演奏を至近で聴かせていただく。
驚きの音体験だった。

久しぶりに安心して眠れたかな。


2月27日(火)の記 ひとまず帰京
日本にて


まるで無音のなか。
「しんしんと」降る雪が音を吸収するとの説明にナルホド。
雪中、朝から友人夫妻との話は尽きない。

午前11時黒姫駅発の電車に乗れば、長野駅から長距離バスにつないで夕方のラッシュ前に新宿に着けそうだ。

駅まで送ってもらって。
切符の自動販売機に大学生より少し歳を食った感じの男女の集団。
おや、うち女史一人が僕が使い始めたのと同じシリーズらしいビデオカメラを抱えているではないか。
YouTube画像でも撮りに来たのか?
ナゾ。

して、雪ぐにから帰京。

さあ東京で新たなミッションが待ち構えているぞ。


2月28日(水)の記 江戸川万歩
日本にて


東京に戻ったら戻ったでなにかとせわしい。
まずは銀行手続き関係。
簡単なことでもオンラインでは受け付けず、事前に予約を取って出頭しなければならない。
しかももともとの支店はATMのみとなったため、私鉄ターミナルにある有人の支店まで遠征せねばならず。

その足で、江戸川区へ。
ブラジルで縁のあった人の容態がよろしくなく、在東京の兄弟の方がぜひ僕に会いたいとのことで。
先方はこちらの指定の場所に来てくれると言うが、こちらも仮住まいの身。

先方の住所を地図であたると、近くに春花園盆栽美術館というのがあるではないか。
盆栽美術か。
この機会にここをのぞいてから、先方にお会いすることにした。

とはいえ江戸川区はなかなか広大だ。
僕はメイシネマ祭のご縁で北部の小岩や平井あたりを少し知る程度。

今日は歩きこんで、江戸川区の江戸の近郊農村としてのプロフィールを体感することになった。
そして盆栽美術館!
入場料1000円と安くはないが、十分に楽しめた。

僕はこれまで盆栽というものをきちんと考えたことがないのを痛感。
面白いではないか。
館内でお茶のサービスあり。
給仕してくれた台湾からの若き盆栽求道者と話して盛り上がる。

今日は二万歩近く歩いたかな。


2月29日(木)の記 乞田川
日本にて


パンデミック前の訪日中は、東京にいる間も…、
上映活動、そしてご存命だった画家の富山妙子さんのところに連日うかがっての諸々のお手伝いがあり、それ以外のことが疎かになっていた。
反省。

今日は午後から目黒区民の友人とカフェ。
耳寄りなニュースをいろいろいただく。
その足で私鉄を乗り継ぎ乗り継ぎ、京王永山駅を目指す。

さて映画『小さな庭の大きな宇宙』を紹介するリンクを探していて、こんなのを見つけた。
https://movietoybox.com/archives/2023/06/26/2226/
【自主映画で1億稼ぐ方法】というタイトルからは失礼ながら一億歩ほど遠い作品のように思うのだが、それはさておき。
畏友の故・森田惠子さんが撮り遺した映像を託された映画監督の榊祐人さんがまとめあげた労作である。

パンデミック以降のことで直接の面識はないまま、榊さんとはいろいろとやり取りをしてきた。
その榊さんが地元多摩の老舗の居酒屋を踏襲することになったという。
榊さんには今度の僕の新システムのビデオカメラ導入に際して、いろいろアドバイスをいただいて助けてもらった。

その御礼と陣中見舞いを兼ねてうかがうことにした。
アクセスのよくない遠隔地との触れ込みだったが、さほどのことはなし。
地名は、多摩市乞田。
「こった」地名で、お店の近くを多摩川水系の支流・乞田川が流れている。

かつて縄文フリークだったころ、奥多摩から山梨・埼玉にかけての地図に見入っていたことがある。
僕にとっては奇妙な字面と音の字名にうつつをぬかしたものだが、それらの地名に通じるものがあり。
すぐにジョーモンに結び付けてしまいたくなるが。

さて焼き鳥『たぬき』。
想像よりかなり広い店だ。
上映会もできそうなスペース。
カウンター内は榊さんがひとりでやりくりして、亡くなった先代のお連れ合いがサポートする。

飲み物と料理の安さとボリュームにびっくり。
サワー類をいただいた後、国産ジンのボトルが映画のロードショー料金以下でキープできると知り、フンパツ。

先代以来のなじみ客とさっそく打ち解けて。
小学生の児童連れの家族もいて。

こんな手ごろな店が身近になくてよかった。
近くだったら連日入り浸りそうだ。

榊さんが取り込んでいるのがよくわかるので、映画や森田さんの話はほどほどに。
お店の僕にとっての玉に瑕は、喫煙がスルーされていること。
子ども連れでも来れる居酒屋ということで、喫煙者にも店内では吸い控える程度のマナーをお願いしたいもの。

日本の地元で親しくしている飲食店が経営不振のなか、常連の喫煙客の不興を覚悟で禁煙に踏み切ったところ、経営に響くどころかかえって良好になったと聞いている。
想えば僕の中高生時代の頃は日本の映画館は喫煙OKがふつうだった!
いまとなっては、密閉空間での健康どころか映写効果も妨げる喫煙行為などは考えられない事態だ。

こった居酒屋さんのご健闘を期したい。
とはいえ、榊さんは映画が撮りたいだろうなあ。





  


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